教育時事問題について考えよう。


教育時事問題を、独断と偏見で、考えてみてみるコーナーです。
いろいろ、反対意見もあると思いますが、
「子供さんのしつけや環境、教育について、
もう一度、真剣に考える機会」になってくれれば幸いです。
Netscapeを使用している方は、リンクの不具合があるかもしれません
その際は、申し訳ありませんが、スクロールしてご覧になって下さい。


Contents


 特別編

 算数・数学のセンス編

 生徒管理(1)〜(30)

 釧路の学力の現状って?(過去版)
 1〜16&平均点が赤点

 釧路の学力の現状って?(過去版)
 17〜

 学習内容・指導編

 「学力把握」と「机間巡視」(NEW)

 「めあて」と「まとめ」(NEW)

 10月の数学の進度(NEW)

 「条件の読み取り」と「場合分け」

 「小テスト」をやっていますか?

 「アクティブ・ラーニング(体験学習)」について

 「宿題」と「家庭学習」と「学校の授業」

 9月の数学の進度

 釧路の現状、何が問題か

 夏休み明け〜8月までの数学の進度

 「テストの平均点」と「評価」2

 「テストの平均点」と「評価」

 7月〜夏休み前まで〜の数学の進度

 「方程式〜移項」の途中式の書き方

 「知識」と「思考」の入れ替えセンス

 方程式の文章問題

 6月終了時点の数学の進度

 算数・数学のテストの作り方

 数学の学校進度 中2も要注意

 中3 6月学力テストの見方

 「集団指導」と「個別指導」

 5月終了時点の数学の進度

 「逆転現象」と「相対学力」

 「特別支援」とフィンランドの教育

 「低学力」と「通級・特別支援」

 「宿題」と「学力・しつけ」

 教育理論編

 アメリカ発祥、とんでもない!(NEW)

 


 学校生活・しつけ編

 先生編

 教材作成の盲点(NEW)

 「うざい」「ムカつく」は教師の勲章と思え

 家庭編

 「朗読」させましょう(NEW)

 「○つけ」と「学力」(NEW)

 「夏目漱石」を読んでみよう

 「類義語」「対義語」の勉強しよう

 ハードな勉強をこなす「覚悟」はありますか?

 「社会・理科」と「漢字」

 寝る子は落ちる!?

 「スポーツ」と「真剣さ」

 格安スマホで、子供さんとの約束が反映

 「それなりの所」は「それ以下の所」

 「学力」と「お子さま感覚」

 DSで勉強ってどうなの?

 塾について

 地域問題

 先回りして言い訳をするお母さん(NEW)

 国語が二極化傾向!?(NEW)

 「私立中学」と「教科書」

 「意識付け」と「学力」

 「評価」と「学力」

 塾をやめておいた方がいいケース

 東高の不思議

 基準と学力

 不合格者数

 ギリギリなのは直っていません

 「時間」もまともになってきています

 大学進学を目指すなら

 

  
内容が増え、ページが重くなりつつあるので、掲載時期に合わせて分割しました。

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教材作成の盲点


大事なのは「それ以外の所」

 学校の先生方の「忙しい」の大きな原因の一つとして、特に、小学生の場合「教材作成」というのがあるんだそうです。黒板に貼るものを作って、授業を分かりやすくしようとしたり。中学生あたりだとプリント作成などもあるんでしょうね。
 ところが、この教材作成が学力向上の大きな妨げになっているケースがあるので、今回は、そのお話です。

 というのは、特に授業の展開を考えずに「教材作成」ばかりに目が行ってしまっている先生に多いと思うのですが、自分で作った教材を使うときには、使い方などを工夫したりしてスムーズに授業が進むのですが、そういう教材を用意していない部分がガタガタ。
 例えば、以前、学校の先生の授業を見学したときの事なんですが、黒板にいろいろな図形を貼り付けて、ああだ、こうだ、とやっているうちは調子がいいんです。ところが、問題演習に入って、みんなが教科書の問題を解いたあとの解説がグダグダ。そこから、一気にペースダウンして、授業の最後は、結局、何だか訳がわからん、ということになってしまっているんですね。

 要するに、その日の授業で何を身につけさせなければならないのか、どこに重点が置かれるべきなのかを考えずに、教材を使って説明しやすいところばかりに目が行ってしまっていて、肝心のところの準備がしっかり出来ていないんですね。

 まあ、正直に言うと、自分で一生懸命作ったものですから、それを目一杯使って授業をしたい、という気持ちは分からなくも無いのですが、でもね「そこじゃないでしょ」という感じなんですよ。

 それで、授業の組立の仕方を簡単に書いておきますが、
1 その日の授業で身につけさせるものは何か、をしっかりさせる。
2 そのメインの内容に向かって、どのような手順で授業を進めるか、段取りをしっかりする。
3 その段取りの中で必要な教材を考える。

 ということで、教材を考えるのは、最後の最後なんです。それを「まず、教材ありき」からスタートするから、授業内容が本末転倒してしまうんです。同じように「まず、教科書を消化させる」もアウト。「とにかく、教科書の隅から隅まで全部きちんとやろう」というのも、どこがメインで、どのように子供達に与えるか、ということを考えていない点では全く同じなんです。こういう授業をやっていては、学力はついていかないんです。

 ですから、教材作成は「付加」。メインの内容をどのようにして身につけさせるか、からスタートして、授業を構築するのが大事なんですね。
(2017/10/18)

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「学力把握」と「机間巡視」


「テスト」と「机間巡視」

 子供達がどれだけ学力をつけているかを確認する方法というのも、様々ありますが、一番分かりやすいのは「テストの点数」ですよね。ところが、その点数だけを追いかけても、なかなかハッキリしないことってありますね。例えば、子供さんのテストの点数を見ると「上がったり、下がったり、上下の動きが激しい」とか、「質問して聞いてみると、分かっているようなんだけど、テストになると点数が取れない」。またはその逆で「聞いてみると、何も分かっていないようなんだけど、点数はそれなりに取ってくる」なんていうケースもあるのではないかと思います。
 そこで、学校では、生徒がテストの最中、問題を解いているところを見回りながら見て歩く「机間巡視」というのを行うんですね。
 そうすると、子供さんの学力面がいろいろと見えてきます。

 例えば、習ってすぐのときには、同じパターンで問題を解けば良いので、すぐに出来ます。ところが、単元のまとめのテストとなると、違うパターンが混じってくるため、その区別がつかず、結局、グチャグチャな解き方をしてしまう子が出てきます。
 お父さん・お母さんで記憶があるのは、中3で習う展開公式とか。最初に習ったときには、同じパターンで問題を解けば良いので、簡単なんですが、単元がまとまると、似たような公式が出てきて、つい、書かなければならないものを抜いてしまって「失敗した〜」という経験のある方もいるのではないでしょうか。
 これ、ケアレスミスではなくて、公式の区別がしっかりついていないために起きる現象。すなわち、学力がきちんと追いついていない状況なんです。当然、新しいものを習うと、以前習ったものが頭の中から完全に抜け落ちてしまう子、というのも少なくありません。例えば、正負の数で、かけ算の符号の決め方を習うと、足し算・引き算まで、かけ算と同じ符号の決め方してしまい、
(-2)+(+7)を(-5)
と答えたりする子が出て来るんですね。

 それから、一番まずいのがカンニングに類するもの。
 実際に、いろいろな事を聞いてみると、全然出来ないのに、テストでは、それなりの点数を取ってくる子。こういう場合、その子をよくよく見ていると、隣の子の答案を盗み見るようにするんです。そして、こそこそっと写して、その答案を提出。意外に小学生に多いんですよ。

 それで、なぜ、このような現象が起きるかというと、答えは簡単。小学校の先生が「出来た順に持ってきなさい」という指導をしているから。
 こういう「練習用のテスト」をやらせているときには、きちんと机間巡視をして、どこがどのように出来ていないかを把握して回らなければならないんですが、それをしないで、教卓のところにドンと座って、プリントを持ってきた子にかかりっきりになるんです。

 本来であれば、机間巡視をしたあと、子供達の間違えているところを、黒板で解説しながらみんなで確認し合ったり、ちょろちょろカンニングしそうな子がいたら、机間巡視しながら「きちんと自分の力で解きましょう。隣の人のを見るのは反則ですよ」と言って回ったり、もちろん、問題パターンの区別がつかず、間違えた計算をしている子がいたら、区別の付け方をみんなで確認したり、そういう指導をしていく中で、学力が向上して行くんですね。

 ところが、ドンと座り込んだら、どうなるか、というと、持ってきた子の間違えた問題だけを解説してお終い。これだと、問題パターンの区別の付け方がわからないまま。次に同じようなプリントをやらせると、今度は、今まで出来ていた問題が出来なくなっていたりするんです。
 また、当然、プリントを持ってきた子にかかりっきりになりますから、他の子はカンニングし放題です。間違えた問題を「もう一度、自分の力で解いてみよう」と席にかえしたところで、結局、他の子の解いた答えを写してお終い。要するに、カンニングです。
 おまけに、最後まで出来ずに持っていかなかった生徒にどのような対応をしているのか? 面倒だったら、そういう子を放ったままお終いにしているんじゃないのか? という状況なんです。
 ですから、こんな状況で学力がつくわけが無いんです。

 おそらく、小学校の先生に多いのではないかと思いますが、教えた直後に、みんな出来ていればそれで「出来た」という判断。でもね、聞いた直後は誰でも出来るんです。大事なのはその後。そして、いろいろなパターンが混じったテストをやって、出来ていなかったら、その問題だけが出来ないんだ、という判断。どのパターンが出来ないのか、どのパターンとどのパターンを混同しているのか、そういう認識が出来ないんです。もちろん、解き方の手順の誤りなども指摘は出来ません。
 だから、算数・数学の学力が低いままなんです。

 以前にも書きましたが、このように「授業中に出来た順に持ってこい」をやっている教師は「学力を上げられない教師」なんです。「出来た順に持ってこい」をやるのは、授業終了後。帰りの会が終わった後で、自分の力だけできちんと解く環境を作り、最終的に出来なかった子を補習で残す、という状況でやる方法なんです。

 ですから、子供さんに、授業の状況を聞いてみてください。写し書きしようが、何をしようが、答えが合っていたら○をつける教師だったら、それは最悪、と思っていていいでしょう。
 きちんと「机間巡視」をして、子供達の「学力を把握」し、それを「子供達みんなに還元させる」ような授業を行っている先生でなければ、学力は上げられないんです。
(2017/10/10)

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先回りをして言い訳をするお母さん


これ、一生後悔すると思いますよ

 他地域と釧路で「部活や少年団」をやっているお母さんの感覚で、一番違うのは、ここだと思います。
「子供が勉強をサボったときの言い訳を、子供より先にしてくるお母さんがいる」ということ。ここが異常なんです。

