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滝村隆一著「国家論大綱第1巻上下」から学ぶべきもの


滝村隆一氏は、70年代から在野にて独自の国家論を展開してきた優れた政治学者であり、誰もが認めるように、この分野では他の追随を許さない。2002年に、それまでの彼の一連の著作の集大成を図り、「国家論大綱第1巻上下」(2003年勁草書房刊)(以下、「大綱」とする)を表した。
彼は、研究の初期にはマルクスを目指していたようであるが、中途でマルクスが方法論とした弁証法を放棄・否定し、意志関係である権力論を基礎にすえ、そこから最大の権力としての国家権力を導き出すことによって、独自の国家論を展開した。彼の理論活動の中で獲得された成果には、例えば、三権分立論等、注目すべきものがある。マルクス・エンゲルスに対する彼の的外れな批判を完全に差し引いても、である。それらを弁証法的唯物論の立場に正しく引き戻せば、彼の成果を科学の中に正しく位置づけ生かすことができる。そう考えて、「大綱」を一つのテーマに掲げることとした。
ここでは、彼のすべての成果を俎上にのせることはできないが、マルクスやエンゲルスに対する彼の批判にはあまり触れず、彼が積極的に展開した貴重な部分だけを、批判的摂取の対象にしたいと思う。
そのため、「大綱」(以下、断らない限り、引用はこの本から)の篇に従って、検討することとしよう。

1.序論 〈政治とは何か〉、についての予備的考察

滝村氏は、政治論を、対象化された意志である規範論から、出発する。
「〈政治〉とは、人々の精神的・観念的生活にかかわる事象であり、〈政治家〉とは、法的規範としての〈法律)をつくる、特殊な存在といえよう。いうまでもなく規範とは、われわれの実践[行動]的な意志を直接規定する、観念的に対象化された、外部的・客観的な意志である。法的規範としての〈法律〉とは、社会全体を有無をいわさず規制し、拘束する一般的な規範にほかならない。
〈権力〉現象は、〈規範〉を軸として展開されている。〈規範〉としての意志の観念的な対象化において、この〈社会全体〉つまり〈統一社会的〉、という契機を内的にくり込んだとき、〈権力〉現象は、国家権力を軸とした〈政治的〉権力現象、簡単には〈政治〉現象へと転化する。
この一般論は、「政治的国家と市民社会との世界の二重化」(「国家と革命」ノート第1節、第2節参照)を前提とする限り、無論、正しい。権力を「規範を軸」として規定することは、「国家と革命」ノートで記したように、ともすれば権力現象を実体的に解釈する俗流的唯物論が流布している中で、むしろ、私達が常に注意を払うべきことである。
滝村氏は、国家権力を「〈社会の統一的な秩序と枠組みの維持と遵守〉、に任ずる特殊な政治的権力、にはかならない」とする。
このような権力の形式的規定は、弁証法的唯物論の立場からも、支持できる。これは、ヘーゲルの洗礼を受けてきたマルクスやエンゲルスには、常識であった。「市民社会のあらゆる要求もまた、−どの階級が支配しているかにかかわりなく−法律の形をとって一般的な効力を得るためには、国家の意志を通過せねばならない。これは事柄の形式的な側面であって、自明のことである。」(エンゲルス「フォイエルバッハ論」)

このような立場から、彼は、政治学の特質を経済学と対比して次のように言う。
「政治学では、社会的諸関係において日々生起し再生産されている、多様な支配=従属の〈権力〉関係を、直接とりあげる。つまり政治学は、直接には〈権力〉現象に限定した形ではあれ、社会的諸関係を正面切ってとりあげる。」
「政治的事象は、・・・経済的・文化的などすべての社会的な事象が、〈条件〉次第で、〈政治的事象〉へと転化するからである。この〈条件〉というのは、個々の社会的事象が、国家的支配に直接抵触するなどして、社会全体つまり〈統一社会的〉という契機を、飲み込んだ場合のことである。」「〈政治的〉事象が、特殊に観念的な事象だからである。・・・ときどきの歴史社会を構成している諸個人が、その社会的な諸関係のなかで、のっぴきならない現実的な必要にもとづいて創りだしたところの、〈観念的な事象〉である。したがって、その観念的な内実は、社会的事象を直接間接に飲込み、反映させているという意味で、〈政治的事象〉は〈社会的事象〉をぬきにして考えられないといえる。」

「国家と革命」ノートに示したように、マルクスらの国家論は、「政治的国家と市民社会との世界の二重化」という視点に立つ。したがって、「国家すなわち政治的秩序」(「フォイエルバッハ論」)とは、「労働を分担する諸個人の相互依存性」すなわち生産関係の一般性の維持を要求する共同性が、疎外された形式すなわち「市民社会、すなわち経済的諸関係の領域」(「フォイエルバッハ論」)から浮き上がった観念な形式で定立されたものということになる。これは、「市民社会」が「独立に行われていて互いに依存しあっていない私的労働」に分裂したため、生産関係の一般性を直接表現することができなくなったから、である。
滝村氏は、〈権力〉現象が〈政治〉現象へと転化するのは、〈社会全体〉つまり〈統一社会的〉、という契機を内的にくり込んだときであると述べているが、それは、「政治」がこのような生産関係の一般性の維持を要求する共同性の疎外された形式の反映であるから、である。「現実の土台」の「自己矛盾」が、政治的世界を創りだしたのである。だから、市民社会における権力と政治権力は、根本的に性格が異なるものとして、区別して取り扱わねばならない。
この立場から滝村氏の国家論を眺めると、労働の分割=私的労働が行なわれている社会、具体的には古代制、封建性、近代の資本制の社会(経済的土台)における国家論(政治的上部構造)であると見なすことができる。

2. 総説 権力とは何か 第1篇 権力の本質

ここでは、権力の一般論を、規範論として展開している。
「諸個人による権力者への服従とは、指示・命令形態をとった、〈支配者の意志〉に諸個人が、その独自の意志を服従させることである。ぎゃくにいうと権力者とは、指示・命令という形で発したその意志に、多くの人々を服従させられる、特殊な存在である。・・・支配者としてあらわれる〈権力者〉とは、諸個人の独自の意志を規制し拘束する、〈規範としての意志〉の、裁可・決定権を掌握した特殊な存在、にほかならない。
〈支配者の意志〉が、ひとたび指示・命令として発せられると、それは権力者の刻々と流転する、〈生きた意志〉とはまったく別物の、文字どおり〈死んだ意志〉として、固定化される。それは、意志が観念的に対象化されることによって、観念的存在でありながら、外部的・客観的な事物へと転じた〈規範〉、それも諸個人を組織として束ねる、組織的規範としてあらわれる。それゆえ、社会的権力が内包している権力関係とは、権力者と彼に服従する諸個人との、直接の人格的な支配=服従関係の背後で、じつは、指示・命令形態をとった〈支配者の意志〉に、諸個人がその独自の意志を服従させている。この意味で、規範としての〈支配者の意志〉を軸とした、意志の支配=従属関係を内的な本質としている。
 こうしてわれわれは、社会における〈権力〉の特質を、〈規範にもとづいた観念的な支配力〉と、規定することができる。」

一方、支配される個人の側はどうか。
「権力の本質論的な把握では、規範としての〈支配者の意志〉が、諸個人の独自の意志をいわば蹴散らすかのように、現実的に貫徹されているか否かが、大問題である。したがって、これを裏から、つまり諸個人の側からいえば、諸個人がその独自の意志を、規範としての〈支配者の意志〉に、服従させているか否かに、問題の核心がある。」
「諸個人からの規範としての意志への服従獲得には、支配者による物的強制や、物的利害をちらつかせたり、あるいは思想的・イデオロギー的な教化・宣伝など、硬軟とりまぜた多様な諸手段が、縦横に駆使されている。それだけに、諸個人の側からの、心的・観念的な反応と態度もまた、渋々の不承不承や面従腹背、また本心からの自発的積極性や、自己犠牲的献身と熱情等々であったりする。」
「〈諸個人がその独自の意志を規範としての意志に服従させる〉、本質論的な意味での〈権力〉関係は、その直接の組織的・制度的構成において、〈不良社員〉や〈スパイ〉のような、〈権力(者)〉の直接的存立を大きく左右しかねない、根暗い〈敵意〉をふくんだ、有害な諸個人の混入と潜伏さえ、何ら排除しないのである。」
「要するに、諸個人は権力関係において、その独白の自由な意志にもとづいて行動するのではなく、何よりも支配者が発する規範としての意志にもとづいて実践するよう強制されている。したがって、彼ら個々の心的・観念的世界は、つねに外部的に押しつけられた、規範としての〈意志〉と、彼独自の意志とのたえざる矛盾と葛藤に、満ち満ちたものといえる。

ところで、氏は、この後に「補論」として「社会的な規範について」を追加している。
ここでは、規範論に対して、「経済学の理論的な把握と展開において、価値論[労働価値説]」を対比させている。実はここに、後にヘーゲル的逸脱へと繋がる彼の理論の誤りの核心がはからずも露呈している。
「〈規範〉とは、われわれが社会的生活において、ときどきの多様な、そしてときにはのっぴきならない必要に、もとづいて創り出した、人々の実践と活動を共通に規制し、拘束するところの、特殊な〈取り決め〉といってよかろう。もちろん、ここでいう社会生活とは、〈人々が労働の対象化において現実的に結合し、その活動を相互に交換することによって、精神的にも肉体的にもつくり合っている〉、社会的生活の生産関係の全体をさしている。」
「したがって〈取り決め〉とは、人々の〈共通の意志〉や〈共通の観念〉ではなく、人々を〈共通に規制し拘束する社会的・一般的な意志〉なのである。」
「組織・制度に直接束ねられた、諸個人の実践的活動においては、諸個人を共通に規制し、拘束するところの、組織・制度としての〈一般的意志〉を、つくり出さねばならないからである。こうして社会的規範は、直接には組織的・制度的な規範、という形で成立する。」
氏は、この一般論を「マルクスの労働価値説」と対比させる。
〈観念的に対象化された意志〉としての〈規範〉と、〈対象化された労働〉としての〈商品〉の〈価値〉とは、たしかに精神的・観念的か、それとも現実的・物質的かというちがいはある。しかし、対象化された人間的活動が、外部的・客観的事物へと反転して、人間主体に対峙し支配してくるという点において、その論理的な性格を同じくしている。
これは、誤りである。規範と商品の価値とは、論理的性格は同じではない。論理的に、社会規範に対比するべきなのは、対象化された労働そのものである。対象化された労働が価値に転化するのは、「独立に行われていて互いに依存しあっていない私的労働」である場合である。すなわち、私的性格を持った労働の場合に、対象化された労働が価値に転化し、労働生産物を商品にするのである。
では、商品の価値に、論理的に対応するのは何か。それが法規範(法)である。

ここは大事な点なので、もうすこし詳しく説明しておきたい。
「ドイツイデオロギー」イートにおいて記述したとおり、人は、労働を相互に交換することによって、相互の労働の相互浸透を媒介に、物質的生活を生産する。これは精神的レベルにおいても同じであり、人は精神的労働の相互浸透を媒介に、精神的生活を生産する。このことは、理論的認識活動だけでなく、実践的認識活動においても、いえることである。
実践的認識=意志は、実践活動に先立って成立しそれを先導・規制するが、人は意志を相互に交換することによって、意識的・計画的な実践活動を行う。それは、労働と同じく、対象化された意志の形態=規範の媒介によって、可能となる。
例えば、「禁酒」という個人的自己規範を考えてみよう。規範においては、「禁酒しよう」という自分の意志の形式から、他人の意志の形式、すなわち、「禁酒せよ」という命令形式に変えられている。
意志は、物質的あるいは精神的環境に影響されて、変化しやすいものである。これに対し、規範は、一旦成立すると、固定化した形式を持ち変化しない。だから、それを記憶から蘇らせることで、時々内面から湧いてくる飲酒という欲望を押さえつけることになる。こうして個人の生活の中に「禁酒」という規範を持ち込むことで、個人の飲酒の行動・習慣に干渉し、こうして個人的生活の中に一定の秩序を与えることになる。
このことは、規範を媒介にすると、意志が複製されるということを意味している。この例では、単に個人の頭の中だけに起こることではあるが、その規範を他人が受け取り、受け取った人がその規範を認めそれに従う意志を複製するならば、受け取った他人の飲酒の行動・習慣に干渉することになる。
労働の場合のように労働生産物が実際に交換されるわけではないし、また、規範が成立したからと言って独自の意志がなくなるわけでも、意志の自由が侵されたわけでもないが、規範を人間同士が観念的に複製し合うことによって、個別的(個人的)意志の複製を媒介することができるのである。意志→規範→意志という否定の否定の過程が、実践的認識の相互浸透を可能とするのである。
個人の場合、これはあくまで個別的規範であり個人の生活の利害に関係するだけであるが、それに対し、ある特定の集団や特定の諸個人を共通して規制する特殊的規範の場合、共通の意志とその意志の対象化による規範の成立によって、特定の諸個人の実践・行動を共通して規制することにより、その集団や諸個人の生活に一定の秩序を与えることになり、時にその全体的実践・行動を一定の方向に導くことによって、個々の個人とは異なった、いわゆる集団力を引き出すことが可能になる。むろん、そのためには、さまざまなレベルにおける諸規範の組み立てに対応した組織的集団が必要になるが。これは、規範が、単なる二人の人間の約束であるか、権力者に対する服従であるか、あるいは教師に対する服従であるかに係らない。これがさらに一定の社会全体にまで拡大され、すべての諸個人を対象にすれば、普遍的規範となる。

意志の否定によって形成された規範には、形成される過程で果たした独自の意志の存在が関係として結びついている。しかし、それは独自の意志と全く同じではない。ここに形成された規範には、その背後に、独自の意志とは異なった第3の観念的人格が新たに観念的に形成されたことを意味している。「権力現象」の場合、指示・命令として発せられた時点での「支配者の意志」と、規範として確立した「支配者の意志」とは論理的に区別して扱わねばならず、成立した規範にとって重要なのは、その背後に想定される第3の観念的支配者の人格に基づく支配力である。従って、意志→規範の第一の否定の過程と、規範→意志の第二の否定の過程とは、氏の言うように「規範としての意志の裁可・決定」と「指示・命令形態をとった支配者の意志に、諸個人がその独自の意志を服従させる」過程とに区別して扱う必要がある。

ここまで、意志→規範という過程のなかで、 目的意識的に作り出した規範を取り上げたが、一方、自然成長的に形成される規範もある。人は実践活動に先行して意志を成立させるが、同じ種類の実践を繰り返す時には同じ種類の意志が前提されていることになり、その場合、それを支える規範が自然成長的に形成されることになる。すなわち、実践→意志→規範である。
例えば、いわゆる「習慣」がそれである。親の目からみて望ましくない生活習慣がつかぬよう子供をしつけるのは、自然成長的に形成される子供の生活規範に対し、親の側から好ましい生活規範を「しつけ」として目的意識的に与えることである。
以前、海外旅行する日本人の団体が、行く先の市民から奇異な目で見られたということを聞いていたが、昨今は、日本に来る中国人の行動が問題となっている。これも自然成長的に形成された「習慣」の違いに起因するものがある。
また、家風・校風・社風など、家庭・学校・会社における集団生活における「」と名付けられた規律や、それに善悪の判断が結びついた「道徳」など、いずれも自然成長的な規範である。
このような自然成長的な規範は、目的意識的な規範と相互浸透する。その相互浸透を自然成長性にゆだねるのか、それと目的意識的に誘導するのか、それが子供の「しつけ」がうまくいくか行かないかを決定する。戦前の天皇制が教育勅語を学校教育で行ったのも、目的意識的に国民に皇国道徳を形成しようとしたものであるし、現在でも、宗教国家が国民に特定の宗教に基づく宗教道徳を押し付けるのも、よく聞くところである。

ところで、特殊的規範のような社会的規範の中で、歴史的に最も根本的で重要なものはなんだろうか。
それは、社会の物質的生活の生産関係に含まれる「所有」に関する社会規範である。人は労働を対象化して有用物を生産する。その場合の生産物と労働者の関係、すなわち生産物が労働者に帰属するということが、所有と言われる関係の基礎となる。
ヘーゲルも、客観的精神の「法の哲学」を「所有」から始めているが、それは彼が知っている唯一の労働である観念的労働の対象化ないし物質的労働の対象化の観念的側面を、その議論の出発点に置いているからである。ヘーゲルは、「人格」が外化することによって「物件の占有」が生じ、「私が人格的な意志をその物件の中に投入する」ことによって、「所有」となるとする。その「物件の中に横たわっている」私の意志を引き抜き、「その物件はただ私の同意を通してのみ他人へ移行し、同じくただ他人の同意を通してのみこの他人の所有となる」ことを「契約」とし、これを「特殊な意志」として取り上げている。
マルクスは、「資本論」を商品の分析から始めている。そしてヘーゲル同様、第1篇第2章冒頭で、商品所持者を「自分たちの意志をこれらの物にやどす人」と言い、「どちらもただ両者に共通な一つの意志行為を媒介にしてのみ、自分の商品を手放すことによって、他人の商品を自分のものにするのである。」として、「契約をその形態とするこの法的関係は、法律的に発展していてもいなくても経済的関係がそこに反映している一つの意志関係である」としている。
「私的権利において現存の所有関係は一般的意志の結果であると宣べられる。」「法が自由な意志にもとづくと考えられると、今度はまた権利のほうも、法あってこその権利ということにされる。」(「ドイツ・イデオロギー」)しかし、「私法は、根本において、個人間の、与えられた事情のもとでは正常な、現存の経済的諸関係を認可するものにすぎない」。だから、「人々が労働の対象化において現実的に結合し、その活動を交換する」物質的生活の生産関係において、所有諸関係は生産諸関係の「法的表現にすぎない」(「経済学批判序言」)といわれるのである。
「資本論」では、論理的に、商品所持者は、「互いに独立に営まれる私的労働者」となっており、所有が前提になっている。歴史的には、私的所有は、自然発生的な共同体の外で商品の性格が発生し、それが共同体内部に及ぼす反作用から生ずる。エンゲルスが「起源」で示した通り、原始的共同体の氏族制度は、素朴な共産制であり、私的所有制ではない。むしろ、そこには「所有」を入れる余地がないのであって、だからマルクスも「序説」の中で「まだ占有するだけであって、所有権を持たない家族や種族全体が実在する、というならば、それは正しいであろう。」と言ったのである。
「いかなる内部対立も知らない社会」の普遍的規範である氏族制度に対し、私的所有の諸規範は、経済的土台である生産関係のレベルにおいて、諸個人および諸家族を敵対関係に置く。そこで、そのまま放置すれば、諸個人および諸家族間にのっぴきならない敵対的な意志関係が生じ、遂には社会全体を分裂の危機に落としかねない。「諸個人はただ彼らの特殊な利益、彼らにとっての彼らの共同の利益とは一致しない利益のみを追求する」からである。そこで、「共同の利益と幻想的な共同の利益とにたえず現実的にそむくところのこれらの諸々の特殊利益の実践的闘争は、国家としての幻想的「普遍的」利益による実践的な干渉と制御を必要ならしめる。」(以上「ドイツ・イデオロギー」)「外見上はあい対する諸階級の上に立ちながら、それらの公然の抗争を抑圧して、階級闘争をせいぜい経済的な領域で、いわゆる合法的な形態でたたかわせる、第3勢力の支配」(「起源」)が必要となる。それが、政治的上部構造における国家であり、それを構成する普遍的(政治的)諸規範が法規範なのである。言い換えれば、国家とは、市民社会の個別的・特殊的意志およびその反映である個別的・特殊的諸規範を法規範により制御し、社会全体の秩序を維持するための観念的共同体といえよう。したがって、マルクスやエンゲルスが「国家」という場合、法律的に発展していてもいなくても、経済的土台における、私的所有の諸規範の存在が前提になる、または、本態的に組み込まれている。
(ここで「階級」というのは、同じ(私的所有の、すなわち社会的分担としての分業の)経済的条件を持つことによって自然成長的に形成された同じ社会的習慣を身にまとった諸個人および諸家族のことをいうのであり、それぞれの諸個人および諸家族がそれぞれの特殊な利益を巡って共同する場合に、「階級」として扱われる。だから、端的には、いわゆる特定の職業による諸個人の集合と捉えてよい。)
(論理的には、労働の分割=私的労働の社会での個別的・特殊的規範(意志)が商品に対応し、法規範(国家意志)が貨幣に対応する。)

