義仲道その1。

まずは踊って木曽福島。


だって木曽踊りってかいてあるんだもん・・
思い起こせば出発前日。
いや、実は北陸の温泉地に行く、という計画だったのですがね、台風が来ていたんですよ。しかも、恐らくは北陸直撃が予想される。

それはそれで困ったもんだ、と、計画変更の兆しの中、わたくしは迷わず申し上げました。
木曽を通ってから北陸に行きましょう! 何故ならそれは、義仲が京へ登った道だから!!

そんな思いつきのわたくしの案に賛成してくれる仲間も仲間ですが、本当にやってしまうところに凄みを感じるのよね・・
というのはね、北陸の温泉に行こう、と思った時点で、わたくしは北陸各地に点在する義仲ゆかりの土地を訪ねよう、例えほかの人が参加してくれなくてもひとりでやろう、と心に決めていたのです。
台風はまさに追い風! さあ皆さんで辿りましょう、義仲の足取りを!!
とばかり、一行は一路木曽へ。
いやはや、人生とは奥が深い。
しかし、これは今思えばまさに義仲のお導きだったのです!!!

とはいえ、やや怪しい雲行きの中、たどり着いたは木曽福島。
そう、オウムの本拠地として有名な!

義仲は埼玉の出身で、お父さんが殺されてしまった時に縁をたよって木曽に落ち延びるわけですが、その住居があるのはその名も日義村。
お隣の木曽福島は、このあたりでは結構大きな町なのだろうと思われるのですが、しかしまあ、木曽路は甘くないね。あまりの渋さに、唖然とするわたくし。
しかも強くなる雨脚のなか、傘もないわたくしたちは、やや途方にくれつつ、車を走らせました。
予定変更してまで来たのにこの雨。私以外の方々は、かなりブルーだったこと請け合いです。申し訳ございません。

しかし、義仲はやはりわたくしの味方でした!
突然の旅程変更ということで、何の下調べも出来ていなかったわたくしたちがふらふらとわき道をゆくとなにやらそこに、曰くありげなお寺が。その名も興禅寺。木曽踊り発祥の地。
いや、知らないような気がする名前のお寺だったのですが、なんとなく心惹かれるものがあり、雨にぬれつつそちらに入ると・・

な、なんと、そこには義仲のお墓が!!!
悲劇の武将らしくあっちこっちにお墓があって、どれが本当のお墓かなんて考えることは無意味な義仲の生涯ですが、通算で4つ目くらいのお墓を発見! おまけに義仲公お手植えの桜まで!!

いいもの見せてもらいました。ありがとう木曽福島!
おまけにそこにはあの山頭火様の歌碑まで!

さくらちりをへたるところ 旭将軍の墓
いい詩です。
というか、義仲の不思議なところは、何故か後世の粋人に愛されるのですわね。
芭蕉のことはあとでたっぷり書きますが、まさか山頭火様まで義仲に熱かったとは。
本人は文学とか、雅とかとはかなりかけ離れた感じの義仲なのにね。


すっかり満足したわたくしは、小ぶりになった雨にも感謝しつつ、まだ見ぬ木曽踊りというものを想像しながら一人踊り狂ったのでした。うふふ。

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