教育時事問題について考えよう。


教育時事問題を、独断と偏見で、考えてみてみるコーナーです。
いろいろ、反対意見もあると思いますが、
「子供さんのしつけや環境、教育について、
もう一度、真剣に考える機会」になってくれれば幸いです。
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その際は、申し訳ありませんが、スクロールしてご覧になって下さい。


Contents


 特別編

 算数・数学のセンス編(NEW)

 生徒管理(1)〜(30)

 釧路の学力の現状って?(過去版)
 1〜16&平均点が赤点

 釧路の学力の現状って?(過去版)
 17〜

 学習内容・指導編

 「個数の0」と「自然数」(NEW)

 4月終わりの中1・2数学と中3数学の教え方(NEW)

 4月終わりからGW明けの中3数学(NEW)

 4月に入って、中3数学は大丈夫?(NEW)

 「条件・類推のセンス」と「組み合わせ」(NEW)

 「類推のセンス」と「仮定のセンス」

 「類推のセンス」と「計算力」

 「仮定のセンス」と「数学の問題」

 「条件のセンス」と「数学の問題」

 「確定要素」と「不確定要素」「仮説」

 算数・国語の採点基準

 分かっているなら、きちんと書く

 「かけ算」の式の作り方

 小学校低学年「宿題は家庭学習の入り口」

 教育理論編

 


 学校生活・しつけ編

 先生編

 指導力不足の逃げ道

 通知表に意味を与えよ

 テストで学力をつけましょう

 家庭編

 学力3割・体力3割・気力3割・運1割

 先を見越しても「ありがたみ」は感じない

 地域問題

 「塾の功罪」と「地域の意識」(NEW)

 何でもかんでも「難しい」

 高校入試で考えてみよう

 釧路の学力状況はどうなっているんでしょう?

 高専の推薦倍率

 総合Bの結果です

 「全国学力テスト」の結果が出ました

 「序列化」、どうなった?

 総合Aの結果です

 今年の中3の受験

 でました〜釧路の平均

 附属のテストは難しい?

 

  
内容が増え、ページが重くなりつつあるので、掲載時期に合わせて分割しました。

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「個数の0」と「自然数」


小学校と中学校の違い

 「自然数の定義」と言うと「ものの個数や順位を表す数」と習っていると思います。でも、これ、ちょっと変だと思いませんか? 「ものの個数」なら「個数だけ」で、「順位」なら「順位だけ」で事が足りるはずです。なのにどうして、わざわざ2種類も用意してるんでしょう? 

  実は、以前、中学校で「整数の性質」という単元を、今の「正負の数」の前に習っていた時期があります。いわゆるGCMとかLCMを習っていた時代ですね。そして、そのときに、小学校と中学校で明らかに答えの書き方が違う問題があったんです。それが
「3の倍数を小さい順から3つ書きなさい」
という問題。
 これ、当時の小学校では、答えが「3、6、9」。要するに、答えが3×1からスタートだったんです。ところが中学校では、0を含めてくるので、一番最初は3×0からスタート。したがって、中学校では答えが「0、3、6」となったんです。ですから、当時は「この問題は、小学校の時とは答えの書き方が違うからね」と説明しなければならなかったんです。
 これ、たぶん、今だと48・9歳くらいから年齢が上の先生じゃないと分からないかも知れませんね。

 そして、なぜ、このような事になったか、というと、以前は、個数で0を扱う場合、小学校と中学校で明確な違いがあった。小学校では、個数を数えるときに「1、2、3、4、5・・・」と1からスタートして数えたのですが、中学校では0を含めて「0、1、2、3・・・」と数えるという事になっていたからなんです。そのため、当然、かけ算も、小学校で習う九九は「さんいちが3、さんにが6・・・」と「×1」からスタートしていましたが、中学校では、その一歩手前の「×0」からスタートになっていたんですよ。

 ところが、最近では、この「0」の扱いの違いが明確ではありません。学校の先生が意識して教えないと、そのまま通り過ぎていってしまうんですね。結果、どこに影響が出るかというと、関数の「変域」なんです。ここが一番、影響が大きい。例えば
「1m60円の紙テープをxm買ったときの代金がy円」
という問題。これ、小学校感覚のままだと1からスタートでyの値が「60円・・・」と増えていくことになるんです。ところが、中学校では0mからスタートですから、当然、金額も0円からスタート。グラフもきちんと原点からスタートになるように書きますね。となると、もしも、小学校感覚でいる子がいたら、その子は、単に学校の先生の真似をしてグラフなどを書いているだけで、根本的な理解が伴っていない、ということになります。こういうところが落とし穴なんですよ。
 また、小学校でも、自分が中学校で習っていたときの事を思い出し、比例が出てきたときに、何となく「0から書け」というふうに教えてしまっている先生もいるんじゃないでしょうか。これだと、生徒が、何となく「分からない」というような気持ちになって、結局、算数嫌いの子を増やしてしまう原因になっている可能性もあるんです。
 だから、説明しなければならないところは、きちんと授業で子供達に話しておかなければならないんですよ。

 となると、小学校の感覚で言うと「個数に0を含まない」わけですから「0を含まない」という「自然数の定義」がそのままオーケーになります。ところが、中学校の場合、個数に「0を含む」わけですから、「個数」という言葉を使うと「自然数」の定義に当てはまらなくなります。当然、「個数」だけで表すわけにはいかないので「順位」という概念が加わるわけですね。

 そして、もう一つ。数学で良く使われる「n」という文字。これ、そもそも「natural number」の「n」で、いわゆる「自然数」の「n」なんです。ところが、これ、問題を解いて見ると分かるのですが、nに0が当てはまる答えになる場合も結構ありますよね。ですから、問題でも「整数nを答えなさい」とか「自然数nを答えなさい」というように、nに0が入るのか、入らないのかを問題文の中でハッキリさせるような書き方をしているわけです。

 となると、英語の訳をそのまま「自然数」とした場合、そのnに0が入ったり、入らなかったりするわけですから、nは自然数なんだよ、と言い切る事が出来ないことになってしまいます。そして、学校では「自然数に0が入らない」というふうに「整数」と完全に一線を画すように教えている以上、nに0が入ると非常に都合が悪い。そこで、「n=自然数」について勘違いが起きないように「個数」と「順位」の2つ用意している、ということなんです。ですから、nの扱いについては、その都度、きちんと日本語を見て、0が入るか、入らないか、を確認しなさい、という事にしているんですね。

 正直に言うと、ここまで生徒に説明することも無いのですが「なんで、自然数の定義に、個数と順位と2つ例が入っているの?」と疑問に思う子が出てきたら、答えられるようにしておいてもらえればいいのではないかと思います。

 そして、このように、以前書いた「0のセンス」というのは、中学校に入ってからもずっとついて回るんですね。
 さらに言うと、高校に入ってからも、この「0のセンス」が絡んできます。例えば、微分なんていうのは、分母が0にならないように、極力0に近づける、という考え方をしますし、高校で出てくる
「xについての方程式 ax=b を解け」
というのも、中学校では、普通に等式の変形をして、x=b/a とやるわけですが、高校ではa=0の場合を想定して場合分けをしなければなりません。そして、こういう「0のセンス」がらみの問題が出てくると「分かんない〜」となってしまう子が多かったりします。

 結局、この数学のセンスというのが、後々、高校までも響いて来るんです。ですから、教える側の立場として「0の扱い」がきちんと出来るか、無頓着か、で、決定的な差になってくる、くらいに考えておいて欲しいと思います。
(2017/04/27)

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4月終わりの中1・2数学と中3数学の教え方


中3でとろいところがあるようです

 2つ前・3つ前の記事で、中3の数学の進度について書きましたが、現時点では、ある中学校では順調に「因数分解」に入ってます。ところが、案の定、まだ、展開の公式に入ってもいない、おバカな中学校もあるようで・・・
 また、以前、展開の公式の教え方が無茶苦茶で、子供達が全然出来なくなってしまっている中学校もありました。それで、気になる人は、子供さんのノートをみて下さい。展開の最初の説明(導入)では、四角形の図を使って説明するところもあるので、そこに四角形の図が書いてあっても良いのですが、「展開の公式の計算の途中の部分」に田んぼの「田」の字のような図を書いているところがあったら要注意。変な先生だと思ってください。こういう教え方をする先生に習ったら、計算が出来なくなります。

 そして、中1の数学ですが、4月の終わりの段階では、学校によっては、最初に小学校の復習をいれてくれているところもあるようですから、そこはちょっと遅めの進度になるものの、順調に行けば、計算の「加減混合」はクリアして、乗法・除法に入っていると思います。

 中2については、4月の段階で、計算内容はほぼクリア。5月に入って、代入・等式の変形・式の証明に入っていくようになっていればいいでしょう。

 ですから、中1で「まだ、計算に入ったばかり」とか、中2で「まだ、同類項のまとめ(いわゆる式の足し算・引き算)」をやっているようなところはアウト。要するに説明がうまくなくてモタモタしていたり、授業の段取りが悪く、行き当たりばったりで授業をやっている可能性が高いと思ってください。「行事が立て込んだ」という言い訳をしているような教師はダメ教師。他地域では普通にやっている訳ですから、普通に行事をこなしても、そのくらいの進み方は出来ます。
(2017/04/25)

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「塾の功罪」と「地域の意識」


保護者の意識を変えたのは学習塾

 これ、かなり昔の話。以前は、釧路湖陵の理数科というと、帯広から受験した子もいたんだそうです。帯広の高校に行くより、釧路の湖陵の方がいい、という話だったんですね。オホーツク学区では、以前は網走南が丘が地域の一番の高校で、北見の方では、北斗よりも柏陽の方が上だった時期もあって、高校の序列が混沌としていたときもあったわけです。
 ところが、これが逆転するんですよ。今は、帯広の方が上。網走より北見北斗の方が上だったりします。何でこんなことが起きたか、という話です。

 よく、漁師町と農家町では、農家の方が勉強に対してしっかりした意識を持っているなんていう話をする人がいますが、そんなバカげた話はありません。だったら、最初から、帯広や北見の方が学力が高かったはずなんです。この転機はいつか、という話なんですが、実は、帯広・北見は学習塾が出来て、地域の意識が変わったんです。

 どういうことかというと、当時の塾は「入塾制限」がありました。通知表結果が低く集団の授業についていけない子、宿題をきちんとやらない子、授業中の姿勢が悪い子、これ、すべて「お断り」だったんです。結果、親の方の意識として「あんた、これだったら、塾にすら行けないよ」。これが大きかった。すなわち、親の方が「子供の勉強について、再教育させられた」んです。塾に行こうと思ったら、子供がきちんと勉強できる状態でなければならなかったんですね。だから、全体的に「家庭でもきちんとした勉強についての約束などを行っていった」わけです。

 じゃあ、釧路はどうだったか。残念な事に入塾基準のない塾が地域の1位でした。宿題もありませんでした。結果、中学校に入っても満足に勉強せず「入試が近くなったら、塾に行かせればいいや」という感覚の親を育ててしまったんです。子供も子供で、宿題も満足に出ないわけですから、塾に行ってボーっと話を聞いてきて、それでお終い。それが勉強。そういう感覚にしてしまったんです。
 塾としては「誰でも分け隔てなく入塾させます」と言うと、一見、良さそうじゃないですか。ところが「親の再教育」という視点で見ると、これが「悪」だったんです。

 結果、ここから逆転現象が始まります。釧路は帯広にどんどん追い上げられ、蓋を開けてみれば、今年ついに、帯広南商業のボーダーより、北陽のボーダーの方が低くなってしまった。これじゃ、どうしようもないでしょ。北陽に受かっても、帯広で市内に通おうと思ったら、工業か農業に行くしかない、という子供達がいる、ということです。

 まだ札幌や道外では、私立中学受験などがあって、きちんと勉強しなければならない、という意識を持っている人が結構多い。それが釧路ではまだまだ。宿題すら満足にやらない子がたくさんいます。
 ですから、親の「子供の勉強についての再教育」をどのように行っていくか、ということが喫緊の課題なんです。「早寝・早起き・朝ご飯」程度じゃ、解決しないんですよ。
(2017/04/23)

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4月終わりからGW明けの中3数学


今回も「毎度のお話」ですが

 さて、前項では、4月中の中3数学の進み方について書きましたが、子供さんの学校はどうですか?
 今回は、その続きです。

 4月の最終週あたりからは、いよいよ次のセクションの「因数分解」に入ります。少なくても「共通因数による解法」と基本的な「公式による因数分解」あたりまでは進んでいて欲しいですね。5月下旬に修学旅行のある学校では、その修学旅行前には、1章が終わっているくらいのペースが望ましいと思っていてくれればいいです。

 また、教える側としても「共通因数による解法」で子供達が間違いやすいところや「公式による解法」で間違いやすい所は、すでに分かってるはずですから、そこをきちんと教えられるかどうかが勝負です。だけど、釧路の教師って、たいがい、ただ「やれ」と言って、間違えたところを後からフォローする「後付け説明」になっているところが多いと思いますから、逆に「分からない」というふうに言われたり、余計な時間がかかったりするんですね。基本的に「後付け説明は悪」と捉えて、自分の授業の研鑽に取り組まないと。

 以前は、釧路だけ1章以上他地域より遅れているのが当たり前。酷いところは2章・3章分も遅れていたんですから。

 いいか! だらしないのは、もういい加減にして、そろそろ直せよ!
(2017/04/22)

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4月に入って、中3数学は大丈夫?


