政治について語ってみる。か?


政治、って、皆様、ご興味あります?


わたくしは個人的に、政治家の、しかもかなり熱く仲の良いお友達がいるものですから、本来なら政治に興味を持ってしかるべきなのですが、ぜんぜん知りません。本当に、お恥ずかしいくらい、何にも知りません。しいて言えば小沢一郎さんが好きです。あと石原都知事も好きです。田中真紀子さんもなんだかんだいって、好きな部類に入ります。鉄火小町だし。
でも選挙は行きますよ。自由党応援してるし。

と、ひたすらタレントを好きというのと何が変わるのか、というくらい政治思想もクソもない生活を送っているわけですが、イタリアでは、政治は結構重要な話題なのよ。これが。
現代日本において「右」とか「左」とかいうのってさあ・・若者が、「僕は右です」とか、「わたしは左よ♪」などというのって、よっぽどのことだよね?
できればあんまり近づきたくないなぁ・・と思ってしまうのはわたくしだけだったらすいません。
でもイタリアでは、これは普通。
ほとんどの人が、「僕は右」「僕は左」という政治思想を持っているんですわ!!

右と左の位置づけは、まあ日本とほぼ一緒。いや、保守/革新、だよね?(と、限りなくあやふや・・)
イタリアでも右は資本主義、左は共産主義(といってもちょっと日本の共産党とは・・)なんですけど、そのイメージはだいぶ違うんだよなあ・・
たとえば、わたくし程度にしか政治を理解していない人でも、大筋、自分が右よりなのか左よりなのかは意識として持っている。
若者は特に、「左」が多いのよねえ・・

というのはさ。イタリアの「左」というのは、どっちかっていうと、ヒッピーっぽいイメージが強いのね。
移民受け入れに肯定的で、自由を重んじ、伝統を守らない方向。
大学生とか、インテリ階級は、「左」が多い。
対して「右」は、移民反対。自由を重んじないわけではないけど、階級制度とかに割りと肯定的。
だから「右」はお金持ち階級に多いと思われます。
まあ、基本的にはそういうのって、自然のことなのかもしれないけど、面白いのは、服装とか、そういうので、とてもよくわかるのよ。どっちに属するか、が。

大人でも若者でも、だけど、あまりお金のかかっていなさそうな(実際かかっているかどうかは別として、どう見えるか、という問題ね。)、ラフな格好をしている人は左。
スーツでばっちり決めて、いかにもお金持ちな雰囲気のある人は右。
ものごしが柔らかそうなひとは左の傾向が。対して派手で気前が良くて頑固な人は右。
で、政治のことを話すのは、日本だとなんだかちょっとタブーな雰囲気すらあるけど(若者の間ではね)、イタリアではかなり普通。
右左の思想は違えど、もちろん友達として仲良くすることは出来るし、でも政治論議になるとみんな熱く語りだす。

現在イタリア政府は右ですが、ついこの間までは左だったし。
左だった頃、ガンガン移民を受け入れて、いまはそれを抑圧する方向に行っているという、わかりやすい触れ幅も、イタリアらしいと言えばイタリアらしい。

わたくしは個人的には、属していた友達階級が「右」だったので、右よりなんだよね・・なので、右の人たちがいかにして左をこき下ろすか、については、かなり詳しいの。
曰く、「小汚い格好をして、さんざん共産主義の失敗を見てきたのに、いまだに机上の空論にこだわり、しかも自由主義が行き過ぎて、性的にだらしが無い」とか。
その性的にだらしが無い、って言うのは関係ないんじゃないか? とおもうけど、そこはヒッピーの流れを汲むわけですよ。みんなでイエーイ、っていう方向に流れやすいから、貞操観念が低い。というかさ。
左の人たちが右についてどういうコメントをしているのかは、ちょっとわからないんだけど、これってある種の階級闘争、なんじゃないか? と思うんですけどね。
昔ほど大げさじゃないにしろ、ある一定以上の特権階級が、社会全体をコントロールするべきだ、とするのが右、そんな特権階級はいらない、とするのが左。
深く考えたらもっと難しいいろいろがあるんだろうけど、多分、一般的に自分が「右」とか「左」とか言ってる人たちは、その程度の認識しかないと見た。
で、その二つとも、長くこの世界に存在した思想だけあって、それぞれのカラーというか、雰囲気というか、そういうもののどちらに惹かれるか、が重要な要素なワケですわね。

わたくしのクライアントである大金持ちお爺(もちろん極右)の言うことには、「左の思想は、資産を平均的に分散して、富の分配をしろ、というが、例えばわたしが富を失えば、それに付随してわたしが雇っているすべての人たちが、明日の食事にも困ることになる。たとえわたしの富を減らしても、私自身が一生食べていく富はなくならない。が、人数を雇って食わせていくだけの富はなくなる」だそうで。
一理あるような。ないような。
いや、その主張の正否はおいといて、そんな話が、普通の会話に出てくること自体が凄いと思うわけです。
選挙のときに、どの候補、もしくはどの政党に投票するか、というのは、そういうかなりディープかつわかりやすい政治思想の反映なのよ! っていうか、それはとても健康な政治としてのありかたなんだろうけど、日本じゃ考えられなくない?
わたくしは、たとえばいつも自由党に入れますが、別にそれで移民に対して賛成とか反対とか、富の再配分に対して賛成とか反対とか、考えたこと無いしなあ・・

そう考えると、なんかうらやましいわぁ・・
この間、懇意にしていただいている議員先生とお話をしていて、「日本の左の中心的主張は日の丸・君が代反対」と言われて、脱力したしなあ・・
個人的にはどっちでもいいっていうか・・敢えて反対しようとも、おもわないしなあ・・

そういうわかりやすくも羨ましい政治の世界をリアルタイムで見ているイタリア人ですから、話しているといきなり、「あいつは嫌いだ。だって左だから。」などの台詞が飛び出してきたりするわけですが、みなさん、びっくりしないでくださいね。
そういう事情なんですよ。別に、その人はネオナチとかではありません。多分。
でもそうやって政治に関心が高かったりするからこそ、ネオナチとかもあらわれるかもねえ・・
いくら右よりとはいえ、わたくしもネオナチとかは、困るしねえ・・
政治ってヤツは難しいよ。


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