トップにもどる


海保静子著「育児の認識学」と自閉症


これは、自閉症に対する理解の試みである。

私の目の前には、海保静子著「育児の認識学」(1999年現代社)がある。海保氏は、この本の中で、薄井但子の「科学的看護論」を元に、自らの保育実践を論理的に反省しながら、幼児の認識の発達を科学的に解明し、保育論を展開している。これは、子供の精神的発達を通して、認識論を科学として確立しようとするための大きな一歩である。
科学は、それを学んで自己満足に浸るのが目的ではない。それを使って、解明されていない課題に挑戦し、それを解決することによって人類の発展に貢献するのが目的である。だから、「育児の認識学」が科学なら、自閉症という問題を解決するのに役立つはずだし、実際にやってみようと考えた。しかし、残念ながら、私は事実と突き合わせる現場を持っていないので、科学として確立できるとは思えないが、他人の実践を検討すれば、科学的議論に達するのも不可能ではないだろう、それが、この試みである。
この本に書かれてある理論を使えば、子供の自閉症が理論的に解明できるだろう、いずれ、どこかの専門家・臨床医・看護者が、この本に書かれてある理論を使って、本格的に自閉症を解明し、その治療法を根本的なところから再構築するだろう、私はそう思っている。
ここでの議論が、そのための一助になれば、幸いである。

1、自閉症は、脳の器質的病気か。

自閉症は、脳細胞の器質的病気とされている。これは、現在の一般的理解である。
「東京都自閉症協会」のHPから、その部分を引用してみる。
「脳の機能障害が原因ではないかと思われています。・・・自閉症の原因は、脳の中枢神経の機能障害により起こると想定されるようになりました。なぜ中枢神経の障害が起こるのか、脳のどの部分や、どの機能系の障害かなどを含め、障害の本体やそのメカニズムは、いまだ明らかにされていません。
1960年代より、自閉症の予後研究、家族研究、生物学的研究、あろいは、臨床的な治療経験の積み重ねにより、自閉症の原因は、生育歴に求められるものではなく、母親の性格とか養育態度によるものではないということが、明らかにされました。」

自閉症は脳の機能障害であると言うことが証明されていないのに、なぜ、それが原因だと想定されるのか。それは、それ以外に原因が見当たらないと考えられたからである。3歳ごろを境に、「言葉がない、人に関心が少ない、動きが多い」という行動の傾向が、更に「他人との感情的交流が困難ですし、言葉もなかったり奇妙だったり、自閉症特有のこだわりが目だってき、パニックといわれるかんしゃくもしばしば起こ」すように拡大し、その傾向が一生続き、その原因が親の性格や養育態度によるものではないとなると、そうと思われたのも当然であろう。それはまた、いわゆる統合失調症が同様に捉えられていることとも共通する。
無論、自閉症の中に、脳の器質的機能障害による者があるという可能性は捨てきれない。しかし、それは実際は少数ではないかと私は思っている。

病気とは、健康な正常な状態と比較して、異常な状態をいう。したがって、自閉症を理解するためには、まず、2歳〜3歳、更に5歳頃までの幼児の正常な精神の発達過程を明らかにする必要がある。その後にはじめて、何歳ごろから、なぜ、どのようにして、精神の障害が起こるのか、どうして正常な過程から逸脱して行ったかを明らかにできる。これは、例え、自閉症の原因が脳の機能障害だとしても、治療のためにも必要なことである。
ところが、正常な健康な精神の発達の過程が、いままで十分に科学的に示されていなかった。そのため、正常な発達過程からの逸脱の過程が理解できなかったのである。
ところが、海保静子が「育児の認識学」において、幼児の精神の発達を科学的に示したため、その手がかりが与えられることとなった。これは画期的な事で、当面はこの基礎理論を元に、更に科学的に発展させ応用を図れば、将来は、統合失調症の解明も決して夢ではなかろう。

自閉症が3歳ごろを境にしてその傾向がはっきりしてくるとすれば、それまでのその子の精神の発達がどうであったかが問題となる。だから、海保氏が次のように述べているのは、極めて重要である。
「赤ちゃんから3歳児までは、認識した過程・内容はほとんど記憶としては残りませんので、どこがどう不足していたかは、事実レベルではわかりようがないからです。それだけに反映された認識が個性レベルで固まった後に、その個性ないし性格は、うっかりすると先天性レベルでとらえられ、生れつきの性格であるかのように、親も当人も思ってしまいかねないものです。こうなったらもう直しようがない!ということになります。」
3歳までの子供の認識が固定化して、それを先天的と誤解するほどになるとすれば、自閉症もこの延長線上に置くという仮定が可能である。この論文は、そのための試みである。

2.自閉症の特徴1 観念的同一化の障害

自閉症の精神発達の逸脱を検討する前に、自閉症児の認識の特徴を把握しておく必要がある。
自閉症といっても、カナ―型、アスペルガー型、ローナ・ウィング型など、いろいろな分類があるということであるが、私は医者ではないので、ここではかなりアバウトな取扱いをさせていただく。そういう意味では、いわゆる広汎性発達障害という「分類」に近いのかもしれない。これはあくまで「試み」であるから、厳密さは二の次にしたいと思う。
まず、言葉がある程度理解できる位の自閉児の言語表現から、取り上げていく。
ここで言語表現を取り上げたのは、われわれはすでに信頼できる言語理論とそれに関する認識の理論として、三浦つとむ氏のそれを持っているからである。したがって、それを利用して、自閉児の言語表現を理解することができる。三浦つとむ氏の著書はすでに多く出版されており誰しも容易に入手することができるから、ここではあまり引用箇所を詳しく説明せずに引用させていただくことをお許し願いたい。
玉井収介著「自閉児の言語」1979年(日本文化科学社)(以下、観察例として挙げるのは、すべてこの本からの引用である)の中から、彼らの「具体的に観察された行動」、特にその言語表現を通して、特徴を浮き彫りにしてみよう。

「観察44
給食の時間である。
SH君は、「ミルク飲みなさい」などという。これは、ミルク飲みたい、という場面でのいい方である。飲みなさい、といったのは先生である。だからこれは、先生のいった言葉のオーム返しであるといってもよい。
・・・
「チョーダイといってごらん」とこちらがいって、相手の子供が「チョーダイ」といったときにはじめて会話として成立する。
「チョーダイといってごらん」「チョーダイといってごらん」「チョーダイ」「チョーダイ」なら二重のオーム返しにすぎない。」

ここでは、自閉児によくある「オーム返し」を取り上げている。
一般的に、自閉児は、言葉による会話・コミュニケーションが成り立たないといわれる。それは、自閉児が言語を話す程度には自閉的でない場合でも、そうであるといわれる。
ところで、会話が成り立つためには、話者同士が相互に、「観念的な同一化による追体験」をする必要がある。「観念的な同一化による追体験」とは、聞き手が頭の中で自己を二重化し、話し相手に対している現実の世界の現実の自己とは別に、観念的な世界で振舞う観念的な自己を成立させ、その観念的な自己を話し相手に観念的に同一化する(弁証法の言葉で否定)ことによって、話し相手が表現した言語表現の内容を観念的に後を追って体験するということである。そうしてはじめて、話し手の言ったことを聞き手が理解できるようになる。逆に言うと、この観念的同一化ができないと、聞き手は話し手の言っていることが理解できないということになる。
大人が子供に話しかける場合には、大人の知識のレベルや言葉の使い方のままでは子供が理解できないから、子供が大人に観念的に同一化できるように、まず先に、大人が子供に観念的に同一化(第一の否定)し、大人の方から子供の理解できる程度まで知識や言葉の使い方のレベルを下げ、子供の立場に立って大人の言わんとすることが理解できるかどうか、検討することが必要になる。
その結果、子供に「ください」という内容をいわせるためには、「チョウダイ」と言う子供の言葉を選択することになる。更に、その上で大人の立場に観念的に復帰(第二の否定)して、「といいなさい」ではなく、「といってごらん」と子供にも理解できるやさしい穏やかな語りかけの表現を選択することになる。
一方、それを聞いた子供は、理解できる程度にまで下げて来てくれた言語表現に誘導されて、話しかけてきた大人に観念的に同一化(第一の否定)することができ、子供の立場からは「チョウダイ」という表現で「ください」という内容を表現しているという理解が得られ、それを自分の立場にもどって(第二の否定)、「チョウダイ」と表現することになる。
つまり「チョウダイといってごらん」の「チョウダイ」と「いってごらん」の間には、観念的な立場の飛躍(弁証法の言葉を使えば、否定)があるのである。
このような観念的な同一化による追体験を相互に繰り返すことによって、相互の会話が可能になる。したがって、二人のうち一方でも、この観念的な同一化による追体験ができないと、言葉による会話・コミュニケーションが成り立たない。
「ミルク飲みなさい」といった先生の言葉を理解しようとすれば、子供の側が先生に観念的に同一化して、先生の言ったことを先生の立場で観念的に追体験しなければならない。その後、子供の立場に観念的に復帰して、先生の言ったとおりにミルクを飲むという行動に移ることになる。
更に厳密に言うと、「チョウダイ」「ミルク飲みたい」と言う表現は、まだもらっていない、まだミルクを飲んでいない現実を前に、もらっている、ミルクを飲んでいるという未来の状態を観念的に想像した上で、その矛盾を意志として表現したものである。つまり、ここにも、現実の自己と未来の自己と言う観念的な自己の二重化と、現実から未来へ、またその逆へと移行する否定の否定がある。観念的な同一化による追体験と言う大きな否定の否定の中に、未来と現実の小さな否定の否定が組み込まれており、こうした構造の中で、会話が進んでいくのである。
「チョウダイといってごらん」という言語表現の中の観念的な立場の飛躍が理解できないと、聞き手と言う立場からのみ理解することとなり、話し手である大人と聞き手である子供の視点を融合して仕舞うことになり、結果として全体で一つの内容を示す以外、理解の方法はない。そこで、オーム返しという受動的表現によって、自己の認識の中に話し手の意味を再現させようとするのである。これが定着すると、子供の欲求(「意志」ではない)と表現が対応して仕舞い、「ミルク飲みなさい」が「ミルク飲みたい」という意味の表現となる。これが、先の観察の結果である。
自閉児は、この観念的同一化による追体験ができない、正確に言うと、能動的な観念的同一化ができない、ないし観念的同一化の能動性に障害があるということができる。
(参考には、例えば、三浦つとむ著「日本語の文法」1975年勁草書房、p51)

