イタリア人は、海が好き。

わたくしがまだ20歳で、イタリア留学をする前の話。
当時から日本国内で、イタリア語通訳をしていたわたくしが、頻繁にびっくりするあることがありました。
それは、イタリア人がコトあるごとに「海」について語ることです

海の見えるレストランで食事をしようものなら、窓際にへばりついて「海は素晴らしい。わたしは海を愛している!」と熱く語り。
お台場に行くゆりかもめ、とかモノレールにのっていると、眼下に広がる東京湾(なので当然、それほど綺麗な海というわけではない)に歓声を上げたり。
夏場に会った人はことごとく、「海に行きたい」と騒ぐし、「今年はもう海には行った?」が挨拶代わり

そしてイタリア人と付き合い始めると謎は更に深まります。
当時は遠距離恋愛だったので、ローマにいる彼と電話で話すと、海にばっかり行ってるんです。
「昨日は何したの?」「海に行ってきた」
「誰と?」「一人で。」
「今日はこれから何するの?」「海に行ってくる、一人で。」
「明日は・・」「海!」
しかも、電話するたび。
・・・・・・・これは一体どういうことなの?? 普段はわからないけれど、わたくしの恋人は実はつり吉三平だったの? もしくは浜ちゃんか? 一人で海に行って、一体何をするんだ??

更にイタリアに住んでいた頃はもっとびっくりです。
夏場の土日、ローマからイタリア人が消える! ものすごい大渋滞の中を、何時間もかけて近郊の海へ向けてイタリア民族大移動。
老いも若きも男も女も、とにかく暇があったら海へ行け! です。
まあ、サーフィン好きとかさ、若者のちょっとした遠出とか、そういうので海が楽しいのはわかる。
だけど大の大人が目の色変えて、「夏だから海に行かなくては!!」と強迫観念にも似た勢いで海辺に殺到するのには、本当にびっくりしました。
更に先日、ローマからナポリに向かう電車に妹と乗っていたときのこと。
イタリアの長距離列車は個室というか、コンパートメントなことが多いのですが、その電車が海を通りかかったとたん。
相席していたイタリア人、そして近隣のコンパートメントにいたイタリア人達が「をを!! 海だ!!!」とにわかに騒ぎ出し、一気に窓側の廊下に殺到したときには、妹も唖然。

そして海に行ってみれば、別に泳ぐわけでもなし。
デッキ・チェアに横たわって、ただひたすらに日焼け三昧
水に入るとしてもほんのちょっとで、ただひたすら太陽の元に身を晒しながら、ぼーっと海を眺めているわけです。
しかしこれ、日本では考えられないでしょう。
日本人といえば究極の美白民族。とにかく日に焼けることは罪だ! とばかりに日焼け止めクリームをぬりまくり、海に行っても日陰が基本。だってお肌の美容と健康に百害あって一利なしなばかりか、皮膚がんを誘発するじゃないですか!
イタリア人、あんたたちも(一応)白人で、皮膚がんになる確率高いんだから、気をつけなさい!!
と、わたくしはいつもはらはらしていました。自分は海について行っても、パラソルの下で、太陽が移動して陰の位置が変わるたびに椅子を動かしながら。

でもイタリア人は、日焼けと皮膚がんの関係なんて全くのでっち上げ、関係ない! といわんばかりに肌を焼き続け、まあ、たしかに日焼けした肌というのはかっこよく見えるんだよね。特に、夏場の肌の露出度が高いイタリアでは。
褐色の肌を自慢げに見せびらかしながら颯爽と町を歩くイタリア人女性、黒光りする肌を誇示しながら真っ黒なサングラスを輝かせて肩で風を切るイタリア人男性は、まあ確かに、なんかかっこいい。迫力もあるし。
そして夏場に日焼けしていないということは、「海にもいけないかわいそうな人」というレッテルを貼られ、「日焼けしていなくて恥ずかしい」と劣等感すら感じさせるほどのことなのです。
お金が無い、時間が無い、などの理由で海にいけない若者達は、サン・ピエトロ寺院の広場などで直射日光に身体を晒して、ひたすら日焼けに励みます。
当然お肌はいたむし、イタリア人の女の子の胸元とか、茶色いしみがいっぱいできてるけどね・・それはそれでキュートなんだって。ううむ。

