鈴木チョモランマ君☆・・12歳・・♂
「チョモちゃんの具合がとっても悪いので、いそいで入会させてください」というメールを鈴木さんからもらった長寿うさぎ事務室は、大急ぎで徹夜でチョモ君のこのページをつくりましたが、
試作ページが完成した2000年3月22日に、お月さまに帰ってしまいました・・。
上の写真はまだ9歳のころのもので、このころは飼い主さんも独身。
去年、飼い主さんの唯一のお嫁入り道具として、一緒に引っ越ししたそうです。(・・・と言っても実家から自転車で10分くらいの引っ越しだそうです)
そんな飼い主さんとチョモ君の出会いについてうかがってみると、
「当時の私は4月から浪人生活に入ろうとしてまして(年がばれるし、恥ずかしい・・・)、寂しくなるし家にいる時間も多くなると思って、自分の誕生日プレゼントに・・・と自ら買ってきました。
マンション住まいで、ペット禁止だったことと、ちいさいころからうさぎ好きだったので”絶対にうさぎ”と思ってました。最初は,まっしろい子かパンダうさぎが良いと思って1ヶ月ほど探し回っていて、なかなか自分のお気に入りの子が見つからず、あきらめていた頃に、日本橋高島屋の屋上で運命の出会いをしてしまいました。
目があったとたん、ビビビッ!!っとくるものがあって、さらに人見知りもなく異常なほどに元気で、私に向かって『一緒に連れて帰って〜!!!』と訴えかける目に負けてしまい、最初に予定していなかった色の子だったのですが、すぐに連れて帰ってしまいました。3、000円でした。」
とっても変わっているお名前の由来は?
「その頃、ちょうど『日本テレビ開局35(?)周年でチョモランマにカメラが登って、みんなに頂上からの景色を見せてあげよう』という企画をやっていたので、これだ!!!って思って、チョモランマと名付けました」
チョモ君は、東京都江東区の「南向きのリビングで十分な保温と毎日2回のお薬を飲んで、優雅な老後を送って」いましたが、大きくなってしまった腫瘍のため、体調をくずしてしまい、それがお月さまへ帰る原因となりました。
体重は、「1、850gくらい。7歳くらいの時に最初に具合が悪くなってお医者さんにかかったときが2、500g位だったと思うので、ヤングな時は、最高は3、000gは越えていたでしょう。」
ヤングな頃に比べると、ずいぶん痩せたんですね。
普通、歳とともに痩せますし、あまり太っていない方が長生きだと思いますが、チョモ君の場合、腫瘍ができてからは、腫瘍が栄養をとってしまっていたとも考えられます。
それでも12歳までがんばったチョモ君、お月さまから、このページを見てくださいね!!
チョモちゃんは、食べ過ぎてデブデブになってしまったりしない子だったので、去年の10月末までは朝晩2回取り替えるだけで、お水と餌は24時間置いて好きなときに食べられるようにしてありました。
あげる量は体重と今までの食欲の状態などを考えながら、私たちが調整していましたが、ほとんどちゃんと全部食べるか、ちょっと残しているくらいでした。
去年の10月に体調を崩してからは、一度にたくさん食べるとおなかをこわしてしまうので、お水(アクエリアスとお水と1:1で割ったもの)も餌も3時間おきにきちんとあげなければならなくなってしまいました。なので、時間になると自動的に開く給餌機を買ってきてそれをセッティングしておきました。家に私たちがいない時と夜はかならずタイマーセットをしておきました。
チョモちゃんは”このペレットでないと食べない”というわがままなうえに、そのペレットがなかなか売っていないので、大変でした。(最近はうさぎブームなのか売っているようになりました。)
でも、長年飼っていて家族中「あ〜あれね。あの絵の袋のものじゃなきゃダメなのよね」ってことがわかっているので、メーカー名を覚えていません。なので、近日中に調べてお返事しますね。
(その後の調査により、ペレットはうさぎがピアノを弾いている絵のイースターと判明しまた)
それから晩年は、ペレットはふやかさないと食べれませんでした。
9歳くらいからふやかし始めて、だんだんふやかす時間が長くなってきて、ぶよぶよなくらいふやかしてあげていました。
○野菜や果物、クッキーなどは、どんな時に、何をどのくらい、あげていたのでしょう?
