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「ドイツ・イデオロギー」ノート


@ 唯物論的歴史観の大前提

「あらゆる人間歴史の第一の前提はいうまでもなく生きた人間的諸個体の現存である。従って最初の確認されるはずの事実は、これらの個体の身体的組織とそこから当然出てきているこれらの個体と爾余の自然との間柄である。・・・あらゆる歴史記述はこれらの自然的基礎と、歴史の流れの中での人間の行動によるそれらの変更から出発しなければならない。」
 まず、歴史を論理的に考えるときの出発点が、自然に対する人間の働きかけであり、「生活手段の生産」なのである。 「人間自身は彼らの生活手段を生産し始めるや否や動物とは別なものになりはじめる。そしてこの生活手段の生産は人間の身体的組織のせいでどうしても取らざるを得ぬ一つの措置なのである。人間は彼らの生活手段を生産することによって、間接に彼らの物質的生活そのものを生産する。」

これに対し、次の指摘がある。
「動物はただ自分自身を生産するにすぎない、ところが人間は全自然を再生産する。動物の生産物は直接にそれの自然的身体に属している、ところが人間は自由に彼の生産物に立ち向かう。動物はただ、それが所属する種の尺度と要求に従ってかたちづくるにすぎない、ところが人間はあらゆる種の尺度にしたがって生産するすべを知っており、どこでも、内在的な尺度を対象に当てるすべを知っている。」(「経済学哲学手稿」)

すべての生物は、とりまく自然と物質的な代謝を行いながら生きている。しかし、人間以外の他の生物は、自然の懐である大地に密接にしがみついて生きており、従って、種を取り巻く特殊な環境に合わせ種自身を特殊な形態として現われさせている。植物と違って、自由に移動するようになった動物も、例えば、サバンナに住むトラは、鋭い爪と敏捷な足によって、他の動物を捕獲して食料とする。しかし、人間は、鋭い爪や敏捷な足を持っていない。人間は、自由になった手と直立して歩行する足を持っているが、爪は鋭くないしトラのように敏捷な足でもない。もし、トラのように他の動物を捕獲しようとすれば、猟師のように、猟銃を使わねばならない。しかし、トラは特殊な形態によって自身を特殊な環境に縛り付けている。だから、決して、海に住むアシカのように、魚を取ることはできない。アシカは、泳ぐことに適応した特殊な手足によって、水中の魚を容易に捕獲し食料とする。もし、人が、アシカのように魚を捕獲しようとすれば、漁師のように、魚網を使わねばならない。
人間は、特殊な環境に対して、自然物を特殊な形態に変えて、適応する。猟銃や魚網を作り出して、更に猟師や漁師となって、食料を獲得する。そうすることによって、人間はトラやアシカになれなくても、トラやアシカに代わる形態を作り出すのである。つまり、人間は、手に象徴されるように、どんな特殊な情況にも対応出来る一般的な形態を獲得するように進化することによって、自然から相対的に独立したが、それは、取り巻くあらゆる特殊な環境に適応できる道の選択であったといえる。猟銃や魚網は、人間の手の延長であり、人間の分身である。こういう道具によって、人間は自己を特殊化し、猟師にも漁師にもなれるのである。

一般的に言えば、人間が生活手段を生産するということは、自然の対象物を、人間が便利に使用できるものに変えていくということであり、自然を人間にとって特殊化していくということであり、自然の対象物に人間というレッテルを貼っていくことである。生活手段を生産しそれを消費し、その過程を媒介にして、人間の物質的生活が営まれる。

「人間が彼らの生活手段を生産する仕方はまず、既存の生活手段と再生産される生活手段そのものの性質に依存する。この生産の仕方はただ単にそれが諸個人の自然的身体的生存の再生産であるという方面でのみ考察されるべきではない。むしろそれはすでにこれらの諸個人の活動のある特定の仕方であり、彼らの生活を表わすある特定の仕方であり、彼らのある特定の生き方である。諸個人が彼らの生活を表わす仕方がすなわち彼らの存在の仕方なのである。従って彼らの何たるかは彼らの生産と一致し、彼らが生産するところのもの、ならびに又彼らが生産する仕方と一致する。従って諸固体の何たるかは彼らの生産の物質的諸条件の如何によってきまる。」

生活手段の生産は、人間が自己を物と化す、つまり、対象化するということであり、もともと可能性として持っていた自己を実際に外に現すということである。対象的活動を行う存在である人間が、実際に対象的活動を行い、その本質を表わすということである。(「フォイエルバッハは、・・・人間的活動そのものを対象的活動としてとらえない。」「フォイエルバッハに関するテーゼ」)
特殊化した自然を媒介にして、人間は自身を特殊化していく。人間は自己を対象化し、対象化された物を媒介にして、言い換えれば、対象化した物を再び自己に対象化することによって、人間は自分自身をそれに応じた人間として完成させる。魚網を作り、何度も練習を重ねることによってその使い方に慣れ、魚を捕獲することができるようになって、初めて一人前の漁師として認められる。そこで、庭先に魚が入った籠があり魚網が干してあれば、その家には漁師が住んでいることを確信することができる。人間が進化の中で獲得した一般性は、特殊化できてはじめて、その実を表わすことができる。

「この生産は人口の増加とともにやっと始まる。人口の増加はそれはそれでまた諸個人相互間の交通を前提とする。この交通の形態はまた生産によって条件づけられている。」
 マルクスは、ここで「交通」という言葉を使っているが、これは、普通の交通という、単に人間の場所の移動という意味だけでなく、人間相互の間の関係、社会関係という、かなり幅広い意味で用いている。
「私はここで「交通」ということばを、われわれがドイツ語で「交通」というように、もっとも広い意味につかうのである。−たとえば、特権、同職組合や同業組合の制度、中世の数限りない準縄は、獲得された生産諸力に照応し、これらの制度が生み出されてきた先行する社会状態に照応した、社会関係であった。」(「マルクスからアンネンコフへの手紙」)
「労働における自己の生の生産にしても、生殖における他人の生の生産にしても、およそ生の生産なるものは直ちに或る二重の関係として―1面では自然的関係として、他面では社会的関係として―現われる。ここで社会的というのは、どのような条件のもとであれ、どのような仕方であれ、そしてどのような目的であれ、ともかく幾人かの諸個人の協働という意味である。」

猟師や漁師が、それぞれ特殊な生産活動を営んでいて、両者がそれぞれの捕獲物を交換する場合を考えよう。この場合、猟師は、同時に漁師になれないけれども、捕獲した動物を魚と交換することによって、漁師の獲得物を手に入れることができる。それは、猟師が獲得した獲物を漁師に与えることによって漁師の生活を支えることができ、それによって生活できる漁師が彼の獲物である魚を猟師に与えることによって、猟師の側から見ると彼が獲得した獲物が魚という別の獲物に形を変えて戻ってきて、猟師の生活が支えられることである。つまり、それぞれの生活が、それぞれの獲得物によって支えられているだけでなく、お互いの獲得物によっても支えられている。猟師は、漁師がいてはじめて生きていけるし、漁師は、猟師がいて生きていける。
これは、直接的には、生産物の交換であるが、間接的には、生産活動の交換である。猟師と漁師のそれぞれの特殊な活動、すなわち、狩猟と漁労を、一般的な労働と言う抽象的概念で把握すると、労働(活動)力の交換(労働の生産力の交換)による特殊な間柄が、維持されているということができる。特殊な労働(力)同士の抽象による一般的な労働(力)を現実的に交換し合う関係が成立しているということができる。この猟師と漁師の労働の交換による関係が、(労働の)生産関係である。
労働の生産関係は、二人の漁師が協力して漁労を行うというような、直接に人間同士が接触し協働することだけを意味するのではない。それぞれ特殊な労働を行っている人間同士の社会的な分業も、含んでいる。
人間以外の動物は、たとえば、トラが、その獲物を、アシカに与えたり、アシカが、その獲物を、トラに与えたりというような交換を行わない。もし、トラがアシカとその獲物を交換したら、トラの捕獲行動は、アシカの捕獲行動との比較で、特殊な行動として把握できるし、一般的な捕獲行動というものの中で、その特殊な位置を与えることができる。しかし、こういうことはありえないので、トラやアシカの捕獲行動の中から、一般的な捕獲行動を現実的に考えることはできない。つまり、特殊性と一般性の関係は、特殊なもの同士がなんらかの現実的な関係−直接的な関係としては接触、間接的な関係としては交換−を現実化したときに、成立するのである。人間は、猟師と漁師が獲物を交換し、こうしてそれぞれの労働を特殊な労働として位置づけあうのである。ここに、一般的な労働というものが成立する。この生産関係が形成されることは、人間が進化によって獲得した、人間の一般性、普遍性に起因し、その一般性の現実化=実現である。これが、人間が自然から相対的に独立したという意味である。
「人間は文字通りの意味で社会的な動物である。単に群居的な動物であるばかりでなく、社会の中でだけ自分を個別化できる動物である。」(「序説」)
人間は、他人を必要とし、そういう社会という結びつきの中でだけ、個別の人間として生きていけるのである。
「生産において人間は、自然に働きかけるばかりでなく相互にも働きかける。彼らはただ一定の仕方で共働し、また彼らの活動を相互に交換し合うことによってのみ、生産する。生産するためには、彼らは相互に一定の諸連関および諸関係を結ぶのであって、この社会的諸連関及び諸関係の内部でのみ、自然に対する彼らの働きかけが行われ、生産が行われるのである。」(「賃労働と資本」)
猟師の捕獲した獲物には、猟師の労働が対象化されて(例えば、一頭捕獲するのに一日かかったとすれば、捕獲物1頭には猟師の一日分の労働が対象化されている)おり、それが場所を移動して漁師の元へ運ばれ、漁師に消費されると、猟師の対象化された労働は、更に、漁師に再対象化される。このように、労働の生産関係は、対象化された労働という関係を担っている産物を媒介にして延長され、更に生産者同士に再対象化され、こうして生産者同士を結びつける。
「人間性は一個の個人に内在するいかなる抽象物でもない。その現実性においてはそれは社会的諸関係の総体である。」(「フォイエルバッハに関するテーゼ」)
 一個の人間が社会の中で生きているということは、社会的分業によって、多くの人間の労働がその体に対象化されているということなのである。
つまり、人間は、自己を対象化した物を交換し合うことによってそれを媒介にして、他人に自己を対象化し、自己に他人を対象化するということができる。猟師が、猟師という特殊な人間として生きていけるのは、漁師というまた別な特殊な人間と獲得物を交換し合い、こうして関係しあうことに依存している。こうして、お互いの労働の対象化によって、はじめて個人は個別の生活を送ることができる。
猟師も漁師もともに家庭を持っていたとしたら、それは、お互いの獲得物を交換することによって、お互いの家庭が支えられている。交換によって、お互いの家庭の中で、お互いの獲得物を消費して、生活を支えあっている。その家庭の中で、子供たちが育って漁師や猟師になっていくだろう。漁師の子供が猟師の獲得物によって育てられるという意味で、次の世代の漁師は、猟師の活動の産物でもある。
生産された生活手段を消費して育てられた子供は、人間の子供として育てられる。狼の中で育てられた人間がはたしてどういう人間になったかを思い起こせばよい。人間は社会を形成するが、人間は社会の中で育てられる。人間同士が相互に浸透しあうのである。
「諸個人はたしかに身体的にも精神的にも相互に作りあう」。
人間は自然に対し対象的活動を行うが、この対象的活動も、対象化されたものの消費(再対象化)も、多数個人の協働という意味で、社会的に行われる。人間の物への対象化は、多数個人の集団としての社会的人間として、はじめて全面的に可能になる。
(資本論第2編第四章第三節「労働力の売買」の中に、労働力が商品と同様に価値を持つことが、述べられているが、それは、もともと、人間には、生産物と同様に、人間の労働が対象化されているからである。「労働力の価値は、他のどの商品の価値とも同じに、この独自な商品の生産に、したがってまた再生産に必要な労働時間によって規定されている。」「労働力の生産に必要な労働時間は、この生活手段の生産に必要な労働時間に帰着する。」商品生産の下で、生産物が商品形態をとるように、資本主義生産の下で、労働力が商品形態をとるにすぎない。)

A 生産力と生産関係とはなにか

「一民族の生産力がどれほど発展しているかを最も歴然と示すものは、分業の発展度である。それぞれの新しい生産力は、それがそれまでにすでによく知られた生産力の単に量的な拡張であるのでない限り、分業の一つの新しい形成をもたらす。」
「したがって、或る特定の生産様式または工業的段階は、常に或る特定の協働様式または社会的段階と合わさっていることになるのであり―そしてこの協働様式はそれ自体、一つの「生産力」である―人間達の利用しうる生産力の総体は社会的状態を条件付けることになるのであって、したがって「人間の歴史」はつねに工業および交換の歴史とのつながりの中で研究され取り扱わねばならぬことになる。」

ここで、「社会的状態を条件付ける」「人間達の利用しうる生産力の総体」というのは、「或る特定の生産様式または工業的段階」すなわち総体としての労働の生産力=対象化する能力と、「この協働様式それ自体」と、二つからなる。前者が、本来の生産力とすれば、後者は、生産関係と直接的に同一のものとしての生産力=集団力ということができる。

生産力を総体として把握した場合、猟師と漁師のようなそれぞれの職業は、それぞれの特殊な労働力への社会的な分割である。従って、特殊な労働の生産力の相互の間に、それをつなぐ労働の生産関係が維持されなくてはならなくなる。この生産関係は、生産・消費・分配・交換を含み、労働の相互の対象化の繰り返しによって固く結ばれるようになった人間同士の関係、一言で言えば労働を相互に交換する関係をさしている。人間は活動を交換し合うという意味で協働関係にあるということであり、これは、知らず知らずのうちに、人間同士が一定の関係の下に包摂され、意識すると否とにかかわらず、社会的な協働を行っていることになっているという意味である。この生産関係の広がる全範囲が、一つの社会を形成する。
 この社会的な分業の発生については、「資本論」第4編第12章第四節「マニュファクチャの中での分業と社会の中での分業」に、以下の指摘がある。
「ただ労働そのものだけを眼中におくならば、農業や工業などという大きな諸部門への社会的生産の分割を一般的分業、それらの生産部門の種や亜種への区分を特殊的分業、そして一つの作業の中での分業を個別的分業と呼ぶことがきる。」
「社会の中での分業と、それに対応して諸個人が特殊な職業部門に局限されることとは、・・・相反する諸出発点から発展する。一つの家族の中で、さらに発展しては、一つの種族の中で、・・・純粋に生理的な基礎の上で、自然発生的な分業が発生し、・・・拡大する。他方、・・・生産物交換は、いろいろな家族や種族や共同体が接触する地点で発生する。・・・共同体が違えば、それらが自然環境の中に見出す生産手段や生活手段・・・生産物も違っている。・・・交換は、・・・違った諸生産部面を関連させて、それらを一つの社会的総生産の多かれ少なかれ互いに依存しあう諸部門にするのである。この場合に社会的分業が発生するのは、もとから違ってはいるが互いに依存しあってはいない諸生産部面の間の交換によってである。」「社会の中での分業のためには人口の大きさと密度とが物質的前提をなしている」。
このような社会的分業の下に、生産関係と直接的に同一のものとしての生産力、すなわち、集団としての生産力が生ずる。
 「資本論」第4編第11章では、「同じ生産過程で、または同じではないが関連のあるいくつかの生産過程で、多くの人々が計画的にいっしょに協力して労働するという労働の形態」である「協業」を取り上げて、「ただ協業による個別的生産力の増大だけが問題なのではなく、それ自体として集団力でなければならないような生産力の創造が問題」だといい、「結合労働日の独自な生産力は、労働の社会的な生産力または社会的な労働の生産力なのである。この生産力は協業そのものから生ずる。他人との計画的な協働の中では、労働者は彼の個体的な限界を抜け出て彼の種属能力を発揮する」といっている。また、それに続く第12章では、「分業にもとづく協業」として、マニュファクチュアを取り上げ、「この分業は、協業の一つの特殊な種類なのであって、その利点の多くは協業の一般的な本質から生ずる」としている。
例えば工場の生産現場では、工場内で分業が組織されているが、それは生産工程を分割し各個人が異なった単位行程を担うことによって、全体として生産力を上げるためである。これを社会全体で行うことを考えると、例えば、一人が農業と漁業を行うのでなく、それぞれを専門に担当する農業者と漁業者とに任せるということになる。これが意識的に行われようと意識されずにおこなわれようと、結果としては、生産力の向上になるであろう。これがここでいう、分業による集団力なのである。無論、この分業が生産力の発展に結びつくためには、生産物を相互に交換し合うということ、従って事実上協働していなくてはならない。農業者と漁業者が孤立していて互いに生産物を交換しないと、協働したことにはならない。