ところで、注意せねばならないのは、「オーム返し」する子には、自分の発する声は、周囲の人が聞くままには聞こえていないということがある。「オーム返し」をする子は、相手が話した声=自分の聞いた音を自分の声で再現しようとするのであるが、その自分の発した声を自分で聞くのは、こういってよければ、自分の頭蓋骨のなかで反響した声である。したがって、第三者が自閉児の声を聞くと、最初に発した人の声と同じ抑揚や強度の声ではない。すなわち、「オーム返し」は、自閉児の頭蓋を経過した「オーム返し」として理解しなくてはならない。

「観察46
わたくしは、あるとき、SH君の母親に用があって家に電話した。すると母親は留守だと見えて本人が出てきた。
・・・
そしてしきりに、「この人だあれ」というのである。
「SH君か」と聞くと「ハーイ」と答える。これは応対になっている。
「お母さんはいないか」と聞くと「いない」という。
しかし大部分は「この人だあれ」であった。ここで、「あなただあれ」でないことに注目したい。やはり一種の人称の転換なのである。」

観念的な同一化を能動的に必要とする言語表現として、「わたし」と「あなた」、いわゆる代名詞がある。なぜ、「わたし」が観念的同一化を必要とするかと言えば、「わたし」と言う言葉は、話し手としての現実の世界の現実の自己とは別に、観念的な自己を成立させ、その観念な自己を聞き手の位置に頭の中で移動させ、いわば他人の位置から現実の自分との関係を指すものだからである。
「あなた」という言葉も同様である。ただ、それが「わたし」のように表に現れてはいないだけである。「あなた」と言うのは、話し手である自分と聞き手である相手との関係において、聞き手である相手を取り上げた言葉である。聞き手である相手が話し手になれば、話し手であった自分が今度は「あなた」となる。つまり、話し手と聞き手と言う立場に観念的に移動することを能動的に行なうことができなければ、「あなた」という言葉は理解できない。すなわち、「わたし」と言う言葉と「あなた」という言葉は対になっているのであって、この言葉を扱うことができるためには、「観察44」で示したように、聞き手と話し相手とが観念的に同一化する過程の繰り返しの中で養われる実力が必要なのである。その訓練の結果、「わたし」という自己表現が可能となる。これは、とりもなおさず、自己という立場の確立である。
(例えば、三浦つとむ著「日本語はどういう言語か」1971年季節社、p95)
では「わたし」と「あなた」を理解できなければどうしたらよいか。それは、観念的な立場の飛躍のない第3者の立場に固定して、表現することである。それが「この人だあれ」という第3人称での表現なのである。
このような観念的な立場の飛躍のない第3者による表現と言うことでは、次の例も入る。

「観察47
MS君は・・・市電の写真に興味を持っている。・・・明治村へ、現在の担任、前の担任、家庭教師とわたくしとの5人で出かけた話は前述した。このときたくさんの写真を撮った。やがてそれが現像されて送られてきた。それに一通の手紙が添えられていた。
前略
MS君の明治村への見学の写真ができあがりました。○○(彼の住んでいる町の名前)から手紙を送ります。 さようなら。
とあった。
・・・
・・・自分のことに「君」をつけている。・・・やはり人称の転換というべきであろう。要するに「わたし」と「あなた」という関係が成立していない、あるいはその認知度が弱い、ということなのであろう。」

この自閉児は「かなり能力は高い」のであるが、それでも、観念的な立場の飛躍が能動的にできていない。
相手に送る写真に写っている市電を見ている自分は、現実の写真を手にしている現実の自分から観念的に移行した過去の自分である。この過去の自分は、現実の自分からすれば、他者=第3者である。そこで、自分にも「君」をつけ、第3者の立場から手紙の文を書いたのである。無論、いわゆる自己が確立していれば、一人称の文になったであろうが。
これは、自閉児の自己というものが確立していないということでもあるが、それは同時に、自閉児の観念的な立場は、受動的であるということでもある。

(入村式の自己紹介の場面(これは私YEGUCHIの注である))
「観察48
夏の移動教室である。キャンプといってもよい。
・・・
このキャンプで彼を担当したM先生はボランティアの一人である。
M先生はHS君の手を取って立ち上がった。
「こちらがHS君で、わたしが、担当のMです。」といった。
するとつづいて、HS君は
「Mです」
といってしまったのである。」

これは、自閉児の観念的な立場が、他人の観念的な立場に引きずられてしまう例である。M先生の言葉には、「わたし」という観念的な自己の飛躍を伴う代名詞があり、それは聞いているHS君には理解できないはずである。HS君にとってみれば、この文は「こちらがHS君で・・・(担当の)Mです。」と第3者の立場からの声に聞こえたはずである。HS君は、その立場をそのまま自己の立場にしてしまい、先の観察例のMS君のように自分のことを(彼は)「Mです」と表現したのであろう。

このような観念的な自己の二重化と観念的な自己の相手への同一化という能動的活動は、言語表現が理解できるようになった、かなり知的レベルの高い自閉児にも、なお困難を伴うものである。そのいい例が、「サリーとアンの実験」である。

「その実験は、1985年にイギリスの心理学者、バロン・コーエンによって実施され、「サリーとアンの実験」と名付けられた。実験では、二体の人形とビー玉とカゴと箱が用意され、実演入りで次のような説明がなされた。
『ここに、サリーとアンがいます。サリーはビー玉をカゴに隠して、どこかに出かけます。すると、そこにアンがやってきて、ビー玉をカゴから出すと箱の中に映してフタをしてしまいます。その後、帰ってきたサリーはビー玉を見つけるためにどこを探すでしょうか。』
この実験に参加したのは、3〜5歳の幼児グループと6〜17歳のダウン症と自閉症のグループだった。ただし、自閉症児のIQは100前後と高かった。この「どこを探すでしょうか」という質問に対して、ほとんどの幼児とダウン症児は「カゴ」と正しく答えられた。ところが、精神年齢が高いはずの自閉症児たちのほとんどが、驚くべきことに、何の疑いもなく、「箱」と答えたのだった。」(熊谷高幸著「自閉症」2006年ミネルヴァ書房、「はじめに」より引用)

「サリーはどこを探すか」という問いに答えるためには、頭の中で能動的に観念的に自己を二重化し、サリーに観念的に同一化し、サリーになりきって追体験しなければならない。この追体験ができなければ、「ビー玉が隠してある箱」と答えるしかない。この追体験の能力は、いわゆる「IQで表現される知的能力」とは別のもので、自閉児にとっては、かなりレベルの高い困難を伴う観念的作業である。

自閉児の言語表現を通して、自閉児が能動的な観念的な同一化が困難であることを示したが、これは言語表現以外の表現にも現れる。むしろ、言語表現ができにくい自閉児には、こちらの方が多いかもしれない。

観察43の説明の中から
「NK君は、児童劇を見ていて、「いいおばあさんのふりをした悪者」が舞台の上でさっと衣装を脱いで早変わりをしたら、立ち上がって、
「あれはマチガイだ。」
と叫んだそうである。」

この例は、観念的な同一化ということを自閉児がどうとらえているかということをよく示している。
児童劇は、児童の興味と理解のできる程度にまでレベルを下げて、劇の内容を構成してある。子供は、舞台の前に座っている現実の自己から観念的に二重化し、二重化した観念的な自己が、「むかしむかし」などの時間と空間を超えた想像の世界の一員となって劇中に入り込んで体験する。劇を見ている観念的な自己にとっては、演じている幼稚園の先生が「ほんとう」ではなく、演じられている「おばあさん」の方が「ほんとう」なのである。舞台には、子供の観念的な二重化を誘いやすいように、座っている子供たちの方を暗くし、舞台の方を明るくするなどの工夫がなされる。
劇に中で、「いいおばあさん」が「悪者」に変身したら、それは更に、「いいおばあさん」と思っていた自己と、「悪者」=「おばあさんのほんとうの姿」を見つけた自己とが、更に二重化していることになる。
自閉児には、この観念的な二重化ができないので、「おばあさん」も「悪者」も「ほんとう」もなってしまう。したがって、「ほんとう」が二つあるので、「まちがい」ということになってしまう。NK君には、もしかしたら、演じている幼稚園の先生しか目に入っていないかもしれない。
更にこの例は、自閉児には、いわゆる判断する能力については障害がないということも示している。
ところで、これは、このような観念的な二重化および観念的同一化の能力を、子供はどこでどのようにして身につけていくかを示している。子供たちは、更に、普段の遊びの中で、自然成長的に学んでいく。いわゆる「ごっこ遊び」が、それである。
例えば、「お医者さんごっこ」では、子供たちは医者や看護婦の「ふり」をして遊ぶ。子供たちは、観念的に自己を二重化し、観念的に医者や看護婦に自己を同一化して、風邪にかかって近所の小児科医院に連れて行かれた体験を再現しているのである。医者から注射を打たれて痛い思いをした子供は、お医者さんのふりをした相手から注射器に見立てた割り箸を腕にあてがわれた時、以前の痛かった感情を思い出しながら、痛い顔をするのである。自閉児が、「ごっこ遊び」ができにくいというのは、観念的同一化に障害があるということである。

同じく、熊谷高幸著「自閉症」から引用させていただくと、

「うちの子は、物を受け取るのが苦手なんです。渡したつもりなのに、ちゃんと受け取ってくれなくて、落としてしまったり、反対に、まだあげるつもりはないのに、奪い取るように持って行ってしまったり・・・。それから、こちらに物をくれるのも苦手です。私が手を差し出して待ってるのに、ちゃんと見てなくて、投げるようにしてよこすんですよ(ある自閉症児の母に話)。

これは熊谷氏の本の第1章の最初に紹介してある例である。熊谷氏は、「彼はもうことばを持っており、物の受け渡しを中心にしてコミュニケーションが形成される段階を過ぎている。けれども、母の話のように、いまでも物のやりとりにぎごちなさが残っているようだ。物をもらうときに、手のひらを上にして待つということができない様子だ。」とつけ加えている。熊谷氏は、更に、母と子のやりとりから「三項関係」の議論に入っていくのであるが、ここでは彼の議論に捕らわれず、母と子の日常のやりとりを考えてみよう。
例えば、子供が母からおやつをもらう場面を想像してみよう。
おやつの時間になって、母が台所から、子供が遊んでいる子供部屋に入ってきたとしよう。子は、母に対して、おやつを期待して手を差し出すとすると、すでに子供は母に観念的に同一化による追体験をしていることになる。
子供は、頭の中で自分を二重化し、子供部屋で遊んでいる現実の世界の現実の自分とは別に、観念的な自分を成立させ、その観念的な自分を母に観念的に同一化させ、母の身振りや表情から、母の行動と心の中を追体験しようとする。その結果、「きっとおやつをもってきてくれたにちがいない」という理解が生まれる。
更に、自分の中で自分を二重化し、おやつをもらっている未来の自分を想像して、おやつをもらいたいという意志を手を差し出すという行為に表すのである。その際、例えば、過去の自分を思い出して、「さっきいたずらをやってしかられたから、きっとおやつはお預けかもしれない。」と思ったとすれば、きっと手をおずおずと出すだろうし、「さっき言うことを聞いてほめられたから、きっとおやつは大好きなケーキだ。」と思ったとすれば、いさんでさっと手を出すだろう。
このように言語表現を介さなくても、母への観念的な同一化と未来(及び過去)の自己の二重化とを相互に繰り返しながら、普段の「やりとり」が進んでいくのである。この観念的な能動性がないと、普段の「やりとり」は成立しない。また、自分の「意志」が成立しないと「待つ」ということができない。