3.第2篇 組織的権力の構成と形態

〈組織とは、規範にもとづいて結集し構成された特殊な人間集団〉と、規定することができる。・・・それは、諸個人が規範に服従している〈組織〉内部において、〈権力関係〉つまり、〈諸個人がその独自の意志を規範としての意志に服従させている意志の支配=従属関係〉そのものが、そっくり実現されているということである。いいかえれば、権力現象とりわけ典型的な社会的権力は、何よりも組織における〈内部的な支配力〉という形で、あらわれるのである。」
氏は、「同じく組織的な意志といっても、〈内部〉にむけられたものと、〈外部〉にむかって押し出されたものとでは、規範としての意志の規制と拘束力が、まったくちがう」といい、「組織の外部的意志には、規範としての意志の貫微力はない。」としている。
「〈権力の本質は規範にもとづいた支配力にある〉という権力本質論からいえば、そこでは規範としての意志による支配が実際に貫徹されている。もし貫徹されていない場合には〈権力〉とはいいがたい。この意味で〈権力〉は、典型的には組織の〈内部的支配〉という形で、成立している。しかし、組織の〈外部的支配力〉の場合には〈規範としての意志〉が、完全に貫徹されない。せいぜい他の組織的意志に対して、一定の制約と影響を与えるだけなのである。
国家権力をとりあげると、〈国家主権〉という場合の、〈国内主権〉と〈対外主権〉とでは、大きく異なる。まず、〈国内主権〉という法制的観念で表現される、〈国家〉の〈内部的支配〉の特質は、つぎの点にある。それは、それ自体組織的規範にもとづく〈内部的支配〉を孕んだ〈国家権力〉が、〈社会〉を構成しているすべての諸個人、結集された諸個人より成る諸組織への、有無をいわさない〈外部的支配力〉を実現し、貫徹させていることである。これは、社会的権力としての国家権力の本質に直接かかわる、きわめて特殊な特異性といってよい。
これにひきかえ〈対外主権〉とは、この〈国内主権〉が、他の諸国家との外的諸関係のなかで、承認されたものにすぎない。というのも、外部にむかっておしだされる外的国家意志が、いったいどの程度貫徹されるかは、もっぱら他の諸国家との総合的な力関係のいかんに、かかってくるからである。」
(国家権力の特異性については、後の章で取り上げる。)

「諸個人の〈組織的〉結集の根拠は、多数の諸個人の直接結合された協同[共同]活動が、個々の個別的活動の単純な機械的総和を大きく質的に凌駕した、〈倍加された強力な集団力の獲得を可能にする〉点にある。」
「諸個人が多数〈組織的〉に結集することによって可能となった、直接には〈協同活動〉形態での強力な〈集団力〉の創出とは、〈分業の導入を基礎とする倍加された社会的諸力の獲得〉、ということにほかならなかった。」

組織的規範・・・相対的に区別さるべき三つの部分から、成り立っている。まず第一は、当該組織の根本的な理念と目的を規定した部分である。これは、もっとも発展した巨大組織である〈近代的〉国家でいえば、憲法のとくに前文に、当該歴史的国家の根本精神として明記されている。」
「第二は、組織的根本理念と目的を実現するための、より具体的な規定であって、組織的規範の実質を構成している部分である。これは、〈近代的〉国家でいえば、刑法・民法・商法・経済法・社会法などがこれに当たり、・・・」
「第三は、〈組織体制〉を規定した部分である。」「一方で、・・・意志決定権の所在いかんにかんする規定。また他方で、諸個人を多様な諸活動の遂行に即した、各種の専門的な諸機関に、分散的に配置するための規定である。この二種類の組織規定によって、諸個人が展開している多様な諸活動を、根本理念の実現にむけた〈組織的〉活動として、有機的に融合し統一することが、可能となる。」「この組織体制を規定した部分は、〈近代的国家〉でいえば、国家・国家権力構成法としての〈憲法〉と国家権力組織法としての〈行政法〉がこれに当たり、」
「〈法律〉という形をとった法的規範は、〈社会〉を〈国家〉として、社会構成員を国家構成員としての〈国民〉として組織している。とくに直接に国家権力を構成する諸法律[憲法・行政法など]ではなく、社会構成員を直接規制する諸法律[刑法・民法・商法など]・・・そこでは、まず当該法律の趣旨として、その理念と目的がかなりくわしく説明される。ついで、それを実現するための具体的な規定が、〈〜すべし〉とか〈〜してはならない〉という形で細かに提示される。そしてさらに、それを執行するための諸機関[組織]について明記され、最後に、これらの規定に違反した場合、有無をいわさずに断行される処罰規定が記されている。」

「〈組織〉も〈制度〉も、規範としての意志に、諸個人がその独自の意志を服従させている、意志の支配=従属関係を前提としている点では、共通している。ただ、そのとりあげかたが、かなりちがっている。まず、〈組織〉とは、規範としての意志に服従した諸個人を、他のそれと区別された特殊的集団として、とりあげたものといえる。ところが、〈制度〉という場合には、規範としての意志が、諸個人を服従させ貫徹している、スタティックな側面から、この意志の支配=従属関係をとりあげている。それゆえ、規範に服従している諸個人それ自体は、そっくり捨象されている。」

「社会的権力は、人々の物質的生活に直接かかわる、物的財貨の生産と獲得を根本目的とした〈経済的〉権力と、人々の精神的生活にかかわる思想・学術・文化などの諸活動を担ったり、特定の思想・イデオロギーの流布と宣伝を目的とした、〈精神的・観念的〉権力とに大別される。
前者の経済的権力には、企業ばかりか労働組合や生協・協同組合などが入る。また後者の精神的・観念的権力には、学術・文化にかかわる諸組織や、宗数的組織などばかりではない。さらに、宗教であれ学問であれ、特定の思想・イデオロギーが、とくに理想的な〈国家・社会〉像へと収斂され、その実現を根本理念に掲げて、実践活動を展開すべく諸個人を組織化するならば、ここに政治的組織としての政治的権力が、成立する。」
もちろん政治的組織には、こうした思想的・イデオロギー的性格の強いものだけではなく、〈近代的〉国家権力と対峙しまたそれを直接構成する特殊な政治的組織がある。いうまでもなくそれは、特定の階級・階層的また地域的な特殊利害を、普遍的な〈国民的共通利害〉という形で押し出すことによって、それを〈法律〉および〈政策〉としての国家意志のなかに、大きく反映させるために組織された〈議会政党〉のことである。」
「そしてさらに重要なのは、これら現実の経済的・政治的・宗教的諸組織が、それぞれ他の諸権力としての側面を、内に発生させる根拠もまた、それぞれに固有の特質[根本性格]にもとづいている。いいかえれば、これら現実的諸権力それぞれの内在的特質が、他の諸権力としての性格を、副次的諸契機として呼起し派生させるのである。因みに、企業は経済権力ゆえに、政治的[権力としての]性格が必要になり、政党・政治組織は、政治権力ゆえに経済権力を内に発生させ、宗教組織は、宗数的権力ゆえに経済権力、ときには政治権力としての構成と発展も、可能になる。」

規範論の観点から、組織の本質を把握する手法は、実にみごとである。相互浸透という言葉すら必要ないほどに、詳細に説明されている。
諸個人の集団としての集団力は、まず、1+1=2のような単なる加算的力である。しかし、諸個人の単なる加算がある限界を超えると、諸個人の相互関係自体による集団力が生まれてくる(量→質転化)。質的変化は、集団内部に分割(矛盾)−指導部・被指導部および各専門部門への分化−を発生させ、その分業分担の相互関係(相互浸透)を促進させる。これによって集団の規模の拡大が容易になり、その結果、集団が目指す目的の量的質的拡大も可能となる(質→量転化)。
この集団の質的転化を保証する、いわば上部構造が、組織規範である。だから、組織規範も、組織の目的およびその具体化・表象化を規定した部分と、それに対応した指導部・専門分野の分担化を規定した部分とからなる。
だから、氏が言う「組織的権力」とは、組織を、組織の意志決定とそれへの服従という側面から取り上げたものということができる。
ただ、引っかかるのは、これ以後の展開である。

権力形態、つまりは組織的諸個人を規制し拘束する、規範としての意志決定の仕方[形態]には、論理的に考えてみると、二つの仕方[形態]しかありえないことがわかる。というのもそれは、諸個人が自己を規制し拘束する規範としての意志決定に、直接・間接に関与し参画できるか、否かという一点において、二つの形態に分れるほかないからである。前者の直接・間接に関与し参画できる意志決定形態を〈民主主義〉といい、後者の参画できない形態、いいかえればごく少数者が、意志決定権を独占的に掌握している形態を、通俗的には「独裁」、 しかし厳密には〈専制〉という。
 前者の〈民主主義〉は、諸個人が意志決定に直接参加できる形態としての〈直接民主主義〉と、それが限定された間接的な形態としての、〈間接民主主義〉との二つに分かれる。また後者の〈専制〉も、単一者が、最高的ないし最終的な意志決定権を掌握している形態と、数人の有力者によって、合議制的な意志決定がおこなわれている形態とに、分けられる。
 前者が、〈親裁〉体制であり、後者が、〈寡頭専制〉といわれる。しかしこの〈親裁〉体制と〈寡頭専制〉とは、歴史的・現実的には相互に移行し合うばかりではない。」

「洋の東西と古今を問わず、歴史的社会における大小さまざまな社会的権力を大きく通観してみると、組織的な規範としての意志決定の形態は、いくつかの例外をのぞけば、そのほとんどが、〈専制的〉形態をとっている。したがって、社会的権力は一般的には、専制的権力として、構成されていることになる。もちろんこれは、国家権力についてもいえることであって、〈近代〉以降の国家権力が、一般的に〈民主的〉形態をとっているのは、むしろ例外にぞくしている。」
「しかし、国家権力をふくめた社会的権力は、よほどの趣味・道楽組織でもないかぎり、理念と目的において同種の組織体と、たえざる競合状態にある。そして、ときには組織の存亡と興廃をかけた、深刻な対立と抗争をくり返している。」「そこで各種の組織は、右三種の組織的規範によって、諸個人の組織活動としての実践的な枠組みが、大きく決定づけられている。しかし、組織体としての活動には昼も夜もない。というのも、いつ敵対組織からの攻撃があるかもしれないから、組織的諸個人には、ときに二四時間勤務が強いられ、いつでも対応できる意志決定が否応なしに要請される。」
「とりわけ緊急事態への実践的対処においては、組織的意志決定の迅速性・柔軟性・機動性・機密性・計画性・政策的一貫性、そして最後に責任主体の明確性などが要請される。しかし、これらの要請を現実的に解決できるのは、指揮中枢のごく一部の者、極限的にはたった一人の人間によって裁可・決定される、いわば一人支配に収斂されるような、〈専制〉的な意志決定形態しかありえない、といえる。」
「あらゆる政治的・経済的・社会的、そしてときには思想・文化的な組織的意志決定は、究極的には一人支配に収斂される、〈専制的〉な意志決定形態をとらざるをえない、強度の一般的な傾向性、つまりは法則的な必然性をもっているといえる。」

「〈近代〉以前の歴史的国家は、ただ一つの例外もなく、すべて〈専制〉的に構成されていた。・・・アテナイをふくめた〈古典古代〉的世界では、都市共同体が周辺の従属共同体を強力に搾りあげ、解体された従属共同体支配としての奴隷制的支配を軸とした、支配共同体として各地域的社会のうえに君臨した。
この〈都市〉を軸とした地域的社会圏の上に君臨する、都市共同体中枢の支配層[アテナイの場合は市民層]内部での意志決定が、たとえアテナイにおけるように、〈直接民主制〉に近いものであったとしても、傘下の従属共同体にとっては、まったくあずかり知らぬ敵対的・抑圧的性格を待った、〈専制的〉意志決定であることに、何らの変わりもない。」
「とくに〈近代〉以降の歴史的な〈国家権力〉にかぎって、〈民主主義〉的な国家意志決定形態の方が、むしろ一般的で、ときには〈専制〉的形態もあるにはあるが、きわめて稀で例外的なのは、・・・〈近代〉社会自体が国家権力のとてつもない巨大な肥大化を要請しつづけるため、それがとてつもない〈専制〉国家へ転化しかねないことへの、社会構成員[国民]の側からの、たえざる恐怖と警戒感が、直接に〈民主主義〉の維持と再生産を可能にしている、とだけいっておくことにする。」

「社会的権力の組織的な発展と巨大化にともなう、専制的な権力構成の出現は、組織における多様な専門的分化を内実として、進展していくのである。そして、このような巨大化した組織の内的構成は、当然のことながら、〈親裁〉体制であれ、〈寡頭専制〉であれ、〈専制的〉な意志決定に共通の一般的な特質を、付与させている。
というのも、この意志決定を、その実質的な内容において直接主導し規定するのは、一般の組織的諸個人を、各部門別・地域別・規模別などで直接束ねている、上級幹部層の特殊的意志だからである。」
「彼ら上級幹部層は、裁可・決定された組織的規範の執行上の指揮・命令権と、それに直接かかわる具体的な判断と裁量権、そして場合によっては、違反者に対する内部的な処罰権さえ、しばしば相互的な対立と抗争を孕みながらも、分掌している。彼らは、規範としての一般的な意志決定にさいしては、各下級的な諸機関を直接束ねる、上級的な機関責任者として、下級的レヴェルから積み上げられ観念的に集約された、特殊的意志「もとよりこれは各部門としての一般的意志である」を、強力に押し出してくる。
 したがって、組織的な規範としての意志決定においては、上級幹部層が押し出す特殊的意志相互の、対立・抗争・妥協・協調をへた〈意志の合意〉にもとづいて、彼らを共通に規制し拘束するところの、一般的意志が形成される。いいかえればそこでは、各特殊的意志が、規範としての普遍的な一般的意志として、観念的に集約され合成されることによって、大きく止揚されるのである。」
「〈寡頭専制〉の場合には、平時、各部門[機関]責任者によって押し出される特殊的意志が、他部門のそれと直接関連し、対立・競合でもしないかぎり、基本的にはそっくり承認されて、そのまま規範としての一般意志へと転成する。」「ときに各部門が直接対立・競合したり、当該組織の存立と興廃に直接かかわるような意志決定が、必要になった場合・・・結局のところ、それぞれが束ねる部門「機関」相互の力関係にもとづいた、調整と妥協による〈意志の合意〉が図られる。ただ、それを最終的に解決するための、組織的意志決定自体が、各部門を直接束ねる何人かの有力者の〈合議〉によるものだけに、この調整と妥協はきわめて難航し、ときには、組織の分裂的状況になりかねない。」
〈親裁〉体制では、部門間に生じた深刻な対立と抗争が、親裁者の〈ツルの一声〉によって、難なく調整し解決できることのほかに、いま一つ注目すべき点がある。それは、〈親裁者〉によって興味と関心をもたれた事柄の場合にだけ、きわめて特異な意志決定が、断行されるということである。」

「民主主義」国家では、「国民主権」と「多数者支配」という形式と建前にもかかわらず、現実的には、「専制的」国家と同様、一般に「寡頭制」と呼ばれる、「少数者支配」体制が実現されている、と強調された。」
「まず、〈直接民主主義〉の模範的典型として知られる、〈古典古代〉期のアテナイ民主政においては、直接戦士として出陣可能な、アテナイ市民としての農民のみが、アゴラにおける政治的意志決定に関与しえた。市民権をもたない女・子供や奴隷・在留外人などは、一切の政治的意志決定から除外された。そして、市民は平等・均等な存在ではなく、古くは部族的出自に基礎をおく各政治的党派によって包摂され、その指導者による指揮・主導下におかれていた。」
「民主的国家では、「直接には政党に束ねられた議員や政府首班は、主権者としての国民諸層の政治的代表である。したがって、国家権力中枢としての彼らの政治的意志決定は、少なくともその支持母胎である特定の国民、つまり特定の諸階級・階層また産業・業種の、切実な現実的利害にもとづいた特殊的意志によって、根本的な規制と制約をうけている
 また、彼らがいかなる政治的意志決定をするかは、所属政党の綱領・規約と選挙時での公約から、国民全体によって、充分に予想されている。つまり政治的代表と国民諸層との政治的関連には、一方、諸議員・諸政党の側からの、支持獲得をねらった特定の国民的諸層に共通の政治的意志の集約と代弁と、他方、諸議員・諸政党によって提示された、複数の政治的理念と基本政策に対する、国民諸層の側からの政治的な取捨選択とが、交錯している。」 「〈近代〉の〈国民国家〉は、・・・「国民主権」と「民主主義」の思想的原理を、採用した」が、それは「社会的諸個人に〈市民権〉を付与することによって、〈国民〉の〈国家〉的構成と、国家権力の〈中央−地方的〉構成における、〈議会制民主主義〉の全的採用を断行した、のである。それは、「国民主権」と「民主主義」にもとづいた、客観的な組織・制度としての国家・国家権力の、現実的な構成である。」

まとめてみよう。
「「洋の東西と古今を問わず、歴史的社会における大小さまざまな社会的権力を大きく通観してみると、組織的な規範としての意志決定の形態は、いくつかの例外をのぞけば、そのほとんどが、〈専制的〉形態をとっている。」
「国家権力をふくめた社会的権力は、よほどの趣味・道楽組織でもないかぎり、理念と目的において同種の組織体と、たえざる競合状態にある。そして、ときには組織の存亡と興廃をかけた、深刻な対立と抗争をくり返している。」
「あらゆる政治的・経済的・社会的、そしてときには思想・文化的な組織的意志決定は、究極的には一人支配に収斂される、〈専制的〉な意志決定形態をとらざるをえない、強度の一般的な傾向性、つまりは法則的な必然性をもっているといえる。」
つまり、歴史的国家がすべて専制的に構成されていたのは、組織の存亡と興廃をかけた、深刻な対立と抗争の中で生き残るために必要とされたからだというのである。
果たしてそうか?確かに、そういった外的要因が重要であることは認めるが、果たしてそれだけか?
滝村氏からは、「オッチョコチョイの哲学者」と笑われること必定であろうが、それに耐えてあえて別の観点から議論してみよう。
エンゲルスの言う「唯物論的歴史観」では、社会を建築物に例えて、経済的機構を土台、法律的政治的機構を上部構造と呼び、経済的土台が上部構造を規定するとして把握する。経済的機構は、端的には、生産力と生産関係からなる物質的生活の生産様式である。
前に挙げた所有関係は、生産関係を反映している。これについては、マルクスの次のような指摘がある。「すべての社会形態には、ある一定の生産があって、それがあらゆるほかの生産に、したがってまたその諸関係が、あらゆるほかの諸関係に順位をしめし、影響をあたえている。この生産はひとつの普遍的な照明であって、ほかのすべての色彩はこのなかにとけこんでおり、またこれによってそれぞれの特殊な色彩が変化をうける。それはひとつの特殊なエーテルであって、そのなかにあらわれるあらゆる定在の比重をさだめる。」
マルクスは、「経済的社会構成が進歩していく段階として、アジア的、古代的、封建的、および近代ブルジョア的生産様式」を挙げたが、それぞれの段階の経済的土台には、それぞれの特徴があり、所有形態もその影響を受ける。「古代社会や封建社会でのように定住農耕が優勢であるような定住農耕諸民族にあっては―この定住がすでに大きな段階なのであるが―、工業とその組織、ならびに工業に照応する所有の諸形態までが、多かれ少なかれ土地所有的な性格をおびており、古代ローマ人のばあいのようにまったく農耕に依存しているか、または中世にみられるように、都市とその諸関係においても農村の組織をまねている。中世においては、資本そのものが―それが純粋の貨幣資本でないかぎり―伝統的な手工業用具等々としてこうした土地所有的性格をおびていた。」(以上、「批判序説」)
「いつでも、社会の一部の者が生産手段の独占権を握っていれば、いつでも労働者は、自由であろうと不自由であろうと、自分自身を維持するために必要な労働時間に余分な労働時間を付け加えて、生産手段の所有者のために生活手段を生産しなければならない。」(「資本論」)とすれば、古代的および封建的生産様式では、土地所有者による支配が、それを受けて立つ上部構造を規定することになろう。
「アジア的生産様式」には、未分化の農耕と手工業(農業と手工業の直接的同一)を基礎とし、生産手段としての土地の共同所有を伴う経済構造が存在する。これは、原則的には、社会内で自給自足であり、貨幣を必要とせず、地域的に限定された領域を持つ。「起源」で示されたように、氏族制度およびその直接的発展形態(これには、余剰産物を貢納として吸い上げる諸共同体所有者としての国家が含まれる。)が、この上部構造である。
「古代的生産様式」では、小規模農業とそれに依存する手工業を基礎とし、労働手段の私的所有、なかんずく分割された土地所有を伴う経済構造を保持している。一般的に貨幣はあるが、支配的な役割を果たしていない。それでも古代ギリシャでは、貨幣は、貴族を富ませ、その手に土地を集積させるまでに十分発達したため、できつつあった国家は、貴族の土地所有に制限を加え、市民の土地所有を制度的に整備した。古代ローマの場合、初期には、ローマ市民と後から加わった平民との比較的平等な土地所有があり、後に貴族が大土地・貨幣所有者に転化するが、いずれにしても、上部構造は、それらの土地所有者階級の共同事務処理と共同防衛壁ともいうべき都市国家であった。
「封建的生産様式」は、「古代的」と似ており、小規模農業とそれに依存する小規模な手工業を基礎とし、分割された土地所有と手工業における労働手段の私的所有を伴う経済構造(農業と手工業の媒介的統一)を持っている。貨幣は発展しているが、それでも都市と農村を繋ぐ程度である。地方には、分割地農業の散在を基盤とした、賦役と貢納による、いわゆる大土地所有者としての封建的領主階級(家臣団を含む)による分割的統治があり、都市には、労働手段と強固に結びついた職人と親方の同職組合があり、それらが共通の君主を頂くこともあったが、それら全体が上部構造をなしていた。
こうしてみると、この観点からでは、歴史的国家がすべて専制的に構成されていたのは、支配者層である土地所有者による階級支配の専制的構造に内因があったからだと言いうることになる。「資本家は、産業の指揮者だから資本家なのではなく、彼は資本家だから産業の司令官になるのである。産業における最高司令官が資本の属性になるのは、封建時代に戦争や裁判における最高司令が土地所有の属性だったのと同じことである。」(「資本論」)
後にあらためて取り上げるが、滝村氏は、国家論を追及する過程で、マルクスらが提起した国家観を実質的に取り入れている。それは、「国家権力をふくめた社会的権力は、・・・理念と目的において同種の組織体と、たえざる競合状態にある。そして、ときには組織の存亡と興廃をかけた、深刻な対立と抗争をくり返している。」と捉えているからである。歴史的社会における敵対関係を認める限り、同じ結論に導かれるといっても過言ではない。ただ、氏は、極端に毛嫌いしている唯物論的弁証法を知らないだけである。このことは、「国家論第二巻」を見ても断言しうる。なお、氏の、マルクスやレーニンに対するその他の批判などは、批判に値しないので、無視した。

