☆第十二話粟島釣行記 完結編
僕らの次の目的地は、粟島の北東にいちする釜谷にあるげんざえもんといいう民宿だ。
内浦から釜谷へ行くには一山越すため、車で迎えに来てもらおうと思い電話を入れてみた。
電話に出たおばさんの話では、民宿のご主人が新潟に行っているため車は港にある。
だから車に乗ってきてくれ。車には鍵がかかっていない。車には民宿の名前が書いてある。はよ来い。さ〜来い。どんと来い。
ってなわけで、内浦港にいきげんざえもんの車を捜した。
ありました、ありました。ワゴン車のドアにげんざえもんとかかれている。
おばさんの話の通り、車には鍵がかかっていない。
荷台に荷物を放り込み、エンジンをかけて出発した。
「俺は泥棒じゃないかんな。」
と、誰にとも無く言い訳して釜谷へ向かった。
道は山越えの一本道だから迷うことなく釜谷へついた。
民宿の前のいすには電話に出たおばさんが、やさしい笑顔を浮かべて待っていてくれた。「鍵、かけなくて平気なんですか?」とたずねると
「鍵なくす方が怖いよ。この島で車盗るやつはいません。盗っても何処にももっていけないさ」
納得である。カーフェリーが無いこの島では車を盗んで本土に持っていけないのである。
ガタン、ガタンとものすごい音が聞こえた。車がエンストした音だ。
車からどっかのおじいちゃんが出てきたが、どう見てもあれはギヤを入れたままブレーキを踏んでエンスト停止したとしか思えない。
「もしかするとこの島は免許を持っていない人が車を運転してるんじゃ・・・!?」
とちょっと心配してしまったんだ。
粟島に来てからというものずーっと曇空だったが、翌日は思いっきり晴れてくれた。
海が碧い。
空が蒼い。
こんなにきれいな空と海を見たのは久々だった。
日本海はよく演歌の海といわれ、吹雪の中、灰色の海が牙をむき出し、怒涛の波が岩を洗う、と思われがちだ。
確かに間違ってはいないが、それは冬の話。
今は、夏をちょっとすぎた気持ちの良い季節である。
さっそく餌を仕入れ、僕はカミサンと二人で釜谷の防波堤に向かった。
海が抜けるような透明さで僕らを迎える。
小魚が群れをなして行き過ぎる。
粟島はコマセ(寄せ餌)が禁止されている。海を汚さない配慮からだ。
碧い海に向かって餌を投入する。すこぶる気持ちが良い。
だが・・・ぜんぜん釣れない。釣れるのは小魚ばかり。
せめて型のいいキスやグレなどこないものだろうかと思案した。
カミサンはすでに竿を持ったまま昼寝体制に入ろうとしている。
何気に防波堤の縁を見た僕の視線がある一点で固まってしまった。
「!!!!!!!」
見入ってしまった。
「石鯛だ!!」
何とあろう事か防波堤の壁際を6、70cmはあろうと思われる石鯛がゆうゆうと泳いでいる。
磯の王者といわれる石鯛がこんな所にいる。
防波堤の左側はすぐに磯につながっている。なるほど、いてもおかしくないわけだ。
いてもおかしくないが、僕がおかしくなってしまった。
何とキスの仕掛けで石鯛を釣ろうと思ったのだ。
だが餌は「青イソメ」。道糸は「3号」。
どう考えても無理。「青イソメ」にかかる石鯛なんて見たことないし、よしんばかかったところで3号の仕掛けで持つわけが無い。
そんなことは分かっている。分かっているのに何もせずにはいられないんだ。
青イソメを房掛けにして、石鯛の目の前に垂らす。
小魚がウワーっとよってくる。石鯛は知らん顔。
獅子奮闘している間に王者石鯛は
「アホ!」といいたげな顔をして沖に向かって泳いでいってしまった。
当たり前なんだ。そんなことは分かっていたんだ。
カミサンが笑っている。
僕も笑った。
粟島の海に夕陽が沈んでいく。
碧かった海が一面夕暮れ色に染まっていく。
僕とカミサンは、水平線に沈んでいく夕陽をじっと見ていた。
粟島の最後の夜を迎えようとしているんだ。
粟島釣行記 完