義仲道その2。

都会人の心を癒す大自然。


恐らく一番イケメンの義仲像。
朝起きると、広がる快晴。
晴れ女を自称するわたくしが飛び上がるほどの快晴。ほほほ、やはり台風はわたくしを避けて通るのね! これからわたくしのことはタイまたヤヨイと呼んでください。「台風もまたいで通るヤヨイ」!!

浮かれ騒ぎつつ、本日の観光は義仲が育った土地、その名も朝日将軍木曽義仲からとったという、あの日義村。
実はわたくし、日義村に来るのは二回目なのですが、興奮は全く衰えません。

青空に映えるのは、源氏の白旗。我が家と同じ笹竜胆の家紋の入った何リュウ(はたはリュウと数えるということを最近知ったのですが、字がわかりません。誰か教えて。)もの白旗に以前と同じ感動を覚えつつ、向かった先は手習い天神。
天神様は学問の神様、義仲の養育を引き受けた中原兼遠さんが建てた神社は、それはもうわかりにくい場所にありました。

っていうかね、今回の旅行で、まあ当然わたくしが責任を持って地図を見るわけですが、田舎の観光地図というものの恐ろしさをひしひしと体験いたしましたわ。わたくし。
なんていうか、超大雑把。
縮尺がメチャクチャいい加減。地図上ではほんの少しの距離に見えるところが、優に2,3キロあったりするんだもん! あの地図で目的地にたどり着くのはかなりの運と度胸が必要ですわ。 
  
手習い天神と義仲館。
天神様にお祈りして我が身の成長を願うと、向かった先はもちろん義仲館。
それにしても、前回も思いましたが、この村、心配になるくらい人通りがないのです。
観光客はもちろん、ひとっこひとりいない。
もしかして、よそ者が通ると人々は扉に鍵をかけて、中から覗いているのではないか、と思ってしまうくらい人がいません。
しかし、道に咲き乱れるお花を見ると、尋常ではない美しさ
いや、奥の深い村です。日義村。
そして一体一年にどれほどの人が訪れるのかわからない土地にある、立派な義仲資料館。
        
義仲のお墓と旗揚げ八幡宮に巴淵
ほぼ貸切状態の資料館を二周(だって一周で出てくるのはもったいないんだもん)して、義仲の生涯を堪能すると、すぐ目の前にある徳音寺へ。
今回二つ目の義仲のお墓におまいりでございます。
さらに巴竜神伝説のもととなった美しい巴淵、義仲のお屋敷あとという旗揚げ八幡宮。
さすがに義仲名所には事欠きません。

人の手が入っていないことが幸いして、義仲と巴が駆け回ったであろう木曽の自然を堪能で着る日義村。いや、ここで生まれ育った義仲が、悪い人であるわけがないよ。そりゃあ気は優しくて力持ち、公明正大な豪傑になるよ。
京都人のスノッブな意地悪には太刀打ちできないよ。と、改めて思いましたわ。
これだけの大自然の中、素朴に大らかに育った木曽次郎義仲。
何故かわたくしが義仲のテーマカラーにいつも緑を選んでしまうのは、木曽山脈の鮮やかな緑が忘れられないからに違いありません。

でもわたくしは住めといわれたら・・ちょっと困る・・かも・・。

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