小さい頃から,たまに気が向いたときに「これ、食べるかな〜」って感じで野菜や果物などをあげてました。
でも、意外と好き嫌いが激しくって、食べたくない気分の時は食べないし、やっぱり主食にしているペレットが良いみたいなので、あんまりあげていないほうだったと思います。
お菓子類はあまり体に良くないような気がしていたのでほとんどあげていませんでした。
○好物なども、教えてください。(わかっちゃいるけど、やめられなかった物も書いてね)
大大大〜好物は、バナナ!!! これだけは本当に好き!!
あとは、三つ葉とかセロリとか、結構においの強いものが好きでした。
若いときのベランダ人生では、育てていたハーブやお花などもいろいろいたずらしては、食べていたようです。(いたずらしただけなのか口にしていたのかは判りませんが)
ある時などは、抱き上げると”ねぎ臭かった”ので足元を見るといたずらされていました。
家族中で「ねぎを食べると死んじゃう〜!!!」って大騒ぎをしましたが、本人はあっけらかんとしていたので、病院にもいかずにそのままにしておいて大丈夫でした。
でも、基本的にはお気に入りのペレット&バナナが好きみたいでした。
○水のあげかたは?? 給水ボトル、マグカップなど、いろいろだと思うので。
小さい頃〜ベランダ生活までは犬猫用の餌入れでした。
おうちの中のケージ生活になってからは吸水ボトルを使っていた時期もありますが、結局陶器の餌入れに入れていました。自動給餌機を使うときは、仕方なくついている入れ物に入れておいてましたが、プラスチックなので周りをガジガジにいたずらされてしまいました。
◎生活環境について
○どんなふうに暮らしているのでしょうか。たとえば、朝何時から夜何時くらいまでは、
放し飼いで、夜はケージに入れるとか。
家に来てから半年はケージの中でしたが、大きくなって狭くてかわいそうだし、あまりに元気なのでベランダに出してあげました。その後は、家族のものが構ってあげられる(いたずらされないように監視できる)ときは、おうちの中にいれてあげましたが、本人もベランダの方が好きらしく、ほとんどベランダで過ごしていました。
ちなみにその時は父親が犬小屋のちっちゃい版で巣穴のようになっているものを作ってあげたので、その中をねぐらとしていました。
7歳で体調を崩してからは保温の関係もあり、ケージに入れて家の中で暮らすようになりました。
去年の秋からは、ケージの下のところと足の裏とがすれてしまって痛そうだったので、リビングのホットカーペットの上で暮らすようになりました。会社に行くときと夜は、その上におしっこシートを敷いて、周りを囲った状態の中にいるようにしておきました。
○トイレは、どこに、どんなふうに設置してありましたか?
しつけていなかったので、好き勝手にさせてました。
ベランダでもケージのなかでもいつも同じところにしていたんですが、お部屋の中ではところかまわずやってくれました。
おしりを持ち上げるそぶりがあり、「あっ、おしっこだ」ということが判るので、されては困るところにされそうなときは、すぐにシートの上に持っていってました。
◎病気について
小さい頃から、かかった病気がありましたら、教えて下さい。
7歳の時に最初に下痢をして脱水症状がありました。
その後は、梅雨時とか秋口とかに体調をこわして、下痢から脱水状態になり、死にかけたことが合計4回ほどありました。(ちっちゃい下痢でお薬だけもらうことはもっとありましたが)
4回とも点滴をしてもらって、奇跡的に持ち直してました。うちの獣医さんは腕が良く、費用も安いという近所では評判のところです。うさぎのことも詳しくて(うさぎ好きで自分でも飼っていらしたとのこと)、とっても助かりました。
点滴の針を、うさぎにいれられないお医者さんもいると聞いている中、脱水していてさらに血管が細くなっていて大変な時でも、いつも努力してくださり、きちんと処置していただいています。
費用は点滴1本が3、000〜3、500円くらい。1回に2日間通って(そこは夜は誰もいなくなってしまうので、処置針をおいたままにして夕方引き取って、次の日にまたお願いしに行くのです)、合計の治療費が大体7、000〜8、000円くらいでした。
最後の方は、整腸剤と食欲増進剤が入っている薬を1日2回10日分ずつ、もらっていたのですが、それがたしか2、800円だったと思います。

6歳くらいの時・胸にしこり
6歳のころ、胸のところにちょっとしたしこりのようなものができていたんですが、その当時はあまり気にするほどのこともないだろうと思って、病院にも行きませんでした。
7歳で初めてお医者さんに行った時も、しこりを指摘されたのですが、5歳以上の高齢うさぎなことと、脱水で死にかけているので、手術をして麻酔から覚めないかもしれないというリスクを背負って取り除くよりも、寿命の方が先に来るだろうというお話があって、そのままにしておきました。
チョモちゃんが、こんなに長生きする子とは思っていませんでしたので、だんだんおおきなしこり(腫瘍なのでしょうか)になってきてしまって、それが重荷になって足を滑らせてしまい転んでしまうと言う状況になり、見ていて、かわいそうだな〜って思いましたが、それは仕方がないことだろうと思ってます。
でも、腫瘍が人間の拳位の大きさにまでなっているのに10歳以上も生きていたということは、悪性ではなく良性腫瘍だったということなのでしょうか?