毎度・毎度のお話ですが

 さて、いよいよ新年度です。そして、新年度スタートの段階で、毎度、話題になるのが、数学の進度。特に中3は、結局、最初の計算部分に異様に時間をかけ、関数・図形など、時間のかかるところは端折って、結果、高校入試は最悪。志望校は、低学力方面の高校だけ、異常に倍率が高いことになっています。

 それで、ここでは、中3がいつまでにどのくらいのところを消化していればいいかということを少し細かく書いておきますね。

 まず、4月段階では、中3数学では「式の計算」の単元になります。そこで習うのは、展開・因数分解・利用の3つ。
 そのうち、展開は、基本的に、中2の内容の踏襲から始まって、最終的に、公式を使い、計算がサッと出来るところまでなのですが、他のセクションと比べると、圧倒的に楽ですから、だいたい2週間くらい。せいぜいかかっても4月中には完全に終わっていなければならないところなんです。

 今までの釧路の場合、この「展開」が終わるのが5月。こんな状況で数学がまともになるはずありません。ここで、余計に時間をかけた分、他のところを端折る事になるんですよ。そして、この学校の進度の遅さに合わせて、学習塾でもトロトロやるので、塾に通っていても、数学がまともにならないのが実状。

 ちなみに、出来るなら、4月の最終週では、因数分解に少し入っているか、もしくは、教科書とは順番が違いますが、先に「素因数分解」をやっておけば、本当は、もっと因数分解に対する理解が進むのですが。(ちなみに、今は「素因数分解」を扱うのは「平方根」の単元。この辺が、教科書のおかしいところでもあります)

 ということで、学校がトロトロしているなら、自力でドンドン勉強を進めていきましょう。また、学校が異常に遅い場合、学校や教育委員会に相談しても可です。
(2017/04/13)

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「条件・類推のセンス」と「組み合わせ」


思考力を高めるステップ

 ここでは、数学よりも理科でお話しした方がしっくり来ると思うので、理科の電池の組み合わせを例にしてお話しますね。

 電池というのは1個、1.5ボルトなんです。これを直列につなぐとボルトが足し算されて、2個だと3ボルト、3個だと4.5ボルトになります。並列につなぐと、ボルト数は変わりません。だから、2個つないでも3個つないでも1.5ボルトのまま、ただ、多くつなげばそれだけ電池が長持ちする、という話になります。

 さて、ここで「ゆとり教育」のときの話になりますが、この電池、実は「2個までしか使ってはいけない」ということで指導されてきました。要するに直列のときは、必ず3ボルト。並列のときには1.5ボルトと覚えてしまえば良い訳です。また、現行の中学の理科でも、豆電球は2個まで。だから、直列のときと並列のときで、単に計算式を覚えてしまえば済むんです。

 ところが、今までのお話を読んでいた人は分かると思いますが、これだと、3個、4個と増えていったらいったいどうなるんだろう? という事が理解出来ない〜「類推のセンス」が育たないんです。

 さらに、電池や豆電球が3個、4個とあった場合、今度は直列と並列の組み合わせ、ということも出来るようになるんです。例えば、2個を並列につなぎ、残る1個をそこと直列につなぐ、とか。そうなると、どの部分を直列で考え、どの部分を並列で考えればいいか、という「どこまでの部分にどの条件が当てはまるか」という事を考えるようになります。ここから「条件の当てはまる範囲」を考えることが出来るようになるんです。こうすることで「条件のセンス」がさらに磨かれる事になるんですね。そして、この電池や豆電球がさらに増えていくことによって「条件の当てはまる範囲を類推する」という、2つのセンスの組み合わせも養うことが出来るんです。
 もっと言うと、この手の問題に対応するためには、単に直列・並列の計算式を覚えているだけではダメで、基本的な「組み合わせの考え方」まで身につけておかなければ、答えられないんですね。結果、直列・並列の考え方への理解が深まる〜要するに、基本の理解が、さらに広く深く根を張っていく〜ようになるんです。

 実は、ゆとり教育の際には、この電池の組み合わせに関して「子供達の思考力に大きな障害になる」と懸念していた先生方が随分といたんです。ただ、実際の指導内容や、それによって、どのような能力を養えるか、ということに関しては、やはり無知な方が多かったんでしょう。一般的には、あまり話題になりませんでした。
 でも、ちゃんとした指導を行っている先生は、こういう事について、非常に危惧していたんですね。

 ということで、この「組み合わせ」によって鍛えられる思考力というのは、本当に大切な能力なんです。ただ、学校では、まだ、旧態依然のままです。となると、家庭で鍛えるしか無いんですね。算数・数学で言うと、図形の面積での「組み合わせ」とか、そのような問題で鍛える事が可能ですから、そういう問題に数多く触れさせて、この「組み合わせの思考力」を家庭でしっかり鍛えていって欲しいと思います。
(2017/04/09)

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「類推のセンス」と「仮定のセンス」


仕事をするようになったら

 「仮定のセンス」は「もしも、こうだったら」ということですね。
 そして、「類推のセンス」は「今までがこうだったら、次はこうだろう」ということです。
 この2つ、実は、子供達が大人になってから、非常に大切になる感覚なんです。

 いわゆる「指示待ち人間」ということが話題になったりしますね。これ、どういうことかというと、その場面・場面で、何をしていいか分からない、ということですね。
 これが「今までがこうだったから、ここでは、こういうふうにすればいいだろう」と思うのが「類推のセンス」なんですよ。そして、「もしも、こうだったら、どうしようかな」とあらかじめ頭の中で行動を考えておいたり、「もしも、こういう事をしたら、こういう事になるだろうな」と、その場の行動を先読み出来るようになるのは「仮定のセンス」なんですね。ということは、大人になってから、指示待ち人間にならないように、自分から進んで行動出来るようになるために、必要な感覚と言うことができるんです。
 そして、この2つのセンスが無いと「自分から進んで物事を出来るようになりなさい」と言われても、大抵は無理なんですよ。

 それで、先日、こんな事がありました。
 ある書店に入るとき、入り口で後ろから来る人のために「送り戸(次が入ってくる人が入りやすいように、ドアを押さえておき、入ってくる人がそのドアを押さえて、さらに次に入ってくる人にドアを開けたまま受け渡すようにしていく)」をしたんですが、そのとき、後ろから歩きスマホの学生が、ドアも押さえずにヒョコっと入って来るんですよ。そんな事が2回ほど続いた後、3回目に、やっぱり思ったことが起きました。
 その歩きスマホの学生が、ドアを押さえないために、その歩きスマホの学生の後から続いて入ってきた人に、激突とまでは行かないですが、その人に向かってドアがドンとしまりかかってしまったんです。

 これね、もしも「自分が気を使って送り戸をしてもらったなら、自分も次に入ってくる人のために、送り戸をしないと」という類推ができたならば、こういう事にはならなかったんですね。
 よく「ゆとり世代」の話がでますが、例えば「円周率が3」とか「台形の面積の公式を習わない」というような直接的に習った内容からくる「勉強が出来るとか出来ない」とかよりも、こういう「センス」をきちんと身につけてこなかったために周りから迷惑に思われることが原因で、悪く言われるようになったのではないか、と思っているんです。普通に気を使えるところが気を使えない。普通の人が自分で判断出来るところが判断出来ない。こんな事を見てきた人に悪く言われるようになったのではないか、ということなんです。

 ですから、ある程度、社会人のたしなみ、くらいの感覚で、この「類推のセンス」「仮定のセンス」を考えていって欲しいと思っているんですよ。
(2017/04/07)

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「類推のセンス」と「計算力」


類推は計算から

 将来、仕事に就いてから、最も重要になるだろうと思われるセンスは前項で書いた「仮定のセンス」と合わせてもう一つ。それが「類推のセンス」なんです。そこで、ここではまず、類推の仕組みからお話ししていこうと思います。

 例として、数列で考えていきますね。

5 10 15 20 25 30
ときて、この次に来る数字はなんでしょう? と言われたら、大抵の人は35と考えるのではないかと思います。まあ、5ずつ増えている、と考える人が一般的ですね。
 じゃあ、

とだけ書かれていて「この次に来る数字はなんでしょう?」と言われたら、どうでしょう? 何でも良さそうですね。
 それじゃあ、
1 2
と書かれていたら、次に来る数字を決定できますか? これも、いろいろな数字を当てはめる事ができます。
 じゃあ、さらに
1 2 4
と来たらどうでしょう?
 これも、まだ、いろいろな数字が当てはめられそうですね。
 2倍になっていると考えた人は
1 2 4 8
と思ったのではないかと思いますし、差が1 2 3と開いていっていると考えた人は
1 2 4 7
と思ったのではないかと思います。
 そこで、
1 2 4 7 
と数字が並んでいたとしましょう。
 すると、差が1 2 3と増えていっているという規則で考えて、次に来る数字は11ではないか、と予測出来ますね。
 これが、
1 2 4 7 11
と書いてあったら、ここで気づいて、次は16
1 2 4 7 11 16 22
と書いてあったら、ここで気づいて、次は29と答える人も出て来るのではないかと思います。

 要するに、何を言いたいのか、というと「類推ができるようになるためには、数字が1つや2つ並んでいたところでダメなんだ」ということ。最低でも4つや5つは、規則的に並んでいないと「類推」できない、ということなんです。
 そして、もう一つ。
 「類推」をするための規則に気づくのは「個人差」があるということ。4つ数字が出てきたときに「あっ」と気づく人もいれば、8つ、9つ書いて、ようやく気づく人もいる、ということなんです。

 ということは、生徒に、この「類推のセンス」を身につけさせようと思ったら、
1 一定の規則で、最低でも3つ、4つのものが出てこなければならない。
2 個人差があるので、気づかない生徒のために、場合によって8つ、9つのものをやらせなければならない。
ということなんです。

