ぴょんた君・・11歳・・♂ ぴょん太君は、1995年暮れに11 歳半ぐらいで亡くなりました。
家のお嬢さんが、幼稚園を卒園するときにもらってきた日本白色種のオスで、
(当時1歳ぐら い?)、
あまり手をかけずに自由気ままに、
仙台市の一軒家のお庭で、暮らしていたそうです。

#########アンケート、はじまりはじまり〜〜#########

◎食事について
○ペレットは、どのようにあげていましたか?

幼児用のごはんカップに一掴みぐらいを、朝に一回あげていました。
  (時々あげ忘れたこともある・・・)

○野菜や果物、クッキーなどは、どんな時に、何をどのくらい、あげていたのでしょう?

野菜は、人参・キャベツを時々。りんごも好き。
おやつにお菓子は 一切あげませんでした。

○好物なども、教えてください。

やっぱ、うさぎペレットでしょう!

○水のあげかたは?? 給水ボトル、マグカップなど、いろいろだと思うので。

これも幼児用のごはんカップに入れて、一日数回取り替えていました。

◎生活環境について
○どんなふうに暮らしていたのでしょうか。

お庭に犬小屋のような形のお家を建てて、家の中にはほとんどあげませんでした。
自由気ままに庭で遊んで、時々穴堀をするのにはマイッタ...。
たま〜に、隣のお家の庭にも遠征しましたが、自分で帰ってきました。

◯うさぎの外飼いというと、気になるのは気温ですが、もしよろしければ、
ぴょんた君の住んでいた地域を教えて下さい。(…県…市ぐらいまで)

宮城県仙台市の北側。雨が縦に降らない(1年のうち半年は霧がかかっている)よう な、
湿気の多いところです。
いまはものすごー い住宅地になってしまいましたが、家を立てた当初は、
たんぼの中の一軒家でし た。

○トイレは、どこに、どんなふうに設置してありましたか?

特に設置せず、庭の一角に自分で決めたところがあって、そこにしていました。

◎病気について
かかった病気がありましたら、小さい頃から順に教えて下さい。

なんと!1回もありません。丈夫だったねえ...。
でも、月に旅立つ前あたりのぴょん太は、やはり元気がありませんでした。

◎去勢手術をうけていましたか?

うけていません。「自然のまま」がモットーです。

◎特技うっとり

  う〜ん...。おとなしいけど人懐こくて、よく食べよく遊ぶ野生児でした。
家ウサギですが、多分かなり自然に近い状態で暮らしていたと思います。
芸もしなかったし...。「そこにいる」だけで安心してしまうような存在感は あったようです。

◎困ったちゃん
これは、やめてくれーーーということがあったら、このさい、ここにぶちまけて おきましょう。

特になかったけど...穴堀かなあ。
家庭菜園とか、手入れをした苗などをひっくり返 すことはなかったのですが、
空いている土が出ているところをバババババっとほ っくり返していました。

◎長寿の秘密
そういわれてみると、これには気をつけていたとか、あったでしょうか?
また、うさぎとの同居生活で、「これだけは!!」と思っている基本などありましたら、
お聞かせください。

1.おやつをあげない。
2.家にあげない(かわいくて撫で回してしまうから)。
3.なるべく自然に近い状態で育てる。
 ...を心掛けていました。

#########回答は以上です#########

なお、ぴょん太君については、ぴょん太君ちとご親戚で、
「ぴょん太くんレポーター」をしてくださったebiさんが、
何回かに分けて、口頭で質問してきて下さったことをもとに
事務室が、バーチャルインタビュー風の文章に編集しました。


また、ebiさん自身がご覧になった、ぴょん太君の思い出等をメールで教えてもらい
ましたので、事務室で、まとめてみました。

私も何回か「ぴょん太」に会いましたが、ぽーっとした、育ちの良さそうな顔 だちで、
遊びにいくと「いらっしゃ〜い」と挨拶はしてくれるのですが「どうぞ ご自由に〜」って感じで、
ぽよぽよ自分のペースで遊んでいたのを覚えていま す。
隣の庭をいったり来たりして、「あれ?ぴょん 太は?」というと「ここよー」と
にょんと顔を出したりしていたそうです。
日本白色種らしくて、身体も結構大きく、3〜4キロぐらいはあったと思います。

ebiさん、アンケートにご協力、ありがとうございました。



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なお、ebiさんのホームページには、
残念ながら、ぴょん太君のコーナー・画像はありませんが、ねぎ君・ぽん太君というヤングな
うさちゃん達がいます。遊びにいってみよう  →→→