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「資本論」ノート (5)


第5篇 絶対的および相対的剰余価値の生産

第14章 絶対的および相対的剰余価値

「労働過程が純粋に個人的な過程であるかぎり、のちには分離してゆく諸機能のすべてを同じ一人の労働者が一身に兼ねている。・・・およそ生産物は、個人的生産者の直接的生産物から一つの社会的生産物に、一人の全体労働者の共同生産物に、すなわち労働対象の取扱いに直接または間接に携わる諸成員が一つに結合された労働要員の共同生産物に、転化する。・・・前に述べた生産的労働の本源的な規定は、物質的生産の性質そのものから導き出されたもので、全体として見た全体労働者については相変わらず真実である。しかし、個別に見たその各成員には、それはもはやあてはまらないのである。」
「ところが、他方では、生産的労働の概念は狭くなる。・・・生産的であるのは、ただ、資本家のために剰余価値を生産する労働者、すなわち資本の自己増殖に役立つ労働者だけである。」
ここまでの論理的展開が、生産的労働と生産的労働者の概念を拡張した。

絶対的剰余価値と相対的剰余価値の矛盾を発見したことは、マルクスのすばらしい業績の一つである。これは資本主義の歴史的発展の秘密・意義を、明らかにしたものだからである。それは、資本主義的生産様式が社会の隅々まで支配している現代社会が、それ以前の歴史的な社会と決定的に異なる点でもある。
第4章で論じたように、貨幣からはじまる否定の否定の運動は、剰余価値の増殖が存在して始めて実質的に成立する運動である。そのためには、貨幣の否定により転化する商品は、労働力商品という、生きている労働と価値の矛盾を背負った特殊な商品でなければならなかった。この貨幣と労働力商品との否定の否定の運動が、単なる貨幣の世界と区別された資本の世界を開くのである。そのための資本の世界の実体論・構造論の論理的出発点が、剰余価値の構造化でもある絶対的及び相対的剰余価値の矛盾なのである。

絶対的剰余価値と相対的剰余価値は、相互規定の関係にある。
「労働者がただ自分の労働力の価値の等価だけを生産した点を超えて労働日が延長されること、そしてこの剰余価値が資本によって取得されること―これは絶対的剰余価値の生産である。それは、資本主義体制の一般的な基礎をなしており、また、相対的剰余価値の生産の出発点をなしている。」相対的剰余価値は、絶対的剰余価値が元となっており、それから導かれるという媒介関係にある。しかし、両者は、異なっており、相対的に独立した関係にある。「この相対的剰余価値の生産では、労働日ははじめから二つの部分に分かれている。すなわち必要労働と剰余労働に。剰余労働を延長するためには、労賃の等価をいっそう短時間に生産する諸方法によって、必要労働が短縮される。」
「絶対的剰余価値の生産はただ労働日の長さだけを問題にする。相対的剰余価値の生産は労働の技術的諸過程と社会的諸編成とを徹底的に変革する。」これが両者の違いである。
「だから、相対的剰余価値の生産は、一つの独自な資本主義的生産様式を前提するのであって、・・・最初はまず資本の下への労働の形式的従属を基礎として自然発生的に発生して育成されるのである。この形式的従属に代わって、資本の下への労働の実質的従属が現れるのである。」形式的従属というのが、絶対的剰余労働の形式に相当し、実質的従属というのが、相対的剰余労働の形式に相当する。
「絶対的剰余価値の生産のためには、資本のもとへの労働の単に形式的な従属だけで十分で、・・・他面では、相対的剰余価値の生産のための諸方法は同時にまた絶対的剰余価値の生産のための諸方法でもあるということが示された。じつに、労働日の無制限の延長こそは、大工業の最も固有な産物だということが示されたのである。」つまり、相対的剰余価値は、絶対的剰余価値と同一の側面を持っているということである。「一般に、独自な資本主義的生産様式は、それが一つの生産部門全体を征服してしまえば、ましてすべての決定的な生産部門全体を征服してしまえば、もはや相対的剰余価値生産の単なる手段ではなくなる。それは今や生産過程の一般的な、社会的に支配的な形態となる。それが相対的剰余価値生産のための特殊な方法として作用するのは、第一には、・・・その普及にさいしてだけのことである。第二には、・・・引き続き生産方法の変化によって変革されるかぎりでのことである。」ここに相対的剰余価値生産の特殊性が端的に指摘されている。
「ある観点からは、絶対的剰余価値と相対的剰余価値との区別はおよそ幻想的に見える。相対的剰余価値も絶対的である。なぜならば、それは、労働者自身の生存に必要な労働時間を越えての労働日の絶対的延長を条件としているからである。絶対的剰余価値も相対的である。なぜならば、それは、必要労働時間を労働日の一部分に制限することを可能にするだけの労働の生産性の発展を条件としているからである。」すなわち、両者は、直接的に同一の関係にある。絶対的剰余価値と相対的剰余価値という、相異なる両者が媒介関係にあり、なおかつ、相互に直接的に同一の関係にあるとき、論理的に相互浸透の構造が成立する。「しかし、剰余価値の運動に注目するならば、このような外観上の無差別は消え去ってしまう。資本主義的生産様式がすでに確立されて一般的な生産様式になってしまえば、およそ剰余価値率を高くすることが問題となる限り、絶対的剰余価値と相対的剰余価値との相違はつねに感知されざるをえない。」二つの剰余価値の相互規定の構造は、次のような剰余価値率との関係に反映する。
「労働力が価値どおりに支払われることを前提すれば、われわれは次の二つのどちらかを選ばなければならない。労働の生産力とその正常な強度とが与えられていれば、剰余価値率はただ労働日の絶対的延長によってのみ高められうる。他方、労働日の限界が与えられていれば、剰余価値率は、ただ必要労働と剰余労働という労働日の二つの構成部分の大きさの相対的な変動によってのみ高められ、この変動はまた、・・・労働の生産性かまたは強度の変動を前提する。」この相互の具体的な依存関係が、次の節で論じられる。

マルクスはここで、「必要労働時間を労働日の一部分に制限することを可能にするだけの労働の生産性の発展」における剰余労働と労働の生産性、「労働の自然発生的な生産性」について、議論している。絶対的及び相対的剰余価値の研究は、それ以前の社会の剰余労働の理解に、重要な視点を提供する。「文化の初期」は、すべてが未分化の状態として、また、「自然的条件」は、外部的要因として把握し得るが、「自然的基礎」は、いわば相対的剰余労働の側面を通じて、剰余労働に影響するということである。
「文化の初期には、労働の既得の生産力は小さなものであるが、欲望もまた小さいのであって、欲望はその充足手段とともに、またこの手段によって、発達するのである。さらに、このような初期には、他人の労働によって生活する社会的部分の割合は、大勢の直接生産者に比べれば目に入らないほど小さい。」
「労働の生産性はつねに自然的条件に結び付けられている。これらの自然的条件は、すべて、人種などのような人間そのものの自然と、人間を取り巻く自然とに還元されうるものである。外的な自然条件は経済的には二つの大きな部類に分かれる。生活手段としての自然の富・・・と、労働手段としての自然の富・・・とに分かれる。文化の初期には第一の種類の自然の富が決定的であり、もっと高い発展段階では第二の種類の富が決定的である。」
「どうしても充足されなければならない自然的欲望の数が少なければ少ないほど、そして自然的な土地の豊かさや気候の恩恵が大きければ大きいほど、生産者の維持と再生産とに必要な労働時間はそれだけ少ない。」例えば、古代エジプトがその例であるとして、「とはいえ、古代エジプトの大建造物は、その人口の大きさによるよりも、むしろ、人口のうち自由に利用されうる部分の割合が大きかったことによって、できたものである。」
「すでに資本主義的生産が前提されていれば、他の事情が不変で労働日の長さが与えられている場合には、剰余労働の大きさは、労働の自然的条件につれて、ことにまた土地の豊度につれて、違ってくるであろう。しかし、決して、その逆に最も豊穣な土地が資本主義的生産様式の成長に最も適した土地だということにはならない。・・・むしろ温帯こそは、資本の母国である。・・・土地の分化、土地の天然産物の多様性こそ、社会的分業の自然的基礎をなすものであり、人間を取り巻く自然環境の変化によって人間を刺激して人間自身の欲望や能力や労働手段や労働様式を多様化させるものである。」
「恵まれた自然的条件は、つねに、ただ、剰余労働したがってまた剰余価値または剰余生産物の可能性を与えるだけで、けっしてその現実性を与えるのではない。労働の自然条件の相違は、・・・その他の事情が同様ならば、必要労働時間が違うことの原因となる。自然的条件が剰余労働に作用するのは、ただ、自然的限界として、すなわち、他人のための労働を始めることができる時点を定めることによって、である。産業が進歩してくるにつれて、この自然的限界は後退していく。

「労働の歴史的に発達した社会的な生産諸力がそうであるように、労働の自然によって制約された生産諸力も、労働が合体される資本の生産諸力として現れる。」
この後に、マルクスは、ブルジョア経済学者たちが、剰余価値を「自然的形態に見えた資本主義的生産様式に固有な一事象として取り扱っている」として、リカードを挙げ、労働の生産力が剰余価値の原因であることを認めた後継者たちも、その問題を解決していないとして、ジョン・スチュアート・ミルの混乱した議論を紹介している。

第15章 労働力の価格と剰余価値との量的変動

絶対的剰余価値と相対的剰余価値の生産の要となるのは、労働力商品の特殊性である。労働力商品も特殊性はあっても商品であるからには、以前論じた商品の一般論が当てはまる。そこで、商品の価値と価格の矛盾の議論が、労働力商品にも妥当する。一方、労働力商品の一般性と特殊性の矛盾が、剰余価値にも反映する。

「労働力の価値は、平均労働者の習慣的に必要な生活手段の価値によって規定されている。」
「次のことを前提する。(1)商品はその価値どおりに売られるということ。(2)労働力の価格は、その価値よりも高くなることはあっても、その価値よりも低くなることはけっしてないということ。
このように前提すれば、労働力の価格と剰余価値との相対的な大きさは次の三つの事情に制約されている・・・。(1)労働日の長さ、すなわち労働の外延量。(2)労働の正常な強度、すなわち労働の内包量。・・・(3)最後に労働の生産力。」

第1節 労働日の長さと労働の強度とが不変で(与えられていて)労働の生産力が可変である場合

この条件のもとでは、絶対的剰余価値は変動しないので、相対的剰余価値の変動のみを考えればよい。
「この前提のもとでは労働力の価値と剰余価値とは三つの法則によって規定されている。第一に、与えられた長さの一労働日は、・・・労働の生産性が・・・変動しようとも、つねに同じ価値生産物に表される。」
「第二に、労働力の価値と剰余価値とは互いに反対の方向に変動する。労働の生産力の変動・・は、労働力の価値には逆の方向に作用し、剰余価値には同じ方向に作用する。」
労働による増加した価値生産物=労働力商品の価値+剰余価値 であるから、「労働力の価値と剰余価値とは反対の方向に変動する」ので、労働の生産性が上がって労働力の価値が下がれば、その分だけ剰余価値が上がり、逆なら逆である。つまり、労働の生産力と相対的剰余価値は比例的に変動する。
「第三に、剰余価値の増加または減少は、つねに、それに対応する労働力の価値の低下または上昇の結果であって決してその原因ではない」。
「労働力の価値と剰余価値との絶対的な量的変動はそれらの相対的な大きさの変動なしには不可能だとすれば、今度は、労働力の価値と剰余価値との相対的な価値量の変動は労働力の絶対的な価値量の変動なしには不可能だということになるのである。」

「第3の法則によれば、剰余価値の量的変動は、労働の生産力の変動によって引き起こされる労働力の価値運動を前提する。しかし、・・・いろいろな中間運動が起こりうる。」価値と価格は矛盾しているから、労働の生産力が高くなったために、労働力の価値が減少しても、労働力の価格はそれほどまでには下がらないということも起こりうる。
「労働力の価値は一定量の生活手段の価値によって規定されている。労働の生産力につれて変動するのは、この生活手段の価値であって、その量ではない。この量そのものは、労働の生産力が高くなれば、労働力の価格と剰余価値とのあいだになんらかの量的変動がなくても、労働者にとっても資本家にとっても同じ割合で増大することがありうる。」
この後に、リカードの定式化を批判している個所があり、利潤率と剰余価値率の関係を指摘している。「利潤率は、前貸総資本にたいする剰余価値の比率であるが、剰余価値率はこの資本の可変部分に対する剰余価値の比率である。」

長期間に渡ってみて見ると、この法則の重要性が浮かび上がってくる。「労働者の抵抗」によって絶対的剰余価値が厳正に規定されていれば、剰余価値の生産は、専ら相対的剰余価値の生産に依存せざるを得ず、その際、労働の生産性の増大は、剰余価値の増大に寄与するからである。無論、労働力の価格が労働力の価値をどのように反映するかが問題ではあるが、労働日の長さが法的に規制され、更に労働手段の革新によって大量生産に至った現在から見て見ると、相対的剰余価値の生産の側面の重要性が理解される。

第2節 労働日と労働生産力とが不変で労働の強度が可変である場合

「労働の強度の増大は、同じ時間内の労働支出の増加を意味する。・・・生産物の数は、この場合には、生産物の価格が下がることなしに、増加する。・・・時間数が元のままならば、強度のより大きい労働日はより大きい価値生産物に具体化され、したがって、貨幣の価値が元のままならば、より多くの貨幣に具体化される。・・・労働力の価格と剰余価値とは、同じ程度にであろうと違った程度にであろうと、同時に増大し得るということは明らかである。」相対的剰余価値の生産の「制限は、ここにはない。」

「強度のより大きい一国の一労働日は、強度のより小さい他の国の一労働日に比べれば、より大きい貨幣表現に表される」。この法則は、思うに、「労働の平均強度が国によって違う」場合だけでなく、労働の強度を適切に測る手段があるかどうかを考えると、短期的には重要な意味を持ってくると考えられる。

第3節 労働の生産力と強度が不変で労働日が可変である場合

「(1)・・・労働日の短縮は、労働力の価値を・・・変化させない。それは剰余価値を減らす。」
「労働日の短縮に反対する従来のすべての決まり文句は、この現象はここで前提されているような事情のもとで起きるものと想定しているのであるが、現実にはこれとは反対に労働の生産性や強度の変動が労働日の短縮に先行するか、またはすぐあとに起きるのである。」
つまり、第1節と第2節の場合が、労働の短縮に前後して起きるというわけだ。
「(2)労働日の延長。・・・もし、労働日が・・延長され、労働力の価格が変わらないならば、剰余価値の絶対量とともにその相対量も増大する。労働力の価値量は、絶対的には変わっていないにもかかわらず、相対的には下がっている。第1節の諸条件の下では、労働力の相対的価値量は、その絶対量の変動なしには変動し得なかった。ここでは、それとは反対に、労働力の価値量の相対的な変動は、剰余価値の量の絶対的な変動の結果なのである。
「労働力の価格と剰余価値とは、増加分が同じであるかないかは別として、同時に増大することもありうる・・・。・・・この同時的増大は二つの場合に可能なのである。すなわち、労働日が絶対的に延長される場合と、この延長がなくても労働の強度が増大する場合とである。」
労働日の延長と不可分な労働力の消耗の増大は、ある点までは、代償の増加によって埋め合わせることができる。この点を超えれば、この消耗は幾何級数的に増大してゆき、それと同時に労働力のすべての正常な再生産条件と活動条件とは破壊される。労働力の価格と労働力の搾取度とは、互いに通約されうる量ではなくなる。」つまり、ある点で量質転化が起きて、過労死も起こりうるということである。

第4節 労働の持続と生産力と強度が同時に変動する場合

「この場合には明らかに多数の組み合わせが可能である。」
ここでは、重要な二つの場合を取り上げている。
「(1)労働の生産力が低下して同時に労働日が延長される場合。」 これは、第1節と第3節の混合の場合である。マルクスはここで、「土地生産物が騰貴する場合」を取り上げている。この場合には、「剰余価値の比率的な大きさは減少してもその絶対量は変わらないことがありうるのである。また、剰余価値の絶対量は増大してもその比率的な大きさは変わらないこともありうるし、延長の程度によっては剰余価値が絶対的にも比率的にも増大することもありうるのである。」
この例として、「1799年から1815年までの期間」のイギリスにおける生活手段の価格高騰と名目的な賃金引き上げについて述べている。

「(2)労働の強度と生産力とが増大して同時に労働日が短縮される場合。」
この場合に記述している例は、将来の社会主義社会の労働を示唆していて、非常に興味がある。
「労働の生産力の上昇と労働の強度の増大とは、一面から見れば、同じ形で作用する。両方とも各期間に得られる生産物を増加させる。したがって、両方とも、労働日のうち労働者が自分の生活手段またはその等価を生産するのに必要な部分を短縮する。」「資本主義的生産形態の廃止は、労働日を必要労働だけに限ることを許す。とはいえ、必要労働は、その事情が変わらなければ、その範囲を拡大するであろう。なぜならば、一方では、労働者の生活条件がもっと豊かになり、彼の生活上の諸要求がもっと大きくなるからである。また、他方では、今日の剰余労働の一部分は必要労働に、すなわち社会的な予備財源と蓄積財源との獲得に必要な労働に、数えられるようになるであろう。
「労働の生産力が増進すればするほど労働日は短縮されることができるし、また労働日が短縮されればされるほど労働の強度は増大することができる。社会的に見れば、労働の生産性は労働の節約につれても増大する。」「資本主義的生産様式は、各個の事業では節約を強制するが、この生産様式の無政府的な競争体制は、社会全体の生産手段と労働力との最も無限度的な浪費を生み出し、それとともに、今日では欠くことができないにしてもそれ自体としてはよけいな無数の機能を生み出すのである。
マルクスの時代から今日までの歴史的変遷を見ると、ここでマルクスが述べたことが歴史的事実として証明されているように思われる。「よけいな無数の機能」がいかに多いことか。
「労働の強度と生産力とが与えられていれば、労働がすべての労働能力ある社会成員のあいだに均等に配分されていればいるほど、すなわち、社会の一つの層が労働の自然必然性を自分からはずして別の層に転化することできなければできないほど、社会的労働日のうちの物質的生産に必要な部分はますます短くなり、したがって、個人の自由な精神的・社会的活動のために獲得された時間部分はますます大きくなる。」
すなわち、ワークシェアリングである。あくまで資本主義の下でではあるが、社会の矛盾を解決しようとすれば、社会主義的視点を導入せざるを得ないということであろう。

第16章 剰余価値率を表す種々の定式

「T 剰余価値/可変資本=剰余価値/労働力の価値=剰余労働/必要労働」
これは、マルクスが剰余価値率について導きだした関係である。これに対し、古典派経済学では次の定式を挙げている。
「U 剰余労働/労働日=剰余価値/生産物価値=剰余生産物/総生産物」
「すべてのこれらの定式では、現実の労働搾取度すなわち剰余価値率はまちがって表現されている。」「これらの派生的な定式は、実際には、一労働日またはその価値生産物が資本家と労働者とのあいだに分割される割合を表している。」「剰余価値と労働力の価値とを価値生産物の諸部分として表すということ―・・・―この表し方は、資本関係の独自な性格、すなわち可変資本と生きている労働力との交換やそれに対応する生産物からの労働者の排除を覆い隠している。それに代わって現れるのが、労働者と資本家とが生産物をそれのいろいろな形成要因の割合に従って分け合う一つの協同関係というまちがった外観なのである。
「V 剰余価値/労働力の価値=剰余労働/必要労働=不払労働/支払労働」
「資本家は、労働力の価値、またはその価値からずれるその価格を支払って、そのかわりに、生きている労働そのものに対する処分権を受け取る。資本家によるこの労働力の利用は二つの期間に分かれる。一方の期間では、労働者はただ自分の労働力の価値に等しい価値を、つまり一つの等価を、生産するだけである。こうして、資本家は、前貸しした労働力の価格のかわりにそれと同じ価格の生産物を手に入れる。・・・これに反して、剰余労働の期間には労働力の利用は資本家のために価値を形成するが、それは資本家にとって価値代償を必要としないものである。彼はこの労働力の流動化を無償で受け取るのである。こういう意味で剰余労働は不払労働と呼ばれることができるのである。」
資本は・・・本質的には不払労働に対する指揮権である。いっさいの剰余価値は・・・その実体から見れば不払労働時間の物質化である」。
この短い章の中に、資本の本質が端的に表されている。

第6編 労賃

第17章 労働力の価値または価格の労賃への転化

「ブルジョア社会の表面では、労働者の賃金は労働の価格として、すなわち一定量の労働に支払われる一定量の貨幣として、現れる。そこでは労働の価値が論ぜられ、この価値の貨幣表現が労働の必要価格とか自然価格とか呼ばれる。他方では、労働の市場価格、すなわち労働の必要価格の上下に振動する価格が論ぜられる。」
この章では、古典派経済学の「労働の価値」に対する批判がなされているが、ここではそれにこだわらず、「労賃」という現象形態の理解に必要な点について取り上げる。