 何度か書いていますが、自分は部活や少年団を否定している訳ではないんです。むしろ「ドンドンやりなさい」という方向なんです。いわゆる「文武両道」派なんです。勉強よりも運動の方が得意だったら、運動の方にウエイトを置いてもいいんですよ、というスタイルなんです。ただ、釧路の場合「運動をやっていれば、勉強できなくてもしょうがない」感覚の保護者が非常に多いんです。いくら何でも「それはダメだ」と言っているんです。

 例えば、スケートの選手だったり、卓球の選手だったり、まだ、中学生くらいの年齢で脚光を浴びたりしている子供達は、学校の宿題を練習の合間にきちんとやっていたりしますよね。そういう子供達というのは「運動を勉強できない理由にしたくない」と考えているんです。やらなければならないことは、きちんとやる、という考え方。テレビで取り上げられるような一流の選手とまでは行かなくても、普通は、そういう発想で物事を考えているんです。
 前にも書きましたが、他地域では、勉強をサボってやらないんだったら、部活や少年団を辞めさせるからね、なんです。

 ところが、釧路では、この感覚が通用しないんです。「今日は○○に遠征に行ってきて、時間がないから宿題に全く手を着けていないんです」「練習で疲れて帰ってきて、全然、勉強できていません」ということを、本人が言う前に、お母さんが率先して言い出すんです。だから、本人は「運動をやっていれば、勉強なんかしていなくても大丈夫」という感覚で育って行くんですね。そして、それが慢性化していって、いざ「勉強をしっかりやらなければならない」という時になっても、勉強に全く手を着けない子になっていくんです。

 それで、ここからが大事なんですが、こうやって「勉強をしない習慣がついてしまった子」は、自分の見ている限り100%ですが「勉強しなければならなくなったときにも、勉強にまともに取り組めない子」になってしまっているんです。それまで、さんざん「部活だ、少年団だ」と言って、勉強をサボってきた訳ですから、その遅れを取り返すには、相当、必死になって取り組まなければならないのですが、宿題でも、ほんの少しやってあれば、それでお終い。特に悲惨なのは、小学校2年生、3年生の漢字すら満足に読み書きできない、小数になったら計算が分からない、となっているにも関わらず、練習をきちんとしなさい、と言っても、全然、やらない。こういうふうになったら、高校入試どころか、まともな生活ができないと思いますよ。

 そして、おそらくは、ホッケーとかサッカーとか、そういう事をやってきている家庭のうち、親が一生懸命言い訳を言ってきたところは、ほぼ、100%近く、こういう状況になっているのではないかと推測しています。さらに言うと、そういう事をやってきていても、受かる高校がある、ということが、この悪環境に拍車をかけているんだと思います。北見・帯広だと、そういうことをやってきた子供さんは、電車に乗って、地方の高校に通わなければならなくなるわけですから。

 実際には、ホッケーやサッカーをやっていても、塾に通っていて、宿題などをまじめにきちんとやってきている子は、入試近くなってからも、しっかり勉強に取り組めるようになっています。そして、そういう子に聞いてみると、やはり、親が「勉強もきちんとやらなきゃダメだ」という事を本人に言い聞かせているんですね。中には、目標にしている高校に受かるだけの学力がキープできないなら、少年団はやめるよ、と言っている家庭もあるんです。ただ、他地域から比べると、そういう家庭は、まだまだ少数派だと思います。

 ですから、少なくても「いざ、蓋を開けてみたら、小学校の基本すら満足に身についていないような、将来、生活に困るような状況になっている」という事態を避けるためにも、文武両道をしっかり考えていって欲しいと思います。
 さらに付け加えると、ある程度の学力があって、そこそこの高校に行けるようになっていたとしても「いざ、やらなければならないときに、それが出来ない」という状況になっていたら、それは、将来に大きな障壁になってくるだろう、ということです。資格試験を受けようと思っても、自分で物事をきちんと出来るようになっていなかったりするわけですから「勉強しない言い訳を親の方から積極的にする」ようになっていると「最後に困るのは、子供さん」の方だと思って、そういう事を言うのは御法度にしてください。
(2017/10/09)

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「めあて」と「まとめ」


授業の最初と最後にきちんと話すことになっているようなんですが・・・

 全国学力テストの授業アンケートの中に「毎回の授業で、その日に学習する内容を話している」〜いわゆる「今日のめあて」を話している、というのと「授業の最後に、その時間で学んだ内容を確認する」〜いわゆる「今日のまとめ」を話している、という項目があるんですが、ご存じでしたか? 

 アンケートの結果だけを見ると、各先生方、きちんとやっているという事になっているようなんですが、ただ、学力的にどうなのか、というと、いまいち、効果が上がっていないようなんですね。結局、どのタイミングで、どのような事を話すか、という「話す内容」がしっかりしていないため、ただ単に「今日はこう言うことを勉強しま〜す」や「今日はこういうことを勉強しました〜」と言っているだけだと思うんですね。これだと、ハッキリ言って、効果はあんまり無いんですよ。

 そこで、どのような言い方が望ましいか、というと、まず、その授業の目標になる「めあて」については、前の授業の最後に話をするんです。「次は、こういう勉強をしますから、こういう準備をしてきてくださいね」とか。1つ前の「朗読」の項目でも書きましたが、あらかじめ、次に何をするか、と言うことを話しておけば、予習する子も出てきますし、うまく行けば休み時間中に「そう言えば、今日、この勉強するんだって先生が言ってたよね〜」と生徒が話すようになったりしますから、授業前の段階で、しっかり「心づもりが出来ている」状態になっていたりします。けれども、その時間になって、いきなり「今日はこれをします」と言われたところで、生徒の方は心づもりも何も出来ていないでしょう? そんな状況で勉強を始めても効果は薄いですよね。

 それでは、もう一つの「まとめ」についてはどうかというと、もちろん、授業でやった内容の事はお話ししますが、当然、それだけではありません。今日勉強した内容が、次の授業にどのようにつながるのか、特に「算数・数学」などの積み重ね科目では、その積み重なり方が分からないと、その日にやった内容がどのくらい大切なのかが分からなかったりするので、きちんと、その流れをお話することになりますね。
 そうなると、当然、今日やった内容と合わせて、次に勉強する内容も話すことになります。そこで、次の勉強の「めあて」と言うことになってくるんです。
 もちろん、そのときに、家での勉強をどのようにしたらいいのか、という事も合わせてお話しすると、いいですよね。そうすると、次の授業も分かりやすくなってきます。

 もちろん、サボり癖のある子は、何を言われてもきちんとやって来ない、なんていうこともあるでしょう。でも、そうやってお話をしていく中で、きちんとやっている子がいるわけですから、そういう子を取りこぼさないことなんです。

 2つ前の項目の「○つけ」の話でも書きましたが、サボり癖のある子でも「何となく出来るような気にさせる」ことは必要ありません。逆に「サボった分だけ出来なくなる」という感覚が、中学・高校と先に進学していく際、非常に大事な感覚になるんです。ですから、小学校の低学年・中学年のうちに、勉強にむけてしっかりした感覚を持たせるようにしていってください。
(2017/10/08)

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「朗読」させましょう


本を読めるようになるため、まず、最初にやること

 「立て板に水」のように、棒読みでもスラスラ読める子と、ゆっくりでもいいから、きちんと状況を考えて、感情を込めて読む子と、どちらが、国語が出来るようになるでしょう? 
 これ、正解は、後者の「状況を考えて、感情を込められる子」なんです。 それで、もしも、小学生の子供さんが満点を取ってきたとしても、どういう状況で満点だったか、を確認してみてください。また、ノートの○つけも「本当に自分の力だけで出来たのか」を確認してみてください。
 今の子供達は、元々学力が低いわけですから、もしも、きちんとやったとしたら、問題集などは、ほとんど「真っ赤っか」になると思います。でも、それは、今時点での本来の状況ですから、一旦、それは容認してください。そして「少しずつでもいいから、自分の力だけで出来るところを増やしていこう」というお話を子供さんとしていければいいと思います。

 英語で考えても同じです。「教科書を読みなさい」と言われて読むだけなら出来ても、訳しなさいと言われると訳が出来ない子って多いですよね。結局、いくら読めたって、言葉の意味が分からなければ、文章の意味が分からないんですよ。

 それで、これはかなり昔の話なんですが、戦前の学校の授業と言うと、小学校では、国語は「読み・書き」が中心だったようなんですね。そして、直接「国語の時間」というふうにまとめた言い方よりも、「書き方の時間」とか「朗読の時間」と、学習内容を分けて言っていたようなんです。当時の子供向けの小説でも「書き方の時間で先生に誉められた」とか「明日の朗読の時間でうまく読めるように教科書を読んでみた」なんていう表現が結構出て来るんですね。
 そして、終戦当時、GHQが日本人の識字能力を検査してみて、その高さに驚いた、という話もあります。

 さて、その当時の「読み方」についてなんですが、つっかからずに早口で「スラスラ読める」というのは、決して「いい読み方」として扱っていないんです。今、お母さん方が「絵本の読み聞かせ」などをやっていると思いますが、そのように「聞いている他の人がそのお話の内容を把握できるように、情景を想像できるような、感情を想像できるような、それが相手に伝わるような読み方」が「いい読み方」とされているんですね。
 すなわち、読んでいる人が「その文章の内容を理解して読む」という事が大切だ、という話なんですよ。そういう読み方がいわゆる「朗読」なんです。

 そういう視点で見たときに、今、学校の授業ってどうなんだろう? ということなんですね。たぶん、とりあえず読めたら「はい、良く読めました〜」と誉められてお終いなんじゃないかな、という気がするんですが、どうでしょう? 「ここは、こういう場面だから、こういう気持ちでよみましょう」みたいな話って、出てきているんでしょうか? 
 そして、「次回の授業では、教科書をみんなで声を出して朗読をしますから、本を読む練習をしてきてください」という指示を出している先生って、どのくらいいるんでしょうね? 