3.自閉症の特徴2 観念的二重化の障害

前節で観念的二重化に伴う意志について述べたが、このような観念的な自己の二重化が困難であると、意志の成立に困難を伴うばかりでなく、意志の成立に先立つ現実の世界の判断認識にも大きく影響する。

「観察32
・・・
NY君はその二人の自閉的な子の一人である。
あるとき、一人の子が、1メートル半ぐらいの距離から、玩具の弓矢で彼をねらいうちした。わたくしたち観察室から見ているものには、角度からいって、当然彼の目に相手は入っていると思われた。もちろんゴムの皿が先についているおもちゃの矢であるから危険はない。矢は彼に当たった。彼はそれを取り上げて、
「これが、こっちの方からすごい勢いでとんできて当たって落ちたよ」
といった。まことに物理的には正確な表現といってよい。
・・・
NY君のこの言い方が、伝達の機能をもっていたとした場合、その特徴は、全く、論理だけの、あるいは事実だけの伝達であり、この相手が自分をねらいうちしたという認知がないことである。」

NY君が「相手がねらいうちしたという認知」に達するためには、頭の中で自己を観念的に二重化し、観念的に二重化した自己が過去を遡って、矢の飛んできた方向から矢をねらいうちした相手まで観念的な自己の視点を移動させねばならない。このような観念的な自己の二重化による視点の移動という能動的作業は、自閉児には困難である。

「観察36
NK君は計算能力などの点では素晴らしいものをもっている。時計の針は秒単位で読める。
・・・
以下は彼と母親との会話である。朝、登校する時刻が近付いている。
母「幼稚園行くの」 NK「違う」
母「行かないの」 NK「違う」
母「どっちが本当」 NK「どっちも本当」
母「今何時だと思っているの」 NK「何時だとも思っていない」
母「もう7時50分よ」 NK「それがどうした」
・・・
もう登園の時刻はせまっている。しかし、彼は何時までに何をしなければならないのか、という気持ちは乏しい。・・・だから、急ぐということを知らない。・・・彼は今やっているプラモデルの方に関心がつよいのである。だけれども行かなければという気持ちもないことはない。だから「どっちも本当」という答になってくる。」

母の方は、登園の時刻が過ぎて登園できなくなって困っている自分とわが子の様子を頭の中で描いているから、7時50分という現在の時刻を示すことによって登園の時刻が迫っていることを表現し、「急ぎなさい」ということを言わんとしているのである。それに対し、NK君の対応が示しているのは、NK君の頭の中に、母のような観念的な自己の二重化による未来の予想ができていないことである。また、その母の言わんとしている「急ぎなさい」ということは、「今何時だと思っているの、もう7時50分よ」という表現の、いわば、裏の意味であって、直接的には表されていない。このような場合にも、裏の意味を読み取る観念的な自己が必要なのである。
このような表と裏の世界を読み取ることについては、すでに庄司和晃氏によって、「認識の三段階連関理論」(庄司和晃著1985年季節社)として教育学の中で確立されたものがある。庄司氏は、認識の発展を明らかにした理論の中で、特に「過渡的段階」=「表象的・半抽象的・特殊的・コトワザ的・カモノハシ的・ヌエ的」なあいまいさを残している認識を重視している。このような過渡的段階の認識を媒介にして、「概念的・抽象的・普遍的・法則的・理論的」段階と、「感覚的・具象的・個別的・経験的・体感的」段階との間で、「のぼりおり」がなされるのである。このような「のぼりおり」には、観念的な自己の位置の移動・飛躍が伴っており、過渡的段階の認識は、その中間にあって、いわば裏と表を併せ持った矛盾した形態を取っている。例えば、「サルも木から落ちる」というコトワザは、表の意味は字面どおり「サルが木から落ちることもある」ということであるが、裏の意味は「ベテランでも失敗する時もある」ということを示している。このようなコトワザに対して、「のぼりおり」の視点の移動ができなければ、字面通りの意味しか読み取れないであろう。NK君にとっては、このような観念的な自己の能動的な視点の移動は難しいのである。それに対して、「計算能力など」のような抽象的レベル内だけの「よこばい」の認識は、このような観念的位置の移動を伴わないので、比較的容易なのであろう。
この「観察」を引用させていただいている本の著者である玉井氏は、このような観察例を 「論理だけの伝達」としてまとめているが、論理だけ、なのではなく、「のぼりおり」ができないのである。

「観察37
このNK君はある時期、
「自分の好きなことだけしていてはなぜいけないのか」
という質問をして母親を困らせるようになった。
・・・
この質問に答えるのがむつかしいのは、もう一つ理由があった。それは、彼の論理が、イエスかノーか、いいか、わるいか、であって、いいときもあればわるいときもある、という言い方をききいれないからである。矛盾や例外は認められないのである。」

以下も、同じNK君である。
「観察38
ある時の質問である。
「お母さんは、食べ物以外は口に入れてはいけないと言った。いったん口に入れたら出してはいけないといった。ではチューインガムはお菓子かおもちゃか」
・・・
同じ論理で、彼の家のフスマも障子もある時期ズタズタになっていた。
「お母さんは紙は破ってもよいといった。障子は紙である。故に破ってもよい」
という論法である。」

「観察43
NK君は、ある時期、大便を壁に塗ることに興味を持った。お母さんは当然やめさせようとする。きたないという。すると、彼は反発する。
「今までぼくのお腹の中に入っていたものがなぜきたないのか」
というのである。もう少し論理的に発展させれば、「ではぼくのおなかはきたないのか」ということになる。こう詰め寄られると母親は返答に窮する。「きたなくない」と言わざるを得ない。
「今出たばかりでまだバイキンのつく時間はない」と彼は言う。」

ところで、私がここで示したように、子供の心が自閉の障害にぶつかってそれを克服することができない場合、自然成長性にまかせたとすると、どのような方向に成長して行くことが予想されるだろうか。
感覚的・経験的・体感的認識と概念的・抽象的・理論的認識とが結びつかないと、それぞれが別個に展開されて行くということになる。子供の場合、それは「奇妙な遊び」として現れるであろう。
例えば、母親が台所に行ってしまって見えなくなっても、観念的な自己に見えなくなった母親が見えていれば、声をあげて呼べば戻ってきてくれることがわかり、安心していられるであろう。この遊びが、赤子への「イナイイナイ、バア」であり、子供の「かくれんぼ」である。
ところが、観念的自己の目が育ってなく、感覚的・体感的・個別的レベルでのみ視点を固定してしまうと、目の前からいなくなった母親を探して、いつも動きまわっていなければならない。それは、不安を持ち続けることを意味し、いずれ母親への関心を失ってしまうであろう。いや、あらゆる動物に対する関心を失い、逆に、さまざまな動かない物への執着へと変わっていくであろう。また、自分の取り巻く周囲の環境の変化を嫌い、いつも変わらない固定した環境にのみ居ようとするであろう。固定した変化のない環境の中で、自らの目に見え、音に聞こえる五感の範囲内に捕らわれるように神経を張り詰め、わずかに規則正しく自らの立ち位置を動かすというような単純な「遊び」に固執するであろう。(例えば、平岩氏は「自閉症」の中で、自閉児に見られる典型的な行動を記述している。)
一方、抽象的レベルでの観念的自己の成立がまがりなりにもできた場合には、抽象的・理論的レベルでだけ集中する「遊び」という形に現れるであろう。

「観察22
16−□=18
この□に中に適当な数字を入れなさい、という問題が出た。小学校1年生である。
当然先生の期待する答えは17であった。事実大部分の子はそう書いた。
TM君はひとり違っていた。彼はこれを、
16− −2=18
とやったのである。問題をつくりかえてしまったのである。
・・・
あるとき彼は、
10÷3=
という問題に取り組んだ。3.333・・・いつまでいっても割り切れない。割り切れるはずがない。はじめは面白がって書いていたが、紙が一杯になり二枚目になり、ついにはくたびれてきた。しかしやめるわけにはいかない。どうするかと見ていると、面白いことを発明した。円形に書くのである。こうするとひとまわりまわってもとにくれば、3.333は無限につづき、彼は作業をやめることができる。
ある時期彼はカレンダーづくりに熱中していた。別のある時期、巻尺づくりにこっていた。10メートルにも及んだという。それを伸ばしたりちぢめたりしているうちに足し算引き算を自学自習していったらしい。」

このような割り算やカレンダー作りや巻尺つくりに熱中するというのは、感覚的と抽象的の違いはあるが、自閉児の心の固定した視点という意味では、いわゆる常同行動を抽象的レベルでおこなったものと把握することができる
玉井氏は、これに似た観察例を「創作算数」「マリ算」(NK君が発明した、ミニカーに関する計算)として紹介している。
これらの「遊び」は、「のぼっておりる」ものではないために、抽象的な世界で切り離されて孤立している。算数で言えば、掛け算割り算はできても、文章問題が理解できないようなものである。

熊谷氏はその著「自閉症」の中で、ドナ・ウィリアムズという自閉症の女性を紹介している。
「自閉症の女性、ドナ・ウィリアムズは、彼女の認知パターンはモノ・トラックであると告白している。彼女は話をしている時、相手の目を見つめ、その動きを追うと、もう話せなくなるし、自分が話す言葉や音に注意を払うと内容を追うことができなくなり、やはり話せなくなってしまうらしい。・・・つまり、一つのトラック(走路)の上だけで行動しているうちは順調だが、同時に進行しているもう一つのトラックの上の出来事に注目すると、行動がわからなくなってしまうのだ。」
「認知パターンがモノ・トラックである」というのは、実によく自閉の特徴を表していると思う。彼女は自閉症の研究者となって本も書いているという話であるが、いつか読んでみたいものである。