生産力は社会的分業の形態を媒介的に決定し、分業の様式は直接的に生産力であるという関係は、生産力と生産関係が相対的に独立しているものの、相互規定の関係にあり、相互に浸透し合うという基本構造を持っているということである。
人間と自然との関係が生産力の基礎にあり、人間同士の関係が生産関係の基本である。二つの対象化の論理が、生産力と生産関係を基礎付けている。そして人間の歴史は、この生産力と生産関係の歴史ということになる。

「人間の生産諸力の発展の一定の水準を仮定して見たまえ、そうすれば、人間的関係と消費の形態が得られる。人間的関係の生産と消費との一定の水準を仮定して見たまえ、そうすればこれに照応する社会制度の一定の形態、これに照応する家族、身分、階級の一定の組織、一言で言えば一定の市民社会が、得られる。一定の市民社会を仮定して見たまえ、そうすれば、市民社会の公的表現である一定の政治的状態が得られる。」(「マルクスからアンネンコフへの手紙」)
 マルクスは「経済学批判序説」の中で、生産物の生産、消費、分配、交換を考察した後、最後に次のように述べている。
「われわれが到達した結果は、生産、分配、交換、消費が・・・一個の総体の全肢節を、ひとつの統一の内部での区別を、なしているということである。・・・過程はつねに新しく生産からはじまる。・・・だからある一定の生産は、一定の消費、分配、交換を、これらのさまざまな諸要因同志の一定の関係を、規定する。もちろん、生産もまた、その一面的形態においては、それはそれとして、ほかの要因によって、規定される。」

「人間は、その生活の社会的生産において、一定の、必然的な、彼らの意志から独立した諸関係を、つまり、かれらの物質的生産諸力の一定の発展段階に対応する生産諸関係を、とりむすぶ。この生産諸関係の総体は社会の経済的機構を形づくっており、これが現実の土台となって、法律的、政治的上部構造がそびえたち、また、一定の社会的意識諸形態は、この現実の土台に対応している。」(「序言」)
「だから、そのうちで個々人が生産する社会的諸関係、すなわち社会的生産諸関係は、物質的生産手段の・生産諸力の・変化および発展とともに、変化し変動する。生産諸関係はその全体において、社会的諸関係・社会・と名づけられるものを、しかも一定の・歴史的な・発展段階における一社会を、独自な・別個な・性格を持つ一社会を、形成する。」(「賃労働と資本」)
すなわち、生産物(人間も含む)の生産、分配、交換、消費のあり方(生産様式)が、「社会の経済的機構」を形成し、建築物で言えば、それが「現実の土台」に例えられ、その上に「法律的、政治的上部構造」がそびえるというわけである。
この有名な定式は、以上のような理解があって、はじめて正しくその内容が把握される。なお、ここで「彼らの意志から独立した」といっているのは、当時常識であったヘーゲルの歴史理論に対しての唯物論的注意である。

B 人間と自然の対立とはなにか

ここで改めて、「人間と自然の対立」を考えてみよう。人間は自然の中から生まれ、自然と交渉しながら活きねばならず、永遠に自然の一部である。しかし、人間は自然から分離し、社会を発展させてきた。この自然と人間の関係をどのように把握するか、これがまず、根本的な問題である。
同様な問題にぶち当たって、それを解き得なかった哲学者がマルクス以前にもいた。彼らに対し、マルクスは、次のように批判している。
「人間対自然の関係という由々しげな問題(両者の関係どころかブルーノに言わせれば、まるで両者は二つの別々の「物」であって、人間は必ずしも一つの歴史的自然と一つの自然的歴史を眼前に持っているのではないかのように、「自然と歴史におけるもろもろの対立」という問題)のごときは、人間の生産力がそれ相応の土台の上で展開するに至るまで人間と自然の「闘争」が存在してきたと同様、音に聞こえた「人間と自然との一体性」なるものも産業の中で昔から存在してき、そしてそれぞれの時代に産業発展の高低に応じて違ったあり方をしてきたことが見抜かれればおのずから崩れてしまう。」
ここには、人間と自然との対立をどのように考えればよいかが、述べられている。この問題の回答は、歴史を謙虚に振り返り、それを総括すればよい。
「人間的歴史に先行する自然などというものはフォイエルバッハの住んでいる自然ではないこと、できたての二つ三つのオーストラリアの珊瑚島のようなところではいざしらず、今日ではもうどこにも存在しない自然・・・であることは確かである。」今や人間を取り巻く自然は、徹底的に人間によって変えられてしまっているのである。ここでは、人間化されてきた自然を、歴史的自然といっている。 また、「それほどにこの活動、この間断なく行われ続けている感性的な労働と創造、この生産は現に今存在するごとき全感性的世界の基礎なのであるから、もしもかりにそれがたった一年間でも中断されたとすれば、フォイエルバッハは単に自然界のうちにとてつもない変化が生ずるのを見るのみならず、また人間世界の全体を彼自身のものを見る力、いやそれどころか彼自身の存在すらもがたちどころに消えてなくなるのに気づくに違いない。」
人間世界と人間自身が、変化させた自然を人間生活に取り込むことによって、変えられてしまっているのである。このことは、人間が拠って立つ自然的基礎自体(これは人間生活の自然的条件と、人間の肉体自身が自然の一部であるという条件がある)が、より人間化されまた自然と一体化しているということである。ここでは、自然化されてきた人間の歴史を、自然的歴史といっている。
つまり、両者を浸透のない物として把握するのではなく、浸透する対立物として把握すれば、自然が人間によって変えられ、変化した自然を人間生活に取り込むことによって、人間自身が自然の中に強固に入り込んできたことが把握される。
この浸透は、人間と自然を媒介する生産活動に負っていると述べられている。この浸透が支障なく行われるためには、「人間の生産力がそれ相応の土台の上で展開するに至るまで人間と自然の「闘争」が存在してきた」わけで、浸透の成果の「人間と自然との一体性」も産業の歴史に負っているというわけである。
この人間と自然の浸透を可能にしたのは、「この間断なく行われ続けている感性的な労働と創造、この生産」である。

「類的生活は、人間にあっても動物にあっても、肉体的にはまず第一に、人間が(動物と同じく)非有機的な自然によって生きていくという点に存するのであって、人間が動物よりも普遍的であればあるほど、人間がそれで生きていく非有機的な自然の範囲はますます普遍的である。」「人間の普遍性が実践的に現れるのは、まさしく、全自然を人間の非有機的な身体にする−自然が(1)直接的生活手段であるかぎりにおいても(2)人間の生活活動の材料、対象、道具であるかぎりにおいても−ところの普遍性においてである。」(「経済学哲学手稿」)
「人間的な諸対象は直接に現れるままの自然諸対象であるのでもなければ、直接にあるまま、対象的にあるままの人間の感覚が人間的感性、人間的な対象性であるのでもない。自然は客体的にも主体的にも、直接に人間的存在に適合して現存していないのである。自然的なものはすべて発生しなければならないように、人間もまた彼の発生行為、歴史を持っている。・・・歴史は人間の真の自然史である。」(「経済学哲学手稿」)

C 私的所有とはなにか

「労働の分割はそれはそれでまた家族内での労働の自然発生的な分割と、個々の相互に対立する諸家族への社会の分裂に基づくのであるが、この労働の分割と同時にまた、労働とその生産物との配分、しかも量的にも質的にも不平等な配分、したがって所有が存在することになる。」
「労働の分割と言う言葉と私的所有という言葉とは同じことをいっているのであって、一方が活動に関して言っていることを、他方が活動の産物に関していっているだけのことである。」
「人間自身の仕業が人間に対立するようになるのはなぜかといえば、それは労働が配分され始めると、各人は自分に押し付けられるなにか特定の排他的な活動範囲を持つことになって、そこから抜け出ることができないからである。彼は狩人、漁師、または牧者、または批判的批判者なのであって、暮らしの方便を失うまいとすれば、それをやめるわけにはいかないのである。」

社会的分業は、労働の分割による特定の排他的な活動範囲の個人に対する押し付け、「個人が労働の分割のもとに服属せしめられ彼に押し付けられた特定の活動のもとに服属せしめられている状態」という意味を持っている。「自然発生的に行われる。ということは、自由に結合した諸個人の全体的計画に従ったものではないということである。」つまり、意識的、計画的に特定の労働を個人に割り振るのではなく、意識されずに自然に任せられたまま、労働を配分することが、私的所有ということである。

「ちょうど労働の分割のさまざまな発展段階の数だけ所有のさまざまな形態がある。ということは、労働の分割のその都度都度の段階は労働の材料、用具および産物に関しての諸個人相互の間柄をも規定するということである。」

ある人間の集団の中に、猟師と漁師がいて、お互いの技能を教えあって、いつでもお互いの職業を交換できるとしよう。そうすると、その集団の必要に応じて、ある時は猟師になり、あるときは漁師になるであろう。こうして、必要な獲物を必要な数だけ、捕獲するであろう。
ところが、お互いの職業を固定して、猟師と漁師が、何の連絡もないまま、その獲物を捕獲するとしたら、お互いの獲物は、不必要な数まで捕獲することになるであろう。そうすると、お互いの獲物の数が過不足かどうかは、お互いの獲物の交換によってのみ、はじめて理解できることになる。これが、私的所有であり、ここでいう労働の分割なのである。
前者の労働によって結ばれた集団の人間関係は、後者と異なっている。前者は、何らかの集団内の調整がなされており、後者は、それが自然にゆだねられている。つまり、労働の分割が、自然に任されている。

労働の分割によって必須となったさまざまな個人の協働ということから生ずる幾層倍にもなった生産力、この社会的力はこれらの個人には、協働そのものが自由意志的にはでなく、自然発生的であるがゆえに、彼ら自身の一丸となった力としては現れないで、なにか余所の、彼らの外にある強引な力として現われる。この力については諸個人はその由来も行方も知らず、したがってもはやそれを統御することもできないのに反して、逆にその力の方は今度は、ある独自な、人間達の意志や行動とは独立な、いやそれどころかこの意志や行動をまずもって指揮するところの、諸局面と諸段階の順序を順繰りに経ていくのである。」
「そして最後に労働の分割は、人間達が自然発生的な社会のうちに在る限り、従って特殊な利益と共同の利益との分裂が存在する限り、従って活動が自由意志的にでなくて自然発生的に分割されている限り、人間自身の仕業が彼にとって何か余所者の、対立する力となり、彼がそれを牛耳るかわりにそれが彼を抑圧するということのまさに最初の例を、われわれに示している。」

自然発生的であっても、ともかくそれによって、生産力の限界を突破し、総体として分業形態が生産力を増大させるのであるが、その「一定の生産関係の下に個人を包摂すること」によって、人間はその集団力を制御できないのであり、生産力と生産関係は、敵対的な関係になるのである。

D 国家とは、階級とはなにか

私的所有、すなわち、労働の分割を扱ったので、ここで、国家の問題を取り上げておかねばならない。なぜなら、国家は、私的所有とともに始まったとされているからである。

「さらに労働の分割と同時に、一個の個人または一個の家族の利益と、交通しあうすべての個人の共同の利益との矛盾が存在することになる。しかもこの共同の利益は単に表象の中に、「普遍的なもの」として存在するだけでなく、むしろなによりもまず現実の中に、労働を分担する諸個人の相互依存性として存在する。」
「・・・そしてあたかも特殊な利益と共同の利益とのこの矛盾から共同の利益は国家として、現実的な個別的および総体的利益とは切れたあり方で、一つの自立的な形態をとるのであり、そして同時にそれは幻想的な共同性として存在するのであるが、しかし家族、部族の塊の一つ一つのうちに存在する諸紐帯・・・を常に現実的土台とし、またことに、後ほど述べるように、労働の分割によって当然すでになければならぬはずの諸階級を現実的土台に踏まえている。」

国家は、幻想的な共同性として存在するという。これはどういう意味であろうか。
労働の分割は、個人と個々の家族と、他のすべての多数個人および家族との対立を招く。しかし、「労働の分割によって必須となったさまざまな個人の協働ということから生ずる幾層倍にもなった生産力」は、意識されてはいないが、現実的な共同の利益である。この連関が失われた場合には、「労働の分割によって必須となったさまざまな個人の協働ということから生ずる幾層倍にもなった生産力」も破壊されるからである。そのことを「労働を分担する諸個人の相互依存性」として表現している。これは、生産物の生産を媒介とした生活の生産過程の重層的結合による、生産と消費の循環による強固な連関の必要性のことである。端的にいえば、生産関係である。
だが、「諸個人はただ彼らの特殊な利益、彼らにとって彼らの共同の利益とは一致しない利益のみを追求する」のであるから、この共同の利益はどこにも現われてこないはずである。しかし、それでは、この「相互依存性」が失われてしまいかねない。この共同の利益は、どこかに自分をあらわすはずであり、表わさなければならない。
この「普遍的な」相互依存性は、自己を対象化し、一つの特殊なものとして自己を顕される以外ない。人間は意識を持っている。そこで、人々の意識の中の「普遍的なもの」として表わされた表象が、幻想的な共同性である。
認識の中に受動的な認識と能動的な認識とがあるように、人々の行動を規制するためには、能動的な意識である意志のレベルで、特殊な利益を追求する諸個人を更に規制する、対象化された意志の形態として、この精神的レベルでも現実化されなければならない。またそれは、「活動が自由意志的にでなくて自然発生的に分割されている限り、人間自身の仕業が彼にとって何か余所者の、対立する力とな」っており、それゆえ「現実的な個別的および総体的利益とは切れたあり方で、一つの自立的な形態をとる」ということになる。
「国家すなわち政治的秩序は従属的な要素であり、市民社会、すなわち経済的諸関係の領域が決定的な要素である。・・・個々の人間の場合に彼の行為のあらゆる起動力が彼の頭脳を通過して、彼の意志の動機に変わらなければならないように、市民社会のあらゆる要求もまた、−どの階級が支配しているかにかかわりなく−法律の形をとって一般的な効力を得るためには、国家の意志を通過せねばならない。これは事柄の形式的な側面であって、自明のことである。」(エンゲルス「フォイエルバッハ論」)
これが、国家である。つまり、一つの生産力としての社会的な力である個々人の協働、相互依存性、共同の利益が、対象化され、観念的な力として自立化し、権力として現実化したものが、国家ということである。
それを、宗教と同じように、人間が観念的に生み出した物が逆に人間を支配することになることから、「幻想的な」共同性といっているのであると理解すべきであろう。いいかえれば、幻想的共同性が、他人同士の意志の諸関係のレベルで媒介されることによって、幻想的な共同体として精神的領域に現われる。それが、国家の表象であろう。
「世俗的基礎がそれ自身から脱して、自身のために一つの自立的な王国を雲の中にしつらえるということは、ただこの世俗的基礎の自己滅裂状態と自己矛盾からのみ明らかにされるべきである。」(フォイエルバッハの第四テーゼ)
労働の分割が、私的所有の始まりであり、それが、国家の始まりである。国家権力としての力は、相互依存性の社会的力が、形を変えたものでしかない。それが、私的所有から発するからこそ、人間に制御不能なものとして現われるのである。