「商品市場で直接に貨幣所持者に向かい合うのは、じっさい、労働ではなくて労働者である。労働者が売るものは、彼の労働力である。・・・労働は、価値の実体であり内在的尺度ではあるが、それ自身は価値をもってはいないのである。」
「労働の価値」という表現では、価値概念はまったく消し去られているだけではなく、その反対物に転倒されている。それは一つの想像的な表現であって、・・・このような想像的な表現は生産関係そのものから生ずる。それらは、本質的な諸関係の現象形態を表す範疇である。現象では事物が転倒されて現れることがよくある・・・。」
古典派経済学は、重要と供給のバランスの上に、労働の市場価格が一つの不変量におさまることを見出し、「労働の偶然的な市場価格を支配し規制する価格、すなわち労働の「必要価格」(重農学派)または「自然価格」(アダム・スミス)は、他の商品の場合と同じに、ただ、貨幣で表現された労働の価値でしかあり得ない。このようにして、経済学は、労働の偶然的な価格を通じて労働の価値に到達しようと思った。」、が、彼らは、「労働の価値」を合理的に説明できなかった。この問題は、ブルジョア社会の「現象形態」に捕らわれていたのでは、解くことができない。マルクスだけが、その問題を解いた。
「だから、経済学が労働の価値と呼ぶものは、じつは労働力の価値なのであり、この労働力は労働者の一身のなかに存在するものであって、その機能である労働とは別物であることは、ちょうど機械とその作業とが別ものであるようなものである。」つまり、労働力とその機能である労働とは、矛盾として把握すべきだということである。

「労働力の価値と価格が労賃というそれらの転化形態」に現れる理由は、次のように理解される。
「人の知るように、労働力の日価値は労働者のある一定の寿命を基準として計算されており、この寿命には労働日のある一定の長さが対応する。」「いま、もしこの労働者の日価値が一日の労働の価値として言い表せるならば、12時間の労働は3シリングの価値を持つ、という定式が生ずる。労働力の価値は、このようにして、労働の価値を、または、貨幣で表せば、労働の必要価格を規定する。」
労働の価値というのは、ただ労働力の価値の不合理な表現でしかないのだから、当然のこととして、労働の価値はつねに労働の価値生産物よりも小さくなければならない、ということになる。」「労働力の価値生産物は、労働力自身の価値によってではなく労働力の機能の継続時間によって定まる・・・」
労賃という形態は、労働日が必要労働と剰余労働とに分かれ、支払労働と不払労働とに分かれることのいっさいの痕跡を消し去るのである。すべての労働が支払労働として現れるのである。」「賃労働では、反対に、剰余労働または不払労働さえも、支払われるものとして現れる。・・・賃金労働者が無償で労働することを貨幣関係が覆い隠すのである。」
「このことから、労働力の価値と価格が労賃と言う形態に、すなわち労働そのものの価値と価格とに転化することの決定的な重要さがわかるであろう。このような、現実の関係を目に見えなくしてその正反対を示す現象形態にこそ、労働者にも資本家にも共通ないっさいの法律観念、資本主義的生産様式のいっさいの欺瞞、この生産様式のすべての自由幻想、俗流経済学のいっさいの弁護論的空論は基づいているのである。」

労賃と言う現象形態は、資本が支配している世界では、普通に矛盾なく感ぜられる。それはまず、「資本と労働とのあいだの交換は、人間の知覚には、さしあたりは他のすべての商品の売買とまったく同じ仕方で現れる。・・・法的意識はここではせいぜい素材の相違を認めるだけで・・・。」「さらに、交換価値と使用価値とはそれ自体としては通約できない量なのだから、「労働の価値」とか「労働の価格」とかいう表現も「綿花の価値」とか「綿花の価格」とかいう表現以上に不合理なものには見えないのである。・・・貨幣は、支払手段として機能する場合には、提供された物品の価値または価格をあとから実現するのである。したがって・・・提供された労働の価値または価格をあとから実現する。最後に、労働者が資本家に提供する「使用価値」は、実際には彼の労働力ではなくてその機能なのであり、・・・一定の有用労働である。その同じ労働が別の面から見れば一般的な価値形成要素であるということ・・・それは普通の意識の領域の外になるのである。」
「他方、資本家のほうを見れば・・・実際に彼が関心をもつのは、ただ労働力の価格と労働力の機能がつくりだす価値との差だけである。だが彼は、・・・いつでも、自分の利潤は価値よりも安く買って高く売るという単純な詐取から生ずるのだと考えているのである。」
「とにかく、「労働の価値および価格」または「労賃」という現象形態は、現象となって現れる本質的な関係としての労働力の価値および価格とは区別されるのであって、このような現象形態については、すべての現象形態とその背後に隠されているものとについて言えるのと同じことが言えるのである。現象形態のほうは普通の思考形態として直接ひとりでに再生産されるが、その背後にあるものは科学によってはじめて発見されねばならない。」
これが科学というのものである。

第18章 時間賃金

「労賃はそれ自体また非常にさまざまな形態をとるのであるが、・・・このような形態のすべてについて述べることは、新労働の特殊理論に属することであり、したがって本書の任務ではない。しかし、二つの支配的な基本形態についてはここで簡単に述べておかねばならない。」

「労働力の売りは、・・・つねに一定の時間を限って行なわれる。それゆえ、労働力の日価値、週価値、等々が直接にとる転化形態は「時間賃金」という形態、つまり日賃金、等々なのである。」
「労働力の交換価値とこの価値が転換される生活手段の量との相違も、今では名目労賃と実質労賃との相違として現れる。」
「労働者が自分の日労働や週労働などと引き換えに受け取る貨幣額は、彼の名目賃金、すなわち価値によって評価された労賃の額をなしている。」
労働の平均価格は、労働力の平均的な日価値を1労働日の時間数で割ることによって、得られる。・・・このようにして見出される1労働時間の価格は労働の価格の尺度単位として役立つ。」
「一般的法則としては次のようになる。日労働や週労働などの量が与えられていれば、日賃金や週賃金は労働の価格によって定まり、労働の価格そのものは、労働力の価値の変動につれて、または労働力の価格が労働力の価値からずれるのにつれて、変動する。反対に、労働の価格が与えられていれば、日賃金や週賃金は日労働や週労働の量によって定まる。」
時間賃金の度量単位、1労働時間の価格は、労働力の日価値を慣習的な1労働日の時間数で割った商である。」つまり、1労働時間の価格=「労働力の日価値÷与えられた時間数の労働日」

この規定に基づいて、さまざまな労賃の問題が明らかになる。
「もし1時間賃金が、資本家が日賃金や週賃金を支払う約束をしないでただ自分が労働者を働かせたいと思う労働時間の支払いだけを約束するという仕方で確定されるならば、資本家は最初に1時間賃金つまり労働の価格の度量単位の算定の基礎になった時間より短く労働者を働かせることができる。この度量単位は労働力の日価値/与えられた時間数の労働日という比率によって規定されているのだから、それは、労働日が一定の時間数の物でなくなれば、もちろん何の意味もなくなってしまう。支払労働と不払労働との関連はなくされてしまう。・・・労働日の法的制限はこのような無法に終末を与える。」
「日賃金や週賃金は上がっても、労働の価格は名目上は変わらないで、しかもその正常な価格よりも下がることもありうる。それは、労働の価格または1労働時間の価格が変わらないで労働日が慣習的な長さよりも延長されれば、必ず起きることである。・・・労働力の価値は、その機能が長くなるにつれて、その消耗が増大するので増大し、しかもその機能の持続の増加よりももっと速い割合で増大する。それゆえ、労働時間の法的制限なしに時間賃金が広く行われている産業部門の多くでは、労働日が或る一定の点まで、・・・を限って正常と認められるという慣習が自然発生的にでき上がったのである。」マルクスは、注釈で、労働の時間外労働の価格の安さ、時間外労働の恒常化、標準時間中の労働の価格の安さのよる時間外労働への実質的な服従の例を、イギリスの児童労働調査委員会や工場監督官の報告書から引用している。
「一般に知られている事実として、ある産業部門での労働日が長ければ長いほど労賃は低い、ということがある。」ある工場監督官は、報告書の中でそのことを例証している。
「労働の価格が低ければ低いほど、労働者が単にみじめな平均賃金を確保するだけのためにも、労働量はますます大きくなければならず、言い換えれば、労働日はますます長くなければならない、ということである。」
「ところが、それとは逆に、労働時間の延長もまた労働の価格の低下を、したがってまた日賃金や週賃金の低下を引き起こす。」
この例として、マルクスは、資本家による労働者の競争の利用を挙げている。「もし一人が1+1/2人分とか二人分とかの仕事をするとすれば、市場にある労働力の供給は変わらなくても、労働の供給は増大する。このようにして労働者のあいだに引き起こされる競争は、資本家が労働の価格を押し下げることを可能にし、労働の価格の低下は、また逆に資本家が労働時間をさらにいっそう引き延ばすことを可能にする。しかし、このような、異常な、すなわち社会的平均水準を越える不払労働を自由に利用する力は、やがて、資本家たち自身のあいだの競争手段になる。」ここでは、「ロンドンの製パン業者」のうち、「パンを標準価格よりも安く売っている」業者への「標準価格で売っている」業者の非難から、その実例を指摘している。

第19章 出来高賃金

出来高賃金は時間賃金の転化形態にほかならないのであって、ちょうど時間賃金が労働力の価値または価格の転化形態にほかならないようなものである。
出来高賃金では、一見したところ、労働者が売る使用価値は彼の労働力の機能である生きている労働ではなくてすでに生産物に対象化されている労働であるかのように見え、また、この労働の価格は、時間賃金の場合のように労働力の日価値÷与えられた時間数の労働日という分数によってではなくて、生産者の作業能力によって規定されるかのように見える。」
資本主義生産様式は、労働力の価値において、さまざまな現象形態と仮象形態を生みだすということである。

出来高賃金という形態も時間賃金という形態と同じように不合理である。・・・出来高賃金は、直接には実際少しも価値関係を表してはいないのである。ここで行なわれるのは、一個の価値をそれに具体化されている労働時間で計ることではなくて、逆に、労働者の支出した労働を彼の生産した個数で計ることである。時間賃金の場合には労働がその直接的持続時間で計られ、出来高賃金の場合には一定の持続時間中に労働が凝固する生産物量で労働が計られるのである。・・・出来高賃金はただ時間賃金の一つの変形でしかないのである。」

では、出来高賃金という表現形態は、どういうメリットがあるのだろうか。
「この場合には労働の質が製品そのものによって左右されるのであって、各個の価格が完全に支払われるためには製品は平均的な品質をもっていなければならない。出来高賃金は、この面から見れば、賃金の削減や資本家的なごまかしの最も豊かな資源になる。
出来高賃金は、資本家に、労働の強度を計るためのまったく明確な尺度を提供する。ただ、前もって確定された経験的に固定されている商品量に具体化される労働時間だけが、社会的に必要な労働時間として認められ、そういうものとして支払を受ける。」
「この場合には労働の質や強度が労賃の形態そのものによって制御されるのだから、この形態は労働監督の大きな部分を不要にする。従って、この形態は、前に述べた近代的家内労働の基礎をなすと同時に、搾取と抑圧との階層制的に編成された制度の基礎をなすのである。この制度には二つの基本形態がある。出来高賃金は一方では資本家と賃金労働者とのあいだに寄生者が介入すること、すなわち仕事の下請けを容易にする。仲介人たちの利得は、ただ、資本家が支払う労働の価格と、この価格のうちから仲介人たちが実際に労働者に渡す部分との差額だけから生ずる。・・・他方では、出来高賃金は、資本家が主要な労働者―・・・―と出来高当たり幾らという価格で契約を結び、その価格で主要な労働者自身が自分との補助労働者の募集や賃金支払を引き受けるということを可能にする。資本による労働者の搾取がこの場合には労働者による労働者の搾取を媒介にして実現されるのである。」
「時間賃金の場合には、わずかな例外を別とすれば、同じ機能には同じ労賃というのが一般的であるが、出来高賃金の場合には、労働時間の価格は一定の生産物量によって計られるとはいえ、日賃金や週賃金は、それとは反対に労働者たちの個人差・・・につれて、違ってくる。だから、この場合には現実の収入については、個々の労働者の技能や体力や精力や耐久力などの相違に従って、大きな差が生ずるのである。・・・出来高賃金のほうが個性により大きい活動の余地を与えるということは、一方では労働者たちの個性を、したがってまた彼らの自由感や独立心や自制心を発達させ、他方では労働者どうしのあいだの競争を発達させるという傾向がある。それゆえ、出来高賃金は、個々人の労賃を平均水準よりも高くすると同時にこの水準そのものを低くする傾向があるのである。」
出来高賃金は資本主義的生産様式に最もふさわしい労賃形態だということがわかる。
マルクスは、出来高賃金が、資本主義の発展につれて拡大し、「労働時間の延長と労賃の引き下げ」や「労働の強度の増大」に役立ったことを、例証している。「工場法の適用を受ける作業場では出来高賃金が通例のことになる。なぜならば、そこでは資本は労働日をもはや内包的に拡大するよりほかはないからである。」
「労働の生産性の変動につれて、同じ生産物量が表す労働時間も変動する。したがってまた出来高賃金も変動する。というのは、出来高賃金は一定の労働時間の価格表現だからである。」労働の生産性が上がれば、同じ時間で生産される生産物量が増え、「したがって同じ一個に充当される労働時間が減少するのと同じ割合で、出来高賃金は引き下げられるのである。このような出来高賃金の変動は、それだけならば純粋に名目的であるのに、資本家と労働者との間に絶え間のない闘争を引き起こす。」

こうして、労働力の価値は、労賃に転化し、時間賃金は、出来高賃金に転化する。本質は、現象形態、仮象形態になるにつれ、本質本来の敵対関係を覆い隠す。

第20章 労賃の国民的相違

「諸国民の労賃を比較するにあたっては、労働力の価値の大きさの変動を規定するすべての契機を考慮しなければならないのである。すなわち、自然的な、また歴史的に発達した第一次生活必需品の価格と範囲、労働者の養成費、婦人・児童労働の役割、労働の生産性、労働の外延的および内包的な大きさがそれである。」
「どの国にも一定の中位の労働強度として認められているものがあって・・・強度のより大きい国民的労働は、強度のより小さい国民的労働に比べれば、同じ時間により多くの価値を生産するのであって、この価値はより多くの貨幣で表現されるのである。」
「ある一国で資本主義的生産が発達していれば、それと同じ度合いでそこでは労働の国民的な強度も生産性も国際水準の上に出ている。・・・貨幣の相対的価値は、資本主義的生産様式がより高く発展している国民のもとでは、それがあまり発展していない国民の下でよりも、小さいであろう。したがって、名目労賃・・・は・・・高いであろうということになる。・・・しかし、違った国国での貨幣価値のこのような相対的相違は別としても、しばしば見られるように、日賃金や週賃金などは・・・(発達している国のほうが)高いが、相対的な労働の価格、すなわち剰余価値に比べての労働の価格も、生産物の価値に比べての労働の価格も、・・・(あまり発達していない国のほうが)高いのである。」
マルクスは、イギリスの工場監督官アレグサンダー・レッドグレーヴの報告書を引用して、上記の事を証明している。

第7篇 資本の蓄積過程

資本の運動は、生産における否定=労働力の商品への転化と、流通における否定の否定=貨幣の商品への転化と商品の貨幣への再転化とを含む。この全過程が、資本の本質である剰余価値の生産の運動である。いままでは、前者の過程を扱ってきたので、後者の過程を扱わなければ、この全過程は完結しない。更にこの全運動が「絶えず繰り返されることが必要である。このような絶えず同じ継起的諸段階を通る循環は、資本の流通を成している。」
そのためには、「蓄積」が必要である。この蓄積も矛盾である。「蓄積の第1の条件は、資本家が、自分の商品を売ること、また、こうして手に入れた貨幣の大部分を資本に再転化させることをすでに済ませているということである。」

この篇では、資本の蓄積が扱われるが、ここで取り上げられる形態は、具体的形態ではなく、抽象的形態である。「最初はまず蓄積を抽象的に、すなわち単に直接的生産過程の1契機として、考察するのである。」「蓄積過程の純粋な分析のためには、蓄積過程の機構の内的な営みを覆い隠すいっさいの現象をしばらく無視することが必要なのである。」
「商品を生産する資本家は商品をその価値どおりに売るものと想定し、それ以上に彼の商品市場への復帰には立ち入らないことにし」「資本家的生産者は全剰余価値の所有者とみなされる。または、別な言い方をすれば、彼と獲物を分け合う仲間全体の代表者と見なされる。」

いまでは、庶民も剰余価値の恩恵にあずかる。年金生活者がその僅かばかりの資金を貯金や投資信託に預け、少しでも目減りを減らそうとすれば、それは同時に、客観的には、資本家の仲間になっていることになる。
「剰余価値を生産する、すなわち不払労働を直接に労働者から汲み出して商品に固定する資本家は、・・・あとで、それを、社会的生産全体のなかで他の諸機能を果たす資本家たちや土地所有者などと分けなければならない。したがって、剰余価値はいろいろな部分に分かれる。剰余価値の断片はいろいろな部類の人々の手に入って、利潤や利子や商業利得や地代などという種々の互いに独立な形態を受け取る。」
だから、ここからは、現代にも直接通ずる過程を扱うことになる。

第21章 単純再生産

「生産過程は、その社会的形態がどのようであるかにかかわりなく、連続的でなければならない。・・・どの社会的生産過程も、それを一つの恒常的な関連の中で、またその更新の不断の流れの中で見るならば、同時に再生産過程なのである。」
再生産過程とは、循環過程ということであり、それは、否定の否定の過程が、同時に更なる否定の否定の過程であるということであり、二重否定の直接的同一ということである。この矛盾が成立するためには、蓄積=生産であって生産でない存在という矛盾の存在が必要である。
「生産の諸条件は同時に再生産の諸条件である。」再生産の条件は、生産過程で消費された(生産的消費)の生産手段を、生産物の一部分から現物で生産手段に再転化しなければならない。これは個人的消費からは分離されている。

「もし生産が資本主義的形態のものであれば、再生産もそうである。」「資本価値の周期的増加分・・・としては、剰余価値は資本から生ずる収入という形態を受け取る。」「この収入が、・・・周期的に消費されるならば、・・・単純再生産が行われる。この単純再生産は、・・・:この単なる繰り返しまたは連続がこの過程にいくつかの新しい性格を押印するのである。」

「生産過程は、一定時間を限っての労働力の買い入れによって準備され、・・・一定の生産期間・・・が終わるごとに、絶えず更新される。しかし、労働者は、彼の労働力が働いてそれ自身の価値も剰余価値も商品に実現してから、はじめて支払を受ける。」
この単純な生産が連続して行くとすれば、最初、労働力の買い入れのために資本家が準備した労働力の価値=労賃は、結局どこから出てくるようになるのか。
「労働者自身によって絶えず再生産される生産物の一部分、それが労賃の形で絶えず労働者の手に還流するのである。・・・労働者が生産手段の一部分を生産物に転化させているあいだに、彼の以前の生産物の一部分は貨幣に再転化する。先週とか過去半年間とかの彼の労働によって彼に今日の労働とか次の半年間の労働とかが支払を受けるのである。」こうしてはじめて、否定の否定の過程同士が、結びつけられるのである。だが、この労働者が過去に自分で生産した価値によって、未来の自分の労働が支払われるという本質は、貨幣で労賃を受け取っている限りは、理解しにくい。マルクスは、階級全体を考えれば、理解しやすいと言う。
「貨幣形態が生み出す幻想は、個別資本家や個別労働者に代わって資本家階級と労働者階級とが考察されるならば、たちまち消え去ってしまう。資本家階級は労働者階級に、後者によって生産されて前者によって取得される生産物の一部分を指示する証文を、絶えず貨幣形態で与える。この証文を労働者は同様に絶えず資本家階級に返し、これによって、彼自身の生産物のうちの彼自身のものになる部分を資本家階級から引き取る。」
この形態は、歴史的に見ると、次のようになる。
可変資本は、ただ、労働者が彼の自己維持と再生産のために必要とし社会的生産のどんな体制のもとでもつねに自分で生産し再生産しなければならない生活手段財源又は労働財源の一つの特殊な歴史的現象形態でしかないのである。・・・このような労働財源の現象形態は、労働者には彼自身の対象化された労働が資本家によって前貸しされるのだということを少しも変えるものではない。」マルクスは、理解しやすいように、夫役農民の例を取り上げている。

「たしかに、可変資本が資本家自身の財源から前貸しされる価値という意味を失うのは、ただ、われわれが資本主義的生産過程をその更新の不断の流れの中で考察する場合だけのことである。・・・だから、われわれのこれまでの立場から見れば、資本家はいつかあるとき他人の不払労働にはよらないなんらかの本源的蓄積によって貨幣所持者となり、したがって労働力の買い手として市場を歩くことができたのだということが、いかにもありそうなことに思われるのである。」ここでいう本源的蓄積とは、資本の本質である剰余価値=不払労働の物質化によらない資本の出現と言う意味である。
だが、「単純再生産は、・・・可変資本だけではなく総資本をもとらえる奇妙な変化を引き起こす」。どういう変化かというと、単純再生産の過程のはずが、いつのまにか、剰余価値が資本に再転化していたというのである。
最初に資本家が準備せねばならない前貸資本は、単純再生産においても、年月がたてば、いずれ剰余価値の総額がそれを上回ってしまう。「一般的に言えば、前貸資本価値を毎年消費される剰余価値で割れば、最初の前貸資本が資本家によって食い尽されて消えてなくなるまでに経過する年数または再生産周期の数が出てくる。」「ある年数が過ぎた後では、彼が取得した資本価値は同じ年数のあいだに等価なしで取得した剰余価値の総額に等しく、彼が消費した価値額は最初に資本価値に等しい。」「だから、およそ蓄積というものを無視しても、生産過程の単なる連続でも、すなわち単純再生産でも、長短の期間の後には、どの資本をも必然的に蓄積された資本または資本化された剰余価値に転化させるのである。」
すなわち、最初に準備された資本が、再生産過程を経ることによって、剰余価値が資本に転化し、こうして最初の前提であった資本が「他人の不払労働の物質化」としての本来の資本として再出現するということになる。