ところで、やや先走りになるが、自閉児の治療の可能性について、ここの時点で一言述べておきたい。それは、庄司氏の三段階連関理論に基づく教育法に関して、である。
私は医者ではないので自閉児の療育法を具体的に検討する立場にないが、療育法としてのTEACCH法やABA法などは、自閉児の困難を感ずるような観念的な自己の視点の極端な飛躍を極力避けながら、同一レベルでの理解力・判断力をフルに利用し、自閉児の生活力を養おうとしているように見える。また、同一レベルの視点の「よこすべり」だけでなく、「のぼりおり」もやや加えているようにも見える。
庄司氏の教育法が役立つと思われるのは、この「のぼりおり」のレベルの療育について、である。彼は子供たちの「のぼりおり」の練習がいかに重要であるかを指摘し、そのいわば「頭の中の目」を鍛えるための授業を組み立てている。これは、実は、自閉児の頭の中の目を育てる場合にも、極めて参考になると私は考えている。

4.自閉症の特徴3 意志形成および意志の固定化の障害と言語表現

能動的な行為に先立つという意味で、意志は、実践的な認識といわれる。その中で最も単純な実践的認識は、「注意」である。(三浦つとむ著「認識と言語の理論」第1部p48)注意の中にも、背後で大きな物音がしたので思わず振り返ってしまうような反射的な「注意」もあれば、薄暗い中のなにか得体のしれない物に目を凝らして見るような「注意」もある。後者のような注意の場合、暗闇の中で目を凝らしている現実の自分とは別に、頭の中では観念的な自己が成立して、見えない物を予想している場合が多い。注意が持続するのは、このような場合である。そのような場合、主体的条件から、枯れ尾花に幽霊をみてしまう場合もあるが、少なくとも前者の注意から後者の注意には、観念的な自己の二重化の発展・飛躍がある。
例えば、母親が向こうからやってきた子犬に気づき、「ほら、小さな犬よ、かわいいわねえ。」といって子供に顔を近づけながら、犬の方を指さしたとしよう。子供は、母親の指さしに誘われて母親に観念的に同一化し、犬の方に自分の注意を向けるだろう。その場合、子供の心の中で、母親の犬に対する感情が追体験によって再現され、向こうからやってくる子犬が「かわいい」と感じたとしたら、おもわず母親より先に、子犬に走り寄ってしまいかもしれない。その場合、すでに子供の頭の中では、観念的に二重化した自己が子犬を「かわいい」と感じているのである。実際は、近寄ってきた子供に、犬が吠えかかることもあるだろうに。
更に、実践的な認識の発展した形態として、「目的」という意志形態がある。(三浦つとむ著「認識と言語の理論」第1部p108)ノーベル賞を受賞した科学者に触発された子供が、「よし、科学者になろう」という大きな目的を抱いたとしたら、いずれ大学に入ることを考えるだろう。更に、その夢を実現するために、どこそこの高校へと、その目的を具体化して行く。更に具体化した目的を実現するために、高校受験という自らの意志を立てることになる。このように、意志という実践的な認識には、観念的な自己の二重化による未来の予想が不可欠なのである
意志は、単なる欲望・欲求や感情ではない。単なる欲望、例えば、食欲にしても、空腹感をそのまま行動に移してしまい、他人が食べようと手に取ったおにぎりを奪い取って食べてしまうようなことは、よほどの絶食の後ででもなければしないであろう。それが人間と動物の違う所である。「人間にあっては、欲望は認識を規定して、現実の世界を先走りしたところの夢をそれなりに頭の中に描かせ、この夢を行動によって実現し欲望を満たすという形態をとるのである。」すなわち、欲望→認識→意志→行動となるのである。

意志から行動へという形態の中に、表現という行為も入る。例えば、外で元気いっぱい遊んでいた子供が、おやつの時間になって、いつものようにお腹をすかして台所のドアを力いっぱい開けたとしたら、次に示すのは「お腹すいた、おやつまだ?」という表現行為であろう。頭の中には、テーブルの上にいつものようにおやつを用意して待っていてくれるお母さんの姿を、思い浮かべているからである。だから、テーブルの上におやつがないことを見つけたなら、ものすごくお腹がすいていて待っていられない気持ちを表すために、いつかやったように、手足をバタバタさせ始めるかもしれない。このように、欲望→認識→意志→表現という過程を通して、表現というのは、自分の欲求を自分の身体で身振りとして表すことであり、「これらは物質的なかたちを創造することであるが、それは精神のありかたをそれに対応する物質的なありかたに模写し、それによって他の人間に理解できるように表面化」(三浦つとむ著「認識と言語の理論」第2部p300)することである。

この先走った夢=意志から表現へ行為は、やはり自閉児には困難な作業である。なぜなら、意志→表現への過程には、視点の移動が伴っているからであり、自分の二重化として頭の中に意志の形で別の自分を思い浮かべながら、現実の自分の位置で今の自分の欲求を表現しなければならないからである。
このような意志の表現に困難を感ずるならば、自分の欲求を表すためには、別の方法をとるしかない。
「それが、自閉的な子にはできない。・・・ただ、あれが欲しい、という気持ちはある。しかし、手が届かない。仕方がないから人の手をひっぱっていく。そして取らせる。いってみれば自分より手の高いところに届く手をクレーンのように使うわけである。」(玉井氏)

身振りや手ぶりと違って、言語による表現は、人間に認識の中の抽象的な認識をも表現することができる。例えば「犬」と書けば、隣の家の飼い犬も近所の路地をうろつく野良犬も、この言葉で表現できる。それは、「犬」という言葉の中に、さまざまに異なった具体的で感覚的な犬の特殊性をすべて捨象して一般化した「犬」という概念を表現しているからである。抽象化した概念は、いわば透明である。その概念の中には、具体的で感性的なものは何も残っていない。そのため、例えば、「犬」と「猫」の概念を区別して表現するためには、なにか感性的な手がかりを結びつけねばならない。その感性的な手がかりが、「INU」という音声であり、「イヌ」や「犬」という文字なのである。言語は、それぞれの概念に、それぞれ種類として同一な音声や文字を対応させることによって、表現している。だから、明朝体で書いてもゴシック体で書いても私のへたな書体で書いても、「犬」という種類として同じ漢字を使っていれば、すべて「犬」という概念を表すことができるのである。
言語表現は、それらの言葉の使い方が、社会的規範としての言語規範として、社会的に統一されている。つまり、例えば「犬」という概念には「INU」という音声と「いぬ」や「犬」という文字をつかうという社会的なルールがあるので、それを使う人の間で理解しあうことができるのである。
更に、どの表現にも、客体的表現と主体的表現が常に付きまとっている。客体的表現とは、客体についての表現、例えば「犬」や「猫」という表現であり、主体的表現とは、主体の側の認識のありかたの表現、例えば話し手の気持ち、感情、意志などの主観を表すのである。例えば、「ほら、小さな犬よ、かわいいわねえ。」という母親の声には、「小さな犬」と「かわいい」という客体的表現と、「ほら」という感動詞、「よ」や「ねえ」という助詞の主体的表現がある。「お腹すいた、おやつまだ?」という子供の声の中には、言語表現として、「お腹すい(た)」と「おやつ」という客体的表現があり、「(すい)た」という過去を表す助動詞と「まだ」を表す副詞(または間投詞)の主体的表現がある。更に、言語表現として表されていない非言語表現として、お母さんのやさしい声色や「?」や切羽詰まった子供の声色の主体的表現がある。
これらが、言語表現の特徴である。(以上の議論については、三浦氏の著作参照)

「観察8
バスが走り出した。夏の移動教室である。・・・バスのガイドさんが、HS君にマイクを渡した。すると、おどろいたことに、彼は、マイクに向かって話し始めたのである。それはまさにマイクに向かって話すという形容が当たっているであろう。・・・彼がしゃべりだしたのは会話ではなく、ある種の音であったから。それは電車が出す音であった。
彼の住んでいる家はある私鉄の沿線にある。そして、彼の家の近くにその車庫の一つがある。電車はその車庫を出て、いくつもの引込線を渡ってだんだん本線にのっていく。その途中に踏み切りもある。チンチン警報機がなる。そのチンチンという音、線路の上を走る時のきしむ音、ドアの開くときの音、まるで録音したようであった。」

言語表現を使って認識・表現をして生活している大人は、感覚的・体感的なレベルでの認識にあまり注意を払わない。なぜなら、例えば、「電車」の感性・感覚・経験を、「電車」という概念で理解してしまうからである。その時、電車のさまざまな五感に与える感覚は、記憶の中から漏れてしまう。ところが、概念がうまくつかえない自閉児は、感覚的・体感的なレベルで記憶している。いわば、感覚レベルで理解しようとするのである。

「観察11
CD君の母親が、あるとき、わざわざ電話をかけてきた。
「あの子が『オカーサン』といってくれました」
というのである。よほど嬉しかったのであろう。それは容易に察せられる。・・・しかし、しばらくすると母親は一段とがっかりした口調で告げた。「あれはわたしのことではなかった」というのである。
ある「みそ」のコマーシャルであったのである。・・・テレビのコマーシャルは、この子たちがよくおぼえるものの一つである。・・・」

言語表現であるためには、種類としての音声や文字が、概念と結びつかねばならない。更に、その結びつきを、言語規範から支えてもらわねばならない。それがない言語表現は、言語表現ではない。単なる「オーム返し」である。

「観察9
FH君は相当重い自閉児である。言葉はいくつもない。その数少ない彼の言葉の中に「チー」というのがある。それは「オシッコ」のことだと母親はいった。たしかにはじめのうち、それはオシッコが出そうになったときの合図のようであった。・・・そのうちに、一回のプレイ・セラピーの間に何回も「チー」というようになった。当然、トイレに行ってもそんなに出るはずがない。ていねいに観察していると、その意味がわかってきた。
かれは水遊びが好きなのである。ところがいつも使っているプレイルームにはその設備がない。・・・たまたま、本当に必要があってトイレにいった。そのときは、本来の意味で「チー」といった。ところがそこに手洗いがあった。かっこうの水遊びの場である。セラピストはまだ気づいていないからプレイルームに戻す。彼はまた水遊びにいきたい。
そこで「チー」というようになった。明らかに意味は変化している。だから人には通じない。いわば部屋を出るという合図である。
そのうちに新しいプレイルームができた。彼の好きな水遊びがこんどはプレイルームの中でできるようになった。その方がトイレの手洗いより広い。してみればもうトイレに行く必要はない。だから「チー」は出なくなってしまった。二か月ぐらいたってまた「チー」が出てきた時、それは本来の「オシッコ」の意味に戻っていた。」