 そして、この類推が一番最初に出てくるのが、実は「計算」なんです。

 小学校では、最初「1桁+1桁」の足し算をしますね。そのあと、桁が増えて「2桁+2桁」「3桁+3桁」の計算をするようになっていきます。
 ここで「類推のセンス」のある子は「4桁以上の足し算」をやらせると、同様の規則で繰り上がりなどを繰り返しながら、普通に計算出来るようになっていきますが、まだ「類推のセンス」が未熟な子は、桁数が増えると「これ、どうやって計算したらいいの?」となってしまうんです。そういう子は、4桁のときはこう、5桁のときはこう、と桁数を増やしながら「次も同じようにやればいいんだ」という事に気づくまで、桁数を増やして練習させなければならないんです。

 それじゃあ、今の算数の授業は、この「類推のセンス」が身につくように、6桁、7桁、8桁の計算まで、練習していますか? ということなんです。大人の目線で「こんなのすぐ出来るようになるのが当たり前」と思っちゃダメなんです。あくまで、子どもの目線で、きちんと出来るようになるまで、繰り返し、桁数を増やして練習させなければならない、ということなんです。

 実は、ゆとり教育の最大の失敗は、この「桁数」を減らしてしまったことなんです。かけ算は「かける数を2桁までしか扱わない」とやってしまったんです。結果、「かける数」が3桁以上になると、どうしていいか分からない子が続出したんです。いわゆる「類推のセンス」が身についていない子が大量に出たんですよ。

 ですから、決して大人の目線で考えてはいけない。あくまで子どもの目線で考えること。これが、小学校低学年を教える「難しさ」の1つなんです。そして「類推」が出来るようになるためには、ある程度、数の多いものをこなさなければならないということ。これをふまえて、授業を進めておくと、実は、あとあと、子供達の感覚が一気に上向くんですね。
 ということで、子供さんが、まだ「類推」をきちんと出来ないな、と思ったら、知っているところからスタートして、そこから徐々に桁を増やしたり、同様の規則で物事を進めていく練習をしていくことが大事になるんですよ。
(2017/04/04)

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「仮定のセンス」と「数学の問題」


問題演習で養おう

 前項で、数学の問題はすべて「仮定〜結論」の流れで出来ていると書きました。もちろん、これ、義務教育で習う範囲でのことです。そして、証明を教えるときに、「みんなは無意識にやっていたと思うけど、実は、算数・数学の問題というのは、こういう仮定〜結論で出来ているんだよ」というお話を子供達にしてあげられれば、幾分かは、証明の問題にとりつきやすくなるかな、くらいのレベルのお話なんです。じゃあ、無意識じゃなく、意識的に「仮定」の感覚が出てくるのはいつだろう、というのが今回のお話なんですね。

 これ、実は、以外に遅く、通常の授業内容で捉えると小学校6年生の「場合の数」のところなんです。場合の数というのは、こういう考え方をするんですね。

 「もしも、一番最初がAさんだとしたら、次はがBさんか、Cさんか、Dさん。そして、もしも2番目がBさんだとしたら、次はCさんか、Dさん」
 というように、いわゆる「樹形図」を書くときに「もしも」という「仮定」をしながら、図を書き進めて行くんです。ここで「仮定」の感覚のゆるい子がいると、なんだか訳の分からない樹形図を書いていくようになるので、何度か練習させながら、樹形図を書けるようにするのと同時に「仮定のセンス」を養っていくようにするんですよ。

 ところが、悲惨なことに、今、小学校では樹形図を使って説明しなくなっているんです。樹形図が出てくるのは中学校。小学校では、具体的に組み合わせを考えられるような数の少ないものとか、対角線の図などで、要するに「単に何通りあるか」を出せればよい、という発想の授業になっているんですね。これだと、文部科学省が押し進めている「ICT関連」の能力の低い子を一生懸命育てているようなものなんです。
 というのは、この「仮定のセンス」が、アルゴリズムやフローチャートを作るのに、非常に大事なセンスだからなんです。いわゆるシミュレーションですね。「もしも、こんな状況だったら」という仮定の下に進められるのがシミュレーションですから、その「もしも」が出来なかったら、どういう事になるか、ということなんです。

 そこで、もう一つ、この「仮定のセンス」が必要な問題があるんです。それが「つるかめ算」。この問題、実は「もしも、全部がつるだったら、足の本数は何本になるか」というところからスタートして、答えを導き出す問題なんですね。こういう問題に小学生のときに、是非、触れていて欲しいと思っているんですが、こういう問題を扱うところって、結局、中学受験を考えている進学塾なんですよ。となると、中学受験を目指して勉強している子と公立の学校で普通に勉強を進めている子との間に、やはり、埋められない溝ができてしまいます。
 以前のように「仮定のセンス」を鍛えられるように、樹形図を使って授業が進んでいれば、公立一本でも充分、国立のしっかりした大学に行くのに苦労はしないんです。ところが、こういうふうに、大切なセンスを身につけれられないような授業が、漫然と行われているのが実態。塾に行かなければ勉強が出来るようにならない、という話。実は、こういうところにも原因があるんですね。

 さて、これが高校に行くとどうなるか、というと、いわゆる「背理法」につながります。「もしも、出来るとしたならば・・・」と仮定した状況で、その仮定には無理がある、と証明するのが「背理法」。いわゆる「論理」という面でも、非常に大事になるセンスなんです。

 ということで、この「仮定のセンス」、自宅で鍛えるしかなさそうですね。「もしも、○○ちゃんだったら、どうする?」というようなお話で構いませんから、「もしも」を使って想定するようなお話を子供さんと少しずつ進めてみて下さい。こういう何気ないようなお話の中でも、子供さんの「算数・数学のセンス」を鍛えていく機会は充分あります。
 また、前項で書いたように、数学の問題はすべて「仮定〜結論」の流れを汲んでいますから、無理矢理、仮定の話に持っていくことももちろん可能なんです。
「もしも、お菓子を1個かったとしたら、代金はいくらになるか?」
とか、
「もしも、三角形をこういうふうにくっつけてみたら、どうなるか?」
とか、そういう話し方でも、問題の説明が出来ますから、子供さんが納得出来るようであれば、その方法でも構いません。仮定の話を子供さんとしてみてください。
(2017/03/30)

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「条件のセンス」と「数学の問題」


「条件」とは

 あまり専門的に面倒な話にしないように思っているのですが、やはり、ある程度は専門知識も必要なので、ここでは、このコーナーで書いている「条件」という言葉について注釈をいれておきます。

 自分がここで使っている「条件」というのは、基本的に「仮定条件」のことです。まあ、数学の証明で出てくる「仮定」と思っていてくれれば、いいでしょう。要するに「もしも、○○としたら・・・」というやつです。これと、意味がかぶってくるのが「前提条件」というやつで、言葉を換えて「もしも、○○と前提したら・・・」と言うと、結局、意味的には同じになってしまいますね。そのため、いちいち「仮定条件」「前提条件」と用語を区分けせずに「条件」という言葉でお話ししています。

 さて、ここで分かって欲しいのは、実は、算数・数学の問題というのは、すべて「仮定〜結論」の形で作られています。決して証明だけのものではないんですよ。
 例えば、関数の問題であっても、元々、「こういうグラフがあると仮定すると」という意味ですし、小学校の文章問題であっても「お皿のうえにミカンが5個のっています」というのは「皿の上にミカンが5個あると仮定すると」という意味なんですね。そして、求めるのは、計算して答えが出てくる〜いわゆる「結論」というものになるんです。
 これ、計算問題でも同じなんですよ。5+3という式があると仮定すると、答えはいくつでしょう。こんな感じですね。

 ただ、普通に問題を解いていて、そういう「仮定〜結論」なんていうのは、あまり意識しないですよね。そのまま問題が出ていたら、それに答えましょう、ということですよ。もちろん、子供達はそれで構いませんが、教える側が適当だとまずい。
 「まず、文章をきちんと読んで、式を作るために必要な(仮定)条件をきちんと読みとりましょう」
と言うんですから。ましてや、子供達が「条件を読みとれているか」という視点で子供達を指導しなければならないわけで、ただ漠然と「文章が読めていません」では指導にならないでしょ。だから、指導する側は「どこにどういう条件が出てきているか」という事を把握して指導しなければならないわけで、おそらく、学力が上がらないのは、先生自身に「そういう視点」が欠けている、という話になるんです。

 小学校の算数で「お皿にミカンが5個」と出てきたら、先生方はたぶん、お皿にミカンが5個のっている絵を描いたりするでしょう。それと同様に、中学校1年生で、比例がらみのグラフの問題が出てきたら、子供達が慣れるまでは、やはり、一つ一つ条件を読みとって、子供達の目の前で
「まず、座標平面があって、そこにy=○○という式が書かれていて・・・」
ときちんと文章を読み取りながら、黒板に図を書いていますか? 元々教科書に図が書いてあるから、と、最初に図を書いておいて、ありきたりの説明をして、お終い、とやっていませんか? それじゃあ、子供達に「条件のセンス」は身につかないんです。
 まずは、丁寧にやることです。
(2017/03/27)

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「確定要素」と「不確定要素」「仮説」


国語に応用できます

 自分、不思議なことに、専門は算数・数学なんですが、なぜか「うちの子、国語が得意になりました」と言われることが多いんです。それというのも、実は国語の文章を読み解くときに必要になるのが、今まで話してきた「条件のセンス」。この「条件のセンス」は、算数・数学だけではなく、特に、国語の「論説文」を読み解くときにも(もちろん、物語を読むときでも)、非常に大事になるセンスなんです。

 そこで、ここでは、その読み取りに関して大事になる部分の1つを話しておきますが、それは「事実なのか」「意見なのか」を判断すること。これが初歩段階です。小学生だと、この2つで区別出来れば、ある程度、文章は読みとれると思います。

 これがさらに進むと、もう少し細分化され、同じ「事実」でも、検証されているもの〜「確定要素」と、検証はされていないが「事実として可能性が高いもの」〜「不確定要素」として、考えていきます。要するに「断定」で書かれている「確定」と、「〜ようだ」「〜そうだ」という、本人が確認はしていないが、どうもそうらしい、と思われる「不確定」。こういうものをきちんと区分けして読んでいけるかどうかが問題になります。

 また、「意見」として書かれていても、それが「根拠のある内容から導かれた〜仮定・推測・推定」なのか、「根拠がない状態で書かれた〜憶測」で書かれたものなのか、をきちんと区別する事です。
 自分、実は、雑に文章を書いていますが、読み手には、なるべく、この違いが分かるようには書いているんですよ。

 それで、よく「大学入試の国語は変だ」という話が出ますが、自分はそれほど「変だ」とは感じていないんです。実際に書かれている「事実」と、それを根拠にして書かれた「意見」には、何らかの因果関係があるわけで、そこを見抜けば、大学入試の国語でも、選択肢ではあまり迷わないんですね。そして、その因果関係を見抜くのに必要になるのが、この文章は「どういう条件下で書かれているか」という事を見抜く力になってくるんです。

 そして、大事になるのは、「事実は事実」「意見は意見」として話を読みとることであって「事実を推測」と読みとったり、「仮説を事実」として読みとったりすると、全然、文章が述べていることと話がずれてしまうことになってしまうんですね。もちろん、自分たちが話をするときも同様なんだろうな、と思っています。
 ですから、この「事実」「意見」〜さらに細分化できるなら、細分化した状況を意識して、きちんと読みとる癖をつけることがとても大切で、そういう習慣をつけてあげると、少しずつ、読み取りの力がアップしてきます。ある程度語彙力があるにも関わらず、なんか国語が苦手だな、と思っている人は、この「読み取り」に気が回っていない人ではないかと思います。先に「問題文」を読んで、そこから当てはまる内容を探そう、というふうに文章を読んでいると、そこに気づかずに終わってしまいがち。義務教育期間中は、まず、最初に文章をきちんと読み、その内容を把握した上で、問題に取りかかる、という手順を身につけておいた方が、その後の高校・大学に入ってからの「読み取り」には、圧倒的に有利です。
 しっかり取り組んでいってください。
(2017/03/25)

