関西とイタリア。

関西の熱さはイタリアに似ている。


などとゆーお話が時たまに、ささやかれる今日この頃。
最近どうも関西が身近に感じられる環境にいることもありまして、ここはひとつ、関西とイタリアの徹底比較をしてみることにしました。
あ、ご存じない方のためにいっておきますが、わたくしは20歳くらいまでほとんど東京から出たことのない東京生まれの東京育ち、そして20歳から25歳までは東京とローマをいったりきたいりて青春期を送ったという(をい、過去形かよ・・)略歴なので、日本の関西とはとんと縁がございませんでした。いや、和歌マニア歴史マニアとしてはつねに憧れはあったんですけどね・・何しろ国内旅行は、高いし。
そんなわたくしが、神様のおかげで結構関西にいけるようになったのがここ半年くらい。
というわけで、関西にはあくまで余所者なわたくしですので、関西出身の方々、怒らないでねー。

さて。

といいつつ雑談は続きますが、わたくしは関西の人に好いてもらえ、また好きになることが多いです
ある程度以上仲良くなる殿方は、現在は東京でご活躍でも、関西出身という人が多いのよー。わたしは耳がいいから、関西出身の人が東京弁をしゃべっていても、「を、関西のアクセントがあるぞ」というのを聞き分ける名人なのですが、深層意識的にその辺にひかれているのか? と思ったり思わなかったり。
っていうか、神戸と京都の人には、好かれるのよ(奈良ってのもあったな・・)。大阪はダメだね。ぜんぜんダメ。縁がないというか、好かれないというか。それはそれで面白いなー。
全然関係ないことを承知で一人で分析すると、わたくしの人生の中でかなり縁が深い他県は(だってさ、東京生まれの東京育ちだったら、ほとんどすべて東京で事足りる人生なわけだから、わざわざ他県と、必要以上に熱い絆が芽生える確立って少ないじゃん? 1道2府43県のうちの、いくつかと、明らかに縁が深かったら、それってやっぱり運命だとおもうよー)、栃木(ちょっとはみだして茨城含)・兵庫なんですよねえ・・いや、その県と縁が深いというより、栃木(と茨城)・兵庫出身の人と、縁が深いというかね。何かあるのかな。
まあそういう似非風水みたいなことはおいといて、とにかく、わたくしは大阪以外の関西出身の方には受けがいいのです。
そしてイタリア人にも受けはいいから・・やっぱり、似てるかも。関西とイタリア。

嘘です。もちろんそんなことを結論にするつもりはありません。すいません。

では、今度こそちょっとまじめにいきますが、関西とイタリアが似ている、という人々の根拠は、「声がでかい、人の話を聞かない、赤信号で止まらない、自己主張が強い、とりあえず遠慮してると負ける」等、とにかく開けっぴろげな感じが似ているといわれているようです。
っていうかさ、関西といっても京都と大阪じゃぜんぜん違うみたいだし、その比較までやっちゃうとまた大変だから、よく言われていることをとりあえず言ってしまうと。
ローマは京都、フィレンツェは奈良、ナポリは大阪、ヴェネツィアは神戸
というのが、ものすごくむちゃくちゃですが関西とイタリアの各都市の比較のようです。
そんな強引なー。とわたくしも思うんですが、まあ、ある程度そうかも。ってところはあるよね。
とにかく、漠然とした話をしていても纏まめられる気配もない話題なので、とりあえずこの強引な比較を使ってみたいと思います。

