新庄祭り’97


8月24日。国道13号線を北上し、僕が生まれて育った町山形県新庄市に入る。
見慣れた片田舎のこの町も、いつのまにか国道沿いにいろんなビルやディスカウントストアが建ち並ぶようになった。
以前は、駅前が繁盛していたが、車社会のせいなのか、ここ数年駅前商店街はどんどん衰退して行き今は国道沿いが繁盛してきているという。
おかげで、駅前商店街はシャッターを下ろした店がたくさんできてしまい、市長の台詞をもって「シャッター通り」の異名を持つようになってしまった。

僕はお盆の帰省時期を外し、毎年この日に新庄を訪れる。
それは、8月24日から26日にかけて行われるこの「新庄祭り」があるからだ。
僕は子供の頃からこの祭りを愛し、今でも祭囃子が聞こえてくるといてもたってもいられなくなる。
少年の頃の思い出がきっとそうさせるのかもしれない。
やたい1
国道13号線から市街地へ入ると懐かしい祭囃子が聞こえてきた。
山車(やたい)が市内を練り歩いているのだ。
この山車が夜になると驚くほどきれいにライトアップされ、僕らを幻想の世界へといざなう。
どのくらいきれいなものかは一度目にしてみないことにはわからないと思う。
そんな山車24台が一列に並び、駅前通を凱旋するさまは圧巻である。
山車1台1台がかき鳴らす囃子は街のざわめきををも打ち消し、一瞬静寂が訪れたのではないかと錯覚するようだ。
そんな山車パレードを僕は楽しみにしていた。

今から約240年前の宝歴5年(1755) 、新庄は大凶作に見舞われた。
時の 戸沢藩主は、領民の志気を高めるとともに豊作を祈願する ため 翌年、新庄 城内に鎮座天満宮の祭札を領内あげて行ったの が 新庄まつりの始まりである。
そのときの大名行列のスタイルは今に受け継がれ、大名行列の後、山車が並んで動く姿は勇壮でもある。
密かに涙ぐんでしまいそうになる。

山車は歌舞伎の名場面が使われる。
ポピュラーなのは「源 義経」シリーズで「義経千本桜」「勧進帳」「安宅の関」「五条大橋」だ。
他にもポピュラーなところでは「地雷也」「暫」「茨木」などがある。
変ったところでは歌舞伎とはいえないかもしれないけど「七福神」「浦島太郎」などがあり、今年は「一寸法師」がかわいかったよ。
いずれにしても各町会が身銭を削って山車を作り、相違工夫をこらすことに間違いはないのだ。

他に、祭りの楽しみは地元で知り合いと会うことだ。
学生時代の友人が子供を連れていたりすると、「ああ、俺達も年を取ったモンだな」といいながら再会を祝う。
また、世話になっている焼き鳥やのマスターやラーメン屋の親父なども、その顔に笑い皺に年期を感じるようになってきた。

この祭りが終われば新庄は一足早く秋の宣言をする。
ススキが顔を出し、一風ごとに夜は涼しさを増し米は黄金の頭を垂れるのだ。


新庄で出会ったマイフレンズ

ダグラスミスターダグラス
弟の友人で現在英語の教師。ユーモアセンス抜群。しっかりした新庄弁をはなす。
この日は囃子で参加していた。
鳥星のマスターやきとり「とり星」のマスター
僕はあえて断言する。ここの焼き鳥は世界一うまい。特に軟骨は一人で5本は絶対いける。
釣りが大好きで自分だけのポイントを持っている。
新庄にきたらぜひご賞味あれ!
やたい2また来年もいくぞー
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