備中高松城跡と清水宗治自刃趾

 天正10(1582)年の秀吉中国征伐の際、「水攻め」で陥落、城主清水宗治が自刃したことで有名な備中高松城跡。現在は国指定の史跡となっている。

備中高松城跡。西側(この写真では右側)には現在も川が流れている。

特に高みにあるわけでもなく、明らかに平城であったことがわかる。川を天然の堀として防御を固めたのであろう。
城のすぐ東にある清水宗治(1537-82)の自刃趾と供養塔。すぐ脇には位牌を祀った堂がある。
宗治は備中の豪族で、守護代石川氏の聟となって高松城主となった。その後小早川隆景に従うが、秀吉の水攻めにあい、城兵の助命と引き替えに自刃した。
城跡から築堤跡を眺める。このような至近距離で大規模な土木工事を行ったところに、墨俣築城に功のあった秀吉らしさを感じる。