「チー」はFH君にとって、数少ない表現である。それは、言語規範に支えられていないとはいえ、「トイレに行きたい」「水遊びがしたい」という主体的表現である。おそらく「チー」という表現で、トイレや手洗いという客体を表し、非言語表現として、いわば言外に「したい」という主体的表現を加えているのであろう。しかし、一般的な言語規範に支えられていないだけでなく、彼自身の表現の規範にも支えられていないため、セラピストにも理解できないのである。

「観察27
ID君も相当重い自閉的な子である。言葉はあるといってよいのかないといってよいのかわからない。つまり、彼独特の言葉なのだ。だから慣れた人にはわかる。「アー」といえばアイスクリームである。「ウ―」といえば海のことだ。万事がこの調子である。
その最たるものが「ダダダ、デデデ、ガガガ」である。最も彼の発音はこんなに明瞭ではない。われわれが聞きとって文字にすればこうなるという程度の音である。しかし、これで通じないと彼は不満なのである。
ダダダはきょうだいのダ君である。デデデというのは電車のことだという。ガガガは学校のことだ。だから、これで「ダ君と電車に乗って学校へ行く」ということになる。」

この例が観察9と違う所は、ID君は、まがりなりにも彼自身の表現の規範を作っていて、それを使って主体的表現を行なおうとしているという点である。ただ、それが言語とよぶものになっていないだけである。
言語表現をある程度理解できるようになっても、言語の範囲は、その子の主体的条件によって限られてくる。
例えば、固有名詞のように1対1に対応している言葉は理解しやすいが、関係概念を含むのような言葉は、理解しにくいであろう。例えば、親と子である。子供でも成長して大人になり、結婚して子が生まれれば親になる。つまり、子=親である。こういう矛盾した概念はいくらでもあるが、自閉児にはなかなか理解しにくいであろう。

「観察50
AB君もある種の記憶力などは素晴らしいものをもっている。学校の先生の名前はすぐおぼえる。名前だけではない。住所もすぐおぼえる。局番を含めると六ケタ以上にもなる電話の番号もスラスラである。
ところが、彼は、家へ帰ってくると「お父さん、お母さん」とはいうが、父親の名前、母親の名前はおぼえないという。これはどうしたことであろうか。
わたくしはこれを次のように解釈する。どういう経路であったかはわからないが、彼には、学校の先生は、われわれが、固有名詞と呼ぶ呼び方でおぼえるものというルールが身についてしまったのである。」

固有名詞以外に客体を表す名詞があるというのは、その客体がさまざまな関係のうちに置かれているからである。それが理解できないと、一つのものに一つの言葉以外、覚えないようになる。次の例は、逆に、先に客体に普通名詞を当ててしまい、固有名詞が弾き飛ばされた例である。

「観察52
NK君・・・その彼のあるときの質問である。
「これは妹だ。なぜ女の子なのか」
・・・
わたくしは、やはり彼が、自分が関係を持つ人間に対して、少しオーバーにいえば、1種類の見方しかできないのではないかと考えている。」

「観察54
母「NKちゃん」 NK「ダメケンカ、それいけのにおい、ダメケンカ、カギの国」
母「幼稚園の先生の名前教えてちょうだい」 NK「オシギリギョーラク」
母「うそいいなさい。最初は何がつくの」 NK「ユがつく」
母「それから」 NK「リがつく」
母「それから」 NK「コがつく」
母「みんなで一緒にいえば。ユリ子先生といってごらん」 NK「コワイカギ、だめなの」
母「どうして」 NK「ダメケンカ」
母「じゃ七棟のお友達の名前教えて」 NK「カギマル 一」
母「八棟の403のお姉さんは何という名前?」 NK「トがつく」
父「それから」 NK「モ」
父「それから」 NK「コ」
両親「チャンといってごらん」 NK「チャン」
母「チャンというのじゃなくて、トモコちゃんといってごらん」 NK「コワイカギ」
この会話のずっと後の方で、母は父に「家族の名前は知っているがいわない」といっている。
「ダメケンカ」・・・「やめてくれ」という意志表示である。」

自分自身の言語規範を作り、それを用いて表現しているので、周囲にはわかりにくいが、一応規範があるので、なんとなく理解することができる。
次の観察例は、NK君に関して、言語規範が、彼にとってどの程度まで理解されているかを表すものである。

「はじめそれは、「カギ」といって彼の守り神のような、分身のようなものであった。暗い長い廊下をいくとき「カギといく」といった。「コワイカギ」というときは、「やめてくれ」という場合であった。ここまで母親も気づいていた。あるとき、セラピストが、「カギがこわいかおするのね」といったらうなずいた。彼が嫌なことをされるとき、彼の分身がこわいかおをするのである。
やがてそれは「オチャッパ」になってきた。こうなるとまるでスーパーエゴのような存在になった。彼が嫌なことで、しかし、やらなければならないことがあると、オチャッパが彼に「やれ」というのである。具体的には彼とオチャッパとのやりとりは大声でのひとりごとである。
母親に叱られたことで、守らなければならないことがあると、オチャッパが、母親の言葉になって彼に言う。
キャンプに行って山登りをするとき、彼が途中で嫌だといいだした。セラピストが、今日はどうしても連れて行く、というと、彼は、セラピストに向かって、「お前はだんだんオチャッパに似てきた」といった。まさにそうであろう。」

子供が、遊んでいる途中に母親から言いつけられて、しぶしぶお使いに行く場合を考えてみよう。母親の指示に従って、「遊びたい」という自分の意志を押さえつけ、しぶしぶではあっても母親の意志に従う時、その子の頭の中には、「お使いにいきなさい」という母親の意志が観念的に対象化されて固定化されているということができる。それは自分で「やらなければならない」ことをやっている場合でも同じである。その場合は、自分の意志を他人の命令のような「やりなさい」という形にして自分で観念的に対象化し、それによって自分の「やりたくない」という意志を押さえつけるのである。これが規範であり、親の意志によって、子供の生活過程を整え習慣化させようとする時、それが「しつけ」となる。(以上の議論についても、三浦氏の著作参照)
NK君は、それがまだ規範として成立しておらず、「オチャッパ」として意識されているのである。
このような個別的な対象化された意志が、社会的に認められて共通の意志となる時、それが社会規範であり、社会的なルールである。言語規範も、そのような社会規範の一つである。したがって、意志の形成と固定化、すなわちしつけやルールをある程度身につけている子供にとっては、言語規範も、ある程度身につけることができるようになる。逆に言えば、意志の固定化ができなければ、言語規範も身につかないことになる。

以上玉井氏の著作に依拠しながら、3つの観点から、自閉児の特徴を浮き彫りにした。特に3歳ころから明確になる自閉児については、2番目の観念的二重化の障害が中心になる。それが、観念的同一化と意志の固定化の根底にあるからである。いわゆるアスペルガー型に近づくほど、観念的二重化→意志の固定化→観念的同一化へと比重がシフトしていくことになる。いずれにせよ、こういった傾向は、早ければ早いほど性格として固定化しやすいものであり、その分だけ直してにくくなるものである。
ではこのような障害は、成長して行く子供にとって、いつごろどのようにして固定化していくのであろうか。それは正常な子供の発達過程からの逸脱を検討することになる。いよいよ海保氏に頼らねばならない。

5.幼児(赤子)における意志の芽生え

海保氏に従って、まず、赤ちゃん(誕生してから3カ月まで)の心の発達を追ってみよう。彼女は、この段階において、意志の形成が始まるとしている。

赤ん坊は、母胎から出産すると同時に、大きな声で泣き出す。この瞬間に、赤子の頭の中には、「なにがなんだかわからない」像が形成されているとする。この像は、「認識の原基形態」であり、イメージとしては、すべてが一体となったカオス的な未分化の感情像といってもよい。これは、感覚器官を通して赤子の頭脳に反映された外界と赤子の体の内界を反映した感性的な渾然一体となった合成像であり、また同時に、それに対する赤子の能動的反応でもあり、その表現が、産声であるとする。「外界からの反映と直接に内界からの反映(快・不快の感情)が外界からの反映である像を快・不快の感情像として脳細胞のなかに像を結ぶ」。

泣き叫ぶ赤子は、母親によって母乳を与えられ、世話をされる。そうして空腹が満たされ赤子が泣きやむとすれば、最初、赤子の頭の中には、外界からの「なんだかわからない」反映像と「「どうしたらいいのか、なんとかしてくれ」という不快の問いかけ像」との合成像が形成されている(「外界からの反映はあるにはあるのですが、それ以上に外界像をふきとばす勢いで内界像が強烈に反映してくる」)が、その「「なんだかわからない」不快感がそこで、なにがなんだかわかりようもなくおさまっていく」という過程を経ることになるとする。「この赤ちゃんはただひたすらオッパイを飲んでいくうちに(そこでオッパイをもらったということはわからないのですが)、この不快感はだんだんと消えてなんだかわかりようもなくおさまって、おちついてぐっすり眠るということを体験させられるのです。」
「この体験は、なんだかわけのわからない不快な感情を泣くことによって訴え続けることで、その自らの訴えによってオッパイをもらい、そのオッパイをしゃぶって乳を飲むことをとおしてその不快感がなんとかなっていき、やがて快的になっていくという像をしだいしだいに創り上げていくことになります。」

「このような、はじめての問いかけ像の形成のあり方をつみかさねていって、個人像・感情像がつみかさなっていき、「なにがなんだかわからない」と泣きわめく状態から、これはもしかしたら「オッパイがほしい?!」という像に転化させられていくのです。それがまだわからないばあいは乳房を口にふくませられても、まだなきじゃくっている、ということになるのです。これが「オッパイがほしい」という像に定着するまでには、さらなるくりかえしが必要なのです。こうして、この赤ちゃんは空腹がみたされるという経験をつみかさねていって「おなかがすく」という像も形成されて行くことになるのです。」
この快と不快とが交互にやってくるというくりかえしは、しだいに快を求める5感情像として明確になっていきます。すなわち、自分の不快を消してくれたものが像として鮮明になっていくのです。
このように感情像が明確になることが意志の芽生えであるのです。感情像が明確になっていくということは、感情をあらわすから、それが感情のカタチとして自らの意志になっていくのです。」

この過程の論理を振り返えると、不快の感情像→泣く→オッパイを飲む→不快感のおさまりと快の感情像という認識→表現→実践→認識の繰り返しによって、最初の単なる不快の感情像が「オッパイがほしい」像に転化させられていくということである。すなわち、この過程の繰り返しが、不快と快の感情像の媒介を記憶によって確立し、両者の相互浸透を招き、最初の単純な不快から、外界の感覚像を感情像として取り込みながら、快を取り込んだ不快へ転化していくということである。これが意志の芽生えである。
この否定の否定の過程は、赤子とは別の、母親という人間による働けかけ=労働によって、はじめて可能になる過程である。海保氏によれば、この不快の感情の展開こそ意志の成長過程であり、同時に社会化の過程でもある。