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指導力不足の逃げ道


大きく2つ

 前回は、指導内容の無理解から起こる指導力不足の話を書いたので、今回はその続きで、そういう状況になった場合、先生はどこに逃げるか、というお話です。

 まず1つ目は「馴れ合いの関係を作る」という事なんです。どういうことかというと、授業が良くわからない、という状況になったときに、自分を責められないように「まあ、このくらいで納得してくれや」という言い訳が通用するように、馴れ合いの関係を作ってしまえ、ということなんですね。
 ところが、これをやると、生徒を注意できなくなってしまうんです。授業中の姿勢が悪くても注意しない。忘れ物をしても注意しない。宿題に至っては「忘れたら注意しなければならなくなってしまうので、出さないようにしよう」ということです。実際に塾講師でも、こういう感覚の人がいたんですから。
 ここから悪循環が始まります。授業が分からない〜まじめに授業を聞かない〜騒がしくなる〜注意しない・・・なんていう感じで、最悪は学級崩壊ですよね。おまけに、遅刻はするわ、忘れ物は平気だわ。
 釧路の場合、極端に学力の低い学校ってあるんですよ。そういうところは、この馴れ合いの関係を疑ってみるといいと思いますよ。

 もう一つは「生徒をバカにする」というケース。「こんなやつ、俺の教えるレベルじゃない」という感じ。関数の解説をしているところで「どうせ、おまえ達、計算ができないだろうけど」という事を生徒の前で平気で言っていた数学教師の話を以前しましたが、もう感覚自体がダメなんですよ。そして、そういうやつが一番最初に言い出すのが「国語力が無い」なんですよ。もちろん、自分も「国語力をつけましょう」ということで、漢字の練習をしようとか、問題集を解きましょう、という事は言うし、それが将来につながるから「お父さん・お母さん、しっかり子供さんの状況を見てください」という事は言いますが、でも、国語力が無いなら無いなりの授業は普通にするわけです。
 ところが、始末に負えないのは、「国語力が無い」と生徒をくさすやつ。それでいて、いざ蓋を開けてみると、生徒の分からない用語を平気で使っていたりしてね。そして、しょうがないから「俺の授業はレベルが高いんだ」と言い出す始末。某小学校の某教諭など、この典型だと思うんですが。

 ということで、結局、こういう所に逃げているのは、実は「指導力不足」なんだ、ということ。そして、数学に関して言えば「センスを見極めて、そこにポイントを落として行くこと」なんです。そして、上記のような事を言っている人は「あ、この人、指導力が低いんだ」と思って構いません。そういう先生に当たったら気をつけろ、ということです。
(2017/03/13)

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学力3割・体力3割・気力3割・運1割


高校入試に必要なもの

 先日、エフエムくしろの収録に行ってきて、上記の「学力3割、体力3割、気力3割、運1割」のお話をしてきたのですが、いかんせん、時間が短いため、あまりきちんと説明出来ませんでした。それで、ここではラジオをお聞きになる皆さんへ、補足説明をしておきます。これを読んでからラジオを聴いてもらうと、より分かりやすいかな、と思うので、一度、目を通しておいてください。

 まず、「学力3割」ですが、学力の割合が思ったより少なく感じている人も多いと思います。ただ、よくよく考えてみると、高校入試って、だいたい同じくらいの学力の子が受験するんですね。そうなると、学力の差はそれほど大きくはありません。ですから、同じ高校を受験する子より、少し多めに頑張って、落ちる範囲にいる子より、ほんの少しでも学力が高ければいいんです。ですから、学力として考えた場合、3割程度なんですね。

 次に、先に「気力3割」についてですが、ここが「集中力」や「諦めない気持ち」につながります。「集中力」が切れて、いつもは出来ているはずの問題でミスをしてしまったりしては、受かるものも受かりません。また、途中で「もう、分からない」と諦めて投げてしまっては、それ以上点数は上がりません。それに対し、最後まで頑張って、例えば、国語の記述や数学の証明などで、少しでも書いておけば、完全な○でなくても△で1点・2点と部分点が来る可能性があるんです。そこまで頑張りなさい、ということです。

 そして、「体力3割」ですが、いくら「気力」を持とうとしても、「体力」〜いわゆる「学習体力」が身についていないと、気持ちばかりで体がついて行かないんです。ですから、日頃から、きちんと机に座って、長時間勉強できるだけの「体力」をつけておくことが必要、ということです。

 最後に「運1割」ですが、これも「テストが始まるギリギリまで勉強をしましょう」という話です。「運良く、直前に見た内容がテストに出題される」という事も可能性としてあるわけで、子供さんにお話するときには「そうやって、運を呼び込め」と言っているんですが、実際は、出題される可能性はきわめて低いでしょう。本当は、休み時間中に「答え合わせ」のような事をすると、不安感が増したり、自信を無くしたりして、うまくテストに集中できない子が中に出てきます。それを回避させるための方便なんだと思ってください。「休み時間に答え合わせをしているような事をやっている人を見たら、運を逃していると思え」とお話しておくと、子供さんはきちんと休み時間に参考書などを見るようになります。すると、次のテストに向けての頭作り(感覚作り)ができるので、受験のような緊張している場では、この頭の切り替えが効果的な場合があるんです。ただし、直接勉強内容が出てくれる可能性は低いので「1割くらいだぞ」というお話なんですね。単に「答え合わせをするな」というより、こういう形に言い換えてあげた方が、子供さんは実行しやすい、と思ってください。
(2017/02/10)

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何でもかんでも「難しい」


地域の風潮に待ったをかけよう

 小学校の方では、徐々に学力向上への動きが出始めていますが、中学校や保護者の方はいまいちの感があります。
 そこで、今回は、ちょっと保護者には厳しい話。

 実は、釧路のお父さん・お母さん(場合によってはおじいちゃん・おばあちゃん)は、何でもかんでも、ちょっと面倒な学校の勉強内容のものを見ると、すぐ「難しい」と言うんです。例えば、小数・分数の計算を見ただけで「あら〜結構、難しいわね〜」と言い出すような感覚なんです。これ、正直に言わせてもらうと「冗談じゃない」んです。このくらい出来てもらわなければ困るんです。そして、それが高じて、結局、かけ算の九九がままならない子が出てきたり、足し算・引き算のおかしな子が出てきたりするようになっていった、と思ってもらえればいいでしょう。
 全国版の算数検定の問題を見てもらっても分かると思いますし、もちろん、他地域から来ているお父さん・お母さんは「このくらい普通」という感覚で見ていると思いますよ。

 実は、自分が以前にいた学習塾でも、簡単な計算練習プリントがあって、釧路以外の地域の先生は「易しすぎて、ウォーミングアップ程度にしか使えない」という感覚なのに対し、釧路の先生からは「もうちょっと易しくして欲しい」という要望が上がっていたんですね。また、某学習塾の中学校数学のテキストなどを見たこともありますが、薄っぺらの内容がほとんど無いテキスト。よく書店で「基本をしっかり身につけましょう」的な参考書が出ていますが、そちらの方がまだ難しいんじゃないかと思うくらいのテキストだったりします。
 さらに言うと、自分、学習塾時代には、小学校の計算コンクールという感じの一般の子も無料で受験できる「標準テスト」の作成担当もやっていたんです。そのテスト、正答率が8割以上なんです。そういう関係もあり、くしろ子ども未来塾のテストも自分が作成しています。見る機会があれば見て欲しいのですが、これが「標準(正直に言うと標準よりちょっと易しめ)」です。

 そして、これはたぶん、親の世代からずっとそうなんだと思いますが、易しいことしかやってきていないので、釧路の場合、子どもだけではなく、親も教師も、学習塾関係者も「何でもかんでも難しい」という感覚に染まっているんだと思うんですね。

 ですから、これからは感覚を少し変えてください。
 分数・小数は「できて当たり前」。「速さ」の問題でも「は・じ・き」を覚えておけば、誰でも問題くらいはすぐ解ける、出来ないやつは「どうかしてるぜ」くらいの感覚で良いんです。

 小学校の教科書って、基本しか載っていないんですよ。だから、教科書の内容はすべて「出来て当たり前」くらいの感覚で考えていって欲しいと思います。
(2017/02/04)

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高校入試で考えてみよう


高校に入ることだけを考えていてもダメなんです

 1月27日に倍率が出ましたが、ただ単に「受験が厳しい」というような感想だけでは、今後の事が見えてこないのではないかと思いますので、受験生の皆さんや、受験生の保護者の皆さんに考えて欲しいと思ったことを書いておきます。

 まずは、商業・工業・東を受験する皆さんへ。
 ここ数年、就職状況は改善されている、と言われていますが、やはり各高校の下位層は厳しいものがありそうです。実は、去年の春先、自分、自動車の接触事故に遭ったのですが、そのときの相手が商業高校を卒業したての子でした。保険も9:1で、ほとんど相手方の責任となったのですが、話をしたところ、その子、卒業の段階で就職出来ていなかったんです。それで、夜の10時くらいに、高校生の女の子を隣に乗せてフラフラ遊んでいたときに、自分の車と接触したんですね。
 それで、仕事先は見つかったのか、と聞いたところ、その事故を起こした翌日が初出勤だったそうで、仕事先の名前を聞いても「ハローワークでちょっと見ただけで、よくわかんないっす」とのこと。
 まあ、商業高校全部がこういう子がとは言いませんが、せっかく高校に通っても、卒業までに就職が決まらない子というのは、こんな感じの子なんだろうな、と思いました。でも、こういう子でも、商業は受かっているんです。

 ということは、いくら倍率が高い、と言われたとしても、商業・工業・東の学力レベルで受からない子って、どういう状況なのか、ということなんです。不合格だった子が全員そうだ、とは言いませんが、ただ、勉強や就職に関して、ボヤッとした感覚の子が多いんじゃないでしょうか? もちろん、合格した子の中にも、こういう感覚の子はいるんじゃないでしょうか?

 ですから、自分は、商業・工業・東を受験する子供達は、高校を卒業したらすぐに就職なんだ、という意識を持ってもらいたいと思いますし、その点がボヤッとしたまま過ごさないように、将来の就職に支障が無いように、保護者の目から見て、厳しくしなければならないところは厳しくする、という事が大切ではないかと思っているんです。
 また、釧路だとコーチャン・フォーあたりに就職できると、良い方なのではないかと思うのですが、聞いたところ、コーチャン・フォーでは採用試験で、小学校6年生までの読み書き・計算が出題されるそうです。ですから、やはりそのくらいは出来なきゃならないんですよ。それで、高校でも、小学校の基本計算などの勉強をしているところもあるんです。そういう事をふまえて、もう一度、子供さんの学力をみて下さい。

 それとは逆で、今度は湖陵・江南・北陽のお話です。
 表は、出願者から定員を引いた数で、湖陵は理数・普通を合わせた数です。

高校名 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017
湖陵 8 43 22 31 21 9 51 24
江南 72 6 52 12 28 38 24 26
北陽 28 22 34 14 -2 23 12 8
98 71 108 57 47 70 87 58

 進路指導の仕方やその年の全体的な学力状況もありますので(去年は湖陵の不合格者が多かったので、今年は慎重になったのではないか など)、一概にこうだとは言えませんが、2010年度から通して見てみると、上位3校の出願者が徐々に減ってきている傾向になっていると思います。そして、今年は、市内卒業生が70名以上増加しているため、本来であれば、上位校の志望者が昨年より多くなっているのが普通だと思うのですが、表を見る限り、そうなっていません。
 上位校を目指そう、という意識の子が減ってきているのか、単に学力的に不足している子が増えてきているのか。いずれにせよ、上位校の受験状況が楽になってきているということが言えそうです。そして、このような楽な状況になっていて、果たして、高校卒業後の進学などを考えたときに、高校受験の感覚と同じような感覚で行けるか、ということです。

 要するに、将来の進学を見据えたときに、本来、高校受験の際に身につけておかなければならない「将来の進学に見合うだけの質のレベル」「量のレベル」の勉強に達していないのではないか、ということ。自分の出来ない所を放ったまま「それでも大丈夫」という感覚、英単語など「本来、身につけておかなければならない学習内容が身についていない状況」のままになっていて、それが通用する、と思っている感覚。こういう感覚を一回捨て去らなければなりません。
 この点を子供さんともう一度、しっかりお話するのも、大切なことだと思います。
(2017/01/29)

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釧路の学力状況はどうなっているんでしょう?