猟師と漁師は、お互いの獲物を交換し合うことによって、お互いの生活を支えあっている。しかし、私的所有の社会では、彼らは、ただ、自分の生活を支えるためにだけ獲物を交換しているだけであって、それによってお互いの生活を支えあっているのだとは、思っていないであろう。なぜなら、それが、自然に自分の持ち分である特定の労働を分担しているということであり、もし、意識的に労働の配分を協議して決めたならば、お互いの生活を支えあっているという意識を最初から持っているであろう。しかし、この相互依存性は、彼ら漁師と猟師にとっては、意識されていなくても、共同の利益である。たとえば、その社会に中に猟師と漁師という職業の人間が彼らしかいなくて、どちらかが死んでしまった場合、もう一方は、もう、死んだ人間の獲物を手に入れられなくなり、自分の生活を送れなくなるからである。これは、どちらかが何かの事情でその限られた社会から離脱したとしても、同じことである。そこで、どういう事情があっても、かれらが社会から離脱しないようにするには、どうしたらいいであろうか。
彼らが彼らの住居を柵で囲むように、彼らの住む社会を何らかの柵で囲むことができればよいが、何らかの罰で刑務所に繋がれでもしない限り、彼らの移動を制限できない。そこで、それは、漁師と猟師に、自分達の意識の中に、自分はこの共同の社会の中で住んでいて、この共同の社会から絶対離れないという意識を持たせればよいのである。意識の中に「柵」を設けるのである。いやこういう風な意識が、「活動を交換」する生活を営んでいくうちに、自然とできあがり、持たせられていくものである。この意識の押し付けは、あたかも共同体に主人がいて、彼が猟師と漁師に、命令するようなものでもある。彼らが住む社会環境が彼らにとっていやなものであったら、それは、いやいやながら命令に従うような感じを持つであろう。これが、共同の利益がまるで社会の主人のように自立した形態を取るということであり、「幻想的な共同性」としての国家というものの正体なのである。その国家で使われる言語が、端的に国家としてのまとまりを表現しているように、私的所有が、つまり、各人が排他的な活動範囲を配分されている限り、国家はいわば共同性を体現せざるを得ないのである。
人間には、他の動物と異なって、労働と言う抽象物が、各人の労働の特殊性として現実に存在する。この労働を媒介とする生産関係が実際に姿を現したものが、共同体ということである。労働が分割されていない間は、共同体は、家族の延長である種族共同体であった。労働の分割が進行して、共同体は、国家として、その性格を根本的に変えたのである。

ここで、国家を構成する階級が出現する。その国家を構成する階級のレベルで見ることによって、更に国家の形態が明瞭になる。
まず、階級とは何であろうか。
階級とは、「現存の諸関係から決まってくる仕事の質によって、同時に、彼らすべてに共通でそして彼ら一人一人からは独立な」「生活条件」、すなわち「階級的条件」から規定される「同じ条件、同じ対立、同じ利益はだいたいにおいてどこでも同じ習俗を生じさせ」たものである。
「個々の個人は彼らがどれか他の階級に対して共同の戦いを行うことになる限りにおいてのみ一つの階級を形成するのであるが、さもない限りは彼らは彼ら自身で競争において敵対しあう。他面、階級の方は階級の方で諸個人に対して独立したものとなるので、諸個人は彼らの生活諸条件に、あらかじめ決まった条件として当面し、階級から彼らの社会的地位、従ってまた彼らの人格的展開をあてがわれ、階級の下へ服属せしめられる。これは、労働の分割のもとへの個々の個人の服属と同じ現象」である。
「これらの階級はそれぞれそのような人間集団の中でお互いに分かれあい、そしてそのうちのひとつが爾余のすべて階級を支配する。したがって国家の内部でのあらゆる闘争、民主制、貴族制、君主制間の闘争、選挙権のための闘争等々は、種々の階級間に遂行される現実的諸闘争がとるところの幻想的形態以外のものでもないことになるのであり、・・・そして更に、支配をめざすそれぞれの階級は、・・・まず、政治権力を獲得しなければならないということになる。それはそれの利益がまた普遍的なものででもあるかのように見せるためであって、最初の瞬間にはその階級にとってこれはやむをえないところなのである。諸個人はただ彼らの特殊な利益、彼らにとっての彼らの共同の利益とは一致しない利益のみを追求するのであり、総じて、普遍的なものは共同性の幻想的形態なのであるからこそ、この普遍的なものはなにか彼らには「余所者の」そして彼らとは「独立な」「普遍的」利益、なにかそれはそれでまた特殊で独特な「普遍的」利益として押し付けられるか、または彼ら自身、民主制の場合におけるように、この分裂の中で動かざるをえない。だからこそ他面、共同の利益と幻想的共同の利益とにたえず現実的にそむくところのこれらの諸々の特殊利益の実践的闘争は、国家としての幻想的「普遍的」利益による実践的な干渉と制御を必要ならしめる。」
 つまり、政治的権力である国家は、超然とした立場から国家の枠をはみ出さず枠を崩さないという普遍的利益を諸階級に押し付け、諸階級の実践的闘争に干渉し制御する。これは、国家権力が、単に支配階級の操る道具ではないことを示している。
だから、最初の国家が出現する古代的民主制の場合には、「彼ら自身、この分裂の中で動かざるをえない」というのは、古代共同体は、「能動的国家公民達の共同の私的所有」であり、いわば平等な私的所有の公民国家であり、奴隷制はその枠のなかで保存されていたので、市民同士に上下関係はない。そこで、実践的闘争は、国家の分裂にいたりかねない。だから、闘争は、幻想的な共同体の枠の中で、平等な公民同士の個人的なけんか程度のものにしかなりえないという情況を、端的に表わしているのである。

漁師と猟師の集団という階級がお互いにすんでいる社会を考えよう。彼らが喧嘩をしたとしよう。そこで、漁師の階級が敗れたとして、漁師の階級がその社会から去っていってしまうと、もうだれも魚を取るものがいなくなってしまう。そこで、国家は、あたかも、社会の主人として、しかし、足がなくて空中に漂う幽霊のように、姿を現して喧嘩の調停をする、いや、調停をするというところまでいかないで、そういう喧嘩にならないように、決定的な敗者が生まれないように喧嘩の程度にタガをはめる必要が在る。その幽霊は、共同性を体現した幽霊である。その幽霊が皆の意識に乗り移ると、「皆のために喧嘩をやめよう」という意識をもって説得し、全員が納得してそういう意識を共有することになる。そういうことで、暴力的な喧嘩に干渉する事、あくまで口げんか程度にしようということ、それが、「国家としての幻想的「普遍的」利益による実践的な干渉と制御」ということである。口げんか、つまり精神的な喧嘩のレベルは、「現実的諸闘争がとるところの幻想的形態」ということである。
喧嘩の仲裁を誰か第三者に頼んで、中立的な立場から調停を行うようになると、それは共同体の幽霊が現実化したものということになる。その第三者は、普遍的な立場から、喧嘩の仲裁をすると宣言するであろう。猟師と漁師の階級は、第三者に従わねばならない。国家の内部に、すべての階級を従わせる国家権力が成立したことになる。
猟師と漁師だけでなく、いくつかの階級が住んでいた場合、ある一つの階級が、他の階級を支配しようとするときには、暴力を用いるのは、最後の手段である。まず、最初は、自分の階級が、漁師や猟師の階級にとっても利益になり、「普遍的な利益」であるということで説得することになろう。この階級が共同性の幽霊を体現しえたとき、この社会の主導権をにぎることができる。

「国家という形態において支配階級の人々は彼らの共通の利益を押したて、そして一つの時代の全市民社会はその形態の中でまとまるものである以上、あらゆる共通の制度は国家の手を介してとりきめられ、なんらかの政治的な形態をもたせられることになる。法というものが、あたかも意志、しかもそれの現実的土台からもぎはなされた自由な意志に基づきでもするかのような幻想はそこからくる。法が自由な意志に基づくと考えられると、今度は権利の方も、法あっての権利ということにされる。」
つまり、国家によって、あらゆる共通の制度が、普遍的、一般的形態を与えられるので、国家に裏打ちされた法と権利も、一般的な形態をとるとされている。
幻想的な共同性という幽霊が実体化されると、「行政、警察、租税等々約言すれば共同体組織、従ってまた政治一般」という形態で、自己を現してくる。ここに国家と政治(「法律的、政治的上部構造」)、それに対する諸階級ないし労働の分割(現実の土台としての生産諸関係の総体」)と、世界が二重化したと見なすことができる。
「国家の内に、人間を支配する最初のイデオロギー的な力がわれわれにたいして現れる。社会は、内外からの攻撃にたいしてその共同の利益をまもるために、自分のために一つの機関をつくりだす。この機関が国家権力である。この機関は、発生するとすぐに、社会に対して独立するようになる。」(「フォイエルバッハ論」)

「鋳貨価格をきめることはもちろん、鋳貨の技術上の事務もまた、国家がうけもつことになる。貨幣は、計算貨幣としてそうであるように、鋳貨としても地域的で政治的な性格を帯び、さまざまな国の言葉を語り、さまざまな国の制服をきる。だから、貨幣が鋳貨として通流する領域は、国内的な、共同社会の境界によってかこまれた商品流通として、商品世界の一般的な流通から区別されるのである。」(「経済学批判」)
 鋳貨という経済的制度を支えるのは、国家の役割である。それは、当然のことながら、経済的な支配的階級の利益にもなるが、それだけではなく、「あらゆる共通の制度は国家の手を介してとりきめられ、なんらかの政治的な形態をもたせられることになる」という国家の本質に由来している。このように、国家は、諸階級の分裂に基づき、支配的階級の利益を主として押し出しながらも、共通の制度を支え、全階級を代表する普遍的形態を取る。これが、諸階級分裂の現実的土台から規定された、国家に背負わせられた矛盾なのである。

E 生産力の展開(労働の分割)と生産関係(所有形態)の対応

社会は、生産力が増大するにつれ、発展してきた。しかし、急速な生産力の増大は、近代の資本主義的生産様式になってからである。それ以前は、主たる産業は素朴な農耕であり、その生産力はあまり増大せず、初期には主として、生産関係と直接に同一の生産力の利用、すなわち、労働を分割しそれぞれを専門とする階級に任せることによって全体として集団力を利用する社会的分業により、徐々に生産力を発展させたのである。
なぜ、人類の初期には、本来の生産力の増大による社会の発展が期待できなかったか。「本来の生産力」の発展には、生産力の要素である生産手段の発展がなければならず、そのためには、科学技術の発展を待たねばならず、生産手段が自然そのままのものから人間化された自然のものへと発展せねばならない。それには、長い時間がかかるからである。(「B 人間と自然の対立とはなにか」参照)

「一民族内部での労働の分割はさしあたりまず農耕労働からの商工労働の分離、およびそれとともに都市と地方との分離と両者の利益の対立を招来する。分業のいっそうの発展は工業労働からの商業労働の分離へ導く。同時にこれらのいろいろの部門の内部での労働の分割」へと発展する。
ちょうど労働の分割のさまざまな発展段階の数だけ所有のさまざまな形態がある。ということは、労働の分割のその都度都度の段階は労働の材料、用具および産物に関しての諸個人相互の間柄をも規定するということである。」

労働の分割には、それに対応した所有形態が存在する。人類にとって最初の労働は、農耕労働である。そこで、まず、農業生産力の要素である「自然発生的な生産用具」(生産手段(労働対象と労働手段))を、近代工場の中の機械のような「文明によって作り出された生産用具」(人間化された自然としての生産用具)と比較し、それに対応する生産関係のあり方を考えて見る。

機械には、「発達した分業と広がった商業という前提」が必要である。その機械の中の歯車一個にしても、鉄鉱石を掘り出す鉱業、鉄鉱石から鉄を取り出し精錬する製鉄業、鉄を加工する機械加工業によって、作られる。つまり、それぞれの分業が前提である。「工業はただ分業にうちにのみ存在し、分業によってのみ成り立つ。」また、鉱業は鉱山にあり、製鉄業や機械加工業は都市の工場にある。そこで、それぞれの分業間をつなぐ商業が必要である。
 また、鉱業の鉱山や、製鉄業・機械加工業の工場にしても、また、この機械一つを動かすにしても、「諸個人は一つところにいっしょにされているのでなければなら」ない。つまり、集団によってはじめて可能になる労働なのである。
 これが可能になるためには、二つの条件が必要である。一つは、「諸個人が相互に独立していて、ただ交換によってのみ一緒にされる」ということである。労働者が、同職組合に包括されている職人のように、労働手段と密接に結びついた身分として職業に固定されていたら、自由な労働者は調達できない。だから、労働者は、労働手段をうしなっていなければならず、自分自身では生産活動を行えない状態でなくてはならない。そうしてはじめて、多数の労働者を一箇所に集めることができる。
もう一つは、鉱業にしても製鉄業、機械加工業にしても、いずれも労働手段は巨大な機械であり、それは「労働の一生産物」であり、その労働手段は、「蓄積された労働としての資本」として現われている。歯車や、稼動させるための潤滑油など、それぞれの部品が集まって機械が構成されているということは、それぞれの蓄積された異なった労働が、一箇所に集合しているということである。これは、私的所有の特徴的な機能である集中、貨幣によって買われて来て、組み立てられること、である。そこで、この巨大な労働手段によって、つまり資本に支配されて、多数の労働者がその下で働くのである。
更に、機械を組み立てるには、設計という「精神的労働」が必要である。つまり、「精神労働と身体労働の分割が実際に遂行」されている。
この「文明的な生産用具」に対して、対極にある原初的な農耕労働の生産用具としては、自然発生的な、例えば、鋤や鍬をも含む土地そのものである。ここに「地域的限局性」がある。鋤や鍬を作る「小さな工業が存在するが、しかし、それは、自然発生的生産用具の利用の範囲に限られ」ている。農耕は、「諸個人が家族であれ部族であれ土地そのもの等々であれ、なんらかのきずなで一団となっていることを前提とする」。「諸個人は自然の下に服属せしめられ」ており、「所有(土地所有)は直接的、自然発生的支配として現われ」る。また、「精神労働と身体労働はまだ全然分かれていないし、」「並みの人知で足」るのである。

