「さようなら、スパイク。」(再録)
この4月、僕の中で3つのものが終わった。
ひとつは、10年の永きに渡った僕の“20代”。早い話、とうとう30になったわけだ。
10年前、20になった時を思い出してみる。当時、感傷的になった記憶はない。しかし、成人式から既に10年が過ぎたという事実!
まさか自分が30になるなんて、これっぽっちも思わなかった。実に早かった。そして、色々なことがあった。
総合的に考えても、楽しかった10年といえるだろう。
でも、もし神様が現れて、「もう一度だけ20代をやり直してもいいよ」といっても、僕は断る。
楽しかったことも、悲しかったことも、うれしかったことも、辛かったことも、全てひっくるめて二度と御免だ。
人の心は巧くできていて、悲しかったことや辛かったことは忘れていき、
楽しかったことやうれしかったことだけは記憶されるメカニズムになっているらしい。
しかし、言い換えれば、もし今現在不幸のどん底にいる人ならば、それだけ過去が輝いて見えるわけで、
思い出は時として人を不幸にするのではなかろうか?
僕は自分の過去を振り返った時、必ず思い出す風景がある。
当時付き合っていた彼女の部屋で、窓辺に腰掛けながらレコードを聴いていた日曜日の昼下がり。
夏がそこまで来ていた。
その時突然、突き抜けるような青空から、確かに音が降って来た。
それは、プレイヤーから流れてきた音とは違う、まるで天使のような歌声のようだった気がする。その時、僕の体は例えようのない幸福感に包まれた。愛する彼女の傍らで、この瞬間が永遠に続くよう祈った。
瞳を閉じれば、何時だってあの瞬間が蘇る。しかし、あれから数年が過ぎ、「永遠なんてものはない」と実感している僕がいる。それでもやはり、もう一度あの幸福な一時を感じたくて、懸命にもがいていると気付く。
あれ以来、何をしたって満たされない僕がいるのだ。
もうひとつ終わったものといえば、4/23に“COWBOY BEBOP”が最終回を迎えた。
何だアニメじゃん、といわれたらそこまでだが、僕の人生の中で、全話をビデオに録画したのアニメは“ミンキー・モモ(1st)”と“エヴァンゲリオン”、そしてこの“COWBOY BEBOP”だけである(“BRAIN POWERD”は二度と観ることがないと判断、全話を消去したのでカウントしてあげない)。
ましてや、毎回膝を抱えて放送を楽しみにしていたのは、この“COWBOY BEBOP”のみ。世間的には、“SF版ルパン三世”と称されているが、180度違うものだぞ。
少しだけストーリーを紹介しよう。21世紀初頭に、人類は位相差空間ゲート(いわば、ワープ装置みたいなもの)の実験に失敗し、月の破片が地球に降り注いだ。結果、人類は地球からの脱出を余儀無くされ、国家・人種の混乱に巻き込まれる。各惑星は独立国家として姿を変えたが、経済復興の傍らで惑星の片隅のスラム街化も進み、犯罪も急速に増加していく。激増する犯罪に対し、政府は賞金稼ぎに対して超法規的措置(犯罪者捕獲の目的のためには多少の違反行為も帳消しにされる)の採用を決定、そんな混沌とした宇宙時代の物語が、この“COWBOY BEBOP”の世界である。
この物語の主役であり、自称“時代遅れのCOWBOY”のスパイクは、火星で最大勢力をもつチャイニーズ・マフィア“レッド・ドラゴン”にかつて属していた。そこでジュリアという女性を巡って、親友にして最良のライバルであったビシャスと敵対関係になり、お互いに強烈な憎悪の念を抱くようになる。二人の過去が語られるのは全26話中わずか5話程度だが、ストーリーの核はここにあるといっていいだろう。
愛する女性を巡って、いい大人が命を懸けて戦うシーンに、僕は笑えない。
最後の戦いを前に、スパイクは語る。おそらく、彼を愛してしまったフェイ(彼女のモデルはフェイ・ウォンらしい)に向かって、
「俺の目をよく見ろ。片方は事故で無くして造り物だ。この時から俺は片目で未来を見て、片目で過去を見ている」と。
時々、イメージ映像の断片が流れたものの、スパイクの片目が義眼であるとはっきり語られたことは無かった。
ジュリアがいつも話していたこと、
「スパイクは瞳の色がひとつずつ違う、目を合わせると不思議な気持ちになる」
という言葉に隠された真実。そこで我々はスパイクの背負ってきたものの大きさに気付く。
結局、過去を最も否定している本人が、肉体的にも精神的にも過去に縛られているのだ。
過去を忘れる方法は二通り、忘れようと努力するか、忘れまいと努力するか。スパイクも僕も、同じ道を選んだようだ。それが正しいかどうかなんて、どうでもいい。そして、「俺は醒めない夢を観ているつもりだった」とスパイクは遠い目で語り続ける。
僕も、今この瞬間が夢であれば、と思う。あの時、あの場所へ帰りたいと思う。夢を観続けるには眠り続けるしかない。しかし、いつかは夢も醒める。目覚めの後の喪失感。それが怖くて、僕は逃げ続ける。
スパイクも、ジュリアを本当に失った後、“死にに行く”のではなく、“生きていることを確かめる”ため、全てを振り払って、最後の戦場に赴いていく。
各話のラストに流れるテロップは、ほとんどの回で
“SEE YOU SPACE COWBOY”
と締めくくられていたが、最終回にはこんなメッセージが届いた。
“YOU’RE GONNA CARRY THAT WEIGHT”……君はその重荷を背負っていくんだ。
これはTHE BEATLESの事実上のラストアルバム“ABBEY ROAD”の中に収められている、
解散前に四人が最後に録音した曲のひとつ、“CARRY THAT WEIGHT”の一節だと、
何人のアニメ・ファンが気付いただろうか?
解散からちょうど10年後、ジョン・レノンが撃たれた時、
「前に倒れて死んだ者は天国に行かれる」と書いた作家がいた。
きっとスパイクは天国には行かれないだろうけれど。
スパイク、半年間僕を楽しませてくれて、本当にありがとう。
君が虚構の存在だとわかっていても、
毎週君に会えるのがうれしくてたまらなかったんだ。
僕が無くしたもの、その最後のひとつは、頼まれたって誰にも教えてやらない。
(これは、FreePaper“sunny side up!”vol.4(1999.05発行)に掲載した原稿を再録したものです。)
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