4.第3篇 権力と暴力(Gewalt)

ここでは、いわゆるゲバルトが権力論の立場から論じられる。
「組織された社会的な権力は、その規模の大小や性格のいかんにかかわりなく、同種の組織的権力とのたえざる外的な諸関係において、他と区別された独立的な人間集団として構成され、一定の歴史的また社会的に制約された、交通諸関係の中で棲息している。そして、多かれ少なかれ、不断に対立・競合する同種の組織的権力を、叩き潰して併呑ないし吸収し、自身がいわば戦国的な覇者として君臨することを、遠く夢見ている点では、すべて共通している。」
「Gewaltそれ自体は、人間主体[個人であれ諸個人としての組織であれ社会であれ]に対して、破壊的に作用する物理的な力[パワー]、つまりは普通いわれているところの、〈暴力〉以外ではありえない」が、「組織的な権力に直接まつわるGewaltとは、それ自体としていうと、多様な物理的な暴力の駆使と発動に直接たずさわる、暴力の専門家組織である。したがってそれは、〈組織されたGewalt〉であり、また〈組織としてのGewalt〉にほかならない。」
「組織的権力において、Gewaltが必然化するのは、内部の構成諸個人に対してであれ、外部の諸組織にむかってであれ、規範としての組織的意志を、確実に貫徹するための、物理的な強制・脅迫・抹殺手段として、である。」
「歴史的にいっても、また論理的にいっても、内部にむかう場合とはちがい、外部に押し出される組織的意志に、直接対峙してくるのは、たいていの場合、自己と同等ないしそれ以上の組織的力量をもった、強力な組織体である。したがって、Gewaltは、何よりもまず、外にむかって押し出された、〈外的意志〉を貫徹するためのGewaltとして成立する。」
「組織された、あるいは組織としてのGewaltが、成立するためには、組織体それ自体の存亡と興廃に直接かかわる、のっぴきならない現実的な契機がある。それは、当該組織と対立・競合する、他の組織との関係が、〈戦争〉状態にまで立ち到ったときである。この〈戦争〉状態とは、お互いが敵対する組織的意志に屈伏し、服従しないかぎり、極限的には、敵対組織構成員全員を物理的に殺戮し抹殺し合う、相互〈皆殺し〉にまで突き進みかねない、可能性をもった状態、をさしている。」
「このように、組織的権力にともなうGewaltは、直接には、組織体それ自体の抹殺と消滅を招来しかねない、〈戦争状態〉を契機として、組織の全構成員が直接武器を手にする、という形で成立する。そして、この〈Gewaltとしての組織〉の成立が、組織的Gewalt形成の、〈第一段階〉なのである。ここでは、〈規範としての意志に諸個人を服従させている〉、権力関係を内的な本質とした、〈組織〉自体が、その組織的意志を外部、つまり他の組織に対して押しつけ、貫徹させるための、物理的な強制組織Gewaltとして、直接現出したといえる。したがってこの意味で、Gewalt[暴力]は、Macht[権力]の現象形態なのである。」

「そして、敵対組織との関係が、いつ〈戦争〉 へ転化してもおかしくないような、緊迫した状態が常態化する。そうなれば、組織体の維持・発展といった、構成員全体を漠然と拘束してきた組織的理念は、そのまま外部にむかっての〈敵を殺せ〉という、端的にして明瞭な組織的意志へと大きく転じていく。
 しかし、組織体が生き延びていくためには、組織体を脅かすすべての〈外敵を殺せ〉という組織的意志が、全構成員によって半ば自発的に形成されて、把持されるようになれば、それはそのまま、組織内部に対しても、むけられざるをえなくなる。」
「そこで、組織内部に巧妙に潜入した敵のスパイや、組織構成員でありながら、内部情報を秘かに敵に提供している裏切り者を、探索し追及し拘束・処罰するための、特殊な機関[監察・諜報・警察・裁判などの]が、必然化される。これは、組織的Gewalt形成の第一段階である、〈Gewaltとしての組織〉の成立とは区別さるべき、第二段階の〈組織内部におけるGewalt〉の成立に、ほかならない。
 このような、〈Gewaltとしての組織〉の成立から、〈組織内部におけるGewalt〉の成立へという、二段階的Gewalt形成は、組織的Gewaltのみられるところでは、いつでもどこでも現出する、〈強度の一般的な傾向性〉つまりは〈法則的な必然性〉を、もっている。」

すなわち、組織的権力相互の敵対的矛盾が、矛盾を破壊(否定)するための物理的暴力組織〈Gewaltとしての組織〉を内部に作り出し、それが内部に反作用し、内部の敵対的矛盾の破壊(否定)のための暴力組織〈組織内部におけるGewalt〉の形成へとつながるというのである。氏は、これを国家にまで拡大する。ここに私は引っかかるのである。

「〈国家〉組織の場合、この二段階的Gewalt形成は、〈国家〉の歴史的形成の一般的な運動法則と、見事に対応している。というのも国家組織は、まず生れたばかりの歴史社会が、戦争と交易の二相を錯綜させた、たえざる外的諸関係の進展のなかで、何よりも戦争に備えた、軍事的な組織的結集として、産み落とされる。いいかえればそれは、直接には〈都市〉や〈村落〉など地域社会形態をとった歴史社会が、内部における階級・階層的な落差と対立に、ほとんど頓着することなく、もっぱら外部にむかっての〈外的国家〉として大きく束ねられ、また構成されたものである。これが、〈国家〉の歴史的形成の〈第一段階〉である。
 そして、一方では、外戦が頻発するようになり、つねに戦争への備えが必要になったり、あるいは相次ぐ戦争の長期化にともなう、戦時体制[つまり構成員全員の軍事的な組織化]の常態化などによって、それまでは戦時にのみ登場した、軍事的な指揮中枢が、次第に常設的な機関として、制度的にも固定化されるようになる。また他方では、当該地域的社会内部における経済的な発展、とりわけ社会的分業の進展を軸とした、諸階級・階層的な分化と対立・抗争の激化にともない、平時、社会の統一的な秩序維持にかかわる、警察・裁判・監獄などの公的機関もまた、ますます独立化して強大化する。
 そしてこの二つの流れは、当該社会を〈国家〉として組織的に構成する、特殊な任務をもった政治的・軍事的な指揮中枢としての、〈国家権力〉の独立的な分化と強大化を必然化する、一つの流れへと合流していく。これが、〈国家〉の歴史的形成の〈第二段階〉にほかならない。
 このように〈国家〉の歴史的形成は、まず何よりも戦争を契機とする軍事的な組織化、つまりは〈外的国家〉形成を端緒とした、〈社会〉の〈国家〉的構成にはじまる。ついで、内外危難への〈社会〉の、〈国家〉的構成と組織化を指揮・先導する、〈国家権力〉の形成と組織的な発展が、必然化するのである。[それゆえ、本論に先立って概括しておけば、〈国家〉の歴史的形成の〈第一段階〉が、〈国家〉の成立であり、その〈第二段階〉が〈国家権力〉の成立、ということもできる。」
「〈国家〉組織にともなうGewaltは、まず、当該社会構成員が直接武器を手にする、軍事的な組織化という形をとった、〈外的国家〉構成にともなう、Gewaltとして形成される。そしてつぎに、経済的な利害のちがいから、たえざるときには深刻な対立と抗争へと転化しかねない、諸階級・階層へと分解し分裂した歴史社会を、〈国家〉として組織的に束ね構成する[いいかえれば〈国家〉としての統一社会的な秩序維持]ための、国家権力の独立的な強大化にともなう、Gewaltとして成立したことを、意味している。」

私がひっかかるのは、この議論自体に対してではない。ここに載っている議論・論理自体は、おそらく正しいと考えられる。問題は、「〈都市〉や〈村落〉など地域社会形態をとった歴史社会」の方である。
先走って申し訳ないが、おそらくやや微妙ともとれる部分であるし、先でもいずれ更に展開する議論ではあるが、以前の氏の著作においても永らく感じていたことなので、あえてここでも論じておきたい。
「そこでは、〈都市〉や〈農村〉を軸とした地域的社会が、多かれ少なかれ自給自足的な完結性と独立性を把持していた。したがって、それを小さくときには大きく束ねる専制的支配者が、国家的統治者としてやることといえば、戦時には軍役を課して戦場に駆り立てることをもふくめた、各種の貢納・租税[徴税]的支配が中心であった。
 そこで、いわゆる〈内政〉のほとんどは、彼ら専制的支配者とその一族・家臣団が、もっぱら自分の都合で、勝手に徴税[収奪]して消費する支配体制への、個別的また組織的な抵抗と敵対を厳しく弾圧し、処罰する刑法的秩序維持[治安・裁判]活動であったといっても、決して過言ではない。そのほかにあるとすれば、とくに農耕用の大規模な河川の管理・濯漑、などを必要としている、アジア・オリエント的諸域でみられた、公共土木事業くらいであろう。
 それだけに、大小の専制的支配者にとって、最大かつ主要な公的活動は、傘下の地域的社会を少しでも拡大するための、たえざる外戦につねに勝利をおさめること、であった。戦勝は、莫大な戦利品をもたらすばかりではない。同時に、人々の精神的な名誉心をも満たすことによって、専制的支配者による軍隊を中心とした国家組織の、より強力な掌握を可能にする。それは、傘下地域社会領民にとっても、敗戦の場合の悲惨さと較べれば、たとえ爆発寸前の不満でさえ、完全に一掃されないまでも、大きく和らげられることだけは、たしかである。」
P382に「〈近代〉以前の〈世界史的〉国家」の「共通の歴史的特質」に関して、次の指摘がある。
「その根拠は、経済社会的レヴェルにおける基礎的共同体「社会」、正確には〈村落〉ないし〈都市〉を軸とした地域社会が、多かれ少なかれ、再生産と剰余生産の一切の諸条件を内在させた、独立的自足性をもっていたことにある。それは、一方における、〈共同体−間−交通関係〉の大きな立ち遅れと、他方における、農業と手工業の未分化に象徴される、〈共同体−内−社会分業〉と階級・階層的分化の未発達に、基礎づけられている。」
生産手段としての土地の所有諸形態は、このような地域社会の経済的機構を反映している。土地の所有者が、彼らが個人的であれ共同的であれ、余剰労働および余剰労働産物の一次取得者であり、また、同時に、政治的支配を担っている。だから、政治的役割は、土地所有の機能・属性とも言いうる(直接的同一性)。ところで、(私的)所有は、対内的には占有的・独占的、対外的には排他的・敵対的である。これが、法律的政治的上部構造の性格に反映するのである。 したがって、「〈国家〉組織」の「二段階的Gewalt形成」は、経済的土台における「所有」が進行し、それが法的に進展していてもいなくても、土地所有形態にまで到達するという展開が並行しているはずである。滝村氏の議論には、この点が曖昧であり、私がひっかかっているポイントなのである。

このような〈Gewalt組織〉は、相対的独立化する傾向を持つという。
「この〈Gewalt組織・機関〉は、条件次第で、独自の意志決定にもとづいて、強力な「物理的破壊」の組織活動を断行しかねない、根本性格をもっている。それというのも、Gewaltが、意志なくモノいわぬたんなる〈モノ〉ではなく、人々に強烈な本能的恐怖心を呼び起こすことによって、有無をいわさず〈意志の服従〉を獲得することができる、点にある。
 そしてここに、組織的な意志を貫徹するための強力な、〈手段〉にすぎないはずのGewaltが、いわば主人としての当該組織、ないしその指示・命令者[指揮中枢]に対して、独立したり敵対し、ときにはぎゃくに、使用人から支配者へと大きく転成したりする、危険性の問題が最初から内蔵されている。」

「専制的国家支配は、ごく一握りの特権的支配者の特殊意志が、そのまま国家意志として押し出され、この意志決定にまったく関与しなかった社会[構成員]全体に、これへの絶対服従を迫る。しかもそのほとんどは、社会的諸階級・階層の特殊利害に敵対し、彼らに重い負担と大きな犠牲を強いる、強制命令である。そこで、つねに彼ら社会的諸階級・階層からの激しい不満と反発が、うず巻いている。当然それが、大規模な暴動と反乱となって噴出しても、一向に不思議ではない状態が、むしろ常態化している。
 そこで、たとえ大規模な暴動と反乱が爆発しても、これを断固として粉砕し制圧することの可能な、物理的強制手段[Gewalt]として、強力な治安機関の設置と軍隊の発動が、否応なしに要請される。」
「このように専制的国家支配は、専制的支配者が、つねに強力な軍事的強制手段を、縦横に駆使することによってのみ可能で、それなくしては存続しえない。この意味で、専制的国家は、軍事的支配者によって直接構成されているかとはべつに、軍事的性格がきわめて強く、その中枢部における意志決定では、つねに軍事的指揮者の意志が、大きく作用する。」

5.第4篇 権力主体をめぐる観念的諸契機

「権力現象には実質的な意昧での観念性が、つねにまつわりついている。」「それは、〈規範としての意志〉に、大きくみて、二種類の社会的利害が反映されていることに、もとづいている。一つは、社会的諸個人が、日々切実な現実的・経済的利害を、経済的意志として観念的に対象化した場合である。その場合には、規範としての経済的意志にもとづいた、各種の経済的権力が成立する。
 もう一つは、社会的諸個人が、日々の経済的利害とは大きく質的に峻別される〈観念的利害〉を、〈規範としての意志〉として、観念的に対象化した場合である。この場合には、政治的権力に代表される観念的・思想的権力が、成立する。そしてこの〈観念的利害〉が、〈規範としての意志〉として、観念的に対象化されているところに、〈権力の実質的観念性〉成立の現実的な根拠がある。」
「権力現象に直接まつわるかぎりでの、〈観念的利害〉とは、一言でいえば、〈全体的利害〉のことである。」「〈全体的利害〉という場合、社会諸個人の個別的・特殊的利害が、その一般的共通性において大きく集約され、集成される形であれ、あるいは社会諸個人に内在する一般的共通性が、発見され確認されて押し出される形であれ、この一般的普遍化には、漠たる観念的蒸溜と抽象化がさけられない。」「〈全体〉とは、」「その第一は、〈社会全体〉つまりは〈統一的社会〉に、直接かかわるという意味であり、第二は、当該組織的権力の〈全体〉にかかわることである。まず、前者における、〈全体的利害としての観念的利害〉とは、〈政治的利害〉そのものとなる。」
「一つは、歴史社会全体の存立と興廃にかかわる、あるいは歴史社会全体の統一的秩序と枠組みにかかわる、性格をもった〈政治的利害〉である。国家権力でいうならば、その根本的存立にかかわる、〈外政・治安〉などがこれに当たる。もう一つは、社会的諸個人の切実な経済的利害や社会的利害が、歴史社会全体にかかわる現実的な共通利害として、大きく束ねられた場合である。その場合には、経済・社会的利害でありながら、社会全体にかかわるという意味での全体性から、ある種の政治性、つまりは〈政治的・経済社会利害〉としての観念的政治性が、客観的に付与される。したがって現実的な諸個人が諸階級・階層として、この種の〈政治的・経済社会利害〉をめぐって闘争した場合、この実質的経済闘争は、〈政治的経済闘争〉としての性格を客観的に付与される。
「〈政治的利害〉の二種類のうち、観念的全体性の濃厚な前者が、本来の厳密な意昧での〈政治的利害〉である。」「前者は国家権力の〈統治〉活動として典型的にあらわれ、また後者は、同じく〈行政〉活動として典型的に展開される。」

マルクスらの唯物論的歴史観では、「国家=政治的秩序とは、労働を分担する諸個人の相互依存性=生産関係の一般性の維持を要求する共同性が、疎外された形式、すなわち市民社会=経済的諸関係の領域から浮き上がった観念な形式で定立されたもの」と最初に述べた。この関係(論理的には、生産関係の一般性が実体であり、それを表す共同性というのは、実体が形成する関係である)は、空中に浮かんでいるのではない。古代的・封建的経済的生産様式では、この関係は土地所有の機能として現象する。ちょうど、商品の抽象的一般労働=価値が、金の使用価値に現象するようなものである。
近現代の経済的土台は、「近代ブルジョア的生産様式」と呼ばれる。ここでは、近代以前のような「小農民経営と独立手工業経営」に代わって、集積された生産手段としての大工業が支配的地位を占めており、それは、相互に、また、分離された農業・手工業とも、媒介的に相互浸透する構造を持ち、地域的に限定されない流通を持っている。生産手段を独占的に所有しているのは資本家階級(「株式会社」では、資本の所有と機能とが分離されている。資本の機能とは、個別諸労働の協業のための指揮・監督・媒介の諸労働のことである。)であるが、それに対し、労働者は自身の労働力以外のすべての労働の外的条件を失っている。その所有形態は、資本家の側では、他人の不払労働の生産物を一方的に取得する権利であり、労働者の側では、賃労働、すなわち、自分の労働力商品としての価値に等価な貨幣、労働力の再生産に必要な生活手段を取得するだけの貨幣の支払であるという特徴−資本主義的取得様式―を持っている。
マルクスが明らかにしたように、資本主義の展開をそのまま放置すれば、資本の蓄積と集中が全国的に進行する反面、労働者階級の相対的過剰人口を生みだし、絶対的貧困化を少なからず招くことになる。労働者は、労働力を売って手に入れた賃金から支払うことによってしか、生活手段の一切を手に入れることができないため、全国的に展開された商品市場と労働市場に依存する経済状態におかれ、労働者(とその家族)は、きわめて制限された依存状態にしか生活できない。これは、資本主義に固有の法則であって、このことから逃れることはできないが、このままでは階級対立が激化し、社会自体が危機に直面し不安定化しかねないので、階級対立を多少なりとも緩和するため、国家権力は、いわゆる行政的手段でその経済的側面を拡大しながら、さまざまな労働者階級の経済的緩和救済策を展開させることになる。
マルクスが指摘したように、「産業における最高司令官」は、資本の属性であるが、それを反映して、国家権力は、各産業内外の敵対関係の調整を行い、階級関係の緩和を図る、すなわち国家権力は観念的な総資本家としての最高司令官として、専制的に振る舞うことを要請されるのである。
一方、一握りの資本階級と大多数の労働階級への分裂と後者の貧困化を目の前にして、その土台の上部構造への反映では、それを空想的に解決する、究極の倒錯した形式を持つ。すなわち、「公式には財産上の区別をまるで問題にしない」平等で対等な個々人の政治的権利を保障する普通選挙と政治的共同体としての民主主義的国家がそれである。
この政治的国家と土台との矛盾が、「国家と革命・ノート」4節で記述したように、政治的上部構造と経済的土台との相互浸透を進めるのである。
このような国家と国家権力の役割の拡大は、「古代的」と「封建的」の生産様式の下では見られないものであって、労働者及び家族は、その必要生活手段の多くを自家労働で手に入れているため、地域的に相対的に独立した経済的状態が維持できており、反対に、労働者が生産する剰余生産物は、資本主義が到達した生産力と比較すると、格段の差があった。資本主義的生産様式では、労働者が生み出した多量の剰余価値は、一次的には資本家階級のものとなったが、その一部は国家権力に還流し国家の経済的土台の拡大を可能にするのである。
経済的土台の生産関係の広域性と相互依存性を反映した、国内の統一的領域を対象とする国家権力は、共同の利益であるかのように偽装した特殊な利益と、それと混然一体となった真の共同の利益との実現を可能にする手段を持つ。ここに初めて、生産関係の一般性を表現する関係が現象できる担い手が現れたのである。
氏がここで述べている「個別的・特殊的利害の一般的普遍化」とは、市民社会のレベルでの特殊意志から国家の法規範への否定の過程として把握される。すなわち、現実的な総体的利益を表しているかどうかとは関係なく、共同の利益を名乗る特殊な意志は、普遍性を持つという形式を国家自身から承認されたときに、国家の法規範として確立される。ちょうどそれは、貨幣が価値尺度として各商品に価格形態を与えるようなものである。
このような観点は、氏の理論には存在しない。

