南 RED君☆・5歳・♂
南 RED君☆は1994年2月生まれ、兵庫県伊丹市内のペットショップ出身。兵庫県尼崎市で室内暮らし。あまり身体が強い方ではなかったそうですが、南さんの心のこもった手厚いお世話で5歳まで長生きしました!うさぎ年を越えてもっともっと長生きしてほしかったのですが、残念ながら1999年5月16日にお月様へと帰ってしまいました。
南さんが初めてREDくんに会ったときのことを思い出していただきました。
「半年前に一人(1兎)亡くしていてもぅ絶対飼わない・・・つもりでいたのに。小さくて(250g)でも売れ残ってて、よく見ると結膜炎をおこしてて、このままだと誰もひきとらないなぁ・・・って!!!お父さんは結構ツレなくて帰ろうとするし、でも私が絶対面倒みるとの約束のもと我が子になりました。
お父さんには、 ”こいつお多福種ちゃう、お多福みたいな顔してる”と言われたくらい、愛嬌のあるかわいい顔でした。」
←おたふくと言われた頃のRED君だそうです
REDくん、優しい南さんに出会えて本当に良かったですね。たくさんの思い出を残してくれて、どうもありがとう!このページにも、思い出の写真をいっぱい載せたからね!!
お月様でたくさんのお友達といっぱい遊んでね。
#########では、アンケート、はじまりはじまり〜〜#########
◎食事について
○ペレットは、どのようにあげていましたか?24時間置
いている家もあれば、毎日何時ごろと時間をきめてあげている家もあると思う
のですが。
量や銘柄指定などもありましたら、お書きください。
マルカンフード のラビットディナー。24時間食べれる様にしていました。量は決まってません。お腹一杯になると食べませでした。フードの中の乾燥ニンジンは取り除いてあげてました。一度喉に詰まらせてしまったから・・・(始めの頃はニンジンははいっていなかったと思います)
○野菜や果物、クッキーなどは、どんな時に、何をど のくらい、あげていたのでしょう?
マルカンフードのうさぎのぱくぱくクッキー、うさぎのあまえん棒、かじりま専科、などなど。
果物は桃、いちご、ラ・フランス、ブルーベリー、リンゴ、バナナ、ETC。でもメロンは嫌いでした。
ただ顎の病気になってからは、すりおろしたのもしか食べれませんでした。
○好物なども、教えてください。(わかっちゃいるけ ど、やめられなかった物も書いてね)
プレーンのヨーグルトが大好きだったのですが(大きな容器のやつを1週間で1箱)でも急に見向きもしなくなって・・・お腹の為には食べた方がいい・・・のに。(親の心子知らず)
○水のあげかたは?? 給水ボトル、マグカップなど、 いろいろだと思うので。
陶器の器に入れてました。量は適当。
◎生活環境について
○どんなふうに暮らしていたのでしょうか。たとえ
ば、朝何時から夜何時くらいまでは、放し飼いで、夜はケージに入れるとか。
1日中放し飼い。6畳一間冷暖房完備、テレビ付き。ちなみにそこで私たちが食事をさせていただいている状態でした。
(社宅住まいで本当は動物ダメな様です。会社から人が来る(点検等)というとひたすら居留守でした。一番困ったのは、震災の際でした。)
○トイレは、どこに、どんなふうに設置してありましたか?
