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古代の七不思議(1)
ギザのピラミッド
「世界の七不思議」に挙げられている三大ピラミッドはエジプトの首都カイロの南西13キロのギザ台地にあります。これらのピラミッドは第四王朝期(紀元前2600年から紀元前2480年)のクフ王,カフラー王,メンカウラー王のものとされています。歴代の王達は将来の再生を信じ,ピラミッド複合体と呼ばれる建物群と共にナイル川西岸にピラミッドを建設したました。この巨大な建造物は古代においても,現代においても人々の興味をかきたてる存在です。

三大ピラミッドのうち,最大のものはクフ王のピラミッドです。底辺は233M,各辺は東西南北に面し,四隅はほぼ直角をなしています。高さは137Mあり、壁面の傾斜角は52度あります。
 
このピラミッドには一個2.5トンの石灰岩が230万個つかわれており,210段にわたって積み上げられています。これは東京駅170件分に相当する石材が使用されている計算になるそうです。
 
またピラミッドの壁面は化粧石といわれる磨き上げられた石灰岩で覆われていました。この外装用の石は崩れてしまっていますが,当時のピラミッドの壁面は滑らかだったと考えられています。
 

pic建設作業は石の切り出し,運搬,工事用道路の建設,基礎工事などの準備段階で10万人が3ヶ月交代で10年、さらに石の積み上げ作業に20年以上かかったと言われています。
 
ピラミッド建設は,ほとんど人力によっておこなわれました。映画で見た,奴隷がムチでせき立てられているシーンを思い出しますね。しかし実際には戦争捕虜以外の奴隷はほとんどいなかったようです。農民が,農閑期に衣食住を与えられて従事した、公共事業みたいなものだったと言われています。
 

歴史上,最初にクフ王のピラミッドに入ったのは,9世紀のエジプト回教王アル・マムーンです。財宝が目的で苦労して侵入したのですが、財宝はおろか、王のミイラすらなく,ふたのない空の石棺が有るだけでした。最初からここには何も無く、王のミイラも副葬品も別の場所に埋葬されているのかもしれません。
 
現在もピラミッドについて様々な研究が行われ,色々な発見がされています。古代のエジプトの姿も明らかになりつつあります。それにしてもクフ王は何処へ行ってしまったのでしょう。再生して街へ出ていってしまったのでしょうか?  


ヒエログリフ
左からクフ王,カフラー王,メンカウラー王を表している。

 

ピラミッドのデータ
 
底辺 230m/230m
(ただし化粧石が失われているため現在は220m)
高さ 146m
(ただし頂部が失われているので現在は137M)
総石材 250万個
総重量 580万トン 

エジプトには80基から130基のピラミッドがあると言われています。最初はマスタバ墓と呼ばれる地下式墳墓を6段重ねた階段式ピラミッドでした。太陽へ至るの階段ということらしいです。そこから発展して3大ピラミッドが造られます。このころが技術的にも経済的にも頂点だったようです。その後作られたピラミッドは,規模も小さくなり,石材の代わりに日干しれんがを使用するなどしたため,現在では崩れてしまっています。
  
 
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