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オリンピアのゼウス像
ギリシャのペロポネソス半島西部のオリンピア神域にあったゼウス像。オリンピア神域はゼウス神の領域で,多くの神殿や競技場,会議場,迎賓館,宝物庫などがありました。
ここは古代オリンピックが開催された場所としても有名で紀元前776年から217年まで4年ごとに行われていました。開催の前後1ヶ月は神聖な休戦と呼ばれ,ギリシャ全土,ローマ,マケドニアから人々が集まり参加しました。

ゼウスの神殿が完成したのは紀元前456頃です。エリスの建築家リボンによって設計されたこの神殿は,前後に各6本,左右に13本のドーリア式列柱を配し,縦27メートル,横64メートルで,当時のギリシャ世界では最大級のものでした。
 
しかし古代の七不思議に入っているのは,この神殿自体ではなく,その中に安置されていたゼウスの巨像です。設計者は彫刻家フェイディアスで,この他にも多くの作品を手がけています。
ゼウス像は台座を含め高さ12メートルほどあり,ほとんど天井に届くほどでした。右手にはニケ(勝利の女神)像を持ち,左手には錫杖を持った姿で玉座に座っていました。本体は木製でしたが,肌の部分には象牙が使用され,衣服の部分は黄金が貼り付けられていました。また表面のひび割れを防ぐため,像はオリーブ油のプールの中に設置されており,絶えず油が塗られていました。

その後ギリシャは紀元前146年にはローマ領となりましたが,オリンピア神域は存続し続けました。しかし異教禁止令や地震,地滑りなどにより神域は荒れ,最終的にはグラデオス川の氾濫により神域全体が泥に埋もれてしまいました。
ゼウス像はコンスタンチノープルに移設された後,5世紀頃焼失したと言いますが,詳しいことはわかりません。
 
19世紀のフランスやドイツの学者による発掘でオリンピア神域の全体像が明らかになっています。
 
ゼウス神殿はあとから
 
オリンピアの守護神たるゼウスには,当初神殿がありませんでした。妻であるヘラの神殿に一緒に奉られていたからです。ゼウスのための祭壇も作られましたが川の氾濫で流されてしまいました。少なくとも紀元前8世紀から古代オリンピックは開催されていましたが,ゼウス神殿が完成したのは紀元前5世紀になってからでした。
 
 
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