部屋の隅です。猫用のトイレ(フード付)におしっこシートをひいて、その上に棒をおいて、網をのせてました。(コロコロうんちが下に落ちるように)
ただ足の裏の炎症を発見してからは、これはマズイという事で網を外す事にしました。
(最近トイレの時間が長くて、それで足の裏に炎症が?・・・と思い)
足の裏の炎症は、その部分がハゲてしまって皮膚が見えていました。別に痛がる様子もなく、病院で言われた通り金網を外してあげました。
ただ金網を取ると、下に敷いているおしっこシートをクチャクチャにして大変な思いをしました。
そうですね。うさちゃんの中には、ペットシーツをくしゃくしゃにしてしまうのが楽しくって仕方のない子もいます。
くしゃくしゃにするだけならいいですが、どうしても口に入れてしまいがちなので危険です。
ペットシーツは、おしっこをたくさん吸収して膨らむようにできているので、お腹の中でも膨らんでしまって胃腸がつまる原因となるかもしれないのです。飼い主さんたちは、うさちゃんがペットシーツで遊ばないようによく気を付けてあげてくださいね。
◎病気について
小さい頃から、かかった病気がありましたら、年齢順に詳しく教えて下さい。
(その時の症状・経過・獣医さんの治療の様子・薬の名前なども、わかりましたら、お願いします。
また、治療費も教えてください。)
病気に関しては、とっても多いです。5年間で何度お月様に行きかけたか分かりません。
・・・ですから、うさぎ年のお誕生日を向かえられた事を感謝していました。
*去勢手術*
94年4月。費用は¥16,000ぐらいでした。
*トリコモナス腸炎*
94.4.29 下痢の症状が見られ、病院へ 。トリコモナスによる大腸炎と診断。投薬と食糞しないようにエリマキREDになる。
*毛玉症*
95.3.18 食欲激減。うんちが正常時の半分くらいになり、 病院へ。
血液検査、レントゲン検査の結果。毛球症と判明。薬での治療では無理との事、胃切開手術。術後、摘出された毛球を見せてもらう。アフターケアとして毛玉をとかすラキサトーンをのませる。
*パスツレラ菌による骨膜炎*
発病時期はっきりしません。パスツレラ菌の右下顎骨骨膜炎。Abscess(膿瘍)。フレグモーネ(ホウカ織炎)。
(事務室注・・ホウカ織炎( 蜂窩織炎)とは、「皮膚の深いところの部分に、ずっと炎症がひろがっていること」かな?)
パスツレラ菌は最後亡くなるまで約3年間位・・・かな。
最初はラビットフードをあまり食べなくなり、おかしいな?っと思い始め病院へもぅ最後は戦いでした。
抗生物質は朝、晩2回。始めは月1回から2回、膿をだしてもらって、
最後は2日に1回。出す日もあれば出さない日も・・・
ただ 切開(注射針で切る)の場所によって出血の仕方が違っていて
病院へ再度戻った事もしばしば・・・
結局、膿を出しても出しても腫れてきて こぶとりじいさんのようでした。
でも かわいかったですね。腫れているせいで、顎の下をキレイキレイ出来なくなって、ばっちくなっても・・・
1999年の2月ぐらいからラビットフードがまったく食べられなくなりました。
前歯が弱くなって硬いフードが食べれなくなったと思います。(グラグラしてました・・・)
それからはフードを水で柔らかくして、ベビーフード、ヨーグルト、みじん切りの野菜をスプーンで食べさせてました。
そのうち大好きだったヨーグルトも食べなくなりました。
スプーンにも好みがあったようで 不二家のペコちゃんスプーン(プリンについて
くるやです。)がお気に入りでした。きっとREDの小さなお口にあっていたんだと
おもいます。それでも食べる量は元気な時の半分以下・・・時間を見つけては食べさ
せる生活!!!100グラムでも減ったらそれこそ大変と病院で体重を計るたびにビ
クビクしてました。
なかなか食べてくれなかったとき、リンゴがお気に入りで、それも”しゅっしゅっ”したやつ
・・・りんごをすりおろしたやつのことです。先生もREDの命綱・・・っておっしゃていました。病
院にお泊りの時も看護婦さんたちにすごーく迷惑かけてたと思います。全てすりおろ
してお腹一杯になるまで食べさせるってすごーく労力の要ることです。正直言って私
は寝込みました。
でも、REDもしんどいはずなのに心配そうに顔を覗き込んできたりして・・・わか
るんですね!!!なんか涙がとまりませんでした。
スプーンからも食べてくれなくなった日は、私は半狂乱状態。なにかないか、なにか
ないかと考えて病院から注射器のお化けみたいなやつを頂いてきてそれに、ベチョベ
チョのごはんをつめて口の横から食べさせてました。
最後は顎の腫れ物が喉を圧迫して呼吸困難に陥りお月様へ・・・
だけど、ちゃんと手を振ってバイバイってそう言って、 私の腕の中で息を引き取り
ました。つらいです。今でも代わってあげられるなら・・・
そう思ってます。みんなから、いつまでも悲しんでいるとREDちゃんが天国にいけないよ・・・っていわれても1度だってウサギなんて思ったことなかったし、我が子でした。
言ってはいけないと思いながら、人間だって他人の心臓で生きていける時代なのにな
んでREDの病気が治らないのかって・・・
(ちょうど其の頃、移植問題が話題でしたから・・・)言ってはいけないことですよ
ね・・・ただREDがうちの子でよかった、又うちの子で生まれてきたいなってお
もっていてくれたら幸せです。
◎去勢手術をうけていますか?
