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「資本論」ノート (3)


第3篇 絶対的剰余価値の生産

ここから初めて、生産過程が論じられる。いままでは、流通過程を論じてきた。そこでは、生産過程は、労働生産物を商品として生産するものとして、当然のごとく前提されていた。
論理的進行は、商品の流通過程の中で、価値から貨幣が生じ、貨幣から資本が発生する条件を発見した。それは、商品の生産過程の中に反射し、生産過程を資本の生産過程として論理的に構造化することによって、仕上げねばならない。
生産過程の資本化への論理は、抽象的・一般的な形態としての労働過程から、その特殊的な形態である価値増殖過程へと媒介される。

第5章 労働過程と価値増殖過程

第1節 労働過程

 まずここでは、「使用価値をつくるための合目的活動であり、人間の欲望を満足させるための自然的なものの取得であり、人間と自然との間の物質代謝の一般的条件であり、人間社会の永久的な自然条件であり、したがって、この生活のどの形態にもかかわりなく、むしろ人間生活のあらゆる社会形態に等しく共通なものである」労働過程が論じられる。
 「労働は、まず第一に自然と人間とのあいだの一過程である。この過程で人間は自分と自然との物質代謝を自分自身の行為によって媒介し、規制し、制御するのである。」これは、自然と人間とを対立的に捉え、両者を対立物の統一として把握し、労働をその対立物の媒介運動として理解する視点である。従って、「自然弁証法ノート」の「4、対立物の相互浸透の法則」で記した図式化した方法に則って、この節を解説してみよう。
 最初に確認すべきは、自然(A)と人間(B)とは、直接的同一の関係ではなく、媒介的関係にあるということである。それは人間(B)が自然(A)から相対的に独立した存在であり、人間(B)はそのままでは自然(A)に適合していないからである。(「ドイツイデオロギー・ノート」の「唯物論的歴史観の大前提」および「人間と自然の対立とは何か」参照)
@ 直接の同一性
 対立物Aが、B´の側面を持ち、BはA´の側面を持つ。
 原初においては、自然Aは、人間B´の側面を持っていない。しかし、人間Bは、A´の側面を持っている。「人間(B)は、自然素材(A)に対して彼自身一つの自然力(A´)として相対する。」
A 相互依存性
 AはBを媒介する。相互は依存しあっている。ここに一つの媒介運動が起こる。
 彼(B)は「彼の肉体に備わる自然力、腕や脚、頭や手」(A´)を動かすことによって、「自然素材(A)を、彼自身の生活のために使用され得る形態(B´)で獲得する」。
B 相互の完成
 媒介運動を基礎にして、AとBが完結し、更にAとBが最後の仕上げを受ける。
 「人間(B)は、この運動によって自分の外の自然(A)に働きかけてそれを変化(B´)させ、そうすることによって同時に自分自身の自然(A´)を変化させる。彼は、彼自身の自然のうちに眠っている潜勢力(B)を発現させ、その諸力の営みを彼自身の統御に従わせる。」
 労働は、なにより、自然(A)の人間による人間化(B´化)の媒介運動として、歴史的自然の創出運動として、把握される。したがって、「ただ人間だけにそなわるものとしての形態にある労働」とは、このBによって仕上げられた労働ということになり、それは、人間が他の動物と区別される大きな特徴である精神を持つことから来るはずである。
それは「建築師は蜜房を蝋で築く以前にすでに頭の中で築いている」ということである。「労働過程の終わりには、その始めにすでに労働者の心象の中には存在していた、つまり観念的にはすでに存在していた結果が出てくるのである。」この「労働者の心象」は観念的なBであり、それを「自然的なもの(A)のうちに、同時に彼の目的を実現する」結果は、現実的なB´である。だから、「労働する諸器官の緊張のほかに、注意力として現われる合目的な意志が労働の継続期間全体にわたって必要である。」これが、「合目的的な活動]としての労働ということであり、自然(A)の人間化(B´化)の媒介運動としての労働である。つまり、労働の対象化は、肉体的な労働の対象化であると同時に、精神的な労働の対象化を伴うのである。

このような人間の労働における能動性は、マルクス以前の旧い素朴な唯物論では説明することができず、観念論に席を譲っていたのであった。「これまでのあらゆる唯物論(フォイエルバッハのをふくめて)の主要欠陥は対象、現実、感性がただ客体の、または観照の形式のもとでのみとらえられて、感性的人間的な活動、実践として、主体的にとらえられないことである。それゆえ能動的側面は抽象的に唯物論に対立して観念論―これはもちろん現実的な感性的な活動をそのものとしては知らない―によって展開された。」(フォイエルバッハに関するテーゼ) 以前の唯物論には、弁証法が欠けていたので、唯物論の立場から人間の、なかんずく精神の能動性を、理論的に取り込み、解明する武器を持ち得なかったのである。

こういう観点から整理すると、「労働過程の単純な諸契機は、合目的な活動または労働そのものとその対象とその手段である」ということは、労働対象である自然(A)と、人間の労働主体(B)と彼が保持する自然力(A´)、A´の延長としての、媒介運動を可能にする労働手段を位置づけることができる。
「人間のために最初から食料や完成生活手段を用意している土地は、人間の手を加えることなしに、人間労働の一般的な対象として存在する。労働によってただ大地との直接的な結びつきから引き離されるだけの物は、すべて、天然に存在する労働対象である。」これは無垢の自然(A)である。「これに反して、労働対象がその自体すでにいわば過去の労働によって濾過されているならば、われわれはそれを原料とよぶ。」すなわち、原料とは、人間(B´)が加わった自然(A)といえよう。「労働対象が原料であるのは、ただすでにそれが労働によって媒介された変化を受けている場合だけである。」
 「労働手段とは、労働者によって彼と労働対象とのあいだに入れられてこの対象への彼の働きかけの導体として彼のために役立つ物またはいろいろな物の複合体である。」「労働者が直接に支配する対象は、―完成生活手段、たとえば果実などのつかみ取りでは、彼自身の肉体的器官だけが労働手段として役立つのであるが、このような場合は別として―労働対象ではなく、労働手段である。こうして、自然的なものがそれ自身彼の活動の器官になる。その器官を彼は、・・・彼自身の肉体器官に付け加えて、彼の自然の姿を引き伸ばすのである。」すなわち自然Aの人間化B´の仕上げられたもの、完成品として、人間の側の自然力A´の延長線上に労働手段が捉えられ、最初はそのままの自然(A)がそれを供給し、後に加工された自然であるAのB´化したものを利用するようになることを示している。「およそ労働過程がいくらかでも発達していれば、すでにそれは加工された労働手段を必要とする。」
マルクスは、対立物の浸透の結果として、労働手段を把握している。「労働手段の使用や創造は、・・・それは人間特有の労働過程を特徴づけるものであり、・・・。・・・重要さを、死滅した経済的社会構成体の判定にとっては労働手段の遺物がもっているのである。なにがつくられるかではなく、どのようにして、どんな労働手段でつくられるかが、いろいろな経済的時代を区別するのである。労働手段は、人間の労働力の発達の測定器であるだけではなく、労働がそのなかで行われる社会的諸関係の表示器でもある。」

「もっと広い意味で労働過程がその手段のうちに数えるものとしては、・・・およそ過程が行われるために必要なすべての対象的条件がある。・・・この種類の一般的な労働手段はやはり土地そのものである。なぜならば、土地は、労働者に彼の立つ場所を与え、また、彼の過程に仕事の場を与えるからである。この種類のすでに労働によって媒介されている労働手段は、例えば作業用の建物や運河や道路などである。」
生産物は、「形態変化によって人間の欲望に適合するようにされた自然素材」であり、労働の結果であり、労働の対象化されたものであり、労働の否定である。「労働は対象化されており、対象は労働を加えられている(AのB´化)。」「この全過程をその結果である生産物の立場から見れば、二つのもの、労働手段と労働対象とは生産手段として現われ、労働そのものは生産的労働として現われる。」このように、生産物の立場から、生産的活動Bと生産手段Aとが、新たに概念的に把握されている。このことは、労働自体が自然Aを含む人間Bという対立物の統一=矛盾であるが、その労働を否定した生産物Bがそれ自体またAを含むという矛盾した存在であり、生産的活動とその結果である生産物とは、再び対立物の統一として、矛盾として把握すべきであり、この二つの区別は相互浸透的、相互転化的ということでもある。
「ある一つの使用価値が、生産物として労働過程から出てくる」。これは、この過程の否定である。また、「別の使用価値は生産手段としてこの労働過程にはいっていく。」「それだから、生産物は、労働過程の結果であるだけでなく、同時にその条件でもあるのである。」すなわち、生産物は、労働過程の結果であり、その条件でもあるという矛盾を持つことができ、そこでは労働過程に入って生産手段に転化しており、このことは生産物が別の生産的活動を生み出すということであり、否定の否定でもある。
「その労働対象が天然に与えられている採取産業を除いて、他のすべての産業部門が取り扱う対象は、原料、すなわちすでに労働によって濾過された労働対象であり、それ自身すでに労働生産物である。」「特に労働手段について言えば、その大多数は、どんなに浅い観察眼にも過去の労働の痕跡を示しているのである。」「原料は、ある生産物の主要実体をなすことも、またはただ補助材料としてその形成に加わることもありうる。」
労働手段が「すでに労働によって媒介された変化を受けている」だけでなく、労働対象がそうである場合は、それは原料である。このような過去の生産過程の結果であるとともに、現在の生産過程の対象でもある場合の労働対象および労働手段が、時間的に多様な生産活動の間を移動し、相互の生産過程が媒介関係に置かれる。すなわち、否定の否定の連鎖が、過去と現在を結びつけるのである。