○最後のころは、この腫瘍があまりにも大きくなったため、歩行のじゃまになり、転ぶと自分では起きあがれなくて、体も衰弱してきてしまったということですね。
今年の3月はじめごろから、倒れると起きあがれなくなってしまいました。
しこりが重荷になって足を滑らてしまい、転んでしまうと自力では立ち上がれないようにない・・。
もうだめだろうと思い、1週間会社をずる休みして看病していたら、転ばなければ普通に生活できるようにまでなりました。
でも、その後も、もういつ何があってもおかしくない状態だと思っていました・・。
この時期に、チョモ君ちから事務室へ、「長寿うさぎの会へ急いで入会したい」という連絡をいただきました。
そこで、腫瘍が少しでも小さくなってくれるよう、いくつかの民間療法を紹介しました。
(詳しくは、近日中に長寿うさぎの「民間療法コーナー」に載せる予定です)
お話を聞いて、チョモ君のその腫瘍をなんとかできればいいのにと私も思いましたが、
チョモ君の年令を考えると、もう外科的な治療で腫瘍を取り除くことは無理だし・・。
他にも、
プロポリス・鮫の骨粉(ペターシャーク)・エンザミンエキス(納豆菌抽出物)の服用
アロマテープを体に貼る。無理ならケージの天井に貼る。
ティーツリーオイルを腫瘍部分にぬる(濃度に注意)
などの情報があります。
これらの中で長寿うさぎ仲間がアガリクス以外に試したことがあるのは、アロマテープです。
プロポリスは、少しためした長寿うさぎちゃんがいるのですが、味にちょっと刺激があるのが心配なところ。
鮫の骨粉は人間では評判が良いようなので、今後、試すうさちゃんが出てくるかもしれませんが、
うさぎが草食動物であることを考えると、漢方薬に期待が大きい事務室です。
(アガリクス茸も、漢方薬の一部ですね)
それぞれのうさちゃんの症状にあわせて、漢方薬を調合してくれる獣医さんもいます。
うさちゃんも10歳近くなってくると、白内障がはじまることが多いようです。
でも慣れている場所では、不自由なく暮らせるようですし、自然な老化ということでしょうね。
◯すみませんが、チョモ君がお月さまに帰った時のこと、教えてください。
3月17日の金曜日からまたおなかの調子が悪かったりしたので、「連休はもたないかもね」と言っていたのですが、なんとか持ち直しました。
チョモちゃんの看病のため、21日の月曜日に会社へ行って「もう、これで会社を辞めよう。辞めなくても、またしばらくお休みしてしまおう」と思い、私物を全部持って帰ってきました。
帰ってきて、いつものように夜8時頃お薬をあげるために、あおむけ抱っこをして、お薬とグルーミングをして起こしてあげると、急に立てなくなり、目がうつろになってしまいました。
ただ、いつも夕方から夜にかけては貧血気味なのかちょっと調子が悪いときがあったので、ご飯をあげて体力が戻れば、また持ち直すかもしれない・・・と思っていました。
夜中の3時のごはんはちゃんと起きて食べられるようになったし、食欲もあったので、一応動物病院の先生に電話で相談して、治療したら足のふらつきが少し良くなるかどうかなどを確認することにしました。
うちの先生は<最後はお家で迎えるのが幸せ>ということをモットーにしているし、実家にいた時とは違いちょっと遠い(車や自転車を使っても10分ほどかかる)家に今住んでいるので、きっと今回も「お家でおとなしくさせておいてあげてください」といわれると思ったのですが、「つれてきてみてください」といわれたので、急いで連れていって診てもらいました。
電気でのマッサージをしてもらってお家に帰り、朝6時のご飯の時間が過ぎていたので,急いで準備をしていたときに急に下顎呼吸が始まり、呼吸困難になりました。
これはもうだめだと思い、腕枕をしてあげて、出会ったころの昔話をしているとしばらくは呼吸困難や痙攣をしていたのですが、知らない間に本当に眠るように息を引き取りました。
◎去勢手術をうけていましたか?