例えば、稲作を考えてみよう。昔は、手作業に頼る田植えは、村落が総出で行っていた。梅雨という短い間に、すべての個々人の所有する田の作業を終わらせなければならず、用水が限定されているという自然的条件により、共同作業が必要であったからである。また、農業用水にしても、取水権の確保、各人の田への分水は、村落としての共同所有がなくてはできないことである。このように自然的条件に左右される農耕は、村落としての共同体が必要になる。こうして、村落共同体は、相互扶助的であり、自給自足的である。
しかし、農村が機械化され田植え機が普及すると、その分だけ手作業が大幅に減少し、共同作業の必要性が少なくなる。それは、生産力が向上したということであるが、また、個々の農民が、それだけ村落としての共同体を必要としなくなるということでもある。田植え機という労働手段は、それだけ自然への依存から離れることである。だから、労働手段だけでなく、労働対象そのものがすでに労働の対象化の産物である原料として存在する場合、農耕のような村落共同体は、まったく必要ではない。農産物を冷蔵・冷凍倉庫に保管できるようになると、その加工食品は、時期を問わず製造できるようになる。


ここでは、生産力が生産関係を規定し、生産関係は直接生産力でもあると共に、生産力を規定するという生産力と生産関係の相互規定・相互浸透の論理的対応を重視する。そこで、このことが最も明確に示されている「資本主義的生産に先行する諸形態」を取り上げる。その上で、「家族・私有財産・国家の起源」を参考にするとよい。
(以下、「資本主義的生産に先行する諸形態」より)

「これらの形態においては、土地所有と農業とが経済制度の基礎をなしており、またそれゆえに使用価値の生産、個人がその基礎をなしている共同体に対して一定の関係にある個人の再生産、がその経済的目的である」。目的は、食料を生産しそれを消費して、共同体の一員としての個人を再生産するということである。
「これらすべての形態においては、次のことが存在する。・・・@・・・労働の前提をなすものとしての、労働の自然的条件の領有、本源的労働用具であって、また、仕事場であり、同じく原料の貯蔵場でもある土地の領有。・・・労働の主たる客観的条件は、それ自体労働の生産物としては現われずに、自然として現存する。・・・A・・・労働する個人の所有としての土地、大地に対するこの関係行為・・・は、一共同体の構成員としての個人の、自然生的な、多かれ少なかれ歴史的に発展し変形した定在、一種族の成員としてのその自然生的定在等によって、じかに媒介されている。」
「所有とは本源的には、自分に属するものとしての、自分のものとしての、人間固有の定在とともに前提されたものとしての自然的生産諸条件に対する人間の関係行為のことにほかならない。すなわち、自己の肉体のいわば延長をなすにすぎない、自分自身の自然的前提としてのこれら生産諸条件に対する関係行為である。・・・これら自然的生産諸条件の形態は二重である。すなわち、@一共同体の成員としてのその定在。・・・A共同団体を媒介とする、彼自身のものとしての土地に対する関係行為。共同体的な土地所有であり、同時に個々人の個別占有。」
「従って所有とは、ある種族(共同団体)へ帰属すること(・・・)であり、そしてこの共同団体の、土地、それの非有機的肉体である大地に対する関係行為を媒介にしての、個人の土地に対する関係行為・・・のことである。」

農業は、自然に依存し自然に従ってなされる生産活動である。労働材料と労働手段の大部分を自然に依存し、自然から提供されてはじめて成立する。そこでは、近代の労働者のように、労働手段と労働対象が個人から分離してはおらず、最初から自然から提供されて存在する。
また、自然が改変されていない。改変された自然、例えば稲の品種改良が進めば、それだけ凶作に強い品種によって、自然の威力から離れられるが、それは近代の話である。だから、自然から少しでも依存しなくなるように、例えば、農業用水を確保するために、延々と遠くから用水路を引いたり、貯水池を作ったりと、いろいろ知恵を絞って対策がとられてきた。それでも天候不順に寄って少雨になる場合には、凶作の可能性におびえてきた。凶作の場合には、村落全体で助け合わなければ、次の年の生産さえおぼつかなくなる。こうなれば、個人の再生産、個人が次年度の生活を送ることさえ、かなわなくなる。このような自然的条件に左右される農業には、個人の力は無力である。どうしても共同で対応するしかない。つまり、個人の労働は、所属する共同体に守られて、その中で初めて成立するのである。
近代の労働者においては、個人が労働だけをおこなう存在であり、雇われてきてはじめて労働手段と合体させられ労働が可能となるが、この農業では、個人が所有を行うための個人の労働の対象化の行為は、それ以前に、土地を含めた自然を共同で所有すること、村落共同体による土地所有が、前提になっているのである。

「われわれが歴史を遠く遡れば遡るほど、個人は―したがって生産する個人もまた、ますます非自立的な、ひとつのいっそう大きい全体に属するものとしてあらわれる。つまり、はじめには、まだまったく自然なあり方で家族に、および種族にまで拡大された家族に属するものとして、後には、諸種族の対立と融合とから生じるさまざまな形態の共同体に属するものとして現われる。」(「序説」)
「歴史の示すところによれば、・・・共有が、所有の本源的形態であって、この形態は、共同体所有という姿で、長い間一つの重要な役割を演ずるのである。」(「序説」)
 「労働の客観的諸条件に対する彼の関係は、共同体成員としての彼の定在によって媒介されている。他方、共同体の現実の定在は、労働の客観的諸条件にたいする彼の所有形態によって規定されている。」すなわち、ここでは、個人は、共同体の構成員として媒介的に存在している。
 この生産関係を保証する共同体は、その中での個人の所有形態によって、論理的に3つに区別される。
@「共同体的所有」「この場合個人はただの占有者であり、そして土地の私的所有は存在しない。」「土地の共同的所有」
A「国家的土地所有と私的土地所有との対立的形態」「国家所有と私的所有という二重の形態で、相並んで現われることもあるが、その結果、後者が前者によって措定されたものとして現われる。それゆえに国家市民だけが私的所有者であり、・・・」
B「共同体所有が個人的所有の補充としてのみ現われることもある。しかし、この個人的所有こそがその基礎であって、共同体は共同体成員の共通の目的のための集会やその連合以外には、一般に対自的存在をもたないのである。」
 この3段階は、生産関係と直接に一体化している共同体から、共同体が分離し自立化していくということでもある。その基礎には、生産力の人間化の過程が潜在し、私的所有の分離・発展が対応している。また、私的所有の発展に対応して、共同体所有がその性格を変えていく。
 この段階のそれぞれは、部族所有、古代的共同体所有、封建的身分的所有、に対応する。また、「序言」の中の有名な唯物史観の定式の中で、「経済的社会構成が進歩していく段階として、アジア的、古代的、封建的、近代ブルジョア的生産様式」が挙げられているが、その初めの3段階までに対応する。
 農耕労働が主要産業として基礎を与えている社会の発展段階では、所有は、共同体所有の形態を取る。その下で、これを私的所有の論理的段階として説明すれば、次のようになろう。
まず、部族所有は、私的所有のまったく存在しない形態である。これは、種族全体で、生産手段を包括的に有する土地を所有している形態であり、種族共同体所有である。
古代的所有は、共同体から媒介されて存在する私的所有であり、共同体が依然として主力であり、共同体は私的所有者の都市であり、国家である。
封建的所有は、私的所有から媒介されて存在する共同体所有であり、共同体は主力ではない。ここでは、「農耕労働からの商工労働の分離」がなされ、労働は土地から分離した形態、つまり手工業として、労働手段の特殊性と結合して身分として現われている。国家は、都市と地方をその中に含んで、身分的各種共同体を含んで、その上に成立している。

「共同体が旧来の様式そのままで存続するためには、その成員を、まえもってあたえられた客観的諸条件の下で再生産することが必要である。生産そのものと人口の増進(この増進も生産のうちにはいる)は、必然的につぎつぎにこれらの諸条件を止揚する。それらの諸条件を再生産するかわりに、破壊する、等々。また、こうして共同団体は、その存立の基礎となっていた所有諸関係とともに、消滅していくのである。」
「これらすべての形態において、あらかじめさだめられた・・・個々人の共同体にたいする関係の再生産が、しかも労働の諸条件にたいする関係においても、その共働者、種族の仲間にたいする関係においても、彼にまえもってきめられた一定の客観的定在が、この発展の基礎である。だからこの基礎は、はじめから制限されたものであり、しかもこの制限がなくなるにつれて、衰亡と消滅をあらわすのである。」
 労働の対象化と再対象化によってつながった人間同士の生産関係と対応する所有関係は、人口の増加を含む生産力の増進によって、破壊されるという。つぎつぎと殻を破って発展するのではなく、消滅する可能性もあるのである。これが、弁証法的な対応関係である。
「共同団体が、その生産諸条件との一定の客観的統一における諸主体を想定し、あるいは一定の主体的定在が共同団体自体を生産諸条件として想定しているすべての形態(多かれ少なかれ自然性的であるが、同時にすべてまた歴史的過程の結果でもある)は、必然的に、制限された、原則的に制限された生産力の発展にだけ照応する。生産力の発展は、これらの形態を解体するし、その解体自体が人間の生産力の一発展なのである。」

(以上、「資本主義的生産に先行する諸形態」より)


F 部族所有とアジア的形態とはなにか

「所有の最初の形態は部族所有である。これは人々が狩猟と漁労で、牧畜で、あるいはせいぜいのところ農耕で食っているような生産の未発達な段階に対応する。・・・労働の分割はこの段階にあってはまだほとんど発展しておらず、家族の中で行われている自然発生的な分業をもっと広げる程度に限られる。それゆえに、社会的編成は家族の延長以上には出ない。すなわち家父長制的部族長、そのもとに部族員、最後に奴隷。家族の内に潜在している奴隷制は、人口と需要の増大につれ、また戦争と交易といった対外的交通の広がりにつれて、はじめて徐々に展開する。」
この部族所有は、前節の@「共同体的所有」に対応している。この形態の土台である労働については、未発達であり、労働の分割はない。だから、いまだ労働が個人に固定されていないというより、むしろ労働の配分が自然成長性の範囲内であるが、計画的になされている共同体である。社会の編成は、家族の家父長制が原理となっている。


(以下、「資本主義的生産に先行する諸形態」より)

これは、「土地所有の第一の形態」である。この段階では、労働が分割されていないので、個々の家族の利益と共同の利益の対立は原理的になく、従って国家はない。国家に相当するのは、「自然生的共同団体」である。この共同団体が、秩序維持のための各利害の調停者として役割を演じているので、「個人は実体の単に偶有性にすぎないか、または純粋に自然生的に実体の構成分子を形成しているような、実体」となって現われる。
 ここでは、すべてが自然成長的に未分化のままで一体化して現われる。個別の物は、全体の一部として全体の中に埋没されて表わされており、原理的に「私的所有」は存在しない。「個々人の所有は・・・それ自身直接に共同体所有である」。「直接の共同体所有では、共同体から分離された個人の所有はなく、むしろ個人はその占有者であるにすぎない。」
 ここでは、生きた労働は、労働対象、労働手段、一般的労働手段としての土地、これら客観的条件のすべてを自然から提供され、これらを所有しているのは、個人ではなく共同体である。

共同体を構成する単位は家族であるが、この「自然生的共同団体」とは、「家族、および種族の形に拡大した家族、ないしは家族間の相互の結婚により種族の形に拡大した家族、または諸種族の結合」「種族共同社会」である。つまり、自然発生的に生じた、血縁により結びついた拡大家族とみなしてよい。
「自然生的種族共同社会、または群居団体といったものが、人間の生活と自己を再生産し対象化するその活動・・との、客観的諸条件を領有する最初の前提(血統、言語、慣習などの共通性)である。大地は、労働手段や労働材料を提供し、また居住地、共同団体の基地をも提供するところの大きな仕事場であり、兵器廠である。人間は、・・・共同団体の財産である大地と素朴に関係する。個々人は、いずれも所有者または占有者としてのこの共同体の手足として、その成員として振舞うに過ぎない。」
 人間同士は、労働を対象化する過程で、労働を相互に交換することによって、結びついているが、各個人の対象化する活動と生活を再生産するためには、その労働を交換するという関係の維持・保証が、前提である。各人は、牧人、狩猟者、農耕者として、それぞれ別個の活動を行っているが、自然的共同団体の中でのみ、言語、慣習などを共有することによって、各人の労働の交換が可能になる。その生産関係が血統(血縁関係)によって直接、種族共同体として表され、維持されている。
 この血統、言語、慣習などの共通性によって端的に表現される共同団体が、大地の所有者である。ここでは、生活の生産における関係の重要性が、そのまま誰の目にも明らかになるような形で現れており、各人の労働の社会性が、共同体所有というあり方で直接に表面化している。「労働と言う過程を通じておこなう現実の領有は、それ自身労働の所産ではなく、労働の自然的な、もしくは天与の前提として現われるところの、こうした前提のもとでおこなわれる。」

最初は人間は「遊牧生活」を行っていたと推定される。「遊牧生活、一般に移動というものは、種族がある一定の場所に定住しないで、見つけ次第の牧草を食わせるといった生存様式の最初の形態であると想定できる」。
「遊牧民族を例にとろう。(単なる狩猟民族や漁労民族は、実際の発展のはじまる点のそとにある。)かれらにあっては、農耕の一形態である散在農耕形態があらわれる。土地所有はこれによって規定される。それは共同体所有であって・・・。」(「序説」)
つまり、完成生活手段を自然に全面的に依存している狩猟や漁労でなく、何らかの生活手段の生産をはじめるのは牧畜であり、それが共同体の出発点である。その民族の定住が、散在農耕である。個人は民族や種族と分離しておらず、そのなかに溶け込んでおり、したがって、民族全体で、土地を含めた生産手段全体を所有している。ここに、部族という共同体の所有形態が発生する。
 牧畜は、牛や馬や羊など家畜を飼育しその乳製品や肉を手に入れることができる。そのために必要とされるのは、家畜の食料である牧草だけである。そこで、牧草地という広大な土地を必要とし、牧草地を求めて移動しなければならない。移動による共同団体にとっての外的環境の変化は、必然的に、内的な結びつきを生ぜしめ強化したであろう。
「移動する遊牧種族―・・・―の場合には、・・・大地は、その他の自然条件と同様に原始的な無制限状態で現われる。・・・牧畜民族はまたこの畜群によって生存する。彼らは自分の財産としての土地に関係するのであって、ただ彼らはこの財産をけっして固定化しないのである。」「移動する遊牧種族のあいだでは、その共同体は、事実上つねに結集しており、遍歴団体、隊商、群団をなし、また上位下位の等級区別の諸形態は、これら生活様式の諸条件から発展する。領有され、また再生産されるのは、事実上ここでは畜群だけであって、大地ではない。しかしこの大地は、その時々の滞留地では、暫時の間共同的に利用される。」
「種族共同社会、自然的共同団体は、土地の共同体的領有と利用との結果としてではなく、その前提として現われる。人間が結局定住するようになると、この本源的共同社会が・・・変形される・・・。」
「共同団体が自分のものとしての自然的生産諸条件―大地―(もしわれわれが定住民族のところに一足飛びをすれば)にたいするその関係行為で見出しうる唯一の制限は、自然的生産条件をすでに自分の無機的肉体として要求する他の共同体である。だから戦争とは、財産を固守するため、また財産の新規獲得のため、これらの自然的な共同団体のどれもが行うもっとも本源的な作業の一つである。」