ローマと京都は、町のつくりが結構にてる。といっても地下鉄が二本、とか、古都を利用して近代化された(しようとしている)町である、とかそういう次元ですが。
でも人の質は、ぜんぜん似てないなあ・・京都の人たちの洗練された意地の悪さは、ローマ人にはないもん。京都気質はどっちかっていうとおフランスの花のパリー♪って感じもしますねえ。まあパリの人のほうが、もっとわかりやすくスノッブだけど。
京都気質は、天皇のおわす都としてのプライドと、戦乱の世を泳ぎきるための知恵(公家には公家の、町人には町人の)だといわれているようですが、ローマの人はそれほどでもないんだよね。
みんな忘れてるかもしれないけど、ローマって、古代ローマ帝国、ヨーロッパ全土とアジア・アフリカの途中までを支配した、というかその当時においては全世界を支配においたといっても過言ではないあの大帝国の、その都だったところなのよ?
イタリアの歴史を語ると長くなるから語りませんが、とにかくいまや弱小国家の、しかも経済的にはミラノに大きく遅れをとっている「いつ首都の座を奪われても不思議じゃない」おんぼろ都市でも、ローマ帝国の昔、そこはまさに世界の中心だったわけです。
「永遠の都」とかって言う陳腐な名前はよしてくれー! と叫びたくなることもあるわ・・
だって永遠の都って、すごい馬鹿にしてない? 
ローマは「永遠の都」なんていう良くわからない概念に美化されて、押し込まれるようなちんけな町じゃないのよー。永遠って何よ、永遠って? 本当の世界の都だったときのローマの面影なんて、いまやないじゃん。永遠なんてうそうそ。
今のローマは、現在のキャパシティではさばききれないほどの過去の栄光を引きずって、ふらふらになりながらもそれでも美しい、もしもこの世に「永遠」というものがあるとしたら、その「永遠」をつくろうとしたものの、成れの果て。「永遠の残骸」という名前なら、しっくり来るかもしれないけど。
はっまた話がずれてるー!!

とにかくローマはそれだけ大きな、世界の都であったのに、そういう意味でのスノッブさはまったくないのです。
みんなきさくて、あんまり観光客ずれしてないし、みんな割りと純粋。
ずるいところはたくさんあるけど、狡猾というよりは、目端が利く、という程度のもの。
やっぱりそれは法王庁のお膝元として、ある意味、侵略されたことがない、というのも関係あるんだろうなあ・・
イタリアは、ローマ帝国の崩壊後、その後継者を主張するさまざまな外国からつけねらわれて、ひどい目にあってるけど、ローマはある意味「ローマ法王」のおかげで、それほどひどいことにはならなかったからね。いや、「Sacco di Roma」と呼ばれるローマ略奪、とかもあるにはあるんだけど、そしてひどい時代も経験してるんだけど、そしてローマ法王はいつも第一級の政治家だったわけですが、市民のレベルで戦乱を泳ぎきる! みたいな混乱はなかった、といえばいいかなあ。
だからある意味おおらかというか、絶対の「神聖なる者(本当は神聖じゃないんだけど・・カリスマ、とよんでもいいかな。)」に守られてきたというのんびりさ加減が、京都とローマの違いか? 
京都の天皇陛下は、ローマ法王ほどは、カリスマティックじゃなかったみたいだから・・歴史の中で。

その点、戦乱の世の処世術を一番身につけているといわれるのがナポリ人。ナポリの宮廷はアラゴンやブルボンが入り混じって、いつも意味不明だったから。
その処世術が、「ナポリ人を見たら泥棒と思え」といわれる、エクストリームなものになっているわけです。
これはある意味「弱者の知恵」とでもいうべき、「自分が騙されるよりは他人を騙せ!」な処世術なので、やっぱり京都とはちがうような・・大阪ともちがうよな・・そういうわかりやすい小ずるさって、日本にはあんまりないかも。
でも雰囲気さは、やっぱり大阪は日本のナポリ! というかんじがする。
わやわやがちゃがちゃしていて、活気があって、上町(キタというのか?)と下町(ミナミというのか?違ってたらすまぬ。)の雰囲気の差が大きい。下町はあくまで下町らしく美しく、上町は下町とは別の世界のようにアッパーな感じ。というかさ。
あと、方言ね。
大阪方言が日本人にとって「お笑いといえば大阪弁」なのは言うまでもないとして、イタリア人にとってのナポリ方言も、「お笑い舞台はナポリ弁」というくらいのものです。っていうかナポリ人同士の会話を聞いていてもなに言ってるのかわかんないし。
日本ではイル・ポスティーノで有名なマッシモ・トロイージがナポリの方言ですね。「ライフ・イズ・ビューティフル」のロベルト・ベニーニは、フィレンツェ訛り。それがわかって映画を見ると、よりいっそう面白いんだけどさ・・