今から来年度に備えよう

 今年度も残すところ、あと2ヶ月程度。そして、このくらいの期間があれば、今まで不得意だったところを克服するのにちょうどいい期間ですから、ここで、釧路の全体的な傾向を把握して、これから先の進学・就職に対応できるようにしておければいいのではないかと思い、現状を少しだけお話していこうと思います。

 釧路の学力状況は、釧路の教育を考える会が提言書を出し、市議会で基礎学力保障条例が可決されましたが、この2つの前と後では、やはり学力状況に違いが出てきています。そこで、まずは、具体的な学習内容から。

 漢字についてですが、「提言書・条例」以前では、小学校2年生の漢字が満足に読み書き出来ないまま高校入試を迎える子が少なくありませんでした。状況としては、学年順位で下位20〜30%の子までが漢字の読み書きがままならないと思っていていいかと思います。それが、現在では、小学校2年生の漢字の読み書きが出来ないとなると、学年順位ではほとんど最下位に近い状況。おそらく現状では、下位5%程度まで減少しているのではないかと思います。今のところ、中学生で、小学校の漢字の復習をしている子供達の復習スタートの学年は学力の低い子で3年生、だいたいは4年生あたりから。

 算数の基本については、これは「くしろ 子ども未来塾」の算数検定をベースにお話ししますが、以前では、小学校6年生が小学校1年生内容で不合格になる割合もそれなりにいましたが、現在では、ほとんど皆無状態。最初に引っかかるのは小学校2年生の「単位」や「時計の見方」あたりです。全体的な受験状況を見ても、以前は小学校2年生内容までで、そこから先のテストを受験する子が少なかったのですが、現在では、小学校3年生内容の真ん中くらいまでの受験者が増えています。

 そして、ここまで見てみると、提言書・条例以前と以後では、つまずきスタートの学年が1年分上になってきているという状況だと思ってもらえるといいでしょう。今まで小学校2年生でつまずいていたのが、小学校3年生にシフトしていった、と考えて良いと思います。そして、それにより、全体的に、学力レベルが1年分シフトしてきている、と思ってください。
 ですから、今までは「周りも出来ていないから」と高をくくっていたところが、それでは済まなくなってきている、ということ。例えば、漢字で見てみると、今までは漢字検定5級(小学校卒業程度)の内容が出来ていると、明輝高校あたりには行けたのですが、最近では、それが少しシフトし、漢字検定4級(中学校1〜2年生内容)のものまで手を着けていける状況でなければ、明輝受験者としては国語の力が不足していると考えていった方がいい、という状況になってきているということです。

 さらにここから言えることは、つまずきのスタートとなっている「小学校3年生の指導がどのようになっているのか」ということです。このくらいの学年の生徒であれば、まだ、細かい部分まで行き届いた指導にならなければならないのですが、それが「どんぶり勘定」のような指導になっていないかどうか、ということです。基本的に小学校4年生くらいまでは「指導が雑」という部分が「決定的な命取り」になります。「一度教えたからもう大丈夫でしょ」という感覚で授業を進めるような教師が多ければ多いほど、全体の学力は向上しません。細かい部分まで何度も丁寧に板書などで子供達に学習内容を見せていかなければならないのです。単純に、その点だけを研修で直して行くだけでも、現状を大きく改善できます。果たしてその点は大丈夫なのでしょうか。

 また、全国学力テストの結果から見ると、平成26年度あたりから、全体的な改善傾向が見られるようになってきています。ここ2、3年くらいの期間であれば、その年によって、一喜一憂するような状況でもありますが、大きな流れとして捉えた場合、間違いなく、上方にシフトしつつあるということです。
 とは言っても、まだまだ、全国との差は開いています。その一番の原因となっている部分もデータから見えてきます。
 まず、小学生ですが、国語では「話すこと・聞くこと」が低いんです。原因は明らかです。授業中、先生の話をきちんと聞けない子が多くなっているということです。何かあったら、すぐ隣の子に話しかけたりするような、そういう子を野放しにしているクラスが結構多いのではないでしょうか。そして、その影響が出ているのが算数Bの「数量関係」です。分からなくなったら、すぐに誰かを頼る、という姿勢が出やすいのがこの分野です。いわゆる「速さ」や「%」の部分ですね。わからない子がすぐ隣の子に聞いたりするような、そういう授業姿勢でいるという傾向が出ていると思います。

 中学生では、全体的に言えるのが「簡単な事しかやっていない」「授業進度が遅く、後半の内容を端折る」という、教師の目線や意識の低さです。国語の「読むこと・書くこと」がかなり低い。単に読みとりやすい文章にしか触れていないとこのような傾向になります。数学で言うと「図形」が全然ダメ。授業進度が遅く、教科書の後半の内容になる「図形」の演習不足がそのまま結果に響いています。

 という点を考慮して、今後の家庭での勉強に生かして行って下さい。例えば、高校受験を考えた場合、中学校でやっている図形のレベルでは、明らかに難易度不足で、まともに「証明問題」が出来ないレベルであれば、上位校は難しい、ということです。
(2017/01/26)

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釧路高専の推薦倍率


1月11日が締め切りでした

 釧路高専の推薦受験の倍率が出ています。
 情報工学 1.4
 機械工学 0.3
 電気工学 0.9
 電子工学 0.6
 建築   1.2

 全体   0.8

 昨年は全体の倍率が1.0でしたから、昨年よりも低い結果となっています。ということは、今年は、高専は人気薄と考えて良いのではないでしょうか。となると、今年は、公立高校では、受験者数が増えるため、昨年より厳しい状況の受験になるのですが、それに追い打ちをかけるように、今まで高専を希望していた人が、今年は、公立高校に流れてくると思われます。

 きちんと勉強をしていない子は、本当に辛い受験状況になりそうですよ。
(2017/01/15)

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算数・国語の採点基準


「林先生の初耳学」の話から

 12月25日の「林先生の初耳学」を見た方もいらっしゃるのではないかと思います。そこで、算数の採点基準に関する話が出ていました。ただ、そこでは「合っていればいいでしょ」という感じに受け取る、少し乱暴な感覚で捉えている人もいるのではないかと思いますので、指導側からコメントを入れておこうと思います。

 まず、最初の小数の計算の「3.1+5.9=9.0」と書いて「答えは9で、小数以下の0はいらない」ということで減点された話です。
 これですが、正式にいうと「9.0」というのは、中学校で習う「有効数字」の表記なんですね(たぶん、理科の教科書で見たことがあると思いますが、5グラムを「5.0g」という表記するやつです)。ですから、普通の計算では0を消しましょう、と習います。ただ、小学校3年生の子供達に「有効数字」の話をしても、なかなかピンとこないというのが正直なところで、そのため、一応、採点する側は0を消して○にしてあげる先生が多いと思います。

 それから、小学校5年生で習う直方体の体積で「たて×横×高さ」の順で式を書かなければ×とされたケース。
 実は、直方体の体積に関しては、全部○の扱いなんです。というのは、直方体はどこを底面にしても成り立つため、特に見た目の「たて・横・高さ」にはこだわらない、という考え方をします。そして、当然、そういう互換性のある内容のものを習うため、一つ前の学年の小学校4年生の段階で、交換法則・結合法則を習うわけです。ちゃんと教科書の配列には意味があるんですね。
 ちなみに、この事に関しては、きちんと指導の際「どこを底面にして考えてもいいよ」という話をきちんと授業の中でしなければならないのですが、それが出来ていないんでしょう。当然、台形の面積のときにも、どちらが上底でどちらが下底でもいいんだよ、という話をしておかなければなりません。そうしなければ、台形が横向きで出てきた場合、迷う子が出てくるからです。そういう配慮と言うか、指導技術が未熟な先生が多いということなんでしょうね。

 ただ、この一連の話の中で気になったのが、国語の採点で「〜だから」とか「〜ので」のように語尾をしっかりさせなくても、内容が合っていれば正解にする、という話。
 実は、指導する先生方は「答案というのは、見る相手がいるんだから、答えの文章も丁寧に書きなさい」ということで指導している先生が多いと思います。ちょっと例は違いますが、漢字で考えると分かりやすいかな。
 漢字を書く場合「合っていれば、雑でもいいでしょ」という指導は基本的にしません。ちゃんと分かっているなら、相手もハッキリ分かるように丁寧に書きましょう、という指導になります。これが「文章も一緒」と考えればいいでしょう。単に「形式を重視しているだけ」ではないんです。何というか、その「日本人の美意識」といいますか「おもてなしの精神」といいますか、そういうところをきちんとしましょうよ、という話だと受け止めてくださいね。
(2016/12/26)

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総合Bの結果です


皆さんの学校はどうですか?

 釧路教育活性化会議で、今の中学3年生の総合Bの結果がでていますので、ここに転載しておきます。

中学校 国語 数学 社会 理科 英語 合計 今年の総合A
附属 47.2 35.4 34.0 34.2 43.0 193.8 184.4
阿寒 44.6 25.0 36.0 26.2 33.5 165.3 150.5
鳥取 41.0 24.4 29.6 25.7 31.9 152.6 141.3
幣舞 40.6 26.7 27.8 27.4 26.6 149.0 138.0
青陵 41.0 23.5 26.3 25.6 32.4 148.9 141.6
富原 43.4 22.6 28.1 24.8 27.0 145.9 131.5
春採 42.0 22.6 24.4 23.3 27.2 139.4 133.1
遠矢 38.7 21.5 27.1 22.7 25.2 135.3 126.9
景雲 39.6 19.7 23.3 22.0 25.5 132.7 120.9
別保 42.0 20.9 23.5 18.1 28.0 132.5 121.8
40.0 20.0 22.0 20.0 30.0 132.0 126.0
美原 37.4 20.3 26.7 22.1 24.6 131.3 124.2
共栄 39.2 21.6 21.2 20.6 26.7 129.3 127.0
鳥取西 40.1 19.7 20.3 18.7 24.5 123.3 116.8

 さて、今回の総合Bは、総合Aと比較すると、国語が易しめで、その分、合計で総合Aより10点程度上がっているという学校が多いようです。
 また、個別に科目を見ていくと、附属の社会は阿寒より下回りました。結局、ここから分かることは、普通に勉強すると、このくらいの平均になる〜30点台真ん中くらいの平均になるはずなんです。これ、社会に限らず、数学や理科もそのくらいになるはずなんです。また、国語と英語は、入試と比較しても易しめなので、この段階では40点近い平均になるはずなんです。今回の国語はちょっと易しすぎたかもしれませんが・・・
 ですから、釧路に居ると、附属が出来る、と思ってしまうと思いますが、他地域で過ごした経験のある人〜転勤族あたり〜は、附属が普通で、他の学校がダメすぎる、という感覚なんですよ。
 また、科目で言うと、幣舞の英語が他と比較しても、ちょっと低いでしょうか。景雲・鳥取西のような、比較的人数のいる学校で、数学の平均が10点台というのも、これはまずいでしょう。別保や鳥取西の理科も厳しいですよね。