組織的権力の〈全体〉に直接かかわる、〈観念的利害〉には、きわめて特異な事象が存在する。」「結集した諸個人が他と区別される当該組織体を、〈自由で独立的な精神的人格〉であって欲しいという、少なからず強烈な、共通の観念を形成し、把持しているかぎりにおいて成立する、特異な観念的全体利害である。いうまでもなこの組織体の、自由で独立的な精神的人格にかかわる、特異な観念的全体利害とは、組織体の〈面子・面目〉と〈名誉・衿持(誇り)・威信〉のことである。」
そこで、氏は、戦争を例として解析してみる。
「すべての〈戦争〉は、開戦の原因と思惑と経緯の一切にかかわりなく、歴史社会全体の存亡と興廃に直接かかわる〈共通利害〉である。それゆえ〈戦争〉は、歴史社会全体にかかわる観念的な政治的利害ともいえる。」
「相次ぐ戦勝によって獲得される〈栄光〉とは、とりもなおさず周辺諸国の人々からの、畏怖と尊敬の念によって裏打ちされた、〈名誉・名声〉と〈威信〉である。人々は、この純然たる観念的な利害の獲得を、たとえどのように甚大な被害と犠牲、また多大の危険を払ってでも、何物にも換え難い〈勲章〉のように、追求してきたといえる。しかもこの、敵を軍事的に叩きのめすことによって獲得した、〈名誉〉・〈威信〉という〈勲章〉は、ひとたび手に入れるや、当該社会の維持と発展にとって、きわめて強力な観念的手段としての威力を発揮する。」
「これらの臣従した諸国には、毎年莫大な貢納物資の献上と、戦時における一定数の兵員の提供「軍役」が、義務づけられることになる。そこで、当該社会の政治的・軍事的・経済的なパワーは、飛躍的に増強されることになる。この意味で、多くの血を流し大きな犠牲を払って獲得した、〈名誉〉・〈威信〉というこの観念的な称号は、ときとして当該社会の国力を一挙に飛躍させる、”魔法の杖”のような役割さえ果たすのである。」
これ以上の引用は控えるが、氏の「観念的な政治的利害」に関する分析はみごとである。

「権力関係に内在する観念的諸契機を、とくに権力主体の存立に直接かかわる、観念的手段という側面から、とりあげておこう。権力主体の存立に直接かかわる、主要な観念的手段としては、つぎの四つを挙示することができる。
第一は、とりわけ権力者による専制的支配に直接必要不可欠な、思想・イデオロギーの問題である。第二は、被支配者の側で伝統的に把持・継承されてきた、服従観念とくに服従神話の問題である。第三は、権力者たちを一般的に規制し拘束し、それゆえ彼らの間で伝統的に把持・継承されている、〈大義名分〉である。そして第四は、権力者・被支配者の全体とくに権力者を、外的・客観的に大きく包み込んで規制し拘束する、〈世論〉の問題である。」
何度も言うように、このような氏の分析は、実に見事である。

「第一点については、・・・社会的権力の観念的特質一般とは区別される、思想的・イデオロギー的支配の問題として、とくに思想的・観念的性格の強い、政治的・宗数的組織[権力]に即しながら、検討」している。
「組織的規範における第一の根本目的と理念には、つねに何らかの思想的・イデオロギー的な諸要素が、直接間接にからみついている。そして権力現象にみられる思想的・イデオロギー的支配の問題は、結局のところ、何よりも組織的根本目的・理念に直接からみつくことによって、組織的規範の全体を大きく観念的に包み込み、少なからぬ濃淡と強弱をふくみつつも各部分を直接観念的に規定してくる、思想・イデオロギーの問題といってよい。」
「精神的・観念的権力の場合、組織的根本目的と理念は、特定の思想・イデオロギーを前提とし、そこから必然化されたもの、いわば発展的に具体化される形をとって、押し出される。」
「ここでは、精神的・観念的権力のなかでも、とくに宗教的組織と国家権力をもふくめた政治的組織に、焦点をあわせておきたい。これらの組織的権力では、特定の思想・イデオロギーが、第一の目的・理念ばかりか、すべての組織的規範を直接観念的に規定している。とくに宗数的組織と国家権力をもふくめた一部の政治的組織では、組織的権力としての存立自体が、何よりも特定の思想・イデオロギーにもとづいている。」
「政治的組織のなかでも国家権力だけは、根本的に異なる。」「ときどきの国家的支配者にとって、この種の説明と正当化にもっともふさわしい、特定の思想・イデオロギーが選択され、採用されることになる。それゆえ国家権力において思想・イデオロギーは、その強力無比の政治的支配、つまりは国家統治に絶対不可欠の観念的手段として登場してくる。もちろん、特定国家権力存立の説明と正当化といっても、国家権力の根本目的と理念は、〈当該社会の国家としての全体的な維持と発展〉という一事にしかありえない。しかしそれにもかかわらず、この種の説明と正当化の思想・イデオロギーは、ときとところとによって大きく異なっている。」
「〈近代〉以前の歴史的国家では、もっぱら〈宗教〉がこの思想・イデオロギー的役割を果たした。というのも〈近代〉以前の歴史的国家は、ただ一つの例外もなくすべて〈専制〉国家であった。」
「人間社会の〈世界史〉的発展の口火を切ったアジアやオリエント的諸域のように、広大な帝国がくり返し建設されたところでは、専制的支配者[皇帝]自体が直接現人神として神格化された。したがってここでは、専制的支配者[皇帝]直属の国家的宗教組織があらわれ、巨大な神殿や墳墓が多数建設された。しかしその場合、独立的な宗教組織としての充分な発展はみられなかった。」「皇帝の現人神としての神格化も、神的・宗教的支配者としての君臨も、もっぱら広大な帝国を建設した、その奇跡ともいえる現世的成功と、強大な世俗的・政治権力にもとづいていた。支配共同体首長としての皇帝は、その現世的成功と強大な政治権力をバネにして、在来の祭祀・神官層を組織的に束ね、その頂点に君臨したにすぎない。この意味で、この国家宗教組織の興隆と衰亡のいかんは、もっぱら皇帝の現世的な国家組織の興隆と衰亡のいかんに、かかっていたといえる。」
「西欧諸国では、独立した世界的宗教組織[ローマーカトリック教会]が、諸国の帝権や王権存立の、神的・宗数的な裁可・承認権を掌握していた。そのことによって、人々の来世的救済にかかわるはずのこの神聖[宗教]権力は、同時に、全ヨーロッパ的規模で展開する、強大な現世的・世俗的な専制領主的権力としても登場した。つまりローマ法王を頂点としたこの宗教組織[教会]は、来世救済には不可欠という現世での生活規律によって、人々の精神的世界を直接、思想的・イデオロギー的に支配しただけではない。
それは、王権・帝権・有力諸侯・貴族からのたえざる寄進で、最大規模の所領を所有した世俗・封建領主的権力として、傘下領民の剰余労働を強制的に搾取した。そればかりか、この聖・俗領主権力を直接組織的に束ねるローマ法王は、西ヨーロッパ世界に展開した唯一の公的・世界的権力として、諸国の王権・帝権・有力諸侯が、上下左右複雑に入り乱れなからくり返した不和・抗争を、調整し一時的にでも終結させるため、堂々と政治的に介入するまでの存在として、躍り出たのである。」
「〈近代〉以前の専制国家権力による思想的・イデオロギー的支配について、つぎのような概括を提出することができよう。そこでは、特定宗教[組織]が、専制国家権力の存立を神的・宗数的に裁可し承認することによって〈国教〉として君臨し、他のすべての宗教[組織]や思想・イデオロギーを禁圧し排除し抑圧した。
この〈国教〉としての思想的・イデオロギー的支配は、強力な専制国家権力を直接背にして断行されたため、つねにすさましいばかりの破壊力と徹底性をもっていた。したがってここでは、専制国家権力を背にした直接の思想的・イデオロギー的支配があらわれた。それは、特定宗教の個々の教義が、実質的に有無をいわさない国家的規範として、直接押し出されたということでもある。」
いや、実にみごとである。付け加えておけば、これは政治的上部構造における、国家と思想・イデオロギーとの相互浸透の問題である。しかし、この背景には、支配者(層)と被支配者の思想・イデオロギーのレベルにおける否定の否定の過程、支配者→被支配者→支配者、が存在する。

「第二点の服従心理・観念は、それ自体が独自に形成され進展していく、自生的で独立的な思想・イデオロギーではない。それは、支配(統治)観念と、いわば対になったかたちで形成され、その相互的作用のなかで進展していく根本性格をもっている。いいかえると、政治的(国家的)・社会的権力関係の一定の歴史的進展が、支配(統治)者・服従者のそれぞれに、支配=服従観念(意識)を歴史的所産として、生み落とすのである。」「まず、支配(統治)観念は、当該組織的権力の根本理念(政治・国家理念)、それを実現するための支配(統治)技術・方策、その祖掌主体である支配(統治)者の個別的倫理などが、その主要な内容をなしている。しかし服従心理・観念の形成には、支配(統治)者としての少数権力者による、歴史的・現実的な支配が、前提となっている。それは、直接には特定の支配(統治)者の存立・支配に対して、否応なしに観念的に呼起され、形成される。つまりそれは、服従者のレヴェルからみて、比較され選択された特定支配(統治)者への神話と信仰として、歴史的に形成されたものにほかならない。」「それは結局のところ、被治者大衆のレヴェルからみた、〈支配(統治)の内実〉のいかんにかかってくる。それはたんに、強制的に収奪される各種の租税負担や、社会的救済策のいかんだけではない。外戦が大きなウエートをしめていることに、注意しなければならない。」
「相次ぐ外戦での勝利によって、またたくまに大帝国を築き、そのとてつもなく膨大な果実を、人々に惜しみなく振り撒けば、〈その名〉は神格化されて、永遠に語り継がれるだけではない。それ以後数世紀以上たってさえ、当該歴史社会が貧しく混乱して悲惨な状態であったなら、〈いつか必ず〈その名〉のつく人物があらわれて、再び周辺諸国に君臨する大帝国を建設し、われら人民を豊かにしてくれるだろう〉、という神話を産み落とすだろう。
そしてこの種の神話は、代々継承され〈伝統〉と化せば、以後の支配(統治)者に対して、観念的Machtとしての規制・拘束性をもってくる。それは、ときどきの支配(統治)者に対する、服従者の側からの〈支配(統治)者・神話〉にもとづく、積極的な支持や強烈な反発・拒絶というかたちをとった、一種の〈世論〉としての観念的な規制と拘束性である。この意味で支配(統治)者は、服従心理として形成された〈支配(統治)者・神話〉を、無視したり軽視することはできない。
 そしてここに、〈支配(統治)者・神話〉の、支配(統治)者による、観念的な武器・手段としての、利用可能性の問題がでてくる。」
この例として、「ナポレオン三世を名乗ったルイ・ボナパルト」と「ネブカドネザル三世」を名乗った「イラクのフセイン大統領」を挙げている。 またまた、付け加えておけば、これも政治的上部構造における、国家と思想・イデオロギーとの相互浸透の問題であるが、前と反対に、被支配者→支配者→被支配者という否定の否定の過程を軸として進行している。

「権力主体としての組織に直接まつわる観念的諸契機は、内発的なものだけではない。それはつねに外部的世界からも、直接間接に押し寄せてくる。」「国家権力をふくめたあらゆる社会的な権力は、つねに同種の組織的権力と不断の競合・対立をくり返す、外的諸関係において棲息している。」「特定世界における戦争状態は[つまり戦国的世界]は、つねに戦国的覇者による統一的秩序[平和]形成にむけた、過渡的混乱状態ともいえる。したがってこれを長期的にみれば、戦国的覇者による統一的秩序[平和]形成と、その崩壊による戦国的世界への回帰という、一種の循環運動がくり返されている。」「そこに二種類の純粋に観念的なMachtが成立していることを示している。」
「その第一は、戦国的覇者を軸とした統一的国家秩序に、直接かかわる政治的観念である。これはとくにアジア的世界において、比較的長期におよんだ王国ないし帝国としての、統一的国家体制[ないし統一的政治秩序]が、大きく弛緩し実質解体したときに、〈大義名分〉という形であらわれる。一般に〈大義名分〉といえば、各人が国家・君主[国王・皇帝]に対する、臣下・臣民としての分をわきまえて行なうべき政治的道義「倫理」、と解されている。しかし政治的世界において、この〈大義名分〉が大きくクローズーアップされるのは、平時でなくしてむしろ、統一的国家[統一的政治秩序]の弛緩・解体期である。
〈大義名分〉を掲げることのできた特定組織体支配者は、その存立と実践が公認され、また正当化される。つまり特定支配者は、〈大義名分〉さえ獲得できれば、その野心から発せられた謀略と蛮行の一切を、国王ないし皇帝の命を受けた〈臣下としての正当な行動〉として、政治的に認定させられる。少なくともそのために有利な政治的地歩を確保できる。」
「古ぼけた官職・位階がそれ自体名誉職ではあっても、戦国政治世界で覇を競っている新興実力者たちにとって、強力な観念的な政治的武器になりうるところにある。というのも、彼らは官職・位階を獲得することによって、昨日今日の氏素性不明の出来星連中とはちがい、まさに押しも押されぬ貴族・権門として、正式に統治階級と世間様に公認される。それによって官職・位階を得られなかった対立・競合者たちを、何よりも観念的な政治的地位と品格において大きく凌駕し、圧倒することができる。」
「これに対して西欧諸国では、〈大義名分〉よりも〈法と正義〉という政治的観念が、一般的に成立した。この大きなちがいは、いったいどこからくるのか? それは、結局のところ、歴史社会における諸階級・階層的な分裂と形成が、旧い単位的共同体の血族的構成を、そっくり形式的に維持し、温存させた形で進んだところと、共同体の血族的構成を徹底的に破壊し、解体する形で進展したところとの相違である。
というのも〈大義名分〉は、自然的・血族的な伝統的秩序における、人格的な臣従関係が強固に根付いているところにおいてのみ、くり返し派生し現出する。ここに根付いているというのは、歴史社会のあらゆるレベルで、同種の血族的・伝統的な人格的臣従関係が、存続しているという意味である。これに対して自然的・血族的な伝統的秩序が破壊され解体されれば、否応なしに、社会的形成物としてのハ法と正義ヾという政治的観念が、大きく正面に浮上してくる。」

「〈大義名分〉や〈法と正義〉とはべつに、各種分野・世界の諸組織体に対する、第二の外部的・客観的な観念Machtとして、見落とせないのが、〈世論〉である。〈世論〉とは、各分野・世界の戦国的覇者と統一的秩序に対する、ときどきの〈人々の自由なる意志〉が、一般的・普遍的な形で集約され、集成されたものである。そこで、個々の組織体とその指揮・支配者は、〈世論〉という形をとった、社会全体の〈一般的な意志と感情〉にとても正面から抗することはできない。とりわけ個々の組織的支配者が、戦国的覇者としての最終的な勝利を得るためには、この〈世論〉を味方につけるための、ぬけ目のない操作・工作と、〈世論〉にしたがった実践とが要請される。」「ときどきの雰囲気という形をとった、時代的・社会的な〈意志・感情〉を、厳密な〈世論〉形成以前の政治的世界における、「世論」としてとらえることもできる。」「精神的な交通諸関係だけは、統一的政治圏傘下の各地域社会を横断的に貫き、また大きく包み込むような形で、実現されていた。それは、一方、とくに都市部における各種のメディアの存在と、他方、各都市を基点にして、統一的政治圏の全体に日々展開していた、商人層や各種の移動民[旅芸人・ジプシーなど]の存在によって、直接支えられていた。これら商人層や各種の移動民は、都市部メディアを全国各地に伝達しただけではない。ぎゃくに、各地の情報を都市部に伝える役割をも果たした。それゆえ日々各地へ、また各地から発せられる無数の、主として〈噂〉という形をとった、情報の総体は、否応なしに〈時代と社会の雰囲気〉を醸し出して、ときどきの「世論」を構成したといえる。
 かくて組織体、とくに戦国的覇者としての上昇と君臨をめざしている組織体支配者は、この二種類の外部的・客観的なMacht、〈大義名分〉・〈法と正義〉と〈世論〉を、無視したり軽視することができない。両者の積極的な利用と制御・操作が、必要かつ必須となる。」

6.第5編 特殊的権力と権力学説

「社会的権力のなかには、組織的形態つまり組織的権力構成をとらない〈権力〉も、多数存在している。それは、非組織的な形をとった、社会的な支配力であり、一般的かつ典型的ではなく、充分な発達をとげていない、特殊的で偏奇的な権力といってよい。それは大きくみて、二つの形態がある。
 第一の形態は、特定の個人が、諸個人や諸組織に対して、看過できない支配力や影響力をもって、登場しているケースである。その具体例としては、政界の黒幕とか右翼の大物、また有力官庁のトップを務めた官僚OB、財界やマス・コミの御意見番といった、特殊な個人をあげることができる。これらの特定個人は、特定の分野で、諸個人や諸組織に対する一定の支配・影響力を発揮しているが、自身は強力な組織を率いる組織的支配者ではない。」
「こうして、政界の黒幕や右翼の大物をふくめた彼ら特定の個人は、特定の組織的権力にぞくしていないだけに、その種の斡旋や調整が可能な、第三者的な立場に位置しているともいえる。このように特定の個人が、諸個人や諸組織に対して発揮する一定の支配・影響力は、外見上はたしかに組織的権力とは無縁の、純然たる個人的権力である。しかしそれは、組織的権力を前提として、組織的権力をつうじて形成された、特殊な社会的権力にほかならない。」

「非組織的権力の第二の形態は、国家・国家権力をもふくめた政治組織や宗教組織のように、直接に組織されていない、純然たる思想的・観念的な権力である。それは、一方では、〈世論〉や〈伝統的観念〉であり、他方では、故人をふくめた特定の宗教者・思想家・革命家・学者などの〈思想・学説〉である。
 ただ、前者の〈世論〉は、〈自由なる社会〉としての〈国民的社会〉では、〈マス・コミ的世論〉としてのみ形成される。そのため〈世論〉が、〈国民的世論〉として、ときどきの政治・社会を大きく包み込み、強力な観念的規定性を発揮するに到るには、TV・ラジオ・新聞・週刊誌・雑誌・単行本など、各種のメディア資本が、大きく関与し介在している。この意味で、ときどきの〈国民的世論〉形成を、実質的に指揮し主導するのは、強力な組織的権力としてのメディア資本といっても、決して過言ではない。
〈伝統的観念〉という場合には、政治的・統治者レヴェルと、社会的・民衆的レヴェルとの、両面においてとりあげる必要がある。もちろん前者のほとんどは、政治的・国家的支配[統治]と組織的構成にかかわる、政治的・法制的観念である。これに対して後者は、前者による〈専制的〉支配を、直接の前提として形成された性格が強い。つまり前者による〈専制的〉支配への直接的な遺恨と反発であったり、ごく稀には特定君主への讃歌と神話・伝説であったり、あるいはそれとはまったく無縁の、独自的観念世界の形成であったりする。」
「故人をふくめた特定の宗教者・思想家・革命家・学者などの〈思想・学説〉の場合には、それが、多くの人々から強い賛同・共鳴・支持を、獲得しているかぎりにおいて、観念的な権力としてあらわれる。」「しかし〈思想・学説〉が、大組織やとくに官僚・御用学者をつうじて、国家権力中枢の意志決定に、直接関与し規定するようになれば、この強力無比の組織的権力によって直接支えられた、大きな観念的権力へと転じる。」
「こうしてわれわれは、非組織的な特殊的権力の検討をつうじても、社会的権力現象に内在する、本質的な〈組織的権力性〉を、確認することができる。」