 小学校低学年であれば、こうやって「本を読む練習」が、そのまま「予習の習慣づけ」になって来るわけですし、内容が把握出来ていれば、助詞の「て・に・を・は」の読み間違いなども減りますし、ましてや「漢字の読めない子」というのも減ってきます。それでも、読めない子が出てきたら、帰りにちょっと残して「読む練習」をさせてもいいじゃないですか。
 こうやって、小学校の時にしっかり「朗読」として、国語の読み方を練習していれば、中学校になっても、小学校レベルの漢字が読めない、という子は相当数減ってくるはずです。

 また、辞書の引き方を習った後であれば「どういう気持ちで読めばいいか」と言うことを考えるようになったときに、きちんと辞書で言葉を調べる習慣もつけられるでしょう。この辺は「学校の先生の指示1つ」でいくらでも変わるところです。
 そして、内容を把握しながら読むようになると、当然、本の面白さが分かってきますから、読書に積極的な子供も増えるはずですし、算数の文章問題を読んでも、きちんと「意味を把握しながら考える事が出来る」ようになってきますね。

 ですから、最近「速読」なんていう話がありますが、いたずらにスピードを上げる必要などありません。本を読むスピードは「個人差」程度に考えておけばいいんです。大事なのは「内容を把握してきちんと読む」ということ。「私、読むの遅いんだよね〜」と言う人もいますが、それでも「内容を上っ面でしか把握せず、ただ、早いだけ」という読み方よりはずっとましです。
 ですから、機会があったら、子供さんに「朗読」させてみてください。お母さんが本を見なくても内容が把握できるような読み方をしていてくれればオーケーです。逆に、子供さんが早口でスラスラ読んだところで、お母さんが内容を把握できないようだったら、それはダメ。そこを基準にするといいでしょう。
(2017/10/03)

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「○つけ」と「学力」


直して○は変

 勉強しているときに、問題を解いて自分で「○つけ」をすることがあると思います。それで、以前も何度か書きましたが、ここでハッキリ言います。「勉強が出来ない子に限って、変な○つけをしています」。その中でも最悪なのが「鉛筆で直して赤ペンで○」「鉛筆で答えを写し書きして赤ペンで○」。こんなおかしな事をやっているのは、おそらく釧路だけではないかと思います。

 たぶん、お父さん・お母さんは、自分の力で出来ていたところだけが○ですよね。間違えたところや分からなかったところは、ちゃんと赤ペンで直したり、赤ペンで写し書きしたりしていたと思います。そして、そうやって、赤ペンで書いた所〜自分の力で出来なかったところ〜を復習して、自分の力だけで出来るところを増やしていこうとするのが、勉強じゃないですか。それを「○つけ一つ」で、すべて台無しにしているんです。

 それで、これも以前書いたのですが、小学校のテストの採点で、驚くような事をやっている小学校があるんです。
 どうなっているかと言うと、小学校で単元のまとめのテストなどをやりますね。すると、例えば、それで50点しか取れなかった子がいたとしたら、その子のテストの合っている所には○をつけますが、間違っている所には×を書かずに返却し、その場で直させるんです。そして、直して持ってきたら、そこで○をつけて、点数を上げるんです。もちろん、直すと言っても、自分の力で直す訳ではなく、合っている子の答えを写し書きしたりしてお終い。それで
「みんな100点でした〜」
って、バカじゃないの? おまえ、何やってんだ! っていう話じゃないですか。おまけに、それで、全員が出来ました、ということにされた日には、中学校に行って、勉強についていけないのは、当たり前でしょ。

 中学校も、本来は、小学校でそういう事をやってきたとしても「中学校では、自分の力だけで出来たものは○。それ以外は全部×ですよ」という話ぐらいしておけばいいでしょ。それが中学校になってもそのままなんですよ。
 だから、まじめに勉強しようとしないんです。分からなくても写して○にすりゃいいじゃん、っていう感覚なんですよ。そんな状態で学力がつく分けないんです。

 そして、これ、実は、教育大が悪いんです。ただ、これに関しては、釧路教育大だけかも知れません。なにせ「詰め込みは悪」「覚えるのは悪」という感覚でいるんです。だから、英単語にしても「毎回テストをやって、きちんと覚えさせよう」とやっている教師って、ほとんどいないと思います。少しまともになってきたのは漢字だけです。「考える力が大事」というのは、それだけを聞けば良さそうに思うかも知れませんが、裏を返して「物事を覚えさせないようにしよう」とやっていると考えた方がいいんです。だから、釧路はいつまでも学力が上がりません。

 でも、最終的に、高校入試・大学入試などでは「覚えなくてもいい」は一切通用しない訳ですから、もしも、今、子供さんがおかしな○つけをしているようなら、早急に直してください。
 ○つけについても、いろんな事を書いている人がいますが、余計な色なんか使わなくても構いません。出来るところと出来ないところの区別を付けることが最優先ですから、赤ペンだけでいいです。そして、「これは、次は出来るようにしよう」とか「考え方は合っていたけど計算が違った」なんていうところは、問題番号に○とか△とかをつけておけばいいんです。そして、後で見直したときに、△が多かったら「計算をきちんと出来るようにしよう」と考えて、計算練習をすればいいんです。

 それで、もしも、小学生の子供さんが満点を取ってきたとしても、どういう状況で満点だったか、を確認してみてください。また、ノートの○つけも「本当に自分の力だけで出来たのか」を確認してみてください。
 今の子供達は、元々学力が低いわけですから、もしも、きちんとやったとしたら、問題集などは、ほとんど「真っ赤っか」になると思います。でも、それは、今時点での本来の状況ですから、一旦、それは容認してください。そして「少しずつでもいいから、自分の力だけで出来るところを増やしていこう」というお話を子供さんとしていければいいと思います。
(2017/09/29)

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10月の数学の進度


引き続き、10月分です

 今回は10月分です。本来は「遅い学校を確認するため」と思って書いていますが「早すぎて、逆に学習内容を身につけていない」なんていう事になっても、それは問題ですから、その辺も注意してみて下さい。

 まず中3から。
 中3は、相似が中心になります。早めのところは9月後半から、遅くても10月の頭からは相似に入っていると大丈夫です。
 それで、9月のところにも書きましたが、中3で新たに習う内容というのは、それほど多くありません。相似で言えば「相似の基本概念」「相似条件による証明」「平行線と線分の比」「中点連結定理」だけ。ですから、新たに何を習ったか、ではなく「その習った内容をどのように使っていくか」という「問題演習」が中心になる単元です。そして、まだ、今の段階では、三平方の定理などは習っていないので、どちらかというと「基本的な使い方を身につける」という感覚で捉えておけばいいでしょう。
 ただ、新たに習う内容が少ないため、基本内容を教えられただけで、問題演習がほとんど無い状態でお終い、と端折られていたのが、従来の釧路の数学でした。ですから、お父さん・お母さんにみて欲しいのは「ノートにどのようにまとめられているか」ではなく、量や難易度がどの程度まで「問題演習で扱われているか」という所に視点を置いてみてください。
 ハッキリ書いておきますが、教科書内容だけでは、明らかに問題演習量は足りません。

 中2は10月の前半くらいまで「一次関数」にかけてくるところがあるのではないかと思います。基本的には「平行線と角」〜「合同な図形(いわゆる証明)」にかけてのところが中心。それで、実は、他の地域の子供達は、この「角度」の単元が大好きで、ここから図形が得意になるという子も多いのですが、釧路だけは、この角度関係が苦手な子が非常に多いんです。ですから、ここから学力を一気に伸ばす子が出てくるはずが、釧路の場合、ここで足踏みになってしまうんですね。
 それで、おそらく原因は小学校の授業にあるのではないかと思っています。小学校のときに「図形を逆さまにして見てみたり、線をなぞってみたり」といろいろなことをして、図形の問題に取り組むはずなのですが、どうも、小学校の段階では「考えてみよう」と子供達に丸投げしてお終いしてしまって、先生がきちんとしたことを教えていないのではないか、と思われまず。ですから、ここが不得意という子は、中学校で出てくる勉強内容と同じような問題を小学校4年生や5年生で扱っていますから、そこまで戻って、基本的な練習をこなすようにしてください。

 中1も「方程式」が少し入り込んでくる学校もあると思いますが、最低でも10月の半ばあたりからは「比例・反比例」に入ってきます。そして、ここで大事なのは「代入」と「方程式の計算」。これがしっかりしていないと、関数全般が分からなくなってしまいます。ですから、この単元について言えば、小学校内容よりも、中学校に入ってから習った「文字式」「方程式」内容がしっかりしているかどうかの方が大事になります。
 復習できるのは今のうちですから、関数の単元に入って「全然わかんない」と子供さんが言い出すようであれば、もう一度、「文字式」「方程式」に戻って、少なくても基本的な計算がしっかり出来るように勉強を進めてください。
(2017/09/27)

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「国語」が二極化傾向!?


総合Aの平均から

 総合Aのテスト結果が出始めて、各科目の平均などが情報として入ってきていますが、どうやら、国語がだんだん二極化しているようです。というのは、ここに来て、国語でちゃんと点数を取れる子とそうでない子の差がハッキリしてきているようなんですね。
 各中学校の平均も、かなりばらつきが出てきているようで、40点を超える平均のところもあれば、30点前半の平均のところもあり、以前は、それこそ「ドングリの背比べ」に近かったのが、ここに来て、点差が開いてきているように感じます。そして、生徒と話をしていても、普通に話の通じる子の得点は比較的高めで、50点台も結構いるように感じます。
 ですから、中学校の国語の平均点で考えると、上位集団が多いと平均が高め、下位集団が多いところが平均が低めとなって、中間層は以前より減っているのではないかと思います。いわゆる二極化ですね。
 そして、こういうふうに、きちんと国語の理解力が上がっている子が増えているのは、良い傾向だと思うんですね。

 それで、その原因を考えているんですが、全国学力テストの結果を見る限りでは、おそらく「小学校時点の取り組みがしっかりしているところ」の中学校の国語の得点が上がってきているのではないでしょうか。漢字はもちろん、文章を読ませたり、書かせたり、読書のレベルを少しずつ上げていったり。そして、さらには、女性教師が「おまえらな〜」というような汚い言葉づかいをせず、細かく丁寧に子供達を見て上げているところが好いのではないかと思っています。

 逆に、数学の平均が低く、ドングリの背比べが未だに変わらないのは、これは、その責任の割合を見ると、どう贔屓目に見ても、小学校対中学校で2:1くらい。未だに小数・分数の計算が出来ないままだったり、小学校低学年の文章問題すら満足に出来ないような状況で中学校に送りだしているようでは、中学校に行ってから、数学ができるようには、絶対になりません。

 ですから、小学校の勉強くらいとバカにしてはいけません。ここがしっかりしないと、どうにもならなくなるんです。学校の平均が低い中学校に進学する子供さんがいる場合、中学校がいいとか悪いとかよりも、まず「うちの子、小学校の内容がきちんと出来ているかな」と思って、勉強内容を確認してみてください。市販のドリルくらいであたふたしているようだと「中学校に行ってから、学力は伸びない」くらいに考えておくといいと思います。
(2017/09/26)

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「夏目漱石」を読んでみよう


いずれ、大学入試で扱われると思っておけばいいかも?

