国際恋愛のススメナイ。

さて.今回のお題はなんと、国際恋愛のススメナイ。
穏やかではありませんね、いきなり。(しかも色も黒主体になっちゃって、どんどんブラックになっていくこのページ・・。)
ネット上で自分のコイバナに付いて語るのもどーかなー、とも思うのですが、まあ今回は特別ということで。

わたくし、20歳からの5年間、とあるイタリア人とお付き合いしておりました。
そのうち延べ時間にして2年半強はイタリアにおりましたが、残りの時間は日本で過ごしておりましたゆえ、まあ、超遠距離恋愛ですね。

なぜ付き合い出したか、というのに関しては、それこそノロケになってしまうので書きません。ちなみに、日本の男性諸君が
「それ反則だろう・・」というであろう口説き文句、プレゼントの嵐、その他もろもろはもちろん経験致しましたがね。ふふふ。

しかしここで問題なのは、なぜ私達が別れたか、です。
なにしろ、私達は付き合っていた5年間、周りの人があきれるほどのラブラブっぷりだったのですから。
理由は、多分たった一つ。これが、国際恋愛だったからです。

国際恋愛なんて言うと、しかも相手がイタリア人♪なんていうと、非常にかっこよさそうだし、幸せそうでしょ? 少なくてもわたしはそう思ってた。そして実際、恋愛というその定義自体のなかでは、わたしは彼を、彼はわたしをマックスまで愛していたし、何の問題もありませんでした。
しかし、
人は恋だけでは生きてゆけないのですね。

わたしはイタリアが好きで好きでダイスキで、何しろ長い時間をイタリアで過ごしてしまったので、今や日本のしきたりからはかなり外れたところに位置してしまっている困ったさんなのですが、だかしかし、やっぱり日本人なのですわ。ラーメンと桜と古今和歌集と美しきことば日本語をこよなく愛し、分刻みの時刻表で電車に乗り継ぎ、「皆までいうな」の日本的男気にアイデンティティを持ち、家のなかでは靴を脱ぎ、そして家族や友達は、その大部分が日本人で、日本にいるのです。よくもわるくも。
イタリア人と恋をして、イタリア人と結婚し、イタリアに暮らすということは、その全てを、ほとんど
諦める、ということです。

イタリアという国は旅行でいく限り、夢のような
ところです。人々は陽気で、町は美しく、物価は安い。
しかし、現実になってしまえば、人々は保守的で、失業率に喘ぎ、街は古くて不便で、給料も安い。
日本でちゃんとした教育を受け、お金をかけて育ててもらったわたしが、「ただの
非ヨーロッパ共同体出身の小娘」として扱われるなんて。(そしてまともな就職もできないなんて。)
5分ごとに通過する地下鉄でそだったわたしが、ちょっと彼氏のうちに行くために、
バス停で1時間以上も立ち続けるなんて。
自分の家族とはほとんど会えないまま、
マザコンの彼氏と、過干渉の姑(イタリアの家庭は80%、こういう感じです。間違いない。マザコン・過干渉問題は次回のお題。)の関係を見つづけながら暮らしていくなんて!
ラーメンも激マズ、桜と桃の違いもわからない人々の間で、百人一首を遊ぶことなしに一生を終えるなんて!
子供が出来ても、わびさびのなんたるかも知らない、多分漢字もつかえない子供達になってしまうなんて。

ネガティブにみれば、こんなにも、そしてこれ以外にも三百個ほどの不都合、不条理、不安な事象が、この国際恋愛にはあるわけです。そして若いうちはちやほやされていても、このまま年を重ね、おばあさんになったら? もしも旦那に先立たれてしまったら? 
わたしは永遠に
ガイジンで、黄色人種で、差別というのとは違うかもしれないけど、確実に色眼鏡で見られて、一生を暮らさなければ行けない?
考えるだに、恐ろしい。

彼を愛していて、彼のためなら全てを捨てる! といえれば、それもまた可能かもしれません。実際、4年間ほどはそう思っていたもん。
でもね、やっぱりそれは時がたつにつれて、「
どうしてわたしはこんなに犠牲を払っているのに、彼は愛するお母さんに一から十まで世話を焼いてもらいながら自分の友達に囲まれて生きていくわけ? なんで桜が好き、というこの気持ちがわかってもらえないのに、海が好き、というアナタたちの気持ちを理解しなくちゃいけないわけ? 文句ばっかり言って、とアナタたちはいうけど、じゃあアナタたち、日本に来てみれば? わたしよりたくさんの文句を言う羽目になるから!」という、半ヒステリー状態になってきてしまうのですよ。
自分で撰んで、自分で望んで、外国に住むのならね。逆境とかもまた、望むところなのでしょうけれど。
誰かのために故郷を捨てて、まったくの異文化のなかで暮らしていくのは、とても難しい。どんな小さな事件も、「日本にいればこんなことにはならなかったのに、アナタのためにここに来たからこんな目にあったのよ!」という、被害妄想的な気持ちになってしまうし。そして特にわたしたちは黄色人種だから、いい方の色眼鏡では見られないからね。そういう不便なこと、不愉快なことを全て彼の為に、という割り切りは、わたしにはできなかった。

もちろん、世の中ではたくさんの人達が国際恋愛をし、幸せになっていらっしゃるので、これはたんにわたしが国際恋愛に向いていないというだけなのかもしれません。いや、性格的にはどちらかといえば、向いているはずなんですけどね。

でも、国際恋愛、というなんだかいいイメージのことば、憧れちゃうような雰囲気、そういうのって、やっぱり現実になると、それほどいいものではないんです。
もしもアナタが日本で何不自由ない生活をしていて、家族にも友達にも恵まれていて、日本の文化でもアニメでも白いお米でもなんでもいいや、そういうものが好きならば、国際恋愛、そして国際結婚はよーく、考えて。

もちろん、どんな恋でも二人の人間が寄り添えば、そこにはギャップというものが生まれるし、日本人同士だって分かり合えないことなんて星の数ほど。そんなことはわかってる。理想の人なんて、日本にもイタリアにも、多分どこにもいない。
でも、例えばイタリアにすんで、カルチャーギャップでイタリア人と喧嘩したら、
アナタの味方をしてくれる人はだれもいないからね。だって周り中イタリア人なんだから。(日本人コミュニティもあるにはあるけど、そこに足を踏み入れるのは・・)
だいいち、イタリア語で会話していると仮定すれば、どんなに上手に話せても母国語ではないし。喧嘩のときには重大なハンディキャップだし。

まあでも、こんなことは、わたしもイタリア人と付き合って、イタリアに暮らして、何年かのちに考えたことです。
最初の頃はとにかく彼が好きで、イタリアも好きで、楽しくてたまらなかったわ。
だから別に、国際恋愛を否定するつもりなど、まったくないのです。むしろ、わたしはその間にイタリアの文化も歴史もことばも、全て
普通の人の数倍のスピードで学んだから、まったく無駄だとは思っていないし。
そして、彼のことは今でも誰よりいとおしく、大事に思っているし。

ただ、せっかく痛い目をして学んだことだから、アドバイスとかそういうんじゃなく、こういう話もあるよ、という事を伝えたくて。
余計なお世話だったらごめんなさい、って誰に謝ってんだ?


.
top..