「同じ生産物でも、非常にさまざまな労働過程の原料になることができる。」「同じ生産物が同じ労働過程で労働手段としても原料としても役立つことがある。」「消費のために完成された形態で存在する生産物が、・・・新しく別の生産物の原料になることもある。または、労働がその生産物を、再び原料として使うよりほかには使いようのない形態で手放すこともある。この状態にある原料、たとえば綿花や繊維や糸などのようなものは、半製品とよばれるが、中間製品と呼ぶほうがよいかもしれない。」中間製品は、生産物であり労働過程の原料でもあるという矛盾が定立されたものである。「要するに、ある使用価値が原料か労働手段か生産物かのうちのどれとして現われるかは、まったくただ、それが労働過程でおこなう特定の機能、それがそこで占める位置によるのであって、この位置が変わればかの規定も変わるのである。それだから、生産物は、生産手段として新たな労働過程にはいることによって、生産物という性格を失うのである。」
生産物はさまざまな労働過程の労働対象および労働手段となることによって、相互の生産過程を媒介関係におき、こうして否定の否定が、空間的に諸労働過程を結びつける。(無論ここでは、生産物の交換や流通は考慮していない。)
「このように、現にある生産物は労働過程の結果であるだけでなくその存在条件でもあるとすれば、他面では、それを労働過程に投げ入れることは、つまりそれが生きている労働に触れることは、これらの過去の労働の生産物を使用価値として維持し実現するための唯一の手段なのである。」これが、Bすなわち、労働過程と生産物が対立物の統一として相互規定の関係にあることが、否定の否定を保証するのである。
「労働はその素材的諸要素を、その対象と手段とを消費し、それらを食い尽くすのであり、したがって、それは、消費過程である。この生産的消費が個人的消費から区別されるのは、後者は生産物を生きている個人の生活手段として消費し、前者はそれを労働の、すなわち個人の働きつつある労働力の生活手段として消費することによってである。それゆえ、個人的消費の生産物は消費者自身であるが、生産的消費の結果は消費者とは別な生産物である。」

「われわれは将来の資本家のところに帰ることにしよう。」
資本家は、商品市場で、生産手段と労働力商品を買った。そこで、資本家は、商品を消費する、つまり、労働力商品と生産手段を消費する。これは、「個人的消費」ではないが、「生産的消費」であるかぎりでは、間違いなく、一般の商品の消費となんらかわりはない。
「ところで、労働過程は、資本家による労働力の消費過程として行われるものとしては、二つの特有な現象を示している。」
一つは、「労働者は資本家の監督の下に労働し、彼の労働はこの資本家に属している。」「第二に、生産物は資本家の所有であって、直接生産者である労働者のものではない。」資本家の「立場からは、労働過程は、ただ自分が買った労働力という商品の消費でしかないのであるが、しかし、彼は、ただそれに生産手段を付け加えることによってのみ、それを消費することができるのである。」

第2節 価値増殖過程

さて、前節では、自然対人間としての労働を扱ったが、それを人間対人間の立場から、「労働者を他の労働者との関係の中で示す」ことではなかった。以前に示したように、人間対人間の立場から、正確に言うと、人間の相互浸透の立場から労働を扱ったとき、そこに労働の特殊性を媒介とした生産関係の一般性が浮かび上がってくる。
第1篇で論じた商品論の理論的前提は、「独立に行われていて互いに依存しあっていない私的労働」の社会的分業社会であった。そこでは、生産物の生産者は、まだ、労働力商品になってはいなかった。だが、労働生産物は商品になっていたのであるから、労働過程は、価値形成過程でもあったはずである。「商品そのものが使用価値と価値との統一であるように、商品の生産過程も労働過程と価値形成過程との統一でなければならないのである。」
労働過程は、必ずしも価値形成過程ではない。それは、使用価値を生産したとしても、必ずしも商品を目的として生産するとは限らないからである。労働過程と価値形成過程の矛盾が定立したとき、それが商品の生産過程となる。
第2章で指摘したように、生産物の交換が貨幣を媒介とした商品流通との統一(直接的同一)になったのであるから、生産物の生産過程も、労働過程と価値形成過程の統一(直接的同一)でなければならない。こうして生産と流通が媒介関係におかれ、相互浸透が可能な構造になる。

ここでは、糸を生産する紡績労働の過程を取り上げているが、それを価値形成の観点から、ながめてみる。
糸の生産では、綿花から、紡錘を使って、糸を生産する。その生産手段と、必要な労働力を、次のような等式で表すことができるとする。
10ポンドの糸=10ポンドの綿花+消耗する紡錘量+紡績工の6労働時間
 ここで、以下のように仮定している。
10ポンドの綿花=10シリング
消耗する紡錘量=1/4個の紡錘=2シリング

 まず、生産手段の価値が、生産物の価値に寄与する部分を取り上げる。
「糸の価値、糸の生産に必要な労働時間が考察されるかぎりでは、綿花そのものや消費される紡錘量を生産するために、最後には綿花や紡錘で糸をつくるために、通らなければならないいろいろな特殊な、時間的にも空間的にも分離されている、いくつもの労働過程が、同じ一つの労働過程の次々に現れる別々の段階とみなされることができるのである。」「要するに、12シリングという価格で表わされる綿花と紡錘という生産手段の価値は、糸の価値の、すなわち生産物の価値の成分をなしているのである。」
 商品には、多数の労働者の手を経て生産されるものが多い。そのような多数の他人の労働の対象化による生産物は、人間対自然の相互浸透が、多数の人間同士の相互浸透を媒介として進行したものとして把握することができる。(人間対自然の相互浸透と人間同士の相互浸透は、対立物の統一として把握すべきである。)その場合、その商品の使用価値には、多数の労働者の対象化された労働時間が、関係として結びついていることになる。
 このためには「第一に、綿花も紡錘も或る使用価値の生産に現実に役立っていなければならない。」「第二には、与えられた社会的生産条件のもとで必要な労働時間だけが用いられたということが前提されている。」
 多数の労働の対象化された労働時間は、有用な使用価値によって担われていなければならず、社会的に必要な労働時間でなければならない。この条件が保たれている限り、例えば、糸の生産の過程で消費される綿花や紡錘量に対象化されていた労働時間は、糸の使用価値の上に、関係が延長され結びつき保存される、弁証法的な意味で、否定されるのである。これは、第1篇で確認したことでもあるが、次節ではこの点が更に規定を受ける。

 次に、紡績工の労働を取り上げる。
 「労働過程の場合には、綿花を糸に転化させるという合目的的活動が問題だった。・・・紡績工の労働は他の生産的労働とは独自な相違のあるものだった。そして、この相違は、紡績の特殊な目的、その特殊な作業方法、その生産手段の特殊な性質、その生産物の特殊な使用価値のうちに、主観的にも客観的にも現れていた。・・・これに反して、紡績工の労働が価値形成的であるかぎり、すなわち、価値の源泉であるかぎりでは、・・・綿花栽培者や紡錘製造工の労働と少しも違ってはいない。ただこの同一性によってのみ、・・・糸の価値の、ただ量的に違うだけの諸部分を形成することができるのである。ここで問題になるのは、もはや労働の質やその性状や内容ではなく、ただその量だけである。」
「労働過程では、労働は絶えず不静止の形態から存在の形態に、運動の形態から対象性の形態に転換される。」「過程が続いている間に、すなわち綿花が糸に変えられてゆくあいだに、ただ社会的に必要な労働時間だけが費やされるということは、いまや決定的に重要である。」「原料はここでは一定量の労働の吸収物として認められるだけである。」