 夏目漱石と言えば、有名なのが「坊ちゃん」「我が輩は猫である」でしょうか。この辺だと読んだことがある、という方も多いのではないかと思います。ただ、こういう著名な作家は、文学史からアプローチするのも一つの手。

 例えば、前期三部作と言われている
「三四郎」
「それから」
「門」
 そして、それと対になっている後期三部作が
「彼岸過迄」
「行人」
「こころ」
 それにプラスして「草枕」と遺作となった「明暗」。

 「おまえ、夏目漱石、どこまで読んだ?」
 「前期三部作が終わって、今、後期に入ったところ。彼岸過迄に手を着けてるよ」
なんていう会話が、進学校だと、あってしかるべき、みたいな感じでしょうか。夏目漱石だと大学入試で扱われる可能性があるので、大学受験を考えているなら、一通り目を通しておく、というのが一般常識だと思ってくれればいいです。

 ちなみに「こころ」を読んでいる人も、結構多いのではないかと思います。お父さん・お母さんの世代だと、高橋留美子さんのマンガ、「めぞん一刻」で、授業中に女子高生の八神さんが、教育実習生として来た五代君を問いつめるシーンで使われたのも、この「こころ」ですよね。こういうマンガを読むにも、文学的知識があるのと無いのとでは、その面白さもちょっと変わってくるのではないかと思ったりします。

 ということで、きっかけは大学入試であったとしても、それで、きちんと読んで、それが将来に向けた「知識・教養」になってくれることが大事だと思います。一生懸命予備校に通って、習ったことを身につけていくというのも、もちろん、大事な勉強なんですけれども、それと同時に、予備校では扱われない、さまざまな事を身につけていくことも、将来的には大事な事だと思います。
 中学校の英語の教科書や入試問題などでも、「外国人に日本の文化の事を聞かれて、うまく答えられなかったから、日本の文化を勉強することは、とても大切な事だと思います」という文面もあちこちに出てきていますから、そのスタートが文学であってもいいでしょう。薄っぺらな大学生にならないように。
(2017/09/22)

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「類義語」「対義語」の練習をしよう


言葉の意味を確認

 たぶん、漢字の練習というと、普通に「読み」「書き」の事を考える方が多いと思いますし、学校で行っている「漢字の練習」というのも、大抵は、ご想像通りのパターンになっていることが多いと思います。ところが、これだけだと、漢字の意味をきちんと捉えているかどうかが、ちょっと怪しい。
 そこで大事になってくるのが、意味を捉える練習なんです。

 タイトルに書いたように「類義語」「対義語」の他にも「同音異義語」や「同訓異字」など、漢字の意味を捉えて類別したり、使い分けをする練習がすごく大事なんですね。こういう練習をこなすことによって、漢字の意味をハッキリさせていくんです。

 もちろん、「読めない」なんていう場合は、論外で、そういう場合は「読む練習」が必要になりますが、「うちの子、とりあえず読めているから大丈夫」と思っていたら、それも大きな間違いなんです。
 文章は読めるし、本もそこそこ読んでいるんだけど、国語の点数がいまいち、という子供さんは、大抵、この「類義語・対義語をやると、かなり「とっちらかって」いますし、例えば、「おさめる」を4つ書いて、それぞれどういう場合に使うか説明しなさい、とやると、ほとんど壊滅状態。もちろん、漢字が3つくらい書けて、使い分ける方法が1つか2つ出てくるくらいの子もいますが、それはかなり良い方なんです。大抵は、1つかギリギリ2つくらい書いて、意味は不明。これでは、国語の点数を取れるようになる訳が無いんです。

 というのは、一時が万事で、こういう内容のものがしっかり身についていない子は、他の漢字でも同様の現象が起きていると思って間違いないですし、そうなると、字は読めるものの、意味は「何となくしか掴めていない」という状況になっていると考えておいた方がいいんですね。

 「慣用表現」や「ことわざ」、「故事成語」に「四字熟語」などと言うと、これは「意味を覚えるため、きちんと勉強しなきゃならないな」と思って取り組むと思うのですが、実は、日頃使っている漢字自体は、結構、盲点になっていたりします。
 小学校の低学年だと「おでこ」の「額」と「がくぶち」の「がく」が同じ字、というのが出てこなかったり、中高生でも「植物カンショウ」と「音楽カンショウ」の「カンショウ」の字が違う、なんて言うことが区別出来なかったりします。

 それで、一つ、お願いなんですが、お父さん・お母さんが、子供さんの前で「漢字は不得意」と言ったまま「なげださない」でください。不得意なら不得意で構いませんから、せめて、子供さんの前で辞書を引いて「分からないところは、大人になってもきちんと調べるんだ」という事を見せてあげてください。
(2017/09/21)

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「条件の読み取り」と「場合分け」


これが出来なきゃ「数学ピンチ」

 高校の数学では、いろんな所で「場合分け」というのをやっていたのを覚えていますか?
 例えば「ax=b を解け」という問題が出てきたときに、中学校では、普通に等式の変形を行い
 x=b/a
 とやるわけですが、高校になると、a=0やb=0のときを考え、それぞれで「場合分け」をしていくんですね。以前書いた「0のセンス」が絡む所なんですけれども、今回は「0のセンス」ではなく「場合分け」の方の話です。

 それで、この「場合分け」というのは、a=0 という条件の場合、それ以外、という条件の場合で、それぞれ「条件設定」があるんですね。この条件を読みとれるかどうかが、やはり数学では大事な所なんです。要するに、どういう条件で「場合分けをしなければならないか」を考える事が重要なんですね。ですから、高校数学以上の数学を勉強しようとすると、この「条件の読み取り」が非常に大切になるわけで、高校だと、上記の文字式以外でも「絶対値」などで練習していきます。これが、高校1年生の1学期中の内容で扱われるんです。

 ただ、この「条件」については、数学の問題ならまだ真剣に考えると思うんですが、普通の文章になると、この条件が「隠れていた」り「暗黙の了解」によって成り立っている場合が多くて、それを理解出来ないケースが結構多いんです。
 例えば、自分がここに書いている内容で考えてみると、お父さん・お母さん向けに、子供さんに勉強させる方法として書いているのは、あくまで「家庭学習で扱うもの」という条件下で書いていますし、学校の勉強に関する内容は、基本的に「集団の指導で行うもの」という条件下で書いています。ですから「学校でこうやっているから、家でもこうやってみよう」というのが通じないものもありますし、逆に「家でこうやって子供が勉強できるようになったから、学校でもやってくれ」というのも、通用しない場合があります。あくまで「家庭で、個別に子供さんに対応する方法」と「学校で集団に対応する方法」とに違いが出て来るんです。

 もう一つ例を挙げておくと、教育本などがあります。子供さんの学力を上げる方法、なんていう本がたくさんでていますが、当然、子供さんの置かれている環境などが、ある一定の「条件下」で成立する話、と思っておくといいと思います。特にこういう本だと、なるだけたくさん売ろうとしますから、こういう「条件」を隠して「誰でも簡単に出来る学力アップ法」のような見出しが付いたりしますが、そんな「万人に通用する方法は無い」と思っていた方がいいんですね。実際に本を買って、実践した人もいるのではないかと思うのですが、意外にうまくいかないでしょ? それは、本に書かれている例と条件が違うからなんです。

 ということで、数学の勉強の中で扱われる「条件の読み取り」「場合分け」というのは、社会に出たときに、この条件を読みとる練習をして、将来的に、誤った判断をしないようにしていこうという目的があるんだ、と思ってください。
 ちなみに、ディベートでは、この前提条件をすり替えて、話をゴチャゴチャにしてしまう「条件のすり替え法」という方法が存在します。国会の論戦とか「朝まで生テレビ」などで、結構、出てきますから、よく話の内容を聞いてみてください。気づいたあなたは「数学が出来る人」です。
(2017/09/19)

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「私立中学」と「教科書」


ゆとり教育から大きく差が開く

 釧路は「私立中学」と言っても、まだメジャーな存在ではないと思うので、情報もあまりないだろうと思います。そこで、ここでは、主に教科書というか「使っている教材の内容」という事を中心にお話ししていきますね。

 それで、これは、知っている方も多いと思うのですが、私立中学受験が4人に1人、というくらいにメジャーな事になっていった時期というのは、いわゆる「ゆとり教育」が導入されたときなんですね。この時に話題になったのが「教科書内容3割削減」です。覚えている方も多いと思いますが「円周率を3で扱う」とか。でも、マスコミはこういう刺激的な見出しで扱える部分を取り上げるため、本当の「まずいところ」については、あまり認識がないと思うんです。
 実は、この「ゆとり教育」で一番まずかったところは「レベルの上の内容を扱ってはいけません」と、教える内容に「上限」をつけたことだったんです。例えば「かけ算は2桁×2桁まで」。当然、3桁になる3.14は扱えませんから、それで「円周率は約3として扱う」ということになったんですね。

 それで、このときに反発したのが私立中学で、こんなことをやっていたんでは、上位校に子供達を入れることが出来なくなってしまいます。それで、私立中学は私立中学で、ゆとり以前から扱っていた「自前の教材」を、一部改定などはあったと思いますが、それでもほとんどそのままの内容で踏襲していったんです。結果、私立中学は、ゆとり以前の教科書内容にプラスαのレベルを保っていったと考えてください。
 要するに「ゆとり以前の教科書内容を守っていったのは、実は私立中学の方」と考えていていいでしょう。

 そして、その結果は言うまでもありません。公立の学力不振が顕著になり、上位校に行くには私立中学を受験しておかなければならないよ、という話になり、私立受験組が非常に増えていったんです。

 それで、釧路からも何人か、首都圏の私立中学に行った子がいるので、その子達の話をしておきますが、例えば、数学などは学校で用意したプリントをまとめてファイルした冊子を与えられ、それで授業をしたり、そこから宿題が出たりするんですね
 社会科の内容などは、もうちょっと面白くて、ゆとり教育が始まったばかりの頃の社会の教科書って、不平等条約の撤廃に失敗した岩倉具視使節団の話は載っていても、不平等条約の撤廃に成功した陸奥宗光や小村寿太郎の名前が削除されていたんです。ところが、私立中学では、それまで通り、成功した2人もちゃんと教えているんですね。要するに「ゆとり教科書というのは、失敗した人間は載せても成功した人間は載せない」というおかしな教科書だったんですよ。そういう「おかしな所はおかしい」としてきちんとしたことを教えていたのは、実は私立中学の方だったりします。
 理科も、例えば消化酵素については、ゆとりの頃は、公立の教科書だと、せいぜい唾液に含まれるアミラーゼくらい。ところが私立中学ではリパーゼ・マルターゼまでやるわけで、結果、理科・社会では、覚えなければならない内容が、公立と比べて遙かに多いですし、数学の宿題に関しても、この辺では考えられないくらい、ものすごく多いわけです。

 じゃあ、そういう環境で育った子供達がどうなったか、というと、例えば、釧路にいた頃は「この子、湖陵はちょっと厳しいかも」くらいの学力だった子が、1年くらい私立中学で勉強してきたら「湖陵は余裕。このまま行けば、理数科にいけるようになるかも」くらいになって来るんですね。
 ある子は、親元を離れて寮生活だったんですが、授業が終わって晩ご飯を食べて、その後は2時間くらい自習室に缶詰にされて、勉強するんです。当然、質問に答えられるように先生が常駐していますし、自習室の勉強が終わり自分の部屋に戻ってからも、友達同士で教え合ったりしていたそうです。それで、生徒に聞いてみると「最初は、自習室の勉強は、少し辛かったけど、すこししたら、当たり前になって慣れた」ということなんですね。要するに、完全に習慣化してしまっているわけで、そうなると、辛いとか苦しいとかじゃなく、当たり前の事になるんです。そして、究極の話が「だって、授業だけ聞いていても、それだけじゃ勉強が出来るようにならないもん」ということだったんですね。

 もちろん、私立中学もピンからキリまであるので、すべてがこういう状況になるところではないとは思いますが、それでも、釧路にいたときとは、勉強に関する意識が激変するんですね。それが、私立中学だと思ってくれればいいです。以前、武修館で夏休みの宿題がバインダー1冊だ、と書いたことがありますが、それが当たり前で、少なくてもある程度名前の知れた大学に行きたいと思ったなら、そのくらいの事をやらないと受からないよ、ということです。特に学力が低めの釧路あたりだと、それにプラスαが必要、くらいに考えておいた方がいいでしょう。
(2017/09/17)

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「小テスト」をやっていますか?


