究極至言 鎌倉右大臣
私はどちらかといえば、「春は夜」派です。日中の桜を見るよりも松明に照らされた夜桜が散るのを見るのが好き。「春の夜の夢」に春の神髄を見ます。

照りもせず曇りも果てぬ春の夜の朧月夜にしくものぞなき 
千里
面影のかすめる月ぞ宿りける春や昔の袖の涙に      
俊成卿女
春の夜の夢の浮橋とだえして峰にわかるる横雲の空    
定家

新古今の春の夜3首は集自体を代表する絶唱。王朝から鎌倉へ、政権が奪われた「滅び」の時代に、和歌だけは異様な美しさを求めて深化してゆきます。晴れた青空よりも「朧月夜」を選んだ大江千里。今は遠き恋人の面影を月に見、さらにその月が袖の涙に映るという、3段階の超絶技巧をものした俊成女。雲となったかつての恋人同士(古典では火葬の煙を暗示する)は幻想の世界でも別れなければならぬとした定家。みな、春の夜の暗闇の中で輝くばかりに美しい。「アカルサハ滅ビノ姿デアロウカ」とは、太宰治が小説「右大臣実朝」で実朝に言わせた台詞ですが、美しさが「滅び」をまとうとき、その華やかさは言語を絶します。和歌という媒体はもともと「謳歌」に適さず、悲しみを伴う場合に「秀歌絶唱」が生まれます。恋歌で失恋や別離が多く詠われ、その類の名歌が多いというのは偶然ではありますまい。詠歌に死や滅びの影が揺曳せねば、その歌人は落第といってもよいような気の致しまする。春歌とは「滅び」と「悲しみ」を極限に昇華させるための儀式であり、また歌人の登竜門。もちろん秋歌も美しく詠まねばなりませんが、「まず春ありき」と私は思います。(この点で言うと、秋歌は春歌を卒業してからの課題であり、どちらかといえば「出力型」の玄人好みと言えるかもしれません、春歌は「入力型」の万人が共有できる媒体といえましょう、以上閑話休題)

この世には忘れぬ春のおもかげよ朧月夜の花の光に    
式子内親王

勅撰集不採、以前引いた慈円の歌にも通じる春の眺め。「この世には忘れぬ」とは自分が生きている間はけして忘れることがないだろう、の意。やはり、死の影が寄り添うほどに、春の面影の美しさが際立つようです。死と滅びが含まれるとき、生もまた最高の輝きを放つはず。生が輝くとすれば、・・春という季節のほかにありましょうや。この問いの答えは私が出すべきではないでしょうから、これにて鎌倉右大臣、筆を置きたいと思いまする
最終至言 小野小町
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