紡績労働力=3シリング。ここでは、前節同様、「毎日の労働力には半日(=6時間、一労働日=12時間)の社会的平均労働が対象化されて」おり、「この労働力の日価値」は、3シリングと仮定されている。
 これを単純に合計すれば、10ポンドの糸の生産には、15シリングかかったことになる。
 ここでは、10ポンドの糸の紡績に必要な労働時間は、6時間=3シリングと仮定されている。「しかし、労働力に含まれている過去の労働と労働力がすることのできる生きている労働とは、つまり、労働力の毎日の維持費と労働力の毎日の支出とは、二つのまったく違う量である。前者は労働力の交換価値を規定し、後者は労働力の使用価値をなしている。」「決定的なのは、この商品の独自な使用価値、すなわち価値の源泉でありしかもそれ自身がもっているよりも大きな価値の源泉であるという独自な使用価値だった。」ここでは、「労働力の使用が一日に作り出す価値」(6シリング)が「労働力自身の日価値」(3シリング)の「二倍」であるとする。
 10ポンドの糸の価値は15シリングであるが、これは、紡績工は、労働力の交換価値=半日働いただけである。そこで、もう半日働かせて、糸を10ポンドでなく20ポンド生産させたとすれば、20ポンドの糸の価値は30シリングであるが、「この過程に投入された商品の価値総額は27シリングだった。」「それは3シリングの剰余価値を生んだ。」「貨幣は資本に転化された。」
「この全過程、彼の貨幣の資本への転化は、流通部門のなかで行われ、そしてまた、そこでは行われない。流通の媒介によって、というのは、商品市場で労働力を買うことを条件とするからである。流通では行われない、というのは、流通は生産部面で行われる価値増殖過程をただ準備するだけだからである。」ここに、「矛盾の展開であるとともにその解決」である例が示されている。
 「価値形成過程と価値増殖過程とを比べてみれば、価値増殖過程は、ある一定の点」すなわち「資本によって支払われた労働力の価値が新たな等価物によって補填される点」「を越えて延長された価値形成過程にほかならない。」この量質転化が、価値を増殖させるのである。

資本主義的生産過程の特殊性は、ひとえに、労働力商品という特殊な商品の出現にある。
 ところで、労働生産物は、商品となる以前から、労働の対象化物である。商品は、労働生産物の一部が、商品化したものにすぎない。それと同様に、労働者も、労働力商品となる以前から、労働の対象化物である。すなわち、働く人間は、他の人間の労働の対象化である生活手段を消費して生活してきたのであり、人間同士の相互浸透は、人間の自然化(前節)を媒介して、進行するのである。ただ、資本主義的生産過程が一般化して、他人の労働の対象化の側面が、労働者の交換価値として現象したにすぎない。(「ドイツイデオロギー」ノート参照)

 「価値形成過程を労働過程と比べてみれば、後者は、使用価値を生産する有用労働によって成り立っている。運動はここでは質的に、その特殊な仕方において、目的と内容とによって、考察される。同じ労働過程が価値形成過程ではただその量的な面だけによって現れる。もはや問題になるのは、労働はその作業に必要とする時間、すなわち労働が有用的に支出される継続時間だけである。」質と量は矛盾=対立物の統一として把握される。
「労働力は正常な諸条件のもとで機能しなければならない。」「もう一つの条件は、労働力そのものの正常な性格である。労働力は、それが使用される部門で、支配的な平均程度の技能と敏速さをもっていなければならない。」
「要するに、前には商品の分析から得られた、使用価値をつくるかぎりでの労働と価値をつくるかぎりでの同じ労働との相違が、今では生産過程の違った面の区別として示されているのである。
 労働過程と価値形成過程の統一としては、生産過程は商品の生産過程である。労働過程と価値増殖過程の統一としては、それは資本主義的生産過程であり、商品生産の資本主義的形態である。」この統一という言葉は、直接的統一すなわち同一という意味である。
 ここで展開された剰余価値の形成の論理こそ、資本の生産過程の本質であり、これ以後の節は、本質から現象への段階的展開である。

第6章 不変資本と可変資本

 この節では、労働過程の構成要素を、価値形成への寄与という観点から、把握する。
 糸の生産では、生産手段のうち、綿花が労働対象、消耗する紡錘が労働手段であり、労働力としては、紡績工の労働力がそれである。
 紡績労働は、「労働対象に新たな価値を付け加える。」その間に、生産手段は消費され消えてなくなるが、その「生産手段の価値は、生産物に移転されることによって、保存される」。「それは労働によって媒介されている。」
   「労働対象に新たな価値を付け加えることと、生産物の中に元の価値を保存することとは、労働者が同じ時間にはただ一度しか労働しないのに同じ時間に生み出す二つのまったく違う結果なのだから、このような結果の二面性は明らかにただ彼の労働そのものの二面性だけから説明のできるものである。」労働は「価値を創造」するという機能と「価値を保存または移転」するという機能と、二つの機能を持つわけである。これも、直接的同一である。

「労働者は、・・・労働時間を・・・付け加えるのか、いつでもただ彼の特有な生産的活動様式の形態でそうするだけである。」すなわち、労働時間という労働の一般性は、労働の特殊性の下で、付加される。「彼らが労働一般を、・・・付け加えるさいの、目的によって規定された形態によって、すなわち紡ぐこと・・・によって、生産手段、すなわち綿花と紡錘・・・は、一つの生産物の、一つの新しい価値の形成要素になる。」過去の労働の一般性である労働手段の価値も、生きている労働の特殊性の下で、保存され延長される。前節でコメントしたように「ある使用価値が新たな使用価値の生産のために合目的的に消費されるかぎり、消費された使用価値の生産に必要な労働時間は、新たな使用価値の生産に必要な労働時間の一部をなしており、したがって、それは、消費された生産手段から新たな生産物に移される労働時間である。」
 過去の労働時間が積み重なった生産手段は、生きている労働の否定である。その生産手段を消費するのは、否定の否定である。その否定の否定が、過去の労働時間を移転し保存するのは、特殊性の形式において、ということである。
 「その抽象的な一般的な性質において、人間労働力の支出として、紡績工の労働は、綿花や紡錘の価値に新価値を付け加えるのであり、そして、紡績過程としてのその具体的な特殊な有用な性質において、それはこれらの生産手段の価値を生産物に移し、こうしてそれらの価値を生産物のうちに保存する」。「労働の単に量的な付加によって新たな価値が付け加えられ、付け加える労働のによって生産手段の元の価値が生産物のうちに保存される。」
 この労働の特殊性と一般性の二面性は、生産力の特殊性と生産関係の一般性の対立でもあり、この両側面をバラバラに切り離すことなく相互規定の関係として把握することである。

 価値の付加と保存という二つの性質が矛盾しているということは、紡績工の生産性=生産力が上がっても、生産物に移される綿花価値は変わらないというような現象に現れる相対的に独立した関係に、表れている。
 「労働過程で価値が生産手段から生産物に移るのは、ただ生産手段がその独立の使用価値といっしょにその交換価値を失うかぎりでのことである。」つまり、使用価値の有効な形態転化が起こる限りで、価値の移転があるのである。「しかし、労働過程のいろいろな対象的要因は、この点ではそれぞれ事情を異にしている。」
 「原料や補助材料は、それらが使用価値として労働過程にはいってきたときの独立の姿をなくしてしまう」が、「本来の労働手段は・・・それらが死んでからも・・・生産物とは別に存在している。今このような労働手段が役立つ全期間を、それが作業場にはいってきた日から、がらくた小屋に追放される日までにわたって考察するならば、この期間中にその使用価値は労働によって完全に消費されており、したがってその交換価値は完全に生産物に移っている。」これが、いわゆる「減価償却」である。(このことが、実際の会計のなかでどのように考えられ扱われているか、他の一般の経済の図書で見てみるとよい。マルクスの与えた分析が、いかに論理的で優れたものであるかが理解できよう。)
 「労働過程のある要因、ある生産手段は、労働過程には全体としてはいるが価値増殖過程には一部分しかはいらないということがわかるのである。労働過程と価値増殖過程との相違がここではこれらの過程の対象的な諸要因に反射している。というのは、同じ生産過程で同じ生産手段が、労働過程の要素としては全体として数えられ、価値形成の要素としては一部分ずつしか数えられないからである。」
「他方、それとは反対に、ある生産手段は、労働過程には一部分しかはいらないのに、価値増殖過程には全体としてはいることがありうる。」
生産手段が労働過程にあるあいだにその元の使用価値の姿での価値を失う限りでのみ、それは生産物の新たな姿に価値を移すのである。」
「生産的労働が生産手段を新たな生産物の形成要素に変えることによって、生産手段の価値には一つの転生が起きる。・・・この転生は、いわば、現実の労働の背後で行われる。労働者は、元の価値を保存することなしには、新たな労働を付け加えることは・・・できない。なぜならば、彼は労働を必ず特定の有用な形態で付け加えなければならないからであり、そして労働を有用な形態で付け加えることは、いろいろな生産物を一つの新たな生産物の生産手段とすることによってそれらの価値をその新たな生産物に移すことなしには、できないからである。だから、価値をつけ加えながら価値を保存するということは、活動している労働力の、生きている労働の、一つの天資なのである。」
「それゆえ、生産手段の価値は、生産物の価値のうちに再現はするが、しかし、正確に言えば、再生産されるのではない。生産されるものは、元の交換価値がそのうちに再現する新たな使用価値である。」