「第4章で見たように、貨幣を資本に転化させるためには、・・・一方には価値または貨幣の所持者、他方には価値を創造する実体の所持者が、一方には生産手段と生活手段の所持者、他方にはただ労働力だけの所持者が、互いに買い手と売り手として相対していなければならなかった。つまり、労働生産物と労働そのものとの分離、客観的な労働条件と主体的な労働力との分離が、資本主義的生産過程の事実的に与えられた基礎であり出発点だったのである。ところが、はじめはただ出発点でしかなかったものが、過程の単なる連続、単純再生産によって、資本主義的生産の特有な結果として絶えず繰り返し生産されて永久化されるのである。」
単純再生産によっても、最初の資本が本来の資本として再出現するだけでなく、資本主義的生産の条件自体が、再出現するという。つまり、原因が結果を引き起こすだけでなく、結果が原因になるというのである。
「一方では生産過程は絶えず素材的富を資本に転化させ、資本家のための価値増殖手段と享楽手段とに転化させる。他方ではこの過程から絶えず労働者が、そこにはいったときと同じ姿で―・・・―出てくる。」「労働者は絶えず客体的な富を、資本として、すなわち彼にとって、外的な、彼を支配し搾取する力として、生産するのであり、そして資本家もまた絶えず労働力を、主体的な、それ自身を対象化し実現する手段から切り離された、抽象的な、労働者の単なる肉体のうちに存在する富の源泉として、生産するのであり、簡単に言えば労働者を賃金労働者として、生産するのである。このような、労働者の不断の再生産または永久化が、資本主義的生産の不可欠の条件なのである。」
労働者は、生産過程において、「生産手段を自分の労働によって消費し、それを前貸資本の価値よりも大きな価値のある生産物に転化させる。これは彼の生産的消費である。それは同時に・・・資本家による彼の労働力の消費でもある。他方では、労働者は労働力の代価として支払われた貨幣を生活手段に振り向ける。これは彼の個人的消費である。だから、労働者が行なう生産的消費と個人的消費とはまったく違うのである。」「一方の消費の結果は資本家の生活であり、他方の消費の結果は労働者自身の生活である。」
生産と消費は、直接的および媒介的に繋がっている。ここで言う生産的消費、すなわち、生産手段の消費と労働力の消費とは、生産における消費の直接的同一の側面であり、一方、消費的生産は、生活手段の消費=労働力の回復・生産であり、すなわち、個人的消費である。資本主義的生産様式では、労働力が商品と直接的同一となることによって、労働力商品と交換された貨幣が生活手段と直接的同一となる。したがって、資本が労働力の代価である貨幣を媒介にして、労働者の消費的生産を支配することになる。これも生産が消費を規定するあり方の一つである。
労働者はしばしば自分の個人的消費を生産過程の単なる付随事にすることを強制されている。このような場合には、彼は自分の労働力を働かせておくために自分に生活手段をあてがうのであって・・・そのとき彼の消費手段はただ生産手段の消費手段でしかなく、彼の個人的消費は直接的に生産的消費である。とはいえ、これは、資本主義的生産過程にとって本質的ではない一つの乱用として現れる。」
このことは、資本家階級と労働者階級を取り上げれば、より明確になる。
「労働力と引き換えに手放される資本は生活手段に転化され、この生活手段の消費は、現存する労働者の筋肉や神経や骨や脳を再生産して新しい労働者を生み出すことに役立つ。それゆえ、絶対的に必要なものの範囲内では、労働者階級の個人的消費は、資本によって労働力と引き換えに手放された生活手段の、資本にとって新たに搾取されうる労働力への再転化である。それは、資本家にとって最も不可欠な生産手段である労働者そのものの生産であり再生産である。」「労働者階級の不断の維持と再生産も、やはり資本の再生産のための恒常的な条件である。資本家はこの条件の充足を安んじて労働者の自己維持本能と生殖本能とに任せておくことができる。彼は、ただ、労働者たちの個人的消費をできるだけ必要物に制限しておくように取り計らうだけで」ある。
「それゆえ、資本家も、その理論的代弁者である経済学者も、労働者の個人的消費のうちでただ労働者階級の永久化のために必要な部分だけを、つまり資本が労働者を消費するために実際に消費されなければならない部分だけを、生産的とみなすのである。そのほかに労働者が自分の快楽のために消費するものがあれば、それは不生産的消費なのである。」
こうして、単純再生産過程であっても、資本の前提条件であった賃金労働者を再出現させるのである。資本主義的生産様式と言う場合には、単なる工場の中での生産過程だけでなく、このような労働者の生活過程の生産と再生産の様式を含んでいるのである。
「こういうわけで、社会的立場から見れば、労働者階級は、直接的労働過程の外でも、生命のない労働用具と同じに資本の付属物である。労働者階級の個人的消費でさえも、ある限界のなかでは、ただ資本の再生産過程の一契機でしかない。」「個人的消費は、一方では彼ら自身の維持と再生産が行なわれるようにし、他方では、生活手段をなくしてしまうことによって、彼らが絶えず繰り返し労働市場に現れるようにする。ローマの奴隷は鎖によって、賃金労働者は見えない糸によって、その所有者につながれている。
マルクスは、この後に、労働者階級の再生産過程を資本家がどのように見ているかを示す例を示している。「労働者階級の再生産は、同時に、世代から世代への技能の伝達と累積とを含んでいる。このような熟練労働者階級の存在を、どんなに資本家が自分の所有する生産条件の一つに数え、この階級を実際に自分の可変資本の現実的存在とみなしているかということは、恐慌にさいしてこのような階級がなくなるおそれが生ずれば、たちまち明らかになる。」として「アメリカの南北戦争と、それに伴って起きた綿花飢餓」の際に、「タイムズ」に掲載された「マンチェスター商業会議所の前会頭ポッター」の書簡を挙げている。
これは「人間の社会的存在がその意識を規定する」(「序言」)例として、極めて興味深い。

こうして、資本主義的生産過程はそれ自身の進行によって労働力と労働条件との分離を再生産する。したがって、それは労働者の搾取条件を再生産し永久化する。」「一方の人を絶えず自分の労働力の売り手として商品市場に投げ返し、また彼自身の生産物を絶えず他方の人の購買手段に転化させるものは、過程そのものの必至の成り行きである。じっさい、労働者は、彼が自分を資本家に売る前に、すでに資本に属しているのである。」「こうして、資本主義的生産過程は、関連の中で見るならば、すなわち再生産過程としては、ただ商品だけではなく、ただ剰余価値だけではなく、資本関係そのものを、一方には資本家を、他方には賃金労働者を、生産し再生産するのである。」

第22章 剰余価値の資本への転化

第1節 拡大された規模での資本主義的生産過程 商品生産の所有法則の資本主義的取得法則への変転

剰余価値が周期的に消費されず、資本に転化される場合、すなわち、単純再生産が行なわれない場合、「剰余価値の資本としての充用、または剰余価値の資本への再転化は、資本の蓄積と呼ばれる。」
第4章第3節の最後で述べたように、生産と流通をそれぞれひとまとまりのものとみなすと、両者は矛盾しており、したがって資本の生産と流通は、否定の否定として把握することができる。単純再生産は、否定の否定の過程の直接的同一であった。この否定の否定が媒介的に統一されるのが、ここで扱う剰余価値の資本への転化過程であり、資本がその本質を自分自身に刻印する過程である。この循環過程は、螺旋的展開の形態をとる。

はじめ、剰余価値は資本から生じたが、ここでは資本が剰余価値から生ずる。論理的に言えば、資本と剰余価値の内在的理論的矛盾(第4章)が相互の分離・対立(絶対的剰余価値と相対的剰余価値)にまで発展し、相互に浸透する過程(剰余価値と資本の相互転化)を扱うことである。これは否定の否定の運動を通じて可能となる。この論理的展開方法をしっかりと掴んでおく必要がある。
単純再生産にどういう条件が加われば、資本の蓄積=剰余価値の資本への転化となるのか。

マルクスは、個別資本家として紡績業者の例を挙げて解説する。
「資本価値は最初は貨幣形態で前貸しされた。ところが、剰余価値ははじめから総生産物の一定の部分の価値として存在する。総生産物が売られ、貨幣に転化されれば、資本価値は再びその最初の形態を得るが、剰余価値のほうはその最初の存在様式を変えている。とはいえ、この瞬間からは資本価値も剰余価値も両方とも貨幣額であって、それらの資本への再転化はまったく同じ仕方で行なわれる。・・・・・・今度は拡大された規模で始めることを可能にする。だが、このような商品を買うためには、彼はそれらが市場にあるのを見出さねばならない。」
資本家は、剰余価値を資本へ転化させるための余分の商品を市場にて見出せるのか。

「彼の持っている糸が流通するのは、彼が自分の年間生産物を市場に出すからにほかならない。それは、他のすべての資本家も同じように各自の商品ですることである。しかし、これらの商品は、市場にやってくる前にすでに年間総生産物のうちに存在していたのである。」
「まず第一に、年間生産は、その年のうちに消費される物的資本成分を補填するべきすべての対象(使用価値)を供給しなければならない。これを引き去った後には、純生産物または剰余生産物が残り、それには剰余価値が含まれている。」
「蓄積するためには、剰余価値の一部分を資本に転化させなければならない。・・・資本に転化させうるものは、・・・生産手段と、そのほかには、労働者の生活維持に役立ちうる物、すなわち生活手段とだけである。したがって、年間剰余労働の一部分は、前貸資本の補填に必要だった量を超える追加生産手段と追加生活手段との生産にあてられていなければならない。一言で言えば、剰余価値が資本に転化できるのは、それを担う剰余生産物がすでに新たな資本の物的諸成分を含んでいるからにほかならないのである」
「次にこれらの成分を実際に資本として機能させるためには、資本家階級は労働の追加を必要とする。・・・追加労働力を買い入れなければならない。そのためにも資本主義的生産の機構はすぐまにあうようになっている。というのは、この機構は労働者階級を労賃に依存する階級として再生産し、この階級の普通の賃金はこの階級の維持だけではなくその増殖をも保障するに足りるからである。・・・具体的にみれば、蓄積は、累進的に増大する規模での資本の再生産ということに帰着する。単純再生産の循環は一変して・・・一つの螺旋に転化するのである。」
つまり、資本主義の機構は、年間総生産物のうちの剰余生産物のうちに、追加生産手段と追加生活手段を含み、また、追加労働力を供給するというのである。

最初の資本は、前貸しによって準備された。この段階では「商品生産の諸法則に一致するただ一つのものであるように見える。」
「追加資本については、事情はまったく別である。・・・それは剰余価値の資本化されたものである。それは、最初から、他人の不払労働から生まれたものでない価値はみじんも含んでいない。・・・資本家階級がこの貢物の一部分で労働者階級から追加労働力を買うとすれば・・・それは、被征服者自身から取り上げた貨幣で被征服者から商品を買うという、征服者が昔からやっているやり方と変わらないのである。」
「追加資本第一号になる剰余価値が、原資本の一部分による労働力の買い入れの結果だったかぎりでは、すなわち、商品交換の諸法則に一致した買い入れ・・・の結果だった限りでは、また、追加資本第二号以下がただ単に追加資本第一号の結果であり、したがってあの最初の関係の帰結である限りでは、・・・明らかに、商品生産と商品流通とにもとづく取得の法則または私有の法則は、この法則自身の内的な、不可避的な弁証法によって、その正反対物に一変するのである。」
「最初の売買として現れた等価物どうしの交換」、そこでは、「所有権は自分の労働にもとづくものとしてわれわれの前に現れた。」「ただ同権の商品所有者が相対するだけであり、他人の商品を取得するための手段はただ自分の商品を手放すことだけであり、そして自分の商品はただ労働によってつくりだされうるだけだからである。」
ところが、「第一に、労働力と交換される資本部分そのものが、等価なしで取得された他人の労働生産物の一部分にほかならないからであり、第二には、この資本部分は、その生産者である労働者によって、ただ補填されるだけではなく、新しい剰余を伴って補填されなければならない」ということ、「所有は、今では、資本家の側では他人の不払労働またはその生産物を取得する権利として現れ、労働者の側では彼自身の生産物を取得することの不可能として現れる。」
これが商品生産における商品流通における所得様式と区別される、資本主義的生産様式における資本主義的取得様式なのである。この取得様式は、もともと商品から開始される商品流通の否定の否定の運動を逆にして、貨幣から開始される否定の否定の運動の連続によって起こることに注意しなければならない。否定の否定の運動の量的変化が、その質的変化をもたらしたのである。
「このように、資本主義的取得様式は商品生産の本来の諸法則にまっこうからそむくように見えるとはいえ、それはけっしてこの諸法則の侵害から生まれるのではなく、反対にこの諸法則の適用から生まれるのである。」

「交換の法則が要求する同等性は、ただ、交換によって互いに引き渡される商品の交換価値の同等性だけである。しかも、交換の法則は、これらの商品の使用価値の相違をはじめから要件としているのであって、取引が終了してからはじまるこれらの使用価値の消費とはまったくなんの関係もないのである。だから、貨幣の資本への最初の転化は、商品生産の経済的諸法則とも、そこから派生する所有権とも、最も厳密に一致して行なわれるのである。」
これが商品交換の原則であった。その結果は、
「生産物は資本家のものであって、労働者のものではな」く、「この生産物の価値は、前貸資本の価値の他に、剰余価値を含んでおり、・・・資本家の合法的な所有物にな」り、「労働者は引き続き自分の労働力を保持していて、・・・再びそれを売ることができる」のである。
「単純再生産は、ただこの第一の操作の周期的反復でしかない。」「単純再生産に代わって、拡大された規模での再生産、すなわち蓄積が行なわれても、少しも変わりはない。」

ところが、これを両階級の間で見ると、違って見える。
「われわれが資本主義的生産をその更新の不断の流れの中で考察し、個別資本家と個別労働者とのかわりに、全体に、つまり資本家階級とそれに相対する労働者階級とに、着目するならば、事柄はまったく違って見える。だが、そうすれば、われわれは、商品生産にとってはまったく外的なものである尺度をあてがうことになるであろう。」
「商品生産では、・・・売り手と買い手・・・の相互関係は、彼らのあいだに結ばれた契約の満期日がくれば、それで終りである。」「商品生産またはそれに属する過程は、商品生産自身の経済的諸法則に従って判断されるべきだとすれば、われわれはそれぞれの交換行為を、それ自体として、その前後に行なわれる交換行為とのいっさいの関連の外で、考察しなければならないのである。また、売買はただ個々の個人のあいだに行なわれるのだから、全体としての各社会階級のあいだの関係を売買のうちに求めることは許されないのである。」

「このような結果は、労働力が労働者自身によって商品として自由に売られるようになれば、不可避的になる。しかしまた、そのときからはじめて商品生産は一般化されるのであって、それが典型的な生産形態になるのである。・・・いっさいの生産された富が流通を通るようになる。賃労働がその基礎となるとき、はじめて商品生産は自分を全社会に押し付ける。しかしまた、その時初めて商品生産はそのいっさいの隠れた力を発揮する。・・・商品生産がそれ自身の内在的諸法則に従って資本主義的生産に成長してゆくにつれて、それと同じ度合いで商品生産の所有法則は資本主義的取得の諸法則に一変するのである。

第2節 経済学の側からの拡大された規模での再生産の誤った把握

「次にわれわれは蓄積または剰余価値の資本への再転化に関するいくつかのいっそう詳しい規定に進むのであるが、その前に、古典派経済学によって生みだされた一つの疑義をかたづけておかなければならない。」
「古典派経済学によって生みだされた一つの疑義」とは何か。

ブルジョア経済(学)は、それ以前の商品流通の経済とは異なる。それ以前の経済、具体的には、古典古代及び封建的生産様式における経済は、「第1篇 商品と貨幣」で展開された商品流通の経済である。したがって、資本主義経済における蓄積は、「第3節 貨幣」で議論されたような貨幣蓄蔵とは異なる。
「その偏見は、資本主義的生産を貨幣蓄蔵と混同し、したがってまた、蓄精された富とは、その現在の現物形態の破壊を免れた、つまり消費を免れた富か、または流通に投ぜられることから救われた富だ、と考えるのである。貨幣を流通から締め出すことは、貨幣を資本として増殖することとは正反対であろうし、蓄財のつもりで商品を蓄積するのはただの愚行であろう。」
 これに対して、「アダム・スミスは、蓄積をただ生産的労働者による剰余生産物の消費として説明すること、または、剰余価値の資本化を剰余価値がただ労働力に転換されることとして説明することを、はやらせた。」
これに対して、マルクスは言う。
「生産的労働者によって行なわれる剰余生産物の消費を蓄積過程の特徴的な契機として強調するかぎりでは、正しいのである」が、「この考え方によれば、資本に転化される剰余価値はすべて可変資本になるということになるであろう。そうではなく、剰余価値も、最初に前貸しされる価値と同様に、不変資本と可変資本とに、生産手段と労働力とに、分かれるのである。」
「アダム・スミスは、根本的にまちがった分析によって、次のようなばかげた結論にたどりつく。すなわち、各個の資本は不変成分と可変成分とに分かれるにしても、社会的資本はただ可変資本だけになってしまう、言い換えればただ労賃の支払だけに支出されてしまう、というのである。」
「年間生産を一括した全体だけを考察しているあいだは、年間の再生産過程は容易に理解される。しかし、年間生産のすべての成分が商品市場に出されなければならないのであって、そこから困難が始まるのである。」「年間生産の姿をそれが流通から出てくるときの形で示すという試みを彼らの経済表のなかではじめてやったということは、重農学派の大きな功績である。」

第3節 剰余価値の資本と収入とへの分割 節欲説

「剰余価値の一部分は資本家によって収入として消費されるのであり、他の部分は資本として充用され、蓄積されるのである。」ここで、「収入」とは、剰余価値「のうちから資本家によって周期的に消費される部分、すなわち彼の消費財源に加えられる部分を表わす」。 「剰余価値の量が与えられていれば、これらの部分の一方が小さければ小さいほど他方はそれだけ大きいであろう。他の事情はすべて変わらないと仮定すれば、この分割が行なわれる割合は蓄積の大きさを決定する。しかし、だれがこの分割を行なうかといえば、それは剰余価値の所有者、つまり資本家である。だから、この分割は資本家の意志行為である。」
資本家は、ただ人格化された資本であるかぎりでのみ、一つの歴史的な価値とあの歴史的な存在権・・・をもっているのである。ただそのかぎりでのみ、彼自身の一時的な必然性は資本主義的生産様式の一時的な必然性のうちに含まれるのである。だがまた、そのかぎりでは、使用価値と享楽がではなく、交換価値とその増殖とが彼の推進的動機なのである。」
「ただ資本の人格化としてのみ、資本家は尊重される。このようなものとして、彼は貨幣蓄蔵者と同様に絶対的な致富欲をもっている。だが、貨幣蓄蔵者の場合に個人的な熱中として現われるものは、資本家の場合には社会的機構の作用なのであって、この機構のなかでは彼は一つの動輪でしかないのである。そのうえに、資本主義的生産の発展は一つの産業企業に投ぜられる資本がますます大きくなることを必然的にし、そして、競争は各個の資本家に資本主義的生産様式の内在的な諸法則を外的な強制法則としで押しつける。競争は資本家に自分の資本を維持するために絶えずそれを拡大することを強制するのであり、また彼はただ累進的な蓄積によってのみそれを拡大することができるのである。」

論理的に言えば、資本家は、資本という経済的カテゴリーの人格化である。ここで言う「人格化」とは、資本家という人間を土台として、その社会的意識と意志に資本のカテゴリーが反映し、その行動を通して資本の本質=価値の増殖を行なうということである。言い換えれば、資本家とは、資本のカテゴリーをその人間の社会的機能として備えた人間である。
「資本論」を、社会的意識諸形態を含む上部構造から切り離して、土台を形成する経済的機構としてのみ解釈する者がいる。これは完全な間違いである。「資本論」は上向法で書かれているが、下向=抽象する対象が上部構造を含む土台であるから、抽象化した概念にも、上部構造の部分が必然的に含まれている。そこで、上向=具体化する過程で、上部構造の部分が姿を表すのである。
論理的進展によって、資本は、剰余価値の生産から、剰余価値の資本への再転化へと進んできた。そこで、資本家の意識も、それに対応して変化して行かねばならない。それが反映論の論理であり、ここでの議論の核心である。では、どのように変化するのか。

「それゆえ、彼のあらゆる行動が、ただ彼において意志と意識とを与えられている資本の機能でしかないかぎりでは、彼にとって彼自身の私的消費は彼の資本の蓄積から盗みとることを意味するのであって、・・・。蓄積は、社会的な富の世界の征服である。蓄積は、搾取される人間材料の量を拡大すると同時に、資本家の直接間接の支配を拡大するのである。」
「資本主義的生産様式が発展し蓄積が増進し富が増大するにつれて、資本家は資本の単なる化身ではなくなる。・・・古典的な資本家は、個人的消費に、資本家の職分に反する罪悪で蓄積の「抑制」だという熔印を押すのであるが、現代化された資本家は、蓄積を彼の享楽欲の「禁欲」として理解することができるのである。」
資本主義的生産様式の歴史的発端―そして資本家に成り上がるものはそれぞれ個別的にこの歴史的段階を通る―では、致富欲と貪欲とが絶対的な熱情として優勢を占める。しかし、資本主義的生産の進展は、ただ享楽の世界をつくりだすだけではない。それは、投機や信用制度によって、いくらでもにわかな致富の源泉を開く。発展がある程度の高さに達すれば、富の誇示であり同時に信用の手段でもある世間並みな程度の浪費は、「不幸な」資本家の営業上の必要にさえなる。奢侈は資本の交際費の一部になる。もともと、資本家は、貨幣蓄蔵者とは違って、彼自身の労働や彼自身の非消費に比例して富をなすのではなく、彼が他人の労働力を搾取し労働者に人生のいっさいの快楽を絶つことを強要する程度にしたがって富をなすのである。・・・彼の浪費は、彼の蓄積といっしょに、しかも一方が他方を中断させる必要なしに、増大するのである。それと同時に、個々の資本人の高く張った胸のなかでは、蓄積欲と享楽欲とのファウスト的葛藤が展開されるのである。」
マルクスは、「ドクター・エイキンが1795年に公刊した書」から、マンチェスターの工業主たちが、貨幣蓄蔵者→営業の拡大、奢侈の始まり→機械の出現、「営業の拡張にささえられた非常な奢侈と浪費」へと変化してきたことを指摘している。