ただ、奴隷については、状況が異なる。
「むしろ社会の一部分は、社会の他の部分自体から、他の部分に固有の再生産のたんに非有機的かつ自然的な諸条件として取り扱われる。奴隷は、自己の労働の客観的諸条件にたいしては、どのような関係ももっていない。むしろ労働自体は、奴隷の形態においても農奴の形態においても、家畜と並んで、または土地の付属物として、ひとしく生産の非有機的条件としてその他の自然物の列中におかれる。」
すなわち、奴隷は、奴隷所有者から、ちょうど生産手段のように、生産の本源的諸条件として扱われる。「それは生産者の生身が、たとえ彼自身によって再生産され、また発展させられるものであろうと、もともと彼自身によって生み出されたのではなく、彼自身の前提として現われるのとまったく同じである。彼自身の(肉体的)定在は、彼が生み出したのではないひとつの自然的前提である」からである。
もし人間自身が、土地の有機的付属物として、土地と一緒に征服されるとすれば、人間は生産条件の一つとして一括征服されることになり、こうして奴隷制や農奴制が発生するが、これらはあらゆる共同団体の本源的形態をやがてゆがめ、また変形させ、そしてそれ自体これら共同体の基礎となる。」 「種族団体・・・を基礎とする所有の基本条件・・・は、種族によって征服された他の種族、すなわち従属させられた種族をして財産を喪失させ、そしてこの種族自身を、共同団体が自分の物として関係を結ぶ、その再生産の非有機的条件の中に投げ入れる。だから奴隷制と農奴制とは、種族団体に基づく所有が一段と発展したものにすぎない。」

「この形態は同一の共同体的基本関係を基礎としているが、それ自体きわめてさまざまな形で実現されうる」。
 マルクスは、アジア的生産様式を、種族共同体所有ともいうべき本源的形態からの展開・変形として、把握している。
「大多数のアジア的基本形態の場合のように、総括的統一体は、これらすべての小さな共同体の上に立ち、上位の所有者、あるいは唯一の所有者として現われるが、そのために現実の共同体が世襲的な占有者としてのみ現われる・・・。この統一体が現実の所有者であり、・・・これら多くの現実的な特殊な共同体の上に立つ、一つの特殊な物として現われる・・・。そこでこの場合、個々の物は事実上無所有である、つまり、所有―・・・−は多くの共同体の父である専制君主に具現される総合統一体が、特殊な共同体を介して個人に委譲する結果、個人にとって間接的なものとして、現われる。剰余生産物・・・は、そのためにおのずからこの最高統一体に帰属するのである。東洋的専制主義とこの専制主義の場合に法制上存在するように見える無所有とのただなかでは、実際にはこの種族所有、または共同体所有が基礎として存在しているのであって、この所有は、多くの場合、小さな共同体内部の工業と農業との結合によって作り出され、こうしてこの小さな共同体はまったく自給自足的なものになり、また再生産と剰余生産の一切の諸条件をそれ自身の中に持っている。」
 ここに、この種族共同体の経済的基礎が、端的に述べられている。種族共同体が、自給自足的であり、種族共同体内部で、生活が完結しているのである。
「アジア的形態は、必然的にもっとも頑強に、またもっとも長く維持される。そうなるわけは、個々人が共同体にたいして自立していないこと、生産の自給自足的圏域、農業と手工業との一体性等というその前提にあるのだ。」
「生産様式自体が古来のものであるほど―そしてこれは農業で長く続き、農業と工業との東洋的補完関係にあってはさらに長く続く―すなわち領有の現実的過程が旧態のままであるほど、古い所有形態、それとともに共同団体一般は、いよいよ不変である。」「東洋的形態ではこのような喪失はまったくの外部的な影響による以外にはほとんど生じ得ない。共同体の個々の成員は、彼の結びつき(共同体に対する客観的な、経済的なそれ)がそのために失われることがあるかもしれぬような共同体との自由な関係には、けっしてはいりこむことがないからである。」
「このアジア的形態の基礎となっている工業と農業の自給自足的一体性のもとでは、征服と言うことは、・・・必須の条件とはならない。他方、この形態では個々人はけっして所有者とはならず、ただ占有者となるにすぎないから、結局彼自身が、共同体の統一を具現する者の財産、奴隷である。そして、奴隷制は、ここでは労働の諸条件を止揚することもなければ、また、その本質的な関係を変化させることもない。」

「こうした個人は、占有者であるにすぎない。存在するのはただ共同体所有と私的占有だけである。この占有様式は、共同体的所有に対する関係のいかんによって、労働自体を私的占有者が孤立して行うか、それともまた労働自体を共同体が指定するか、それとも個々の共同体の上に浮かぶ統一体が指定するかによって、歴史的に、地方的に、等の点でまったくさまざまな変形をうけることになる。」
 第一の変形体は、「小さな共同体は相互に独立並存して生き、そしてその共同体自身のなかでは、個人は、彼に割り当てられた分有地で家族とともに独立してはたらく」。スラブ人ルーマニア人の共同体がそれである。
 第二の変形は、「統一体は労働自体の共同化にまでひろがり、これがメキシコ、とくにペルーにおいて、古代ケルト人や若干のインド種族のばあいのように、正式の一制度となることもある。」
 第三の変形体は、「種属団体内部の共同性はむしろ、統一体が種族的家族の一人の首長に代表されるか、または家父長たち相互の関係として代表されるというように現れることもある。・・・アジアの諸民族の場合にきわめて重要であった用水路、交通手段等は、この場合には上位の統一体、すなわち小さな諸共同体の上に浮かぶ専制政府の事業として現われる。」

(以上、「資本主義的生産に先行する諸形態」より)


G 古代的共同体所有および都市国家とはなにか

「第2の形態は古代的共同体所有および国家所有であって、このような所有は主として契約とか征服とかによっていくつかの部族が一つの都市を形成するように統合されるところから生じ、そしてその場合には、奴隷制はあいかわらず存続する。共同体所有とならんではやくも動産的所有そしてのちにはまた不動産的私的所有が展開するが、しかしそれは変則的な、共同体的所有にたいしては従属的な形態としてである。国家公民はただ一致共同してのみ彼らの働く奴隷達に対して力を持つのであって、すでにその理由からしても共同体所有の形態に頼らざるをえなくされている。それは、奴隷を向こうにまわしてのこの自然発生的な連合形式をもつつづけることを余儀なくされている能動的国家公民達の共同の私的所有である。」「古代が都市とその小さな領域から出発した」。
 ここで実際に典型例「最も開花した古代」(「序説」)として挙げられているのは、ギリシャとローマである。
 この文章だけを切り離して読むと、あたかも奴隷制が古代社会の必須条件であるかのように捉えられるが、むしろ、「能動的国家公民達の共同の私的所有」という表現を重視すべきである。
注目すべきは、私的所有が、この段階で正式に登場することである。しかし、それはあくまで共同体を前提とし、共同体所有から媒介された物として、現われている。だが、私的所有がここではじめて出現したことの意義は大きい。これによって、私的所有の発展が始まるからである。そして国家は、共同体である都市と一致している。
「所有の最初の形態は古代世界においても中世においても部族所有であって、この形態をとらせた条件はローマ人の場合には主として戦争であり、ゲルマン人の場合には牧畜である。古代諸民族の場合には、一つの都市の中に幾部族かがいっしょに住んでいるので、部族所有は国家所有として現われ、そしてそれに対する個人の権利は単なるポセッシオ(占有)という形を取る。しかしこのポセッシオは部族所有が一般にそうであるようにただ土地所有にのみ限られる。」
つまり、所有とは、この段階では、土地所有の形態を取っているのである。それは、農耕を基礎としているからである。
この古代社会の主人公である構成員は、農耕者である。かれらは、定住しており、その土地を私有している。このことは、各人が固定した労働を持っており、その労働の対象化が進行して、私的所有が成立していること、つまりは、そのような生産力を保持していることを示している。彼らは一つの地域に一緒に住んで居り、その土地所有者の定住地が、都市というわけである。
この都市共同体は、彼らには必須である。なぜなら、他の共同体が戦争を仕掛けるからである。農耕者の私的所有は、それが、共同体から媒介されている。部族所有が、戦争という対外的な交通形態から要請され、それがいくつかの部族がいっしょに定住する都市において、国家所有という形態になったのである。
個々の農耕者は、労働手段、鋤や鍬を自分で作るか都市共同体の中で作り、衣類を家族の中で作る。その土地は、都市国家から与えられたものであり、その限りで私的所有である。戦争の時には、直ちに農具を剣に持ち替えて、共同で外敵と戦う。個々の農耕者は、お互いに平等の政治的権利を持っている。
 しかし、私的所有は、その中で自己を拡大し、それに伴って、共同体所有を破壊していく。古代的所有は、「不動産的私的所有が発展する度合いに応じて崩れていく。」「市民と奴隷と間の階級関係はすっかり出来上がっている。」「一方においては、私的所有の集中。これはローマにおいては非常に早く始まり・・・内乱以来、そしてことに帝政下に急速に進行した。他方、これと連関して平民的小農民のプロレタリアート化。しかし、このプロレタリアートは有産市民と奴隷とのあいだの半端な地位ゆえに、独立的な発展をするにはいたらなかった。」


(以下、「資本主義的生産に先行する諸形態」より)

「第2の所有形態・・・もまた、最初の前提として共同団体を想定しているが、・・・土地をその基礎とするのではなくて、農耕者(土地所有者)の既成の定住地(中心地)としての都市を想定している。農耕地は都市の領域として現われる」。
「共同団体が出会う困難は、他の共同団体からのみ起こりうる。すなわち、他の共同団体が土地をすでに占拠しているか、でなければ占拠している共同体を脅かすかするのである。だから戦争は、それが生存の客観的諸条件を占取するためであろうと、その占守を維持し、永久化するためであろうと、必要にして重大な全体的任務であり、重大な共同的作業である。だから家族からなっている共同体は、さしあたり軍事的に編成されている―軍制および兵制として。そしてこれが共同体が所有者として生存する条件の一つなのである。住居が都市に集合するのが、この軍事組織の基礎である。」
 この段階の共同体は、第一の種族共同体とは、明らかに異なっている。第一の共同体では、労働の対象化によって自然的に形成された血縁関係が、各人のつながりであった。ここでは、他の共同体からの脅威という外部因が、各人のつながりの主要な形成因となっている。これは、共同体の性格が、種族的なものから、いわば人為的なものに変化したことを示している。都市国家同士が相争っているギリシャ時代を、思い浮かべればいいだろう。この生産段階で、はじめて国家が生み出され、論理的にはじめて近代国家への第一段階が設定されたことの意義は大きい。それが、直接的には、戦争と言う外部的要因によって、形成されるということである。
 「種族団体自身は、上級氏族と下級氏族とになっていくが、この差別は、征服された種族との混淆によっていっそう発展する。」この征服された種族が、奴隷の起源であろう。「共同体所有は、国有財産、公有地として、ここでは私的所有から分離されている。」

マルクスは、この後に、第一の共同体所有と第二の所有形態の違いを述べているが、これが、第一の形態から第二の形態への変形の説明となっている。
 「個々人の財産が事実上共同労働―たとえば東洋における用水路のように―によってのみ利用されることがすくないほど、また歴史的な運動や移動が種属の純粋に自然生的な性格を破壊することが多いほど、またさらに、種族がその最初の居住地から遠くはなれてよその土地を占領し、従って本質的に新しい労働条件のなかに踏み込み、個人への精力がますます発展するほど―種族の共同的性格が、外部に向かってはますます消極的な統一体として現われ、またそのように現われざるを得なくなるほど―いよいよ個々人が土地―個別の分割地―の私的所有者となり、その土地の個別的耕作が彼とその家族の手に帰する条件を与えられることが多くなるのである。」
 この記述から、例えば、種族のなかの一部が、新たな耕作地を求めて、又は他の種属から追い払われて、本来の種族の住む土地から離れて遠くの土地に移り住み、しだいに本来の種族共同体から性格においても離脱していく状況を、想像できる。そういう家族集団は、従来と異なった新しい耕作条件の下で労働をせねばならず、共同労働に依存できず、従って、個々人の個別的耕作に多くを依存するようになるであろうし、個々人のエネルギーを強化させるであろう。だから、従来の種族共同体の影響が及ばなくなり、その家族が耕作する土地は、必然的に、種族から彼とその家族の手に帰するようになろう。これが私的所有の始まりであり、家族の、種族からの個別化ということになろうか。こうして形成された私的所有者またはそれらの家族から新たに形成される共同体が、第二の共同体、都市国家である。
「古代諸国家の種族は、二様の仕方で、つまり、氏族または地域を基礎としていた。氏族的種族は年代的には地域的種族に先行するけれども、ほとんどいたるところで後者から駆逐される。氏族的種族のもっとも極端でもっとも厳格な形態は、カスト制度であるが、この制度では、一つのカストは他のカストから分離され、カスト相互に婚姻する権利がなく、カストの格式からしてまったくちがっており、カストはそれぞれ排他的な、不変の職業をもっている。地域種族は、もともと地方を郡や村に区分するのに対応していた。」
 「共同体は、国家として、一方ではこの自由平等な私的所有者相互の関係、外部に対する彼らの結合であり、また同時に彼らの保障でもある。その限りで共同体制度は、この場合次のことに立脚している。すなわち、その構成員が労働する土地所有者、分割地農民からなると同時に、またその分割地農民の自立性が共同体成員相互の交渉によって、共同社会の必要と共同社会の名誉等のために公有地を確保することによって、なりたっているということである。この場合、土地領有のための前提はやはり共同体の成員であることだが、しかも個々人は共同体成員として、私的所有者なのである。」

共同体、すなわち、国家は「ここでは、土地に対する所有の前提となる―・・・―。しかし、この帰属関係は、彼が国家の一員であることによって媒介されており、すなわち国家の存在によって―だから神授的等々であると考えられる前提によって―媒介されている。」
 個々の農民は、分割地を私的所有しているが、あくまで国家の一員として、所有が保証されているということである。それとは別に、国家は、公有地を所有している。個々の家族は、第一の形態と異なって、家族だけで自立している。第一の形態では、個々の家族の自立はなく、種族共同体としてしか、自立していないのである。つまり、自立した分割地農民家族が、古典古代のモデルであろう。 「農村を領域としてもつ都市における集合、直接的消費のために働く小規模農業、婦女子の家内副業(紡糸と機織)としての工業、ないしは、個々の部門(手工業者等)に自立しているだけの工業。共同団体を存続させる前提は、その自給自足的な農民のあいだの平等の維持と、彼らの所有を存続させる条件である自家労働とである。」工業は、農業と未だ明確に分化しておらず、農業に依存している。これが、この段階の土台である。
「本来の土地所有は、都市の城壁周辺の地方を除けば、最初は平民の掌中にだけあった。」「ローマの平民階級の本質。農業を、古代人は一致して自由人の本来の生業、兵士の学校だと考えていた。」

「他方では、この小さな軍事的共同団体の指向は、この柵をのりこえてすすむ等(ローマ、ギリシャ、ユダヤ人等)。」
 実際のローマやギリシャの軍事的都市国家は、このような共同体の発展形態として把握されている。
「共同体の存続は、自給自足的農民としてのその全成員を再生産することであるが、彼らの剰余時間は戦争等々の労働として、まさに共同体に帰属する。自己の労働に対する所有は労働の条件―1フーフェの土地―に対する所有によって媒介されており、この土地は、共同体の存在によって保証されており、そして共同体はまた共同体成員の軍務等々のかたちの剰余労働によって保証されている。それは、富を生産する労働―これによって共同体成員は自分を再生産する―における協業ではなくて、内外に対して団結を維持するという(仮想的な、また、現実的な)共通の利益のための労働における協業である。」
「古典的な古代の歴史は都市の歴史であり、しかも土地所有と農業とのうえにうちたてられた都市の歴史である。」
次のゲルマン的共同体との違いからいえば「ローマの共同体は、これら(自由な土地所有者の)集会のほかに、都市自体という定在と、その都市におかれている官吏等という定在のうちに存在している。」