これは、労働力商品の価値形成においても妥当する。「人間自身も、労働力の単なる定在として見れば、一つの自然対象であり、たとえ生命のある、自己意識のある物だとはいえ、一つの物である。そして、労働そのものは、あの力の物的な発現である。」労働力商品の価値も、生活手段の消費によって生ずるという意味で、生活手段のなかに積み重なった過去の労働の否定であり、この否定の否定が価値を移転し保存するのである。

労働過程の主体的な要因、活動しつつある労働力のほうは、そうではない。・・・それは、この過程で発生した唯一の本源的な価値であり、生産物価値のうちでこの過程そのものによって生産された唯一の部分である。」

「生産物価値の形成において労働過程のいろいろな要因が演ずるいろいろに違った役割を示すことによって、事実上、資本自身の価値増殖過程で資本のいろいろな成分が果たす機能を特徴付けた」。
生産手段すなわち原料や補助材料や労働手段に転換される資本部分は、生産過程でその価値を変えないのである。それゆえ、私はこれを不変資本部分、またはもっと簡単には、不変資本と呼ぶことにする。」
労働力に転換された資本部分は、生産過程でその価値を変える。・・・資本のこの部分は、一つの不変量から絶えず一つの可変量に転化していく。それゆえ、私はこれを可変資本部分、またはもっと簡単には、可変資本と呼ぶことにする。労働過程の立場からは客体的な要因と主体的な要因として、生産手段と労働力として、区別されるその同じ資本部分が、価値増殖過程の立場からは不変資本と可変資本として区別されるのである。」
労働過程が、価値増殖の過程、すなわち資本の観点から、新たな現象的な概念区分を与えられている。対立物の統一におけるそれぞれの側面の規定の反射である。

第7章 剰余価値率

第1節 労働力の搾取度

 この節に書いてある要素をまとめると、次のようになる。
 C:前貸資本、c:生産手段に支出される貨幣額(生産中に消費された価値のみ)=不変資本、v:労働力に支出される貨幣額=可変資本、C´:生産物総価値、m:剰余価値
 C(500ポンド)=c(410ポンド)+v(90ポンド) → C´(590ポンド)=c(410ポンド)+v(90ポンド)+m(90ポンド)
 ここで、「充当される不変資本のうちの労働手段から成っている部分は、ただその価値の一部分を生産物に移すだけで、他の部分は元のままの存在形態で存続している。このあとのほうの部分は価値形成ではなんの役割も演じないのだから、ここでは捨象してよい。・・・それゆえ、われわれが価値形成のために前貸しされた不変資本と言う場合には、それは、前後の関係から反対のことが明らかでないかぎり、いつでも、ただ生産中に消費された生産手段の価値だけを意味しているのである。」
このmは、「労働力に転換される元来は不変な価値の自己運動」から生じるものである。

「剰余価値は、ただvすなわち労働力に転換される資本部分に起きる価値変化の結果でしかないのであり、したがって、v+m=v+况(vプラスvの増加分)である。ところが現実の価値変化も、また価値が変化する割合も、総資本の可変部分が増大するので前貸総資本もまた増大するということによって、不明にされる」。
 また可変資本のvは、「一つの与えられた量、すなわち不変量であり、したがって、それを可変量として取り扱うことは不合理のように見える。しかし、・・・可変資本は、ここではじつはただこの価値が通貨する過程の象徴でしかないのである。労働力の買い入れに前貸しされる資本部分は、一定量の対象化された労働であり、したがって、買われる労働力の価値と同じに不変な価値量である。ところが、生産過程そのものでは、・・・死んでいる労働に代わって生きている労働が現われ、・・・不変量に代わって可変量が現われるのである。・・・資本主義的生産の立場から見れば、この全過程は、労働力に転換される元来は不変な価値の自己運動である。」
 前貸し資本、すなわち、生産手段と労働力の合計の否定により、生きている労働が現われる。その労働過程の否定により、剰余価値を含む生産物が現われる。この否定の否定は、第4章で示した資本の一般的定式の否定の否定を媒介する

このうち「不変資本部分をゼロに等しいとする。」これは、量質転化を見る場合に、変化しない部分を否定してみるということである。転化部分が、明確化する。すると、
C=v(90ポンド) → C’(価値生産物)=v(90ポンド)+m(90ポンド)
mは「ここでは、生産された剰余価値の絶対量を表わしている。しかし、その比例量は、すなわち可変資本が価値増殖した割合は、明らかに、可変資本に対する剰余価値の比率によって規定されている。または、m/vで表わされている。」これがマルクスの言う「剰余価値率」である。ここで剰余価値率=m/v=100%。マルクスは、量を否定し、それを比に転化させたのである

 可変資本の部分は、労働者の「日価値」「必要生活手段の価値」「生活手段の生産のために必要な一日平均の労働時間」であり、「一労働日にうちこの再生産が行われる部分を私は必要労働時間と呼び、この時間中に支出される労働を必要労働と呼ぶ」。
 「労働者が必要労働の限界を越えて労苦する期間は、・・・労働日のこの部分を私は剰余労働時間と呼び、また、この時間に支出される労働を剰余労働と呼ぶ。」
 「ただ、この剰余労働が直接生産者から、労働者から取り上げられる形態だけが、いろいろな経済的社会構成体を、たとえば奴隷制の社会を賃労働の社会から、区別するのである。」
 このような剰余労働の考え方は、単に、資本主義を嫌悪する観点からでは出てこないものである。マルクスは、あくまで科学的な歴史観に基づいて議論していることが明確である。労働者が「自分の必要生活手段の価値を生産するだけ」ならば、それは自給自足的な、維持的な再生産を行っている社会であって、拡大再生産をおこなっている社会ではない。この必要労働は「労働の社会的形態にかかわりなく必要だからである。」拡大再生産を経済的な進歩と呼ぶなら、剰余労働がすべての歴史的社会の進歩の源泉と言ってもよかろう。社会の進歩は、いつの世も、労働者が支えているのである。

したがって、剰余価値率m/v=剰余労働/必要労働
剰余価値率は、資本による労働力の搾取度、または、資本家による労働者の搾取度の正確な表現」である。
これは、資本の価値増殖の本質的な規定である。この規定が、のちに現象的規定にまで、媒介される。
 「要するに、剰余価値率の計算方法は、簡単に言えば、次のようになるのである。まず、生産物価値全体をとって、そこにただ再現するだけの不変資本価値をゼロに等しいとする。残りの価値額は、商品の形成過程で現実に生産された唯一の価値生産物である。剰余価値が与えられていれば、われわれはそれをこの価値生産物から引き去って可変資本を見出すことになる。可変資本が与えられていてわれわれが剰余価値を求める場合は、逆である。もし両方とも与えられていれば、可変資本に対する剰余価値の比率m/vを計算するという最後の運算だけをやればよいのである。」
 マルクスは、そのあとに、計算例を挙げて、読者になじみやすいようにしている。

第2節 生産物の比例配分的諸部分での生産物価値の表示

先の例をまとめると、次のようになる。
20ポンドの糸価値30シリング=20ポンドの綿花20シリング+1/2消耗紡錘量4シリング+紡績労働力の日価値3シリング+剰余価値3シリング=c)24シリング+v)3シリング+m)3シリング
「いろいろな価値要素もまた生産物の比例配分的諸部分で表される」。資本主義的生産過程が、労働過程と価値増殖過程の統一であるから、その否定である生産物も、価値増殖過程の構成を反映することができるのである。
20ポンドの糸30シリング=16ポンドの糸c)24シリング+2ポンドの糸v)3シリング+2ポンドm)3シリング
16ポンドの糸c)24シリング=13.1/3ポンドの糸)20ポンドの綿花20シリング+2.2/3ポンドの糸)1/2消耗紡錘量4シリング
このように生産物―生産過程の結果―が、ただ生産手段に含まれている労働または不変資本部分だけを表している生産物量と、ただ生産過程でつけ加えられた必要労働または可変資本部分だけを表しているもう一つの生産物量と、ただ同じ過程でつけ加えられた剰余労働または剰余価値だけを表している最後の生産物量とに分かれるということは、のちにこれが複雑で未解決な諸問題に応用されるときにわかるように、簡単なことであると同時に重要なことでもある」。
「われわれはまたこの総生産物といっしょにその成立過程をたどりながら、しかもいくつかの部分生産物を機能的に区別された生産物部分として示すこともできるのである」。
12時間労働)20ポンドの糸(総糸価値)=8時間労働)13.1/3ポンドの糸(綿花の総価値)+1時間36分労働)2.2/3ポンドの糸(1/2消耗紡錘量の価値)+1時間12分)2ポンドの糸(必要労働の生産する価値)+1時間12分)2ポンドの糸(剰余労働の生産する剰余価値)
 この方式は「生産物の諸部分ができ上がって並んでいる空間から、それらが次々にできてくる時間に翻訳したものにすぎない。」
 これを「曲解」することによって、次の節のような議論が出現する。