続いて3カ月から6カ月までの赤ちゃんの心の発達を追ってみよう。
「新生児の頃の赤ちゃんはまるで目が見えないかのような動きでしかなく、一日の大半を眠ってすごしています。ところが3カ月もたつと、はっきりと目が見える動きをするようになります。母親があやすのに応じて笑顔をみせるようになったり、にぎらせたガラガラを長い間にぎっていられるようになったり、手足の動きも活発になってくるなど身体的・運動的発育もめざましく、それに伴って眠る時間も短くなってくるなどの成長がみられます。」

「感情像が明確になることが意志の芽生え」に関して、海保氏は次のように言う。
意志とは自らが主体的に描いた目的像に向かってそれを現実化すべく実践へとおもむかせる能動的認識である。」「なにかを求めるからこそ、その求めるものへの欲求が明確化されていき、やがてはそれが意志として形成されて行くのです。」すなわち「赤ちゃんが自らの問いかけ、はたらきかけ、つまり、泣き叫ぶことによって、事態が好ましい方向に変化して行くという自らの体験」こそが、「できないことが泣き叫ぶ=訴え続けることによって可能になる、つまりできるようになるという、さらなる目的的像を形成して行くことになるのです。
ここのところは、意志の形成過程として重要と考えられるので、長くなるが引用したい。
「したがって、泣いたからといってすぐにオッパイをあげてしまうと、この意志レベルへアップするはずの問いかけは、しっかりしたものとしては、つまり、主体的な問いかけとしては育たないことになってしまいます。」
「そしてまたこれは、いわば全身的な問いかけとしてなされるわけですから、よりおなかをへらしたほうがより感覚が鋭くなっていくだけに、より感情レベルで感じていけるのであって、五体をはたらかせる運動と意志の強烈さでオッパイ像がふくらみ、その感情を一層空想化することによって、『あれ』『あの』といった自分が求めるなにかを、自らの意志として像として明確化しながら、気持ちのよさを求める意志として形成されて行くことになるのです。
つまり、この不快感を自分でなんとかしようとする、自分の感情をしずめていくためになんとかしようとすることの強烈さの度合いが、像の形成を、そして意志の形成を強くかたちづくっていくのです。」
「それだけに、自らの感覚がほっしていく状態そのままに、お母さんがそれと察知して、いつもいつもあてがわれている赤ちゃんというのは、『何かが食べたい』『こうしてほしい』という強烈なココロができあがるまもなくなにかをあてがわれて、自らの強い感覚からなるココロの形成過程というのがないのですから、めざす目的像がなかなか形成されない、ということになってしまうのです。」
「これは、『だっこ』とか、『話しかける』といった五感器官に直接はたらきかけられるものほどに、より明確化されて行きます。
たとえば、母親の言葉とかにおいとかといったすべての雰囲気であり、これらが五感器官 をとおして感じられるようになっていくと、当然のように『だっこされるのが気持ちいい!』となっていくわけです。」
最後の部分は、極めて重要である。それは、媒介的に、赤子の心の中に母親像が焼き付けられていくということであるからである。
これらとともに、あるいはこれらとは相対的に独立に、対象への問いかけがしだいしだいに行なわれるようになるものがあります。それは先ほどの自らの内なる自然的な欲求による問いかけではなく、それらを満足させてくれるものとしての対象への問いかけです。これらもしだいしだいに大きく育っていくことになるのです。
その一例が自分の内なる欲求である空腹やオシッコなどの不快感をとりのぞいてくれる人(多くは母親)への問いかけです。
ここから、しだいしだいにその人の像が感覚として鮮明になっていくことになるのです。」
この結果が、先のような赤ちゃんの「正常な発達」となる。海保氏はこれに続いて、母乳と人工乳による育て方の違いを述べている。きわめて具体的な保育論であり、興味をもたれる方には、ぜひ一読をおすすめする部分である。

論理的に振り返ると、母親から与えられる母乳により、不快→快→不快の感情の否定の否定という生活過程を繰り返すことによって、外界の反映像を媒介に、単なる不快の感情像が母乳への欲求像へ、空腹像へと転化していく。同時に、快の感情に伴う対象像が媒介的に発展し、母親の乳房や母親自体への感情像の確立へと、快→不快→快という媒介された否定の否定へと相対的に独立化して行くということである。これを実践的に媒介しているのが、泣き叫ぶという表現行為である。それも感情像の転化に対応して、単なる不快の感情像の表出から、目的的な表現行為に変化して行く。
海保氏が誰にでもわかるようにわかりやすく描いてくれたように、赤子の意志の形成過程は、赤子の社会化の過程でもある。それは、この生活過程を母親の働きの観点から見直せば、直ちに理解できよう。母親ないし赤子の世話をする人を抜きにして、赤子の意志の成長は存在しないからである。

ここで注意せねばならないのは、「泣いたからといってすぐにオッパイをあげてしまう」母親、「それと察知して、いつもいつもあてがっている」母親が、愛情のない母親ではないということである。むしろ、赤子に対する愛情は、人一倍持っているかもしれない。かえって、「すぐにオッパイをあげない」母親、「それと察せず、あまりあてがわない」母親の方が、愛情がない、冷たい母親と取られかねない。だが、問題は母親の心ではない。赤子の内面的な成長を促す、母親のはたらきかけの過程なのである。
しかし、赤子の脳と体の生理的成長の早さを考えると、この時期の心の「成長」が、後から見ると、まるで「器質的」と取られかねないほどに大きく影響することは疑いえない。
「像というのは、まさに五感器官によって形成された五感情像です。したがって赤ちゃんや幼児の場合、そのときつみかさねられなかったものは、後でおぎなうことはほとんどできないのです。その時反映しなかったものは永遠に反映しないことになります。・・・またそれが像としてつみかさなっていきますと、ときには大きくゆがみとして形成されていくことにもなるものです。」

6.幼児(赤子)における観念的二重化

すでに前節の中で、感情像の明確化が意志に転化して行く過程で、同時に、観念的な二重化がいわば潜行していることに、注意をしなければならない。
一方、それは、次の発達段階へと入る契機となり、「人見知り」としてより明確になる。

更に、6カ月から1年頃までの赤ちゃんの心の発達を追ってみよう。またまた、引用文が長くなるが、勘弁していただきたい。
この頃の赤子の成長の特徴は、なんといっても寝たきりであった状態からお座りへ、ハイハイへ、一人立ちへと変化して行くことであり、認識的には、人見知りがはじまることである。このように赤子の成長が急激である時期だからこそ、海保史が次のように指摘するのも合点がいくであろう。
「人間と動物の分水嶺は、認識が主体か本能が主体かということです。動物は本能以外の行動はいわゆる主体的にはとれませんが、人間は主体性ある行動がしっかりとれるのです。そして、この主体性ある行動、すなわち、主体的に行動するということは、意志を持ってする、つまり、目的意識的なものです。ですが、この人間の主体性ある行動は、本能のままに育ったのではしっかりと育ちません。すなわち、主体性ある人間は、本能のままではなく、しっかりとしつけられ、教育されてこそ、そしてそれを学んでこそ、当人の個性として育つのです。・・・それだけに、そのしつけられるべき時期、教育されるべき時期が問題とされます。・・・ということは、本能レベルのことが赤ちゃんにとって、本能として開花しない時期にしつけられなければならないということです。」

赤子が母親以外の人を見て泣きだしたとする。この人見知りの構造について、海保氏は、著書の中では、次のような絵を以て説明している。
「お母さんとほかの人が赤ちゃんの前にいて、その両者をじっとみている赤ちゃんとその頭の中のあり方が絵としてあらわされています。」その絵には、赤ちゃんの頭の中からマンガの「風船」(マンガでよく使う吹きだしのようなもの)が出ていて、「そこに描かれているのは、やさしい笑顔でほほえみかけているお母さんの顔と、そのお母さんにだっこされているのでしょうか、ゴキゲンな満面の笑みを浮かべている赤ちゃんがいます。そして風船のなかの笑顔の赤ちゃんの頭には、さらに風船が描かれていて、その風船のなかには笑いかけているお母さんの顔が描かれています。
この風船に中に描かれている、さらなる風船の中にいるお母さんとは、」「赤ちゃんが今までの経験のつみかさねによって創りあげてきた『お母さん像』であり、目的的像であり、問いかけ像なのです。」「6か月頃にはお母さんと他の人とを区別してはたらきかけるところまで、明確に感情レベルの記憶像が定着してきているということ」である。
これは、快の感情の繰り返しの中で媒介的に形成された、お母さんの五感情像である。
「その不快をとりのぞいてくれ、快の感情をくりかえし与えてくれるお母さんの存在は、ほかのなによりも強烈に頭の中に焼き付けられて行きます。快を求めたときにいつもそれをみたしてくれる=たよりになる存在です。『おなかすいたでしょう』『オッパイ飲もうか』『オムツとりかえようね』『きれいきれいになったね』『ママですよ』など柔らかく、優しい調子で話しかけられ、お母さんの肌のぬくもりを感じながら、その繰り返のなかで育っていくのです。」
こうして育てられた赤子は、他の人を見たときには、「知らないものにたいする恐怖の増大とともに」「『自分が求めているものは違うんだ』『これじゃない、ママがいいんだ』」と「それをなんとかしようとして泣いている」「積極的に自らの不快を対象にぶつけ、快を求めようとしている」ということになる。
つまり、他の人「(B)の像は、この赤ちゃんの頭の中にはお母さん像として形成されているもの(A)とは違うということに気づき、(B)を否定しながら、(A)を求めて泣き始める。しかし、(A)を求めて泣いていても、(B)がそのまま反映し続けるだけに、そのゆがんだ像がしだいにオバケ的なもの(C)としていわばより鮮明になっていく。結果的に、よりオバケ的なものとして問いかけ的にみるために、さらに増幅されて反映してくることとなる。(C)からののがれたい、という思いと恐怖心から、より強く(A)を求めてはげしく泣くじゃくることとなる。」
この母親像の鮮明化とともに、オバケ像を描いてしまう認識の力が、観念的二重化の能力の芽生えといえるものです。
このようなあり方が「社会関係としての人間関係への第一歩であり、問いかけ、つまり意志の誕生の第一歩となっていくのです。」