「古典派経済学は背本家の歴史的機能を大まじめに問題にする。資本家の胸を享楽欲と致富欲とのやっかいな葛藤から守ってやろうとして、マルサスは、今世紀の20年代の初めに、現実に生産に携わる資本家には蓄積の仕事を割り当て、その他の剰余価値を分け取る人々、すなわち土地貴族や国家と教会からの受給者などには浪費の仕事を割り当てるという分業を弁護した。」

「資本の利潤(利子も含めて)は、支払を受けない「最後の12時間目の一労働時間」の産物だ、ということを見つけだした」ナッソー・ウィリアム・シーニアは、その「時からちょうど一年まえに、彼はもう一つの別な発見を世に告げていた。「私は」、と彼はおごそかに言った、「私は、生産用具と考えられる資本という言葉のかわりに節欲という言葉を用いる。」これこそ俗流経済学の「発見」のなによりの見本だ! 俗流経済学は、経済学的範躊のかわりにへつらいものの文句をもってくる。ただそれだけだ。シーニアは次のように講義する。・・・「社会が進歩すればするほど、ますます社会は節欲を要求する。」すなわち、他人の勤労とその生産物とを自分のものにするという勤労に従事する人々の節欲を。労働過程のいっさいの条件は、そのときから、それらと同じ数の、資本家の節欲の実行に転化する。・・・ただ蓄積するためだけではなく、単に「資本を維持するためにも、それを食ってしまうごとの誘惑に抵抗するための不断の努力が必要である。」・・・」。

「非常にさまざまな経済的社会構成体のなかでただ単純再生産が行なわれるだけではなく、規模の相違はあるにせよ、拡大された規模での再生産が行なわれる。ますます多く生産されて、ますます多く消費され、したがってますます多くの生産物が生産手段に転化される。しかし、この過程は、労働者にたいして彼の生産手段が、したがってまた彼の生産物も彼の生活手段も、まだ資本という形で対立していないあいだは、資本の蓄積としては現われないし、したがってまた資本家の機能としても現われない。」マルクスは、この例を、リチャード・ジョーンズのインドでの生産様式を挙げて、指摘している。

第4節 資本と収入とへの剰余価値の分割比率とは別に蓄積の規模を規定する諸事情−労働力の搾取度−労働の生産力−充当される資本と消費される資本との差額の増大−前貸資本の大きさ

「剰余価値が資本と収入とに分かれる割合を与えられたものとして前提すれば、蓄積される資本の大きさは、明らかに剰余価値の絶対量によって定まる。・・・だから、蓄積の大きさの規定では、剰余価値量を規定するすべての事情がいっしょに働くわけである。われわれはこれらの事情をここでもう一度とりまとめてみる」。
資本と剰余価値の相互浸透の一側面として、剰余価値の資本への再転化の条件を再検討するのが、ここでの目的である。

「剰余価値率はまず第一に労働力の搾取度によって定まる。・・・剰余価値の生産に関する諸篇では、どこでも、労賃は少なくとも労働力の価値に等しいといということが前提されていた。とはいえ、実際の運動ではむりやりに労賃をこの価値より下に引き下げることがあまりにも重要な役割を演じている・・・。この引き下げは、事実上、ある限界のなかで、労働者の必要消費財源を資本の蓄積財源に転化させるのである。」
マルクスは、労働者の賃金をその価値よりも低下させる「資本の恒常的な傾向」を、「たびたび引用する18世紀の一著述家、『産業および商業に関する一論』の著者」やベンジャミンートムソン(別名ランフォード伯)の『論集』の中に指摘している。また、「18世紀の末ごろ、そして19世紀の初めの数十年間、イギリスの借地農業者や地主は、農業日雇い人たちに労賃の形では最低よりも少なく支払い、残りは教区扶助金の形で支払うことによって、絶対的な最低賃金を押しつけた」ときに、「イギリスのドクペリ〔愚直な小役人〕たちが賃金率を「合法的に」決定しようとするときに演じた茶番」や、1814年の上院の調査委員会での「A・ベネットという人物」の証言にも、その傾向を見て取っている。「今日、労働者の必要消費財源の直接的略奪が、剰余価値の、したがってまた資本の蓄積財源の形成の上でどんな役割を演じているかは、たとえば、いわゆる家内労働(第13章第8節dを見よ)によって示された。」
「労働力の搾取度」を上げることによる資本の蓄積は、最低賃金の引き下げ以外にもある。
「どの産業部門でも、不変資本のうちの労働手段から成っている部分は、投資の大きさによって決定されている一定の労働者数にたいして十分でなければならないとはいえ、それは必ずしも使用労働者と同じ割合で増加する必要はない。・・・労働力のいっそう大きい緊張によって生みだされる追加労働は、剰余生産物と剰余価値、つまり蓄積の実体を、不変資本部分の比例的増大なしに、増大させることができるのである。」つまり、長時間労働を強制することによって、労働手段の比例的増大なしに、資本の蓄積をおこなうことができる。それは、採取産業や農業においてもいえる。
「採取産業、たとえば鉱山業では、原料は前貸資本の構成部分にはならない。労働対象はここでは過去の労働の生産物ではなく、自然から無償で贈られたものである。金属鉱石、鉱物、石炭、石材などがそれである。ここでは不変資本はほとんどただ労働手段だけから成っており、この労働手段は労働員が増加しても(たとえば労働者の昼夜交替)十分まにあうものである。しかし、そのほかの事情はすべて変わららないとすれば、生産物の量も価値も充用労働に正比例して増加するであろう。・・・労働力の弾力性のおかけで、蓄積の領域が、あらかじめ不変資本が拡大されることなしに拡大されてきたのである。」
「農業では、種子や肥料の追加分の前貸しなしには、耕地を拡大することはできない。しかし、この前貸しがなされさえすれば、土地の純粋に機械的な耕耘でさえも、生産物の大量増加に奇跡的な作用を及ぼす。こうして、従来と同数の労俗者がより多くの労働を行なうことによって、労働手段の新たな前貸しを必要とすることなしに、豊度が高められるのである。」
「最後に、本来の工業では、労働の追加支出はつねにそれに対応する原料の追加支出を前提するが、しかし必ずしも労働手段の追加支出は前提しない。そして、採取産業や農業は製造工業にそれ自身の原料やその労働手段の原料を供給するのだから、前者が追加的資本補給なしで生みだした追加生産物は後者のためにもなるのである。」
一般的に言えば「資本は、・・・労働力と土地とを自分に合体することによって、一つの膨張力を獲得するのであって・・・生産手段の価値と量とに画されている限界を超えて、それ自身の蓄積の諸要素を拡大することができる」。すなわち、ここにも量質転化の事例が存在するわけだ。

「資本の蓄積におけるもう一つの重要な要因は、社会的労働の生産性の程度である。」
マルクスは、労働の生産力の増大が、蓄積の規模を拡大するという。「労働の生産力の増大」→「与えられた大きさの剰余価値を表わす生産物量は増大」→「剰余価値率が不変ならば、・・・剰余生産物の量は増大」→「収入と追加資本とへの剰余生産物の分割が元のままならば、資本家の消費は蓄積財源が減少することなしに増加」。
一方、第15章第1節でみたように、「労働の生産力の増大」→「労働者の低廉化」=「剰余価値率の上昇」→「同じ可変資本価値がより多くの労働力を動かすのであり、したがってまたより多くの労働を動かすのである。同じ不変資本価値がより多くの生産手段に、すなわちより多くの労働手段や労働材料や補助材料に表わされ、・・・それゆえ、追加資本の価値が変わらなければ、またそれが減少してさえも、加速された蓄積が行なわれるのである。再生産の規模が素甘的に拡大されるだけではなく、剰余価値の生産が追加資本の価値よりも遠く増大するのである。」
また、「労働の生産力の発展は、原資本すなわちすでに生産過程にある資本にも反作用する。
「現に機能している不変資本の一部分」である「機械類などのような労働手段」について、「もし労働の生産力がこのような労働手段の出生の場所で増大したならば、そしてこの生産力は科学や技術の絶えまない流れにつれて絶えず発展するのであるが、そういう場合には、いっそう有効な、またその効率から見ればいっそう安価な機械や道具や装置などが古いものにとって代わる。・・・古い資本はより生産的な形で再生産される。
「不変資本のもう一つの部分である原料や補助材料」については、「ここでは改良された方法の採用などはすべて追加資本にも前から機能している資本にもほとんど同時に作用するのである。化学の進歩は、すべて、有用な素材の数をふやし、すでに知られている素材の利用を多様にし、したがって資本の増大につれてその投下部面を拡大するが、ただそれだけではない。それは、同時に、生産過程と消費過程との排泄物を再生産過程の循環のなかに投げ返すことを教え、したがって、先だつ資本投下を必要としないで新たな資本素材をつくりだす。ただ単に労働力の緊張度を高めることによって自然の富の利用を増進することと同様に、科学や技術は、現に機能している資本の与えられた大きさにはかかわりのない資本の膨張力をつくりあげる。同時に、科学や技術は、原資本のうちのすでに更新期にはいった部分にも反作用する。原資本は、その新たな形態のなかに、その古い形態の背後で行なわれた社会的進歩を無償で取り入れるのである。もちろん、このような生産力の発展には、同時に、現に機能している諸資本の部分的な減価が伴う。この減価が競争によって痛切に感ぜられるかぎり、おもな重圧は労働者にかかってくる。すなわち、労働者の搾取を強めることによって、資本家は損害を埋め合わせようとするのである。」
ここに科学技術の進歩が、資本の蓄積に及ぼす影響が端的に述べられている。これは言いかえれば、科学技術という上部構造が社会的生産力という土台に与える影響である。
また、マルクスは、労働の生産力の増大が、生産手段の価値が生産物に移る量を増大させるという。
「労働は、労働によって消費される生産手段の価値を生産物に移す。他方、与えられた労働量によって動かされる生産手段の価値も量も、労働の生産性が上がるのに比例して増大する。だから、同じ労働量はいつでも同量の新価値をその生産物につけ加えるだけだとはいえ、その労働量が同時に生産物に移す古い資本価値は、労働の生産性が高くなるにつれて増大するのである。」
ここで「一人のイギリス人紡績工と一人のシナ人紡績工」の例を挙げて、そのことを例証しているが、むしろ注目すべきは、その後段の文章である。
「だから、労働は、その生産手段の効果や規模や価値の増大につれて、したがって労働の生産力の発展に伴う蓄積につれて、絶えず膨張する資本価値をつねに新たな形態で維持し不滅にするのである。このような労働の自然力は、労働が合体されている資本の自己維持力として現われるのであって、それは、ちょうど、労働の社会的生産力が資本の属性として現われるようなものであり、また資本家による剰余労働の不断の取得が資本の不断の自己増殖として現われるようなものである。労働のすべての力が資本の力として映し出されるのであって、ちょうど商品のすべての価値形態が貨幣の形態として映し出されるようなものである。」
商品流通の世界は、商品の世界と貨幣の世界とに二重化している。以前見たように、貨幣の世界(性質)は、商品の世界(性質)を反映している。資本の世界も同様である。商品の生産過程は、労働力の消費過程と剰余価値=追加資本の生産過程(価値増殖過程)とに二重化している。資本の増殖過程は、労働過程の性質を反映するのである。

資本が増大するのにつれて、充用された資本と消費された資本との差も増大する。言い換えれば、建物とか機械とか・・・いうような労働手段の価値量も素材量も増大するのであるが、これらの労働手段は、・・・絶えず繰り返される生産過程で、そのもの全体として機能し、一定の有用効果の達成に役だつのに、他方、・・・それはただ徐々に損耗して行くだけであり、・・・その価値をただ少しずつ生産物に移して行くだけである。これらの労働手段が生産物に価値をつけ加えることなしに生産物形成者として役だつ程度に応じて、つまり全体として充用されながら一部分ずつしか消費されない程度に応じて、それらは、前にも述べたように、・・・無償の役だちをするのである。このような、過去の労働が生きている労働につかまえられて活気づけられるときに行なう無償の役だちは、蓄積の規模が大きくなるにつれて蓄積されて行くのである。」ちなみに、ここでは、部分と全体との弁証法的矛盾の例が示されている。

「労働力の搾取度を与えられたものとすれば、剰余価値の量は、同時に搾取される労働者の数によって規定されており、また、この労働者数は、いろいろに違った割合でではあるが、資本の大きさに対応している。だから、蓄積の連続によって資本が増大すればするほど、消費財源と蓄積財源とに分かれる価値総額もますます増大するのである。」
「最後に、前貸資本の増大につれて生産規模が拡大されればされるほど、生産のすべてのばねがますます精力的に働くのである。

第5節 いわゆる労働財源

「この研究の過程で明らかになったように、資本はけっして固定した量ではなく、社会的富のうちの弾力性のある一部分であり、剰余価値が収入と追加資本にどうわかれるかにしたがって絶えず変動する一部分である。・・・資本の大きさは与えられたものであっても、それに合体される労働力や科学や土地・・・はこの資本の弾力的な力をなすものであって・・・ある限界の中では、資本そのものの大きさにはかかわりにない作用範囲を許すのである。」
これに対し、「古典派経済学は、以前から、社会的資本を固定した作用度をもつ一つの固定した量と考えることを好んだ。」「この説は、・・・資本の一部分である可変資本、すなわち労働力に転換される資本を、一つの固定量として説明するために、利用された。可変資本の素材的存在、すなわち労働者にとって可変資本が表わしている生活手段量、またはいわゆる労働財源は、社会的富のうちの、自然の鎖で区切られていて越えることのできない特殊部分にでっちあげられた。
」 マルクスは、この説として、フォーセット教授の例を挙げている。

第23章 資本主義的蓄積の一般的法則

第1節 資本構成の不変な場合に蓄積に伴う労働力需要の増加

「この章では、資本の増大が労働者階級の運命に及ぼす影響を取り扱う。この研究での最も重要な要因は資本の構成であり、またそれが蓄積過程の進行途上で受けるいろいろな変化である。」
資本(生きた労働と必要労働時間の矛盾をかかえた労働力商品を含む)と剰余価値(絶対的剰余価値と相対的剰余価値の矛盾を含む)の対立と剰余価値の資本への再転化=資本の蓄積過程は、資本と剰余価値の否定の否定による資本の螺旋的増大となって現れる。その結果の法則的把握が、ここでのテーマである。商品の生産過程は、労働過程と価値増殖過程に二重化しているので、その構成においてもそれぞれの側面を区別して扱わねばならない。その上で、相互の関係を把握するとき、相互の側面における浸透過程が明らかになる。
「資本の構成は、二重の意味に解されなければならない。」
資本の価値構成」とは、「価値の面から見れば、それは資本が不変資本または生産手段の価値と、可変資本または労働力の価値・・・とに分かれる割合」であり、「資本の技術的構成」とは、「生産過程で機能する素材の面から見れば、・・・生産手段と生きている労働力とに分かれる。この構成は、一方における充用される生産手段の量と、他方におけるその充用のために必要な労働量との割合によって、規定される。」「資本の価値構成を、それが資本の技術的構成によって規定されてその諸変化を反映する限りで、資本の有機的構成と呼ぶ」。
ここで問題とするのは、「すべての生産部門の平均構成の総平均」すなわち、「一国の社会的資本の構成」である。

まずここでは、追加資本の構成が不変の場合を扱っている。
「他の不変な諸事情といっしょに資本の構成も不変だということ、すなわち、一定量の生産手段または不変資本が動かされるためにはつねに同量の労働力が必要だということを前提すれば、明らかに、労働にたいする需要と労働者の生計財源とは、資本の増大に比例して増大し、資本が急速に増大すればそれだけ急速に増大する。資本は年々剰余価値を生産し、剰余価値の一部分は年々原資本につけ加えられるのだから、また、この増加分そのものも、すでに機能している資本が大きくなって行くのにつれて年々増大するのだから、そして最後に、・・・資本の蓄積欲望が労働力または労働者数の増大を上回り、労働者にたいする需要がその供給を上回り、したがって労賃が上がるということかありうる。むしろ、前記の前提がそのまま存続する場合には、結局はそうなるよりほかはない。毎年、前年よりも多くの労働者が使用されるのだから、おそかれ早かれいつかは、蓄積の欲望が通常の労働供給を上回り始める点が、つまり賃金上昇の始まる点が、現われざるをえないのである。」
しかし、これは労働者階級の地位を変えるものではない。
「賃金労働者が維持され増殖されるための事情が多かれ少なかれ有利になるということは、資本主義的生産の根本性格を少しも変えるものではない。単純再生産が資本関係そのものを、一方に資本家、他方に賃金労働者を、絶えず再生産するように、拡大された規模での再生産、すなわち蓄積は、拡大された規模での資本関係を、一方の極により多くの資本家またはより大きな資本家を、他方の極により多くの賃金労働者を、再生産する。労働力は絶えず資本に価値増殖手段として合体されなければならず、資本から離れることができず、資本への労働力の隷属は、ただ労働力が売られて行く個々の資本家が入れ替わることによって隠されているだけで、このような労働力の再生産は、事実上、資本そのものの再生産の一契機をなしているのである。つまり、資本の蓄積はプロレタリアートの増殖なのである。
「労働者たち自身のますます大きくなり、そしてますます多く追加資本に転化するようになる剰余生産物のうちから、以前よりも大きい部分が支払手段の形で彼らの手に還流してくるので、彼らは自分たちの享楽の範囲を広げ、彼らの衣服や家具などの消費財源をもっと充実させ、小額の準備金を形成することができるようになる。しかし、衣服や食物や取り扱いがよくなり特有財産がふえても、それは奴隷の従属関係や搾取を廃止しないのと同じように、賃金労働者の従属関係や搾取をも廃止しはしない。」

剰余価値の生産、すなわち利殖は、この生産様式の絶対的法則である。労働力が生産手段を資本として維持し自分自身の価値を資本として再生産し不払労働において追加資本の源泉を与えるかぎりでのみ、ただそのかぎりでのみ、労働力は売れるのである。だから、労働力の販売の条件のうちには、労働者にとってより有利であろうとより不利であろうと、労働力の不断の再販売の必然性と、資本としての富の不断の拡大再生産とが含まれているのである。労賃は、すでに見たように、その性質上、つねに労働者の側からの一定量の不払労働の提供を条件とする。労働の価格の低下を伴う労賃の上昇などはまったく別としても、労賃の増加は、せいぜい、労働者がしなければならない不払労働の量的な減少を意味するだけである。この減少によって制度そのものが脅かされるような点までこの減少が続くことはけっしてありえないのである。
したがって、労賃の上昇は、次の二つの場合になる。
「その一つは、労働の価格の上昇が蓄積の進行を妨げないのでその上昇が続くという場合である。・・・この場合には、不払労働の減少もけっして資本の支配の拡大を妨げないということは明白である。」
もう一つの場合、「労働の価格の上昇の結果、利得の刺激が鈍くなるので、蓄積が衰える。蓄積は減少する。しかし、その減少につれて、その減少の原因はなくなる。・・・資本主義的生産過程の機構は、自分が一時的につくりだす障害を自分で除くのである。労働の価格は、再び、資本の増殖欲求に適合する水準まで下がる。
「第一の場合には、・・・資本の増加が搾取可能な労働力を不足にする」。「第二の場合には・・・資本の減少が搾取可能な労働力またはむしろその価格を過剰にするのである。このような資本の蓄積における絶対的諸運動が、搾取可能な労働力の量における相対的諸運動として反映するのであり、したがって、労働力の量そのものの運動に起因するように見えるのである。」
結局はただ同じ労働者人口の不払労働と支払労働との関係でしかないのである。労働者階級によって供給され資本家階級によって蓄積される不払労働の量が、不払労働の異常な追加によらなければ資本に転化できないほど急速に増大すれば、賃金は上がるのであって他の事情がすべて変わらないとすれば、不払労働はそれに比例して減少するのである。ところが、この減少が、資本を養う剰余価値がもはや正常な量では供給されえなくなる点に触れるや否や、そこの反動が現れる。収入のうちの資本化される部分は小さくなり、蓄積は衰え、賃金の上昇運動は反撃を受ける。つまり、労働の価格の上昇は、やはり、ある限界のなかに、すなわち資本主義体制の基礎を単にゆるがさないだけではなく、増大する規模でのこの体制の再生産を保証するような限界のなかに、閉じ込められているのである。だから、一つの自然法則にまで神秘化されている資本主義的蓄積の法則が実際に表わしているのは、ただ、資本関係の不断の再生産と絶えず拡大される規模でのその再生産とに重大な脅威を与えるおそれのあるような労働の搾取度の低下や、またそのような労働の価格の上昇は、すべて、資本主義的蓄積の本性によって排除されている、ということでしかないのである」。
マルクスは、結論する。
「人間は、宗教では自分の頭の作り物に支配されるが、同様に資本主義的生産では自分の手の作り物に支配されるのである。」