第3節 シーニアの「最後の一時間」

この節は、シーニアという大学教授が書いた「綿業に及ぼす影響から見た工場法についての手紙」という小冊子の「分析」に対するマルクスの批判なのであるが、批判の内容を要約すると、以下のようになる。
マルクスがこの節で指摘したのは、労働者が一定の労働時間に価値を生産することと、同じ時間に一定の価値を持った労働生産物を生産することとを混同してはならないということである。後者には、労働者が対象化した価値とは別に、労働者が生産手段から移転させた価値が含まれている。だから、労働者が一定の労働時間に生産した生産物には、彼が対象化した価値より多くの価値が含まれているのである。
前節の例では、8時間労働)13.1/3ポンドの糸(綿花の総価値)+1時間36分労働)2.2/3ポンドの糸(1/2消耗紡錘量の価値)は、労働者が生産手段から移転させた価値に相当する。 これを混同することによって、シーニアにように、誤った結論に導かれる。

しかし、ここで指摘しておかねばならないのは、その内容より、その形式にある。すなわち、「批判」という形式である。
科学が対象とするのは、現在であれ過去であれ、現実の事実である。事実と突き合わせるというのが、科学とその他の小説などとの本質的な違いである。一連の事実になんらかの共通性が発見されれば、それを掬い取って理論化すること、そこに科学が成立する。例え、フロギストン説のように、誤った説であっても、それが、燃焼現象を合理的に説明できるならば、りっぱな科学である。
しかし、「合理的な説明」は、当然、人によって異なろう。そこに論争が発生する。論駁には、相手の理論が間違っているという指摘だけでなく、なぜ、どうしてそういう誤りが導かれたのか、その道筋を証明する必要がある。例えば、宗教が誤りというだけでなく、どうして宗教が生まれるのか、その必然性を合理的に説明できて、はじめて科学的説明と言えるということである。
そういう観点から、この節以降を読んでいかねばならない。これが、「資本論」が科学の書である所以なのである。

第4節 剰余生産物

生産物のうち剰余価値を表している部分をわれわれは剰余生産物と呼ぶ。」「剰余生産物の高さは、・・・必要労働を表している生産物部分に対する剰余生産物の比率によって規定される。剰余価値の生産が資本主義的生産の規定的な目的であるように、生産物の絶対量によってではなく剰余生産物の相対量によって富の高さは計られるのである。」
「必要労働と剰余労働との合計、すなわち労働者が自分の労働力の補填価値と剰余価値とを生産する時間の合計は、彼の労働時間の絶対的な大きさ―一労働日―をなしている。」
 したがって、剰余価値の相対量を増大させるために、労働時間の絶対的な大きさの増大と、労働力の補填価値の減少が、必然化される。

第8章 労働日

第1節 労働日の限界

労働日、すなわち「労働時間の絶対的な大きさ」が、ここでの問題である。
 労働日には限界がある。その限界の一方は、必要労働時間によって与えられている。
「労働日は、不変量ではなく、可変量である。その二つの部分の一方は、労働者自身の不断の再生産のために必要な労働時間によって規定されてはいるが、しかし労働日の全体の長さは、剰余労働の長さまたは持続時間とともに変動する。
「労働日は・・・それはただ或る限界のなかで変動しうるだけである。」
 労働日のもう一方の限界は、労働者の自然的=肉体的、社会的限界である。
「労働日には最大限度がある。労働日は、ある限界を越えては延長されえない。この最大限度は二重に規定されている。第一には、労働力の肉低的限界によって。・・・一日のある部分では、体力は休み、眠らなければならない。また、別の一部分では、人間はそのほかの肉体的な諸欲望を満足させねばならない。・・・労働日の延長は精神的な限界にもぶつかる。労働者は、精神的および社会的な諸欲望を満足させるための時間を必要とし、これらの欲望の大きさや数は文化水準によって規定されている。それゆえ、労働日の変化は、肉体的および社会的な限界のなかで動くのである。」
 商品の使用価値と価値の矛盾が、それ以後の論理的展開の根本的矛盾となったように、資本主義的生産様式の根本的矛盾は、特殊な商品である労働力商品の使用価値と価値の矛盾、すなわち、生きている労働と必要労働時間との矛盾である。資本は、この限界の中で、最大限の剰余労働を行うように強制する傾向を持つ。
「資本家は労働力をその日価値で買った。」「資本家としては彼はただ人格化された資本でしかない。彼の魂は資本の魂である。ところが、資本にはただ一つの生活衝動があるだけである。すなわち、自分を価値増殖し、剰余価値を創造し、自分の不変部分、生産手段でできるだけ多量の剰余労働を吸収しようとする衝動である。資本はすでに死んだ労働であって、この労働は吸血鬼のようにただ生きている労働の吸収によってのみ活気づき、そしてそれを吸収すればするほどますます活気づくのである。
しかし、労働者は同じ商品交換の法則の中で「労働力の毎日の販売価格によって、・・・毎日労働力を再生産し、したがって繰り返しそれを売ることができ」るように「正常な長さの労働日を要求する」。
商品交換そのものの性質からは、労働日の限界は、したがって剰余労働の限界も、出てこないのである。」資本家は「買い手としての自分の権利を主張」し、労働者は「売り手としての自分の権利を主張する」。「同等な権利と権利のあいだでは力がことを決する。こういうわけで、資本主義的生産の歴史では、労働日の標準化は、労働日の限界をめぐる闘争―総資本家すなわち資本家階級と総労働者すなわち労働者階級とのあいだの闘争―として現れるのである。」
すなわち、労働日の限界をめぐる資本家階級と労働者階級とのあいだの闘争は、労働力商品の矛盾の現象形態のひとつなのである。これ以後の節では、この結論が科学的であるということ、すなわち、この法則が現実の事実と突き合わせて証明されている。

第2節 剰余労働への渇望 工業主とボヤール

「資本が剰余労働を発明したのではない。いつでも、社会の一部の者が生産手段の独占権を握っていれば、いつでも労働者は、自由であろうと不自由であろうと、自分自身を維持するために必要な労働時間に余分な労働時間を付け加えて、生産手段の所有者のために生活手段を生産しなければならない。この所有者がアテナイの貴族であろうとエトルリアの神政者であろうとローマの市民であろうとノルマンの領主であろうとアメリカの奴隷所有者であろうとワラキアのボヤールであろうと現代の大地主や資本家であろうと。」

 剰余価値の概念は、マルクスの研究のキーポイントである。そのことは、エンゲルスの資本論第2巻の「序文」に詳しい。剰余価値の発見は、マルクスのものではない。しかし、彼以前の研究者は、それをうまく説明できなかった。マルクスだけが、剰余価値を検討して、資本主義のしくみの解明に成功したのである。長くなるので引用は控えるが、端的にエンゲルスが解説しているので、そちらを読んでほしい。
更に、剰余価値の源泉である剰余労働の確定は、資本主義の仕組みの理解だけでなく、それ以前の社会の仕組みの理解に、鍵を与えるのである。
「ブルジョア社会は、もっとも発展した、しかももっとも多様な、生産の歴史的組織である。だから、この社会の諸関係を表現する諸カテゴリーは、この社会の仕組みの理解は、同時に又、すでに没落してしまったいっさいの社会形態の仕組と生産諸関係とを洞察することを可能にする、そうして、こうした過去の社会形態の破片と諸要素とをもってブルジョア社会は築かれているのであり、それらのうち、部分的にはなお克服されない遺物がこの社会でも余命を保っているし、ただの前兆にすぎなかったものが完全な意義を持つものにまで発展している等々である。要するに、人間の解剖は、猿の解剖に対するひとつの鍵である。これに反して、低級な種類の動物にある、より高級な動物への暗示が理解されうるのは、この高級なものそのものがすでに知られているばあいだけである。こうしてブルジョア経済は、古代やそのほかの経済への鍵を提供する。」(「序説」)
第7章第1節に、以下の文章があった。
「ただ、この剰余労働が直接生産者から、労働者から取り上げられる形態だけが、いろいろな経済的社会構成体を、たとえば奴隷制の社会を賃労働の社会から、区別するのである。」