非組織的な特殊的権力についても、みごとに描き出している。すばらしい観察と論理能力のである。その実力は、次の「権威」についても、発揮されている。
「〈権力〉と区別された〈権威〉という概念、いいかえれば〈権力〉とはべつに、とくに〈権威〉と呼ばれている事象は、いかなるものであろうか?」
「〈権力〉概念では、とくに組織的規範としての意志が、構成諸個人の独自の意志を従属させている、意志[の支配=従属]関係を統一的かつ全体的にとりあげている。ところが〈権力〉と区別して〈権威〉というばあいには、この意志[の支配=従属]関係を、とくに直接には〈支配者〉の君臨、正確には特定の〈支配的意志〉が君臨し、貫徹されている側面からとりあげている
 いいかえれば、〈権威〉概念の特質は、支配的意志を軸として形成された意志[の支配=従属]関係を、特殊に、支配的意志が諸個人を服従させ、現実的に貫徹されている側面から把握した点にある。この意味で〈権威〉は、〈権力〉関係の特殊なとりあげ方によって成立した、特殊な呼び方といえる。それゆえ〈権力〉と〈権威〉は、歴史的・現実的には、同時に成立する。しかし論理的には、〈権威〉は〈権力〉関係を特殊に、支配的意志の君臨と貫徹という側面から、把えたときに成立するという意味で、〈権威〉には〈権力〉が前提になっている。つまり〈権力〉は、〈権威〉に先行する。」

ところで、コメントしておきたいのは、次の引用についてである。
「前者には、まず組織的な〈権力〉関係が、直接に〈権威〉を成立させている形態がある。マルクスが『資本論』で指摘した「資本家の権威」は、その典型といってよい。因みに曰く、 「資本家の指揮は、社会的労働過程の性質から生じて資本家に属する一つの特別な機能であるだけではなく、同時にまた社会的労働過程の搾取の機能でもあり、したがって搾取者とその搾取材料との不可避的な敵対によって必然化されているのである。・・・彼ら「賃金労働者」の諸機能の関連も生産全体としての彼らの統一も、彼らの外にあるのであり、彼らを集めてひとまとめにしておく資本のうちにあるのである。それゆえ、彼らの労働の連関は、観念的には資本家の生産計画として、実際的には資本家の権威として、彼らの行為を自分の目的に従わせようとする他人の意志の力として、彼らに相対するのである「『資本論』]。」
確かに、資本家の権威は、資本家の権力に先行する。ところで、この資本家の権力は、生産要素としての労働手段の所有と労働力の時間を区切っての所有に基づくものである。資本主義的生産関係としての所有関係が、資本家の権威の経済的土台なのである。
「資本家は、産業の指揮官だから資本家なのではなく、彼は、資本家だから産業の司令官になるのである。産業における最高司令が資本の属性になるのは、封建時代に戦争や裁判における最高司令が土地所有の属性だったのと同じことである。」

続く「古典的権力学説の解体」は省略した。
また、「第6編 補論―政治的世界の枠組みと主体に係る諸法則」は、非常に興味のあることではあるが、国家論には直接には関係しないことから、検討を省かせていただいた。

7.本論 国家とは何か[一般的国家論] 第1篇 前提と方法

氏は、国家に関する一般論に先立って、一般論としての権力論を展開した。
それは、次のように要約できる。
「〈権力〉関係は、直接には支配者と一般諸個人との間の、人格的な支配=従属関係として現象する。しかし、その本質は、多くの場合、支配者の意志[指示・命令]という形をとった、〈規範としての意志〉に、諸個人がその独自の意志を、服従させることによって成立した、意志の支配=従属関係にある。
〈規範にもとづいた支配力〉という、〈権力〉の本質規定は、このような内的な構造論的把握を、ふまえたものである。そこでは、〈規範としての意志が、諸個人の独自の意志を蹴散らすかのように、全的に貫徹されている〉、といえる。また、このように多様に錯綜した、意志の支配=従属関係のなかから、〈規範としての意志〉が、形成されて貫徹される。」
なぜ、氏は、一般的国家論に先立って、一般論としての権力論を、記述したのか。それは、一般−特殊の関係に、社会的権力論−国家・国家権力論を位置づけているからである。

「本論に立ち入る前に、まず、〈前提としての社会構成理論〉と、〈方法としての世界史の発展史観〉の問題から、確認し確定しておかねばならない。」
氏は、「社会」を次のように把握する。
「私が〈社会〉という場合には、人間社会をその直接の多様な歴史的姿態と特殊性においてではなく、その背後に内在する、〈社会〉としての一般的な仕組みと編成、つまりは統一的な論理構成においてとりあげてきた。正確にいうとそれは、人間社会の〈内的仕組み(構造)と枠組み(骨格)〉を、何よりも〈近代〉以降の統一的社会形成に収斂される、〈世界史〉的な発展過程において、大きく把握し抽象したものである。」
として、以下のように定式化している。
「社会を構成する現実的な諸個人が、まず第一に、その物質的生活の生産つまりは生活資料の生産と獲得において、どのような協同と有機的連関を組織化しているかという、社会的生産関係いかんの問題。第二に、この物質的生活を土台とした諸個人の社会的諸関係の総体を、大きくそして直接規制する法的規範が、いったいどのようにして決定され執行されているかという、政治的・法制的上部構造、簡単には政治形態のいかんを軸とした政治体制の問題。
そして第三に、一定の経済体制として現出する社会的生産関係を主体的に構成し、それに根本的に規定されながら、一定の政治形態をつくりあげている現実的諸個人が、いったいどのような社会的意識諸形態、つまりは思想・文化として結晶する精神的生活を営んでいるのかという問題。これら相対的に区別さるべき、三種の関係と構成を、その区別と統一的連関において把握するものである。」
氏は、これを「マルクスの〈社会構成理論〉」として、「序言」のマルクスの定式として把握する。端的に言えば、「社会構成としての統一的かつ形式的枠組み」とは、社会の経済的構成、すなわち、物質的生活の生産関係が土台であり、政治的構成や意識諸形態は、その上部構造として把握するというものである。これは正しいと私も思う。

ところで、この「社会構成理論」を、「エングルスをもふくめた後のマルクス主義者は、だれ一人として、このマルクスの社会構成理論を正確に理解し、使いこなせなかった。その結果それは、・・・政治的・国家的構成や思想・文化などの、観念的・イデオロギー的諸事象を、学的・理論的に解明することができなかった。」としている。「その原因は、・・・マルクスの社会構成理論の、いわば原理的な前提となっている〈社会〉観が、直接間接に作用している。」
そこで、次に「原理的な前提となっている〈社会〉観」を見よう。
「社会構成理論の前提としての〈社会〉観とは、人間社会に対する、もっとも本質論的なレヴェルでの把握と抽象によって産み出された、社会本質論のことである。」
「マルクスがいうところの〈社会〉とは、諸個人が〈労働の対象化〉において現実的に結合し、その活動を相互に交換することによって、肉体的にも精神的にもつくり合う、本質的な意味での〈生活の生産〉関係の総体を意味している。いいかえればそれは、われわれが経験的に観察できる、諸個人の直接的な相互的作用と連関を、常識的にとりあげたものではない。それらの内的深部で進行している本質論的な意味での相互的連関をとりあげたものである。
 因みにそれは、諸個人による〈労働の対象化〉と、〈対象化された労働〉が諸個人によって、場所をさまざまに移動[つまり交通]させたりしながら、諸個人に対象化されるという、〈労働の対象化〉を軸とした、高度の論理的な把握と抽象においてとりあげている。したがって、マルクスにとって、この〈労働の対象化〉を軸とした、生活の社会的な生産関係が、歴史的また具体的に、いったいどのような形態をとって実現されているかという問題とは、〈社会〉の本質論的な把握と、その歴史具体的な実存形態の問題として、明瞭に論理的・概念的に区別されて提起されたのである。」
この「社会本質論」については、私も正しいと思う。ところがマルクスは、この社会本質論を社会構成理論と関連付けて取り上げることに失敗したという。
「マルクスの社会本質論、いいかえれば本質論的な意昧での社会観は、社会構成理論との関連においてのみ、その本質論的な学的・理論的正当性を堅持できる。社会構成理論から切り離して、それだけをふり回したり、それだけを不当に過大視してしまってはならない。というのも、人間社会を、この種の高度な論理的抽象度において把握すれば、社会構成としての統一的かつ形式的な枠組み自体が、消滅してしまう。国家もなければ、民族的・国民的な差異や多様な独自性などのすべてが、雲散霧消してしまう。それどころか、〈個人〉は〈社会〉というほとんど形のない、空虚な抽象体のなかに、融解的に解消されてしまうからである。
とくに注意すべきは、経済的事象の学的・理論的把握と抽象において、この社会構成としての枠組み自体が、実質的に無視され吹き飛ばされてしまう、一般的な傾向性をもっている点である。というのも、〈近代〉以降の統一的社会形成は、商品・貨幣・資本の国境なき国際的・世界的な連関と交通、つまりは世界市場の歴史的形成と、直接表裏をなして進行したからである。マルクス自身も、プロレタリアートによる共産主義社会実現の世界革命思想を、この世界市場の歴史的形成に基礎づけて構想したこともあって、この種の錯誤から自由ではありえなかった。
ただ、経済学では、その経済的事象としての特質上、社会構成のなかの経済的事象という根本的な規定と制約、つまりは学的・理論的な方法的発想自体が、ほとんど必要かつ必然とされなかった。」
ここに書いてあることについては、私は無視することとする。なぜなら、マルクスやエンゲルスに関する彼の的外れな批判に属すると考えるからである。この部分を除いても、滝村氏の業績を評価するのに障害とはならないと考える。

更に、氏は、マルクスが「序言」において、「経済的社会構成が進歩してゆく段階として、アジア的、古代的、封建的、および近代ブルジョア的生産様式」を挙げたことに関して、これを「ヘーゲルによって開拓され、マルクスによって独白に改作されて継承された、〈世界史〉の発展史観」として、次のように言う。
「社会的事象、正確には人間社会にかかわる諸事象を、〈アジア的〉→〈古典古代的〉→〈中世的〉→〈近代的〉という、〈世界史〉的な発展過程において大きくとりあげる、学的・理論的な方法的発想として提起された、といえる。」
「これは69年以来の私の一貫した主張であるが、形式的にはヘーゲルから継承したマルクスの〈世界史〉なる概念とは、いわゆる直接の時代的世界性、つまり時々の時代として現象する場所的・空間的な意味での世界性を意味するものでもなければ、また、個別歴史の機械的な集合ないし総体としての世界性を指すのでもない。あくまで時代的世界の推移を数世紀という巨視的な射程において観察して、時々の時代的世界の尖端をゆく、あるいはその尖端に躍り出た諸民族が、経済・政治・文化の統一的な様式において、従前支配的だったそれを質的に凌駕する現実的な可能性を把持することによって君臨するに到ったとき、この新たに到来せる統一的様式をその根底的な原理すなわち高度の一般的論理において抽象・把握するところに成立する概念である」。
これについても、私は間違っていないと思う。しかし、氏は、次のように注釈する。
「マルクス自身は、社会構成概念を見事に定式化しながら、政治的・国家的構成の側面を軽視し、主に現実的土台としての経済的社会構成に即した、世界史の発展史観を、ヘーゲルの唯物論的な転倒と改作として提出した。」
この部分についても、私は無視することとする。ただ、次の点だけは指摘しておかねばならない。
滝村氏は、マルクスは、氏の言う「世界史の発展史観」を、経済的構成=土台という観点から取り上げたのであって、政治的上部構造を軽視しているという。だから、氏は、マルクスに代わって、社会の政治的構成を独自に取りあげるために、その方法論として、本質論として社会的権力論を、現象論として国家・国家権力論を、独自に構築したというわけである。「マルクスに国家論の不在」を、自分が成り代わって行ったというのである。氏が亡くなった今、将来、氏が、マルクスやヘーゲルに並び称せらるるかはともかく、独自に社会的権力論−国家権力論を展開せざるを得ないという理由としては筋が通っている。
しかし、氏は、経済的構成=土台から政治的構成=上部構造への規定を理論的に説明していない。「国家論大綱第二巻」で示されているように、滝村氏はヘーゲルの弁証法を彼なりに突っ込んで検討している。それが正しいか否かは置くとして、私が「資本論ノート」でして来たようには、氏は、マルクスの唯物論的弁証法を、「資本論」に基づいて検討したことはないようである。私は、マルクスの唯物論的弁証法の理解なくして、「資本論」の理解はないと考えているので、それなくして「社会本質論」および土台と上部構造の規定の問題を議論することなどできないと考える。

