春・三の巻
春方 こまち
あらあら、貞文殿。姫のおイタとはまた、随分なおっしゃりようではございません事? しかも春を「ねっとりとしたわずらわしい」だなどと! わたくしを誰と知っての狼藉でございますの?? 江戸っ子徒花鉄火小町なわたくしの春を、よりによって「鬱状」!! なんとまぁ、神をも恐れぬお方でございますこと・・ほほほ。

誰がために明日は残さむ山ざくら こぼれて匂へ今日の形見に 
清原元輔

もちろん、おっしゃる通り、春は「霞み」「朧」で「しづごころなく」、いつも幽玄のかなたにあるようなぼんやりとした、式子内親王がおっしゃるところの「花に物思う春」なのでございましょう。多くの場合。
けれど、こちらのお歌のように、鉄火勝気な思いもまた、惜しみなき桜の花、春の賜物なのですわ。どうぞお忘れなきよう。

確かにおっしゃる通り、秋の清冽さ、そしてそれに続く透明な空気は、春にはなかなか・・なんと申しましても、ピンク(敢えて、桜色とは申しませんわ。なぜなら桜の花がなくとも、なにゆえにかすべてがこの色に見えてしまいますもの・・)にそまる空気の色こそが春の美しき狂気。
五感を麻痺させ、陶酔させる春の狂気は、躁状もかき立てますの。
躁鬱を包みこんで、なお悩ましい春の気色。
秋の、胸に染み入るような、どんな大音響よりも心の耳に響く静寂では、感覚は研ぎ澄まされてすべての陰影をはっきりと、心の目に捕らえることができるのでしょう。もちろん、鉄火なわたくしには、それはそれで願ってもないこと。
けれど、人が惑い、時には狂える事を許されるのもまた、春の懐の深さ。ではございませんかしら。

やけっぱちすれすれの潔さ、うっとうしさすれすれの惑い。何もかも飲みこんで散る桜。
その中で見る春の夢は、どれほどに人の心を捉えることでしょう。
秋の月の澄み切った光の前には醜悪に映る心の惑いすらピンクに染め上げて、なお無邪気に笑う佐保姫に、跪くことこそ、男子の勤めというものではございませんの? 
春方 小侍従
今からでは遅いかしら…。
わたくしも、微力ながら小町どのに加勢させていただきとうございます。

花の香を風のたよりにたぐへてぞ鴬さそふしるべにはやる 
友則

先日の、梅に鶯のコスプレを思い出しつつ、小町どのに捧げますわ。

わたくし、「春派」と申しましても、実は秋も好きなんですの。和泉ねえさま、貞文さま。(敵に塩?)
冬の前のあの清々しいような、それでいて胸を掻き毟られるような寂寥感。
物悲しい恋の想いにも、秋はとてもよく似合いますし。

でも。
小町どのの仰るとおり、すべてが萌え出春があってこそ、何かが消えてゆく秋が美しく思えるのでしてよ。
消えるために芽吹いてくる花々。消えるために生まれてくる恋。
生まれなければ、消えることもないんですもの。
そして、なんら惜しむことなく狂気の如く降り注ぐ花弁たち。
春は無償の、ただ限りなく与えるだけの、儚く潔い季節なのですわ。
春の霞は、ぼんやりしているだけではございませんの。
その先に待ち受けている運命を理解しているからこそ、
ただ飄々とそれを受け止めるが故に、茫洋としているように見えてしまうのですわ。

のこりなく散るぞめでたき桜花 ありて世の中はてのうければ

この歌こそ、滅びてこそ美しい春の真髄を指し示しているように思われませんこと?
春の美しさは、天真爛漫だけではございませんのよ。
その裏にある哀しみも、どうぞご理解あそばして。
中立の巻
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