ここで今一度、唯物論的な歴史把握の論理を思い出そう。
「人間は、その生活の社会的生産において、一定の、必然的な、彼らの意志から独立した諸関係を、つまり、かれらの物質的生産諸力の一定の発展段階に対応する生産諸関係を、とりむすぶ。この生産諸関係の総体は社会の経済的機構を形づくっており、これが現実の土台となって、法律的、政治的上部構造がそびえたち、また、一定の社会的意識諸形態は、この現実の土台に対応している。」(「序言」)
 この有名な文章の中に、「とりむすぶ」という、あたかも生産に従事する生産者同士が先にいて、その人達が後で意識的に契約するような、そういう人間関係を思い浮かべるような言葉がある。が、これはあくまで論理的に言っているだけであって、頭の中で抽象的論理的に考えると、まず、生産諸力、すなわち、自然に対する人間の対象化(労働)諸力が最初に存在し、次に、それに対応する生産諸関係、すなわち、人間同士が労働を対象化しあう関係が形成されるという、きわめて抽象的な論理的段階性を表現しているにすぎない。つまり、この生産諸関係には、生産者同士が、直接働きかけあったり、直接、生産現場で協力するような関係だけでなく、遠く外国に離れて暮らしている見も知らぬ人間同士が、商品の購入を通して結びつくような、そういう関係も含んでいる。
私が、「ドイツ・イデオロギーノート」において、具体的に示しておいたように、生産諸力と生産諸関係の矛盾という把握の前提には、人間と自然の相互浸透と人間同士の相互浸透の二つの相互浸透の論理構造が存在する。この二つの相互浸透相互の関係は、前者が後者を媒介し、後者が前者を媒介し、相互の浸透が進行するという論理的な構造を持つ。すなわち、それを対立物の統一として、第三の相互浸透として把握するところに、「経済学批判序言」の「一般的結論」が導かれていることを押さえておかねばならない。この構造を正面に据え、それを人間の全歴史を貫く傾向、すなわち歴史の法則性として把握するのである。「生産諸力」という概念は、直接的には、自然と人間の相互浸透を人間同士の相互浸透の観点から把握したものであるが、人間同士の相互浸透に浸透し浸透されるという構造が論理的に組み込まれており、また、「生産諸関係」という概念は、直接的には、人間同士の相互浸透を取り上げたものであるが、人間同士の相互浸透には、自然と人間の相互浸透が浸透するという構造が論理的に組み込まれている。このことを、根本的原動力として把握し定式化した「社会の物質的生産諸力」と「社会的生産諸関係」の矛盾という表現は、第三の相互浸透を取り上げたものなのであり、論理的に高度な立場から把握したものである。マルクスは、「この生産諸関係の総体」を「社会の経済的機構」「土台」として把握し、物質的生産諸力と生産諸関係の在り方を、「物質的生活の生産様式」として把握する。
この本質論を、現象にまで媒介すると以下のようになる。
まず、論理的に最初に検討せねばならないのは、生産力のである。
労働諸力が自然的基礎に多く依存する初期の形態では、農耕が主要な労働である。そこでは、農業と手工業が直接的に結合しており、したがって、それに対応する生産諸関係においては、なんらかの共同体が必要である。
「経済学批判ノート」で論じたので繰り返さないが、その際、計画的か無計画的か、更に、自然発生的か目的意識的かという区分が加わる。
具体的には、血縁的な共同体が部族として形成され、自然発生的な計画性のもとに、同質なまたは未分化の労働の協働が行われるという形態が、自然に生ずる。
また、多くの場合、異質の共同体が接触し始める時点で、部族共同体の崩壊が始まる。無論、その部族共同体が維持されたままで、生産諸力の特殊化・分業化が進行することがあり得る。それは、共同体が孤立している場合である。
また、この自給自足的共同体を単位として、あたかもブロックを積み上げるごとく、共同体同士が結合することがあり得る。これを論理的な基礎として調整が進行した発展形態を概括したとき、アジア的形態と称している。
この場合の生産諸力の発展は、同質の生産諸力の協働ないし分業が未分化のままの生産諸力の協働の強化という形式を取り、この協働方式は、巨大な建造物の原動力であり、多くの共同体を傘下に収めた上位の共同体同士の不断の興亡の土台である。
論理的に、その次に位置づけられるのが、農業と手工業の分離、ただし、農業に規定された手工業の分離である。同時に、自然発生的に、無計画性が発生する。この無計画性が、私的所有である。
厳密に言えば、社会的な私的所有には、個々人は、部族から脱して、私的家族を形成するという前提がある。家族とは、血縁関係を基礎とした、自然の性的差異に基づく分業を前提とした、自然発生的な計画性を持った小規模な共同体である。
無計画性の下に置かれた私的家族は、直接的には集団力=社会的力を制御できず、それに対応して、共同の利益=相互依存性は、国家としてイデオロギー的に対象化・表出される。この国家は、後に、私的家族が特殊な階級を形成する程度に応じて、国家権力を成長させる。
このような私的家族を単位とする生産諸力は、依然として農耕を主要な労働としている初期の形態では、土地の私的所有として現れるが、それは共同体から媒介されてのみ成立する限定的な平等な私的所有である。ここでの古代的共同体は国家と直接的に同一であり、土地の私的所有者の共同住宅地が、都市国家である。
第3は、同じく農業と手工業の分離に基づくものではあるが、共同体は全体を媒介せず、同質労働ないし直接的関連を有する分業が、制限された共同体を媒介する。これが、身分制に基づく農奴と封建的位階性であり、それに対応した都市的位階性を持った同職組合である。この上に、封建的国家が君臨する。
以上の基本形態に、相互浸透の進行を当てはめると、制限された生産諸関係は、早晩崩壊することがわかる。なぜなら、与えられた一定の生産諸関係に対応する共同体は、あくまで、拡大しない再生産が前提になっているからである。

このような論理的理解の上に、労働者の必要労働と剰余労働という量的視点を加えると、余剰生産ないし余剰労働は、生産手段の所有者すなわち、古代では都市国家の支配層であるアテナイの貴族、エトルリアの神政者、ローマの市民に、封建時代ではノルマンの領主に、供給されていたということが理解される。
 しかし、以前のどの経済的社会構成体でも、論理的に、私的所有はある制限を持っており、資本論で展開された如く、近代になって商業が独立し、ブルジョア的生産様式が始まるまでは、剰余労働の無制限の増殖体制は存在しないのである。

「ところが、その生産がまだ奴隷労働や夫役などという低級な形態で行われている諸民族が、資本主義的生産様式の支配する世界市場に引き込まれ、世界市場が彼らの生産物の外国への販売を主要な関心事にまで発達させるようになれば、そこでは奴隷制や農奴制などの野蛮な残虐の上に過度労働の文明化された残虐がつぎ木されるのである。」
 低級な生産形態に、資本主義的労働形態が浸透し、前者を後者が利用するのである。

「ドナウ諸侯国でみられる剰余労働への渇望とイギリスの工場でのそれとの比較」を行っている。  「剰余労働は夫役において一つの独立な感覚的に知覚することのできる形態をもっているからである。」ドナウ諸侯国での剰余労働とは、ワラキアの農民がボヤールのために行う夫役のことである。クリミア戦争以前では、「元来の生産様式は共同所有を基礎としていた」。「土地の一部分は自由な私的所有として共同体の諸成員によって独立に管理され、他の部分は彼らによって共同に耕作された。この共同労働の生産物は、一部は・・・予備財源として役立ち、一部は・・・共同体支出をまかなうための国庫として役立った。」これはゲルマン的形態である。「時がたつにつれて、軍事関係者や教会関係者の高職者たちは共有財産といっしょに共有財産のための仕事を横領した。・・・それと同時に農奴制諸関係が発展した。」この夫役を表している「夫役の法典」「レグルマン・オルガニク」では、ワラキアの農民は、法典にはい年に14日の夫役日が割り当てられているが、それは実際には、56日以上であった。これは「剰余労働にたいする渇望の積極的な表現だった」。

これに対し「イギリスの工場法は同じ渇望の消極的な表現である。」「現在(1867年)も有効な1850年の工場法は、週日平均10時間を許している。」それが、「この法律の特別な番人として内務大臣直属の工場監督官」の記述によると、「労働者の食事時間や休息時間を資本が」盗み取っていると報告している。マルクスは、「労働者はここでは人格化された労働時間以外のなにものでもない。」と断言している。前節に述べたように、マルクスの科学的理論は、現実の資本家のコソ泥的行動の事実がなぜどうして行われるのかを解明しているのである。

第3節 搾取の法的制限のないイギリスの諸産業部門

この節では、資本の「労働日の延長への衝動、剰余労働に対する人狼的渇望」を「労働力の搾取が今日なお無拘束であるか、またはつい昨日までまだ無拘束だったいくつかの生産部門」について、記述している。
 それは、レース製造業、陶器製造業、マッチ製造業、壁紙工場、製パン業、農業労働、鉄道労働、婦人服製造業、鍛冶工での例である。ここで引用される報告は、当時の実態をまるで目に見えるように描き出しており、特に、現代からすれば驚くべき児童の過重労働の悲惨な実態が、資本からの強制として記述されてある。それが、資本というものの本質を生のままさらけ出した現象である。特に、過度労働が引きこした鉄道事故の事例は、今日の事例と比較して、きわめて興味深い。