(以上、「資本主義的生産に先行する諸形態」より)


H 封建的身分的所有と封建的位階制(封建国家)とはなにか

「第三の形態は、封建的または身分的所有である。」この形態ではじめて、「農耕労働からの商工労働の分離」が可能となり、この形態の崩壊によって、更に完全な私的所有が可能となり、資本主義的形態へと繋がっていく。生産様式は生産力と相対的に独立しているので、この段階の生産力が、直接この生産関係を生み出したのではない。しかし、この形態は、古代的所有形態が崩壊したところで一旦採用されるや、引きつがれた生産力に発展の基礎を与える。
 「中世は地方から出発した。既存の、希薄な、広い地域にちりぢりに散らばった人口は、征服者達が加わってきても大して増えはしなかった。」「それはローマの征服と、初めはそれに結びついていた農業の伝播によってお膳立てされた地域である。衰亡していくローマ帝国の最後の数世紀と蛮族そのものによる征服は大量に生産力を破壊した。農耕は衰え、工業は販路の欠如のためにすたれ、交易はとだえるか、または無理やりに断たれるかし、都鄙の人口は減っていた。当時存在していたこの状態とこれによって条件付けられた征服組織のあり方がゲルマン的兵制の影響下に封建的所有を展開させることになった。このものもまた、・・・一つの共同体に基づくものではあるが、しかし、この共同体に対して生産に直接携わる階級として対峙するのは、・・・隷属的な小農民である。・・・土地所有の位階性的編成とこれにつながる武装した家臣団は貴族に、農奴を支配する力を与えた。この封建的編成は、・・・生産者である被支配階級を向こうにまわしての一つの連合であった。」
 整理すると、まず、ローマの征服によって広大な地域に農業が伝播し、散らばった農業が営まれていた。そこでは征服民族が「旧来の生産様式をそのまま存続させて貢納で満足」(「序説」)していた。そこへ新たな征服民族がやってくる。「農奴を使う農耕が伝来の生産であり、田園の孤立した生活が伝来の生活であったゲルマンの野蛮人は、ローマ諸州でみられた土地所有の集積が古い農業関係をすでにまったくくつがえしていたために、それだけたやすくこれらの諸州をそういう条件にしたがわせることができたのである。」(「序説」)
 ゲルマン征服民族の伝来の農耕のあり方とそれに対応していたローマの征服地における土地所有のあり方に対して、ゲルマン的兵制が浸透して、封建的な位階性的編成を生じた。
「封建制は、・・・征服そのものが行われていた間の軍隊の戦時編成に征服者の側からの起源を持っていたのであって、征服後この編成が、征服された諸地域にすでに存在していた生産力の影響を受けてはじめて本来の封建制へ発展したのである。」
 このゲルマン的土地所有に基づく農耕は、古代より、より生産力が上がっており、各農耕者はより自立した自給自足的な単位となっていた。従って、共同体は、個々の私的所有から媒介されて成立していた。それが、封建制に基礎を提供したのである。

中世の都市は、古代の都市と異なって、手工業者の都市であった。そこでは、手工業者は、労働手段と固く結びついた職人であった。
「物質的労働と精神的労働という最大の対立は都市と地方の分離である。」「都市はすでに人口、生産用具、資本、享楽、必要物の集中の事実を示しているのに対して、地方はその正反対の事実、離隔と孤立をまざまざと表している。」つまり、都市は、生産用具や消費の集中、精神労働の集中を表している。「都市と地方の分離はまた資本と土地所有の分離としてもとらえることができるのであって、資本−すなわち単に労働と交換のうちにのみ土台を持つような所有−が土地所有とは独立に存在し展開していく発端とも解しうる。」
 「土地所有のこの封建的編成に都市においては組合的所有が対応した。これは手工業の封建的組織なのである。所有はここでは各個人の労働に存した。・・・全国土の封建的編成は同職組合を生じさせた。個々の手工業者達が徐々にささやかな資本をためこんで行ったことと、人口の増加にかかわらず彼らの数が固定していたこととが職人徒弟関係を繰り広げさせることとなった。そしてこの関係は都市においても地方におけるのと似たような位階制を生じさせた。」
「中世において、往古から既成の形で伝わった都市ではなく、自由になった農奴達で新しく出来たような都市においては、各人独自の労働が彼の唯一の財産だったのであって、それ以外にはわずかに彼が携えてきたささやかな資本−必要不可欠な手道具類がそのおもなもの−があるのみであった。どんどんと都市へはいりこんでくる逃亡した農奴たちの競争、・・・手工業者が同時に商人というような時代では・・・・これらのものが、それぞれの手工業の労働者達が同職組合に結束した原因であった。」
「これらの都市は、財産保護の手を講じるという直接の必要から、そして個々の成員達の生産手段と防衛手段を増強するために生まれた本当の「結社」であった。」「職人と徒弟は、それぞれの手工業の中で親方の利益にもっともかなうように組織されていた。彼らと彼らの親方との間の家父長的な間柄は親方に二重の力を与えた。すなわち、一方では職人達の全生活をじかに左右するという点でそうだし、次にはまたそのような家父長的な間柄は、同じ親方のもとで働く職人達にとって、彼らを爾余の親方達の職人に対して結束させ、彼らをこれらの職人から分け隔てる一本の現実的なきずなであったからである。そして最後に、職人達は自身が親方になるという彼らのもっていた利益からしても現在の秩序に結びつけられていた。」
「労働の分割は諸都市にあっては個々の同職組合の間でまだまったく自然発生的であったし、そして同職組合そのものの中では個々の労働者達の間で全然行われていなかった。一人びとりの労働者は一定範囲の諸労働の全般に通じていなければならず、彼の諸道具でもって作りうるはずのものならどんなものをでも作りえなければならなかった。限られた交通、個々の都市相互間のわずかな結びつき、人口の不足と需要の乏しさのために労働の分割はそれ以上には進みえず、そのため親方になろうとする者はだれでも彼の仕事をすみずみまでこなせるのでなければならなかった。」「これらの都市における資本は、住居、手道具、および自然発生的な代々受け継がれうる得意先からなるような自然発生的な資本だったのであって・・・所有者の特定の労働とじかにつながった、それとはまったく切っても切れぬ、そしてその限りで身分的な、資本であった。」
 土地所有の封建的編成は、手工業にも浸透する。「・・・中世にみられるように都市とその諸関係においても農村の組織を真似ている。中世においては、資本そのものが、・・・伝統的な手工業用具等々としてこうした土地所有的性格を帯びていた。」(「序説」)
 「封建時代の間、主要な所有は一方においては土地所有プラスそれにつなぎとめられた農奴労働、他方においては自身の労働に職人達の労働を牛耳るささやかな資本をプラスしたものに存した。両者の編成は限られた生産関係―僅少で粗野な耕作と手工業的工業―によって条件付けられていた。」
封建社会での私的所有は、古代のように、共同所有に媒介された私的所有とは、異なっている。制限され固定的とはいえ、農耕労働と商工労働は分離しており、ただそれ以上の内部的分離はなされていない。手工業は、労働手段と密接に結びついている。この労働の分割の状態が、それぞれの共同体所有を媒介しているのである。
「農耕においては労働の分割は細分された耕作のために難しくされ、そしてそのような耕作と並んで農民達自身の家内工業が台頭したし、工業においては労働は個々の手工業そのものの内にあっては全然分割されておらず、諸々の手工業同士の間にごくわずかに分割が見られた程度である。」
「比較的大きな諸地域の封建的王国への統合は、土地貴族にとっても都市にとっても一つの必要事であった。それゆえ支配階級である貴族の組織はどこでも一人の君主を頭にいただいた。」つまり、土地貴族の支配する農村と、同職組合の支配する都市とのを併せ持つ封建王国が、国家として現われているわけである。
 以上が、ブルジョア的生産様式を除く生産様式の、唯物史観的な把握である。


(以下、「資本主義的生産に先行する諸形態」より)

「中世(ゲルマン時代)は、歴史の場面としての農村から出発し、この歴史のその後の発展は、やがて都市と農村との対立という、かたちで進行する。近代の歴史は、古代人のばあいのような都市の農村化ではなく、農村の都市化である。」
「個々の家族長が遠い道のりでへだてられた森林のなかに定着していたゲルマン人の場合には、共同体は、よしんばその即時的に存在する統一が血統、言語、共通の過去と歴史、等のなかにあるとしても、外見しただけでわかるように、共同体成員のその時々の連合によってのみ存在するにすぎない。したがって共同体は、連合体としてではなく連合として現われ、統一体としてではなく、土地所有からなる自立的主体の統一として現われる。だから共同体は、古代人の場合のように、国家、国家組織としては事実上存在しない。なぜなら、共同体が都市として存在しないからである。」
「ゲルマン人にあっても、個人の財産とは別に、公有地、共同体用地、すなわち人民の共有地がある。それは、狩猟地、牧草地、伐採地等であって、もしこうした一定の形態でその共有地を生産手段として役立てねばならないとすれば、分割することのできない土地部分である。」「公有地は、ゲルマン人の場合には、むしろ個人的所有の補充としてのみ現われ、そしてその公有地は一種族の共同的占有物として、敵対種族に対して守られねばならぬかぎりで、所有の形をとるにすぎない。」「むしろ共同体と共同体所有と言う定在こそ媒介されたものとして、すなわち自立の諸主体相互の関係として現われる。経済整体は、基本的に各個人の家の中にあり、この家が対自的に一個の自立的な生産の中心をなしている。(工業はまったく婦人の家内副業としてある、等)。」

「古代的世界にあっては、農村共有地をもつ都市が経済整体となっているが、ゲルマン的世界にあっては、個々の住居こそ、この経済整体である。この住居自体は、付属する土地の中の点として現われるにすぎないが、多数の所有者の集合体ではなく、自立的単位としての家族である。」「ゲルマン的形態では、農民は・・・その基礎は、孤立した、自立的な家族の住居であり、それは同じ種族のほかのこの様な家族住居との同盟と、このような相互保証のための随時にひらかれる、戦争、宗教、法律的調停等に関する集会とによって保証されている。」「共同体は、これらの個人的土地所有者そのものの相互の交渉のうえにだけ存在する。そのものとしての共同体所有は、個人の世襲住居と個人の土地領有に対する共通の付属物としてのみ現われる。」「むしろ一面では、共同体が即時的に言語や血統等の共通性として、個人的所有者の前提をなしている。しかしその共同体は、他面では、ただ共通の目的のためにするその現実の集会のかたちでだけ存在しており、共同体が共同的に利用される狩猟地、牧草地等のかたちの特殊な経済的存在をもつかぎり、その共同体は、・・・各個人的所有者そのものによって、そのように利用されるのである。」
この段階の単位としての家族は、第二の形態より、より一層自立している。共同体は、この家族の内部的な関係、すなわち各個人の生産に対する共同の土地使用という関係から、媒介されている。

これまで論じたのは、「土地所有と農業とが経済制度の基礎」である場合であった。これに対し、封建時代には、同職組合制度が都市に成立する。
「労働者のこの用具所有は、手仕事としての工業労働の特殊の一発展形態を想定する。これと結びついているのはツンフト=同職組合制度等である。・・・この場合労働自体は、まだなかば技芸的であり、なかば自己目的である、等。親方制。資本家自身はまだ親方である。労働の特殊な熟練とともに用具の占有もまた保証されている、等々。それから、いわば労働様式なるものの世襲制が、労働組織と労働用具とともに保証されている。中世の都市制度、労働はなお彼自身の労働である。一面的能力の一定の自足的発展、等。」
「第二に、用具に対する所有、すなわち労働者が自分のものとして用具に関係する場合・・・(・・・)、所有者としての労働者ないしは労働する所有者というこの形態が、土地所有と並んで、また、土地所有の外部に、すでに自立的形態として措定されている場合−労働の手工業的また都市的発展−・・・−したがって原材料や生活資料もまた手工業者の所有としてはじめて媒介され、彼の手工によって媒介され、用具に対する彼の所有によって媒介されている−こうした場合については、第二の歴史的段階が第一の歴史的段階と並んで、また、その外部に、すでに前提となっているのである。すでにこの第一段階自体、この第二種の所有すなわち労働する所有者の自立化によって、いちじるしく変形されて現れざるをえない。用具自体がすでに労働の生産物であり、したがって所有を構成する要素はすでに労働を通じて措定されたものとしてあるから、共同団体はここでは、もはや第一の場合・・・のように、自然的な形態をとって現れることはできず、むしろそれ自身すでに生産された、できあがってきた、二次的な、労働者自身によってすでに生産された共同団体として現れる。」「ツンフト=同職組合制度の本質的性格、技能の主体としての、所有者を構成するものとしての手工業的労働の本質的性格は・・・生産用具−所有としての労働用具−にたいする関係行為にきせられるべきものである。生産諸条件の中のこの一契機にたいする関係行為が、労働する主体を所有者として構成し、所有者を労働する所有者とすること、この歴史的状態第二号、この状態はその本性上第一号の歴史的状態の対立物としてだけ、あるいは同時に、変形された第一の状態の補完としてだけ存在しうるのであるが・・・。」
ここで「歴史的状態第一号」とは、「労働する個人は、最善の場合には、労働者として土地に関係するだけでなく、土地の所有者として、労働する主体である自分自身に関係する。土地所有は、潜在的には原材料の所有も、原初用具たる大地自体の所有も、またその土地に自生する果実の所有も含んでいる。もっとも本源的な形態での措定では、土地所有とは、持ち主として大地に関係すること、大地のなかに原材料、用具、および労働によらずして大地そのものによってつくられた生活資料をみいだすということである。」
自然と人間の対立という構図で見れば、歴史的状態第一号というのは、改変されていない自然と素朴な人間との対立である。歴史的状態第二号とは、改変され人間化された労働手段と、それと密接に結びついた特殊化された人間との対立である。労働手段の生産もその中に含んだ農業労働から、農具を生産する労働が分離し自立化している過程ともいえるだろう。当然、本来の農業と手工業との相互関係が、新たにつくりだされているわけである。
その違いが、その労働を保証する共同体の違いに反映している。この後者の労働が、前者の労働と共存する社会が、ゲルマン的な封建的な制度に対応しているのである。
 共通するのは、「彼が生産者として・・・生活するのに必要な消費手段を、生産のまえに占有しているということである。」

(以上、「資本主義的生産に先行する諸形態」より)

