北米カルチャーショック


わたくし。かなりインターナショナルな人間である事には自信があったのですが。
いやぁ、世の中、広いよぉぉぉぉ。


北米。というか、カナダなんですけど。
まさに新大陸。新世界。イロイロ考えましたわ・・ってローマへの辛口ラブでカナダの話しを書くというのもどうかと思ったんですが、ま、ここは一つ、ローマ育ちの日本人が見たカナダ観ってことで。それはそれで、新鮮でしょ?

日本人にとっては、全部まとめて西洋。
もしくは、欧米。
とにかくヨーロッパ及びヨーロッパから分離独立した北米の文化っていうのは、日本人にとってはおなじもの、でなければ似てるもの、なんですよね。でしょ?
わたしは、日本の東京とイタリアのローマ、というなんだか東西の洋のある意味エクストリーム・ケースな町で生まれ育って、あと見たことあるのはタイと、香港と、ヨーロッパの各都市。極論すると、アジアの中心で生まれて、ヨーロッパの中心で育って(この辺、突っ込まないで。アジア文化、ヨーロッパ文化論は今のお題じゃないから・・)とりあえずアジア・ヨーロッパでの見聞は広げ、各国の歴史と文化が大好き
各国自慢の料理も大好き、タイにいったら屋台でちゃーはん、イタリア行ったらパスタにピッツァ、お洋服もとりあえず一番その国っぽいのを買っとけ! というこのわたくし。


北米という、「歴史のない国」は、ものすごいカルチャーショックでした。
まずね。道とかが、異様にまっすぐなの。そして、道幅が広い。
車が走る事、渋滞を作らない事を念頭において広くてまっすぐな道を碁盤の目のように敷き詰めて、能率的に建物を配置して、ある意味豪快、ある意味、味も素っ気もない感じの町並みの出来あがり。
とにかく大きくて、便利。
東京にしろローマにしろ、狭い土地をどうやって使うか、がテーマなところにいた私は、「土地なら売るほどある! 好きなだけもってけこんちくしょー!」みたいな街の作り方には、びっくりしたわ。ほんと。
そしてまた、そこに並んでいる店のなんていうのかな・・どーでもよさ。
言葉にするのが難しいんだけど、とにかく素朴というか、大雑把というか・・どーでもいい感じ。
一応、ちょっと凝って見たんだけど・・って感じのお店がないわけじゃないんだけど、その凝り方が、圧倒的に大雑把
いやぁ、土地が広いと、人間っておおらかになるのね。としみじみしたわ・・嫌いじゃない。嫌いじゃないぞ―、こういうの。

とにかくさ、住み易そうなわけです。
わたしはほとんど予備知識なくいきなりカナダに行ってしまうという離れ業をやってのけたわけですが、本当に、予備知識の持ちようがないの。だって、文化も歴史も、自分の国の物っていうのが全然ないんだもん。
改めて聞いた話しですが、「マルチカルチャー政策」というのが国造りの柱。なんだって。
全ての人種、全ての文化、全ての宗教が同列に存在する国。ホントにそうなの。
だからとにかく全部ごちゃ混ぜ、で、それなりに豊か。それなりに安全。
世界中の人々の、うぅん・・一時滞在地。みたいな。もちろんカナダ生まれのカナダ育ち、カナダから一度も外に出る事なくカナダで一生を終える人もいるのだろうけど、それでもその人は「カナダ人でございー!!」じゃなく、「イギリスの文化を持ったカナダ人」「中国の文化を持ったカナダ人」「インドの文化を持ったカナダ人」もしくは、「カナダ人なんだけどカナダってどういう国なのかいまいち説明できないんだよね、っていうカナダ人」なのですよ。きっと。
だから、英語圏に生まれて育ったカナダ人なのに、一生涯中国訛りの英語をしゃべってる。とかいう可能性もあるわけね・・
とにかく、人種いろいろ。東洋人なんてごくごくノーマルにいるし、白人も黒人もインド人も何人もとにかくごちゃ混ぜ。ハーフもたくさん。
ちなみに、わたくし、道を歩いていて、誰一人として振り向かれなかったんです。またそういうことを言い出して・・って感じですが、イタリアで外に出るのがイヤなほど振り向かれているのになれていたこのわたくしが、完全無視を食らうと言う・・当然、ヤヨイマジックも通じませんでした。くすん。あれはイタリアというかヨーロッパ限定のワザだったのね・・

だから、とにかく、暮らしやすい。東洋人だろうが西洋人だろうが、中近東だろうが、とにかくみんな同列。「外国」と言う感じがしない。どこか、そういう国とか、国家とか、そういうのとは無関係な、子供の頃遊んだ鬼ごっことかであった、「安全地帯」みたいな感じ。と言えばわかるかなぁ。
ま税金は外税で15%という脅威の高税率で、しかもチップ文化の国だから、外に食事にいったら20%上乗せが常識。飲み食いした代金の実に35%多めに払わなくちゃ行けない、ってとこがちょっと気になると言えば、気になるんだけどさ。。

まぁねぇ・・住みやすい、楽しくて優しい国。
とにかくおおらかで、みんなそれなりに無関心でそれなりに優しくて、いい国。

でもそれってやっぱりさ、刺激が少ない事には変わりないんだよね。
刺激って、わたしはもはや夜遊びをする年でもないし、そういう刺激、じゃなくてね。
化的軋轢、熱くてうざいナショナル・アイデンティティ、他所の文化と、自国の文化が交わるときに起こるくだらない衝突、とか・・そういうのに苦労して、そういうのに嫌気がさしていたわたしには、まさにうってつけ、という感じで、でもあまりにもマイルドすぎる。あっけなさすぎる。というのかしら。

イタリアでは、珍しい東洋人として、いいにつけ悪いにつけ、特別扱いされて、日本では、日本の予定調和にはまれないまま、自己完結的天上天下唯我独尊を作りつづけているてわたくしにとって、「ノォォォォプロブレェェェム!」すぎる国と言うのもねぇ・・規制がなさすぎて、ぼーっとしてしまう。

結局、ないものねだりですか?
文化ってなんなのかしら。
文化の成熟と言うのは、異なる文化をある程度否定しないとかなわないもの、ということだねえ。
文化の成熟を求めつつ、異文化にオープンマインドを目指すというのは、逆の道筋なんだ。と言う事がよくわかった。
だってそうはいっても200年くらいは歴史があるんだもん。カナダにだって。
でもカナダ的文化と言うものは成熟せず、異文化同士特に融合するわけでもなく、百花繚乱状態。
どっちがいいかという問題ではなく、別の道筋。
あと1000年、カナダという国があるかどうかすらわからないけど、カナダ的成熟を果たしたあの国の文化は、相変わらず全てが並列で、全てがある程度無関心で、全てがまっすぐで、すべてにおおらかなのかなぁ。

とりあえず、カナダ人の若者達の肩をがっくんがっくん揺さぶるようにしてやっと吐かせたナショナル・アイデンティティは・・

ビールとホッケー。あとムース(牛みたいな巨大な動物)とビーバー。
だってさ。

赤毛のアンとサーモンとメイプルシロップ、ってワケでもないらしいよ・・


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