第2節 蓄積とそれに伴う集積との進行途上での可変資本の相対的減少

前節では、「資本の技術的構成が不変のままで資本の増大が生ずるという局面」を見た。「資本主義体制の一般的基礎がひとたび与えられれば、蓄積の進行中には、社会的労働の生産性の発展が蓄積の最も強力なテコとなる点がかならず現れる。」
つまり、量的増大が質的変化=技術的構成の変化を引き起こすというのである。
労働の社会的生産度は、一人の労働者が与えられた時間に労働力の同じ緊張度で生産物に転化される生産手段の相対的な量的規模に表される。・・・生産手段の量は、彼の労働の生産性の増大につれて増大する。・・・条件であろうと結果であろうと、生産手段に合体される労働力に比べての生産手段の量的規模の増大は、労働の生産性の増大を表わしている。だから、労働の生産性の増加は、その労働量によって動かされる生産手段量に比べての労働量の減少に・・・現れる」。
このような、資本の技術的構成の変化、すなわち、生産手段の量がそれに生命を与える労働力の量に比べて増大するということは、資本の価値構成に、資本価値の可変成分を犠牲としての不変成分の増大に、反映する。
「しかし、不変資本部分に比べての可変資本部分の減少、または資本価値の構成の変化は、資本の素材的諸成分の構成の変動をただ近似的に示すだけである。・・・労働の生産性の上昇につれて労働の消費する生産手段の規模が増大するだけではなく、その規模に比べてその価値が低下するということである。つまり、その価値は、絶対的には上かるが、その規模に比例しては上がらないのである。したがって、不変資本と可変資本との差の増大は、不変資本が転換される生産手段の量と可変資本が転換される労働力の量との差の増大よりも、ずっと小さいのである。」

「労働の社会的生産力の発展は大規模の協業を前提」する。「商品生産では生産手段は私人の所有であり、したがって手の労働者は単独で独立に商品を生産するか、または自己経営のための手段をもっていなければ自分の労働力を商品として売るのであるが、このような商品生産という基礎の上では、かの前提は、ただ個別資本の増大によってのみ、または、ただ社会の生産手段と生活手段が資本家の私有物に転化されて行くのにつれて、実現される。商品生産という地盤は、大規模な生産を、ただ資本主義的形態においてのみになうことができる。したがって、個々の商品生産者の手のなかでのある程度の資本の蓄積が、独自な資本士義的生産様式の前提になるのである。」
つまり、商品生産の基盤の上では、資本の蓄積→独自な資本主義的生産様式というのである。「それゆえ、われわれも、手工業から資本主義的経営への移行にさいしては、このような蓄積を想定しなければならなかったのである。それは本源的蓄積と呼ばれてもよい。」「この基礎の上で成長するところの、労働の社会的生産力を増大させるための方法は、すべて、同時にまた剰余価値または剰余生産物の生産を増加させる方法であり、この剰余生産物はそれ自身また蓄積の形成要素である。」つまり、独自な資本士義的生産様式→資本の蓄積である。すなわち、独自な資本士義的生産様式と資本の蓄積とは、矛盾の弁証法的関係にあるというのである。「こうして、ある程度の資本蓄積が独自な資本主義的生産様式の条件として現われるとすれは、後者はまた反作用的に資本の加速的蓄積の原因になるのである。それだから、資本の蓄積につれて独自な資本主義的生産様式が発展するのであり、また独自な資本主義的生産様式の発展につれて資本の蓄積が進展するのである。この二つの経済的要因は、互いに与え合う刺激に複比例して資本の技術的構成の変化を生みだすのであって、この変化によって可変成分は不変成分に比べてますます小さくなって行くのである。」

個別資本と社会的資本とは、部分と全体の矛盾の形態をなしている。
全体は、部分から成る。
「資本として機能する富の量の増加につれて、個別資本家の手のなかでのこの富の集積を拡大し、したがって大現模生産と独自な資本主義的生産方法との基礎を拡大する。社会的資本の増大は多数の個別資本の増大によって行なわれる。他の事情はすべて変わらないと前提すれば、個別資本は、またそれらとともに生産手段の集積は、それらの資本が社会的総資本の可除部分をなしている割合に応じて増大する。同時に、元の資本から若枝が分かれて、新しい独立な資本として機能する。そのさい、とりわけ、資本家の家族のあいだでの財産の分割は、一つの大きな役割を演ずる。したがって、資本の蓄積につれて資本家の数も多かれ少なかれふえるのである。」ここにも、資本主義の独自な人口法則の一端が現れている。
ところで、部分の単なる集合だけが全体ではない。部分の相互作用が、全体を構成するために不可欠である。
「このような集積は、直接に蓄積にもとづくものであり、またはむしろ蓄積と同じなのであるが、それは二つの点によって特徴づけられる。第一に、個別資本家の手のなかでの社会的生産手段の集積の増大は、他の事情が変わらなければ、社会的富の増大の程度によって制限されている。第二に、社会的資本の、それぞれの特殊な生産部面に定着している部分は、多数の資本家のあいだに配分されていて、彼らは互いに独立して競争する商品生産者として相対している。だから、蓄積とそれに伴う集積とが多数の点に分散されているだけではなく、現に機能している資本の増大と交錯して新たな資本の形成や古い資本の分裂が行なわれているのである。それゆえ、蓄積は、一方では生産手段と労働指揮との集積の増大として現われるが、他方では多数の個別資本の相互の反発として現われるのである。
このような、多数の個別資本への社会的総資本の分裂、またその諸部分の相互の反発にたいしては、この諸部分の吸引が反対に作用する。・・・それはすでに形成されている諸資本の集積であり、・・・少数のより大きな資本への多数のより小さい資本の転化である。・・・すでにただ存在し機能している資本の配分の変化を前提するだけであり、したがってそれが行なわれる範囲は社会的富の絶対的な増加または蓄積の絶対的な限界によって制限されてはいない・・・。・・・これは、蓄積および集積とは区別される本来の集中である。」
資本の蓄積と集中を理論的に完全な形で取り扱おうとすれば、それは資本の流通まで論じなくてはならない。だからマルクスは、ここで論じうる範囲内で、議論を進めている。
「競争戦は商品を安くすることによって戦われる。商品の安さは、他の事情が同じならば、労働の生産性によって定まり、この生産性はまた生産規模によって定まる。したがって、より大きい資本はより小さい資本を打ち倒す。・・・資本主義的生産様式の発展につれて、ある一つの事業をその正常な条件のもとで営むために必荷な個別資本の最小量も大きくなるということである。そこで、より小さい資本は、大工業がまだまばらにしか、または不完全にしか征服していない生産部面に押し寄せる。」
部分同士の相互作用は、部分が全体の中の部分で居続けるために、部分と全体の矛盾を維持し続けるために、一つの仕組みを生む出す。
「資本主義的生産の発展につれて、一つのまったく新しい力である信用制度が形成されるのであって、それは当初は蓄積の控えめな助手としてこっそりはいってきて、社会の表面に大小さまざまな量でちらばっている貨幣手段を目に見えない糸で個別資本家や結合資本家の手に引き入れるのであるが、やがて競争戦での一つの新しい恐ろしい武器になり、そしてついには諸資本の集中のための一つの巨大な社会的機構に転化するのである。」
資本主義的蓄積と資本の集中の関係も、マルクスは矛盾として把握する。
資本主義的生産と資本主義的蓄積とが発展するにつれて、それと同じ度合いで競争と信用とが、この二つの最も強力な集中のテコが、発展する。それと並んで、蓄積の進展は集中されうる素材すなわち個別資本を増加させ、他方、資本主義的生産の拡大は、一方では社会的欲望をつくりだし、他方では過去の資本集中がなければ実現されないような巨大な産業企業の技術的な手段をつくりだす。だから、今日では、個別資本の相互吸引力や集中への傾向は、以前のいつよりも強いのである。」
「集中は、既存の諸資本の単なる配分の変化によって、社会的資本の諸成分の単なる量的編成の変化によって、起きることができる。・・・かりにある一つの事業部門で集中が極限に達することがあるとすれば、それは、その部門に投ぜられているすべての資本が単一の資本に融合してしまう場合であろう。与えられた一つの社会では、この限界は、社会的総資本が単一の資本家なり単一の資本家会社なりの手に合一された瞬間に、はじめて到達されるであろう。」つまり、資本の独占である。
集中は蓄積の仕事を補う。・・・それによって産業資本家たちは自分の活動の規模を広げることができるからである。この規模拡大が蓄積の結果であろうと、集中の結果であろうと、集中が合併という手荒なやり方で行われようと、・・・または多くの既成または形成中の資本の融合が株式会社の設立という比較的円滑な方法によって行なわれようと、経済的な結果はいつでも同じである。産業施設の規模の拡大は、どの場合にも、多数人の総労働をいっそう包括的に組織するための、その物質的推進力をいっそう広く発展させるための、すなわち、個々ばらばらに習慣に従って営まれる生産過程を、社会的に結合され科学的に処理される生産過程にますます転化させて行くための、出発点になるのである。」
 「蓄積、すなわち再生産が円形から螺旋形に移っていくことによる資本の漸次的増加は・・・集中に比べて、まったく緩慢なやり方だ・・・。・・・ところが集中は、株式会社を媒介にして、たちまちそれをやってしまったのである。・・・集中は、このように蓄積の作用を強くし速くすると同時に、資本の技術的構成の変革を、すなわちその可変部分の犠牲においてその不変部分を大きくし、したがって労働に対する相対的な需要を減らすような変革を、拡大し促進するのである。
「一方では、蓄積の進行中に形成される追加資本は、その大きさに比べればますます少ない労働者を引き寄せるようになる。他方では、周期的に新たな構成で再生産される古い資本は、それまで使用していた労働者をますます多くはじき出すようになるのである。」

第3節 相対的過剰人口又は産業予備軍の累進的生産

資本論の第1巻の中でも最も重要な第23章を続ける前に、ここで今一度、展開された論理を振り返っておこう。
資本の本質は、剰余価値である。第4章、第5章、第6章、第7章では、剰余価値が、資本から分離されたが、それは理論的であった。すなわち、資本を考察している私達だけに対して、向けられたものであった。絶対的剰余価値と相対的剰余価値の矛盾も、あくまで理論的であった。ところが、第7篇から始まる資本の蓄積は、いままで理論的であった区別が、実際に現れてくる過程である。すでに21章単純再生産において、剰余価値が周期的に消費される場合にも、その端緒が現れてくる。そうして、22章に置いて、剰余価値が資本から分離され、更に資本に転化されるのである。言い換えれば、この過程は、資本の本質が、資本から分離・対立・浸透し、更に資本に転化して行く過程である。
この論理的過程は、商品の場合と同一である。
商品の本質は、価値である。第1章第1節、第2節では、価値が商品から理論的に分離された。それが、第3節では、理論的でしかなかった価値が、実際に特殊な金と言う商品の上に現れてくる過程を扱っている。すなわち、商品の本質が、商品から分離・対立・浸透するのである。
商品と貨幣の否定の否定の運動は、物々交換から商品流通へと発展し、貨幣の独自の流通運動へ質的発展を遂げる。資本と剰余価値の否定の否定の運動でも、資本の構成の上に、質的変化を呼び起こす。
貨幣の展開は、紙幣が出現するに及んで、「価値表章の流通では、真実の貨幣流通のすべての法則が、あべこべに、さかだちをしてあらわれる。」一方、剰余価値の運動では、商品生産の所有法則を資本主義的取得法則へ反転させる。この弁証法的運動の結果、どういう事態が招きいれられるか、それが、この章の課題である。
「木を見て森を見ず」ということがないように、このような弁証法的な論理構成をしっかりと把握して置く必要がある。

「資本の蓄積はただ資本の量的拡大として現れたのであるが、・・・資本の構成の不断の質的変化を伴って、すなわち資本の可変部分を犠牲にしての不変部分の不断の増大を伴って、おこなわれるようになる」。蓄積、すなわち、否定の否定の反復運動によって、資本の量が質を規定する
「独自な資本主義的生産様式、それに対応する労働の生産力の発展、それによってひき起こされる資本の有機的構成の変化は、蓄積の進展または社会的富の増大と単に同じ歩調で進むだけではない。それらはもっとずっと速く進行する。なぜかといえば、単純な蓄積すなわち総資本の絶対的拡大は総資本の個々の要素の集中を伴うからであり、また追加資本の技術的変革は原資本の技術的変革を伴うからである。」「労働にたいする需要は・・・総資本の大きさに比べて相対的に減少し、またこの大きさが増すにつれて加速的累進的に減少する。総資本の増大につれて、その可変成分、すなわち総資本に合体される労働力も増大するにはちがいないが、その増大の割合は絶えず小さくなって行くのである。」「この増大する蓄積と集中とは、それ自身また資本の構成の新たな変化の、すなわち資本の不変成分に比べての可変成分のいっそう速くなる減少の、一つの源泉になるのである。」
資本の蓄積と集中という量的変化が、資本の有機的構成の変化という質的転化を促進する。その結果、どういうことが起こるか。
「このような、総資本の増大につれて速くなり、そして総資本そのものの増大よりももっと速くなるその可変成分の相対的な減少は、・・・絶えず、相対的な、・・・過剰な、または追加的な労働者人口を生みだすのである。」「この過剰人口の生産は、すでに就業している労働者をはじき出すという比較的目にたつ形をとることもあれば、追加労働者人口を通常の排水溝に吸収することが困難になるというあまり人目にはつかないが効果は劣らない形をとることもある。」「労働者人口は、それ自身が生み出す資本蓄積につれて、ますます大量にそれ自身の相対的過剰化の手段を生みだすのである。これこそは、資本主義的生産様式に特有な人口法則なのであって、じっさい、どの特殊な歴史的生産様式にも、それぞれ特殊な歴史的に妥当する人口法則があるのである。」「人口法則は、生活手段の取得・消費による人間の生産と再生産である。それが、可変資本と言う形態で資本の全体的運動に支配されているので、「可変資本の相封量の累進的減少の法則」が、労働者階級の相対的過剰人口という資本主義的に特有な人口法則として現象するのである。

「しかし、過剰労働者人口が蓄積の、言い換えれば資本主義的基礎の上での富の発展の、必然的な産物だとすれば、逆にまたこの過剰人口は、資本主義的蓄積のテコに、じつに資本生義的生産様式の一つの存在条件に、なるのである。それは自由に利用されうる産業予備軍を形成するのであって、この予備軍は、まるで資本が自分の費用で育て上げたものででもあるかのように、絶対的に資本に従属しているのである。この過剰人口は、資本の変転する増殖欲求のために、いつでも搾取できる人間材料を、現実の人口増加の制限にはかかわりなしに、つくりだすのである。」
「社会的な富のうちの、蓄積の進展につれてふくれ上がって追加資本に転化できる大量は、その市場がにわかに拡大された古い生産部門に、または、鉄道などのように、古い生産部門の発展によって必要になった新たに開かれた生産部門に、激しい勢いで押し寄せる。すべてこのような場合には、人間の大群が、突発的に、しかも他の部面で生産規模を害することなしに、決定的な点に投入されうるようになっていなければならない。過剰人口はそれを供給するのである。近代産業の特徴的な生活過程、すなわち、中位の活況、生産の繁忙、恐慌、沈滞の各時期が、より小さい諸変動に中断されながら、10年ごとの循環をなしている形態は、産業予備軍または過剰人口の不断の形成、その大なり小なりの吸収、さらにその再形成にもとづいている。この産業循環の変転する諸局面は、またそれ自身、過剰人口を補充するのであって、過剰人口の最も精力的な再生産動因の一つになるのである。
近代産業の全運動形態は、労働者人口の一部分が絶えず失業者または半失業者に転化することから生ずるのである。」「結果がまた原因になるのであって、それ自身の諸条件を絶えず再生産する全過程の変転する諸局面は周期性の形態をとるのである。
マルクスは、この後に、「オックスフォードの元の経済学教授で後にイギリス植民省の役人になったH・メリヴェール」やマルサスの言葉を借りて、「経済学は、このように、労働者の相対的過剰人口の不断の生産を資本主義的蓄積の一つの必要物として」認めていると言っている。
「資本生義的生産にとっては、人口の自然的増加が供給する利用可能な労働力の量だけでは、けっして十分ではない。この生産は、その自由な営みのためには、この自然的限度に制限されない産業予備軍を欠くことができないのである。」

いままでは、「可変資本の増減には精確に従業労働者数の増減が対応する」つまり、労賃は変わらないという条件であった。労賃が増加する、つまり、可変資本が増大しても労働者数が増大しない場合、労働者がより多くの労働を供給するならば、労賃は増える。一定の労働をより廉価に多数の労働者から搾り出す場合ならば、流動させられる労働の量に比例して不変資本の投下が増加するが、前の場合には、この投下は緩慢である。「資本家は、同額の可変資本を投下しても個々の労働力の外延的または内包的な搾取の増大によって、より多くの労働を流動させる・・・または・・・資本家は同じ資本価値でより多くの労働力を買うようになる」。「蓄積の進行につれて、一方ではより大きい可変資本が、より多くの労働者を集めることなしに、より多くの労働を流動させるのであり、他方では同じ大きさの可変資本が同じ量の労働力でより多くの労働を流動させるのであり、最後により高級な労働力を駆逐することによってより多くの低級な労働力を流動させる」。
「それゆえ、相対的過剰人口の生産または労働者の遊離は、そうでなくても蓄積の進行につれて速くされる生産過程の技術的変革よりも、またそれに対応する不変資本部分に比べての可変資本部分の比率的減少よりも、もっと早く進行する」。「労働者階級の就業部分の過度労働はその予備軍の隊列を膨張させるが、その予備軍がその競争によって就業部分に加える圧力の増大は、また逆に就業部分に過度労働や資本への命令への屈従を強制する」。マルクスは、特に「注」において、1863年イギリスの綿花飢餓における労働者のパンフレットから、このことを例証している。

だいたいにおいて労賃の一般的な運動は、ただ、産業循環の局面変転に対応する産業予備軍の膨張・収縮によって規制されているだけである。だから、それは、労働者人口の絶対数の運動によって規定されているのではなく、労働者階級が現役軍と予備軍とに分かれる割合の変動によって、過剰人口の相対的な大きさの増減によって、過剰人口が吸収されたり再び遊離されたりする程度によって、規定されているのである。
反対に、労賃が労働者人口の絶対数によって規定されているという説、すなわち、「労働の需要供給が資本の膨張・収縮によって、つまり資本のそのつどの増殖欲求に従って規制されていて、そのために、あるときは資本が膨張するので労働市場が相対的に供給過少になって現われ、あるときは資本が収縮するので労働市場が再び供給過多になるというのではなく、逆に資本の運動が人口の絶対的な運動に依存するのだという法則」=この「経済学的独断」について、1849年から1859年の間のイギリスの農業地帯での名目賃金上昇の際に取られた借地農業者の措置を例に引いて、反論している。「あの経済学の作り話は、労賃の一般的な運動を規制する諸法則、または労働者階級すなわち総労働力と社会的総資本との関係を規制する諸法則を、労働者人口を特殊な諸生産部門のあいだに配分する諸法則と混同している。」「彼が実際に見ているのは、ただ、一つの特殊な生産部面の労働市場の局部的な変動だけであり、ただ、資本の欲求の変化に応じて資本のいろいろな投下部面に労働者人口が配分されるという現象だけなのである。」

産業予備軍は沈滞や中位の好況の時期には現役の労働者軍を圧迫し、また過剰生産や発作の時期には現役軍の要求を抑制する。だから、相対的過剰人口は、労働の需要供給の法則が運動する背景なのである。それは、この法則の作用範囲を、資本の搾取欲と支配欲とに絶対的に適合している限界のなかに、押しこむのである。」ここで、「新しい機械の採用や古い機械の拡張によって可変資本の一部分が不変資本に転化される場合に、このような、資本を「拘束する」と同時にまさにそうすることによって労働者を「遊離させる」操作を、」「それが労働者のために資本を遊離させるというように説明する」「経済学的弁護論者」について、反論している。「どの場合にも、もしそうでなければ投下を求める追加資本が一般的な労働需要に与えるであろう活況は、機械によって街頭に投げ出された労働者でまにあうかぎり、中和されているのである。つまり、資本主義的生産の機構は、資本の絶対的増大に伴ってそれに対応する一般的な労働需要の増大が生ずることのないようになっているのである。」「一方で資本の蓄積が労働にたいする需要をふやすとき、他方ではその蓄積が労働者の「遊離」によって労働者の供給をふやすのであり、同時に失業者の圧力は就業者により多くの労働を流動させることを強制して或る程度まで労働の供給を労働者の供給から独立させるのである。この基礎の上で行なわれる労働の需要供給の法則の運動は、資本の専制を完成する。」「彼らが労働組合などによって就業者と失業者との計画的協力を組織して、かの資本主義的生産の自然法則が彼らの階級に与える破滅的な結果を克服または緩和しようとするやいなや、資本とその追従者である経済学者とは、「永遠な」いわば「神聖な」需要供給の法則の侵害について叫びたてるのである。」