第4節 昼間労働と夜間労働 交替制

「不変資本、生産手段は、価値増殖過程の立場から見れば、ただ労働を吸収するために、・・・存在するだけである。生産手段がそれをしない限り、その単なる存在は資本家にとって消極的な損失である。・・・この損失は、この中断によって作業の再開のための追加支出が必要になれば、積極的となる。・・・だから、1日まる24時間の労働をわがものにするということこそ、資本主義的生産の内在的衝動なのである。」こうして、夜間労働が必然化される。
資本主義的生産過程は、労働過程と価値増殖過程の統一である。したがって、価値増殖過程が、伝来の労働過程を捻じ曲げ支配下に置くのである。
 ここでは、「イングランドやウェールズやスコットランドの溶鉱炉や鍛冶工場その他の金属工場に、制度として存在している」例を、示している。そこでは、特に少年や婦人の夜間労働の例が、記述されている。

第5節 標準労働日のための闘争 14世紀半ばから17世紀末までの労働日延長のための強制法

マルクスが第1節で導きだした労働日の標準化の法則、すなわち、「資本主義的生産の歴史では、労働日の標準化は、労働日の限界をめぐる闘争―総資本家すなわち資本家階級と総労働者すなわち労働者階級とのあいだの闘争―として現れる」という法則が、歴史の中で検証される。

 まず、資本の側の「労働日」に対する要求を確認する。
「資本は、次のように答える。労働日は、毎日、まる24時間から、労働力がその役立ちを繰り返すために絶対に欠くことに出来ないわずかばかりの休息時間を引いたものである。」「ところが資本は、剰余労働を求めるその無際限な盲目的な衝動、その人狼的渇望を持って、労働の精神的な最大限度だけではなく、純粋に肉体的な最大限度をも踏み越える。」「ここでは労働力の正常な維持が労働日の限界を決定するのではなく、逆に、労働力の一日の可能なかぎりの最大の支出が、・・・労働者の休息時間の限界を決定する。」
 「つまり本質的に剰余価値の生産であり剰余労働の吸収である資本主義的生産は労働日の延長によって人間労働力の萎縮を生産し、そのためにこの労働力はその正常な精神的及び肉体的な発達と活動との諸条件を奪われるのであるが、それだけではない。資本主義的生産は労働力そのものの早すぎる消耗と死滅とを生産する。

「しかし、労働力の価値は、労働者の再生産または労働者階級の生殖に必要な諸商品の価値を含んでいる。だから、資本がその無際限な自己増殖衝動によって必然的に追求する労働日の反自然的な延長が個々の労働者の生存期間を、したがってまた彼らの労働力の耐久期間を短縮するならば、損耗した労働力のいっそう急速な補填が必要になり、したがって労働力の再生産にはいっそう大きい損耗費がはいることになり、・・・それだからこそ、資本は、それ自身の利害関係によって、標準労働日の設定を指示されているように見えるのである。
 すなわち、資本は剰余労働を無制限に求める傾向を持っているが、それは、労働力商品の極端な損耗を生ずることになり、その結果、資本は剰余労働の無制限の吸収に自らブレーキをかけるのではないか、というのである。これは、労働力商品の供給市場に対する資本の要求へと繋がる。
マルクスは、当時のアメリカの奴隷労働に対する奴隷貿易の影響という観点から、奴隷貿易が盛んになり、奴隷の補充が容易になれば、極度の奴隷虐待が必然的になっていることが示されている文献を示しながら、「ひとごとではないのだ」と警告し、ロンドンの労働市場に、アイルランドやイングランドの農業地方や、更にドイツから、労働者が供給されている現状と、ロンドンの製パン業や製陶業などの第3節で引き合いに出した業種で過度労働が行われる現状との類似を指摘している。
彼は、イギリスの綿業の好況期には、労働市場が欠乏する時もあったが、その時には、農業地方から労働者が供給され、更には、救貧院からも孤児などが供給されたことを指摘し、次のように結論する。
経験が資本家に一般的にしめすものは、一つの恒常的な過剰人口、すなわち資本の当面の増殖欲に比べての過剰人口である。といっても、この過剰人口は、発育不全な、短命な、急速に交替する、いわば未熟なうちに摘み取られてしまう何世代もの人間でその流れを形作っているのではあるが。」「資本は、労働者の健康や寿命には、社会によって顧慮を強制されない限り、顧慮を払わないのである。
 資本主義的生産様式が、アジア的、古代的、封建的生産様式と大きく異なる点は、人間労働力を特殊な商品として、剰余価値の増殖のための生産様式の一環として組み込んでいるという点である。
それぞれの特殊な生産様式は、それぞれの人間(労働)の生産様式、すなわち人間同士の相互浸透の一環としての人間同士の直接的相互浸透の様式、例えば、結婚し家族を作り子供を育てる様式や家族の中で体を休める様式や他の共同体から奴隷労働を奪ってくる様式など、を持っている。しかし、資本主義的生産様式以外の生産様式は、労働力の生産については、根本的には、自然成長性に任せられていた。私的所有から発展した資本主義的生産様式だけが、労働力の搾取という形態で、人間労働(力)の生産過程に人為的に大きく関与する。剰余価値の増殖のためには、労働力の再生産が必要不可欠だからである。これが、相対的な「過剰人口」の原因である。
 「資本は、労働者の健康や寿命には、社会によって顧慮を強制されない限り、顧慮を払わない」という資本の法則は、無計画性、すなわち私的所有の社会では、個々の資本家にとって没落しないとすればそうせざるを得ない必然性として迫ってくる。「自由競争が資本主義的生産の内在的諸法則を個々の資本家にたいしては外的な強制法則として作用させるのである。

 人間労働力の生産過程を組み込んだ資本主義的生産様式は、労働力の所有者としての労働者とその意識も再生産する。そこで、労働日の限界をめぐって、資本家階級と労働者階級の闘争が必然化するのである。
標準労働日の制定は、資本家と労働者との何世紀にも渡る闘争の結果である。
 資本主義的生産の揺籃期、すなわち14世紀の半ばから17世紀の末までのイギリスでは、資本は国家権力の援助の下に、労働時間を延長させようとした。
「現代の工場法が労働日を強制的に短縮するのに、以前の諸法令はそれを強制的に延長しようとする。」「14世紀の半ばから17世紀の末まで資本が国家権力によって成年労働者に押し付けようとする労働日の延長が、19世紀の後半に子供の血の資本への転化にたいして時折国家によって設けられる労働時間の制限とほぼ一致するのは、当然のことである。」
 最初の「労働者取締法」は、ペストが人口を減少させたことを口実に、1394年に制定され、すべての手工業者と農業労働者の労働時間は10時間から11時間となっていた。これは、1496年の法律でも繰り返されている。労働者は、「ずっと有利だった」。これは「18世紀の大部分を通じて、大工業の時代に至るまでは」そうであった。「労働者たちは4日分の賃金でまる1週間暮らすことが出来た」。
「1770年の恐怖の家では、一日に12労働時間」。これが19世紀後半には、少年労働時間の制限になった。

ところで、引用文によく出てくる工場監督官報告書等について、一言触れておく必要がある。マルクスが引用する一連の報告書は、明らかに労働者階級に同情的に書かれてある。おそらく彼ら報告者は、分類からすれば、ブルジョア階級に属することになるであろう。しかし、彼らは、労働者階級の現状をつぶさに観察して、その結果、労働者階級に同情的な立場に立つようになったものと考えられる。これは、マルクスやエンゲルスについても、同様と考えられる。実は、ブルジョア階級の中から、労働者階級の味方になり彼らのために働く知識人が出てくること、これも資本家階級と労働者階級の対立の結果であり、対立物の相互浸透の一つの在り方なのである。

第6節 標準労働日のための闘争 法律による労働時間の強制的制限 1833−1864年のイギリスの工場立法

このあたりは、マルクスが最も力を入れて書いた部分であろう。労働者階級に向かって、自分たちの階級が置かれた立場を自覚させるという観点からして、一般民衆が読むにはあまりにも難しすぎるこの本の中でも、最も読みやすく理解しやすい個所だからである。ここでは、その要旨のみを記述する。

