究極至言 小野小町
無常感。もしくは、無情観。
わたくしにとっては、常に、なにより苦手であり、かつ、なにより美しいと思う感覚でございます。
そして、春という季節は、まさにこの無常というものを凝縮した、一瞬の夢なのではございませんでしょうか。
人の人生にとっての夢、それが世界(もしくは自然、もしくはこの世の全て)にとっての春なのではないかと。
春という季節はあまりにも美しく、人の気を狂わせ、靄か霞がかかったように現実感さえ曖昧にし、そして長続きは致しません。
その象徴たる桜の花。
桜の花が咲くと見るや、わたくしの心は、散ってしまう桜をおもって、寂しさと不安と、そしてそんなわたくしの思惑など関係なしに惜しみなく咲き誇る花々への恋慕に埋め尽くされるのでございます。
果たして、世の中に、無常の美に狂おしく思い焦がれることほど残酷な、そして幸せな事が他にありましょうか。
永遠に所有する事のかなわぬ、圧倒的な美に平伏す事以上の快楽など、わたくしには考えもつきません。

そして、無常感の行きつく先は、滅び行くものの美しさ。
究極の美は、滅びを内包し、死も生も笑い飛ばして、ただ絢爛豪華に散りゆく桜なのではないかとおもうのです。
悲壮感ではなく、喪失などではなく、一瞬の輝きなどという辛気臭い事とは無縁の、その惜しみない美の浪費を、いつも見習いたいと。

わたくしの最後の引き歌は、武将の辞世の歌を。

 
あだに見よ誰も嵐の桜花 咲き散るほどの春の夜の夢
武田信勝
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