論理的に整理すると、快→不快→快という媒介された否定の否定の繰り返しが、快の感情に伴う母親の対象像の固定化を促し、母親自体への感情像の確立と保存(記憶)へ量質転化させる。これは、母親以外の人の反映像との区別の意識へと繋がり、それが「人見知り」として現れる。
ところで、母親の五感器官の反映像の積み重ねにより転化していく感情像は、個別の母親像ではない。母親像は、個別の場合ごとに違って現れる。だから、積み重なって固定化するのは、個々の像に共通する普遍的な母親像である。したがって、この少なからず普遍性を持った母親像は、厳密に言うと、赤子の頭の中以外にはどこにも実際には存在しない母親像なのである。
このように、頭の中で母親像の記憶を再生させるということは、現実の母親や他人に対している自分以外に、その母親像を見ている(厳密に言うと感じている)自分が存在するはずである。(無論、赤子にはそういう自覚はないであろうが。)これが観念的自己分裂による観念的二重化なのである。ここでは観念的な自己は、母親以外の人の出現によって媒介的に再生させられた記憶の中の母親像(観念的に対象化している)によって、受動的に再生されられているのであって、自分自らが能動的に創りだしているのではないが。だが、その母親像に対し「ママ」と意識しだしたとしたら、それは言葉の始まりといってよい。
こうして、赤子の精神の母親像の獲得は、観念的二重化の芽生えとなるのである。

だから、母親像の定着へと歩みださなかった赤子は、いわば本能のままに育っていくということになろう。五感情像としての母親像へ量質転化する代わりに、母親像の存在しないままで量質転化が起こるであろう。だから、海保氏が、母乳とミルクで育てられた赤子の違いを記述している部分は、自閉症児を考える場合も大いに意味がある。
ミルクと紙オムツで育つ赤子を、極端な例として取り上げ、次のように言う。
「感覚器官も含めてすべてが強烈な運動形態におかれないままに創られていっています。・・・その感覚器官がおそまつなぶん、対象からの反映も薄っぺらな感動のないものとして描かれて行きます。またそれと同時に、内界からの欲求も弱いのですから、対象へのはたらきかけを積極的に行なうということもほとんど学ばせられないままに、ココロの育ちはおそまつなままに、極端にいうと、いわば静止している絵のような動きがたい像が形成されて行きます。」
その結果、この場合の人見知りは、「『こわいよー』『たすけてー』」という「恐怖の増大とともに、そこから逃げ出したくて泣いている」という単なる「逃げ」ということになる。
「この子は人見知りがはげしいから、できるだけ他の人と関わらせないようにしよう」ということで育てていくならば、この赤ちゃんのオバケ像はなかなか変化して行きません。「多少人見知りをしても、他の人とかかわっていこう、そしてこわがらなくてもいいんだ、安心していいんだということをわからせていこう」と努力して行く場合には、このオバケ像はすこしずつ母親像に近いものとして変化し、形成されて行くことになりましょう。事実、大家族のなかで育ち、いろいろな人が入れ代わり立ち代わり出入りし、かわいがって育てられた子は、「うちの子はほとんど人見知りらしい人見知りもなく育ったんですよ」ということになっていくのです。」

「3、観念的二重化の障害」の中で、観念的二重化の障害がもたらす成長阻害を取り上げたが、再度ここで考えてみよう。
ここで、私の手元にある「やさしいこどもの精神科」(佐藤尚信・矢野徹著)から、カナ―の自閉症の定義について述べてある「第7章 幼児自閉症」から引用しよう。
著者は、カナ―の定義を認め、自閉症の一つに「極端な孤立の傾向」があるとしている。それは「自分以外の人間に関心を示さず、情緒的な交流が持てないということです。それは『親と視線が合わないとか、抱っこをしようとしても石を抱くような感じで、抱かれるための姿勢をとらないとか、冷たい顔で表情に乏しい』というようなことから、孤立の傾向というわけです。これを自閉性ともいいます。」
石井哲夫著「自閉症児の治療と教育」には、「何故、自閉症の子供たちは、こんなにまで無反応のように人からの呼び掛けや、誘いというものに応じられないか、ということについて考えて見たい。どうもそこには、応じてはならない、応じたのでは生きていられないといってはおおげさかもしれないが、非常に不安定な状態が認められる。だから常にピリピリしている。自閉症だから感じないのではなくて、いわゆる生傷に触れられるような感じのピリピリしたものがあるので、これが為にうっかり外側の刺激をバルブをゆるめて、インプットを多くすると参ってしまう。だからインプットをできるだけ制限するというような状態をつくりあげているのではなかろうか。」
どの教科書にも出ている自閉症の最初の、かつ典型的なこの症状は、このような観念的二重化の獲得の失敗と後退と位置づけられないだろうか。
それは、論理的に言えば、不快→快の否定の媒介を断ち切り、海保氏が述べたような、赤子の意志の形成とそれに伴う母親像の成立を妨げていく過程ではなかろうか。否定の媒介の断絶があるからといって、赤子の身体的・生理的発達は待ってくれない。その結果、どういう現象が現れるであろうか。 不快の感情が意志のレベルに達することができなくても、空腹やオシッコなどの生理的欲求は否応なしに訪れ、その度に赤子は、内界の不快感情を感ぜざるを得ない。それは、対応した目的像を失ったまま、突然現れてくるであろう。一方、脳と五感覚器官の生理的機能の発達は、否が応でも赤子に外界の反映を迫ってくる。しかし、外界の反映である感覚は、母親の像を明確化することがないように、五感覚は感情に転化することなく、または、うすい感情の裏付けのままで、焦点が定まらぬまま、外界の写しのままを、まるで写真のそのままのように写し取り、その中で、動くものにだけ目を向けたり、あるいは、自らの手足の動きにのみ目を向けたりと、どこかに注意を合わせることが難しいままでさまようことになるであろう。
自閉症児との関係で言うなら、この頃までの発達障害が積み重なれば、社会性の欠落した、周囲の赤子とやや違っている、個性という範囲からはやや逸脱していると母親がなんとなく気がつき感じられるようになっていくであろう。

幼児が言葉を発し始めるのは、1歳ごろと言われている。しかし、使用する言葉の種類が爆発的に増えるのは、1歳半から2歳にかけてといわれている。(熊谷氏は「自閉症」の中で、幼児が言葉を獲得している過程を記述している。)
言葉、特に名詞のような客体的表現は、抽象的な概念である。先の母親像で指摘したような対象の普遍性を、「ママ」という種類としての音声や文字で表現したものである。したがって、名詞を使用するためには、具体的なものから抽象的なものへ(観念的な自己によって)一般化・普遍化できる実力が育っていることが必要である。
また、動詞のような客体的表現は、「イッタ」「シタ」「オチタ」「キタ」というように「タ」という過去を表す主体的表現と結びついて、時間的な推移を表現できる。これはとりもなおさず、観念的な自己による観念的世界を成立させる実力が育っていることを表している。
すなわち、観念的二重化の芽生えから、この能力の形成→定着には、半年〜1年の量質転化の期間が必要なのである。それは、言葉を発し始めた赤子に、周囲の人達がどのように接するかを想像すれば、容易に理解できる。例えば、大人が幼児に対して行う「イナイイナイバー」という遊びは、観念的な自己を育てる遊びともいうことができる。
また、意志の固定化としての規範が理解できる実力も必要となる。それは、この期間の発達過程において養成されるものである。
逆に言えば、観念的二重化の育成に失敗した場合は、獲得しつつあった言葉を失っていくことになりかねない。

さて、次の観念的同一化の課題に移る前に、「赤ちゃんの探索行活動」及び「五感情像を豊かにする」ということを取り上げておかねばならない。それは自閉児の感覚・行動との違いを理解するためである。
海保氏は、「ハイハイ」について、次のように言う。
「また寝がえりから大きく成長して行く点は、ハイハイというのは自分が対象に近寄っていけること、そして近寄った対象を直接に自分がさわることができるということです。そのことによって、大きく世界が自分に近づいてくることになります。つまり対象の実質が事実として反映してくることになるのです。」
「寝返りという運動にともなって変化して行く外界からの反映によって、自らの認識もさらなる運動性をおびたものとして、すなわち、上からの認識=像に加えて、新たなハイハイの像が重ねられる。そして融合するというふうに発展して行きます。それだけに、まわりをみまわし、音に反応し、手で物をつかもうとする積極的な探究心がでてくるのです。」
「この段階をへて、しだいに対象を自分の手でつかむ、さわる、つかむ、ということが、より強烈なものとして反映してくることになります。」「自分の皮膚感覚をとおしてこんなものなんだな、という対象の実質が反映してくることになります。つまりみる→実感する、へと反映が強烈に創られて行くのです。」
やがて、支えられての一人立ち→自分で立っての伝え歩き→両手で支えて歩く→片手で支えて歩く→両足で歩く、となっていく。
「立って歩くと言うことは、赤ちゃんにとって未知への挑戦であり、大変な努力と労働を必要とします。それゆえに、自分で全身に力を入れて使おうとする認識が育っていなければ、すぐに『だっこ』となり、決して自分から立とうとはしないのです。歩きだすまでの過程の中でつちかわれてきた認識が、『立ってみよう』『歩いてみよう』という、外へ外へと向かう赤ちゃんの認識を意志として形成して行く基礎となっているのです。」
「それは簡単には、自分がしだいしだいに積極的に生活して行くことになる『世界の性質を理解する能力』の芽生えであり、主体性を育む意志の形成に大きくかかわってくる、ということです。」「そこでは、単に見るだけの反映だったものから五感器官を総動員しての実感するという反映へと、反映が重厚性をもつことになり、より対象の実質的な反映が強烈に創られて行くことになるものでした。」このことが、「脳細胞に形成されて行く五感情像を、より密接に豊かに形成して行く」ことであり、「目的意識と言う五感情像」を豊かに創っていくことに繋がるのである。
「では、五感器官をとおして対象を生々しく反映させ、しかも五感器官も認識もともに躍動感をもつようにみがいていくには、どうすればいいのでしょう。それは、『自然的・社会的な関係をなるべく直接的な形態で反映させるように目的意識的なかかわりのなかで、手足を中心にして五体を運動形態におきながら、五感器官をとおしてそれらを脳細胞に反映させて豊かな像を形成させていくこと』です。つまり、簡単に言うと、赤ちゃんにはできるだけ素足や素手で対象とかかわらせるなかで、それらを反映させていくことです。」
この本の中では、「感覚器官を通して対象が生々しく反映させる場合」と「主として視覚を通して絵や本などから間接的に対象を反映させていく場合」をリンゴの絵と本物のリンゴの場合を比較しながら、具体的に説明してある。