ここでは、マルクス・エンゲルスに従って、資本論の論理=上向法を念頭に置きながら、経済的土台について、「社会本質論」から、「社会構成理論」を導き出す過程を簡単に概略してみよう。
この「社会本質論」の記述=「社会とは、諸個人が〈労働の対象化〉において現実的に結合し、その活動を相互に交換することによって、肉体的にも精神的にもつくり合う、本質的な意味での〈生活の生産〉関係の総体」は、抽象的・本質的・一般的である。なぜなら、それは、生産関係の全体的な広がりの規模や大きさなどは異なるものの、あらゆる時代の人間社会、すなわち、原始的共産社会、アジア的・古代的・中世的社会、近代的資本主義社会に共通の一般性、言い換えれば、それらの社会からの抽象=「下向」よって得られた一般的結論だからである。
それを「上向」する、すなわち、具体化するためには、「下向」する過程で抽象化するために捨象した特殊性を付加していかねばならない。更にその結果として、典型的な経済的社会構成として「アジア的、古代的、封建的、および近代ブルジョア的生産様式」を媒介的に導かねばならない。
まず、この記述の抽象レベルの「社会」においては、人間の本質として、人間が労働を対象化する存在として、取りあげられている。更に、諸個人が労働を交換する存在としても捉えられている。したがってここには、すでに労働の対象化の力(これには、労働の対象化と再対象化が含まれる)=(労働の)生産力と、対象化された労働(これには労働を対象化された物と労働を(再)対象化された人間が含まれる)による交通関係=(労働の)生産関係が、抽象的に把握されている。したがって、より正確に記述すれば、ここでいう「社会とは、抽象的労働を対象化して抽象的労働の生産物を生産し、それを相互に交通させて再対象化することで生活している、一定の数の抽象的諸個人からなる」。
マルクスは「資本論」の中で、資本主義的生産様式においては、労働の生産力と生産関係の矛盾が、その現象形態として、絶対的剰余価値(第3篇)と相対的剰余価値(第4篇)の矛盾(第5篇)として現れるとしている。資本主義の下では、剰余労働が剰余価値として現象するからである。
労働力は、資本主義的生産様式の下では、労働力商品として価値を持っているが、それ以外の生産様式の下では、価値を持っていない。しかしながら、労働力が、生きている労働と対象化されている労働との統一であるということ、したがって、労働の生産力が、剰余労働と必要労働(労働力の再生産に必要な生活手段の生産に必要な社会的労働時間)との統一として把握されることには、変わりはない。
「資本論」によれば、労働の生産力は、単に剰余労働の延長によって高めることができるだけでなく、必要労働の短縮によっても、高めることができる。そのためには、生活手段の生産ないし生活手段を生産するための生産手段の生産における生産力を高めなければならない。(絶対的)剰余労働の延長に頼らずに生産力を高めるには、相対的剰余労働の利用、すなわち、協業、または分業に基づく協業による外にない。これは、「それ自体として集団力でなければならないような生産力の創造」(第4編第11章)であり、生産関係と直接的同一としての生産力である。
エンゲルスは、次のように指摘する。
「社会の総労働が、全員がかつがつ生きてゆくのに必要なものをほんのわずか上まわるだけの生産物しかもたらさないあいだは、したがって、大多数の社会成員の時間の全部またはほとんど全部が労働にとられているあいだは、社会は必然的にいろいろな階級に分かれる。もっぱら労役に服するこの大多数者とならんで、直接の生産的労働から解放された一階級がかたちづくられ、彼らが労働の指揮、国務、司法、科学、芸術などの、社会の共同の業務にあたるのである。だから、階級区分の基礎にあるのは、分業の法則である。」(エンゲルス「反デューリング論」) 社会の総労働が、必要生活手段における必要労働に制限されている場合(資本主義的生産様式以前の場合)、剰余労働・剰余生産物を算出するためには、必要労働を短縮するしかなく、そのために社会全体として労働の生産関係を生産力として創出する、すなわち社会全体に分業による協業を適用するしかない。
社会的な分業とは、「いろいろに違った使用価値または商品体の総体のうちに」表される「多種多様な、属や種や科や亜種や変種を異にする有用労働の総体」の事である。したがって抽象レベルの「社会」の中で行われているすべての個々人の抽象的労働を取りあげ、それぞれの社会の特性に応じて抽象的人間労働に、この「具体的有用労働」の総体、言い換えると、労働の特殊性の総体を当てはめれば、社会的分業が存在する社会が、論理的に出現する。むろん、抽象的労働に従事せず、専ら再対象化のみに依存する諸個人も、社会的分業に含まれる。これこそ、労働の生産関係の論理的把握である。
その中で、その社会が農業や牧畜や漁業やさまざまな手工業などの有用労働の総体のうち、どれを主たる産業労働としているか、その発展の程度と結合の形式に注意しなくてはならない。これは、主たる労働の生産力の発展段階を決定することであり、これによって、その社会全体の労働生産物の種類と量が決定され、労働生産物の流れを把握することができるようになる。
労働の生産力と生産関係の矛盾は、論理的に相互浸透の基礎構造を持つ。見たように、労働の生産力は、生産関係を含み、したがって生産力に相応した生産関係を媒介する。生産関係は、それ自体、生産力としての同一の側面を持ち、一方、生産力を媒介する。この基礎構造の上で、生産力と生産関係が相互浸透する。その結果、諸生産物に対して諸個人の諸労働が対象化され、諸生産物に蓄積された労働が社会的なものとなっていく。また、その生産物を消費して労働を再対象化した諸個人においても、諸個人に蓄積された労働が社会的なものとなっていき、こうして対象化された労働の相互浸透が進行し、次第に社会性(多数個人)が浸透していく。
仮に、社会にたった一人の人間しかいなければ、事は簡単であろう。彼は「島上のロビンソン」にように、自分自身の必要に応じて、それぞれの特殊な労働に従事し、生活必需品を生産し、それを消費して生活するであろう。したがって、自分自身の計算に基づいて、意図的にそれぞれの特殊な活動に時間を配分するようになることは明白である。(「資本論」第1篇第1章第4節)
そこには、一人の人間しかいないので、労働の生産力と生産関係が未分化で一体である。また、労働を生産物に対象化し、更にそれを消費して自分自身に再対象化することを繰り返しても、ただ個人的な労働の蓄積がなされるだけで、社会性は加わらない。
社会が多人数で構成されている場合に、労働の生産力と生産関係の矛盾が現れてくる。 ところで、この労働における抽象(普遍)と具体(特殊)の結合の仕方=社会的分業の様式に、目的意識的・計画的・社会的か、それとも逆に、自然発生的・無計画的・個人的か、という二つの方法が考えられる。
目的意識的・計画的・社会的というのは、社会全体の計画に基づいて必要な個々の有用労働が社会にとって適正に存在するように配置されることによって、偶然の攪乱を除けば、再対象化に必要な有用労働の生産物が計画的に生産され、計画的に消費されること、したがって、労働の生産力に対応して生産関係を変化させ、生産力に調和した生産関係を構築できること、また、労働の生産関係を生産力として意識的に利用できることを意味する。ここで、社会全体の計画(普遍を意味する)というのは、言い換えると共同体の計画が個人的および組織的に意識的に承認・支持・認可され、その共同体の総意に則って、個々人に特殊な・具体的な労働を割り振るということ、端的に言えば、目的意識的な社会的分業である。これによって、生産関係と直接的同一としての生産力の意識的利用も可能となる。
社会が多人数で構成されている場合、それが目的意識的であれ、永年の慣習によって自然成長的にもたらされたものであれ、共同体としての何らかの全体的計画に基づいて行われるものであるならば、それぞれ特殊な労働と従事する時間をそれぞれの人間に過不足なく合理的に配分し(「生産過程の指揮」)、得られた労働産物を必要に応じて分配することができよう(「物の管理」)。諸労働生産物は、直接生活手段として消費されるためであれ、生産手段として使用されるためであれ、一時的に蓄積されるためであれ、消費先が生産時点から決まっているので、「交換」されることはない。この例として、マルクスは「農民家族の素朴な家長制的な勤労」、「共同の生産手段で労働し自分達のたくさんの個人的労働力を自分で意識して一つの社会的労働力として支出する自由な人々の結合体」を示している。
労働の生産力と生産関係の相互浸透が進行すれば、生産物・生産手段や諸個人に蓄積された労働は社会的になっていくのであるから、このような社会的取り扱いが、論理的には自然である。しかし、これは容易に達せられるものではない。なぜなら、労働の(生産力及び)生産関係を社会が支配しているという様式は、社会自体が、目的意識的な社会的分業を可能とする上部構造(例え、法律的・政治的でなくとも)と社会的意識諸形態を形成しておく必要がある。マルクスが記述しているように、そのような社会は、きわめて原初的な社会であるか、達成されたことのない未来の社会であるか、そのどちらかであろう。
一方、これらと反対に、労働における抽象と具体の結合が自然発生的・無計画的・個人的というのは、個々人への特殊な・具体的労働の割り振りが全体的計画なしに行われており、偶然に任せられているということ、多数個人で構成されている社会が、個々の労働者はロビンソンのように各人の計算で活動を行いながらも、共同体としては無計画に特殊な労働および労働時間を個々人に割り振る、すなわち特殊な労働および労働時間を個々の労働者の自由選択に任せるのであるが、労働の生産力と生産関係の相互浸透の進行が、生産物・生産手段や諸個人に蓄積された労働を社会的にしていっても、諸個人は社会の中にたった一人であるかのような振る舞いを要求されるということである。このことは、労働の生産力に照応した生産関係が自然発生的に構築されており、生産関係と直接的同一としての生産力が意識的には使用されてはいないということを意味する。意識的に使用されていなくても、いや、使用されていないこそ、この法則は、「人間を支配する外的な自然法則として、人間に対立」して己を貫徹する。また、一旦形成された労働の生産関係は、それに対応した上部構造と社会的意識諸形態に支えられているので、容易に変えられるものではなくなっている。したがって、労働の生産力と生産関係(および上部構造・意識諸形態)が調和せず敵対関係に陥る可能性が常に存在し、そのため、生産力または生産関係のいずれかが他方に合わせるように強いられる可能性を常に秘めているということである。
この場合、個々の労働者においては、労働対象と労働者の関係は、排他的・独占的でなければかなわない。ひいては、そこから派生する労働産物、その一環としての労働手段においても、排他的・独占的でなければならなくなる。この関係の上部構造における法制的表現こそ、私的所有である。
(私的)所有というのは、労働の対象化による生産物の所有に根拠がある。つまり、労働者が自分の労働の対象化によって生産したものはその労働者の所有物となる、端的には、オレが作ったものはオレのものだということである。したがって、その所有物を他人の所有物と交換して手にいれた物も、その労働者のものとなる。こうして手に入れた衣食住に係る物はすべて、その労働者のものとなる。
更に重要なことは、その所有物を消費することによって、それに対象化されていた労働が再対象化されたもの、すなわち、労働者自身の労働力や共同生活者達、つまり家族構成員も、その労働者のものとなる。つまり、オレが養っている者は、オレの者だということである。こうして個別家族に私的所有の特殊性が付加されていく。更に、これらの所有関係は、個々の家族の中で、世代を超えて受け継がれていく。
「労働の分割と言う言葉と私的所有という言葉とは同じことをいっているのであって、一方が活動に関して言っていることを、他方が活動の産物に関していっているだけのことである。」(「ドイツ・イデオロギー」)ここで言う「労働の分割」というのは、自然発生的な労働の分割=社会的分業を意味している。
更に、私的所有は、それだけで自律的な発展をたどり、遂には、労働手段の使用者と所有者の不一致をもたらすから、労働生産物の分配先を当の労働者以外に変更する。必要労働と剰余労働が分離され、向上した生産力がもたらす剰余労働を当の労働者から引き離し、それを労働手段の所有者に分配し、剰余労働の再対象化が当の労働者以外の所有者になされる。「この剰余労働が直接生産者から、労働者から取り上げられる形態だけが、いろいろな経済的社会構成体を、たとえば奴隷制の社会を賃労働の社会から、区別するのである。」(第3篇第7章第1節)
ところで、資本論第1篇第1章で扱われる「商品」は、資本、労働力商品、貨幣、個々の商品などの特殊性をすべて抽象した一般的商品、言い換えれば、抽象的商品であり、その存在条件は社会的分業であり、「独立に行われていて互いに依存しあっていない私的労働の生産物」である。すなわち、「社会本質論」の「社会」と異なっているのは、労働が社会的分業の形態を取っており、それが「互いに独立に営まれる私的諸労働」という性格を持っているという点である。
このような社会的条件下で個々人に特殊な労働を割り振れば、それら特殊な労働からは、それに相当する特殊な生産物が排出されることになり、その結果、それら生産物同士の「交換」が必要となる。このとき、「互いに独立に営まれる私的」労働生産物は、表面に現れている使用価値の内面に、価値と言う対象化された抽象的人間労働を抱え込むという矛盾を担うことによって、商品へと変貌する。その結果、経済的構成における世界の二重化、すなわち、商品と貨幣への世界の二重化が始まるのである。「資本論」の論理は、以上のような前提から出発する。すなわち、商品の矛盾、商品と貨幣の世界への二重化の矛盾は、個々の労働者においては生産が計画的でありながら、社会全体としては無計画であるという根本的な敵対的矛盾の転化形態なのである。
対象化された労働生産物の交換関係について貨幣の出現を促した矛盾は、対象化された諸個人の交換関係において、上部構造における国家の出現を要請する。
自然発生的な社会的分業は、私的諸個人および諸家族が、個々においては各人の計算に基づき労働を行いながらも、共同体としての全体的計画なしに行っているとはいえ、当事者同士は意識していないが、現実的には相互に結合し労働を交換していること、すなわち、客観的にみると、実質的には社会的な協業を行っていること、を意味する。諸個人ないし諸家族は、それぞれの特殊な生活の経済条件から規定されて、特殊な利益に基づき、特殊な経済的意志(および規範)を持つようになる。私的所有の発展・展開に連れて、更に、経済的生活条件の同一性から諸個人・諸家族が一定の経済的階級として形成されることになると、特殊な階級的利益に基づき、階級的意志(および規範)として、社会に対して押し出されるようになる。その経済的土台には、相互依存性(社会的分業)を維持すると言う共通の利益は現れる余地がない。この矛盾が、上部構造において、土台の矛盾の観念的反映として、「幻想的な共同性」の実現という自立した形態を生み出すのである。それが国家である。上部構造における国家および国家の構造化は、生産関係における「矛盾を解消しはしないが、それらの矛盾の運動を可能にするような形態」(「資本論」第3章第2節)なのである。
諸個人・諸家族が追及する特殊な利益は、現実的な共通の利益とは一致しない。そのため、個々の個人ないし家族の個別意志の特殊性は、形式的に普遍性・共同性を標榜し代表する意志と結合し、政治的に承認・認可されるか、または否認・棄却されるか、いずれにしても政治的に強制的に規制・干渉・制御されねばならない。その普遍的意志が国家意志であり、その固定化が法である。だから法規範には、社会全体に強制力を持つということが、必然的に含まれている。また、国家意志は、形式的・外見的に共同的・一般的・普遍的であればよいのであって、内容的には真の共通の利益と矛盾する可能性が、最初から含まれている。この国家意志=法規範による社会全体の制御という要請が、国家を実体化・構造化する際に、国家の内部を二重化することによって、国家全体を統括する国家権力を論理的に出現させるのである。これが、一般的な社会的権力と国家権力の本質的・論理的な違いである。
すなわち、経済的世界と政治的世界と世界を二重化させ、上部構造において、政治的世界を成立させ、社会全体に強制力を持つ法的規範によって共通の利害を代表するとともに、敵対的意志を合法的に適応(「人に対する統治」)させ、その中で矛盾を解決する形態を実現しようとする。その政治的共同体国家である。すなわち、国家の矛盾、経済と政治への世界の二重化は、経済的土台における根本的・敵対的矛盾の上部構造へ反映としての転化形態なのである。
「実際の労働に従っている住民が、自分たちの必要労働にあまりにも忙殺されていて、社会の共同事務−労働の指揮、国務、法律事務、芸術、科学など―に従う時間が彼らに少しも残されていないかぎり、いつでも、実際の労働から解放されてこれらの事務に従う特別の一階級が存在しなければならなかった。」(エンゲルス「反デューリング論」)
むろん、これらは論理的・原理的に言えると言うことであって、決してそのままの極端な形で歴史に現れてくるわけではなく、実際の社会はその両極の混合体である。マルクスらは、私的所有は、原始的共同体の崩壊によって発生するものであり、家族の私的性格、私有財産制、労働生産物の商品への転化や貨幣の展開、国家の成立や発展の程度などは、社会的構成における私的所有の浸透程度に依存すると考える。また、商品生産と国家の成立も、必ずしも歴史的に平行・均等に発展するものでもない。
しかし、諸個人の労働の対象化の蓄積による労働手段・労働者の社会化=社会的生産と、私的所有の取得形態の対立は、商品生産の最終形態である資本主義的生産様式の発展につれて表面化し、敵対的矛盾の性格を露わにしていく。その結果、この矛盾が解決されるとすれば、それは、私的所有を廃止し、共同所有に復帰すること、そのことによって、生産関係と直接的同一としての生産力の意識的利用を可能とする体制に移行することである。これが、マルクスらの論理的推論である。これは、形式的には、前古代的な共同所有に復帰することであるが、内容的には、より高い次元での復帰、否定の否定である。

以下、マルクスの「資本論」やエンゲルスの「起源」を参考にして、異なった生産様式の社会の概略を描き出してみよう。
最初の形態は、「アジア的生産様式」の経済的構成である。これは、原理的には、社会的分業の未分化・未発達、そういう意味で、普遍と特殊が未分化な社会に相当する。マルクスは、資本論第4編第12章第4節において「インドの太古的な小共同体」を例に挙げているが、そこでは、「土地の共有と、農業と手工業との直接的結合と、固定した分業とを基礎としており、この分業は、新たな共同体の建設にさいしては与えられた計画および設計図として役立っている。」すなわち、自然発生的な計画性が存在しているということである。したがって、私的所有が存在せず、このレベルでは、国家も存在しない。このような経済的土台の構造は、労働生産物と労働者の関係、すなわち所有関係を基軸として見れば、共同所有がその根底にあるということができる。
更にマルクスは、次のように付け加えている。「このような、絶えず同じ形態で再生産され、たまたま破壊されてもまた同じ場所に同じ名称で再建される自給自足的な共同体の簡単な生産体制は、アジア諸国家の不断の興亡や王朝の無休の交替とは著しい対照をなしているアジア的社会の不変性の秘密を解く鍵を与えるものである。社会の経済的基本要素の構造が、政治的雲上界のあらしにゆるがされることなく保たれているのである。」
この記述は、アジア的生産様式においては、単位となる自給自足的な共同体内部においては、国家の成立を要請する因子は存在しないが、それらの単位共同体の外部においては、それぞれの単位共同体を私的にする要素が存在し、それが単位共同体を束ねる国家の成立を許すことを示すものである。
エンゲルスは「起源」で、私的所有が導入される以前の社会を、氏族社会として描き出しているが、そこで行われているのは、本来は、狩猟・漁撈と家族内手工業であり、その上部構造としての氏族制であった。
氏族制は、私的所有制とは相反する。氏族制の基礎は、共同労働に基づく共同所有制にある。経済的土台において、氏族内の分業体制において普遍の中に特殊が適正に位置づけられ、自然成長的な素朴な全体的計画性、生産における必要に応じた労働の分担と生産物の分配を生じさせていたため、氏族制という上部構造は、諸個人および諸家族の特殊な利害を総意に基づいて常に調整し、共同体の普遍的意志に内容的に適正に反映させた。だから、論理的には、生産物の交換、すなわち、分割された諸労働が生み出した生産物の自由な交換は、氏族社会内部では、発生しないことになる。「交換は、むしろ最初には、ひとつの同じ共同体のなかの成員にたいする関連というよりも、異なった共同体相互の関連のうちに登場する。」(「序説」)つまり、共同体間による「労働の分割」が、「自由な交換」の出発点だというのである。エンゲルスは、最初の大きな社会的分業は、牧畜を主とする遊牧部族が、その他の諸部族から分離したことにあり、その他の部族との間で規則的な生産物の交換が行われたと言っている。異なった部族間での生産物の規則的な交換が、それぞれの部族の中に反作用して私的所有を生み出し、私的所有が氏族制の崩壊を促進し、それが部族からの個々の家族の分離を促したのである。
狩猟・漁労から定住農耕への移行は本来の氏族制を変形させ、それぞれの地域特性に応じてさまざまなタイプの「農耕共同体」を成立させた。農業を基礎とする社会では、所有は、生産手段としての土地所有に特徴的に表れる。私的所有は、家畜から始まって、共同所有の耕地、共同体の森林・牧地・荒蕪地へと次々と浸食していく(マルクス「ヴェラ・ザスーリッチへの手紙」)。「アジア的な、ことにインド的な共有形態のもっと詳しい研究は、自然発生的な共有のいろいろな形態からどのようにしてその崩壊のいろいろな形態が出てくるかを、示すであろう。こうして、たとえばローマ的私有やゲルマン的私有のいろいろな原型がインド的共有のいろいろな形態から導き出されるのである。」(資本論第1巻第1篇第1章第4節の注) エンゲルスは、更に、手工業の農耕からの分離、奴隷制の拡大、商品生産の成立を通して、氏族制度が崩壊していく経緯を記述している。個々の家族への所有を認めるようになると、共同労働が個々の家族員の私的労働に席を譲らざるを得なくなり、個々の家族による個別的な意図的計算が優先され、その結果、氏族性が支えていた全体的計画性が破壊されていく。その結果、上部構造においては、政治的秩序=国家による法的支配が氏族制度に取って代わったのである。
私的所有の発展により、農耕共同体は、「分割地農民の村落に変わっていく。」(エンゲルス「反デューリング論」)。
そのような農耕共同体の一つから、その後に、比較的平等な小分割農地を所有する自営農民が、主として外敵からの守護を目的として一つ所に集住した政治的同盟国家が現れた。それが、「古代的生産様式」であり、そこでは「小農民経営と独立手工業経営とは、・・・最盛期の古典的共同体の経済的基礎」をなしていた。
私的所有は、次第に、小分割地の小規模農耕を大規模農耕に変えていく。その際、家族に含まれていた奴隷制が、「本式に生産を支配するようになる」。
古代都市国家では、剰余労働は、主として共同行為としての戦争などに振り向けられる。これは、農耕・手工業労働が奴隷に代わり、自営農民が貴族になったとしても、基本的には変わらない構成となっている。「奴隷制によってはじめて、農業と工業とのあいだのかなり大規模な分業が可能となり、それによって、古代世界の花であるギリシア文化が可能になった。」
戦争が供給した奴隷による生産力の向上は、後に広大な牧場や荘園として展開されるが、それ以上の私的所有の発展と蛮族の侵入が、逆に、大衆の貧困化・都市の衰微・市場の喪失などを招き、結局は自壊していく。奴隷労働への過度な依存と一般市民の労働からの排除が、これ以上の生産力の向上を許さない壁になったからである。
再び分割地農耕に逆戻りした生産力は、再出発する。それは、もともとは、ゲルマン的農村共同体を基礎として変形したらしい。古代と同様に同じ分割地農耕を基礎に持つとはいえ、労働者と非労働者が明確に区分され、一方は生涯労働に従事する農奴として、もう一方は剰余労働を賦役・貢納として吸収するとともに、束ねられた所有地の守護を一手に引き受ける武装専門集団としての支配者・領主として、役割分担を担うようになっていた。
古代と同様、私的所有の発展は、小規模農耕を、「支配する大土地所有者と従属する小農民」(「起源」)へと変えていく。この「封建的生産様式」は、見かけ上は奴隷制と似てはいたが、古代と比べ、位階制的土地所有制がそれを支えていたおり、一般市民をすべて一定の職種・階級に当てはめるという点で、また、それに当てはめられるべき人々が一新されていたという点で、まったく異なっていた。労働者・非労働者ともに社会的役割が身分として固定され、社会的分業が「社会的労働の計画的で権威的な組織の姿を示しながら」固定されていたということは、ある種の全体的計画性が社会全体を支配していたことを意味する。したがって、労働生産物は消費先が決まっており、商品として流通することはなかったのである。この生産様式は、古代の生産力の向上の限界を打ち破り、都市における手工業のあり方にも反映され、マニュファクチュアへと繋がる同職組合制度への道を切り開いた。
その身分制的政治制度を破壊していったのが、資本主義的工業(マニュファクチュア)と、農業の資本主義的変革(耕地の牧場化、農業革命、農業生産物の価格の高騰、その結果としての封建的土台の崩壊)であったことは、マルクスが「資本論」で詳細に示してくれた通りである。
古代的・封建的生産様式と「近代ブルジョア的生産様式」とは、まったく異なっている。まず、前者が農耕を基軸にしていたのに対し、後者は近代工業を前提にしている。近代資本主義は、社会自体を土地所有という束縛から解放したということが極めて大きいのであって、生産手段が土地の緊縛から解放され、すでに労働生産物となり、労働者の完全な所有物となったところから出発する。私的所有の発展が、一方を労働手段の所有者としての資本家として、一方を自分の労働力のみの所有者であり同時に生活手段の無所有者としての労働者として、都市に放り出した。その結果、労働者自身が労働力商品として売買の対象となり、それを通して、絶対的剰余労働を吸い出させる様式が、確立した。また、個々の資本家の下で集積された労働手段を使って、束ねられた労働力商品の集合によって、計画的な分業と協業の体制が導入され、資本家の下でという部分的制限の下ではあるが、様々な種類の相対的剰余労働の意識的利用が可能になった。こうして、階級としての資本家が成立し、それを支える国家の経済基盤を拡大できるようになった。
国家の中では、生産手段の所有者としての資本が、産業における指揮・監督の「権力」機能を担っており、国家は「共同の利益」を実現すべき諸形態を資本ないし結合された資本と分掌している。したがってその諸形態は、暗に陽に、資本主義的蓄積および労働者階級と資本家階級との対立の進行度合いに応ずるようになった。それがゆえに、その政治的表現としては、現実とは全く正反対に、バラバラな私的個人は、統一社会として強固に結びついた国家の中の自由なる構成員として、観念的共同体の市民として、存在するということになったのである。
アジア的→古代的→中世的→近代的へ論理的に発展していく現象の裏には、まるで通奏低音のように流れる生産力の発展・向上と生産関係の様式の矛盾の論理的展開があり、それは、生産力の向上を私的所有の強化・私有財産制の発展自体に大きく依存する様式であり、そのため、個々人および個々の私的家族が、共通の利害によって階級として纏まらないまでも、常にバラバラになってしまう遠心力を増しつつあり、その結果、土台の倒錯した補完物としての国家を、いわば社会の求心力として、必要としたのである。国家は、生産力の向上に比例して、その構成を複雑化させたのであって、決して、国家自体が論理的に発展・展開していくのではないのである。
一方、資本主義的生産様式の発展は、同時に、生産関係と直接的同一としての生産力の意識的利用を可能とする体制=社会主義体制への移行を準備する過程でもあるとして把握できる。私的所有の発展に並行して、生産の社会的性格の浸透・拡大も進展してくる。したがって、私たちは、現代の様々な生活の生産様式の中から、将来の体制に移行させるべき萌芽を見出し選別し守り育てて行かねばならない。

以上が、「社会本質論」から「社会構成」の土台である生産様式への「上向」の論理的展開である。このことは、私が「ドイツイデオロギー・ノート」「資本論・ノート」で繰り返し強調してきたところでもある。
ところで、〈原始的→アジア的→古代的→中世的→近代的〉、という「発展史観」は、一見唯物史観のようにも見える。しかし、これはマルクス・エンゲルスらの唯物史観ではない。マルクスらの唯物史観では、このような、まるで子供が小学→中学→高校→大学へと成長していくような、あるいは、蝶が卵→青虫→蛹→成虫へと脱皮していくような発展史観を、必ずしも認めているわけではない。そうではなくて、上向法を用いて、土台における矛盾から、それが上部構造へ与える規定性を評価し、典型的な社会構成として原始的、アジア的、古代的、中世的、近代的社会構成を取りあげ、それぞれの本質的違いを明らかにしたうえで、その相互関係を把握しようとするもので、その結果として「発展過程」があるのであって、決してその逆ではない。この発展の系列は、一民族ないし一国家が経過する系列ではなく、人類全体として取りあげた場合の系列である。このことは、滝村氏も強調していることであり、私もまったく同意見である。
ところで、マルクスの「発展史観」は、ヘーゲルの歴史観から媒介されたものではない。マルクスは、「公の舞台から書斎にしりぞいた」後、ヘーゲルの法哲学から批判的検討を始めたのである。その中で、マルクスは、ヘーゲルが観念論の範囲ながら、物質的な労働の対象化を理論的に取り上げている事実を再発見して、それを土台にして法哲学が取り上げていた家族・法・国家を批判的に検討していき、「社会本質論」とそれから媒介された「社会構成理論」を作り上げ、その結果、「発展史観」が媒介されたのである。
滝村氏は、マルクスらと異なって、「社会本質論」を上向させて「社会構成理論」へ「〈世界史〉の発展史観」へと媒介させたのではなく、「社会本質論をその内にふくんだ社会構成理論」として、実質的には「社会本質論」をそのままの抽象で形式的に「社会構成理論」の「社会的生産関係」に係るものとして、直接的には人と物の交通関係の広がりの範囲として、当てはめたのであろう。それが、近代以前は「〈都市〉や〈農村〉を軸とした地域的社会が、多かれ少なかれ自給自足的な完結性と独立性を把持していた。」「〈近代〉社会においてはじめて、各地域社会の独立・自足性を木っ端微塵に粉砕した、国民的・統一社会的な歴史社会が、形成された。」と言う記述に表されたのであろう。この記述自体は間違いではないが、氏のように、近代以前の社会の「社会的生産関係」を、社会的分業の未分化・地域的閉鎖性だけに求めれば、アジア的・古代的・封建的社会の区別を、結局は政治的国家の違いに求めざるを得なくなる
氏の理論には、「所有」および「世界の二重化」という観点が決定的に抜け落ちている。それは、氏が、「社会本質論」から「社会構成論」を直接的に媒介させなかったからである。だが、それさえ注意すれば、滝村氏の理論を、唯物史観の中に正しく取り込み、マルクスやエンゲルスが与えた理解を深め豊かにしていくことができると考える。