 ただ、いいように見てみると、以前は数学の平均は10点台のオンパレードでしたから、そこから見ると、少しは良くなってきているのかな。それでも、これだけ低いとなると、何か根本的な部分でずれたことをやっているんだろうな、とも思います。そして、数学は附属の影響でおかしな教え方が蔓延しているんだと思っています。
 これね、附属の教師を寄せ付けず、市内の先生だけで「数学教え方道場」のような場を設けて、基本的な教え方から特訓しないと、たぶん、このまま、あまり変わらないんじゃないでしょうか。
(2016/10/23)

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通知表に意味を与えよ


ただ「勉強が出来る子・出来ない子」という感覚から抜け出そう

 通知表につけられる「1〜5」までの数値。これ、相対評価のときの名残なんでしょうが、ただ単純「勉強の出来る子・出来ない子」の差と受け取っているような気がします。でも、絶対評価になったわけですから、もう少し、その評価に意味合いを与えてもいいのではないか、という気がしています。

 例えば、
 「1」は「このままでは、日頃の生活に支障が出るレベル」とか「非正規雇用でも就職が難しい・もしくは、就職先で勤務を続けることが困難になることが予想される」とか。
 「2」は「事務系でなければ非正規雇用で就職することは可能」
 「3」は「正規雇用は難しいが、非正規雇用であれば可能」「大学進学だと誰でも入れる私立なら可能」
 「4」は「職種を選ばなければ正規雇用可能」「大学進学だと私立」
 「5」は「大学進学で国立や私立上位が可能」

 まあ、就職・進学について、絞った形で例を挙げましたが、その他の基準でも全然構わないので、とにかく、保護者が見て、「この子は、将来的にどのようになるのか」というような、指標になるような意味を持たせてあげることで、勉強や生活姿勢などに対する意識が変わってくるだろうと思うんですね。
 ただ、お題目で「早寝・早起き・朝ご飯」と言ったところで、それがどのような結果になって表れているのかが分からなければ、結局、それほど変化がなく、そのまま、いつも通りで過ごしてしまうことの方が多いと思います。

 せっかく、学校の評価があるのですから、それを保護者が見て、役立つようにしてあげなければ、評価の意味が薄くなってしまうと思うのですが。
(2016/12/21)

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分かっているなら、きちんと書く


解答がドンブリ勘定!?

 よく、国語の答えの書き方で、理由を述べるときには語尾を「〜から」や「〜ので」にしましょう、という事を聞いたことがあると思いますが、これ、要するに「答えが分かっているなら、解答もきちんと書きなさい」という発想なんですね。なんとなく「合っているからいいじゃん」というものではないんです。それとは逆で「分かっているなら、答えもきちんと書きなさい」ということなんですね。
 ところが、最近の子供達の答えの書き方を見る限り「分かっているなら、解答は適当でいいや」という感覚が蔓延しているのではないか、と思われる場面に直面することが多くあります。要するに、きちんとした形で答えのかけない子が多くいる、ということなんです。

 例として、国語の「〜から」を挙げましたが、その他でも、国言の答えの書き方が分かっていない、出来ていない、という子が多くいます。酷い子だと、書き抜きで字数の合わない子とか。
 そして、これが算数・数学になると、前にかけ算の式の書き方に触れましたが、これも「分かっているなら、答えをきちんと書きなさい」ということですし、これが酷くなると、計算の途中式で「=」を書かなかったり、逆に、証明の問題で、本来「式で表すところ」を全部文章にしてしまい、結局、日本語がおかしくなって点数に結びつかない、というのもあります。

 本来、途中の考え方を大事にする、ということであれば、その「考え方」をきちんと「文章」なり「式」なりで表せるようにしなければならないのですが、調子よく「考え方が大事」と言っておきながら、その答えの書き方が「適当」というのであれば、それは、周りから認められないという事になってしまいます。

 そして、この「解答の書き方」については、指導の影響が大きいんですね。先生がきちんと板書をして、最後まできちんと書いて見せていけば、こういう「適当な答え方」はグッと少なくなります。ところが「板書もせず、口で言うだけ」だったり「ここから先は、自分たちで書いておけ」というような指導法では、子供達は「解答をきちんと書く」という感覚にはならないし、解答の書き方が分からないままになったりするです。
 ということは、適当な解答をかく子が多いというのは、板書が適当な教師が釧路には多い、ということなんでしょうね。どうでしょうか? 参観日に行って、黒板を見てみると、ほとんど黒板に字を書かない先生って・・・、そういう先生が、いませんか? こういう場合、一見、授業が良さそうに見えても、子供達の学力向上に結びついていないケースも多いんです。

 ですから「参観日は黒板注目」。きちんとした書き方で教えているかどうかを確認してくださいね。
(2016/12/10)

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「全国学力テスト」の結果が出ました


国語は「書くこと」、数学は「図形」

 北海道教育委員会のホームページに「全国学力テスト」の管内別の結果データが出ています。出来れば直接見ていただきたいのですが、もうすでに結果が出てしまったものは、しょうがない、と受け入れて、大事なのは、これを見て「どういう対策をするか」ということですね。

 そこで、まずは、小学校の国語ですね。
 これ、全道平均も低いんですが、全国平均と比較すると、やはり国語Aの「書くこと」がいまいちなんですね。となると、学校でのノートの扱い方がどうなっているのか、というところがポイントになると思います。釧路の場合、漢字は各学校で頑張ってくれているようなんですが、文章を書く、ということになると「?」がつきます。
 ですから、例えば、家庭で「日記」をつけるとか、小学校の段階では、そのような事を進めて行くといいでしょう。
 それともう一つですが、国語Bの「話すこと、聞くこと」になると極端に落ち込みます。国語Aでは、全国平均並なんですが、国語Bになって落ち込む、ということは「表現の幅が狭い」ということと考えておきましょう。要するに「全国の標準的な語彙力」よりも、釧路の子供達は劣っている、と考えて良いと思います。「慣用句」だとか、「修飾語の語彙」などを練習することによって、言葉をたくさん覚えておくことが大切ですね。そして、国語Bの語彙力が劣る、ということは、すなわち、成績上位者が伸び悩んでしまう、一つの大きな原因になります。将来的に「上位校」を狙っている子は、同音異義語・同訓異字などの区別がハッキリつくように、漢字検定などで上位の級を狙っていって欲しいですね。

 次に小学校算数です。
 ここで、最も気になるのが、算数Bの「数量関係」が極端に低いということ。これ、全道平均もものすごく低いんですよ。要するに「速さ」とか「%」とか。そして、この低さは、小学校低学年の「単位」の部分、小数・分数の計算が原因になっていることが多く、要するに「計算は出来ても、そもそも小数って何?」というような感覚の子が多くなっている、ということだと思ってください。そして、もっと言うと、少し前に書きましたが、小学校の低学年の段階で、文章問題を的確に式にして解く、という感覚の薄い子が多い、ということを差しています。「出来てるからいいっしょ」と思っていたら、うまく行かなくなってしまうんですね。
 もう一つは、単純に「文章問題の練習量が足りない」。実はこの学年、まだ、小学校の低学年の頃は学校の授業進度が遅く、「文章問題を端折ってしまっていた学年」なんです。
 ということは、ここを解消するためには、恥ずかしくないですから、小学校の低学年まで戻って、文章問題をしっかり解く練習をさせる、ということになります。自分の出来るところまで戻ってしっかり練習させましょう。

 次に中学校です。
 中学校はものの見事に、授業での扱いの悪い部分が、そのまま結果になって顕れています。国語は「書くこと」、数学は「図形」と「文章題」です。要するに「授業でプリントを配って、子供達にノートを取らせていない〜国語の書くこと」、「どうせ出来ないとあまり突っ込んだ文章題を取り扱わない〜数学の文章題」「授業時間数が足りなくなり、端折ってお終い〜数学の図形」。これが中学校の結果です。結局、授業のダメなところが、全部数字になって表れた、と思ってくれればいいでしょう。
 となると、結局、ある程度力がある子は、自分で勉強を進め「少し難易度の高めの文章問題に取り組んだり、図形を先取りしたり」という家庭学習が必要だと思ってくれればいいですし、授業の内容について「自分でまとめノートを作る」」などして、とにかく「書くこと」を練習する、というのが、一番、いい対策法だと思います。
 ちなみに、入試の事を考えたら、中3生は、すでに「三平方の定理」に入っていて欲しいのですが、皆さんの学校はどうでしょうか? これが図形の出来ない原因なんですよ。
(2016/11/29)

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「かけ算」の式の作り方


キーワードは「倍」

 ちょうど小学校2年生の子供達がかけ算を習っていて、その文章題での式の作り方が別のところでも話題になりました。要するに「3×5」が正答で、逆の「5×3」にすると不可となるのは納得が行かない、という話です。
 それで、指導する側ではこのように考えているんですよ、という事を書いておきますね。話を聞いても「納得が行かない」という方もいるかも知れませんが、指導者側の考えているところを知っておくと、学校の先生とおかしなトラブルにはならないと思いますので、参考にしてください。

 問題の文章は「リボンを5人に3本ずつ配ります。全部で何本いりますか?」というもの。この問題で「3×5」はオーケーで「5×3」はダメですよ、という話なんです。

 それで、ここではまず最初に「かけ算」の考え方について話をしておきますが、かけ算というのはそもそも「何かを何倍したもの」という事なんですね。それで、立式においては「○の△倍」で「○×△」という形になるんです。そして、○のことを「かけられる数」、△の事を「かける数」というんです。だから、この△のところには「倍」に当たる数字が来るんですね。
 そこから、上記の問題文では「3本の5人分で15本〜3本の5倍で15本〜3×5=15」という式が正解と判断します。

 それでは、5×3だとどのような解釈になるか、ということなんですが、
 この場合、「5人の3倍は15人」という解釈にすると、人数を求める式という事になってしまいます。答えは同じでも、求めている内容が不適切となるんですね。また「5倍の3本」となると、これは日本語的に変ですね。となると、これを放置しておくと、文章を解釈するときの国語力に後々支障をきたすんです。ですから、ちゃんとした式を作りましょう、という話になるんです。学校の先生の中には、まず、問題の文章を一旦「式を作るときの言葉に直してから、数字で式を作らせる」という指導をしているところもあるんです。そこまでやってくれている先生って、本当に丁寧に教えてくれていると思いますよ。

 正直に言うと、これ、ちゃんと先生の話を理解している子は、普通に「3×5」の式を作って、先生に○をもらってお終いなんです。それを逆に書いてしまう、ということは、意味をきちんと理解していなかったり、意味が分かっていても式にきちんと表すことが出来なかったりしている子、という事になりますから、不可にされてしまう、と考えておいてください。要するに「中途半端に出来ていても、それは認められないんですよ」ということです。

 そして、非常に危険なのが、安易に「5×3」を認めてしまうと、子供さんの中に「単に文章に出てきた順に数字を当てはめて式を作る」という感覚の子が出てくるんです。この問題の場合、文章をちゃんと読まずに、出てきた数字の順に「5×3」とやっている子もいるんですね。そういう子が中学校に行くと、こんな式を作ります。
 「50円の品物をx個買って300円を払ったときのおつり、を文字式で表せ」という問題で50x−300とやってしまうんです。これ、実は、今の高校3年生〜大学生に当たる年齢の子供さんが中学生のときには、半分近く(ひょっとしたら半分以上!?)、こういう式を作っていたんですね。もちろん、これだと「ひかれる数」と「ひく数」の関係が逆ですよね。でも、子供達は、文章で出てきた順に数字や文字を当てはめて、適当に式を作ってしまうようになるんです。そして、この世代が以前話題になった、全国学力テストの「100人の40%を求めなさい」で正答率が34%だった世代なんですよ。
 結局、こういう感覚になってしまったのは、小学校低学年のときに、式をきちんと作る、という感覚が身につけられなかったところに、一番大きな原因があったんですね。