I 意識の生産とはなにか

唯物論では、人間の認識は外部の世界の反映であり、像であると考える。人間のは、この像を担っている特殊な物質(実体)であり、外部の世界は、反映像の内容を形成する実体である。しっかりと押さえておかねばならないのは、像の内容は、外部の世界から媒介されて成立するものであるから、実体概念ではなく、関係概念で把握すべきことである。(ヘーゲルの観念論では、認識を、関係概念としてでなく、実体概念として把握する。)
この原則は、個々の人間の認識においてだけでなく、社会的な認識においても貫かれる。
諸観念、諸表象の生産、意識の生産はさしあたりはじかに人間達の物質的活動と物質的交通−現実的生活の言葉―のうちへ編みこまれている。人間達の表象作用や思惟作用、彼らの精神的交通はここではまだ彼らの物質的振る舞いの直接的流出として現われる。一民族の政治、法、道徳、宗教、形而上学等々の言葉のうちに現われるような精神的生産についても同じことが言える。人間たちが彼らの諸表象、諸観念等々の生産者であるが、しかしこの場合、人間たちというのは彼らの生産力とこれに照応する交通とのある特定の発展によって、交通のいちばん果ての諸形態にいたるまで条件づけられているような、現実的な、はたらく人間たちのことである。」
 「現実に活動している人間達から出発して彼らの現実的な生活過程からこの生活過程のイデオロギー的反映と反響の展開をも明らかにするということである。人間達の模糊たる諸観念といえども、彼らの物質的な、経験的に確かめうる、そして物質的諸前提に結びついた生活過程の必然的昇華物である。」
 「この生産諸関係の総体は社会の経済的機構を形作っており、これが現実の土台となって、そのうえに、法律的、政治的上部構造がそびえたち、また、一定の社会的意識諸形態は、この現実の土台に対応している。」(「序言」)
「物質的生活の生産様式は、社会的、政治的、精神的生活諸過程一般を制約する。」(「序言」)
 人間は物質的な生活と同時に、精神的な生活も行っている。唯物史観では、物質的生活過程の方を根本的なものと考え、精神的生活過程は、それを反映している(媒介されて成立する)と考える。
しかし、人間の精神は、単に、受動的な性格を持つだけではなく、能動的な性格も併せ持つ。物質的生活の生産において、人間を対象的活動を行う存在として把握したが、これは精神の側面においても言えることである。人間は精神のレベルでも、対象的活動を行う。つまり、精神を対象化し、精神的領域において、あたかも外部に存在するかのように、固定化する。このことはすべて、個人的精神だけでなく、社会的精神についても妥当する。すでに、この例を、他の箇所で示しておいた。
「D 国家とは、階級とは何か」の中の国家の例、「経済学批判ノート(2)」「3.現実的な交流作用である交換過程」の中の商品交換契約の例、「資本論ノート(1)」「第4節 商品の呪物的性格とその秘密」の宗教の例を参照。

人間の精神のレベルの対象的活動には、もう一つの側面がある。それは、言語表現である。
人は宇宙人のようにテレパシー能力を持っていないので、他人とコミュニケーションをとろうとする場合、直接、意識や思考を交換することができない。そこで、まず、精神を対象化し、物質化する。精神の像を作り出し、物質(実体)に像を担わせ、その物質を交換することによって、コミュニケーションを取る。
「精神」には物質が「憑き物」だという呪いがそもそもの初めから負わされている。そして、物質はここでは動く空気層、音、約言すれば言語の形式において現われる。言語は意識と同じほど古い。言語は実践的な意識であり、他の人間達に対しても現存するところの、従って私自身にとってもそれでこそはじめて現存するところの、現実的な意識であり、そして言語は意識と同じく他の人間達との交通の必要、必須ということから成立する。」
意識や認識を表現するためには、物質に対象化し、物質の形式を変化させて、物質に精神を担わせる形式を創造しなければならない。空気の振動を利用する音声として、羊皮紙やパピルスや石版や粘土板の表面を利用する文字として、物質化したものが、言語表現である。
言葉は、人間同士の精神的交通の必要性から生ずる。人間同士の精神的交通の必要性は、物質的生活の交通の必要性に対応している。共同体に同じ言語が使われることによって、猟師は自分の獲物を漁師の獲物である魚と交換したいという自分の意志を表現でき、漁師はその言語によって表現された意志を受け取って自分の認識の中で理解し、魚を提供することができる。このように、精神的な交通の必要性は、物質的な生活の生産に基礎付けられていると考えるのである。
「人間は、鏡を持ってこの世にうまれてくるのでもなければ、私は私であるという、フィヒテ流の哲学者としてうまれてくるのでもないから、人間は最初はまず他の人間のなかに自分を映してみるのである。」(「資本論」)人間の精神は、対象的に表現されてはじめて、自分にとっての本当の理解が可能になる。

人間は物質的な生活の中で、生産物を交換することによって、活動を交換することによって、お互い同士の生活を生産する。こうした人間同士の相互浸透の構造の存在が、社会的という意味である。このことは、精神的生活についても妥当する。人は、人と直接話し合い、また、他人の手紙やメイルや他人の書いた本を読むことによって、間接的にも精神的な交わりを結び、こうしてはじめて社会的な精神が育てられる。「諸個人はたしかに身体的にも精神的にも相互に作りあう」。
人間同士が、物質的にも精神的にも、媒介関係に置かれるということは、人間が動物と異なって、一般性を獲得するように進化したということの証明である。
「なんらかの間柄が現存する場合、それは私にとって現存するのであり、動物はなにものにたいしてもなんらかの「間柄を持つ」ということがないし、そもそも「間柄というものをもつ」ような主体では全然ない。動物にとっては他のものに対する間柄は間柄としては現存しない。従って意識はそもそものはじめからすでに一つの社会的産物なのであり、およそ人間たちが存在する限り、社会的産物であることをやめない。」

「意識は当然まずはじめは、最も身近な感性的環境に関する意識、および意識的になりつつある個人の外に在るところの他の人間や事物との限られたつながりの意識であるにすぎない。同時にそれは、人間達にはじめは一つのとことんまで疎遠で全能で不可侵な力―・・・−そういう力として立ち向かってくるところの自然についての意識であり、したがって自然に対する一つの純粋に動物的な意識である。(自然宗教)」
 宗教については、エンゲルスが「フォイエルバッハ論」「4弁証法的唯物論と史的唯物論」の中で論じているので、それを参照してほしい。

「労働の分割は、物質的労働と精神的労働の分割が現われて来る瞬間からはじめて現実的に分割となる。」「この瞬間から意識は世界から脱して「純粋な」観想、神学、哲学、道徳等々の形成へ移っていくことができる。」
「これら三つの契機、すなわち生産力、社会的状態および意識は、相互の間で矛盾におちいりうるし、また陥らざるを得ないということである。なぜなら、精神的活動と物質的活動、もっというならば、享受と労働、生産と消費が別々の諸個人となる可能性、いや現実性が労働の分割とともに存在するからであり・・・。「お化け」「きずな」「より高次の存在者」「概念」「疑倶」が、外見上孤立しているかにみえるところの個人の観念論的僧侶的表現、そのような個人の表象にすぎないこと、生の生産様式とそれにつながる交通形態との動きを枠付けているはなはだ経験的な桎梏と制限についての表象にすぎない・・・」。
僧侶などのように、自分自身は物質的生産を行わず消費だけを行い、専ら精神的活動のみを専門とする人間、イデオローグの出現は、労働の分割、すなわち、社会的分業の一つのあり方である。その結果、神学等々が、成立する。労働の分割によって彼らの存在基盤ができるということは、その社会が、彼らを生かしておくための剰余生産物が生み出されるような生産段階に至ったことを意味している。

J 支配階級と支配的思想

支配的階級の思想はいずれの時代においても支配的思想である。ということは、社会の支配的物質的力であるところの階級は同時に社会の支配的精神的力であるということである。物質的生産のための手段を意のままにしうる階級はそれと同時に精神的生産のための手段を自由に操ることができるのであるから、そのためにまた概していえば、精神的生産のための手段を欠く人々の思想は支配階級の思い通りにされる状態におかれている。支配的思想は支配的な物質的諸関係の観念的表現、思想の形を取った支配的な物質的諸関係以上のなにものでもない。」
「労働の分割は、この場合、支配階級の中にあっても精神的労働と物質的労働の分割として現われ、したがってこの階級の内部で一方の部分はこの階級の思想家(この階級のそれ自身に関する幻想の形式を主な口過ぎ仕事とするこの階級の積極的、構想的イデオローグ達)として登場するのに対し、爾余の人々はこれらの思想と幻想に比較的受身で受容的な態度を取る。というのは、この人々は現実においてこの階級の活動的な成員達であって、自分たち自身に関する幻想と思想を自分達につくるための暇がほとんどないからである。」
 この説明は、補足的な解説がいらないほど、明確で論理的である。支配的階級は、物質的生産において支配的な経済的権力であり、同時に、支配的階級の中に、精神的生活に従事する成員を生じ、彼らを通じ政治的権力としても自らを組織すると共に、自らの支配階級の思想をも生産し、それを支配的思想としてその時代に流布する。その思想内容は、支配的な物質的諸関係の表現である。
「ところで、歴史的経過の理解にさいして支配階級の思想を支配階級から切り離し、それを独立化し、ある時代にはしかじかの思想が支配したというところにとどまるだけで、これらの思想の生産の諸条件とこれらの思想の生産者たちのことは気にも留めず、そのようにして思想の根底にある諸個人と世の中の状態を度外視するならば、たとえば貴族制の支配した時代のあいだには、名誉、忠誠等々の観念が支配したのに対し、ブルジョアジーの支配のあいだは、自由、平等等等の観念が支配したなどと言えることになる。支配階級自身が概してそう思い込む。・・・18世紀以来、共通なこの歴史観は、ますます抽象的な思想、すなわちますます普遍性の形式をとる思想が支配するという現象にいやおうなしにぶつからざるをえないだろう。なぜなら、従前の支配階級にとってかわるそれぞれの新しい階級はその目的を遂行するためだけにでも、その利益を社会の全成員の共通の利益としてあらわしてみせること、つまり観念的に言うなら、その思想に普遍性の形式を与え、それを唯一の合理的な、普遍妥当的な指導としてあらわしてみせることを余儀なくされているからである」。
 マルクスらは、ここに、最終的にヘーゲルによって表現された「歴史哲学」、壮大な歴史観が生まれる根拠を見出している。
「支配的な諸思想が支配的な諸個人から、そしてことに、生産様式のある特定の段階より生じる諸関係から、切り離され、そうしてその結果、歴史の中ではつねに思想が支配するという結論がいったん成立したとなると、あとはきわめてやすやすとこれらのさまざまな思想から「思想そのもの」、理念そのもの等々が歴史のなかの支配的なものとして引き出され、こうしてあらゆるこれらの思想と概念が、歴史の中でそれ自身を展開する概念そのもののもろもろの「自己規定」としてとらえられることになる。・・・思弁哲学がやったのはこのことである。ヘーゲルは自身、「歴史哲学」の終わりのところで、自分は「概念の進行だけを考察し」歴史の中で「ほんとうの神義論」を叙述したと述べている」。

K 中世から近代へ、商業とマニュファクチュアの発展

近代にはいると、「工業労働からの商業労働の分離」が始まり、商業が工業に浸透し、工業を商業的に包み込む(商業と工業の相互浸透)。また、労働は、労働手段からも分離されて、自由な労働となり、賃労働として、出現する。私的所有からいえば、最後の段階であり、完成形態である。また、ここでは、見かけの上では共同体は消滅しているが、共同体は、労働手段の共同として現われ、工場などとしてその姿を変えている。一方、国家は、階級を含む国家として、現れている。

商業が分離(分割)し、それによって、諸都市が相互に浸透を始める。ここに市民階級、すなわちブルジョアジーが形成される。
「労働の分割が広がっていった次の段階は生産と交易の分離、商人という特別な階級の形成だったのであって、・・・。
一つの特別な階級の仕事として交易が行われるようになり、商業が商人によって都市周辺の近接地域以上に広がるようになると、またたくまに生産と交易の相互作用が始まる。諸都市はお互いに結ばれあうようになり、新しい道具が一方の都市から他方の都市へ持ち込まれ、そして生産と交易の分割は個々の諸都市の間にたちまち生産の新しい分割を生み出し、それぞれの都市はまもなくなんらかの有力な工業部門を開発していく。地域地域に限られていた初めの状態はしだいに溶け始める。
各都市の市民は、中世においてはわが身を守るために地方貴族を向こうにまわして団結せざるを得なかった。商業の拡大、通信の整備は、個々の都市をして同じ要求を同じ相手と戦って貫徹していた他の諸都市を知るに至らしめた。個々の諸都市の地域的市民集団が多数相寄っていつのまにかだんだん市民階級が成立してきた。」
「ブルジョアジーそのものはやっと彼らの諸条件とともにしだいに発達し、労働の分割に応じてまたぞろさまざまな分派に割れ、そしてつどのつまりは、あらゆる既存の所有が工業資本か商業資本に変えられていくに応じて、あらゆる既存の所有階級を自身のうちへ吸収する。」

交易と生産の相互作用から、新たな生産様式であるマニュファクチュアが生まれてくる。これが近代工業への過渡的段階である。
「さまざまな都市の間に労働が分けられるようになったその直接の結果として、同職組合制度の枠内におさまらないほどに成長した生産部門としてマニュファクチュアが発生した。」「なんらかの機械を、たといどれほどお粗末な形においてであろうと、そもそもの始めから前提とするような労働が最も発展性のあるものであることがたちまち明らかになった。それまで地方で農民達が自分達に必要な衣服をととのえるために片手間にやっていた機織仕事は、交通の広がりに刺激されていっそう完成してものになっていった最初の労働であった。機織は最初のマニュファクチュアであった・・・一つの新しい織り人階級が諸都市に台頭し、そしてこの人たちの織物は国内の全市場を目当てにしていたと同時にたいていはまた国外市場向けのものでもあった。
機織は概してほとんど技量を要せず、無数の部門に細分されることも容易な労働であったので、その性質全体からして同職組合の桎梏とは相容れなかった。それゆえまた、機織はたいていは村や市場町において同職組合的組織なしに営まれたが、これらの村や市場町はしだいに都市に、しかもまたたくまにそれぞれの国の最も繁盛する都市になった。」
マニュファクチュアは、近代的な資本と労働を生み出す。
「自然発生的身分的資本を越えていく第一歩は、商人の台頭によって踏み出されていた。彼らの資本はそもそものはじめから可動的であり、当時としてはそれなりに現代的な意味での資本だったからである。前進の第二歩はマニュファクチュアとともに踏み出された。マニュファクチャアはマニュファクチャアでまた相当量の自然発生的資本を可動化し、総じて可動的資本の量を自然発生的資本のそれにくらべてふやしたのだからである。」
「マニュファクチュアの開始と時を同じうしたのは浮浪者群の時代であった。これは封建的家臣団の終息、領民を向こうに回して国王に仕えていた参集した軍勢の解散によってひきおこされ、農業の改良と広い耕地の牧場化に誘発されて生じた。このことからも明らかなとおり、この浮浪者群は封建制の解体と切っても切れぬ関係にある。・・・普遍的かつ持続的にこの浮浪者群が現れるのはやっと15世紀の終わり、16世紀のはじめである。・・・彼らはいずれは働くところまでもっていかれはしたが・・・。マニュファクチュアの、ことにイギリスにおける急速な繁栄が彼らをしだいに吸収していった。」
「マニュファクチュアとともに、働く者と雇い主との間柄が変わっていった。同職組合においては職人と親方との間に家父長制的な間柄が存続したのに、マニュファクチュアにおいてはそれに労働者と資本家とのあいだの金銭関係が取って代わった。」
マニュファクチュアは、封建的生産関係(その所有形態)とは敵対的な関係にある。その経済権力は、封建的経済権力としての同職組合とは相容れない。マニュファクチュアが、古い生産関係(所有関係)を崩していく。

マニュファクチュアは、また、交通と交易に反作用する。
「マニュファクチュアおよび一般に生産の運動は、アメリカと東インド航路の発見とともに始まった交通の広がりによって巨大な躍進をなすに至った。アメリカと東インドから輸入された新しい産物の数々、ことに大量の金と銀、・・・探検旅行、殖民、・・・市場の、世界市場への拡大は歴史的発展の一つの新しい局面をもたらした・・・。」
「商業とマニュファクチュアは大ブルジョアジーをつくり、同職組合のなかには、小市民層が集中した。この層はいまではもう以前のように都市において支配的な地位をもつということはなく、かえって大商人とマニュファクチュア業者の支配に屈せざるをえなかった。」