そして皮膚がんにこんなに無関心なイタリア人は、しかし、別の理由でよく、死んでしまいます。
それは、ものを食べてすぐに海に入って泳いだ、という死因なのですが。
これはわたくし、さまざまなところでいろいろな人に聞いているんですが、本当に、人、死ぬらしいです。
ものを食べて数時間の間は決して海に入ることが無いように、と、お母さんは息子に厳しく注意するし、テレビでも注意を訴えるニュースが流れるくらい。
ご飯食べて数時間内に水に入ったら死ぬなんて・・それが本当なら(と言うかイタリアでは本当なんですけど)、スポーツジムのスイミングプールなんて死屍累々だと思うんだけどなあ・・
でも本当に人が死ぬらしいので、機会があったら気をつけてみてください。
物をお腹に入れて数時間は、ひたすら日焼けに専念すべし。イタリア人からの忠告です。

わたくしは個人的に、海があんまり好きじゃないんです。なんか潮風ってべたべたするし。海辺のものってなんかダサい感じがするのよねえ・・お台場も田舎臭いし、というのは関係ないとしても、海辺のあのなんでも投げやりな感じ、仮設シャワーとかで不便な思いをしながらシャワーを浴びるのも、こそこそ車の中とかで着替えるのも(え、日本ではそんなことってないですかね?)ビーチサンダルをはいた足の指や足の裏にべたーっとつく砂も、みんななんか、落ち着かなくて嫌い。
しかしイタリア人に「わたくし、海ってあんまり・・」なんて言おうものなら、非国民扱いです。イタリア国民じゃないからいいけどさ。
しかし、「この世にはなんて珍しい人がいるのかしら!」といったびっくり顔をされると、こちらとしてもどうしていいものやら。
つまり、イタリア人はほぼ100%、なんの疑問もなく「オレは海が好きだ!」と主張してやまないわけです。
ま、簡単に言えば日本人にとっての桜なんですけれどもね。
わたくしは日本人の中でも抜群に桜好きなことでは自信がありますが(それはどんな自信なのか。)、イタリア人はこの「日本人の桜に対する盲目的な愛」には全く鈍感ですね、しかし。日本に住んでいるイタリア人でも、梅と桃と桜の区別さえ付かないくらい。
それはともかく。

桜が嫌いな日本人。海が嫌いなイタリア人。
それぞれに非国民的に珍しい人たちと言うことでしょうか。
そして、誰かが「わたしは桜が嫌い」といったら、当然次の質問は「じゃあ、紅葉は好き?」になるよね。普通の日本的文化をバックグラウンドに持っている人なら。
では「わたしは海が嫌い」に続く質問はと言うと、もちろん、
「じゃあ、山のほうが好きなの?」
いや・・どっちもあんまり・・わたくし、インドア派なので・・

まあ、結論としては、イタリア人とってはは自然が好きということが強迫観念なんだろうなあ、と思うのです。
日本人にとっての桜と紅葉に似ているといえば、似てる。
日本人が春には花見に、秋には紅葉狩りに、普段はそんなこと興味のない人までなにかに命令されているかのように向かってしまうのは、国民的な強迫観念というか・・「桜と紅葉を愛することが正義」みたいな国民的同意があると思うのですがね。わたくしは一年を通じて、たゆむことなく桜好きですが。
イタリア人にとってはその桜とか紅葉に関するものが「自然、もうちょっとわかりやすく言うと海」なんだろうと思うの。
太陽が降り注ぎ、豊かな大海原を見ながら、のんびりとすることが出来る、それが海。
山は、登ったり下りたりしなきゃいけないから疲れるしね。
「自然が好き!」という国民的正義を一番簡単かつ気分よい状態で表現できるのが、海に行くことであり、海を賛美することなんじゃないかなあ。
でもうっかり入ると、いきなり死んじゃうわけですが。気をつけてね。イタリアのみんな。


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