外国人(おもにイタリアおよびヨーロッパラテン系)に受ける日本人考。

リクエストしてくださったeveちゃんアンドかのんさん、ありがちゅちゅちゅ。

ええ、「わたくしがこんな人になったワケ」では、さまざまな反響をいただきましてありがとうございました。
やっぱりちょっと刺激的だったみたいね♪(反省の色ナシ。)

というわけで調子に乗って書かせていただいておりますが、またいろいろよろしくねーん。

ではまず外見から。
★黒髪。
まずコレはめちゃくちゃ重要。昨今の金髪ブーム、あれはヨーロッパ人からすれば一斉に「はぁぁぁ?」って突っ込み入りますね。外国で活躍している亜細亜系の人美女たちは、だいたい、黒髪ロングストレート、でしょ?
ルーシー・リュー然り。最近ウワサのデヴォン青木然り。
やっぱり日本人(亜細亜人)といえば、黒髪。ロング。陶器のような肌。コレが重要なワケですよ。
★アーモンド型の瞳
これもやったら良くいわれますねぇ。イタリア人の間では日本人を誉めるときにはとりあえず「アーモンド型の瞳」と言えば間違いない、という、彼らの間での一種の不文律があるんじゃないかって感じ。
で、じゃあそのアーモンド型の瞳っていうのはなにかっていうと・・良くわかんないんだよねえコレが。
多分、一重で切れ長、ってことになるんだろうけど・・通算で4768回ほどコレをいわれているわたくしヤヨイ、じつは別に切れ長の瞳って言うわけじゃないんですよ(・・なんじゃそりゃ)。
というわけで、コレに関してはほとんどの日本人の方が当てはまると思われますね。要するに、日本人の目の形(当然西洋人とは違う。)を総称して、アーモンド型の瞳、とよんでるんだと思われますので。
ま、しいていえば、カラーコンタクトはだめ。ってとこかなぁ・・
★和風の顔立ち
コレは結構微妙なとこなんですよねぇ・・
日本では、やっぱり西洋風の顔かたちがもてるじゃないですか。どうしても西洋人信仰ってあるしね。
でもそうはいっても、外国人からみたらエキゾチックエスニック日本人顔がいいわけですよ。
★耳の形
これ、意外と重要。盲点。
日本人て、耳の形気にしないでしょう、ほとんど。でもイタリア人は、結構気にする。というか、よこにはみ出てる耳、というのをとてもいやがりますね。耳は後ろに倒れてないとダメなの。
だから、日本の女優さんで、なんていったかわすれたけど、耳がとても横に広がっている子とか、もうそれだけで、「だめだめ!!」って感じ。
わたしは耳なんて気にしたことなかったので、結構びっくりしたなぁ・・

っていうか。
こういうジェネラリゼイションじゃ語り尽くせないわ。外見的イタリア人に受けるコツ。
というのはね、日本人の「普通の、可愛い」女の子って、イタリアではだめなのよ。なんでかな。たとえ黒髪ストレートで切れ長の瞳でも。
イタリア人に受ける条件は、「押し出しの強さ、迫力」だとおもうわぁ・・ここまで来ると。

ナニユエにヨーコ・オノが受けたのか。などを考えてください。
決して美人と言うわけではない。でも迫力あるでしょ?なんとなく。
こんなこといっちゃうとまた、イロイロいわれそうな気がするんですけど、まあ言っちゃいますが。

イタリアで日本的かまとと・ぶりっこは通用しません。日本でおそらくはもてもてと思われる、「小さくて、可愛くて、そこそこお洒落で、綺麗に小さくまとまってる」女の子たちは、イタリアでは絶対もてない。
綺麗なわけじゃないけど、迫力あって、日本ではやや「浮いて」いる人達のほうが絶対受けるますね。
それはもう、大陸という自己主張と個性のぶつかり合いの中で、どれだけ「日本人というだけではおさまりきらない器をみせるか」ということのような・・

有る意味、ぶりっこするなら、松田聖子の境地まで行かないとダメ。
思いこみの深さ。とか、確信犯っぷりの極め方とか。
をを、いい言葉を思いついた。「存在感」。これだ。

たとえばね。普通に観光客としてヨーロッパに行ったとしましょう。
不自由な言葉をつかって他人とコミュニケーションをしなきゃ行けないとしますね。
日本人はどうしても、そこで、「甘え」がはいる。もしくは、「照れ隠し」。
これがいけません。
わざとべたべたの日本人的発音で、照れ隠しの笑みを浮かべながら、可愛くしゃべってみる。など。
馬鹿にされたくないなら、これは厳禁です。
いや、別に観光客なんだし、かまわないとは思うんです。それはそれで。
ただ、馬鹿にされたくなくて、一人前の人間として扱って欲しいなら、可愛さを意識した幼児的行動は絶対やめるべき。
何故ならヨーロッパというのは、美しき大人の国だから。
彼らにとっては、その照れ隠しは、「頭が足りない」としか思えない行動だから。

たとえばね・・イタリア語で、「わたしはイタリア語がしゃべれません」というのは、「ノン・パルロ・イタリアーノ」というのですが、そしてイタリア語はカタカナ通りに読めば通じる、というのも本当なのですが、日本の若い女性は得てして、お店の人々とかを相手に、超べたべた、ワザと下手にしたような日本語発音で、「のん・ぱるろ・いたりあぁのぉ」と、やりがちなんです。まあ、日本の文脈で考えれば、外国の可愛い女の子がお店で、「ワタシ・ニホンゴ・ワッカリマセーン」とやる、って感じね。
日本でもし金髪美人がそれをやったら、結構受けると思うんですよ。日本人ってそういう甘えたボケを拾って上げられる国民だから。(ちがうかな・・)
でも、イタリアでそれは通用しません。「はぁ?」って感じになる。いや、それが子供とかなら別ですよ。でも、二十歳を超えたいい大人が、いくら可愛い女のこでも、そんなことしたら、「・・脳みそ、たりないんじゃないの?」と思われるわけです。
ま、よっぽど観光客なれしたお店の人とかなら、ちゃんとフォローしてくれるかもしれませんが。
大人の男性がやりがちなおどけた態度、照れ隠しの幼児化なども、「はぁ?」ですね。当然のように。
女の子でさえきついのに、男の人がやったらナオの事、ってやつです。

日本では、「若さ」がちやほやされるからね。「若い事」「未熟な事」をことさらに美しいものとして賛美する傾向にあるのが現代日本。だから。
だから、ぶりっ子して可愛い子ぶってると、結構許される、ことが多い、と思いがち。

これが通じないのですわ、ヨーロッパでは。

あー、なんか結局いつもと同じ結論に達するな。これ。

結局さ、自意識と、自我と、自己主張のバランス。
外見も、即物的なイタリア人相手なんだから、もちろん大事。
でも、それだけじゃないんですよ。在感、迫力、思いこみの深さ、自意識過剰にはならず、でも揺るがぬ自己を主張できるバランス感覚。
だと思う。ヨーロッパで、ちやほやされるために必要なのは。

所詮黄色人種。ヨーロッパ中心主義の権化ともいえるラテンの国々にあって、黄色人種が見下されるのは、伝統的に仕方のないこと。
そこで迫力負けすると、ダメなのよ。

海外で活躍する日本人女性にへんてこりんちゃんが多いのは、そういったわけだと思いますわ。

って、この結論・・どうよ・・


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