 諸国家間の交易関係は、まず始めは、金銀の輸出の禁止、同職組合的特権の全国化、関税の創設、次の時期は、航海条例、植民地独占によって特徴付けられる。
「マニュファクチュアは一般に保護なしではやってゆけなかった。というのは、それは他の国々で起こるごくわずかな変化によってでもその市場を失ってつぶれることがありうるからである。それは或る国にやや好都合な条件があれば取り入れられやすいが、それだけにまたつぶされやすくもある。同時にまたそれは、その営まれ方、ことに18世紀における地方でのその営まれ方を通じて非常に多くの人々の生活事情と切っても切れない関係を持つまでになってきたため、どこの国でも自由競争を認めることによってあえて多衆の生存を危機に瀕せしめるわけにはいかない。それゆえマニュファクチュアは、それが輸出を行えるところまでいっている限りでは、ピンからキリまで貿易の拡大もしくは制限に依存し、逆にそれが貿易に反作用を及ぼすことは比較的ごくわずかである。」
この発展段階では、マニュファクチュアより商業の力の方が、優位に在る。つまり、マニュファクチュアは、封建体制を崩したが、新たなそれに固有の交通関係を全面的に発展させるには不十分であった。そして、今度は、商業が、新たな生産力「大工業」を生み出す。

L 近代の大工業とプロレタリアの出現

「17世紀に商業とマニュファクチュアがイギリス一国へ絶え間なく集中していったために、この国にとって次第に一つの相対的世界市場ができあがり、それとともに、この国のマニュファクチュア製品に対する需要が生じたが、この需要は、それまでの工業生産力によってはもはや満たされえなかった。生産力をしのぐこの需要が原動力・・・のおかげで大工場―工業目的への自然力の使用、機械装置およびとことんまで広げられた分業―が生み出されたのだからである。この新しい局面の爾余の諸条件―国内での競争の自由、理論力学の仕上げ(・・・)等々−はイギリスにすでに存在した。・・・大工業はこの保護策にもかかわらず競争を一般化し(・・・)、通信手段と現代的世界市場をつくりだし、商業を支配下に置き、あらゆる資本を工業資本に変え、このようにして諸資本の迅速な流通(貨幣制度の完成)と集中とを生み出した。・・・それはどの文明国をも、またその中のどの諸個人をも、彼の必要物の充足という点で全世界に依存させ、個々の国々の従来の自然発生的排他性をぶち壊した。」
「(それの第一の前提は)オートメーションの仕組である。(それの発展は)大量の生産力を生み出したが、この生産力にとっては私的所有が一つの桎梏となった。・・・これらの生産力は私的所有のもとでは一面的な発展しかすることができず、大多数にとっては破壊力になるのであり、そしてそのような力の相当量は私的所有においてはまったく宝の持ち腐れに終わらざるを得ない。大工業は社会の諸階級の間に概してどこでも同じ関係を生み出し、このことによって個々の国柄の特殊性をなくした。そしてとどのつまりは、各国のブルジョアジーはまだ別々な国民的利害関係を持ち続けているのに、大工業は、国を異にしても利害を一つにし国籍というものをもうもたなくなっているような一つの階級・・・を生み出した。」「大工業によって生み出されたプロレタリアがこの運動の先頭に立って全大衆をひきずっていく」。

「この現代的所有に対応するのが現代的国家であって、この国家は税を通じて次第に私的所有者たちに買い取られ、国債制度を通じてすっかり彼らの掌中に落ち、そしてその存在は取引所での国債証券の騰落というかたちで、私的所有者であるブルジョアが国家に与える商業信用のいかんにすべてかかることになった。ブルジョアジーは、それが階級であってもはや身分ではないという理由からしても、いやおうなしに、もはや地域的ではなく全国的な規模で組織されざるを得ず、それの平均利益になにか普遍的な形態を与えざるを得ない。・・・国家は、・・・ブルジョアが対外的にも対内的にもその所有とその利益を相互に保障しあうためにどうしてももつことにならざるを得ない組織の形態にすぎぬ。」

「第一に生産力は諸個人から全く独立の、そして彼らからすっかりもぎはなされたものとして、諸個人と並ぶ一つの独自な世界として現われる。なぜそうなるのかといえば、それは生産力である諸個人の力はただ彼らの交通と連結の中でのみ現実的な力であるのに、その彼らがばらばらに、そしてお互いに対立した形で存在しているからである。かくて一方側に生産力の或る全体が存在し、このものはいわば一つの物的な姿をとってきていて、・・・。今一方の側にはこの生産力に対立して大多数の個人がいる。これらの人々は生産力をその手からもぎはなされており、・・・抽象的な諸個人となっているのであるが、しかしまさにそのためにこそ、彼らは個人として結ばれあうことができる立場におかれるのである。」
「したがって今や諸個人が、存在する生産力の全体をわがものとして占有しなければならないところまできた。・・・この占有は占有さるべき対象によってまず条件つけられている。ところでこの場合、占有さるべき対象というのは、一つのまとまった全体にまで伸びてきた生産力、そして一つの普遍的交通の枠内でのみ現存する生産力である。・・・こうした力の占有はそれ自体、物質的生産用具に適合した個々の諸能力の展開にほかならない。この理由からしても、生産用具の或る全体を占有することは諸個人そのもののうちなる諸能力の或る全体を展開するということである。・・・ただあらゆる自己表出から完全に締め出されている現在のプロレタリアだけが彼らの完璧な、もはや限られたものでない自己表出を成就しうる立場にある。」
「あらゆる従来の占有の場合には一群の諸個人がただ一つだけの生産用具の下へ服属せしめられたままであったが、プロレタリアの占有の場合には一群の生産用具が各個人のもとへ服属せしめられ、そして所有は万人のもとへ服属せしめられなければならない。」
「さらにまた占有は、それが遂行されねばならない様式によって条件づけられている。それが遂行されうる道はただ団結と革命のみであるが、しかし、この場合の団結はプロレタリアートの性格からしてそれ自身また一つの普遍的な団結たらざるをえないし、また革命は、一方では従来の生産様式や交通様式や社会的編成などの力を覆すような革命であるとともに、他方ではその革命の中でプロレタリアートの普遍的性格が伸ばされ、占有の徹底的遂行に必要なエネルギーが展開され、さらにプロレタリアートがその従来の社会的地位からしてまだその身につけたままでいるいっさいのものをみずから剥ぎおとす、そういう性のものたらざるをえない。」「団結した諸個人による全生産力の占有と共に私的所有はやむ。」

M 唯物史観と共産主義

「かくてわれわれの見方によれば、歴史上のあらゆる衝突はその源を生産力と交通形態のあいだの矛盾のうちにもっている。」「矛盾がまだ出てきていないあいだは、諸個人が交通しあう諸条件は彼らの個人性にとって当然なくてはかなわぬ条件であり、彼らにとってなんら外的なものであるのではなく、・・・彼らの物質的生活とそれにつながるものを生産しうるのであり、・・・彼らの自己表出の条件であり・・・」「生産力と交通形態とのこの矛盾は、・・・それは歴史の基礎を危うくするほどではなかったにせよ、それでもそのたびごとに革命となって炸裂せざるをえず、そのさい同時にその矛盾はあるいは諸衝突の総体として、さまざまな階級の衝突として、意識の矛盾、思想闘争等々、政治闘争等々として、さまざまな副形態をとった。」

   ここで再度「交通形態」の意味を確認しておく。
「あらゆる従来の歴史的段階上に存在するところの生産力によって条件づけられているとともに、また、これらの生産力を条件付けもするところの交通形態は市民社会であり・・・この市民社会があらゆる歴史のほんとうの竈であり、現場であるということであり、・・・」
市民社会は、生産力のある特定の発展段階の内部における諸個人の物質的交通の全体を包括する。それは一つの段階の商業的および工業的生活の全体を包括するのであって、その限りそれは、なるほど別の面でそれはそれなりに外に対しては国民団体という意味を持たざるを得ず、内にあっては国家として編成されざるを得ないとはいえ、国家と国民を越えたものである。」「いつの時代にあっても国家と爾余の観念論的上部構造の土台をなしているところの、じかに生産と交通から展開する社会組織がその間ずっとこの名称でよばれつづけてきた。」
 漁師や猟師の獲物がお互いに交換されるためには、魚が自分で歩いて場所を移動しない以上、だれかが獲物を持って、移動しなければならない。つまり、人間の交通(商業)を伴う。また、獲物自体、労働の対象化の産物であり、交換が、過去の労働の産物の移動であるから、そういう意味でも、人間の労働の交通でもある。無論、この交通の必要から、国家が生ずるのであるから、この交通形態の全体が、「市民社会」という言葉の意味するところである。この物質的交通の全体は、「生産諸関係の総体」と実体的に同一であり、「諸個人の世界史的協働の自然発生的形式である全面的依存」であり、「従来とことんまで疎遠な力として人間たちを威圧し支配してきたこれらの力−それはじつは彼ら相互の働きかけあいから生み出された力」である。

「かくてこの歴史観の基本は、現実的生産過程を、それも直接的生の物質的生産から出発しながら、展開し、この生産様式と連関しそれによって産出された交通形態、すなわち、さまざまな段階における市民社会全歴史の基礎としてつかみ、そしてそれを国家としてのそれの行動において明らかにしてみせるとともに、また、宗教的、哲学、道徳等々、意識のありとあらゆるさまざまな観想的な産物と形態を市民社会から解き明かし、そしてそれらからのそれの成立過程を跡付けるところにあるのであり、・・・」
 人類の歴史の土台を、生産力と交通形態の矛盾という対立物の統一および相互浸透から把握すること、このような唯物論的歴史観にたってはじめて、共産主義が「現在の状態を廃止する現実的な運動」として現れることができる。
「人間は歴史的過程を通してはじめて個別化される。」(「先行する諸形態」)
 この人間の個別化の歴史の全体が、共同体所有(生産の計画性)から私的所有(無計画性)へ(第一の否定)、私的所有から共産主義(計画性)へ(第二の否定)として、描かれる。この私的所有の発展段階として、古代、封建、近代ブルジョアの3段階を経て、共産主義に到る道である。
  「生産力の発展の或る段階に達すると、そこでは生産力と交通手段は現存の諸関係のもとではただ災いの因となるだけで、かえって破壊力(機械装置と貨幣)であり、そしてこのことと関連して、そこに社会のあらゆる重荷を担わねばならないだけでいかなる利益をもうけえない一階級、社会から押し出され、他のあらゆる階級ととことんまで対立せざるをえないところへ追い込まれる一階級が呼び出される。この階級はあらゆる社会成員の過半数によって構成されるものであり、そして根本的革命の必要に関する意識、共産主義的意識はこの階級からでてくるのであるが、この意識は当然、他の階級のあいだにもこの階級の地位をみることによって形成される。」この他の階級の一員に、マルクスとエンゲルスがいる。
「共産主義が従来のあらゆる運動と異なるところは、それが従来のあらゆる生産関係と交通関係の基礎をくつがえし、あらゆる自然発生的前提をはじめて意識的に従来の人間たちの産物として取り扱い、それらの自然発生性を剥いで、一体となった諸個人の力に屈せしめるところにある。」
「労働の分割による人間的な力(関係)の物的なそれへの転化は・・・ただ諸個人がこれらの物的な力を元通り自分たちのもとに服属させて労働の分割をやめにすることによってのみなくすことができる。これは人々の共同なしにはできない相談である。」
 マルクスらにとっては、私的所有の廃止は、労働の分割=社会的分業の廃止、つまり、特定の排他的な活動範囲の個人に対する押し付けの廃止である。
「共産主義は経験的にはただ主だった諸民族の仕事として「一挙に」そして同時にのみ可能なのであり、そしてこのことは生産力の普遍的発展とそれにつながる世界的交通を前提とする。もしそうでないとすれば、どうして例えば所有というものがそもそも歴史というものを持ち、さまざまな形態をとり、・・・おしすすめるなどということができたであろうか。・・・ところがこれに反して、土台をなす私的所有が廃止され、生産が共産主義的に規制され、これにともなう当然の結果として人間と彼ら自身の生産物との疎遠な間柄がなくされると、需要供給の関係の力は無に帰して、人間は交換、生産、彼らの相互関係のあり方を思いのままにしうる力を取り戻すことになるのである。」

 では、マルクスらは、共産主義社会をどのように描いたのだろうか。
各人がどんな排他的な活動範囲をも持つことがなく、どんな任意の部門においてでも己を陶冶することができる共産主義社会にあっては、社会が全般の生産を規制し、まさにそのことによって私に、今日はこれ、明日はあれをする可能性を与えてくれる。つまり、狩人、漁師、牧者または批判者についぞなることなしに、私の気のおもむくままに、朝には狩りをし、昼には魚をとり、夕べには家畜を飼い、夕食の後には批判をする可能性である。」

N 唯物史観と「資本論」

 以上、「ドイツ・イデオロギー」に基づき、エンゲルスが「唯物論的歴史観」と名づけた歴史観を概観した。これは、ヘーゲルの「巨大な歴史的感覚」=観念論的歴史観に対抗して、唯物論の立場から、マルクスとエンゲルスが提出したものである。いままでの議論から明らかなように、これは、人間の歴史の論理的(弁証法的)把握である。
マルクスは、それまでブルジョア経済学が見出していた「全資本主義的生産の理解のための鍵」(エンゲルス「資本論」第2部序文)である「剰余価値」を検討し、更に「価値」にまで遡って分析した。「資本論」(及び「経済学批判」)は、この道を逆に辿り、商品の分析から、始まる。「商品の価値形態」から始まり、ブルジョア社会の経済的諸形態にまで論理的に再構成する。この議論の前提は、私的所有の生産者による社会的分業の社会である。このような私的所有という条件は、資本主義的生産様式の成立する社会においてのみ、全面的に展開されるとはいえ、歴史的には、部族共同体の崩壊の契機となり、古典古代社会である都市国家成立の主要な契機でもある。しかし、古典古代国家では、私的所有の発展が社会の崩壊の主要な原因の一つとなるとはいえ、資本にまでは発展しない。
「ローマ人の場合には私的所有と私的権利との展開は、さらにすすんで工業的および商業的諸結果をもたらすということなしに終わった。というのは彼らの生産様式は全体として変わらないままだったからである。」
一方、封建社会では、私的所有の発展は、封建社会の崩壊を促進し、資本主義的社会の準備をする。「中世から出てくる諸民族の場合、部族所有は封建的土地所有、団体的動産所有、マニュファクチュア資本といった種々の段階を経て、現代的資本、つまり大工業と一般的競争からきまってきた資本にまで発展していく。これは公共物とみえる外観をことごとく脱ぎすてて所有の発展にたいする国家のあらゆる干渉を排除したところの純粋な私的所有である。」
 私的所有が一旦歴史の中に登場するや、それは自己を論理的に展開させ、遅かれ早かれ、資本主義的生産様式を完成させるということ、これが、マルクスが「資本論」で論証するところのものである。「資本論」は、資本の歴史の論理的把握、端的に言って、資本の論理学なのである。
  唯物論的歴史観は、その資本の論理学を包括し、その基礎をなす。つまり、唯物史観は、資本論の前提なのである。

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