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アレクサンドリアの大灯台
エジプトの貿易都市アレクサンドリアのファロス島にあった灯台。アレクサンダー大王によるエジプト征服後,プトレマイオス2世(紀元前285年〜紀元前247年)により紀元前250年頃完成しました。当時,アレクサンドリアは地中海、アラビア,インドを結ぶ中継地として栄えており、大灯台は寄港する貿易船にとって良き標識となりました。

建設された場所はアレクサンドリア沖合1キロにあるファロス島東端より1キロの岩礁とされ,人口の突堤で本土と繋がっていたと考えられています。工事責任者はクニドのソストラテス。
 
大理石で出来たこの灯台は3つの部分からなりたっています。一層目は正方形の四角柱で一辺36メートル/高さ71メートルあり,四隅は東西南北を指し,トリトン像が置かれていました。二層目は窓のある8角形の塔で高さ34メートルでした。三層目は円柱形の塔で高さ9メートルあり、そこに火桶と反射鏡が備えられていました。さらに上部にはコーン型の屋根があり,ポセイドンの青銅像(7m)が据え付けられていました。全体の高さは120メートル(一説には140メートル)まであったと伝えられています。
 
この灯台の火桶と反射鏡で作られる明かりは50キロ先からも確認できたといいます。最上階からコンスタンチノープルが望めるとか,反射鏡の光で船を焼くことが出来たなどの伝説も残っています。

内部にはたくさんの部屋があり,兵士の駐屯所としても利用されていました。地下には飲料水を貯めるタンクもありました。また階段のかわりにスロープ状の通路があり、灯台の燃料はロバによって運ばれていたといいます。

この灯台はプトレマイオス朝滅亡後もローマ帝国,イスラム王朝によって受け継がれましたが,796年の地震で半壊し、西暦850年頃「灯台の下に財宝が埋まっている」との噂からさらに破壊が進みました。修復も試みられましたが失敗し、灯台としての機能を失ってしいましたま。その後イスラムの寺院として使用されていましたが,1375年(または1326年)の大地震のため倒壊してしまいました。跡地には1477年イスラムの城塞(カイトベイ)が築かれたため,現在では灯台跡は見る影もありません。
 
最近,海中より残骸の一部が引き上げられ,より詳しい調査が行われています。
 

灯台がリストになかった訳
 
ビザンティンのフィロの著書「世界の七不思議」には,アレクサンドリアの大代灯台は載っていません。当時フィロはアレクサンドリアに住んでいたらしく,灯台は毎日眺めることの出来る近所の建物でした。フィロは辺境の優れた建物を紹介しようとしたため,灯台はリストからもれてしまったと言われています。
 
 
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