細かなテストが学力をつける

 他の地域の、いわゆる「子育てブログ」などを見ると「ランドセルの底に、漢字や計算の小テストがグチャグチャになって溜まっていました」というような内容が出て来るんですが、自分、釧路でこういう話をあんまり聞いたことが無いんですよ。皆さんの子供さんが通っている小学校で、こういう「小テスト」をやっていますか? 

 小学生でも、特に低学年になればなるほど、まとめて「30問テスト」とか「50問テスト」とやっても、きちんと勉強してこないし、やっても覚えきれなかったりするんです。ですから、一回「3問」とか「5問」とか、学年が少し上がってきて「10問テスト」のように、なるだけ小刻みにして、回数をたくさんやらせる〜結局、毎日やったり、国語の時間の始めに毎回やる、という方式をとるんです。こうやっておけば、子供達にとっても、それほど抵抗感無く勉強が出来ますし、毎日、やるものが決まっていれば、家庭学習の習慣もつけやすくなるんですね。

 それで、釧路の場合、小学校の2、3年生から漢字がアウト、という子が多いんですが、この低学年の時期に、こういう小テストを使ってきちんと漢字や計算を身につけるという指導が出来ていないのではないか、と考えています。また、物事を覚えるという習慣が無いのも、毎日、きちんと漢字を覚える、という習慣づけがなされていないためではないかと考えているんですね。

 そして、これは、かなり前の話になりますが、自分、関東圏で小学校2年生を受け持っている先生から「漢字テストを毎日やっているんだけれども、子供達が全然、勉強してくれない。どうしたらいいでしょう」という相談を受けた事があります。ということは、やはり、関東圏では「小テスト」を先生がきちんと実施しているということですよね。

 さらに、その先生に、ほんのちょっとだけアドバイスをしたのですが、すると、見違えるように子供達がしっかり漢字を勉強してくるようになったんです。「合格シールがドンドン減っていって、嬉しい悲鳴です」というようなメールが来ていたんです。これ、何のことか、というと、結局、このページの別の項目で書いていますが、いわゆる「生徒管理」の部分なんです。
 これも、前に書いていますが、釧路の先生方は、基本的に「生徒管理力」が無いので、こういう小テストをやらせようと思っても、生徒が全然勉強してこない、という状況になるんだと思います。結果「やっても無駄だからやらない」という流れになっていくんだと思うんですね。
 でも、そういうのは、ちょっとした工夫で劇的に変わるんです。その方法については、また別の機会に回しますね。

 そして、こういうテストをきちんとやっておくことで、小学校の低学年の漢字すら満足に読めない、なんて言う子は激減します。「漢字が読めないんだったら、読む練習をすればいい」という短絡的な発想では、物事は解決しないんです。実際に読めるようになっている子は、小学校の低学年のときに、どのように指導されてきているか、と言うことを考えるのが大事なところなんです。実際に30人、40人いるクラスで、一人一人読めないところをチェックして、読めるようになるまで練習する、なんていうことをやろうと思ったら、時間がいくらあっても足りません。現実的には不可能な「机上の空論」なんです。

 ですから、最初の授業で、漢字の読み書きの練習をしたら、それが身につけられるように、小テストを使って練習させる。そういう事をやろうと思ったら、自ずと宿題を出すことになりますし、家庭の勉強と学校の勉強がきちんと連動していく形にもなっていくんです。
 さらに、「宿題を出さない」という先生がいたならば、その先生には「それじゃあ、学校で習った漢字を全部学校で身につけさせてから、家に帰してください」と保護者の方から要求してくださいね。

 ちなみに、小学校低学年の漢字の読み書きが満足に出来ないまま、部活だ、少年団だ、と過ごしてきて受験を迎えるというケースもよく見かけますが、そういう人たちは、少し前に書いたように、他の人の2倍、3倍じゃ足りません、10倍、20倍の勉強をやって、最低でも小学校卒業程度の漢字をしっかり身につけるくらい、大量の勉強が必要になると思っていなければなりません。そうでなければ、最悪、自動車の運転免許の学科試験すら合格できないという状況になると思っていた方がいいでしょう。
 それだけの覚悟はありますか?
(2017/09/16)

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アメリカ発祥、とんでもない!


学力崩壊システム

 今回は、お父さん・お母さん向けというよりも教育関係者向けの内容になっています。ただ、興味のある人は、こんな知識もあるといいですね。

 さて、このコーナーで何度か書いてきた「問題解決学習」「アクティブ・ラーニング」。これ、実は、デューイというアメリカの学者からスタートした理論なんです。そして、これも利用の仕方によっては効果があるものの、義務教育の中でしっかり扱っていきましょうという内容のものでは無いんですね。

 それで、ここからが、ちょっと怖い話なんですが、アメリカが戦後、GHQによって、日本の学力を下げさせようとしたんですが、それが、実は現在も行われているんです。というのは「子供の権利条約」というのがあって、日本もこの条約に批准しているのですが、この条約には「子供に物事を強制しない」というニュアンスの内容があって、それを笠に着て、子供に無理矢理勉強させるようなことはするな、と、国連を通して、日本をはじめ東アジア諸国に圧力をかけているんです。
 要するに、東アジア諸国の学力を下げさせようとしている、と考えておけばいいでしょう。

 現在は、日本は文部科学省をはじめ、問題解決学習を取り入れ、現行の学校の教科書でも、その「問題解決的」な内容で書かれていますし、今は、アクティブ・ラーニングを主体に進めている〜結果、学力がすでに下がっている状態〜という状況なんです。ですから、今、アメリカが意識して圧力をかけているのは、実は日本ではなく、中国なんですね。そのくらい、日本は低迷してしまった、ということです。世界の大学ランキングで、東大が大きく順位を下げているのをみても、それは歴然としています。

 そこで、最近、学力を回復させようという動きが高まり、実際に、結果を出しているところを見てみると、結局、高度経済成長期にやってきた内容を復活させているところが効果を上げているんです。
 小学校であれば、学校で宿題が出て、分からないところがあったら、お母さんに教えてもらうなどしたり、漢字の練習を自分できちんとやったりと、結局、家庭学習をしっかりやっているところが学力が高い、という傾向になっているんです。ということは、簡単に言うと、日本が「ゆとり教育」以前にやっていたことを復活させていけばいいんです。
 現在では、学校の先生の意識も変わってきていて、以前は、勉強が出来ない子をバカにしたような扱いをする教師なども多かったんですが、今では、そういう事はかなり押さえられてきていると思うんです。

 ですから、今こそ、ゆとり教育以前の学習レベルを復活させていくことが大事だと思っておくといいでしょう。アメリカが何か言ってきたとしたら、それは、学力向上策ではなく、学力低下策と思って、反対の事をやろう、と思っていった方が望ましい結果になる、ということです。
(2017/09/14)

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「意識付け」と「学力」


勉強に向かう姿勢を作る

 よく「授業が上手い」とか「授業が下手」とよく言われますけれども、そのせいか「小手先のテクニック」に走ってしまう先生が多いのではないかと思うんですね。でも、実際に子供達がきちんと勉強するようになるのに一番大事なのは、実は「意識付け」なんです。

 例えば「私、ここの高校に行きたい」と目標がハッキリしている子と「行けるところならどこでもいい」と考えている子とでは、普通、勉強に取り組む姿勢が違いますよね。ということであれば、早い段階〜中1の最初の段階あたりから〜高校入試についてきちんと話しておいたり、テスト毎に高校の目標点などを話したり、そういうことをしていくと、徐々に子供達の意識も上がって行くんです。
 問題をやらせるときも、ただ単に「この問題解いて〜」とやるよりも「この問題、○○年度の入試の問題だよ」とか「学力テストに出た問題だよ」とコメントをいれてやるのとでは、生徒の取り組む姿勢が変わってきます。よく、学校の先生が「この問題、テストに出すぞ〜」と言うのは、そういう意識付けと合わせて、この内容をしっかり身につけて欲しい、という気持ちで言うんですね。
 もちろん、他にも「意識付け」に関する内容はたくさんありますが、こういう部分が抜けていると、いくらテクニックがあっても、結局、教えた内容を子供達が覚えようとしないんです。結果がついて来ないんですよ。

 そして、中学校に多いのではないかと思うのですが「俺はちゃんと教えているんだから、身につけないのは子供が悪い」という感覚で教えている先生。「おまえら、どうせ、教えても出来ないだろ」みたいな。生徒の話を聞いてもそうですし、実際に、自分が学校の補習見学に行ったときにも、そういう先生を直に見てきましたから。また「裁量問題は難しくて学校では扱えません。そういう勉強をしたい人は塾に行って下さい」というニュアンスの発言をする先生もいたりして、結局、勉強は自分で勝手にやってくれ、という感覚の先生が多いようなんですよ。
 そして、こういう先生は、たぶん、生徒に対して、きちんと「勉強の意識付け」が出来ないと思います。
 だから、家庭学習をしない、宿題を出してもきちんとやらない、そういう生徒が増えていったんです。
 ですから、こういう先生の意識が変わらないと、釧路の学力は上向きになっていかないんです。

 それで、上記の点に関しては、小学校は以前より改善されてきているように思います。長期休暇中の補習参加者は、結構、多いでしょ。ところが、中学校はどうなんでしょう? ほとんど参加者がいない、というような学校があるのではないですか? それは、勉強が大事だ、という意識付けが出来ていない学校じゃないのかな、と思います。意識付けがきちんと出来ていれば、生徒から進んで「僕、勉強で分からないところが多いから、補習に行こう」という気持ちになるはずですから。

 ということで、とりあえず「勉強に関する情報をきちんと提示する」というところから、やっていくのが、一番やりやすいと思います。お父さん・お母さんは「勉強に関する学校からの情報が提示されているかどうか」で、子供さんの通っている学校が意識付けを出来ている学校か、そうでないかを判断するといいと思います。
(2017/09/12)

