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お盆休みの一週間なので案の定、故郷へは800Kの距離での渋滞は全くありませんでした。深夜に出発して、大津SA以外には休憩もちょっとだったせいか、淡路島へは6時間半で到着してしまいました。
1. 明石海峡大橋は海面から300mもの高さがあり、欄干のカーブの美しさが、青空に映えてとても綺麗です。パンフによると季節や時間に応じた色とシルエットのlightupがあるようです。
観覧車もありましたが、きっと夜は、海辺の灯りがきらきらして素敵なnightspotかも、と思いました。次の大鳴門橋では車で止まれなかったは残念ですが、あちこちで渦が巻いていました。船で近くへ行けば圧巻間違いなしでしょう。
2. 詫間町から須田港へ行き、車を駐車場へ入れて小さな「あしま」丸で粟島へ向かいました。.35年ぶりの故郷の海は夏の太陽がきらきらと穏やかで、思いの外綺麗で、港にもボラがユラリと泳いでいました。
3. 日本最古の既に海員学校が、粟島港の入り口に建っています。 往時の洋風建築をそのまま残して薄緑色の木造校舎と丸い刈り込みの松のコントラストが特徴的です。
子供の頃、島の海水浴場近くで見た、生徒達のカッターレースの練習風景の掛け声が聞こえてくるようでした。現在は資料館として保存されていて、そばに宿泊設備の整のったル・ポール粟島が建っています。
夜には幻想的な海ホタルを見せていただき感動しました。
4. 島の道は今では殆ど舗装されていて、道路も広がっているのには驚きでした。下り道をおりてくると松林が見え海水浴にはやる気持ちを抑えたものです。 驚きは島の松林が姿を消して、夾竹桃の防風林に変わっていました。
波消しブロックで護岸も景観を壊しているのにはガッカリでしたたが、台風で水浸しになりやむを得ない処置だったのではと思いました。いつでも波が穏やかで凪のような海面が、台風の時だけ荒れたのを覚えています。 5. 島の高いところへ登ると、オリーブ畑がかつてはたくさんあったのですが、お花畑に遠くの島々が見えて、 夏の花達も恵みの太陽と夏風を受け、散歩をして、このロケーションが、大好きだったのを思い出しました。
6. 父の志志島は、粟島の場合の4000人が300人に・・・よりさらに過疎化が進んで、300人が25人だとか・・・で、定期船の回数も少ないようですが船着場も新しくなっていました。
7. 村の上へ行く途中に井戸があったのを思い出しましたが、この島は小さいので今も水の周りにも大事に、そして丁寧にお花が飾られていました。
8. 次の日は琴平町で美味しい讃岐うどんを炎天下に1時間も並んで食べました。カツオの効いたさっぱりしただしと、コシのある麺には敬服の念!!
こんぴらさんへは途中までしか階段を上りませんでしたが、讃岐平野が階段の途中から見えて讃岐平野独特のポコポコ山の形が懐かしかったです。
9. 丸亀城へ着いた日中は今年の夏の暑さがじりじりと砂利道を暑くしていますが、それでもこの城内の蝉はミンミンゼミと違ってとても上品な鳴き声でした。城壁は日本でも最高の60Mとかで扇の急勾配と言われとても美しいカーブでした。
観光案内所ではウチワつくり体験が出来るようで何人かの人が教わっていましたが、形や色がとってもよく、手作りの良さを見て私も何枚か買いました。
10. 日本中の富士はいくつあるか知りませんが、子供の頃からよく見た富士山は、夜行列車で夜中に見ラレズに通過した静岡の富士よりも、香川の讃岐富士です。平らな平野にポッコリ浮かんだ親しみのある形をしていますね。
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