梯子を外す無責任

「すごいねぇ。うん、すごいよ。すばらしい。がんばってね。これからも期待してるよ」
 これでは弱すぎるかもしれない。煽て上手はもっとたくさんの言葉を使うような気がする。褒めて褒めて褒めまくって相手の鼻を高くしているだろう。煽って煽って煽りまくって相手を宙に浮かせているだろう。相手の心の中の小さな火を燃え上がる炎に変えているだろう。良い所を具体的に指摘して、一つの言葉に十の言葉で反応し、相手に謙譲の隙を与えないほど褒めまくっているだろう。幸か不幸か私にはできない。褒めることは良いことだと思う。「良い」と思ったら褒めた方が良いと思う。しかし褒めっ放しには賛成できない。褒められたために起こした相手の行動に対して責任を持ってほしいと思っている。
 ところで「おだてる」は「煽てる」と書くことを初めて知った。「煽動」の「煽」である。悪いイメージが浮かんだが「煽ぐ」という使い方もするようである。うちわで煽いで風を起こすのは悪いことではない。「扇」という漢字を使うことの方が多そうだが、もともとの意味は異なるのだろうか。「煽る」は「扇る」とは書かないらしい。やはり「煽」には悪いイメージがある。ここで私が述べたいのも「煽」の方の話である。
 褒める行為は「評価」である。しかし褒める行為の相手に及ぼす良い影響が知られるようになって、褒める行為は「手段」になったような気がする。ほとんどの人は褒められると嬉しいだろうし、自信を持てるようになる人もいるだろう。褒めることで相手を幸せな気持ちにすることができる。だから褒められる場合は褒めた方が良い。しかし褒め過ぎると相手は自信過剰になるかもしれない。自信過剰な状態での行動は他人に迷惑をかけやすい。他人に迷惑をかけたことで評判を落とすこともある。褒められた人が自信過剰になり他人に迷惑をかけて評判を落としたとき、その人を褒めた人は責任を取る覚悟があるのだろうか。褒めた人の責任ではなく自信過剰になった人の責任かもしれないが、やはり私は気になる。相手が自信過剰にならないか心配することがある。
 広辞苑第四版で「梯子を外される」の意味を調べたら次のように書いてあった。
『(上で仕事をしている間に梯子を外されて、高い所に置きざりにされる意から)味方の裏切りで、ひっこみがつかず困難な立場に立たされる。』
 褒められたために起こした相手の行動に責任を持たない褒めっ放しの態度は「裏切り」とは違うかもしれない。しかし、高い所に置き去りにする可能性があるのは同じである。引っ込みがつかず困難な立場に立たせる可能性があるのは同じである。高くなった鼻を折り大怪我をさせるかもしれない。宙から落ちて大怪我をさせるかもしれない。燃え上がった炎で大火傷をさせるかもしれない。褒めるときには注意が必要だろう。「とにかく褒めれば良い」というわけではないだろう。私の心配し過ぎだろうか。
 自分の行動は必ず他人に影響を及ぼす。小さな影響に過ぎない場合が多いが、大きな影響を及ぼすことがある。普通は影響を及ぼそうと思いながら行動しているわけではない。影響された人のことを考える必要はないだろう。他人への悪影響を怖れていたら動きにくくなる。動けなくなる。しかし、相手に影響を及ぼすために褒めるなら、悪影響のことも考えながら褒める必要がある。高い所に上ってもらうために梯子を掛けるのは良いことかもしれないが、相手が上った後に梯子を外していなくなるようでは無責任である。上ってもらったのなら下りるまで見守る必要がある。自分が無理ならせめて代わりの人が必要だろう。梯子を外すのは以ての外である。梯子を外すのなら掛けない方が良いだろう。

2004年12月12日 正己