おかまちゃんです。小さい頃、すごーくごん太さんでいろいろやってくれました。病院の先生に相談した所少しはおとなしくなるかも・・・といわれ行いました。しかし結果は、まったく変わらず。
先生に抗議すると そういう子もいます。とあっさり・・・
◎特技うっとり
こんなワザがあった!!
うちの子のチャームポントは、ここだっのさ!!
というのがあったら、いくらでも気のすむまで書いて下さいませ。
チャームポイントではありません特技です。
お薬を嫌がりませんでした。進んで飲みました。これは病院にもお願いしていたのですが、無理矢理飲ませないで下さい と。顎の抗生物質とお腹の薬(毛球症)の分、2種類飲んでいた時も、薬箱を持つと寄ってきて 早く頂戴 攻撃が始まりました。これは病院の先生も看護婦さんも誉めて下さいました。
あと チャーチャン(お父さん)、オッカー(お母さん)、トイレ、リンゴシュシュ(りんごをしゅっしゅってすりおろしたもののこと)、
この言葉は分かっている様でした。
(この子がもししゃべれたらとっても恐いと思ったり。)
◎困ったちゃん
人の好き嫌いは止めましょうネ。(みんな仲良く)病院にお泊りするときにこの部屋はイヤとドアをガンガンするのも止めよう。(わがままです。)
でも、すっかり穏やかな子になりつつありました。先生も性格が丸くなったとおっしゃってました。
◎長寿の秘密
そういわれてみると、これには気をつけていたとか、
ありますか?
とにかく 長男うさぎ(ラガー君)を3週間で亡くした為一寸でもおかしいと思えば即病院。
チョット過保護気味でしたが、あとは寂しくない様に・・・
← 小さいころのRED君と、外でのお散歩を楽しむRED君
◎うさぎとの同居生活で、「これだけは!!」と思って いる基本ちゅうか、なにか思うことがあったら、お書き下さいませ。
子供と同じです。ただお話ができないだけ。ですからこの子には人間の子供と同じ様にいろんな事を教えてきました。
お客様が見えたら いらっしゃい と言う事、帰られる時は またきてね と車の所まで見送る事。
お正月の初詣、豆まき、桃の節句、端午の節句、七夕、etcの行事も大切にしてきました。周りからみればただの ばか ですが・・・
日本の素敵な文化を知ってほしくて。そして1999年は七五三でした。(本人はよしよししてくれたらいいとおもっていたでしょうが・・・)
バースディカード、クリスマスカード、あと旅行先からとか、RED宛てにちょこちょこ郵便も出していました。
写真は、クリスマスケーキとRED君。
愛情をもって育てる事ですね。
RED君が、南さんにどれだけ大切にされていたか・・読んでいて、切々と感じました。
あと、RED君がお月さまに帰る原因となった「顎の腫れ物」ですが、もしかしら歯にも原因があったのではと、ちょっと気になる長寿うさぎ事務室です。