第4節 相対的過剰人口の種々の存在形態 資本主義的蓄積の一般的法則

「相対的過剰人口は、考えられるかぎりのあらゆる色合いで存在する。どの労働者も、彼が半分しか就業していないとか、またはまったく就業していない期間は、相対的過剰人口に属する。相対的過剰人口が・・・産業循環の局面変換によってそれに押印される大きな周期的に繰り返し現われる諸形態を別とすれば、それにつねに三つの形態がある。流動的、潜在的、停滞的形態がそれである。」
流動的状態:「近代産業の中心・・・だいたいにおいて就業者の数は増加する。この場合には過剰人口は、流動的な形態で存在する。」「本来の工場では、・・・まだ少年期を過ぎていない男子労働者がたくさん使用されている。少年期を過ぎてしまえば・・・大半は型どおりに解雇される。」「そのうえ、資本による労働力の消費は非常に激しいので、中年の労働者はたいていすでに多かれ少なかれ老朽化してしまっている。」「このような事情の下では、プロレタリアートのこの部分の絶対的増大は、その構成要素が急速に消耗するにもかかわらずその数を膨張させるという形態を必要とする。つまり、労働者世代の急速な交替である。この社会的要求は、大工業の労働者の生活事情の必然的な結果である早婚によってみたされ、また、労働者の子供の搾取が彼らの生産につけるプレミアムによってみたされるのである。」
潜在的状態:「資本主義的生産が農業を占領するやいなや、または占領する程度に応じて、農業で機能する資本が蓄積されるにつれて、農業労働者人口に対する需要は絶対的に減少するのであるが、ここでは、農業以外の産業の場合とは違って、労働者人口の排出がそれよりも大きな吸引によって埋め合わされることはないであろう。それゆえ、農村人口の一部分は絶えず都市プロレタリアート・・・に移行しようとしていて・・・。」「諸都市へのその絶えまない流れは、農村そのものに絶えず潜在的過剰人口があることを前提するのであって、・・・それゆえ、農村労働者は、賃金の最低限度まで押し下げられて、片足はいつでも貧困の泥沼につっこんでいるのである。」
停滞的状態:「停滞的過剰人口は、現役労働者軍の一部をなしているが、その就業はまったく不規則である。・・・その生活状態は労働者階級の平均水準よりも低く、そして、まさにこのことがそれを資本の固有な搾取部門の広大な基礎にするのである。労働時間の最大限と賃金の最小限とがそれを特徴づけている。われわれは家内労働という項のなかですでにそのおもな姿を知った。・・・・この要素は、労働者階級の総増加のうちに他の諸要素よりも比較的大きな割合を占めている。」
「相対的過剰人口のいちばん底の沈殿物が住んでいるのは、受救貧民の領域である。・・・本来のルンペンプロレタリアートを別にすれば、この社会層は三つの部類から成っている。」「第一は労働能力のあるもの」「「第二は孤児や貧児」「第三は堕落したもの、零落したもの、労働能力のないもの」「受救貧民は、現役労働者軍の廃兵院、産業予備軍の死重をなしている。受救貧民の生産は相対的過剰人口の生産のうちに含まれており、その必然性は相対的過剰人口の必然性のうちに含まれているのであって、受救貧民は相対的過剰人口とともに富の資本主義的な生産および発展の一つの存在条件になっている。」
「社会的富・・・が大きくなれば・・・産業予備軍も大きくなる。・・・この予備軍が現役労働者軍に比べて大きくなればなるほど、固定した過剰人口はますます大量になり、その貧困はその労働苦に反比例する。最後に、労働者階級の極貧層と産業予備軍とが大きくなればなるほど、公認の受救貧民層もますます大きくなる。これが資本主義的蓄積の絶対的な一般的な法則である。」

「ますます増大する生産手段量が、社会的労働の生産性の増進のおかげで、ますますひどく減って行く人力支出によって動かされうるという法則―この法則は、労働者が労働手段を使うのではなくむしろ労働手段が労働者を使うという資本主義的基礎の上では、労働の生産力が高くなればなるほど、労働者が自分たちの雇用手段に加える圧力はそれだけ大きくなり、したがって、労働者の生存条件、すなわち他人の富の増殖または資本の自己増殖のために自分の力を売るということはますます不安定になるということのうちに表わされている。つまり、生産的人口よりも生産手段や労働の生産性のほうが速く増大するということは、資本主義的には、逆に労働者人口がつねに資本の価値増殖欲求よりも速く増大するということのうちに表わされるのである。
剰余価値を生産するための方法はすべて同時に蓄積の方法なのであって、蓄積の拡大はすべてまた逆にかの諸方法の発展のための手段になるのである。だから、資本が蓄積されるにつれて、労働者の状態は、彼の受ける支払がどうであろうと、高かろうと安かろうと、悪化せざるをえないということになるのである。最後に、相対的過剰人口または産業予備軍をいつでも蓄積の規模およびエネルギーと均衡を保たせておくという法則は、・・・もっと固く労働者を資本に釘づけにする。それは、資本の蓄積に対応する貧困の蓄積を必然的にする。だから、一方の極での富の蓄積は、同時に反対の極での、すなわち自分の生産物を資本として生産する階級の側での、貧困、労働苦、奴隷状態、無知、粗暴、道徳的堕落の蓄積なのである。」
このように記述した後で、マルクスは、「資本主義的蓄積の敵対的な性格は、経済学者たちによっていろいろな形で言い表わされている。」として、「18世紀の偉大な経済学著述家の一人、ヴェネツィアの僧オルテス」、「高教会のプロテスタント牧師タウンゼンド」、経済学者「シュトルヒ」「シスモンディ」、「ブルジョア理論家デステュット・ド・トラシ」の言葉を引用している。

第5節 資本主義的蓄積の一般的法則の例解

a 1846−1866年のイギリス

科学の法則は、事実をその法則に則って合理的に説明できるかどうかにかかっている。そのためには、法則を事実と突き合わせてなければならない。マルクスは、その例をイギリスに見出し、この節でそれを紹介する。詳細は本分を参照してもらうとして、ここでは要点だけを取り上げておく。

「近代社会のどの時期を見ても、最近の20年間ほど資本主義的蓄積の研究に好都合な時期はない。・・・すべての国のうちで典型的な実例を提供しているのはやはりイギリスである。なぜならば、イギリスは世界市場で第一位を維持しているからであり、資本主義的生産様式が十分に発展しているのはただここだけだからであり・・・。」
マルクスは、この資本論を書いた時点から20年前までのイギリスの資本主義的生産様式の拡大期を取り上げ、議会への統計報告資料等を使用して、彼が見出した法則の例証とする。
まず、「政府の人口調査」を紹介して、「最近の半世紀間のイギリスの人口の絶対的増加は非常に大きかったにもかかわらず、その相対的増加すなわち増加率は引き続き減少した」という。この人口の増大は、労働者階級の増大を暗示させる。
それに対し、イギリスの富の増大を、「所得税を課せられる利潤や地代」すなわち剰余価値の観点から把握する。具体的に、「課税される利潤」「課税対象になる土地(家屋、鉄道、鉱山、漁場などを含む)の賃貸料」「利潤から生ずる所得」などの増加率、「連合王国の課税所得の総額」の増加を挙げ、イギリスの人口増加率よりも資本の蓄積の増加率が上回っていたことの証拠を示している。
更に、「資本の蓄積は同時に資本の集積と集中とを伴った。」として、「100エーカー未満の借地農場」の減少、「相続税を課された100万ポンドを越える動産」の増加、1864年と1865年の「課税所得」の増加を例証として挙げている。
また、1855年と1864年の「連合王国で生産された石炭」「銑鉄」の量と価値、1854年と1864年の「連合王国で経営されていた鉄道」の距離と払込資本、1854年と1865年の「連合王国の総輸出入額」を比較し、人口の増加に対し、いかに富の増大が大きかったかを指摘している。

これに対し、「この産業の直接の担当者またはこの富の生産者、つまり労働者階級」の状態はどうであったか。
グラッドストンの議会演説が「上層階級の不断の富の蓄積と資本の不断の増大」とともに「それは一般に消費される品物を安くするのだから、労働者人口にとっても」利益になり、貧困が軽減された」と言うのに対し、公式の「ロンドンの孤児院の報告」を引用し、この間の「必要生活手段の累進的な騰貴」は労働者階級の窮状を軽減しておらず、「ほとんど、彼らの債権者である小売商人の奴隷になる」としている。
以下では「工業プロレタリアートと農業労働者とのうちの最悪の支払を受ける部分、すなわち労働者階級の過半をなしている部分が考察される」が、その前に「公認の受救貧民、すなわち、労働者階級の中でも労働力の販売という自分の生存条件を失って公共の施し物で露命をつないでいる部分」に言及している。
「公認の貧民名簿」によると、イングランドでは、1855年の85万人から1864年の107万人へと増加し、1866年の恐慌により更に増加率が増大したとし、「貧民群の干満運動は産業循環の周期的な局面変換を反映する。他方では、資本の蓄積とともに階級闘争が発展し、したがってまた労働者の自覚が発展するにつれて、受救貧民の現実の範囲について公式の統計はますます欺瞞的になる。」と結論している。

b イギリスの工業労働者階級の低賃金層

「工業労働者階級の低賃金層」については、「公衆衛生報告」を使用する。
まず、ドクター・スミスの報告書から引用して、「ランカシヤとチェシヤの疲弊した綿業労働者」(1862年)・5事業部門の都市労働者と農業労働者(1863年)の栄養状態について、炭素や窒素の栄養摂取量が、飢餓を免れるための必要量かそれ以下になっていることを示している。このことは、彼らの衣類・燃料の不足や衛生状態の悪化を反映している。
最も勤勉な労働者層の飢餓的苦痛と、資本主義的蓄積にもとづく富者の粗野または優美な奢侈的消費との内的な関連は、経済的諸法則を知ることによってはじめて明らかにされる。住居の状態についてはそうではない。偏見のない観察者ならばだれでも認めるように、生産手段の集中が大量であればあるほど、それに応じて同じ空間での労働者の密集もますますはなはだしく、したがって、資本主義的蓄積が急速であればあるほど、労働者の住居の状態はますますみじめになる。富の進展に伴って、不良建築地区の取り払い、銀行や大商店などの巨大な建物の建築、取引上の往来やぜいたくな馬車のための道路の拡張、鉄道馬車の開設、等々による諸都市の「改良」が行なわれ、そのために目に見えて貧民はますます悪い、ますますぎっしり詰まった片すみに追い込まれる。」
「ぎっしり詰まった住宅、あるいはまたとうてい人間の住まいとは考えられない住宅という点では、ロンドンは第一位を占めている。」「ロンドンでは、古い街路や家屋の「改良」とそれに伴う取り払いが進み、中心部の工場や人口流入が増加し、最後に家賃が都市地代とともに騰貴するにつれて、労働者階級のいくらかよい状態にある部分も、小売商人やその他の下層中間階級の諸分子といっしょに、ますますこのひどい住宅事情の苦しみのなかに落ちこんで行く。」「救貧院はもう超満員で、議会がすでに同意した「改良」もまだ着手したばかりである。労働者は自分の元の家の取りこわしのために追い出されても、自分の教区を立ち去らないし、また立ち去ってもせいぜいその境界に近く隣りの教区に住みつくのである。」
「ある工業都市または商業都市で資本が急速に蓄積されればされるほど、搾取される人間材料の流人はそれだけ急激であり、労働者の即製の住居はますますみすぼらしい。こういう理由で、ニューカッスル・アポン・タインは、ますます産出の多くなる採炭採鉱地方の中心地として、ロンドンに次いで住宅地獄の第二位を占めるのである。」
「資本と労働とがあちこちに移動するために、一つの工業都市の住居状態は、今日はがまんのできるものでも明日はひどく悪いものになる。あるいは、都市の衛生当局が最悪の弊害を除くためについに立ち上がったこともあるかもしれない。しかし、明日はぼろぼろのアイルランド人やおちぶれたイングランドの農業労働者がいなごの大群のようにはいってくる。人々は彼らを穴倉や納屋に追い込むか、そうでなければ、従来は見苦しくなかった労働者の家を、住人が三十年戦争当時の宿泊兵のように次から次へと入れ替わる木賃宿にしてしまう。」
「ブリストルは、住宅の貧困においてロンドンから数えて第三位を占めている。」

c 移動民

この項目の下に、「その起源は農村でありながら大部分は工業に従事している一つの人民層」=「資本の軽歩兵であって、資本はこれを自分の必要に応じてあるときはこの点に、あるときはあの点に投げ込むのである。」「移動労働はいろいろな建築工事や排水工事や煉瓦製造や石灰焼や鉄道建設などに利用される。」つまり、出稼ぎの季節労働者であろう。
「それは疫病の遊撃隊で、それが陣を敷く場所の近隣に天然痘やチフスやコレラや狸紅熱などをもちこんでくる。鉄道建設などのような投資額の大きい企業では、たいていは企業者白身が自分の軍隊に木造小屋の類をあてがうのであるが、それは衛生設備などはなにもない急造の部落であって、これには地方官庁の取締りも及ばす、請負人のだんなには非常に有利なもので、彼は労働者たちを産業兵士としてと同時に借家人として二重に搾取するのである。」
例として、ロンドン近郊の鉄道工事において、不衛生な労働者の住居に置いて天然痘が蔓延したことを、報告書から引用している。
「イギリスのプロレタリアートの最高給部類に属する」「炭鉱やその他の鉱山の労働者」の「住居の事情」については、「通例は、鉱山の採掘人が、鉱山の所有者であるか賃借人であるかを問わず、自分の労働者たちのためにいくつかの小屋を設ける。」「鉱山地方は、鉱山従業員そのものやその周囲に群がる手工業者や小売商人などから成る一大人口を急速に引き寄せる。人口密度の高いところではどこでもそうであるが、ここでも地代は高い。したがって、採鉱業者は、坑口の近くにあるできるだけ狭い敷地に、自分の労働者とその家族を詰め込むのにちょうど必要なだけの小屋を建てようとする。」「小屋を建てるにあたっては、ただ一つの観点だけが支配する。すなわち、どうしても避けられないもの以外のいっさいの現金支出にたいする資本家の「禁欲」がそれである。」
例として、報告書から、「ノーサンバーランドやグラムの鉱山にしばりつけられている坑夫やその他の労働者の住居」は、「住民の健康を保証するためのどんな手段も顧みられないということは、ごくわずかな例外を除いて、すべての部落にあてはまる。」
「「世論」やあるいはまた衛生警察とさえ衝突しても、資本は、自分が労働者の機能や彼の家庭生活に押しつける危険でもあれば侮辱的でもある諸条件を、労働者をもっと有利に搾取するために必要だということによって「正当化する」ことを、少しもはばからない。すなわち、資本が工場の危険な機械にたいする保護設備や鉱山の換気・保安装置などを禁欲する場合がそれである。ここでの鉱山労働者の住居についてもそうである。」

d 恐慌が労働者階級の最高給部分に及ぼす影響

「恐慌が労働者階級の最高給部分にたいしてさえ、労働者階級の貴族にたいしてさえ、どんな影響を及ぼすか」の例として、1866年の恐慌後の「ロンドンの大事業部門の一つ」である鉄船建造業の盛んなロンドン東部のポプラーにおいて、『モーニングスター』の一通信員の詳細な報道のなかから、救貧院の労働者の悲惨な状況を引用している。
また、ロンドンの東部は、「鉄船建造業の所在地であるだけではなく、つねに最低限以下を支払われているいわゆる「家内労働」の所在地でもある」のであるが、「われわれの目の前で、このすばらしい首都の一地区で、世界に類のない莫大な富の蓄積のすぐそばで、四万の人が飢えて途方にくれているのだ」というトーリ党系の一新聞からの抜き書を紹介している。

この状況は、イギリスだけでなく、ベルギーでも同様であった。
「ベルギーの監獄と慈善施設との総監督官でベルギー統計中央委貝会の委員だった故デュクペシオ氏の著書「ベルギー労働者階級の家計予算」」には、「ベルギーのある標準的な労働者の家庭の一年間の収支が非常に精確な材料によって計算されて次にその栄養状態が兵卒や水兵や囚人のそれと比較されている」。それによれば、「水兵や兵卒どころか囚人とでさえ同じ栄養をとることのできる労働者の家庭はわずかしかないことがわかる」といっている。「彼らは毎日の食物を切り詰め、小麦パンのかわりにライ麦パンを食い、肉類はほとんど食わないかまたは全然食わず、同様に、バターや薬味もほとんど用いない。家族は一つか二つの室に詰めこみ、そこで娘も息子もいっしょに、しかも往々同じわらぶとんに寝る。衣類も洗濯も掃除用具も節約し、日曜の楽しみもあきらめ、要するにどんなにひどい窮乏でも覚悟しているのである。」

e イギリスの農業プロレタリアート

「資本主義的生産・蓄積の敵対的な性格が野蛮に現われているという点では、イギリス農業(牧畜を含む)の進歩とイギリス農業労働者の退歩とにまさるものはない。」
「近代的農業はイギリスでは18世紀の中ごろから始まる。」
以前より貧困化した「とはいえ、1770年から1780年までのイギリスの農村労働者の状態は、その食物や住居の状態から言っても、その自尊心や娯楽などの点から言っても、その後二度とは到達されなかった理想なのである。」「救貧法」では、「労働者が露命をつなぐために必要な名目額まで教区が施し物の形で名目賃金を補ったのである」が、「借地農業者が支払った賃金」に対し「教区が補填した賃金不足額」は、「1795年には労賃の四分の1よりも少なかったのに、1814年には半分以上になっている。このような事情のもとでは、イーデンの時代(1797年)にはまだ農村労働者の小屋で見いだされたほんのわずかな安楽も1814年にはもうなくなっていたということは、言うまでもなく明らかである。それ以来ずっと、借地農業者が飼っているすべての動物のうちで、物を言う道具である労働者は、最も酷使され、最も悪いものを食わされ、最も手荒く取り扱われるものになってしまったのである。」
「穀物法の廃止はイギリスの農業に異常な衝撃を与えた。非常に大規模な排水、畜舎内飼育や人工飼料植物栽培の新方法、機械的な施肥装置の採用、粘土地の新処理法、鉱物性肥料使用の増加、蒸気機開や各種の新作業機などの使用、いっそう集約的な耕作一般、これらのものがこの時代を特徴づけている。」更に「この最近の時期には、農村労働者人口の積極的減少が、耕作面積の拡張、いっそう集約的な耕作、土地に合体された資本と土地耕作に投ぜられた資本との未曾有の蓄積、イギリス農業史上に比類のない土地生産物の増加、土地所有者の地代収入の増大、資本家的借地農業者の富の膨張と、手を携えて進んだのである。」
ところが、「ロジャーズ教授の到達した結論では、今日のイギリスの農村労働者は、・・・1770−1780年時代のその先行者と比べてみただけでも、その状態は非常に悪化していて、「彼は再び農奴になっており」、しかも食物も住居も悪い農奴になっているのである。」
1863年の「流刑および懲役刑に処せられた罪人の給養および従業状態に関する公式の調査」では、「普通の農村労働者の常食」は、「イングランドの監獄の罪人の常食」よりずっと悪いということであり、1863年のドクター・スミスの報告書では、「農村労働者家庭の一大部分の常食が「飢餓病を防ぐための」最低限度以下」であった。「この調査の最も注目に値する結果の一つは、イングランドの農村労働者が連合王国の他の諸地方に見られるよりもずっと粗悪な食物をとっているということ」として、その調査結果の表を示している。
更に、ドクター・サイモンの報告書や、純粋な農業地方だけではなくイングランドのすべての州で5375戸の農村労働者の小屋を調査したドクター・ハンターの報告書を引用して、いかに農村労働者の家屋が悲惨な状態にあるかを紹介している。
「都市への不断の移住、農業借地の集中や耕地の牧場化や機械の採用などによる農村での不断の「人口過剰化」、小屋の破壊による農村人口の不断の追い立て、これらのことが手に手を携えて進んで行く。一つの地域の人間が減れば減るほど、その地域の「相対的過剰人口」はますます大きくなり、この過剰人口が雇用手段に加える圧力も居住手段を超過する農村住民の絶対的過剰もますます大きくなり、したがって農村では局地的過剰人口と最も悪疫培養的な人間の詰めこみがますますひどくなるのである。散在する小村落や市場町での人問集団の密度の増大は、農村の表面でのむりやりの人問排出に対応している。農村労働者の数の減少にもかかわらず、しかも彼らの生産物量の増大につれて、絶えまなく進行する農村労働者の「過剰化」は、彼らの受救的貧窮のゆりかごである。ついにはやってくる彼らの受救的貧窮は、彼らの追い立ての一動機であり、彼らの住宅苦の主要な源泉であって、この住宅苦はまた最後の抵抗力を挫いて、彼らを地主や借地農業者のほんとうの奴隷にしてしまい、こうして労賃の最低限度を彼らにとっての自然法則として固定するのである。」
「他面では、農村は、その恒常的な「相対的人口過剰」にもかかわらず、同時に人口不足である。これは、都市や鉱山や鉄道工事などへの人間流出があまりにも急激に起きる地点でただ局地的に現われるだけではなく、収穫期にも春や夏にも、非常に念入りで集約的なイギリスの農業が臨時の人手を必要とする多くの時期にどこでも見られることである。農村労働者は、農業の中位の要求にたいしてはいつでも多すぎるのであり、例外的または一時的な要求にたいしてはいつでも少なすぎるのである。それゆえ、公的な文書のなかでも、同じ場所で同じ時に労働不足と労働過剰という互いに矛盾する苦情が記されてあるのを見いだすのである。一時的または局地的な労働不足がひき起こすものは、けっして労賃の引き上げではなく、女や子供に農耕を強制することであり、この強制がますます低い年齢層に下がって行くことである。女や子供を搾取する範囲が大きくなれば、それがまた男の農村労働者の過剰化とその賃金の抑制とへの新たな手段になるのである。」
この例として、イングランドの東部地方で行なわれている、いわゆるガングシステム(作業隊制度)について、記述している。
「この州(リンカンシャー)の大きな部分は以前は沼沢だった新しい土地か、または、前記の他の東部諸州でも見られるような、海から干拓されたばかりの陸地である。蒸気機関は排水のために奇跡を演じた。以前の沼地や砂地、が今では豊かに実る穀物と最高の地代とを生んでいる。」「新たな借地農場が設けられるにつれて、新しい小屋が建てられなかっただけではなく、古い小屋まで取りこわされたが、労働の供給は、丘陵の背をうねる田舎道に沿って何マイルも遠くにある開放村落から得られた。」「借地農場に定住している労働者は、もっぱら、常時の激しい馬でやる農業労働に使われる。」「土地は、草取りや土砕きやいくらかの施肥や石拾いなどのような多くの軽い畑仕事を必要とする。それは、開放村落に住居のある作業隊すなわち組織された隊によって行なわれる。」
「作業隊は、10人から40人か50人までの人員、すなわち女や少年少女(13−18歳)・・、最後に男女の子供(6−13歳)から成っている。いちばん上に立つのはガングマスクー(隊の親方)で、これはどれも普通の農村労働者であり、たいてしはいわゆる不良、ならずもので、だらしのない酒飲みではあるが、いくらかの企業心と手腕とをもっている。彼は作業隊を募集し、この隊は彼の下で働くもので、借地農業者の下で働くのではない。」「親方は農場から農場に移り歩いて、自分の隊を一年に6−8か月働かせる。」「この制度の「暗い面」は、子供や少年少女の過度労働であり、5、6マイルからしばしば7マイルも離れた農場への道を彼らが毎日往復するというひどい強行軍であり、最後に「作業隊」の風紀のわるいことである。」
「作業隊制度は近年ますます拡大されてきたが、それは明らかに隊の親方のために存在するものではない。それは大借地農業者かまたは大地生の致富のために存在するものである。借地農業者にとっては、自分の手もとにおく労働人員を正常な水準よりもずっと少なくしておきながら、しかもどんな臨時の仕事のためにもつねに臨時の人手を準備しておき、できるだけわずかな貨幣でできるだけ多くの労働を取り出し、成年男子労働者を「過剰」にするためには、この制度以上に気のきいた方法はないのである。一方では大なり小なり農業労働者の失業が認められていながら、同時に他方では男子労働の不足や都市への移動のために作業隊制度が「必要」だと言われるわけは、これまでの説明によって理解されるであろう。リンカンシャなどの、雑草のない畑と人間雑草とは、資本主義的生産の極と対極なのである。

