究極至言 平 貞文
和泉様と貞文が述べさせていただいた、秋の美しさは5つございました。すなわち、@なにも無い深さ、A響きのかそけさ、B澄み渡る清らかさ、C寂しさの輝かしさ、そしてD生命の豊かさ。しかし、これだけでは終わりません。それどころか、秋の神秘はようやくここから始まるのです。

多種多様な美しさは、秋の深まるにつれ、私達の上にふりそそぎます。心の中に、うずたかく秋の美が積もっていきます。その堆積の奥深くで、しずかにしずかに一つの美酒が醸されるのです。すべての秋の美が時を得て、さらなる高みに昇華する極限点。それは「死」です。秋は「死」さえも輝きだします。私の秋の歌一番をご紹介しましょう。

  
高円(たかまど)の野辺の秋萩いたづらに咲きか散るらむ見る人なしに   
笠金村

大和盆地の東に高円山というそれほど高くない山があります。この山の中腹、今の白毫寺(びゃくごうじ)のあたりに、天智天皇第七皇子、鮮烈な春の歌で有名な志貴皇子(しきのみこ)の別荘があったと伝えられています。皇子は不幸にも若くして亡くなりました。金村の歌はその皇子を悼んで詠んだ歌なのです。「見る人」とは皇子をさし、いまや萩を見て歌を詠む皇子もいないのに、その心も知らず、萩の花は咲いては散るのだろうなあという歌意です。

この歌は私たちが上げた秋の五つの美しさを兼ね備えています。この歌は「散るらむ」の「らむ」の用法からして、眼前の光景ではなく、空想上の情景と思われます。目は何も見えていないのです。恐らく部屋の中で、秋風だけが聞こえているのでしょう。萩というのはいくら切っても生えてくる、「生え木」が縮まって「はぎ」になったといいます。生命力を象徴する植物です。その萩が小さな花弁を、風が吹くことにはらはらはらはら散らせていく。この透明感を持った寂しさはどうでしょう。しかも、これらの美しさの底に志貴皇子の亡骸が横たわっています。つまり、秋の美しさを、美しさとして可能にしているのは「死」に他ならないのです。生きるものが、亡き人を最も美しく思い出せるとき、それが秋ではないでしょうか。

まだまだ秋の魅力は留まるところを知りません。お話したいことは、数あれど、ここで一区切りとさせていただきます。私が申し上げたことはいずれも月並みなれど、もしどなたかがこれを読んで秋の素晴らしさに興味を持っていただければ、これほど嬉しいことはございません。このような愚考を披瀝する場をお与えていただいた小町様に心より感謝申し上げて、貞文最後の秋語りといたします。ありがとうございました
最終至言 鎌倉右大臣
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