7.幼児における観念的同一化

海保氏の本には、子供の精神的成長についていろいろ重要なことが書かれているのであるが、ここでは自閉児に焦点を当てているので、その他のことには目をつぶって、一足飛びに、言葉が理解できる2歳から3歳児の反抗期に移らせていただく。

反抗期とはなにか。海保氏は次のように説明する。
「1〜2歳のこどもは、外界の反映はほとんどが未経験、つまり新鮮なものだらけです。それだけに当然に、「なんだろう!?」の像である認識も新鮮そのものであり、また不思議いっぱいのものです。そればかりでなく、自分の認識(個性)もまだ育ってはいないので、当然に、自分で判断することができません。というより、判断したいという欲求も湧いてはいません。そこで、すべてを「お母さん、これなあに?」というかたちで、自分の分身である母親に答を求めるものです。そしてこの母親の答えは、実は自分の答でもあるのです。家庭教師にすべての答えを教わって満足している「おぼっちゃん」を想像してください。あの原基形態です。
ところが2〜3歳にもなりますと、そういった自分が反映した認識が、しだいに自分の認識として量質転化をおこし反映させはじめます。すなわち、自分の中に自分が育てた認識が、自分の認識として個性として成長してくるのです。そうなりますと、答は自分が出したくなります。母親の答はもはや不要となっていきます。簡単には自分流の欲求、欲望が芽生えてくることになるのです。ここまできますと、母親の答、母親の親切はかえって邪魔になりかねません。その不要、邪魔と思えるものにたいして実体がかんしゃくをおこし、認識が反抗というかたちをとってくるのです。これがかんしゃくと反抗が成長してくる過程的構造なのです。」

ところで、ここで一つの例を挙げている。少し長くなるが、実際の例で示すのが一番わかりやすいと思われるので、あえて引用させていただく。
「母親が迎えにきていっしょに帰ろうとしていたこどもが、戸口のところで母親となにかもめていることに気づいたのです。どうしたのだろう?と行ってみると、母親がなにか一所懸命にその子にいいきかせているところでした。  その子はウサギのぬいぐるみをだいていましたが、それは保育園のものだったので、母親は「これは保育園のものでしょう」「お家にもっていっちゃいけないの」「おいてらっしゃい」「お家にもあるでしょう」などといろいろいい方をかえながら、なんとかそのぬいぐるみをはなすように説得しているところでした。
 ところがなにをいわれてもその子(S子とします)は「イヤダ」の一点ばりで、さすがの母親もほとほと困りはてているようでした。
 それをみて、私は・・・いささか緊張しながらS子のところへ行ったのです。そこでの第一声は、「S子ちゃんは、ウサギさんがだいすきなのよね」でした。すると、それまで「イヤダ」と抵抗していたS子が「ウン」とうなずいたのです。
それからは、「S子ちゃんはウサギさんと仲よしこよしだものね」「だっこしていたいよね」「でもウサギさんもお家に帰らなくちゃ」「S子ちゃんもお母さんといっしょにお家に帰るでしょ」「ウサギさんもお母さんのお家に帰りたいって」「ウサギさんお家に帰らなかったら、お母さんひとりぼっちでさびしいって泣いちゃうでしょ」「お家に帰ってごはんたべて、ねんねして、そしたらまたS子ちゃんといっしょにあそぼうね、つて」
このような内容のことをくりかえしているうちに、「ウン」とうなずいて私にそのぬいぐるみを渡してくれたのです。そして「ウサギさん、バイバイ」といいながら、お母さんと帰っていきました。」

  これに対して、次のように説明している。本には、挿絵入りで書いてあるが、
「母親はなんとかS子がウサギのぬいぐるみをおいて帰るようにはたらきかけていますが、その一言一言はS子の頭の中では、大好きなウサギが自分のもとからはなれていってしまう、さびしさやかなしみの像として描かれています。・・・母親の「○○してはいけない」という言葉は、S子にとって大すきなウサギさんとはなればなれになる思いとしてしか描かれていないのです。それゆえに、「イヤダ!」という表現になったのです。
それにたいして、私の「S子ちゃんはウサギさんが大すきなのね」という表現は、まさにS子が描いている像、思いと合致するものであり、母親にたいしてはガンと閉ざしていた気持ちが、そこでそっとほぐれ、その瞬間はなればなれの像が消されて、ウサギのぬいぐるみをだっこしている像が思い描かれて、「うん」という返事となったわけです。
 その後の「仲よしこよしね」「だっこしていたいね」「S子ちゃんもお母さんとお家に帰るでしょ」「ウサギさんもお家に帰りたいって」などの表現も同様に、S子の頭のなかにお母さんといっしょにいたい自分の思いをウサギにも重ね合わすことができたこと、今はサヨナラしても、そのサヨナラはかなしいものではなく、またいっしょにあそべる像に結びつけることができたことによって、スッとぬいぐるみをご渡してくれた、ということになったのです」
「以上のことから反抗ということを考えてみると、「自らが主体的に描き出した像の現実化に向けて、行動をこしたときに、外界からその行為をはばもうとするなんらかのはたらきかけがあり、それにたいしてあくまでも自らの目的を達成しようと、認識と実体を駆使しながら、対象に向けておこす行動である」といえましょう。」
「これは一見すると、S子が保母の立場にたとうとし、その立場にたてたからこそぬいぐるみを離したかのように思えますが、そうではありません。ここにおいては、S子の二重化はまだ自己の二重化、自分の自分化のレベルにとどよっています。つまり、S子の認識が変化したのは、S子が母親の立場とか保母の立場とかを考えたから変わったのではなく、保母がS子の立場にたとうと努力しながら、S子にはたらきかけた結果、保母がS子に二重化できたからこそ変化したわけです。したがって、そのときのS子の認識はそのことによって、自分がまたぬいぐるみをだっこできる、という思いと重なったからこそ離すことができたわけです。しかしながら、ここでは、自分の自分化ながらも、「ウサギさんが泣いちゃう」とか「ウサギさんがひとりぼっちになっちゃう」というように、自分のさびしさや悲しさをウサギの心と重ね合わせながら、考えようともしはじめています。また、保母の言葉かけにたいして、いわれていることをそのままに頭のなかに描こうとしていることなどが、現実の自分と、頭のなかにもう一人の自分を創りだす、という観念的に自分を二重化する実力をつけていくために、とても大切な訓練となっていたのです。
「けんかをし、仲よくし、そして周囲のおとなに反抗する、などのことをくりかえしながら、自分を二重化することをとおして、自分の頭のなかのもう一人の自分をはっきりと自覚する実力をつけながら、自分以外の人が異なった考え方や行動をする、という現実を知っていくのが反抗期だったのです。」
「そうして、この過程をきちんとふんだこどもは、しだいに4歳から5歳になる頃には、自分と他との関係から自分の他人化ということが、すこしずつできるようになっていくわけです。

以上、海保氏の本に則って、幼児の精神的発達を記述してきた。お分かりのように、自閉児の特徴は、幼児の正常な発達からの障害及び逸脱として、理解できるものである。それには、私がここで指摘したように、三浦氏が示し、薄井氏が基礎づけ、海保氏が展開した認識的看護論及び保育論が必要なのである。石井氏に見られるような自閉症に対する熱心な取り組みは、弁証法的唯物論に基づく正しい認識論があって、はじめて生きてくる。それはすべての科学の基礎であるからである。

8.自閉児の治療の可能性

自閉症の特徴を、幼児の発達過程からの逸脱として、発達段階に対応して理解できることを示すことができたので、その治療の可能性も与えられることなる。
私は、この論文を書きなおすために玉井氏や石井氏の本を読み直していて、私や海保氏のような観点から検討すれば、彼らの本の中に、すでに十分治療の手がかりが与えられていることを見出した。したがって、現在行われているTEACCH法やABA法などの療法を組み合わせれば、真に有効な治療理論を体系的かつ統括的に構築することは十分可能である。
あとは、それを発展させ技術的に応用させる治療者がいるかどうかである。
ところが、私はその手がかりも、今回、同時に発見したのである。
海保氏が参考にした薄井氏のことを検索していて、彼女が学長をしていた宮崎県立看護大学のHPに辿りつき、CiNiiで宮崎県立看護大学研究紀要を読むことができた。そこで、すでに科学的な看護学の理論を身に付けた看護学の専門家が育っていることを見出したのである。彼らなら、自閉症の治療理論を使って、治療技術を開発することが十分可能である。だから私は、自信を持って、平岩氏の次の言葉に同意するものである。
「障がい者の介護にたとえてみましょう。体が不自由になったときに、家の中の段差をなくしたり、手すりをつけたりする、これがバリアフリーの考え方です。バリアフリーを実現して、障がい者や高齢者にとって行動しやすい環境を作り出す。これは、まさに自閉症児に快適な環境を作り出して、その潜在能力を引き出そうという、TKACCHの思想に共通するものです。
 バリアフリーは有用ですが、障がい者の生活能力を高めるには、これだけでは不十分です。なぜなら障がいには一人ひとり異なった面があるので、その人にあった対応やリハビリテーションをしないと十分な能力の回復につながらないからです。設備を改善すると同時に、障がい者の身体能力を回復させるリハビリテーションが両輪として機能してはじめて障がい者の自立が実現します。」
自閉児のリハビリテーションを行なうための理論と技術と人材は、すでに可能性として十分与えられている。あとは組み合わせるだけである。そうすれば、自閉児が社会の中で自立して生活していくことが可能になる。

参考文献

  1. 海保静子著「育児の認識学」1999年現代社
  2. 薄井但子著「科学的看護論」1974年日本看護協会出版会
  3. 玉井収介著「自閉児の言語」1979年日本文化科学社
  4. 三浦つとむ著「日本語の文法」1975年勁草書房
  5. 三浦つとむ著「日本語はどういう言語か」1971年季節社
  6. 三浦つとむ著「こころとことば」1977年季節社
  7. 熊谷高幸著「自閉症」2006年ミネルヴァ書房
  8. 庄司和晃著「認識の三段階連関理論」1985年季節社
  9. 平岩幹夫著「自閉症」幼児編2010年講談社
  10. 三浦つとむ著「認識と言語の理論」第1部1967年勁草書房
  11. 三浦つとむ著「認識と言語の理論」第2部1967年勁草書房
  12. 佐藤尚信・矢野徹著「やさしいこどもの精神科」1978年星和書店
  13. 石井哲夫著「自閉症児の治療と教育」1979年三一書房
  14. 石井哲夫著「自閉症児がふえている」1970年三一書房

トップにもどる/ 文頭にもどる