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「評価」と「学力」


評価が変わると学力が変わる

 北海道学力コンクールを受験した人は、合格判定のデータを見たと思いますが、そこに書かれているコメント欄にどのような事が書かれていましたか? おそらく、釧路の子供達で比較的多いのが「内申と比較して、学力が不足しています」というものではないかと思います。受験をした人は、ここをもう一度みて下さい。
 このコメント、要するに「通知表はいいけど、テストの点数は全然ダメ」ということです。裏を返すと「この点数じゃ、こんないい通知表にならないんじゃないの?」ということですね。全道レベルの北海道学力コンクールで、そういう評価なんですよ。

 それで、この「通知表の評価がおかしい」という事に関しては、今までもずっと書いてきていますが、実は、この通知表の評価が少し厳しめになってきている学校が増えているようなんです。というのは、今まで「2」がついていた子って、実際は「1」のレベルで、本当に「小学校の低学年から全部やり直さなければならない」ような、非常に学力的に厳しい子だけだったんです。ですから、「2」というのは、そんなに見かけることはありませんでした。ところが、最近は、この「2」を以前よりも多く見かけるようになってきているんです。
 というのは、今まで通知表に「3」や「4」がついていても「この子、実質、2か、場合によっては1くらいの学力だよな」と思っていたようなレベルの子に、最近ではきちんと「2」がついてきているんですね。

 そして、この評価がきちんとしてきている学校は、学力的にも伸びてきているんです。おそらくは、今まで、学力が足りなくても、それなりの結果の通知表を見て「何とかなるべさ」とのんびりしていた保護者が、少し危機感を持って勉強に取り組むようになってきているのではないかと思うんですね。
 逆に、今までと評価があまり変わらない学校は、学力的に伸びが見えないというか、周りが伸びてきているのに対し、置いて行かれているという状況のように感じます。

 それで、例えば、総合ABCの学力テストで、数学の学校平均が20点を下回った場合、その学校で通知表平均を出すと、ほとんどが「1」と「2」、それに「3〜5」までの子が少しプラスされることになりますから、比較的、良い通知表をつけたところで2.2とか2.3とか、普通は1.8とか1.7とか、そのくらいの数値しかならないと思います。平均点が20点台のところでも、本当の事を言うと、通知表平均は3を超えないと思うんですね。
 ですから、ここまで行って、本来の通知表結果になろうかと思います。

 となると、現在は、まだ、そこまでは行っていませんが、それに向かって少しずつ近づいてきている、いわゆる「通知表評価の過渡期」になっているのではないかと思うんですね。
 高校入試の内申点にも絡むことですから、学校の方では、急に「極端に厳しくする」ということは出来ないと思いますので、今のところ、徐々に通知表の評価を厳しくしてきている、と考えていいのではないかと思います。ですから、5,6年前に卒業したお兄さん・お姉さんと比較すると、今の子供達は、評価が厳しくなってきている、と考えてください。今、学校に通っている弟・妹の方が勉強が出来ない、ということではないと思っていてくださいね。
(2017/09/11)

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「アクティブ・ラーニング(体験学習)」について


体験学習の手順は決まっています

 アクティブ・ラーニングというと、最近では、何でもかんでもアクティブ・ラーニングと言われていて、いわゆる「生きる力」が流行ったときと同様、何にでも当てはまるように曲解されつつあるような気がします。
 そこで、ここでは特に「体験学習」についてのお話です。

 それで、体験学習で、過去の学校の授業の中ですでに行われていたものの筆頭が、理科の「実験」ですよ。理科の教科書で習ったものが、実際にはどうなるか、ということを体験するのが「実験」です。ところが、この「実験」を行ってきて「理科が大好き」という子が増えましたか? 理科の学力が高くなりましたか? 現実は、好きになるどころか「理科離れ」が顕著になり、それが問題視された訳でしょう。それをアクティブ・ラーニングと称し、体験することが大事と「何でも体験だ、体験だ」とやって、果たして結果がついてくると思いますか? 

 小学校で、ちょうど年賀状を書く頃に、手紙の書き方を習ったと思います。そして、実際に地方に住んでいるおじいちゃん・おばあちゃんに手紙を書いたりした記憶のある人もいるでしょう。
 ところで、この手紙を書くときに、初めてはがきを書くなんていう子もいるわけで、そういう子にいきなり「さあ、手紙を実際に書いて、手紙を書く体験をしてみましょう」と書かせたところで、その手紙、本当におじいちゃん・おばあちゃんのところに届きますか? それは、違うでしょ。きちんと、最初に「郵便番号」ってこういうものだとか「住所や宛名はこういうふうに書く」とか、そういう事をあらかじめ習ってから、手紙を書くんですよね。

 幼児なら、野原を「チョウチョだ、トンボだ」といいながら走り回っても立派な体験でしょう。でもね、学校に上がって、一定のルールで行わなければならないものに対して、生徒に丸投げするような「体験学習」ってどうなの? という事なんです。生徒が何をしていいのか分からず、右往左往するだけですよね。
 ですから、理科の実験などを含めた「体験学習」というのは、あらかじめ「座学」で習ったものに対して「実際にやってみるとこうなる」という事を実感させる機会、と考えておいた方がいいんです。そして、体験させる前の「予備段階」の不足が「理科離れ」を引き起こした最大の原因、と考えてもいいでしょう。

 旅行に出かけて、例えば、フランス旅行でルーブル美術館に行くことになったとします。そうなった場合、そこに何があるのか、ガイドブックなどを見て調べたりしますよね。そして、もしもそういう下調べ無しに行って「モナリザ」を見逃したなんていう事になると、ある意味「何をしに、ルーブルに行ったの?」ということになりかねません。
 こういう旅行などは、そこに行くまでの「予備知識」があるとないのとでは「体験の意味」が大きく違ってくるのではないかと思うのです。基本的に「体験学習」というのは、こういう旅行と同様に、その体験をするまでの予備知識などをしっかり与えてから行うもの。これが逆になると、本末転倒のようになってしまうと言うことなんです。徒然草にも「先達はあらまほしきことなり」と書かれていますが、おそらくは、こういうことを意味しているのだろうと思います。
 そして、もしも「こういう予備知識無しに旅行をする方が新鮮だ」というように考えている人がいるならば、それは、集団ではなく、個人で勝手にやってくれ、ということでしょう。
(2017/09/08)

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「宿題」と「家庭学習」と「学校の授業」


中3の2学期で「宿題を出されないと勉強できない」というのは情けない

 宿題については、いろいろこのコーナーで書いてきていますが、それぞれ断片的な内容で、全体を通した見通しのお話は、今まであまり書いてきませんでした。それで、ここでは、宿題と家庭学習の関係からお話をしておきたいと思います。

 基本的に「宿題」とは「自分の力で勉強できるようになるための練習」なんです。ですから「家庭学習を習慣づける」ためのもの、と思ってもいいです。そして、小学校の時期は、当然「自分でやりたいことをやりなさい」とか「自分で自分に必要なものを見つけなさい」と言ったところで、ほとんどの子は、うまく行きません。簡単な事ばかりやってしまったり、何をしていいか分からないまま時間ばかりが過ぎていってしまったり。そして、これは、中学校の1年生・2年生になっても、ほとんどの子は小学校とほぼ同様。もちろん、遊びも部活もあり、勉強から離れて行く時期でもありますから、ある程度、学校の方で強制していかなければならない時期でもあります。

 ただ、最低でもこのあたりを目安にして「自力で勉強出来るようにしておく」というのがなければ、ずっと、誰かに強制された宿題をやらなければならない人生になってしまいます。そして、その目安になるのが、自分の一生をある程度左右することになる「高校受験」の時期なんです。
 総合学力テストが始まり、入試に必要な学力をしっかりつけましょう。受験生ですよ。そういう時期になっても「誰かに勉強するものを与えられないと何もできません」では、逆に将来が不安です。
 ですから、中学3年生の2学期になったら、本当は「宿題は出しませんから、自分で必要な勉強をしなさい」というのが当たり前なんです。ただ、現実は、そういう事になると、宿題から開放されたと勘違いして勉強を全くやらなくなってしまったり、自分で何をどうしたらいいか分からなくなる子が大半ではないでしょうか。

 ということは、主に学校になりますが、そうやって、自力で勉強できるようになるための方法や意識の持ち方をきちんと与えていないのではないか、ということなんです。そして、その原因は「学校の勉強と家庭学習が乖離してしまっている」からではないか、と思うのです。例えば、以前は、家庭学習と言うと「学校の勉強の予習・復習をしましょう」というのがメインでしたね。英語で言えば、次の授業で習うところの英単語をあらかじめ調べておく、とか。このように、学校の勉強をきちんとやろうと思ったら、いったい何が必要か、ということが分かるような家庭学習のシステムだったんです。でも、今は「勝手に好きなことをやってこい」式になっているような気がしますね。

 さて、釧路の学力で見た場合、少しずつ上昇しています。それも「宿題をきちんと出す」という事が徹底され始めた時期に、グッと学力が伸びてきています。
 ですから、今まで何もしなかった子供達が「とりあえず、家で勉強をするようになった」というだけで、その家庭学習の内容はどうあれ、学力は改善されるんです。でも、このままでは、結局、すぐに頭打ちが来て、すぐに学力が伸び止まりになります。そうなると、次に考えなければならないのは、次の2点。
1 宿題の内容がどうなのか?
2 宿題と授業との連動はどうなのか?

 特に大事になるのは2の方で、小学校の場合は、基本的に「家できちんと勉強出来るようにするための授業」として、授業を構築する。中学校になると、小学校の内容にプラスして「次の授業をきちんと理解するために、何を準備しなければならないか」という指示を出す、ということです。
 そして、こういう事を理解していれば、授業がもっと良くなっていきますし、子供達の学力も向上して行くんです。
(2017/09/07)

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ハードな勉強をこなす「覚悟」はありますか?


中3になってから勉強すればいい?

 このページを見ている方は、たぶん「ビリギャル」とか「下克上受験」とか、そういう本に目を通している方も、結構、多いのではないかと思います。そして、ここで分かって欲しいのは、自分の実力と目標との間にギャップが大きければ大きいほど、勉強がすごくハードになる、ということです。
 もちろん、「ビリギャル」や「下克上受験」となると、目標がものすごく高くなるわけで、勉強も徹夜続きになっていたり「ビリギャル」の映画では、友達とカラオケボックスに遊びに行っているときも勉強していた、なんていうシーンが出てきたりします。
 ただ、それほどハードではないにしても、やはり「自分の実力と志望校」にギャップがあったりすると、今まで以上にハードな勉強をしなければならない、ということになるわけで、そういう「覚悟」はありますか? という話です。

 実際、去年の話で行くと、一人、札幌の旭ヶ丘を受験した子がいるんです。状況は、受験の3ヶ月前で、このままでは学力が足りない。そこで、不得意な数学と理科だけ、ということで受け持った訳です。それで、理科で言うと、学力がそれほど高くない高校を受験するのであれば、3年間の総復習のようなテキストを使って、基本的なところを押さえておけばいいんですが、ある程度上位校となると、もっと細かい内容までしっかり押さえておかなければならないですし、思考力が必要な内容にも対応出来なければならないわけですから、そんな雑な勉強では対応できないんです。結果、1年から3年までの通常の勉強をダイジェストで一気にやりこむ事になるんです。勉強量は半端なものではないですよ。
 そして、そうやって、2月の北海道学力コンクールで、理科だけですが、道内のベスト100内にランクインする、というところまで行くわけです。要するに、それだけハードな勉強をしないと結果がついて来ない、という話なんです。

 もちろん、勉強があまり得意でない子にとっては、基本内容を身につける、というだけでも、相当、ハードな勉強をこなさなければならないんです。今まで、部活中心で、勉強をほとんどやって来なかったなんていう人は、受験前に、それだけのハードな勉強をこなす「覚悟」がありますか? そういう「覚悟」無しに、ただ、中3になって、勉強をすればなんとかなるんじゃないか、というようなボンヤリとした甘い感覚でいたんではないですか? 