f アイルランド

はじめに、1861年から1865年に渡る人口減少、家畜数の減少、穀類・野菜類の作付面積及び生産物の減少、地代・借地農業者利潤・工業者等利潤の増加のデータを示して、マルクスは、アイルランドの経済的状況を次のように概括する。
「アイルランドは今ではただ幅の広い堀で区切られたイングランドの一農業地帯でしかないのであって、イングランドに穀物や羊毛や家畜を供給し、また産業と軍隊との新兵を供給しているのである。」
「人口の減少は多くの土地を耕作の外に投げ出し、土地生産物を非常に減らし、また、牧畜用地面積の拡張にもかかわらずいくつかの牧畜部門では絶対的減少を生みだし、その他の牧畜部門では絶えず退歩によって中断されがちな、ほとんど言うに足りない進歩を生みだした。それにもかかわらず、住民数の減少につれて地代と借地農業利潤とは絶えず増大した。といっても後者は前者ほど恒常的にではなかったが。その理由は簡単にわかる。一方では、借地農場の合併や耕地の牧場化につれて総生産物中のより大きな部分が剰余生産物になった。剰余生産物がその一部分をなしている総生産物は減少したのに、剰余生産物は増加した。他方では、最近20年来、また特に最近10年来、肉類や羊毛などのイングランド市場価格が上昇を続けたために、この剰余生産物の貨幣価値はその量よりももっと急速に上がったのである。」「人口の減少につれて農業に充用される生産手段の量も減少したのに、農業に充用される資本の量が増加したのは、以前は分散されていた生産手段の一部分が資本に転化されたからである。」
「農業以外で、工業や商業に投ぜられたアイルランドの総資本は、最近の20年間に、ゆっくりと、絶えず大きく動揺しながら、蓄積された。ところが、この総資本の個々の構成部分の集積は、ますます急速に発展した。最後にこの総資本の絶対的増大はどんなにわずかでも、柏対的には、すなわち人口の減少に比べれば、それは膨張したのである。」

「1846年にアイルランドでは飢饉が100万以上の人間を、といってもただ貧乏人だけを、殺した。」「その後20年間の、そして今もなお増大しつつある人口流出は」合衆国への移民であった。
「過剰人口から解放されたアイルランドの労働者たちにとっては、結果はどうだったか? 相対的過剰人口は今日でも1846年以前と同様に大きいということ、労賃は同様に低くて労働苦は増してきたということ、農村の困窮が再び新しい危機を呼び起こしそうだということ、これが結果だった。その原因は簡単である。農業での革命が移民といっしょに進んだのである。相対的過剰人口の生産が人口の絶対的減少よりも速く進んだのである。」「従来の耕地の大きな部分が休耕地や永久的草地に変えられると同時に、以前は利用されなかった荒れ地や泥炭地の一大部分が牧畜の拡張に役だっている。中小借地農業者・・・今でも総数の約10分の8を占めている・・は、以前とはまったく違った程度で、ますます、資本家的経営の農耕の競争に圧迫され、したがって賃金労働者階級に絶えず新兵を供給する。アイルランドのただ一つの大工業であるリンネル製造業は、成年男工を必要とすることが比較的少なく、・・・人口の比較的わずかな部分しか使用していない。」「農村民の貧困は巨大なシャツエ場などの台座になっており、これらの工場の労働者軍の大部分は農村に散在している。われわれは、前にも述べたような、過少支払と過度労働とを「人口過剰化」の組織的手段とする家内労働体制を、ここで再び見いだすのである。」「国外移住がこの国でつくりだすすきまは、地方的な労働需要を縮小するだげではなく、小売商人や手工業者や小営業者一般の収入をも減少させる。」
「アイルランドの農村日雇労働者の状態の明瞭な記述は、アイルランドの救貧法監督官の報告書のなかに見いだされる。」「以前は農村労働者は小借地農業者と融合していて、たいていはただ大中の借地農場の後衛になっているだけで、これらの農場に自分たちの仕事を見いだしていたのである。1846年の破局以後はじめて彼らは純粋な賃金労働者の階級の一部分に、すなわち、ただ貨幣関係だけによって自分の雇い主と結ばれている特殊な一階級に、なりはじめたのである。1846年の彼らの住宅状態がどんなものだったかは、人々の知るとおりである。その後、それはもっと悪くなってきた。農村日雇労働者の一部分、といってもこの部分は日に日に減って行くのであるが、彼らはまだ借地農業者の地所で小屋に詰めこまれて住んでおり、その小屋のひどさは、イングランドの農村地方でわれわれの前に繰り広げられたその種の最悪のものをはるかに上回っている。」
「農業革命、すなわち耕地の牧場化や機械の充用や最も厳重な労働節約などの前述のような結果は、自分の地代を外国で消費したりしないで情け深くもアイルランドで自分の領地に住んでいる模範地主たちによって、ますます激しくされる。」
「このように、救貧法監督官の報告書には、就業の不安定や不規則、労働中絶の頻発と長期継続、このような相対的過剰人口のいっさいの徴候が、それぞれアイルランドの農業プロレタリアートの苦痛として現われている。」「工業国のイングランドでは産業予備軍が農村で補充されるが、農業国のアイルランドでは農業予備軍が都市で、すなわち駆逐された農村労働者の避難所で、補充されるということである。イングランドでは農業の過剰人口が工場労働者に転化する。アイルランドでは都市に追い出された人々は、同時に都市の賃金に圧迫を加えはするが、やはり農業労働者なのであり、労働需要に応じて絶えず農村に送り返されるのである。」「こういうわけで、報告者たちの一様な証言によれば、暗い不満がこの階級の隊列にしみこんでいるということや、この階級が過去をなつかしみ、現在を憎み、未来に絶望し、「扇動家たちの悪い影響に左右され」、ただ、アメリカに移住するという一つの固定観念を抱いているだけだということは、少しも不思議ではないのである。」「アイルランドでの地代の蓄積と同じ足並みでアメリカでのアイルランド人の蓄積が進む。」

第24章 いわゆる本源的蓄積

第1節 本源的蓄積の秘密

この章では、本源的蓄積、すなわち、資本主義的蓄積に先行する蓄積、資本主義的生産様式の出発点である蓄積が論じられる。論理的に辿ってきた商品生産から資本主義的生産の展開を、歴史的に辿る過程である。
「二つの非常に違った種類の商品所持者が対面し接触しなければならない・・・。その一方に立つのは、貨幣や生産手段や生活手段の所有者であって、彼らにとっては自分がもっている価値額を他人の労働力の買い入れによって増殖することこそが必要なのである。他方に立つのは、自由な労働者、つまり自分の労働力の売り手であり、したがってまた労働の売り手である。自由な労働者というのは、・・・彼らはむしろ生産手段から自由であり離れており免れているという二重の意味で、そうなのである。このような商品市場の両極分化とともに、資本主義的生産の基本的諸条件は与えられているのである。資本関係は、労働者と労働実現条件の所有との分離を前提する。資本主義的生産がひとたび自分の足で立つようになれば、それはこの分離をただ維持するだけではなく、ますます大きくなる規模でそれを再生産する。だから、資本関係を創造する過程は、労働者を自分の労働条件の所有から分離する過程、すなわち、一方では社会の生活手段と生産手段を資本に転化させ他方では直接生産者を賃金労働者に転化させる過程以外のなにものでもありえないのである。つまり、いわゆる本源的蓄積は、生産者と生産手段との歴史的分離過程にほかならないのである。」
資本主義社会の経済的構造は封建社会の経済的構造から生まれてきた。後者の解体が前者の諸要素を解き放したのである。」
「生産者たちを賃金労働者に転化させる歴史的運動は、一面では農奴的隷属や同職組合強制からの生産者の解放として現れる。」「他面では、この新たに解放された人々は、彼らからすべての生産手段が奪い取られ、古い封建的な諸制度によって与えられていた彼らの生存の保証がことごとく奪い取られてしまってから、初めて自分自身の売り手になる。」
「産業資本家たち、この新たな主権者たち自身としては、同職組合の手工業親方だけではなく、富の源泉を握っている封建領主をも駆逐しなければならなかった。この面から見れば、彼らの興起は、封建的勢力やその腹だたしい特権にたいする戦勝の成果として、また同職組合やそれが生産の自由な発展と人間による人間の自由な搾取とに加えていた拘束にたいする戦勝の成果として、現われる。」
「賃金労働者とともに資本家を生みだす発展の出発点は、労働者の隷属状態だった。そこからの前進は、この隷属の形態変化に、すなわち封建的搾取の資本主義的搾取への転化に、あった。」

「本源的蓄積の歴史のなかで歴史的に画期的なものといえば、・・・人間の大群が突然暴力的にその生活維持手段から引き離されて無保護なプロレタリアとして労働市場に投げ出される瞬間である。農村の生産者すなわち農民からの土地収奪は、この全過程の基礎をなしている。」

第2節 農村住民からの土地の収奪

ここで、封建的社会の経済的構造について、振り返っておこう。
小農民経営と独立手工業経営とは、・・・封建的生産様式の基礎」をなしている。エンゲルスの「起源」の記述を引用すると、「フランクの自由な農民は、その先行者であるローマのコロヌスと似た状態におかれていた。戦争や略奪によって零落した彼らは、新興の豪族または教会の保護に身をゆだねなければならなかった。王権があまりにも弱く、彼らを保護することができなかったからである。しかし、この保護にたいして彼らは高い代償を払わなければならなかった。以前にガリアの農民がしたように、彼らはその土地の所有権を保護主に譲渡しなければならず、この土地を彼から種々不定の形態の貢租負担地として、しかしつねに賦役と貢納の給付と引換えにのみ受け戻したのである。いったんこの従属の形態におちいると、彼らはしだいに人身的自由をも失っていった。数世代のちには、彼らは大部分がすでに農奴であった。」
このような「有力な領主とこれに仕える農民との関係」は、それが領主の圧政に陥ろうと、農業を基礎とする社会における生産手段としての土地を守護するための、いわば一種の政治的役割分担とも見なすことができる。これが、封建制の上部構造であり、「恩貸制と保護托身制の封建制度への発展」に繋がっていくのである。
「イギリスでは農奴制は14世紀の終わりごろには事実上なくなっていた。・・・15世紀ごろにはさらにいっそう、人口の非常な多数が自由な自営農民から成っていた。」
「ヨーロッパのどの国でも、封建的な生産は、できるだけ多くの家臣の間に土地を分割するということに特徴づけられている。封建領主の権力は、・・・彼の家臣の数にもとづいていたし、またこの家臣の数は自営農民の数にかかっていた。それだから、ノルマン人による征服の後には・・・この土地には一面に小農民経営がばらまかれていて、ただあちこちにいくらか大きい領主直属地が点在していただけだったのである。」

封建制という政治的上部構造の崩壊は、それを支える経済的土台(農業と手工業)が、資本主義を準備する土台(工業)の浸透によって、浸食されて行く過程でもある。しかし、封建的上部構造は、それに平行して変革されたのではなくむしろ抵抗したのであり、資本主義的上部構造によって不必要になったことを宣言され押しのけられるまで、遺物として残り続けるものである。この間の事情を、マルクスは以下に描き出している。

 「資本主義的生産様式の基礎をつくりだした変革の序曲は、15世紀の最後の三分の一期と16世紀の最初の数十年間に演ぜられた。・・・「どこでもいたずらに家や屋敷をふさいでいた」封建家臣団の解体によって、無防備なプロレタリアの大群が労働市場に投げ出された。・・・大封建領主は、・・・農民をその土地から暴力的に駆逐することによって、また農民の共同地を横領することによって、比べものにならないほど大きなプロレタリアートをつくりだしたのである。これに直接の原動力を与えたものは、イギリスでは特にフランドルの羊毛マニュファクチャの興隆とそれに対応する羊毛価格の騰貴だった。・・・耕地の牧場化は新しい貴族の合言葉になったのである。」
「民衆の暴力的な収奪過程は16世紀には宗教改革によって、またその結果としての大がかりな教会領の横領によって、新たな恐ろしい衝撃を与えられた。」「教会領は古代的な土地所有関係の宗教的保塁になっていた。その崩壊と共に、この関係ももはや維持できなくなったのである。」
「17世紀の最後の数十年間にも、独立農民層であるヨーマンリは、まだ借地農業者の階級よりも人数が多かった。」「農村賃金労働者でさえも、まだ共同地の共同所有者だった。1750年にはヨーマンリはほとんどなくなっていたし、18世紀の最後の数十年には農民の共同地の最後の痕跡も消えてしまった。」
「スチュアート王朝復位のもとでは、土地所有者は・・・封建的土地制度を廃止した。」
「「名誉革命」は、オレンジ公ウイリアム3世といっしょに地主的および資本家的利殖者たちも支配者の地位につけた。彼らは、それまでは控えめにしか行われなかった国有地の横領を巨大な規模で実行することによって、新時代の幕を開けた。」「ブルジョア的資本家たちはこの処置を助けたのであるが、その目的は、なかんずく、土地を純粋な取引物に転化させること、農業大経営の領域を拡大すること、農村から彼らへの無保護なプロレタリアの供給をふやすことなどにあった。そのうえに、新たな土地貴族は、新たな銀行貴族や、孵化したばかりの大金融業者や、当時は保護関税に支持されていた大製造業者たちの当然の盟友だった。」
「共同地・・・は一つの古代ゲルマン的制度だったのであって、それが封建制の外皮の元で存続したのである。すでに見たように、この共同地の暴力的横領が、多くは耕地の牧場化を伴って、15世紀末に始まり16世紀にも続けられるのである。しかし、当時はこの過程は個人的な暴行として行なわれたのであって、これにたいして立法は150年にわたってむだな抗争を続けたのである。18世紀の進歩は、法律そのものが今では人民共有地の盗奪の手段になるということのうちに、はっきりと現われている。といいっても大借地農業者たちはそのほかに彼ら自身としての小さな個人的な方法も用いるのではあるが。この盗奪の議会的形態は「共同地囲い込み法案」という形態であり、言い換えれば、地主が人民共有地を私有地として自分自身に贈与するための法令であり、人民収奪の法令である。」
「一方では独立のヨーマンに代わって任意借地農業者、すなわち一年の解除予告期間を条件とする比較的小さい借地農業者で地主の恣意に依存する隷属的な一群が現われたが、他方では、国有地の横領と並んで、ことに、組織的に行なわれた共同地の横領が、かの18世紀に資本借地農場とか商人借地農場とか呼ばれた大借地農場の膨張を助けたのであり、また農村民を工業のためのプロレタリアートとして「遊離させる」ことを助けたのである。」
「最後に、農耕者から土地を取り上げる最後の大がかりな収奪過程は、いわゆる地所の清掃(−実際には土地からの人間の掃き捨て)である。」
教会領の横領、国有地の詐欺的な譲渡、共同地の盗奪、横領と容赦ない暴行とによって行われた封建的所有や氏族的所有の近代的所有への転化、これらはみなそれぞれ本源的蓄積の牧歌的な方法だった。それらは、資本主義農業のための領域を占領し、土地を資本に合体させ、都市工業のためにそれが必要とする無保護なプロレタリアートの供給をつくりだしたのである。
ここに記されている歴史的経緯を引き合いに、マルクスは、その「注」の中で、古代ローマの兵役の義務を負った平民の没落やカール大帝の下での自由農民の没落とを比較している。この部分は、エンゲルスの「起源」を読むと更によく理解される。

第3節 15世紀末以来の被収奪者にたいする血の立法 労賃引き下げのための諸法律

封建制の崩壊が、直接的に資本主義の引き金となったのではない。資本主義が起こるためには、資本主義の助走ともいうべきさまざまな経済的契機が用意されていなければならず、その土台的変革に対応した上部構造が形成されねばならない。その過渡期には、一見奇妙とも思える上部構造が一次的に形成されることがある。それは最終的には廃止されるのではあるが。

「・・・このような無保護なプロレタリアートは、・・・彼らは群をなして乞食になり、盗賊になり、浮浪人になった。それは・・・たいていは事情の強制によるものだった。こういうわけで、15世紀末と16世紀の全体とをつうじて、西ヨーロッパ全体にわたって浮浪に対する血の立法がおこなわれたのである。」「こうして暴力的に土地を収奪され追い払われ浮浪人にされた農村民は、奇怪な恐ろしい法律によって、賃労働の制度に必要な訓練を受けるために、焼印を押され、拷問されたのである。」
この節は、第8章第5節に繋がる部分であって、資本主義の揺籃期における労働時間をめぐる問題と直接関連している。
「興起しつつあるブルジョアジーは、労賃を「調節する」ために・・・労働日を延長して労働者自身を正常な従属度に維持するために、国家権力を必要とし、利用する。これこそは、いわゆる本源的蓄積の一つの本質的な契機なのである。」
「都市についても農付についても、出来高仕事についても日ぎめ仕事についても、法定賃金率が確定された。」
「16世紀には、人の知るように、労働者の状態は非常に悪くなっていた。・・・賃金は実際には下がったのである。それでもまだ、賃金押し下げのための諸法律は、「雇い手のなかった」人々の耳切りや焼き印といっしょに存続した。」
「本来のマニュファクチュア時代には、資本主義的生産様式は、労賃の法的規制を実行不可能なものにし不要なものにすることができるだけの十分な強さに達していたが、それでも、人々は、万一の場合のことを考えて、昔の武器庫をからにしようとは思わなかった。」
「ついに、1813年、賃金規制に関する諸法律は廃止された。資本家が自分の私的立法によって工場を取り締まるようになり、救貧税によって農村労働者の賃金をどうしても必要な最低限まで補わせるようになってからは、これらの法律はこっけいな変則だったのである。」
「団結を禁止する残酷な諸法律は、1825年にプロレタリアートの威嚇的態度の前に屈した。といっても、屈したのはただ一部分だけだった。古い諸法規のいくつかの美しい残片は、1859年になってやっとなくなった。最後に、1871年6月29日の法律は、労働組合の法的承認によってこの階級立法の最後の痕跡を消し去るのだと称した。」「要するに、イギリスの議会は、まったくいやいやながら民衆の圧力に屈して、ストライキや労働組合を禁圧する法律を放棄したのであるが、それは、すでにこの議会そのものが、五世紀の長きにわたって、労働者に対抗する恒常的な資本家組合の地位を恥知らずの利己主義で維持してきてからあとのことだったのである。」

第4節 資本家的借地農業者の生成

農業の分野で、工場における産業資本家の役割を負うのは、借地農業者である。
「借地農業者の生成について言えば、・・・それは幾世紀にもわたる緩慢な過程だからである。」「本来の借地農業者というのは、彼自身の資本を賃金労働者の使用によって増殖し、剰余生産物の一部分を貨幣か現物かで地主に地代として支払うものである。」

