序文

はじめまして。わたくしヤヨイと申します。
年は27、職業は(たぶん)イタリア語通訳。仕事を始めて、はや7年がたってしまいました。学生時代から通訳はしていたので。いまや通訳業界でもベテランになれるかもしれません。なりたくありませんが。
小さい頃から、夢はイタリア留学、および通訳だったので、夢が叶ったのはとても幸せなことなのですが、おかげで見えてしまった夢とは違う幾多の現実を、いかにわたくし好みの現実に消化して、昇華していくかが人生のテーマ、といってもいいかもしれません。

ここにあるエッセイというか、殴り書きの数々は、わたくしがイタリアでの生活、通訳としての経験の中で思ったこと、感じたことをありのままに書いているもので、わたくしは人より少し感受性が強いものですから、そしてそれを人に伝えようと言う心意気にも恵まれているものですから、余計なお世話、とか、偉そうに何を・・とか、思われてしまうようなことも多々あるかと思われます。というか、あります。
だって日本にもイタリアにも、嫌なところはたくさんある。
でもわたくしは、「日本がいやだからイタリアに行った」のではないし、「イタリアが嫌だから日本に帰ってきた」のではない両方の国と正面から直面している、というスタンスで、何かを書きたいのです。
憧れや、嫌悪、まして偏見や先入観ではなく、実際にわたくしが呼吸し、愛し、憎み、でもやっぱり愛している日本と、イタリアという文化について。

日本とイタリア、という、二つの文化を、わたくしはとても愛しています。
思春期は東京、青春期はローマで過ごせたことを、何より幸せに、誇りに思っているし、それがあるから今のヤヨイ、という人格が出来たのだと思ってる。
そして、東京とローマで育った人たちの中でも、特に恵まれた環境にあったということも、自慢に思っています。
東京でのわたくしは、両親から本当に愛されたし、教育という面では、これ以上ないほどに手をかけてもらいました。手間もお金も。
なにしろ、わたくしは中学校受験をしているのですが、受験勉強の先生達はうちの父と母でした。
当時は憎みもしましたが、あのエネルギー、それこそ日本の特産物、「今治はタオル、燕は洋食器、諏訪は研磨宝石業!」などという、どう考えても普通の大人は知らないようなことを、さも知っているようにわたくしに覚えこませてくれた両親は、わたくしの知らないところで血のにじむような努力をしていたことと思います。今でも「丸亀といえばうちわ」と、素で覚えているくらいです。丸亀市って言うのがどこにあるのか良くわかりませんが。たしか四国?
しかも何故かお正月になれば百人一首を自動的に遊び、姉弟三人が百首全部を暗記していると言う変に文化的な土壌もあったため、そして父親が大の文学好きで、うちには昭和初期の少年少女文学全集がうなるほどあったため、活字中毒一直線。古今の文学を読み漁り、歴史の勉強が大好き、好きな武将古今東西を弟と延々していられるほどに恵まれた環境で、教養などとは思いもせず、たくさんのことを養分に育ちまして。
そして、その日本が誇る教育と文化要素を引っさげて向かった先が過去の栄光を燦然と放つ、いまはその重すぎる栄光を背負って廃れながらも、別の意味で燦然と輝く混沌の都、ローマ。
憧れていたローマでの生活を、西洋人受けする容姿とコミュニケーション向きの語学力で華やかに楽しく、しかしタフでハードなマイナス面にも直面しつつ、まっすぐ切り抜けてきたつもりでございます。

わたくしは、「ハーフ」の友人が多く、彼らが一つの身体の中で、二つの文化をどうやって消化しているのか、その苦労も、その御利益もよくわかる。
二つの文化を理解してしまうと言うことは、その両方が正しくて、でも食い違いがある時、そこには決して理解できない溝があることを理解してしまうと言うことです。感受性が強ければなおさらに。
単に二つの祖国を持っていて、二つの言葉をしゃべれて、お得感がある、と言うのとは違う、理解し合えない二つの文化を両方理解し、そして多くの場合、どうしても理解しあえない両親の間に立って、その二人が理解できない理由も、そして永遠に理解し会えないであろうこともわかってしまう孤独を背負ってしまうこともわかる。
わたくしは幸い、と言うかなんと言うか、両親は両方日本人なので、特にそういう苦労はないですが、それでも、通訳と言う仕事は、その決して理解できないであろう壁に、小さくてもいいから、かすかでもいいから通じる穴をあけること、だと思っています。
その穴を開けることが出来たとき、しかし日本人もイタリア人も、その穴の功労者が通訳であるわたくしだとは、決して気付かないわけですが、通訳ってそういうもんだと、最近は割り切りました。ええ。
一生通訳をしているか、と言われたら、飽きっぽいわたくしはそろそろ飽きてきてもいるのですが、でもやっている以上はそれが仕事だし、それをするのに、わたくしは多分、とても向いていると思っています。

いや、所詮ね、人間なんて分かり合えないもの。
イタリア人と日本人、じゃなくても、日本人同士だって、完全に分かり合えないことなんて当たり前。
どれだけ言葉を費やしても、それぞれが見ている現実とは、永遠にその人だけのものでしかないわけだから、わたくしは、何かを共有したいわけではないのです。
生のイタリアをわかってもらいたい! なんて思っているわけでもない。
わたくしが見たイタリア、わたくしが生きているこの世界は、わたくしの性格、わたくしの立場、わたくしの容姿、わたくしの経験、そういったもののなかでしかありえない「わたくしのイタリア」であって、誰とも共有できるなんて思ってない。
でも、だから何も言わない、だから誰とも話さない、では人生楽しくないんだもん。

「わたくしのイタリア」を理解し、共有して欲しい、なんて思っておりません。
ただ、わたくしがほかの人の本を読んで、単純に面白がっているように見えて、実はそれがわたくしの世界を広げてくれているように、誰かがわたくしの文章を読んで、面白がって、どこかで覚えていて、役になんて立たなくていいから、より楽しい人生のためのネタの一つになればいい,とは思っておりますが。

大げさですが、自己紹介と、序文にかえて。
どうぞこれからも御贔屓に。

17/11/2002(あ、イタリアでは、日付は日/月/年、の順番で書くのよん)
ヤヨイ


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