1997/10/17 銀座の夜空に祭囃子
下記文章中【突然笛の音がなりわたり】をクリックするとお囃子をダウンロードできます。(647KB)
お囃子を聴きながら読んでいただければ臨場感がありますよ。
協力していただいたごろべえさんありがとうございました。
1997/10/17 営団地下鉄有楽町線の銀座一丁目で電車を降りた僕は、地上へでる階段を上っていった。
銀座通りの沿道沿いには、早くも椅子が並べられ、これから始まる大銀座まつりの1アトラクション「音と光のパレード」を前に騒然としていた。
銀座一丁目、高速道路のガード下へ僕は急いだ。そこが山車パレードの受付であり新庄祭りの山車3台の製作所でもあるのだ。
見えた!
高速道路のガードには大きな文字で「大銀座祭り」の垂れ幕が下がり、だんだん暮れなずんで行く夕まずめの中に美しくライティングされた山車が誇らしげに並んでいた。
そのライティングのきれいさにしばし佇んでいると、突然笛の音がなりわたり、後を追う様に太鼓、鐘が鳴り出した。囃子が始まったのだ。
その囃子は「宿渡り(すくわたり)」と呼ばれるもので、昔、山車が街道を練り歩く際、宿場と宿場の間はこの囃子を鳴らして行ったのが語源とされる。
田舎で見る山車は勇壮で迫力に満ちている。
その山車が、今銀座のビルの谷間に佇んでいる。僕はその姿を見て思わず感動してしまった。
僕は仲間たちと受付を済ませハッピに着替えた。
山車から引き綱が出されハッピを着た人々が綱を手に持ち「いつでもいいぜぃ」状態でスタンバっていると、仲間の一人が
「あっ木村晋介だ!」
といった。
指差す方向を見てみると、確かに木村晋介さんが立っている。
木村晋介さん、作家椎名誠氏が書いている小説にたびたび顔を出す「歌う弁護士」で、椎名氏の大親友である。
僕は椎名氏の小説が大好きなので、その中に出てくる実在の人々もとても好きなのだ。
僕は背後から
「木村先生」
と声をかけた。はっきり言って興奮状態だったが2,3分話しをさせてもらった。
椎名誠氏が毎年行っている「やまがた林間学校」の中で、木村さんは5年前から毎年新庄まつりの山車を作っているそうだ。
おかげで大の新庄祭りのファンになったそうで、今回の銀座祭りにも顔を出したということだった。
また、その時の塾生(やまがた林間学校)が何人か来ているということもあってみんなに会いたいとも言っていた。
一応一緒に写真を撮らせてもらい別れを告げた。
定刻になり、3台の山車がいっせいに銀座通りに繰り出した。そしてこれもいっせいに囃子が始まった。
先頭は「新庄祭り」おおきな旗。その後に千門町若連の「風流・竹取物語」、上金沢若連の「風流・川中島」、山形新幹線新庄延伸決定の垂れ幕をはさみ、われらが上茶屋町若連「風流・奥の細道」と続く。
沿道からは拍手が沸き起こる。山車を引く醍醐味は沿道の人々の拍手とその笑顔を見ることなのではないかな、と思う。
小さな頃親に手を引かれ何キロも山車を引いたとき、沿道の人の拍手や微笑みがまるで自分に対してのそれであるかのように錯覚する。
それが妙に心地よいのだ。
ビルの谷間を山車が通る。田舎では巨大に見える山車が銀座のビルの間にいるととても小さく感じる。
だが、堂々と行進するそれは小さく感じてもある種の迫力に満ちているのだ。
囃子は「宿渡り」から「カッコ」へと変った。
銀座四丁目の交差点を通過し新橋方面へと向かう。
松坂屋のビルからも大勢の人が顔を出して眺めている。
山車は博品館を右に曲がりリクルートのビルで再度右に曲がって、外堀通りにでた。
ソニービルがある数寄屋橋の交差点を直進し500メートルくらい行くと解散場所になる。
ほんのわずか2.5Kmだけどとても感激し、とても嬉しいパレードだった。
来年の銀座祭りにも新庄の山車が出るかどうかはわからないが、もし出るとしたらぜひまた引きたいものだ。
そして、木村晋介さんの「やまがた林間学校」にも参加したい。
にぎやかな銀座の一夜であった。
★銀座祭り山車写真館・・・クリックすると拡大します
スタート地点 |
愉快な仲間たち |
木村晋介さんと2ショット |
千門町 「竹取物語」 |
上金沢 「川中島」 |
上茶屋町 「奥の細道」 |
銀座4丁目交差点 |
数寄屋橋交差点 |
折り返し地点 |
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