The Secret of the Utopia

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<プレスタージョンの王国>
 
 

挿し絵
プレスタージョンの王国(イメージ)
中世ヨーロッパで広く信じられた東方世界のキリスト教国。インドに存在すると考えられていた。12世紀には祭司(プレスター)ジョン、プレステアジョアン、祭司ヨーハンネスなどとよばれるこの国の統治者からのものとされる手紙がヨーロッパにもたらされ、関心が高まった。

手紙にはその国の様子が次のように描かれていた。
国土はバビロンから東の極みにまで達し、72人の国王が支配下にある。また多くの珍しい生き物(象、ラクダから巨人、有角人、一眼人など)も見ることが出来る。ここでは胡椒もめずらしいものではない。地上の楽園から流れ出るインダス川では大量の宝石が採れ、この水を3回飲めば30歳若返る。この国には盗人も裏切り者もいない。全ての土地や穀物は共有されているからである。
王宮は聖トマスがグタパラ王のために建てたものである。そこにはサファイアの寝台や国の内外の出来事をを写す鏡がある。支配者であるヨーハンネスの地位が司祭なのは、政治などにタッチせず、実務を有徳の首長に任せているためである。ヨーハンネスはイスラム勢力に支配されているエルサレムの奪回を志している。 
 
かなり自慢話のはいった手紙はビザンチン皇帝マスエル1世に送りつけられ、その写しはヨーロッパで広く読まれた。

ヨーロッパの伝承では、聖トマスの布教によりインドのパルティア王国のグタパラ王が西暦20年から50年ごろキリスト教に入信したことになっている。当時のヨーロッパにっとってインドは、イスラム国家の向こう側にある未知の地域だった。このころ十字軍運動は暗礁に乗り上げており、プレスタージョンのものとされる怪文書をきっかけに、東西のキリスト教国でイスラムを挟み撃ちにしようという機運が高まった。この手紙は神聖ローマ帝国内で作られた可能性があり、ローマ教会への牽制だった可能性がある。 挿し絵
プレスタージョン

このころローマ時代の地図は葬られ、「TO地形図」というキリスト教的地形図が主流であった。地上にも天上にも存在する都市エルサレムを中心とし、大地は円形をなしているとするもの。東を上方とし、東の果てにはエデンが書かれている。円形の大地の上半分はアジア、下半分の右(南)をアフリカ、左(北)をヨーロッパとして、各地域は川や海で区切られていた。遠方はかなりあいまいでアジアとアフリカは南方でつながっており、そのあたりをエチオピアと呼んでいた。またインドとエチオピアを同一視して考えたりもしていた。

さらに13世紀にモンゴル帝国の西方への進出を、プレスタージョンに近い筋がヨーロッパに来援するのではと勘違いし、期待が高まった。しかし1240年にハンガリーが攻撃されたことで、この幻想は消え去ってしまう。その後、教会のモンゴルへの使節団やヨーロッパの商人(マルコポーロなど)の報告によりアジア/インドにはプレスタージョンの国は無いことが明らかとなった。
 
しかしプレスタージョンの王国はアフリカ/エチオピア説に引き継がれ生き残って行く。
挿し絵
教会

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