文学史に見るボルジア。
 
1.どうしたら伝説になれるのか?
世の中には、歴史上実際に存在しながら伝説化した人々がいる。
古いところではジュリアス・シーザーやクレオパトラ、ジャンヌ・ダルクやドン・ファンやマリー・アントワネットもそうだし、東洋では楊貴妃や項羽、日本では源義経などがそれに当たる。現代に近付ければアドルフ・ヒトラーやジョン・F・ケネディなど。
さがせばまだまだ幾らでもいる。
では、いったいどういった人物が伝説として語られるに相応しいのか。
まず第一に、若くしてこの世を去るか、志し半ばにして倒れていることが望ましい。順風満帆に楽々と目標を達成されてしまっては、いくら周りががんばってもなかなか伝説にはならない。そしてたとえ、さんざん苦労して栄光を勝ち取ったとしても、幸福な余生をおくられてしまっては伝説として凄みに欠けるのである。 ここはやはり、権力の絶頂にいながら暗殺されるとか(シーザー、ケネディなど)、志やぶれて自殺するとか(クレオパトラやヒトラーなど)処刑されるとか(ジャンヌ・ダルクや楊貴妃)志なかばで戦に倒れるとか(項羽や義経)、死に花を咲かせてもらったほうがよい。
そして第二に、絶世の美女が絡むこと。伝説に美女は必要だし、英雄は色を好まなくてはならない。本人が絶世の美女であれば、もちろん問題ない。シーザーにはクレオパトラ、義経には静御前。項羽には虞美人がいなくては、話が引き締まらないのである。 さらに欲をいえば、周りを固める人物も傑出した才能を持っていること。英雄、美女とくれば命を賭けて英雄を守る配下とか、熱い絆で結ばれた親友が欲しいところでもある。
第三は、彼等のことを描いた文学作品があること。彼等が伝説となったのには、彼等自身の功績はもちろん、彼等のことを描いた文学が大きく影響している。伝説になれるような人物だから作家達がこぞって作品を書いた、というのは確かだが、描かれた文学作品がなかったために伝説になるには到らなかった人物というのも確かに存在するのである。ユーグ・カペーやアリエノール・ダクティウムなどは、そのなした偉業や数奇な運命にもかかわらず伝説として語られることはあまりない。
伝説がお話としての側面を持っている以上、この文学が優れた魅力的なものであることは欠かせない。そして、できれば二人以上の作家が、違った解釈で複数の作品を書いていれば最高である。伝説の人物ともなれば、ふた通り以上の見方があって当然だからだ。

さて、そこで本題だが、ボルジア家という存在は、以上の条件にこれ以上ない程ぴったりである。 家、と書いたが、ボルジアの身内だけで、志なかばにして倒れる英雄や権力の絶頂で殺される超大物、さらには絶世の美女(しかも悪女、聖女の両方)から命を賭けて英雄を守る戦士まで、全てまかなえてしまうのだ。これほど伝説になるのにぴったりの条件はなかなかない。 もちろん、世の作家達はこぞってボルジア家をモデルに作品を書いた。 最も有名な文学作品はヴィクトル・ユーゴーのリュクレス・ボルジアだろう。 これが歴史考証をほとんど無視した完全な想像の産物であるのと反対に、ボルジア家と同時代を生き、直接面識もあったマキャヴェリは、文学の範疇とは少しずれるものの完璧に時代を捕らえた作品を残している。 ここでは、この二つの作品を軸に、フランソワーズ・サガンやマニュエル・バルケス・モンタルバン、へルマン・クロッソンその他のボルジアものを比較検討しながら、ボルジア家の真実と虚像、伝説と実像について考えてみようと思う。
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