イタリア料理考。

 日本からイタリアに来ると、食材の違いに驚いてしまう。日本には当然のようにあるものがイタリアにはないし、イタリアで普通に手に入るものが日本では高級食材として珍重されていたりする。イタリアで、日本料理を作ってくれ、といわれても、この国でいったい何を作れと言うのか。別に、特に日本的なものを作ろうとしているわけではない。煮物なんて作ったこともないし、すきやきに至っては日本でだって食べようとも思わないし、刺身は料理ですらない。今までイタリアで作ろうと試みたのはカレーライス、ラーメン、餃子、チャーハン、味噌汁、お好み焼きといった、「それはほんとに日本料理なのか・・?」といわれるようなものばかりである。しかし、そのどれをとってもイタリアで食材を買い求め、その場で作るなんてことは出来ない。カレー粉、インスタントラーメンの袋詰め、味噌、紅しょうが、大根、紫蘇、長ネギ、海苔、かつお節、どれをとってもイタリアにはないのだ。ローマにはカストローニという外国の食材の専門店があるが、ここの日本コーナーにあるのは味噌(一番小さなパック、700円)みりん(一瓶1000円)海苔(一パック500円)梅酒(500ミリリットル1000円)袋いりたくわん(一袋600円)という感じで、品揃えに変な偏りがある上に、高い。そういえば、水につけて戻してから食べるとうふの乾燥したやつなども売っていた。そこまでして豆腐を食べたいのか、君たちは、といいたくなる。

 まあ、みりんや梅干しなんかはともかく、大根やごぼう、ねぎがないのには驚いた。キュウリもないし、茄子も、とても同じ野菜とは思えないくらい巨大である。あ、さつまいももない。モヤシは最近やっと見かけるようになったが、中国からの輸入物だし、みつば、らっきょう、生姜、びわもみたことがない。というか、言葉そのものが存在しない。日本で、値段は高くてもズッキーネやアーティチョーク、生ハム、バジリコなどが手にはいるのとは大違いなのだ。

 その点、頑張っているのが醤油で、これはどの食料品店にいっても必ずある。しかも、必ずキッコーマン。しかし、醤油がどんな風に使われているのは謎。知っている限りでは、イタリア人で醤油を常用している人は誰もいない。

 中華料理のレストランはヨーロッパ全土に星の数ほどあるが、日本レストランは数も少なく、どれも高級で、でもメニューはへんてこだったりする。一度だけ行ってみたが、天丼とか、かけそばが妙に高級な器に入って出てくることを確認しただけで、得るものはなかった。まずいし、高い。 日本料理というのもよくわからない。

 それはともかく。

 イタリア料理というのも、実は結構変わっている。

 まず、普通のご家庭での夕食の準備が、日本で思うのとはだいぶ違うことから紹介しよう。

 アッパレッキアーレ、というのは、食卓の準備をする、という意味の言葉だが、これは料理とは全く別のシステムで行われる。誰かが料理している最中に、他の誰かがこの「食卓の準備」をするのだが。

 私の家が標準的だとすれば、日本での食卓の準備は、台ふきんで食卓をふいて、それぞれの椅子の前にご飯と味噌汁、箸をならべ、中央にその日のおかずが大皿で出し、水なりコーラなり牛乳なり、それぞれの飲み物を適当にコップに注ぐ、という感じだと思う。これは、料理が出来て、お皿に盛りつけられてから出来ることで、誰かが料理している最中に出来ることは限られていた。

 イタリアでは、まず、どうしてもテーブルクロスを敷く。これは食事ごとにとりはずしするのが原則。それから、それぞれの椅子の前に、何も盛られていないお皿を、2枚重ねておく。したになるお皿は大きめで平ら、上になるお皿は少し小さめで、深い。左にフォーク、右にナイフ、お皿の左上あたりにグラスを逆さ向きにしておく。テーブルの真ん中にはミネラルウォーターのボトルとワイン、紙ナプキンが置かれる。これでやっと、「食卓の準備」は完了。はじめてみたときは「何もそこまで・・」と思ったが、これが毎晩毎晩、ほぼ必ず行われる。

 これだけやっておいてから、やっと料理が登場。上側のお皿に、中味が盛られる。プリモ・ピアット、第一の皿という意味の料理は、パスタのことがほとんど。ときどき、スープだったりリゾットだったりする。男性がいれば彼が、それぞれのグラスに水なりワインなりを注いでくれる。ひとりひとりが紙ナプキンをとり、口を拭いながらプリモ・ピアットを食べおわると、このお皿を片づける。そして、テーブルには下になっていたお皿残るわけである。今度はたいてい大皿に乗ったセコンド・ピアット、第二の皿をキッチンから運んできて、それぞれが自分の更に好きなだけ盛る。ここで、小さく切り分けられたパンがバスケットに入って出てくるので、それも好きなだけとる。よく、「イタリア人はパスタを前菜として食べて、メインディッシュはその後なんだから!!」と言われるが、家庭での食事である限り、このセコンド・ピアットがメインディッシュ、という感じではない。パスタだけでは栄養が足りないから、野菜や、肉や魚も食べよう。というところか。量はそんなに多くないし、サラダだけ、生ハムだけ、ということもある。デザートがある場合はまたまたお皿を片づけてから、となる。