8.第2篇 国家論総説

前節で述べたマルクス・エンゲルスの唯物論的歴史観からすると、氏の理論的骨格は、次のように説明される。
氏は、マルクスの唯物論的な弁証法を理解できなかったため、氏の言う「社会本質論」から「社会構成理論」、更に「世界史の発展史観」を論理的に媒介することができなかった。しかし、曲がりなりにも「社会構成理論」と「世界史の発展史観」を理解し、その理論的基礎の上で国家論を構築しようとしたため、「構成理論」と「発展史観」の間の論理的な穴を埋めるために、一般論としての「権力論」(これ自体は間違っていない!)に全面的に依存せざるを得なかった。
しかし、弁証法的唯物論では、社会的意志を含む精神的生活は、物質的生活と相対的に独立しているものの、その内容については物質的生活の反映と考える。そこで、社会的権力の内容に、経済的土台の反映を見て取るので、国家および国家権力の特性・起源・展開を土台の矛盾から説明する。氏の理論に欠落しており、したがって補うべき点がこれである。
このことは、マルクス・エンゲルスらの原始共産制→私的所有→社会的所有という歴史的な否定の否定、すなわち、人間の歴史は、一旦失った生産関係に対する支配力を再び取り戻す過程であると言う歴史観を、滝村氏が理解できなかった点に否定的に表れている。なぜなら、社会の土台を貫く客観的法則の意識的な適用が不可能になっているからこそ、この法則は、逆に、人間を支配する外的な法則として、一方で商品→貨幣→資本として、他方で国家→国家権力として、人間に対立して自立した形態で現れざるを得なくなっているのであり、これこそ世界の二重化を生み出す根本的矛盾だからである。このことは、つとに、エンゲルスが強調したことであるが、氏はエンゲルスを軽視したため、理解できなかったと思われる。
しかし、経済的基礎を軽視し、政治的上部構造に偏った傾向があり、それがヘーゲル的偏向に繋がっているものの、氏には、唯物史観から導かれる国家に関する法則とほぼ同じ結論に到達している面も存在する。これは、氏の理論の肯定的側面である。この側面、すなわち、組織的権力論の構築と彼が見出した政治的国家に関する法則は、滝村氏が述べるように、レーニン以降のいわゆる「マルクス主義者」が扱い得なかった領域であり、これを正面切って取りあげた功績は大いに評価すべきである。また、氏は、詳細に歴史を検討することによって、それらの法則と歴史的事実を突き合わせ、それらの法則が事実に裏打ちされたものであり、科学であることを確認している。このことは、以下に見るように、国家と国家権力の特性および国家の起源に関する理論的検討にも現れている。

「国家権力は、多様にして多量の国家的諸活動を直接担掌するために、中央から地方にむかって張りめぐらされ、膨大な規模の官僚・官吏群によって構成された、巨大な組織体である。」「国家権力構成員としての、彼ら官僚・官吏の実践的活動は、これら法的規範によって、幾重にも厳格に規定されている。したがってこの意味で、国家権力それ自身もまた、きわめて強力な〈内部的支配力〉として存在する。」「国家権力の巨大な組織を挙げた全活動は、あらゆる種類の諸組織・諸権力と諸個人、つまりは社会全体を、法的規範としての国家意志に服従させるための、〈外的諸活動〉の強力な遂行と展開にある。それゆえ大きくみると、国家権力それ自体の組織的構成にともなう、その〈内部的支配〉は、その〈外部的支配〉の全的貫徹に必須の、前提をなしているにすぎない。かくて国家権力は、〈外部的支配力〉の集中的展開としてあらわれる。
「国家権力の巨大組織によって、集中的に展開される〈外的諸活動〉の場合には、社会を構成している諸個人や諸組織に対して、押しつけられる法的規範としての国家意志が、全的に貫徹される。この意味で、国家権力が社会全体に対して、法的規範としての国家意志への服従を、獲得するための〈外部的支配〉は、少なくとも原理的には実現される。」

「このように、国家権力としての直接の組織的構成と、それにともなう〈内部的支配〉の成立は、何よりも社会全体に対する、〈外部的支配〉の実現のための外部的諸活動を、首尾よく遂行し展開するためにこそ、必要かつ必然とされた。したがって、〈内部的支配〉は、根本目的としての〈外部的支配〉を実現するための、副次的ないし補助的な性格しかもっていないといえる。それゆえ、同じく法的規範としての国家意志とはいっても、国家権力の直接の組織的編成を規定している法的規範と、外部的諸活動を直接規定している法的規範とは、論理的には区別して把握しなければならない。」
「大きくみて、憲法・行政法などは前者にぞくし、刑法・民法・商法・経済法などの一般的諸法は、後者にぞくするということはできよう。」
「そこには、国家権力を軸とした、社会全体の統一的な組織的編成と構成が、客観的に実現されている。」「国家権力が〈社会〉全体を、法的規範にもとづいた組織化によって、〈国家〉として構成している。もう少し厳密にいうと、国家的諸活動は、直接には国家権力による社会全体への、強力にして多様な外的諸活動の展開として、あらわれる。」「国家権力が、法的規範[端的には法律]にもとづいて、社会全体を統一的政治組織、つまりは巨大で独立的な政治的権力として、構成していることになる。」「国家権力が、社会全体を法的規範にもとづいて組織化したとき、この法的に総括された〈社会〉は、他の歴史的社会との区別において、〈国家〉と呼ばれる。

「〈近代〉以降の統一的社会形成をみたところでは、〈社会〉の直接的構成員としての、〈市民〉は、〈国家〉組織構成員へと転じ、〈国家構成市民〉つまりは略されて、〈国民〉と、呼称されることになる。」
「社会的諸個人が、その現実的な活動と、観念的・精神的な活動の両面における、〈自由〉を国家的[つまりは法的]に保障・承認され、〈自由なる権利〉を獲得したとき、〈市民〉と呼ばれる。したがって、この〈市民権〉には、現実的活動としての経済・社会的活動と、観念的・精神的活動としての思想・文化や政治的活動の、〈自由権〉が中心となっている。とくに政治的活動の自由とは、個人および結集した諸個人としての組織の、〈国家〉に対する[政治的]権利であり、また〈国家〉構成に関与し参画する、[政治的]権利である。]
「こうして〈市民〉、つまり〈市民権〉をもった社会的諸個人が、〈法形成への関与〉と〈法への服従〉によって、〈国家〉を構成したとき、この〈市民〉は、〈国家構成市民〉としての〈国民〉と、呼ばれる。」「諸個人への〈市民権〉の付与とは、諸個人に対する〈社会構成員〉としての、法的・国家的承認である。」「したがって、諸個人への〈市民権〉付与による〈市民〉としての法的・国家的承認は、直接に〈社会としての諸個人〉への、法的規範にもとづいた〈国家〉としての、政治的包摂と組織化を意味している。」
「それゆえ、国家権力による社会の国家的構成にともなう、社会的諸個人としての国家構成員が、〈国民〉として登場するのは、社会的諸個人に市民権が付与される、〈民主的〉政治形態の下においてである。」「こうして、統一的社会形成を現実的な土台とした〈近代国家〉が、〈国民国家〉と呼称されるのは、直接には〈政治的民主主義〉という形をとった、〈市民〉による主体的な〈国家〉構成、をとらえてのことである。」
「それでは、市民・国民としての個々の社会的諸個人は、〈国家意識〉、つまり〈国家〉という巨大な政治組織の一員としての、明瞭な政治的自覚と認識を、・・・国家権力を軸とした幼少からの公教育と、家庭と地域社会における、伝統的な教育と思想的雰囲気に、マス・メディアがくわわった、日々の精神的な交通関係のなかで、育まれていく。とりわけマス・メディアは、諸外国と直接斬り結んでいる、国際世界との日々のかかわりの報道をつうじて、国民的レヴェルにおける、〈政治的〉世論の自然的な醸成と形成に、大きな、ときに決定的な役割をはたしている。」
〈国家〉とは、〈社会〉全体が法的規範によって組織化され、総括された一大政治的権力である。〈国家権力〉とは、〈社会〉の〈国家〉としての総括と、組織化を直接担掌する、〈国家〉組織のなかの指揮中枢[指導部]に、ほかならない。

「その歴史的な形成と成立において、国家権力が国家に先行するのか、それとも、国家が国家権力に先行するのか?」
〈国家〉の歴史的形成が、その指揮中枢を構成するはずの〈国家権力〉の、歴史的生成に先行する。」「それは、〈氏族−部族〉制社会を直接の歴史的舞台としている。」
「このような、〈氏族−部族〉制社会を歴史的舞台とした、国家と国家権力の歴史的形成は、公的権力による原生的で血族的な共同体[社会]の、〈国家的〉構成から出発する。それは、何よりも戦時における共同体の、軍事的組織化という形をとった、〈外的国家〉構成としてである。ここに〈外的国家〉とは、外部から押し寄せてくる、あるいは外部に存在する他共同体[社会]に対して、共同体[社会]が、〈総体としての維持・発展という共通の総意と一般意志にもとづいて組織的に結集したこと〉、をいう。」
「それは一方では、同系異系入り乱れた、諸部族共同体[社会]間諸関係の発展にともなう、〈戦争〉の頻繁化である。それによって、軍事的指揮者を中心とした、共同体[社会]の軍事的編成の期間が長くなり、ときにはこの戦時体制が常態化する。そうなれば当然、共同体[社会]の命運を握る、軍事的指揮者の権力が、確実に強化されるだけではない。さらに一歩進んで、彼を中心とした軍事的組織の常設と、独立化が必然化される。この傾向は、主に戦争をつうじて共同体[社会]が、他共同体[社会]を従属させ、〈貢納〉を強制したり、あるいは解体して奴隷的に包摂するようになれば、決定的となる。
同時に他方において、共同体[社会]間諸関係の発展にともなう、戦争と交易の活発化は、物的財貨と牧畜・農耕など生産技術の獲得を可能にして、共同体[社会]の生産諸力を大きく向上させる。それは、ときには原生的共同体の血族的構成を、そっくり保存したまま、共同体[社会]内部における、階級・階層的な差異と格差を、拡大する。それは、否応なしに、共同体[社会]の内部的な不和・対立と抗争を、生み出す。
そのため、内部的な不和・軋蝶を抱え込んだまま、共同体[社会]を総体として維持し、遵守可能な公的権力が、必要となる。もちろん、古い原生的で血族的な共同体[社会]において、大小の紛争やもめごとの、出来のたびに生起した、社会的権力としての公的権力では、とうていこの新たな事態に、対応できない。そこで新たな公的権力が、常設的な独立的機関として創設される。
 とくに共同体[社会]が、他共同体[社会]をそっくり、あるいは解体的に包摂するレヴェルにまで、進展したところでは、この内部的な階級・階層的な対立は、大きく支配共同体と従属共同体という、形をとった対峙のなかで、前者の内部的な分解が加速されていく。そしてその場合には、支配共同体中枢を軸とした、国家権力としての独立化と専制的一元化への道を、まっしぐらに突き進んでいく。
かくて一方では、戦時的公的権力としての軍事指揮者による、共同体[社会]の軍事組織形態をとった、〈外的国家〉構成の必然。また他方では、共同体[社会]の内部的な不和・対立を、強力に抑え込むための、常設された独立的機関による、〈内的国家〉構成の必要。この二つの流れは、現実の歴史過程において合流し、全体として、公的権力から転成した〈国家権力〉による、共同体[社会]の〈国家〉的構成を完成させる。
このように、共同体[社会]の内外諸関係の進展は、何よりも戦争の頻繁化にともなう、共同体[社会]の軍事的組織化という形をとった、〈外的国家〉構成の大きな先行性の下で、共同体[社会]の内部階級・階層的分解による、不和・抗争を強力に抑え込むための、〈内的国家〉構成を、必要かつ必然とする。それは、諸個人が共同体[社会]総体としての、生存と維持・発展にむけた、〈国家〉的構成である。そしてこのような、諸個人の〈国家〉としての、統一的な政治的組織化の必要と必然が、〈共同体的・公的権力から国家権力〉へ、また、〈共同体的規範から法的規範〉への質的転成を、決定づけるのである。」
「かくて〈国家〉・〈国家権力〉の歴史的形成過程は、〈公的権カ〉→〈外的国家〉形成→〈国家権力〉成立→〈内的国家〉体制確立→〈国家〉完成として、把握できる。」

「個別歴史的な国家形成においては、一般的に、〈氏族−部族〉制社会を出発点とした〈部族国家〉形成に始まり、その一定の進展にもとづく〈王国〉形成、そしてさらに〈帝国〉構成という、歴史的な進展段階がみられる。そして、〈王国〉ないし〈帝国〉的国家構成をみた、代表的な個別歴史的国家が、〈アジア的〉・〈古典古代的〉・〈中世的〉な〈世界史的〉国家として、登場してくる。」
「まず〈部族国家〉とは、部族的共同体[社会]の〈外的国家〉形成の進展が、国家権力の端緒ないし萌芽的形態の誕生、正確には共同体・公的権力から国家権力への移行を開始させた、歴史的国家形成の第一段階をさしている。それは、〈外的国家〉形成の一定の進展が、軍事的指揮者に祭祀的主催権と政治的指揮権、さらに経済的優位をも付与することによって、〈王〉ないし〈部族的王〉としての登場を、もたらした歴史的段階である。」
「そして、〈部族国家〉形成をみた同系諸部族の過半によって、〈外的国家〉としての統一的構成が達成されたとき、〈王国〉段階へと突入する。もちろんそれは、一般的には、もっとも強力な特定の〈部族国家〉が、他の諸〈部族国家〉を直接かつ個別に、その政治的傘下に収めていく、という過程と形態をとる。」
「〈国家〉の歴史的・段階的形成からみた、〈王国〉の特質は、〈部族国家的・王〉から〈王国的・王〉 への転成が、傘下の従属共同体[社会]に対する、実質的な〈国家権力〉としての独立性をもって、登場してくる点にある。というのも、この実質的な〈国家権力〉への転成は、たんに食料・家畜・財貨・奴隷などの、より膨大で安定的な掠奪と収奪を可能にする、強力な政治的・軍事的権力の構成を意味するだけではない。同時に〈王権〉に政治的傘下における多数の従属共同体[社会]群を統制・制御する、〈内的国家〉体制つまりは〈内的政治秩序〉維持の活動をも、突きつけるからである。こうして王権は、実質的に〈王国−内−第三権力〉としての、国家権力へと転成していく。」
「つぎに〈帝国〉とは、特定の王国が、数種の異系文化圏の諸王国や諸部族国家を、その政治的傘下に包摂した〈外的国家〉構成の、いわば極限的な進展段階といってよい。そこで、多数の王国や部族国家を直接政治的に束ねた王国・王権は、〈帝国〉的国家構成における独立的な国家権力としての、〈皇帝権力〉つまり〈帝権〉へと転成する。この〈帝権〉への転成にともない、〈国王〉を頂点とした支配共同体は、一族功臣間の対立と内証をへて一元的に再構成されていく。それによって〈帝権〉は、たんに〈帝国−内−第三権力〉として独立化するだけでなく、直接の政治的母胎である支配共同体自体に対してさえ、〈専制的〉な独自性を発揮するようになる。
ただここでとくに注意を要することは、〈王国〉レヴェルであれ、〈帝国〉レヴェルであれ、支配共同体による多数の従属共同体支配の実質が、傘下・従属共同体[社会]の独立自足性と伝統的な慣行を、そっくり放置し容認したうえでの、〈祭祀的・貢納‐租税的・軍役的〉な外部的支配と収奪に、集中されていた点である。この意味で、〈王権〉ないし〈帝権〉を軸として展開された、〈王国的〉ないし〈帝国的〉国家体制の建設は、はなはだラフでルーズな〈外的国家〉体制の創出であった。
そこで、この〈外的国家〉体制を総体として維持し、遵守するための統治組織として、一方では、祭祀・治安・裁判・警察などの形式的秩序維持と、各種〈貢納−租税・軍役〉の賦課・徴収にかかわる諸機関、他方では、外敵を撃破し内部的な反乱・謀反を迅速に鎮圧可能な、軍事組織の維持・構成が、必要かつ必然とされた。つまりそれは、形式的には、祭祀的・刑法的秩序維持、実質的には、各種〈貢納−租税・軍役〉の賦課・徴収を可能にする、軍事組織を土台とした〈専制的〉統治組織の構成である。」
「これを〈王権〉ないし〈帝権〉形態をとった、〈国家権力〉中枢の支配階級にそくしてみると、まず〈古典古代〉では、都市[社会]国家中枢を占拠した、市民共同体という〈支配共同体〉形態をとり、〈中世〉では、聖・俗の封建領主階級という〈共同体支配者〉形態をとって分立し、不断の相互的対立と構想をくり返した。これに対して、〈アジア的〉世界における支配階級は、〈専制的〉に一元化された統治組織[軍事・官僚機構]中枢の、〈支配共同体〉形態をとった。しかし、〈帝権〉の〈中央−地方的〉展開にもとづく、一族功臣の有力諸侯・武将形態をとった各地への転出は、各〈村落−地域的〉社会が把持した独立自足性に規定され、強力な地域的統治権力としての独立と分散化、つまりは〈帝国〉の実質的な解体による、戦国政治的世界への転成の、たえざる一般的傾向を必然化させた。」

ほぼまるまる引用させていただいたが、それは、ここに、氏の国家論に対する理論的功績があると考える。エンゲルスも「起源」で論じているように、氏族制から国家への転換、したがって過渡的段階の国家においては、狩猟・漁撈から定着農耕への移行とともに、素朴な共同生産・消費の体制から私的所有による生産・消費の体制への変化が並行していること、「〈近代〉以前の歴史的な世界」では、農耕に基づく土地所有が、共通の経済的土台に存在しており、土地所有の属性として、「臣従する彼ら地域的支配者たちの、地域社会支配」が依然として保たれていたということ、国家は「共同の利益」を実現すべき諸形態を土地所有者=地域的支配者と分掌していたということ、したがってその諸形態は「共通の強大な外敵に対する、軍事的な組織化という形をとった、この〈外的国家〉構成」に限られていたということ、「地域的支配者たちの、地域社会支配」において、「アジア的」では、東洋的とも言われる独特な原始的共有性を残存させており、「古代的」では、私的土地所者の共同として、「中世的」では、分割地農耕を大きく束ねた大土地所有として、その経済的土台に違いがあること、を強調しておけば、唯物史観からでも肯定できるところである。
このように、氏が、組織的権力論という形態で、国家論を理論的に展開してくれたおかげで、エンゲルスが取り上げて以来、再度、国家の起源の問題を本格的に取り上げることができるようになった。その結果、部族と国家の中間段階の「部族国家」、「王国」・「帝国」の規定及び「アジア的国家」が、氏によって正面切って正しく取り上げられるようになった。それによって、歴史的社会の全体像が、より明確に描けるようになり、更に理論的に追及できる大いなる指針が与えられた。これらについては、強調してもしすぎることはないと思う。
ただし、氏の理論からすると、国家は永遠に不滅であるという理論が導かれることにも、注意せねばならない。
「そこで、もう少し敷街していえば、ひとたび成立した国家権力は、〈内外危難に対する諸個人の共同体[社会]総体としての維持と発展〉に、現実的な基礎をおいた、共同体[社会]の〈国家〉的構成と組織化が、必要かつ必然であるかぎりにおいて、存立しつづける。したがってそのかぎりで、〈国家〉とその組織化を直接指揮し、主導する〈国家権力〉は、決して消滅することなく存続していく。
国家不滅説こそ、ヘーゲル的逸脱の最たるものであり、弁証法的唯物論に基づく歴史観でなければ現状肯定にならざるを得ず、正しい結論に導かれないということを肝に銘じよう。