 そして、一番いいのは、中1・2の段階で、志望校のボーダーをきちんとクリアしている状態で、中3を迎え、今までのペースできちんと勉強を進めて受験を迎える、ということなんです。そうすれば、中1・2の段階で、きちんと内申もクリアできていますし、中3になってから分からないところが出てくる、という事も少なくなるんです。
 ただ、気をつけなければならないのは、今、評価が怪しくて、通知表を見ているだけでは、子供さんの実力が判断しにくいんです。ですから、中1・2の段階で、全道で行われている学校の学力テストの結果を見たり、場合によっては、中1・2の段階で塾のテストを受けてみるなりして、子供さんの実力を把握しておくことが大事になります。そういうふうに実力を把握して、問題なく過ごせていれば、塾に行かなくても、そのまま受験を迎えることが可能になるんです。
(2017/09/02)

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9月の数学の進度


9月分も出しちゃうよ

 今までずっと数学の進度の事をお話ししていますし、お父さん・お母さんの目安にもなると思うので、続けて9月分も出しておきますね。

 まず中3から。
 中3は、二次関数が中心となりますが、実は、二次関数で新たに習うのは「式とグラフ」「変域」「変化の割合」「いろいろな関数」だけ。ですから、新たに習う内容はほとんどありません。進度をとるだけなら1週間程度で終わるんです。問題演習を含めても3週間程度。ですから、9月の最終週には次の単元(教科書によって「円」「相似」の2パターンに分かれます)に入ることが可能なんです。
 そこで、ここで問題になるのが、中2の一次関数などの関連内容をどのように教えていたか。
 というのは、二次関数で問題になるのは、新たに習う内容よりも、他の単元との融合問題なんです。一番多いのが一次関数とのからみ。一次関数と二次関数が交わったグラフであったり、図形が絡んで座標を文字で表して方程式を作ったり、また、中2の四角形の単元で出てきた「等積変形」が絡んだり。ですから、中2の段階できちんと「演習内容をこなし、難易度がある程度のものまで扱っている」のであれば、この二次関数は比較的、難易度の高めの問題にも楽に入っていけるのですが、中2でグダグダだったところは、ここに来て焦ります。
 ちなみに、ここから先の内容は、どれも「中3で新たに習う内容より、中1・2で習った内容がしっかりしているかどうか」で差がつく単元が連なってくる、と考えてください。
 ということで、二次関数の単元は9月中にサッと終わってすでに次に入っているというところと、中2までの内容がしっかりしていないため、復習に時間がかかり、9月いっぱいまでかかる、という中学校に分かれると思います。
 ただし、10月に入ってもまだ二次関数をやっている、というところはアウト、と考えてください。

 中2は9月いっぱい「一次関数」にかかると思います。中3のところで書きましたが、ここでしっかりした内容まで教えているかどうか、ということになります。逆に「変に早い」というところの方が危ない。面倒なところ避けて、簡単なところだけやってお終いにしているところの方が後々困ります。
 子供さんのノートを確認して、式とグラフだけで何となく終わってしまっていないかどうかをチェックしてください。

 中1も「方程式」で9月いっぱいかかると思います。中1では、方程式の計算、と言っても慣れるまでにそれなりに時間がかかりますし、他のところでも書きましたが、文章問題もバリエーションが多く、さらに言うと、こうしたバリエーションをたくさんこなすことで、方程式の感覚が身についていきますから、この文章問題の演習が手抜きになっていないかどうか、をチェックしてください。
(2017/08/29)

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「社会・理科」と「漢字」


きちんと漢字で書けますか?

 これも、最近ちょっと変わってきたかな? と思われる内容です。

 以前、釧路では、入試などの際に「社会や理科の用語で、ちょっとでも自信が無かったら、とにかく、ひらがなで書け」と指導していたところ〜塾など〜があったんです。それで、子供の答案を見ると、あっちもこっちも「ひらがな」だらけで、お父さん・お母さんが「あんた、もっと漢字できちんと書きなさい」とぼやいていたんですね。

 ところが、国語では「稚拙な表現は減点の対象」となっていて、要するに、中学生なのに小学生のような文章を書いたら、減点されるんですよ。当然、中学生なら、きちんと漢字で書きなさい、ということで「漢字指定(漢字で書かなければ×)」などの問題が出されているんですが、基本的には「漢字できちんと書けるように、しっかり覚えなさい」という話です。
 ですから、ぼやいていたお父さん・お母さんの感覚の方が正しいんです。

 特に、湖陵や江南を受験しようと思うなら、特に「漢字指定」で無くてもきちんと書くのが筋でしょ。そういう子供達に「ひらがなを使ってもいいよ」と平気でいうような教師や講師がいたら、そういう人は、学力上位層を育てることができません。どうしてか、というと、子供達の意識が低くなってしまうから。
 実際に、自分が北見にいた頃では「漢字で書くのが当たり前」で指導されていましたし、おそらく、学力の高めの地域は、そういう感覚で教えているのではないかと思います。ひょっとしたら「ひらがなを平気で扱うような話をしている」のは釧路だけかも知れませんね。

 最近では「ひらがなだらけの答案」を見ることが以前より少なくなってきたように思いますが、まだ「うちの子、ひらがなだらけだな」と思うようなところがあったら、きちんと「漢字で書きなさい」と言ってあげてください。
(2017/08/25)

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「寝る子」は落ちる!?


脳の機能の問題!?

 前項「塾に通わせない方がいいケース」で書いた、極端に学力の低い子には、ちょっと変わった共通点があります。それは、すぐに「寝る」ということ。
 ちょっと考えられない、と言う人もいるかと思いますが、家庭教師のようなマンツーマンでやっていても、少し考えさせただけで、すぐに、脳の機能が低下するんでしょうか、まぶたが自然に落ちてきます。そして、たぶん、今まで学校でも、分からないところが出てきたら、寝て誤魔化しているうちに、自然にそういう習慣がついてしまっているのではないか、と思うのです。

 それで、自分、実は必殺技で、授業道具の中に「ブドウ糖」を常備しています。
 よく「疲れたときに甘いものを摂るといい」といいますが、自分はチョコレートのようなお菓子ではなく、ガリガリとかじって、すぐに飲み込み、頭の機能回復に速攻性がある「ブドウ糖」にしています。薬局などで、普通の飴くらいの値段で売っていますから、もし、子供さんの勉強状況が気になる、と言う人は、やってみてください。

 それで、実際の効果としては、いつもはすぐに寝てしまう子が、寝なくてもすむくらいになることがあります。要するに、本当に寝不足で「眠い」というときにはダメですが、物事を考えているうちに頭がボーっとしてくる、というような状況のときには効果があるようです。それで、自分は、こういう状況のときには「単に、脳の血糖値が下がっている」のではないか、と考えるようになりました。

 ですから、学力が低くて寝てしまう子、というのは、単に「集中力が無い」というだけの問題ではなく、脳の機能的な問題を抱えているのかも知れません。「酸素不足」とか「糖分不足」とか。

 ただし、この「ブドウ糖」の投入は、本当にギリギリの状態のときだけです。というのは「ブドウ糖が無ければ勉強できない」というおかしな習慣になってしまうと、これもまた問題ですから、習慣にならないように、その場の応急処置的な方法で使っています。
 それから、甘いものがいい、ということで、飴やチョコレートを用意している家庭もありますが、基本的に「口を動かしたままだと、集中力がつきません」から、かえって逆効果になっているところがあります。ものを食べながらの勉強は身にならない、と思ってください。
(2017/08/22)

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塾に通わせない方がいいケース


釧路の場合

 いよいよ総合A学力テストが近づいてきていて、中3で、今まで勉強をやったことがない、なんて言う子も塾を考えるようになってきたりします。それで、ここでは、塾に通わせるのをやめておいた方がいいケースについてお話しておきますね。

 それは塾で「とりあえず東高を目標に頑張ってみましょう。もしもダメだったとしても、地方の二次募集や私立は間違いなく大丈夫ですから」と言われた場合。そういう子って、みんなと一緒に中学校の勉強をやってもついていけない、と思っていたほうがいいと思います。自分がそういう子を受け持った場合だと、中学校の勉強はほとんどやらず、小学校の低学年から復習を行うだけです。だって、小学校2・3年生の漢字が読み書きできなかったり、小数や分数の意味が分からず、計算も全然出来ないんです。アルファベットも怪しくて、bとdの区別がつかなかったりする子もいます。
 ですから、極端な話をすると「よっぽどの事がない限り誰でも分かる」というところが出来て、後は、テストの問題を見ても全然分からないから、選択問題を適当に選んでおいたら、たまたま当たったところが多めだった、という感じで合格なんです。こんな感じですから、わざわざ塾に通わせて勉強させることも無いんです。

 正直に言うと、自分がこういう子を受け持つ場合「高校入試云々より、小学校の2、3年の漢字すら怪しいとなると、将来、まともな仕事が出来ないですから、小学校の復習をやりますよ」ということで、入試を度外視して勉強するんです。それに納得してもらえない場合は、受け持ちません。
 ですから、もし、そういう状況であれば、塾に通わせるよりも、その費用を使って、小学校の復習ドリルや漢字検定の練習問題などを買ってきて勉強させた方が、本人のためだと思ってください。

 そして、釧路の場合、こういう東高のような逃げ道があるため、こういう子でも受け入れてしまう塾があるんです。これ、例えば、北見や帯広だと、最低ラインが商業・工業ですし、帯広あたりだと、実際には学力が高めですから、釧路で言うと明輝か商業の情報以上の高校に受かることが前提になるんです。それじゃなければ親も納得しないんですから。

 ということで、
 お父さん・お母さんとしては、子供さんに、最低でも商業・工業に行けるだけの実力をつけさせること。
 塾としては、最低限、商業・工業以上の高校に受からせなかったら、子供に実力をつけさせたとは言えないんだ、という意識を持つこと。
 学校としては、きちんと子供達に実力をつけさせて、職業科よりも低い普通科を無くすようにすること。
 以上が、今後の指針となろうかと思います。
(2017/08/20)