フィレンツェと奈良は、わたしてきには似ている、ということで治めてしまってもいい程度には似てると思う。
町の小ささとか、あのー、のどかな感じとか。
フィレンツェは芸術の都、などといわれていますが、わたしも一日観光にはうってつけだと思うけど、ちょっと小さくて田舎(あ、言っちゃった・・)な感じが、どうも住むにはちょっと・・とおもうわけですよ。
でもトスカーナいったいの、のどかで美しい田園風景と山々の感じは、奈良のあの感じに似てるかも。
とりあえずわたしは、旅行としていった関西の中では、奈良が断然一番好きでした。のどかで人が少なくて、「ああ、旅行だなあ・・」という感じになるもん。
フィレンツェも、ウフィツィを考えなければ、割とすいてるしね・・

さて、では神戸とヴェネツィア。
これはかなり強引でしょう。単に海が近い、ってことしか共通点がないじゃん。似てない似てない。ぜんぜん似てない
神戸とにてるのは、横浜・・というか、横浜・神戸という日本の港町に共通するのは、なんとなく「ハイカラ」なかんじであって、その「ハイカラ」なかんじって、鎖国明けの日本に西洋文化が流れ込む入り口だったから、ということ以外の何ものでもないわけだからなあ・・もともと西洋、しかもその文化的中心に近いところであるはずのイタリアに、「ハイカラ」なんてゆー概念自体あるわけないんです。
というわけで似てません。

とゆーわけで、相変わらず何の結論も出ないまま書き進んできてしまいましたが、まあ、それでも、関東と比べれば、関西とイタリアのほうが似てるよね。
すごく大雑把に言ってしまえば、
関東は、北米的。
関西は、欧州的。

なところはあると思うよ。それは別にわざわざ言わなくてもそのとおりだと思うけど。
「エウロチェントリズモ」という言葉は、「ヨーロッパ中心主義」という意味なんですが、こんな世界になった今も、ヨーロッパの優越を、アジア・アフリカ・北米にたいして抱いているという、今も続くヨーロッパ人の無意識(意識的な場合もあるけど)な優越感はもちろん存在します。根が深いところでは人種差別、そのほかにもいろいろな形でそれは発露するけどね。
古い歴史がある、元王者には仕方のないことだし、そしてそれは、悪くいえば中身のない虚栄みたいだけど、同時に尊厳や誇りでもあるわけだから。
関西にもちょっとそういうところ、あるよね?

でフランスやイギリスだと、それがスノッブに出すぎていて、鼻につくんですが、イタリア・スペインという南欧の国々はなんとなく、土臭くて、暖かい感じでそれをもってるんだわ。
冷笑をうかべているのではなく、「イタリアは世界一うつくしいくにだあぁぁぁぁ!!」みたいな泥臭さと、「しょうがねーな、お前らどうせ田舎もんなんだから、俺が面倒見てやるぜ」みたいな暖かさ。というか。
そういう意味では、歴史を持ちつつもなんだか大雑把で熱い感じの関西とは、似ているといえば、似てるかも。

ってなところで如何でしょうか、お客さん。
わたしは、ローマに関しては、すでに自分の地元のつもりでいるので、(言いたいことはいろいろありますが)憧れ、みたいなのはもう抱かないんだけど、やっぱり関西に関してはイタリアよりもよっぽど、「遠く美しい、過去をもつ都」だと思うよ。だからそれでいいと思います。関西の人たち。

しかし関西弁、ぜんぜんうまくならないんだよなあ・・っていうかね、先ほども言ったとおり、耳がいいことが自慢のわたしは、いろんな方言をすぐに吸収しちゃうので有名だったんです。イタリア語でだって、3つくらい方言使えるんだから。(ローマ・フィレンツェ・あと北のほうのアクセント。)
なのに習得できない関西弁。よっぽど敷居、高いんだな・・


.
top..