9.第3篇 国家権力と社会

この篇は、氏の国家論の背景をなす重要な部分である。氏は、自らの論考を推し進めることによって、唯物史観に限りなく接近している。惜しむらくは、弁証法を欠いているために、理論的な徹底さを欠いていることである。

「ここでは、〈国家権力による社会の国家的構成〉の根拠が、〈諸個人の内外危難に対する社会全体としての生存と維持・発展〉、にあるということの意味を、世界史的にもっとも発展した〈近代〉以降現代に到る〈国民国家〉に即して、徹底的に検討し吟味しなければならない。」
「〈近代社会〉の歴史的な特質を、大きくふまえるならば、その〈自由なる社会〉としての顕著な、社会・経済的な特徴は、次の二点に収斂されよう。
一つは、〈産業の自由〉が可能とした、資本制的生産様式の発展にともない、社会的生産と交換にかかわる内的諸契機が次々に発展分化し、それは社会のあらゆるレヴェルにおける、社会的分業の全面的な開花と発展を、強力に促進したことである。因みにそこでは、諸産業が、人々とりもなおさず〈市場〉の需要と欲望に対応した形で、統一社会的・国民的な規模において形成される。そして、この多種多様に全面開花した国民的諸産業こそが、かつてない高度で有機的な〈国民的生産力〉を、主体的に構成しているのである。
 いま一つ、〈産業の自由〉は、同時に他方において、諸階級・階層の間とりわけ〈持てる者と持てない者〉との間の、経済的な差異と格差を、かつてなかったほど、拡大させる。」

「諸個人は、社会的生産とりもなおさず商品の生産と交換関係において、その個別的利害や、階級・階層また産業・業種としての共通性による組織化から生れた、特殊的利害の追求と実現に忙殺されている。」「諸個人が、何よりもその個別的・特殊的な利害の追求をめぐって、苛酷な社会戦争をくり広げている以上、個人としてであれ、さまざまな組織としてであれ、彼ら当事者では直接処理し解決できない、しかしそれでいて放置しておけば、まちがいなく自分たち、さらには社会全体の存立に直接かかわりかねないようなたぐいの、特殊な事柄が日々生起してくる。それは、大きくみて二つの方面からやってくる。」
「そこでは、このような社会の個別的・特殊的利害への分裂のゆえに、現実的にも観念的にも、否応なしに浮上してくるところの、社会全体の一般的な共通利害、つまりは〈国民的共 通利害〉を、彼ら自身がすくいあげて処理し解決できない」。「それは当該社会の〈外〉と〈内〉の両方からやってくる。いうまでもなく〈外から〉というのは、古くから歴史的に形成されてきた、他の歴史的社会とのたえざる交通関係、とりもなおさず〈戦争〉と〈交易〉を直接生み出す、〈国民的共通利害〉のことである。」「戦争も交易も、諸個人が帰属する共同体[社会]としての生存に不可欠の、生活資料[物的財貨]の外部的な獲得形態を意味している。」
「つぎに、当該社会の〈内から〉生み出されてくる、〈国民的共通利害〉にも、より観念的なものと、より現実的なものとの二種類がある。一つは、当該社会が個人および諸個人、とりもなおさず[結集した諸個人より成る]組織による、社会的な生活と秩序への破壊と侵害から、とりわけ諸個人の生命・財産などを、保護し遵守することである。」「一般に社会的秩序維持のための、〈治安〉にかかわる諸活動が生れ、それを直接担掌する、警察・裁判などの諸機関が必然化した。」
「いま一つは、〈公共土木事業〉という形で現出してくる、事柄である。いうまでもなくこれは、人々の日々の、のっぴきならない物質的・精神的生活に、直接かかわる事柄でありながら、その規模の巨大さ、巨額の経費、高度の専門的かつ長期的な計画性と継続性、さらに多数の専門的技術者を、長期間張り付けておかねばならない。しかもそれは、営利目的ではなく、社会を構成する諸個人の、諸階級・階層的また諸産業・業種的、さらには各地域住民としての存在形態のいかんを問わない、彼ら全体の物質的・精神的生活上の便宜と、必要に応えることを目的としている。」
「つぎは、それ自体は諸階級・階層や諸産業・業種あるいは特定地域などの、〈特殊的利害〉にかかわるものでありながら、その統一社会的・国民的性格ゆえに、当該社会全体を大きく震憾させる、特殊な事柄についてである。これにもまた、二通りある。」
「一つは、諸階級・階層や諸産業・業種間の特殊的利害をめぐる対立と抗争を、調整し制御しておく必要である。」
「いま一つ、これは、一定の自然的・社会的な諸条件の下においてのことであるが、諸階級・階層的また諸産業・業種的、そして特定地域的な〈特殊利害〉が、その統一社会的・国民的な性格ゆえに、たんなる特殊利害としてそのまま放置されることなく、大きくとりあげられるという意味で、特殊な、事柄がある。さて、この一定の自然的・社会的な諸条件とは、天災や外から[つまり諸外国から]の強力な圧力などによって、諸階級・階層とりわけ特定地域の特定産業・業種が、いちじるしい、それもほとんど壊滅的な打撃を蒙った場合である。」
「このような場合、当該社会を挙げての〈社会的な救済〉の必要が、一斉に叫ばれ、それは国民的な世論として定着していく。それは、経済的な支援と援助を中心とした、多様な〈社会的な救済〉としてあらわれる」。

「簡単に図示しておけば、つぎのようになろう。」
「社会全体の存立と興廃に直接かかわる国民的共通利害」
「外から ・外敵の侵略から国民の生命と財産と生活を守る[軍事・防衛]、・通商貿易」
「内から ・個人および組織による社会秩序の破壊を守る[治安]、・公共土木事業」
「諸階級・階層および諸産業・業種の特殊的利害」
「・諸階級・階層および諸産業・業種間の対立・抗争の調整と制御、・特定地域の特定産業・業種が天災や外圧によって大きな損害を蒙った場合の社会的な救済措置」

「〈自由なる社会〉としての〈近代社会〉は、統一的社会の存亡と興廃に直接かかわる重大事でありながら、自身では決して自主的に解決できない、きわめて〈特殊な事柄〉を日々生起させるほかなかった。」「〈特殊な事柄〉つまりは〈社会的必要事〉は、いつでもどこでも即座に、また機械的に〈国家的必要事〉へと、転成されるわけではない。〈社会的必要事〉の〈国家的必要事〉としての転成には、特殊な公的活動による媒介が、不可欠だからである。そしてこの特殊な媒介的活動は、それ自体、個別的で偶然的な形ではなく、明確に組織された公的制度によってのみ可能となる。というのも〈社会的必要事〉の〈国家的必要事〉への転成とは、国民的諸階級・階層の一般的また特殊的な意志が、法的規範としての国家意志のなかに、内容的に移し替えられるようにして、大きく高められ昇華されることである。」
「〈民主的〉政治形態、正確には〈議会制民主主義〉が構造的に進展し、定着しているところでは、〈自由なる社会〉によって日々噴出される〈特殊な事柄〉が、〈国家的〉レヴェルから、当該〈社会〉になり代わった形でスムーズにすくい上げられ、直接には政策形態をとった〈国家的諸活動〉として、全面的に展開される。というのもそこでは、国民的諸階級・階層また諸産業・業種などが、それぞれの経済的・社会的なパワーのいかんにほぼ対応した形で、自らの政治的代理人を、国家意志の法律形態での決定機関である〈議会〉へ、送り込むことができるからである。」

以上の氏の理論も決して間違っていない。
氏は、世界の二重化という言葉を使っていないので、これを使って「国家権力による社会の国家的構成の根拠」をいいかえれば、次のようになる。
「自由なる社会」の諸個人の個別的・特殊的利害は、その普遍的側面すなわち、「国民的共通利害」を市民社会=経済的土台の中では表わす手段を持たない。なぜなら、諸個人の個別的・特殊的利害は、私的所有という性格にとらわれているからである。そこで、社会を二重化し、上部構造において政治的世界を成立させ、普遍性・共同性の公的表現である「国家」の中で強制力を持つ法的規範によってそれを反映させ、市民社会を制御・調整するのである。
ところで、この矛盾は、先に示したように、国家を成立させると言う解決法ではなく、諸個人の個別的・特殊的利害から私的所有という性格を取っ払ってしまっても解決する。それが、マルクスらが提案した、「国家」を無用とする社会主義による解決法である。その場合、滝村氏が挙げた「社会的必要事」はどうなるのだろうか。
そこで、ここでは経済的土台に関して、マルクスらの記述から、社会主義の原理について注目しながら、簡単に素描してみよう。
エンゲルスは、「反デューリング論」の中で、次のように言っている。
「社会が生産手段を掌握し、生産のために直接に社会的に結合して、その生産手段を使用するようになったそのときから、各人の労働は、その特殊な有用性がどんなにさまざまであっても、はじめから直接に社会的な労働となる。」
「もちろん、そうなっても、社会は、それぞれの使用対象の生産にどれだけの労働が必要かということを、知っていなければならないであろう。社会は、生産手段―これにはとくに労働力もはいる―におうじてその生産計画を立てなければならないであろう。けっきょくは、種々な使用対象の効用が、−それらをたがいに比較秤量し、またそれらの生産に必要な労働量とも比較秤量したうえで−生産計画を決定するであろう。人々は、高名な「価値」の仲だちによらないでも、万事をしごく簡単にやっていくであろう。」
社会主義については、「生産手段の掌握」を強調しがちであるが、むしろ重要なのは、生産(労働)者は「生産のために直接に社会的に結合」するという側面(目的意識的な社会的分業)である。
社会、さしあたり「国家」は、生産手段を掌握し、生産手段に応じて、生産計画を決定する。すなわち、生産手段である労働対象、労働手段、労働力に応じて、生産計画を立てる。したがって、労働力は、その質と量に応じて生産計画に反映され、それに応じて、各人は労働を分担することになる。これが、「生産のために直接に結合する」という意味である。そこでは、「諸個人の個別的・特殊的利害」が、最初から、普遍性=生産計画と調和的に定立されているので、上部構造における「国家」において、「諸階級・階層および諸産業・業種間の対立・抗争の調整と制御」をする必要がない。
むろん、私たちは、いままでの旧ソ連の失敗から、そういう生産計画を立てることがいかに難しいことであるか、を知っている。社会主義の当初は、いままでの資本主義下での生産計画を継続しながらも、それを合理的に改変していくことになろうが、それには、今までの経験をすべての点で生かしながら必死の努力が求められるであろう。しかし、これを達成することが社会主義の経済的土台を作ることであるから、この努力を惜しむことができない。
「個々の生産者は、彼が社会にあたえたのと正確に同じだけのものを―控除をおこなったうえで―かえしてもらう。彼が社会にあたえたものは、彼の個人的労働量である。たとえば、社会的労働日は個人的労働時間の総和からなり、個々の生産者の個人的労働時聞は、社会的労働日のうちの彼の給付部分、すなわち社会的労働日のうちの彼の持分である。彼はこれこれの労働(共同の元本のための彼の労働分を控除したうえで)を給付したという証明書を社会からうけとり、この証明書をもって消費資料の社会的貯蔵からひとしい量の労働を要するものをひきだす。彼は自分が一つの形で社会にあたえたのと同じ労働量を別の形でかえしてもらうのである。
 ここではあきらかに、商品交換が等価の交換であるかぎりで、この交換を規制する同じ原則が支配している。内容と形式はかわっている。なぜなら、変化した事情のもとでは、だれも自分の労働のほかにはなにものもあたえることができないから、また他方では、個人的消費資料のほかにはなにものも個人の所有にうつりえないから、である。しかし、個人的消費資料が個々の生産者のあいだに分配されるときには、商品等価物の交換のときと同じ原則が支配し、一つの形の労働が、他の形のひとしい量の労働と交換されるのである。」(「ゴータ綱領批判」)
マルクスが明らかにした資本主義の法則では、賃金とは、支出した労働時間に対する対価ではなく、労働者の労働力の価値に対する対価である。労働者は労働時間を売るのはなく、労働者自身を労働力商品として資本家に売っているのであり、その商品の使用価値である労働を資本家に時間を限って使用させているというのである。(資本論第4章参照)
一般に、商品の価値は、商品の生産・再生産に必要な労働時間によって規定される。労働力商品の価値も、この特殊な商品の生産・再生産に必要な労働時間によって規定される。労働力=労働能力とは、「人間の肉体すなわち生きている人格のうちに存在して、彼がなんらかの種類の使用価値を生産するときにそのつど運動させるところの、肉体的および精神的諸能力の総体のことである。」その能力は、仕事をすると消耗する。消耗した能力は、家庭に帰り、食事・睡眠を取る事によって回復する。従って、その能力の生産・再生産に必要な労働時間とは、労働者が自分の労働能力を回復させる過程で消費する生活手段に対象化されている労働によって規定されている。端的に言えば、消費する必要生活手段の価値の全部とイコールである。無論、時には趣味やレジャーを楽しんだり、時には病院に行って怪我や病気を治したりせねばならない。更に、家庭を維持するためには、妻や子を養うことも必要であろう。そういう価値のすべてが、入っている。この全部の価値の社会的な平均が、労働力商品の価値ということになる。
根本的に資本主義と違うところは、社会主義下では、個々の労働者の労働力といえども、その個人の私的所有物ではない。なぜなら、個々の労働者の労働力の生産・再生産にも、多くの労働者の労働が対象化されていることを、公然と認めるからである。だから、労働力は商品ではなく、労働力の売買はなされない。だから、社会主義下の「労働に応じた分配」は、労働の対価ではあるが、労働力の価値に対する対価ではない。
資本家が労働者を働かせて取得する価値は、必要生活手段の価値の総額に等しい労働時間=必要労働時間と、剰余労働時間から成っている。(資本論第7章参照)この剰余労働時間こそが、資本の剰余価値の源泉なのだ。ということは、個人的労働時間の内容も、必要労働時間と剰余労働時間から成るのであるから、社会主義下では、資本主義下で受け取る必要労働時間に相当する価値に加え、剰余労働時間に相当する価値も、「控除を行った上で」労働者に分配されるということになる。
では、諸個人の個別的・特殊的利害の対立の基礎となる収入っていた経済的格差、すなわち職業に応じて賃金に差がつくことはないのか。
「ところで、複合労働にはより高い賃金が支払われるという重要問題全体は、どう解決されるのか? 私的生産者の社会では、私人またはその家族が熟練労働者の養成費を負担する。だから、熟練労働力のより高い価格も、さしあたって私人のものとなる。すなわち、熟練した奴隷はより高価に売られ、熟練した賃金労働者はより高い賃金を支払われる。社会主義的に組織された社会では、社会がこの費用を負担する。だから、その果実、すなわち、複合労働によってつくりだされたより大きな価値も、社会に帰属する。労働者自身は、追加の要求権をもたない。ちなみに、このことから、さらに次の教訓が出てくる。それは、今日はやりの「労働の全収益」にたいする労働者の要求権にも、ときにはやはり難点がある、ということである。」(エンゲルス「反デューリング論」)
資本主義下では、必要生活手段の価値の総額の中には、日々の生活資料だけでなく、熟練労働者の養成費、すなわち、学歴や技能・免許の取得などの費用も入っているのだから、その総額も給料の対価につけ加わる。こうして、「労働に応じた分配」、つまり、「労働の質と量」に応じて、賃金も差が付いてくる。
これに対し、社会主義下では、この費用だけは社会が負担する、つまり、高校・大学・職業訓練校などの経費は、さしあたり「国家」が負担するので、「熟練労働者の養成費」に応じた対価は、賃金には含まれないということである。個々人の必要生活手段の価値の総額に対し、労働の質に応じた分配は、原則としてなされないのである。医者であろうが官僚であろうが臨時工であろうが、差異は労働時間にのみ依存し、時給は同じとなるというわけだ。
ただ、資本主義から社会主義への過渡期には、「熟練労働者の養成費」を負担した私人または家族が多いのであるから、そのための保証を個々に与えることになろう。しかし、その過渡的施策が終了した後には、賃金は労働の量に応じたものだけになるというのが原則となる。
こうして、社会主義では、個々の労働者は、個人的労働時間に比例した賃金を受け取る、すなわち、労働の強度と長さ(労働時間)を同じとし、残業をしないとすると、すべての労働者の賃金は同額となる。また、労働の強度が増加したり、残業したりした場合には、追加に応じて支払われる。これをもって、消費資料を受け取る。これは労働の質、すなわち職種に依存しない。これが、原則であり、きわめて簡単、単純である。
社会主義下では、職業に応じて賃金に差がつくことはないのであるから、各人は賃金を考慮することなく、自己の特性に応じて、職業を選択することができる。これが、各人が、社会全体の生産計画に対応して個々の労働を分担する可能性を保障する。
したがって、「社会全体の存立と興廃に直接かかわる国民的共通利害」の「内」の中の「個人および組織による社会秩序の破壊を守る[治安]」、「諸階級・階層および諸産業・業種の特殊的利害」の中の「諸階級・階層および諸産業・業種間の対立・抗争の調整と制御」の必要が、原理的にはなくなる。
では、「社会全体の存立と興廃に直接かかわる国民的共通利害」のうち、「公共土木事業」や「特定地域の特定産業・業種が天災や外圧によって大きな損害を蒙った場合の社会的な救済措置」などは、どうなるのか。
「ゴータ綱領批判」によると、「うまれたばかりの共産主義社会」では、「社会的総生産物からは、つぎのものが控除されなければならない。第一に、消耗された生産手段をおきかえるための補填。第二に、生産を拡張するための追加部分。第三に、事故や天災による障害等にそなえる予備元本または保険元本。」
「総生産物の残りの部分は、消費資料としての使用にあてられる。だが、各個人に分配されるまえに、このなかからまた、つぎのものが控除される。
第一に、生産に属さない一般行政費。この部分は最初から、今日の社会にくらべればきわめていちじるしく縮小され、そして新社会が発展するにつれてますます減少する。 第二に、学校や衛生設備のような、いろいろな欲求を共同でみたすのにあてられる部分。この部分は最初から、今日の社会にくらべていちじるしく増大し、そして新社会が発展するに つれてますます増加する。
第三に、労働不能者等のための元本。つまり、今日のいわゆる公共の貧民救済費にあたるものの元本。」
この最後の項目は、若干の説明を加えたい。
これは、広く取って、今日の「社会保障」と同じと言ってよいが、ただ、資本主義下での「社会保障」と社会主義下での「社会保障」とは、考え方が基本的に異なる。
資本主義下では、家庭が私的であるという前提に立っている。労働者の自分の労働力の対価は、その労働者のものである。労働力の所有者の所有権が、対価にも延長されている。その対価=賃金を支払って得た生活資料にも、更に所有権が延長されている。その生活資料を消費して労働力を再生産するので、再生産した労働力にも、当然、所有権が延長されるのである。これが、私的という意味である。ちなみに、その生活資料を消費して妻や子を養育すれば、妻や子に所有権は延長されないが、「妻や子はおれが養っているんだから、おれのものだ」という所有者意識が自ずと生まれてくる。夫の労働力の再生産には、奥さんの労働の対象化、洗濯や掃除や料理などが大いに寄与しているとしても、妻の労働力の再生産には、夫の生活資料が不可欠だからである。これが、家庭内奴隷の意識の始まりである。
従って、資本主義下の社会保障は、個々の家庭に対する家計の公的補助という形態を取る。
ところが、社会主義下では、家庭の私的性格は消滅する。何度も強調するが、個々の労働者の労働力も、私的所有物ではなく、社会の物であるから。それを経済的に支えるのが、「学校や衛生設備のような、いろいろな欲求を共同でみたすのにあてられる部分」の共有化、端的に言えば、すべての教育・医療の社会的負担(無料化)である。その延長線上に、労働不能者の生活保障も存在する。
こうして、社会主義下では、資本主義下で残っている家庭の私的性格の中に、公的性格が徐々に入り込んでいき、次第に拡大し、私的性格が消滅するに至るのである。
社会主義社会、すなわち、「うまれたばかりの共産主義社会」では、あらゆる点で、資本主義社会の母斑を帯びている。生産手段の所有者は、国家に移行するが、とりあえずは、労働者は協同組合的企業・会社から賃金を受け取るであろうし、国家権力は、官僚や政治家とともに生き続けるであろう。ただその在り方が、大きく変わるはずである。
国家権力は、当初は以前の国家権力の機能をすべて引き継ぎながらも、それを根本的に変革することが求められる。重要なのは、個々の企業に代わって、国家全体としての生産計画を立てるとともに、それを実行することである。また、それを支える法規範を整備することである。社会主義の法制度は、むろん、社会的強制力を持つ。したがって、社会主義の法制度に従順な、強力な官僚機構と警察・軍隊も必要である。また、「社会全体の存立と興廃に直接かかわる国民的共通利害」の中の「外から ・外敵の侵略から国民の生命と財産と生活を守る[軍事・防衛]、・通商貿易」については、当分の間、国家権力が引き継ぐことになろう。

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