2003/0313 thu 「あれから10年も」

 

 

「早春」

風がそこいらを往つたり来たりする。

すると古い、褐色の、ささくれた孟宗の葉は、

一頻り騒(ざわ)めかうと氣負うてみるが、

ひつそり後はつづかない。

犬は毛並に光澤があり、何も覓(もと)めてゐない癖に、

草の根かたなど必ず鼻先をもつてゆく。

が忽ちその氣紛れが、馬鹿らしく、

あちらの方へ行つて仕舞ふ。

梨?桃?藪の空地に、それは何の花か、知らない。

早過ぎた憐れな白い花を見て、

ひとはふつと自分のすごして来た歳月に、

或る氣懸りな思ひが、してくる。

空は一面うそ寒く、陰つてゐるのだが、

誰れも太陽の在處(ありか)を氣にしない。

ただ、樹々に隠された小道のうへの、水溜りが、

不思議な空氣の明るさの鏡。


詩集『夏花』より



昨日、3月12日は

「菜の花忌」といいまして

昭和前期の詩人・伊東静雄の1953(昭和28)年の忌日でした。

3月最終日曜日に長崎県諌早市の諌早公園では追悼行事が行われたりと現在も根強い人気のある詩人でありまして、

かの三島由紀夫はあるアンケートで「好きな詩人は?」と問われて、ただ一人「伊東静雄」と答えているなんてエピソードもあるようです。

 

「いとう」といえば・・・

 

 

大学時代例会にて 〜ある早押しクイズの風景〜

 

 

 

「〜で知られる「野菊の墓」の作者は誰でしょう?」

 

「ピンポーン」

 

「O君答えをどうぞ!」

 

 

 

 

「伊藤サセオ!!!」

 

 

血気さかんだったO君もいまや2児の父。

 


■伊東静雄(1906−1953)

諫早に生まれ、旧制大村中学、佐賀高校、京都帝大を卒業し、大阪府立住吉中学で教師をしながら詩作を続ける。ゆたかでみずみずしい感性と深い精神性に満ちた作風で、詩史上にユニークな輝きを放っている。 第一詩集『わがひとに与ふる哀歌』では故郷に対する愛憎を激しく歌い上げながら、『夏花』を経て『春のいそぎ』にいたると故郷の山河に深い静かな安らぎをえる「なれとわれ」を書く、最後の詩集『反響』になると初期の思索的高踏的で象徴性の高い作風から、次第に心の奥行きを平明に語る世界へと移行していった。昭和28年、46歳で肺浸潤のため死去。

ちなみに、2月12日の司馬遼太郎の忌日も「菜の花忌」と呼ばれています
 
http://www.urban.ne.jp/home/festa/ito-shizuo.htm


■伊藤左千夫(サチオ)(1864−1913)

1864年8月18日上総国武射郡殿台村に生まれる。本名幸次郎。1898年、新聞『日本』に「非新自讃歌論」を発表し、正岡子規に認められる。1905年、小説の処女作『野菊の墓』を「ホトトギス」に発表。その後、『隣の嫁』『春の潮』『分家』などを発表。1913年7月30日、脳溢血のため逝去。