 さらに、周りの大人がいいように解釈して上げて「5×3」でもいいよ、と言ってあげたとしても、子供さんは、そのようには受け取らず、最悪の場合「文章で出てきた順に数字を当てはめてもいいんだ」と考えてしまう子も出てくる、と思っていた方がいいんです。お父さん・お母さんがきちんと勉強を見て上げられる人ならいいんですが、共働きなどで、そんなにしょっちゅう見てあげられない、という場合であれば「ちゃんと学校の先生の言うことを聞いておきなさい」と言っておいた方が安全だと思っていた方がいいと思います。

 ちなみに、ここで書いた「倍」には系統があって、この後「わり算」でも「倍」が出てきますし、皆さんご存じの%も、基本は「倍」の感覚が使われます。「500円の30%」は「500円の0.3倍」という意味ですし、帰省ラッシュの報道で「新幹線の乗車率120%」なんていう話が出てきたら、これは「定員の1.2倍」の人数が乗っているということが分かればいいわけですよね。ですから、簡単なように見えますけれども、簡単だからこそ、小学校の低学年の段階でしっかり「身につけるものは身につけさせる」という感覚が大事になります。これが指導側から見た「かけ算」の立式なんですね。

 ということで、この辺の内容をふまえて、子供さんの答案を見てください。また、学校の先生方も、保護者からいろいろ言われるかも知れませんが、そういうったものにはくじけず、頑張ってくださいね。

(追記1)
 書くのを忘れていた内容があったので、追加しておきます。まずは「交換法則」についてです。「結局、答えが同じになるんだから、どっちでもいいでしょ」という人もいると思いますが、これ、実は「交換法則」の使いかたの勘違いから来ています。本来、交換法則というのは「要領良く計算する方法」であって「立式」には用いないものなんです。
 実際に「交換法則」を習うのは小学校4年生で、そのときには「計算のくふう」という単元で扱います。で、単元名を見てみると分かると思いますが、結局のところ、計算の仕方で習っているんですよね。
 ですから、文章問題の答えを出すまでの流れとして「最初は、文章をきちんと読んで立式」、そのあと「交換法則・結合法則・分配法則」を使えるものは使って、要領よく、速く・正確に計算して答えを出す、ということになります。

(追記2)
 それでは「なぜ、指導側はこのような指導をするのか?」という話ですが、結局のところ「きちんと出来るようにするため」なんです。この件に限らず、指導法というのは「今まで出来なかった事を出来るようにするため」に生まれてくるものなのです。ですから、それまでは「文章を読んで、自分で考えてごらん」というだけだったんだろう、と思うんですね。それが、きちんと出来るようにする指導法が確立され、それが現在に至っているということだと捉えてください。

 そして、図らずとも、釧路や北海道が反面教師のような状況で立証してしまったのですが、実は、以前の釧路は学校進度が遅く、かけ算の内容も「九九を教えてお終い」だったり、最悪は「九九が終わっていなかった」という話があるんですね。ということは、文章問題にはほとんど触れずにお終いだったんです。それで「6cmの3倍は何cmですか?」が出来た子が半分。要するに「倍」の感覚が何もない状況だったんです。
 これ、表記の問題のように「5人が3本ずつ」程度の問題くらいであれば、みんな出来たと思います。ところが「倍」が絡んでくると極端に出来ない。家で自分で勉強しておきなさい、自由にやってもいいよ、ということでは、子供達には「倍の感覚」は身につかない内容なんだ、ということが改めて、証明されてしまっているんですね。

 ですから、子供達が必要な内容を身につけるために大事な指導法ですから、適当なことをやらせず、きちんとやらせておいた方が無難、ということだと思ってください。
(2016/11/10・12)

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先を見越しても「ありがたみ」は感じない


困らなければ感謝しないんだよね〜

 昨日、授業で使った教材の中に松平定信の「花月草紙」の1節があったので、簡単に紹介しますね。

 ある医者が「後で病気になるから、今のうちにこの薬を飲んでおきなさい」と言ったのを「そんなはずがない」と信用せず飲まずに、結局病気になってしまった。ところが、その人は、言うことを聞かなかったのでその医者に行くのがためらわれ、別の医者のところに行った。そして、その医者がいろいろ治療を施し直ったところ、その人は、病気を治してくれた医者に非常に感謝した。
 また、別の人は「後で病気になるから、今のうちにこの薬を飲んでおきなさい」と言われ、気が進まないものの、とりあえず飲んで、結果、病気にはならなかった。すると、その人は「ほら、元々病気になんてならなかったのさ」と思ってしまった。

 この話、医者を「親・先生」、薬を「勉強」というふうに置き換えると、現在の学習状況に通じるものがあるような気がしますね。本当に感謝しなければいけないのは、自分を平穏無事に過ごさせてくれる人なんでしょう。だから、自分たちの仕事っていうのは、別に感謝なんかされなくても、入試や就職を迎えたときに無事に通過させてあげることなのかな。
(2016/11/08)

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小学校低学年「宿題は家庭学習の入り口」


ただやみくもに出してもね・・・

 小学校では、毎回きちんと宿題を出して、子供達に家庭学習をやらせるところも増えてきました。となると、今度は宿題の「質」の問題になってきます。そこで、ここでは「どういうことを目的にして、どのように宿題を出せばいいか」という事について書いていきますね。
 まず、今回は「小学校低学年」向けで。

 そこで、「そもそも」の話なのですが「家庭学習」には「宿題」と「自主学習」の2つがあります。そして、中学・高校と進学していったときに、メインになるのは「自主学習」の方なんですね。
 普通に考えてくれれば分かると思いますが、高校入試で「学校の勉強だけで合格した」とか「教科書の内容だけ勉強していたら、ちゃんと合格した」と言う場合、実は「少し下のレベルの学校」ということになって、「上位校」にはなかなか合格していかないものです。これが「大学受験」ともなれば、なおさらで、高校で勉強した内容をやっているだけで受かった、なんていう話は、ほとんどありません。ほとんど「問題集」や「参考書」を使うでしょ。
 また、社会人となってからは「自分で課題を見つけ〜自分で考えて〜自分で答えを出す」という一連の流れを求められるようになってきます。そして、この流れ、家庭学習のうちの「自主学習」と同じ流れですよね。
 ということは、最終的には「自主学習」が出来るように子供達を鍛えていく、という視点が大切になります。そこから逆算で、小学校のうちに何をさせるか、中学校で何をさせるか、という話になっていくんです。

 そこで、小学校低学年の目標は「家で机に向かう習慣をつける」ということ。ですから、ほんのちょっとでも良いので、なるだけ毎日宿題を出す、ということになります。そして、その際には「具体的にやるものを与えること」。何でも好きなものをやっておいで、と言ったところで「何をしていいか分からない」という子がほとんど。ましてや「お母さんが勉強の面倒を最初からきちんと見て上げる」なんていうことも、共働きの家庭では結構しんどい。だから、子供さんが「すぐにサッと机に座れるように、具体的なものを用意する」のが大前提なんですね。すなわち、この段階で宿題というのは「子供達が机にサッと座れるようにして、家庭で勉強する習慣をつける〜家庭学習の入り口」ということになるんです。

 当然、指導する側も「宿題〜やらなければならないもの」と「自主学習〜自分から進んでやるもの」をきちんと区別して、子供達に話をしなければなりません。「まず宿題をやって、そのあと、自分の好きな勉強をしてみよう」という形で、まず「机に座らせて、そのあと、自主学習へ促す」という指導をしていかなければならないんですね。そして、子供達がその違いを認識できるように指示をしていかなければならないんです。
 こういう発想で捉えると、実は、宿題も自主学習もひとまとめにしてグチャグチャになってしまう「家庭学習ノート」という指導はあまり良いものではない、ということになります。「宿題は宿題」「自主学習は自主学習」ということで、それぞれきちんと提出させ、「やるべき宿題をやって来なかったら注意する」「自分から進んでやってきた子は誉める」という区別が必要なんです。

 さて、ここまで来ると、当然「宿題は出しません」とか「好きなものをやっておいで」という指導は、小学校低学年では「机に向かう習慣をつけさせられない」もしくは「机に座りづらくしてしまう」という指導ですから、あまり良い方法とは言えません。単に学力だけの話では無く「将来につながる良い習慣」というものが身につかなくなってしまうわけですから。
 また、例として、これ、本州方面の先生の話ですが、小学校2年生で「漢字を毎日3つずつ書かせる」とか「計算を10問練習させる」というような宿題を継続的に出している先生がいます。小学校の低学年であれば、こうやって、まず「家庭学習の入り口に立たせること」がその後に大きな影響を与えると思ってください。
 ですから、学校の先生であれば、もう少しキッチリ「目的」「方法」「内容」について考えていかなければならない、と思います。そして、お父さん・お母さん方で、もし、学校の先生がいまいち、というケースがありましたら、家庭の方で、上記の内容に準じた「家庭学習」を進められるように心がけていってくださいね。
(2016/11/01)

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「序列化」、どうなった?


釧路教育活性化会議の結果公表に反対した人たち

 一つ前に書いた総合ABCの学校名公表。実は、これ、最初にやったときに、反対した連中がいたんです。新聞記事にまでなったんですよ。
 そして、その反対した連中の言い分が「序列化が進む」だったんですね。

 ちなみに、そのとき反対したのは
北海道新聞の社説
北海道教育大学釧路校教授
校長会会長(釧路)〜当時

 これ、どういう風に「序列化が進んだ」のか、教えて欲しいですね。
(2016/10/08)

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総合Aの結果です


皆さんの学校はどうですか?

 釧路教育活性化会議で、今の中学3年生の総合Aの結果がでていますので、ここに転載しておきます。

中学校 国語 数学 社会 理科 英語 合計 昨年の総合A
附属 39.3 29.8 35.8 37.3 42.2 184.4 194.9
阿寒 37.1 19.3 35.7 24.6 33.7 150.5 160.2
青陵 33.4 20.3 28.6 27.2 32.2 141.6 117.5
鳥取 31.7 21.4 27.7 30.0 30.5 141.3 131.3
幣舞 32.8 22.5 28.0 28.4 26.8 138.0 142.0
春採 33.0 23.4 24.7 24.5 27.4 133.1 107.9
富原 33.6 19.1 24.9 26.0 27.9 131.5 145.2
共栄 31.8 20.4 21.2 24.9 28.7 127.0 129.6
遠矢 30.9 18.7 26.5 24.6 26.1 126.9 140.2
32.0 19.0 24.0 23.0 29.0 126.0 138.0
美原 29.1 19.1 26.2 24.2 25.6 124.2 140.4
別保 31.0 19.8 25.4 18.9 36.8 121.8 146.5
景雲 29.6 18.5 22.2 24.2 26.4 120.9 142.3
鳥取西 30.5 17.8 23.9 20.2 25.0 116.8 134.0
桜ヶ丘 26.1 19.1 21.6 23.4 25.6 102.9 124.0

 さて、表を見てみると分かると思いますが、数学が悲惨ですね。附属はついに30点を切りました。あちゃ〜。
 そして、もう一つ面白いのが、社会の平均。附属と阿寒と0.1しか差がありませんね。要するに、社会科だって、ちゃんと勉強すれば、附属くらいまでなら出来るようになる、ということです。全国学力テストの結果と総合して考えてみれば分かると思いますが、結局、全体的に「思いっきり勉強不足」ということですね。これだもん、全国平均と大きく差が開きますわ。
 そして、合計で見てみると、10点ほど、昨年より下がるくらいの得点になるようです。ですから、それを基準にしてみてみると、20点近く下がっているのは、全体的に去年の中3より勉強不足気味。逆に点数を上げている学校は頑張ったのではないでしょうか。また、昨年と平均にあまり差がないところも、徐々に力をつけてきている、ということですね。

 ところで、景雲、どうしちゃったんでしょう???
(2016/10/21)

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テストで学力をつけましょう


どういう定期テストが望ましいのか?

