秋・二の巻
秋方 平貞文
和泉殿、暮れ行く秋の風情、貞文痛み入りました。まるでわれら秋好派二人でどこぞの廃院にしのびこんだようですねえ。虫の鳴き音を遠くに聞き、月影に照らされた銀細工のような庭を見ながら、言葉すくなに笹を交わす・・・・ああ、もう絶対秋じゃないですかあ(笑)。

さても、右大臣様は優美な歌を引かれますなあ。定家様の「中の契り」とは「御法」の紫の上の歌より引かれたものでしょうか。上が一生を傾けた愛の最期、夢の夢に何をご覧になったのか、思うだに切なく胸が締め付けられるようでございます。この歌に応じられるこまち殿がまた素晴らしい。「いや、私は死んでられないのですよ」とばかりに、まさに永遠に散りまがう常春佐保姫の面目を施すお歌でございますね。このような素晴らしい方々と優美なお話が出来、心より喜んでおります。ので、私が姫を挑発などするなどとんでもございません。姫のおイタに楽しくつき合わせていただているのです(笑)。

春の視覚と嗅覚をえて、凋落と狂気が夢幻へと変ずる。なるほどそのとおりでございますねえ。春の幻想は超現実へとわれわれを誘うようです。それが日本の美意識とのご指摘も、また仰せのとおり。「うらうらに照れる春日にひばりあがり心悲しも独りし思へば」という家持様の絶唱を引くまでもなく、春の鬱状は古来この狭き島国に住んだ人々が愛してきた情感でございます。それゆえ、春の情感はねっとりとからみつくようで、時にはわずらわしく思われるのです。

にほひしらみ月の近づく山の端の光によわる稲妻のかげ
 伏見院

いかがでしょうか、この秋の鮮烈は。一晩吹き荒れていた野分きも夜明け頃ようやく衰えて、雲の絶え間に月が見え、山際がほのかに白んでいく。その瞬間、平安を乱すように最後の稲妻が閃光を放つ。しかし、暗闇ではあれほど激しかった雷光も、今はかそけく弱々しい。このような澄みきった奥行きをもった孤弱は秋ならではのものではないでしょうか。ウーム。どこか幽玄VS有心のようになってまいりましたねえ(笑)。 
春・三の巻
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