 かなり複雑である。お皿の数が多いから後かたづけも大変だし、ふけばきれいになるテーブルと違って、テーブルクロスは汚れたらあらわなきゃならないし、面倒くさいことこのうえないのだが、きちんとした食事、っていうかんじで、悪くない気もする。お母さんたちは大変だろうが。

 さっきからパスタパスタ、といっているが、このパスタというのも、日本で考えているのとはだいぶ違う。スパゲッティかペンネくらいしか売っていない日本と違って、それはもう何十種類といったパスタが普通に売っている。もちろん、スパゲッティとペンネが使われることが一番多いが、ブカティーニ、リングイーネ、バヴェッタ、リガトーニなどもよく出てくるし、家庭には常備されているらしい。ブカティーニはちょっと太めのスパゲッティーの真ん中に穴があいているパスタで、リングイーネは太めのスパゲッティをちょっとつぶして平たくしたような感じ。バヴェッタはスパゲッティとリングイーネの中間くらいの平べったさなのだが、それぞれこのソースにはこのパスタ、と決まったメニューがあるのがすごい。確かに違いはあるが、それ程大きなものではないのに、こだわりなのか伝統なのか、イタリア人はみんなよく知っている。日本で言えば、揚げ物にはコシヒカリ、煮物にはササニシキ、冷たいおかずには秋田小町、とかいっているようなものなのか? 違うか。

 私の個人的なお気に入りは、ペンネ・アッラッラビアータ。トマトとニンニクとオリーブオイル、唐辛子とイタリアンパセリだけで作る簡単な料理だが、シンプルな分飽きが来なくて、毎日でも食べられる。ついでに、レシピを書いておこう。

 フライパンにかなりたっぷりのオリーブ・オイル(もちろんエクストラバージン)を、しく、というよりは注ぐ。火をつけるのとほぼ同時に、薄くスライスしたニンニクと、唐辛子(鷹の爪なら種を抜いて輪切りにするところだが、イタリアのペペロンチーノを使うときは二つにちぎって種をフライパンの中にまき散らし、ちぎった外見もぶち込む。量は自分の好み。私はかなりたくさん入れる。)を入れる。ごく弱火で、ニンニクと唐辛子を泳がせるようにして匂いをつけるが、ここで決して焦がさないことが重要。焦がさず、出来るだけ長くにおい付けをするのが成功のコツといえる。そこに、湯むきして小さめに切ったトマト(汁はあまり入れないように)を加え、しばらく熱する。水分が蒸発してだいぶ量が少なくなったら、アル・デンテ(歯ごたえよく)ゆでたペンネを加え、手でちぎったイタリアンパセリと一緒に強火にかけながら手早く混ぜる。

 怒ったペンネ、という名前の通り、辛くておいしい素敵なパスタの出来上がりである。

 イタリアには「ソース用のトマト」と「生食用のトマト」という厳密な区別があり、このパスタはもちろんソース用のトマトで作るのだが、日本のどっちでもいけるトマトで作っても別に問題はない。風味と色は、ちょっと違うけど。

 とにかく、何にでも多量にオリーブオイルを入れる国である。一人暮らしで外食の多い私でさえ、750ミリリットルの大瓶の油を2週間くらいで使いきってしまう。そして、日本にいる母から「とにかくオリーブオイルは体にいいってテレビで言ってたからどんどん食べなさい」という電話がかかってくるほど、このオリーブオイルは体にいいらしい。言われなくたって、イタリアでオリーブオイルを食べなかったら生きていけない。それは、日本人にとっての醤油とにているが、さらに依存度が高い。日本人のお母さんなら醤油がなくても何とか料理をするだろうが、イタリア人家庭であるひ突然、オリーブオイルが切れていることがわかったら、それはもう絶望的である。まともな料理は食べられない。体にいいらしいオリーブオイルをこれだけ食べているイタリア人の平均寿命が長いのも、うなずけるだろう。まあ、日本ほどではないにしろ。

 イタリア料理のいいところは、あまり手間をかけずに、見栄えもよく、おいしいものが出来るところだろう。もちろん手の込んだ料理もたくさんあるが、毎日作ることを考えれば、簡単でおいしいものがいいに決まっている。そしてそれは、油であると同時に有効な調味料であるオリーブオイルに負うところが大きい。ニンニクで匂いをつけたオリーブオイルで何かを焼くなりいためるなりすれば、もうそれでおいしいのでだ。野菜なり、肉なり、魚なり、さらには日本のご飯をいためてもおいしい。オリーブオイルを一本買えば、いますぐにでもおいしいイタリア料理が食べられるのである。 


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