うけていません。
マーキングするようになった頃にはベランダで好き勝手していたので、おしっこされても洗えばいいやって単純に考えていたものですから・・・。
◎特技うっとり
何でなのかとじ〜っと見ると、まつげが長いんです。とってもとってもキュートでした。
あと、うちの両親が気に入っていたところは、手足の先が白いところです。
なんとかって言って、手足の4ヶ所すべてが白い動物っていいんだっていう言い伝えのようなものがあるみたいです。後ろ足はあんまりわかんないけど、前足はさきっぽだけ白い手袋してるみたいで、とってもかわゆいかったです。
でも、なんと言っても「人なつっこい」ことが一番の特技&チャームポイントだったと思います。
友人が遊びに来たときも、なつっこく寄っていって、しかもおとなしく見つめているので、みんなやられてしまいます。こうして私たち夫婦のうさぎフェチ増殖運動はひそかに行われていました。
写真は、1999年6月(12歳)、いたずらをしている時に注意されて、にらみつけているところです。
口の周りに皺ができてきたので、旦那が「新幹線」というあだ名をつけました。
◎困ったちゃん
お月さまに帰る前ごろのことをいえば、
しこりがあって、転んじゃうと自力で起きあがれないんだから、ちょっとおとなしくしていてくれ〜!・・・というところでしょうか。
会社に行っているときは心配で心配で・・・昼間に実家の父に覗いてもらっているのですが、それでも倒れると体力がどんどん無くなってしまうので、本当に困っていました。
横になってしまう時間が長くなればなるほど、体力の低下が激しく、体温も低下したり、すぐにでも死んでしまいそうで・・。
しかも、いつ転ぶか予測がつかないし・・・会社辞めたいよ〜と、毎日思っていました。
◎長寿の秘密
そういわれてみると、これには気をつけていたとか、ありますか?
若いうちに好き勝手に自由気ままにさせていたことと、年を取ってからの十分な保温と健康管理かな??
出会ったときからものすごく丈夫だったうえに、ベランダ人生で強固な肉体を作り上げていたのが、良かったのかもしれません。
病院の先生に指摘されたことは、もともとの生命力が非常に強い(これは私もそう思います)ことと、とってもマイペースでのんびりした性格(それと人見知りしない)、そして飼い主が早くに異変に気がついて早めに対処していくことができていることがチョモちゃんの長寿の秘訣だったということです。
のんびりした性格であることがいいんだそうです。
「なんで???」って、先生に聞いたら、のんびりしている動物は(人間もそうなんですが)血液の流れものんびりと一定に保たれているために、いい状態が保たれるそうです。また、神経質な子は病院に来ても神経が張りつめているので、治療の効果が上がらなかったり、病院にいる時だけでなくいつも心臓がドキドキしている状態になってしまうので、体に負担がかかってくるとのことです。
このへんは皆さんの方が、私より詳しいですね。
◎うさぎとの同居生活で、「これだけは!!」と思っている基本ちゅうか、 なにか思うことがあったら、お書き下さいませ。
そうですね〜。私にとってはうさぎって「物言わぬ友よ!!!」って感じです。
だからその分ちゃんと判ってあげて、察してあげないといけないと思うんです。犬猫のように声でうるさく自己主張しない(できない)し、なのに崩れると弱いからすぐに大変なことになっちゃうので、毎日のちょっとしたことでもちゃんと気づいてあげないと・・・って思ってました。
あとは、うさぎのことをちゃんと判って診察できるお医者さんを見つけておくこと(できれば家の近くで)でしょうか。そういうこと全部含めて、これからもっともっとうさぎへの理解が深まっていくといいですね。私たちもお手伝いできることがあれば、何でもしたいと思っています。
せっかく、こんな素敵なページを急いで作成してもらったのに、チョモちゃんがお月様に帰ってしまって、残念です。
でも、お月様に帰ってしまった子のページで参加させていただけると思うので、これからもよろしくお付き合いください。
最後の最後の時、自分の精神状態が大変なときに、長寿うさぎ事務室さんとメールのやりとりができたことが、とっても支えになりました。
ほんとうにありがとうございました。
チョモ君がお月様に帰ってから半年、現在の心境をつづったメールを鈴木さんからいただきました。お読みくださいね。
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