借地農業者が資本家に成り上がるのも、封建制の崩壊と、資本主義的の引き金となった経済的契機があった。
15世紀の最後の三分の一期の農業革命は、16世紀のほとんど全体をつうじて続くのであるが、・・・この革命は農村民を貧しくして行くのと回し速さで借地農業者を富ませて行く。共同牧場などの鉄領によって彼はほとんどただで自分の家畜を大いにふやすことができ、同時にこの家畜は土地耕作のためのいっそう豊富な肥料を彼に供給する。」
「16世紀には・・・ 貴金属の価値、したがってまた貨幣の価値が引き続き低落したということは、借地農業者のために黄金の果実を結んだ。この低落は、前に論じた他の事情はすべて別にしても、労賃を低落させた。労賃の一部分は借地農業利潤につけ加えられた。穀物や羊毛や肉類など、要するにすべての農業生産物の価格の継続的な上昇は、借地農業者がなにもしないでも彼の貨幣資本を膨張させたが、他方、彼が支払わなければならなかった地代は以前の貨幣価値で契約されていた。こうして、彼は、彼の賃金労働者と彼の地主とを同時に犠牲にして、富をなしたのである。だから、16世紀末のイギリスに当時の事情から見れば富裕な「資本家借地農業者」という一階級がめったということは、少しも不思議ではないのである。」

第5節 農業革命の工業への反作用 産業資本のための国内市場の形成

農業と工業は、相互浸透しながら、資本主義的変革を成し遂げる。すなわち、資本主義的工業(マニュファクチュア)の発展が、農業の資本主義的変革(耕地の牧場化、農業革命、農業生産物の価格の高騰、その結果としての封建的土台の崩壊)を引き起こしたが、それがまた工業へ反作用する、プロレタリアと労働市場の形成であり、生活手段と労働手段のための国内市場の形成である。一方、工業の発展は、農業へ反作用する。こうして相互に浸透を繰り返しながら、資本主義的経済的土台が完成して行くのである。
しかし、その転換期=過渡期には、多少の変動を伴うものでもある。

「独立自営農村民の稀薄化には、・・・その耕作者の数が減少したにもかかわらず、土地は以前と同量かまたはより多量の生産物を生みだした。というのは、土地所有関係の革命が耕作方法の改良や協業の大規模化や生産手段の集積などを伴っていたからであり、また、農村賃金労働者の労働の強度が高められただけではなく、彼らが自分自身のために労働した生産場面がますます縮小したからである。つまり、農村民の一部分が遊離させられるのにつれて、この部分の以前の食料もまた遊離させられるのである。この食料は今や可変資本の素材的要素に転化する。追い出された農民は、この食料の価値を自分の新しい主人である産業資本家から労賃という形で買い取らなければならない。国内で生産される農産工業原料についても、事情は生活手段の場合と同じだった。それは不変資本の一つの要素に転化した。
「小農民を賃金労働者に転化させ、彼らの生活手段と労働手段を資本の物的要素に転化させる諸事件は、同時に資本のためにその国内市場をつくりだすのである。」「これらの原料や生活手段は、・・・大借地農業者がそれを売るのであり、彼はマニュファクチュアに自分の市場を見いだすのである。糸やリンネルや粗製毛織物など、・・・このようなものが今ではマニュファクチュア製品にされてしまって、まさにその農村地方そのものがそれらの販売市場になるのである。・・・このようにして、以前の自営農民の収奪や彼らの生産手段からの分離と並んで、農村副業の破壊、マニュファクチュアと農業との分離過程が進行する。そして、ただ農村家内工業の破壊だけが、一国の国内市場に、資本主義的生産様式の必要とする広さと強固な存立とを与えることができるのである。」

「とはいえ、本来のマニュファクチュア時代には根本的な変化はなにも現われない。人々の記憶にあるように、この時代は国民的生産を非常に断片的に征服するだけで、つねに都市の手工業と家内的・農村的副業とを広い背景としてこれに支えられているのである。この時代はこれらのものをある種の形態や特殊な事業部門やいくつかの地点では破壊するにしても、よそでは再び同じものを呼び起こすのであって、それというのも、この時代は原料の加工のためにある一定の程度まではこれらのものを必要とするからである。それだから、この時代は一つの新しい部類の小農民を生み出すのであって、このような農民は耕作を副業として営み、生産物をマニュファクチュアに売るための工業的労働を本業とするのである。」
大工業がはじめて機械によって資本主義的農業の恒常的な基礎を与え、巨大な数の農村民を徹底的に収奪し、家内的・農村的工業−紡績と織物―の根を引き抜いてそれと農業との分離を完成するのである。したがってまた、大工業がはじめて産業資本のために国内市場の全体を征服するのである。

第6節 産業資本家の生成

この節では、商業と工業及びその相互浸透における本源的蓄積の側面が、資本主義の諸要素を列挙しながら、いわば網羅的に語られる。マルクスらしい観点の見事さから、全文を引用したい衝動に駆られるが、そうすると長くなるので、ここでは要点のみを引用する。

「産業資本家の生成は、・・・多くの小さな同職組合親方や、もっと多くの独立の小工業者たちが、あるいは賃金労働者さえもが、小資本家になり・・・文句なしの資本家になった。」「しかし、この方法の蝸牛の歩みは、けっして、15世紀末の諸大発見がつくりだした新たな世界市場の商業要求に応ずるものではなかった。しかし、中世はすでに二つの違った資本形態・・・非常にさまざまな経済的社会構成体のなかで成熟して資本主義的生産様式の時代以前にも資本一般として認められている二つの形態―高利資本と商人資本とがそれである。」
「高利と商業とによって形成された貨幣資本に、農村では封建制度によって、都市では同職組合制度によって、産業資本への転化を妨げられた。このような制限は、封建家臣団が解体され、農村民が収奪されてその一部分が追い出されると同時に、なくなった。新たなマニュファクチュアは輸出海港に設けられ、あるいはまた古い都市やその同職組合制度の支配外にあった田舎の諸地点に設けられた。」
アメリカの金銀産地の発見、原住民の掃滅と奴隷化と鉱山への埋没、東インドの征服と略奪との開始、アフリカの商業的黒人狩猟場への転化、これらのできごとは資本主義的生産の時代の曙光を特徴づけている。このような牧歌的な過程が本源的蓄積の主要契機なのである。これに続いて、全地球を舞台とするヨーロッパ諸国の商業戦が始まる。それはスペインからのネーデルランデの離脱によって開始され、イギリスの反ジャコバン戦争で巨大な範囲に広がり、シナにたいする阿片戦争などで今なお続いている。」
「いまや本源的蓄積のいろいろな契機は、多かれ少なかれ時間的な順序をなして、ことにスペイン、ポルトガル、オランダ、フランス、イギリスのあいだに分配される。イギリスではこれらの契機は17世紀末には植民制度、国債制度、近代的租税制度、保護貿易制度として体系的に総括される。これらの方法は、一部は、残虐きわまる暴力によって行なわれる。たとえば、植民制度がそうである。しかし、どの方法も、国家権力、すなわち社会の集中され組織された暴力を利用して、封建的生産様式から資本主義的生産様式への転化過程を温室的に促進して過渡期を短縮しようとする。暴力は、古い社会が新たな社会をはらんだときにはいつでもその助産婦になる。暴力はそれ自体が一つの経済的な潜勢力なのである。

植民制度は商業や航海を温室的に育成した。「独占会社」(ルター)は資本集積の強力な槓杆だった。植民地は、成長するマニュファクチュアのために販売市場を保証し、市場独占によって増進された蓄積を保証した。ヨーロッパの外で直接に略奪や奴隷化や強盗殺人によってぶんどられた財宝は、本国に流れこんで、そこで資本に転化した。」
「今日では産業覇権が商業覇権を伴ってゆく。これに反して、本来のマニュファクチュア時代には商業覇権が産業上の優勢を与えるのである。それだからこそ、当時は植民制度が主要な役割を演じたのである。

「公信用制度すなわち国債制度の起源を、・・・それはマニュファクチュア時代には全ヨーロッパに普及していた。植民制度は、それに伴う海上貿易や商業戦争とともに、国債制度の温室として役だった。こうして、この制度はまずオランダで確立された。国債、すなわち国家・・・の譲渡は、資本主義時代にその極印を押す。いわゆる国富のうちで現実に近代的国民の全体的所有にはいる唯一の部分―それは彼らの国債である。」
公債は本源的蓄積の最も力強い槓杆の一つになる。」「国家の債権者は現実にはなにも与えはしない。というのは、貸し付けた金額は、容易に譲渡されうる公債証書に転化され、それは、まるでそれと同じ額の現金であるかのように、彼らの手のなかで機能を続けるからである。」「国債は、株式会社や各種有価証券の取引や株式売買を、一口に言えば、証券投機と近代的銀行支配とを、興隆させたのである。
「国立という肩書きをつけた大銀行は、・・・彼らは政府と肩を並べ、また与えられた特権のおかけで政府に貨幣を前貸しすることができたのである。」「これらの銀行の十分な発達はイングランド銀行の創立(1694年)に始まるのである。イングランド銀行は、自分の貨幣を8%の利率で政府に貸し上げることから始めた。同時に、この銀行は、同じ資本を貨幣に鋳造する権限を議会によって与えられた。というのは、この銀行はこの資本をもう一度銀行券という形で公衆に貸し付けたからである。イングランド銀行は、この銀行券を用いて手形を割り引くこと、商品担保貸付をすること、貴金属を買い入れることを許された。まもなく、この銀行自身によって製造されたこの信用貨幣は鋳貨となり、この鋳貨でイングランド銀行は国への貸付をし、国の計算で公債の利子を支払った。」「それは、だんだんこの国の蓄蔵金属のなくてはならない貯蔵所になり、すべての商業信用の重心になってきた。」
「国債とともに国際的な信用制度も発生したが、それはしばしばあれこれの国民のもとで本源的蓄積の隠れた源泉の一つになっている。」

「国債は国庫収入を後ろだてとするものであって、この国庫収入によって年々の利子などの支払がまかなわれなければならないのだから、近代的租税制度は国債制度の必然的な補足物になったのである。国債によって、政府は直接に納税者にそれを感じさせることなしに臨時費を支出することができるのであるが、しかしその結果はやはり増税が必要になる。他方、次々に契約される負債の累積によってひき起こされる増税は、政府が新たな臨時支出をするときにはいつでも新たな借入れをなさざるをえないようにする。それゆえ、最も必要な生活手段にたいする課税(したがってその騰貴)を回転軸とする近代的財政は、それ自体のうちに自動的累進の萌芽をはらんでいるのである。過重課税は偶発事件ではなく、むしろ原則なのである。」「この制度の収奪的効果は、保護貿易制度によっていっそう強められるのであって、保護貿易制度はこの租税制度の不可欠な構成部分の一つなのである。」

保護貿易制度は、製造業者を製造し、独立労働者を収奪し、国民の生産手段と生活手段を資本化し、古風な生産様式から近代的生産様式への移行を強行的に短縮するための、人工的な手段だった。」「間接には保護関税により、直接には輸出奨励金などによって、この目的のためにただ単に自国民からしぼり取っただけではなかった。属領ではあらゆる産業、が暴力的に根こぎにされた。」

植民制度、国債、重税、保護貿易、商業戦争、等々、これらの、本来のマニュファクチュア時代に生まれた若芽は、大工業の幼年期には巨大に成長する。
「資本主義的生産様式の「永久的自然法則」を解き放ち、労働者と労働諸条件との分離過程を完成し、一方の極では社会の生産手段と生活手段を資本に転化させ、反対の極では民衆を賃金労働者に、自由な「労働貧民」に、この近代史の作品に、転化させるということは、こんなにも骨の折れることだったのである。」

第7節 資本主義的蓄積の歴史的傾向

ここでは、資本主義的蓄積における過去と現在と未来が語られる。

「資本の本源的蓄積、すなわち資本の歴史的生成は、・・・それが意味するものは、ただ直接生産者の収奪、すなわち自分の労働にもとづく私有の解消でしかないのである。」
所有とは、労働の対象化という関係における、主体である労働者と対象である労働生産物(労働生産物として労働対象及び労働手段)との間に成立する関係である。これが基本であって、法的規制の中に置かれることによって、古代的・封建的生産様式の下でであるか、あるいは資本主義的生産様式の下でであるかによって、その取得形態が異なる。資本主義的生産様式の下では、労働生産物が、労働者にではなく、労働手段及び労働力商品の私有者に帰属するのである。
「社会的、集団的所有の対立物としての私有は、ただ労働手段と労働の外的諸条件とが私人のものである場合にのみ存立する。しかし、この私人が労働者であるか非労働者であるかによって、私有もまた性格の違うものになる。一見して私有が示している無限の色合いは、ただこの両極端のあいだにあるいろいろな中間状態を反映しているだけである。」

労働者が自分の生産手段を私有しているということは小経営の基礎であり、小経営は、社会的生産と労働者自身の自由な個性との発展のために必要な一つの条件である。たしかに、この生産様式は、奴隷制や農奴制やその他の隷属的諸関係の内部でも存在する。しかし、それが繁栄し、全精力を発揮し、十分な典型的形態を獲得するのは、ただ、労働者、が自分の取り扱う労働条件の自由な私有者である場合、すなわち農民は自分が耕す畑の、手工業者は彼が老練な腕で使いこなす用具の、自由な私有者である場合だけである。
この生産様式は、土地やその他の生産手段の分散を前提する。それは、生産手段の集積を排除するとともに、同じ生産過程のなかでの協業や分業、自然にたいする社会的な支配や規制、社会的生産諸力の自由な発展を排除する。それは生産および社会の狭い自然発生的な限界としか調和しない。」
これが資本主義的生産様式以前の生産様式(経済的土台)の特徴である。

ある程度の高さに達すれば、この生産様式は、自分自身を破壊する物質的手段を生みだす。この瞬問から、社会の胎内では、この生産様式を桎梏と感ずる力と熱情とが動きだす。この生産様式は滅ぼされなければならないし、それは滅ぼされる。その絶滅、個人的で分散的な生産手段の社会的に集積された生産手段への転化、したがって多数人の矮小所有の少数人の大量所有への転化、したがってまた民衆の大群からの土地や生活手段や労働用具の収奪、この恐ろしい重苦しい民衆収奪こそは、資本の前史をなしている・・・そのうちのただ画期的なものだけを資本の本源的蓄積の方法として検討したのである。」「自分の労働によって得た、いわば個々独立の労働個体とその労働諸条件との癒合にもとづく私有は、他人の労働ではあるが形式的には自由な労働の搾取にもとづく資本主義的私有によって駆逐されるのである。」
「資本生義的生産様式が自分の足で立つようになれば、それから先の労働の社会化も、それから先の土地やその他の生産手段の社会的に利用される生産手段すなわち共同的生産手段への転化も、したがってまたそれから先の私有者の収奪も、一つの新しい形態をとるようになる。今度収奪されるのは、もはや自分で営業する労働者ではなくて、多くの労働者を搾取する資本家である。」
資本と剰余価値の否定の否定の螺旋的発展が次第に加速度を上げ、資本の蓄積と集中による資本の有機的構成の変化を加速させ、ついに最終点に到達する。
「この収奪は、資本生義的生産そのものの内在的諸法則の作用によって、諸資本の集中によって、行なわれる。いつでも一人の資本家が多くの資本家を打ち倒す。この集中、すなわち少数の資本家による多数の資本家の収奪と手を携えて、ますます大きくなる規模での労働過程の協業的形態、科学の意識的な技術的応用、土地の計画的利用、共同的にしか使えない労働手段への労働手段の転化、結合的社会的労働の生産手段としての使用によるすべての生産手段の節約、世界市場の網のなかへの世界各国民の組入れが発展し、したがってまた資本生義体制の国際的性格が発展する。この転化過程のいっさいの利益を横領し独占する大資本家の数が絶えず減ってゆくのにつれて、貧困、抑圧、隷属、堕落、搾取はますます増大してゆくが、しかしまた、絶えず膨張しながら資本生義的生産過程そのものの機構によって訓練され結合され組織される労働者階級の反抗心また増大してゆく。資本独占は、それとともに開花しそれのもとで開花したこの生産様式の桎梏となる。生産手段の集中も労働の社会化も、それがその資本主義的な外皮とは調和できなくなる一点に到達する。そこで外皮は爆破される。資本生義的私有の最期を告げる鐘が鳴る。収奪者が収奪される。
資本主義的生産様式から生まれる資本主義的取得様式は、したがってまた資本主義的私有も、自分の労働にもとづく個人的な私有の第一の否定である。しかし、資本主義的生産は、一つの自然過程の必然性をもって、それ自身の否定を生みだす。それは否定の否定である。この否定は、私有を再建しはしないが、しかし、資本主義時代の成果を基礎とする個人的所有をつくりだす。すなわち、協業と土地の共有と労働そのものによって生産される生産手段の共有とを基礎とする個人的所有をつくりだすのである。」

ここには、将来の共産主義的生産様式の特徴が語られている。労働手段・労働対象と労働者との関係は、形式的には、資本主義以前の状態に復帰する。すなわち、生産手段は個々の労働者の私有となる。しかし、労働手段も労働対象も、すでに多くの労働者の労働の対象化による労働産物であり、労働者自身がそういう労働生産物の再対象化の産物である。すなわち、どれを取ってみても、個々の労働者の私有ではない。労働者の私有であって私有ではない関係こそ、新しい社会の生産様式にふさわしい関係である。この矛盾を、マルクスは「協業と土地の共有と労働そのものによって生産される生産手段の共有とを基礎とする個人的所有」という表現で現わしたのである。
レーニンによるロシア革命の社会主義の実験は、ソ連邦の崩壊によって幕を閉じることになった。一方、資本主義陣営においては、社会主義革命勃発の反省からいわゆる福祉国家(相対的過剰人口の政治的維持・緩和)の実現へ舵を切ってきた。しかし、この個人的所有は、いままでのところ実現されてはいない。この実現こそ、われわれが目指すべき将来の課題である。

第25章 近代殖民理論

「ここで問題にするのは、真の意味の植民地、すなわち自由な移住者によって植民される処女地である。合衆国は、経済的に言えば、今なおヨーロッパの植民地である。」ここでいう「合衆国」とは、南北戦争が終結した1865年から、大陸横断鉄道の開業(1869年)・西部開拓時代の到来を通し、「フロンティアの消滅」を宣言した1890年までのアメリカと考えればいいだろう。

「ヨーロッパの西部、経済学の生まれた国では、本源的蓄積の過程は多かれ少なかれすでに終わっている。そこでは、資本主義的支配体制は、国民的生産全体をすでに直接に自分に従属させているか、または、事情がまだそこまで発展していないところでは、この体制のかたわらに存続してはいるがしだいに衰退してゆく社会層、時代遅れの生産様式に付属している社会層を、少なくとも開接には、支配している。」
現在は、「資本論」が書かれた時代からすでに1世紀半経っているので、資本主義的体制は世界を支配しており、わずかに南米の一部、アジアの一部がそれから取り残されているだけである。社会主義的体制も、すでに資本主義に浸透されて崩れかかっている。今では「植民地」はすでに事実上は存在しないと見なしてよいであろう。

植民地ではどこでも資本主義的支配体制は、自分の労働条件の所有者として自分の労働によって資本家を富ませるのではなく自分自身を富ませる生産者という障害にぶつかる。植民地では、この二つの正反対の経済制度の矛盾が、両者の闘争の中で実際に現れている。資本家の背後に本国の権力があるところでは、資本家は、自分の労慟にもとづく生産・取得様式を暴力によって一掃しようとする。」
「E・G・ウェークフィールドの大きな功績」を引き合いに出しながら、マルクスは植民地の経済的本質を指摘する。
「すでに見たように、民衆からの土地の収奪は資本主義的生産様式の基礎をなしている。これとは反対に、自由な植民地の本質は、広大な土地がまだ民衆の所有であり、従って移住者はだれでもその一部分を自分の私有地にし個人的生産手段にすることができ、しかもそうすることによって後から来る移住者が同じようにすることを妨げないという点にある。これが植民地の繁栄の秘密でもあれば、その癌腫−資本の移住にたいするその抵抗−の秘密でもあるのである。」
「賃金労働者から独立生産者への不断の転化、すなわち、資本のためにではなく自分自身のために労働して資本家さまではなく自分自身を富ませる独立生産者への転化は、それ自身また労働市場の状態にまったく有害な反作用をする。賃金労働者の搾取度がふつごうな低さにとどまっているだけではない。そのうえに、賃金労働者は、禁欲する資本家への従属関係といっしょに従属感情もなくしてしまう。」

しかし、そういう合衆国にも、資本主義が根付く土壌が生まれてくる。
「毎年アメリカに向けて追い出される絶えまない大きな人間の流れが、合衆国の東部に停滞的な沈澱を残している。というのは、ヨーロッパからの移民の波がたくさんの人間を、西への移民の波が彼らを洗い流すことができるよりももっと速く東部の労働市場に投げ込むからである。他方では、アメリカの南北戦争は莫大な国債を伴い、またそれとともに租税の重圧、最も卑しい金融貴族の製造、鉄道や鉱山の開発のための山師会社への公有地の巨大な部分の贈与など―要するに最も急激な資本の集中を伴った。こうして、この大きな共和国も、労働者移民にとっての約束の地ではなくなった。そこでは、賃金引き下げや賃金労働者の従属はまだまだヨーロッパの平均水準まで落ちてはいないとはいえ、資本主義的生産は巨人の足どりで前進している。」

この章で大事なことは、「植民地」の考察を通して、資本主義的生産・蓄積の条件がなんであるかを明確に把握できるということである。この視点は、現在の世界を見る場合にも、極めて有効である。
「ただ一つわれわれの関心をひくものは、新しい世界で古い世界の経済学によって発見されて声高く告げ知らされたあの秘密、すなわち、資本主義的生産・蓄積様式は、したがってまた資本主義的私有も、自分の労働にもとづく私有の絶滅、すなわち労働者の収奪を条件とするということである。

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