 学力テストと定期テストの差が大きい、という話を書いてきましたが、じゃあ定期テストを難しくすりゃいいのか、というと、そういう訳ではありません。この辺、誤解が無いように定期テストのあり方について、書いておきますね。
 そこで、某中学校の総合Aの結果と定期テストの結果を表にしてみました。

テスト 国語 数学 社会 理科 英語 合計
総合A 平均点 31.7 21.4 27.7 30.0 30.5 141.3
正答率 52.8% 35.7% 46.2% 50.0% 50.8% 47.1%
中間テスト 平均点 58.5 59.1 65.5 68.4 58.7 310.2
正答率 58.5% 59.1% 65.5% 68.4% 58.7% 62.0%

 表で見ると分かると思いますが、定期テストは100点満点なのでそのまま平均点が各科目の正答率になりますが、総合Aは60点満点なので、正答率は100点満点に直したときの点数、というように考えてみてください。
 そうすると、学力テストと定期テストの差が一番小さいのが「国語」。次は「英語」。逆に差が多きのが「数学」ということになりますね。

 さて、例えば数学をこの状況で、正答率35.7%〜平均点が35.7点になるように定期テストを作ったとします。そうすると、子供達は「みんな出来ていないんだから、点数が悪くてもしょうがない」になってしまうんです。それだと、子供達の学力は上がりません。
 逆に、もっと点数を取れるように易しくしたら、今度は「点数が良かったんだから、これくらい勉強しておけば良い」という事になって、結局、学力は上がらないんです。
 そこで、子供達がテストの結果を見て、頑張ろうと思う平均点は、特にデータがあるわけではないんですが、自分の見てきた感覚では55〜60%に収まっているときが一番いいんですね。となると、この中学校では、国・数・英は、しっかり子供達の学力を想定してテストを作れている、という判断です。逆に、社・理は、ちょっと定期テストの平均が高い。もう少し難易度を上げて、上位層に「頑張ろう」という気持ちを持たせてあげた方が、全体的なレベルは向上します。
 まあ、正直に言うと、この学校の数学がダメなのは、このテストより前のテストが易しすぎで、1つ前のテストの平均が73点、その前が69点。これじゃあ、子供達、数学をバカにして勉強しなくなりますね。結果、学力テストがガタガタということなんですよ。

 そして、もう一点は、この平均点、各科目で足並みが揃わないとダメなんですよ。というのは、子供達は、目先の点数で判断しますから、易しくて点数を取れる科目が「好き」、難しくて点数を取れない科目は「嫌い」となっていきます。ということは、一科目だけ易しいテストにして子供達の人気取りをしてしまったら、他の科目を勉強しなくなってしまうんです。ですから、ここは教頭の腕の見せ所なんですね。
 おそらく、今の教師は「子供達に嫌われないように」を中心に考えている傾向があるだろう、と思いますから、易しいテストにして、子供達の人気取り〜「私、社会が好き」というような、自分の担当科目を好きになってもらおうとして、易しいテストでつり上げようと思っているケースも多かれ少なかれあると思います。ですから、そこに歯止めをかけるのが教頭の仕事です。

 そして、最終的には、このテストできちんと評価をする、ということです。
 出題の仕方はいろいろあると思いますが、やはり学力の低い子もいるわけで、その子達のために「ここを出すからね」とある程度(3〜4割程度)は点数を取れるようにしてあげればいいんです。ただし、そこまで言っているにも関わらず、全然勉強をしないで、点数が取れない場合。それは、基本的に「意欲・努力」の低い子という判断をして、通知表結果を低くするんです。そして、そういう話をあらかじめ保護者・生徒にきちんとしておくんです。
 万が一、一生懸命やっているにも関わらず、全然点数が取れない、という子がいたら、それは学校の勉強内容について来れていないということですから、通級・特別支援などを保護者と話せばいいんです。そういうことになったら、それこそ、保護者も勉強の事を真剣に考えるようになるんです。

 ということで、上の方ばかりを見て話をしているのは、下の方ばかりを見て話をしているのと、同じです。ですから、ただ単純に「テストを難しくしろ」というのは、おかしな話なんです。学校には勉強が得意な子もいれば、勉強がうまく行かない子もいるわけですから、結局は、平均的に全体をきちんと上げていくという話でなければなりません。
 そして、平均点を55〜60点の間に保ちながら、出来ていない子の補習をしたり、勉強の得意な子に上のレベルの問題を見せてあげたりしながら、授業の改善を行っていけばいいんです。当然の事ながら、学校毎に全体の学力、科目によっての学力が違うわけで、その学校の生徒の学力に見合ったテストを作るため、学校毎に定期テストを用意するんですよね。

 最初のテストのときに55〜60点の間に平均点を持ってきて、子供達の学力が上がってきたら、ちょっと問題を難しくして、次のテストも55〜60点間に平均が収まるようにテストを作る。そして、また学力が上がってきたら、またちょっとテストを難しくして、次のテストも平均が55〜60点の間に収まるようにしていく。そうやって進めているうちに、子供達のテストの平均正答率が、定期テストと学力テストで差が出ないようになって行くんです。
 当然、そのための教材研究やテスト作成力の向上が要求される訳ですから、そういう事を研究センターで行って上げるといいでしょうね。
(2016/10/09)

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今年の中3の受験


釧路市内の中学卒業生 74名増

 学習塾などに通っている方は、塾の方から、すでに情報を得ていると思いますが、今の中学校3年生でみると、釧路市内の中学校卒業予定者が前年度より74人増えます。
 そして、市内の高校では、学級数の増加はありません。
 ということは、市内の卒業生は、ほとんど市内の高校を受験してくると思いますが、そうなると、単純に考えて、不合格者が昨年度より74人増える、ということになりますね。

 こういう状況って、実は、以前にもありました。東高校で60名近く不合格とか。たまたま工業に希望者が集中して、そのときは100名くらい不合格になったとか。おそらく、今年は、それと同様の現象が起きそうです。そして、進路指導がしっかりしていない学校では、大量の不合格者が出るだろう、というお話です。

 ハッキリ言って、きちんと勉強させている学校ならいいんですが、進度が遅れているとか、学力テストの結果が全体的に低いとか、そういう学校は要注意ですね。「学校では普通くらいだ」と思っていたというのが、実際に入試では残念な結果になってしまった、という事も考えられます。
 ですから、学校の状況を考えて、今からでも遅くないですから、しっかり勉強を進めて行ってください。

 ちなみに、現在の中2も書いておきますが、中2生が受験のときは、生徒数は70名減なのですが、江南が1クラス減になる予定です。ですから、考えようによっては、江南より上に行きたい、と思っている人は、今の高校生のお兄さん・お姉さんのときよりも、厳しい受験状況になるよ、と考えていてくれればいいと思います。

 ただし、これが厳しくなったとは考えないでください。今までが、高校の定員割合に余裕がありすぎた〜今までが緩かったんだ、と考えておいて欲しいと思います。
(2016/10/08)

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でました〜釧路の平均


全国学力テスト結果

 実は、10月4日放送の「ストップ・ザ・学力低下」は自分の出演だったのですが、その中で「小学校は改善が進んでいるが、中学校は旧態依然」というお話をしたんですよ。新聞のデータを見た方は分かると思いますが、その通りの結果ですね。

 そして、これ、見たら分かると思うんですが、小6の国語Aは、全国平均を超えたんですよ。全道平均との差を見ると、始めて2点以上の差をつけたんです。これ、自分、ラジオでもお話ししたんですが、小学校では「漢字」に力を入れているところが多くて、この「国語A」で出題されるところは、かなり向上していると思っているんです。ですから、今の段階で「小学校2年生や3年生の漢字の読み書きが出来ない子は、大変だよ」というお話もラジオでしているのですが、それが数字になって表れている、と考えてください。この辺の基本部分に関しては、もう今までのようには行きません。

 逆に、この1つ前にも書きましたが、全道標準レベルの総合A学力テスト〜おそらくは全道平均が「160〜180点」あたりに収まっているだろう〜テストで、学校の平均が130とか140とか、そんなレベルになっている時点で、全道平均なんて超えられるはずが無いんです。総合Aの英語で10点でも、その子の通知表に「3」がついているとか、そんなバカげた通知表をつけているような教師に、まともな授業ができるはずが無いんです。それが釧路の標準になっているんです。だから結果がこうなんです。
 これ、何年も前から言っているんです。それをいつまでも直さないから、何年もずっとこの調子。数学なんて、教師が教科書をきちんと進めていないっていう負い目があるから、きちんとした評価をせずに誤魔化して来ているんだろうさ。基礎学力保障条例があるんだから、訓告・懲戒、バンバン出せよ、って言いたいですね。
(2016/10/07)

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附属のテストは難しい?


未だに妄信している人がいます

 まだ、附属のテストが難しいと思っているお母さんが、結構、多いようです。そこで、今回は「果たしてそうなのか?」という事をお話しておきます。

 これ、単純に「学力テストの平均」と「定期テストの平均」で、その正答率を見ると分かるんです。
 ちなみに、釧路では「学力テストが難しい」という妄信もありますが、これ、義務教育レベルで、なおかつ全道で行っているわけですから、そんな難しいテストなわけが無いんですね。ということで、学力テストと言うのは、極々標準的な〜見方によっては、全国レベルより遙かに易しい〜テストなんです。
 ですから、中3では総合A学力テストがありましたが、このテストで「難しい」なんていうことを言っていたら「笑われる」くらいに考えておいてください。そして、このテストで難しいと思っているならば、それは「自分の学力に対する目線が低いんだ」と捉えて置いて欲しいと思います。ちなみに、公立高校入試の裁量問題は総合Aよりもっと難易度が高くなりますからね。

 さて、そこで、問題の附属のテストが難しいかどうか、という事ですが、これ、単純に「平均点が高いと、みんなが得点できる易しいテスト」「平均点が低いと、みんなが得点出来ない難しいテスト」ということになります。
 それで、例えば、60点満点の学力テストの平均点が42点であれば、正答率は7割ですから、学校のテストで70点の平均になっていて、学力テストと同じ程度の難易度。つまり「全道の標準レベルの定期テスト」という事になります。これが「定期テストの平均点が60点を下回った場合、全道標準より難しい」「80点近くの平均点なら、全道標準よりかなり易しい」ということになりますね。
 同じように、学力テストの平均点が36点であれば、学校の定期テストに換算すると60点程度。学力テストの平均が30点なら、定期テストの平均点が50点程度、となります。この辺を目安にして見てみると、なんのことはない、全道標準レベルと同じくらいの平均になっていますよね。
 ですから、なんのことはない、普通のレベルのテストです。だから、今、大学に入ったくらいの子供さんのときには、理数科を受けたところで、数学の点数が20点台なんていうのがざらにありましたよね。その程度なんですよ。

 そして、附属はまだ全道標準ですけれども、市立の中学校では、学力テストの平均点が20点程度なのに、定期テストの平均が70点近辺になっていたりしませんか? 本来であれば、学力テストを基準にすると、定期テストの平均が33.3点のテストにならないと、全道標準レベルのテストでは無いんですよ。学力テストの平均が30点ならば、定期テストの平均点はちょうど半分の50点程度で全道標準レベル、ということです。
 そうやってみると、定期テストが易しすぎ、というのが分かりますよね。

 ということで、全国学力テストの結果が公表になりました。今後、道内では各管内の状況がデータとして出てくると思います。そして、そこで、学力状況がハッキリしてくると思いますが、結論から言うと「学力目線の低い感覚の教師に習っていたら、子供達の学力は上がりません」。今回の総合A程度で「難しい」と言っているような教師では、その意識が低すぎて、学力向上は無理なんです。
 そのことを頭に入れておいて、今後のデータ発表を待っていてくださいね。
(2016/10/01)

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更新2017年 4月 27日 (木)

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