「資本が数世紀を費やして労働日をその標準的な最大限度まで延長し、次にはまたこの限界を超えて12時間という自然日の限界まで延長したのちに、今、18世紀の最後の3分の一期における大工場の誕生以来は、なだれのように激しい無制限な突進が起きた。」
「生産の騒音に気を取られていた労働者階級がいくらか正気に帰ったとき、この階級の反抗が始まった。さしあたりまず大工業の生国イギリスで。とはいえ、30年間というものは、この階級が奪い取った譲歩はまったく名目的なものでしかなかった。」
 1833年の工場法(綿工場、羊毛工場、亜麻工場、絹工場に適用)になって、標準労働日が現れ、この法律では、労働日は15時間(朝5時半から晩8時半まで、その間、1時間半の食事時間)で、少年(13歳から18歳まで)は12時間、9歳から13歳までの児童は8時間、9歳未満は例外を除いて禁止、夜間労働は9歳から18歳までで禁止された。
 しかし、資本はまず、リレー制度を作り出した。こうして工場主が法律を無視したため、議会は、1836年3月以降には、13歳未満の子供の労働を1工場で8時間と制限した。その後、資本の抵抗はあったが、1836年に1833年の法律が完全に施行され、1844年6月まで変わらなかった。
 この間に、資本は、異なった工場で取り替える新しい「リレー制度」を案出し、工場法を「無効にしてしまった」。工場労働者たちは、十時間法案をスローガンにした。1833年の法律に従っていた工場主や、穀物法廃止のために労働者の援助を必要としていた工場主階級の代弁者は、この十時間法案を支持した。
 こうして1944年の「追加工場法が成立した」。ここでは18歳以上の婦人を、少年と同様に12時間労働とし、夜間労働を禁止した。13歳未満の児童の労働は、6時間半に制限された。また、リレー制度の乱用が、事実上制限された。
「既に見たように、労働の時限や限界や中休みを鐘の音に合わせてこのように軍隊的に一様に規制するこれらのこまごました規定は、決して議会的思案の産物ではなかった。それらは、近代的生産様式の自然法則として、諸関係のなかからだんだん発展してきたのである。それらの定式化や公認や国家による宣言は、長い期間にわたる階級闘争の結果だった。」だいたいにおいて、1844〜47年は、12時間労働は一般的に行われた。工場主たちは、対抗して、児童労働の年齢を9歳から8歳に引き下げた。
 1846年に、穀物法は廃止され、「チャーチスト運動と十時間運動とが頂点に達した」。そして「十時間法案が議会を通過した」。
 1847年の新しい工場法は、47年の7月1日からは、少年とすべての婦人労働者を11時間労働に、更に48年5月1日からは、10時間労働に制限した。資本側の工場主たちはこれに抵抗したが、10時間法案は発効した。
 その間に、チャーチスト運動の失敗、6月のパリ暴動と鎮圧とは、支配階級を統合させ、工場主たちの反逆を許した。工場主たちは、少年と婦人労働者を解雇し始め、夜間労働を復活させた。
 また、児童労働をめぐって、「合法的に」反逆した。これに対し、工場監督官たちは抵抗したが、大臣や裁判所はこの抵抗を無効にした。こうしたリレー制度が事実上復活した。2年間の資本の反逆は、1850年2月の財務裁判所で勝利を与えられた。
 これに対し、労働者は威圧的な抗議を行い、工場主と労働者との妥協が成立した。1850年8月5日の新しい追加工場法では、少年と婦人の10時間労働と6時間半の児童労働を保証した。
 絹工場主たちは、特別に、児童労働を10時間にしてきた。これは多少変化して、原則的に今でも続いている。
 成年労働者の抵抗によって、1853年に児童を少年や婦人より早くまたは遅く労働させることが禁止された。
 「1853年から1860年の大工業のすばらしい発展」は、原則を勝利させた。資本の抵抗は次第に弱っていき、労働者階級の攻撃は、増大してきた。

第7節 標準労働日のための闘争 イギリスの工場立法が諸外国に起こした反応

標準労働日の創造は、長い期間にわたって資本家階級と労働者階級とのあいだに多かれ少なかれ隠然と行われていた内乱の産物なのである。この闘争は近代的産業の領域で開始されるのだから、それはまず近代的産業の祖国、イギリスで演ぜられる。」
「フランスはイギリスのあとからゆっくりびっこを引いてくる。12時間法の誕生のためには2月革命が必要だったが、この法律もそのイギリス製の原物に比べればずっと欠陥の多いものである。それにもかかわらず、フランスの革命的な方法もその特有の長所をしめしている。」
「北アメリカ合衆国では、奴隷制度が共和国の一部をかたわにしていたあいだは、独立な労働運動はすべて麻痺状態にあった。・・・しかし、奴隷制度の死からは、たちまち一つの新しく若返った生命が発芽した。」
 こうして、「大西洋の両岸で生産関係そのものから本能的に成長した労働運動」から、マルクスは、次のように結論する。
「われわれの労働者は生産過程にはいったときとは違った様子でそこから出てくるということを、認めざるをえないであろう。・・・彼らを悩ました蛇に対する「防衛」のために、労働者たちは団結しなければならない。そして、彼らは階級として、彼ら自身が資本との自由意志的契約によって自分たちと同族とを死と奴隷状態とに売り渡すことを妨げる一つの国法を、超強力な社会的障害物を、強要しなければならない。
 標準労働日に関する制限は、最終的は、国家によって法律として承認され保障される。ここにも、国家の役割がある。「一つの時代の全市民社会はその形態の中でまとまるものである以上、あらゆる共通の制度は国家の手を介してとりきめられ、なんらかの政治的な形態をもたせられることになる。」(「ドイツ・イデオロギー」)

第9章 剰余価値率と剰余価値量

「可変資本は、資本家が同時に使用するすべての労働者の総価値を表す貨幣表現である。だから、可変資本の価値は、一個の労働力の平均価値に使用労働力の数を掛けたものに等しい。」
第一の法則:「生産される剰余価値の量は、前貸しされる可変資本の量に剰余価値率を掛けたものに等しい。」
 剰余価値量:M、一人の労働者が平均して一日に引き渡す剰余価値:m、一個の労働力の買い入れに毎日前貸しされる可変資本:v、可変資本の総額:V、平均労働力一個の価値:k、その搾取度:a’/a(剰余労働/必要労働)、充当労働者数:n、
   M=m/v×V=k×a’/a×n
 「それゆえ、一定量の剰余価値の生産では、一方の要因の減少は他方の要因の増加によって埋め合わせることができる。可変資本が減らされて、同時に同じ割合で剰余価値率が高くされれば、生産される剰余価値量は不変のままである。」つまり、労働時間の延長である。「とはいえ労働者の数または可変資本の大きさを剰余価値率の引き上げまたは労働日の延長によって補うということには、飛び越えることのできない限界がある。」それは一日は24時間しかないということであり、これを越えて労働時間も延長できないのである。「本来つねに24時間よりも短い平均労働日の絶対的な限界は、可変資本の減少を剰余価値の引き上げによって補うことの、または搾取される労働者数の減少を労働力の搾取度の引き上げによって補うことの、絶対的な限界をなしているのである。」これが第二の法則である。
 後に、この法則から、「できるだけ大きな剰余価値量を生産しようとする」資本の傾向とは矛盾した、「資本の使用する労働者数または労働者に転換される資本の可変部分をできるだけ縮小しようとする資本の傾向」が説明される。
 第三の法則は「いろいろな資本によって生産される価値および剰余価値の量は、労働力の価値が与えられていて労働力の搾取度が等しい場合には、これらの資本の可変成分の大きさに、すなわち生きている労働力に転換される成分の大きさに、正比例する。」

 剰余価値の生産には、最小限の貨幣が必要である。すなわち、資本家になるためには、必要最小限の貨幣を持っていなければならない。
「資本主義的生産のある程度の高さは、資本家が資本家として、すなわち人格化された資本として機能する全時間を、他人の労働の搾取、したがってまたその監督のために、またこの労働の生産物の販売のために、使用できるということを条件とする。手工業者親方が資本家になることを、中世の同職組合制度は、一人の親方が使用してもよい労働者数の最大限を非常に小さく制限することによって、強圧的に阻止しようとした。貨幣または商品の所持者は、生産のために前貸しされる最小額が中世的最大限をはるかに超えるときに、はじめて現実に資本家になるのである。」この文の後に、これはヘーゲルの量質転化、「単なる量的な変化がある点で質的な相違に一変するという法則の正しいことが証明されるのである」といっている。(マルクスは、この法則について、注の形で、「分子説」を紹介しているが、エンゲルスは、更にわかりやすく説明を加えている。)

 この章の最後で、マルクスはこの3篇の要点を、次のように強調している。
「生産過程のなかでは資本は労働に対する、すなわち活動しつつある労働力または労働者そのものにたいする指揮権にまで発展した。人格化された資本、資本家は、労働者が自分の仕事を秩序正しく十分な強度で行うように気をつけるのである。
 資本は、さらに、労働者階級に自分の生活上の諸欲望の狭い範囲が命ずるよりも多くの労働を行うことを強要する一つの強制関係にまで発展した。」 「資本は、さしあたりは、歴史的に与えられたままの労働の技術的諸条件をもって、労働を自分に従属させる。したがって、資本は直接には生産様式を変化させない。それだから、これまでに考察した形態での、労働日の単純な延長による剰余価値の生産は、生産様式そのもののどんな変化にもかかわりなく現れたのである。」
「生産過程を労働過程の観点から考察すれば、労働者の生産手段に対する関係は、・・・自分の合目的的な生産的活動の単なる手段および材料としての生産手段に対する関係だった。・・・われわれが生産過程を価値増殖過程の観点から考察するや、・・・生産手段はたちまち他人の労働を吸収するための手段に転化した。・・・資本の生活過程とは、自分自身を増殖する価値としての資本の運動にほかならないのである。

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