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「うざい」「ムカつく」は教師の勲章と思え


まじめに取り組んでいる子とそうでない子

 学校の教師や塾講師になどには、授業アンケートというものがあるのですが、これ、正直に言うと「何の基準にもならない」と思っておいた方がいいでしょう。
 というのは、そのアンケートを書いた子供の資質によって、結果が大きく左右されるからです。

 それで、ここでは「うざい」とか「ムカつく」という話に限ってのことですが、こういう言葉を平気で発する子というのは、基本的に「だらしない」んです。大抵、物事がきちんと出来ません。そして、子供っぽい癇癪を起こす人間、と思った方がいいんです。そして、そういう子に「物事をきちんとやりなさい」という指導を行うと「うるせえ」「うざい」「ムカつく」となるんです。これは、お父さん・お母さんも分かっていると思います。

 そして、こういう感覚の子が、きちんと指導をしている先生をどういうふうに評価すると思いますか? 大抵「嫌い」で悪く書くんです。ですから、アンケートのケースとして2通り。

・きちんとした子が書いた場合
 そのまま、評価の通り
・だらしない子が書いた場合
 そのまま、評価通りのときと、きちんと指導している先生に対する反発の両方がある
ということなんですね。

 当然、こういう状況と言うのは、現場にいる学校の先生の方が分かるんです。もちろん、きちんと物事をやっている子から悪口を言われるとショックかも知れませんが、だらしない子から「うるせえ」「うざい」「ムカつく」と言われた場合、それは、逆に「自分はきちんとしたことをやっている」と考えた方がいいんです。ですから、そういう子から悪口を言われるようになったら、それは「教師の勲章」だと思えばいいんです。

 最近は、小学校でも宿題が出るようになって、以前よりはまともになってきていますが、以前は宿題を出しても満足にやって来ないような子が大半だったでしょ。そういう「だらしない子からも嫌われないように」と、きちんとした指導をして来なかった〜見て見ぬ振りをしたり、そのまま許したり、注意するにも「なあなあの馴れ合い」で話したり。
 そんなことを続けていても子供達はきちんとしません。

 さらに言うと、これから先、総合Aが始まり、学校の平均点が分かります。そのときに平均点の低い学校というのは、こういう「だらしない子を野放しにしている学校」という可能性が非常に高いんです。塾で「授業中にうるさい子供達」が集まってくるような学校なんです。
 学校で言うと、まず附属。それから、大楽毛や鳥取西というのが、例年、この、だらしない状況に近いんです。大楽毛・鳥取西は例年、学力が常に低い状態ですし、学力が高めの子が集まっているにも関わらず、きちんとした実力が伴っていかないのは附属です。
 大楽毛に至っては、数年前の事ですが、中3の入試直前で「勉強の息抜きです」と、授業中にアニメか何かのDVDを見た、という情報が入ってきていますし。これじゃあ、生徒も学校も救われませんな。

 ということで、こういう学校の状況や、子供さんの様子・クラスの様子をみて「果たしてうちの子、これでいいだろうか?」「うちのクラス、これでいいのだろうか」ということを、せっかくの長期休暇中ですから、考えてみる機会を持つのもいいのではないかと思います。
(2017/08/05)

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「スポーツ」と「真剣さ」


真剣に取り組んでいるのであれば

 状況にもよりますが、やはり「勉強」よりも「部活」などを優先させたい、と思っている保護者の方も多いと思うんですね。そして、自分、一見、部活否定のような事も書いていますが、基本的には「真剣に取り組んでいるのなら、部活中心でも大いに結構」なんです。そこで、大事になるのは、要するに「真剣さ」なんですよ。真剣に物事に取り組んでいるのであれば、それは、将来にきちんと生きてくるんです。ですから、それは否定しません。
 ただ、あまりに「中途半端」な状態でやっている子が多くありませんか?

 例えば、家に帰ってきてから自主練習をしている子って、どれだけいますか? 例えば、野球であれば「今日、うまく打てなかったから、ちょっと素振りをしてくる」とかね。よく「体力が続かない〜疲れてすぐに寝ちゃうんです」なんていう話もありますが、それじゃあ、体力を付けるために、毎日、ランニングをしようとか、そういう取り組みをしている子供さんって、どのくらいいるんでしょう? 
 要するに、本当に「うまくなりたい」と思っているなら「自分の出来ないところを克服しよう」という行動がついてくるはずなんです。これ、プロの人たちのストーリーの中で、必ず出てくることなんです。いわゆる、ここが「真剣に取り組んでいることそうでない子の差」なんです。勉強だって同じなんですよ。自分のできないところを克服しようとして、勉強をするんですから。

 ところが、最近「楽しむこと」ばかりに目がいってしまって「克服」という点がないがしろにされてしまっているのではないかと思うんですね。「自分の出来る範囲の事をそこそこやって、楽しめばいい」という感覚。酷い子になると、その程度で「プロになれたらいいな」なんて。でもね、これじゃあ、どこまで行っても中途半端なんですよ。自分の不得意な所を克服できない人間がプロになれるわけが無いんです。

 例えば、どうですか? 少年団などの送り迎えの際、DS持って、ずっと車の中でゲームをやりっぱなしとか。普通は「今日、この練習のときこうしてみよう」とか「前は、ここがうまく出来なかったから、こういう工夫をしてみよう」とか。その日の計画を頭の中で考えたりするんです。そういうときに、ずっとゲームをやりっぱなしの子って、真剣に取り組んでいると言えますか? 練習から帰ってきてからだってそうです。普通は、今日の反省とか、場合によってはノートをつけたりとか。それが、帰ってきた途端、ゲームの前に座って動かないような子って、真剣にやっていると言えますか?

 ですから、そういう「真剣さの足りない状況」になっているのであれば、ある程度で「少年団」などには見切りをつけて、将来の趣味とか、そういうレベルで楽しめるようになっていればいいわけで、それと同時に勉強をしっかりやらせておいた方が、子供さんの将来のためにはいいと思いますよ。
 そして、そうなったときに「勉強、全然分からない」とならないように、いくら部活優先にしたいと思っていたところで、勉強の基本の部分くらいはきちんと身につけておいた方がいいでしょ。ということなんです。そして、今までは、もう、高校入試が近いというときになっても、いざ蓋を開けてみたら、小学校2・3年生の漢字すら満足に読み書きできない、となっていたわけです。

 ということで、スポーツでも勉強でも、大事になるのは「真剣に取り組む」というのは、いったいどういうことなのか、という事をしっかり体験させることです。これが分からないと、何をやっても中途半端にしかならないんだ、と思ってください。
(2017/07/29)

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釧路の現状、何が問題か?


割合の問題

 今までずっと、学力の事について書いてきましたが、この辺でちょっと問題点を整理してみたいと思います。

 実は、低学力の子というのは、どこの地域にもいるんです。いくら教えても「分からない」という子って、絶対いるんですよね。学年の内容を下げて、時間をかけてゆっくり勉強していけば、少しずつ出来るようになっては行くんですが、残念な事に、高校入試には間に合わない、という子は存在するんです。
 それで勘違いして欲しく無いんですが、自分は「学力の低いのは100%ダメ」と言っているのでは無いんです。そういう勉強の不得意な子は、勉強以外に生きていく道を自分で探して行ければ、それで問題はありません。

 だから、釧路の現状で問題にしているのは「単に学力の低いこと自体をダメ」と言っているのではなくて、あまりにも「学力の低い子の割合が高すぎるのがダメ」ということ。そして、もっと言うと「その学力の低い子が学校の授業によって作られているのがダメ」と言っているんです。

 少しだけ実例を挙げると
・小学校2年生の授業で「かけ算の九九を6の段までしかやらなかった」
・家庭学習習慣が全く無く、小学校1年生や2年生の漢字すら満足に書けない子が大量にいた
・学校の授業の進度状況が他地域と比較して2つ3つ単元が遅れ、間に合わない所を端折ったり、すっ飛ばしたりしていた
etc.

 これ、全部、学校と釧路市教育委員会の責任です。そして、これが4・5年前までは平気だったんです。

 それでは、最近はどうなのか、と言うことなんですが、上記の例のような状況はかろうじて脱したようです。特に「漢字」については、かなり改善されたのではないでしょうか。授業進度についても、まだ、若干怪しかったり、おかしな事をしても、何となく誤魔化してしまったり、という情報は入ってきていますが、おおむね、改善されたのではないかと思います。
 また、全道的に見ても、7年前、全国学力テストが実施された「100人の40%は何人ですか?」を答えられる子が全体の3分の1しかいなかったのに対し、最近では、3分の2程度にまで回復してきている訳ですから、それなりに改善はされてきているだろう、ということです。

 ですから、「漢字の基本部分」や「かけ算の九九のような計算の基礎の部分」、要するに、本当に「基礎の中の基礎」、学力的に見た場合「下の下」の部分についての指導状況は、改善されてきただろうということです。

 そうなると、次に目線を持っていくのは「下の中」の部分。例えば、算数で言えば「単位換算」などですね。いわゆる「数量関係」と呼ばれる分野です。実は、未だに「1キログラムを100グラム」って答える中学生が多いんです。時間で言えば「何時間何分」が答えられない中学生が多いんです。いくらなんでもまずいでしょ。このあたりの内容をしっかり身につけるのにどうしたらいいか、ということを小学校の教師は必死になって考えなければならないんです。「出来た順に持ってこい」と、その場しのぎの授業をやっていたのでは、こういう内容は身につかないんです。

 中学校で言えば、定期テストの平均点設定です。未だに70点台、場合によっては80点台の平均になるようなテストを作っている「作成力不足」教師が大量にいるんです。
 これ、例えば平均点60点の場合、だいたい平均より上下15点前後の子が通知表「3」の範囲という設定になるんです。となると、だいたい45〜75点の範囲が「3」。それより15点程度の上下幅で通知表が「2」とか「4」。だから、75〜90点の間に入ってくる子が「4」くらいですね。そして、それより上の子に「5」がつく、というくらいの設定になるんです。
 これが元々平均点が70点の設定になると、通知表が「4」までで100点満点になってしまうんです。「5」の子は無し。下の方になると40点以下がみんな「1」ですよ。そういう通知表の付き方していますか? 違いますね、平均点で「4」がついているんでしょ。そうなると、中3の数学の学力テストで20点台の子でも「4」なんでしょ。ただでさえ、全体の平均が低いのに、その平均で「4」がつくなんて言うことはあり得ません。絶対評価ならなおさらです。

 ということで、小学校も中学校も何が問題か、というと「教師の目線が低い」ということが問題なんです。単に「漢字が出来るようになった」「計算が出来るようになった」と、そのレベルで満足するな、ということです。現実問題として、きちんと教えると出来るようになっていく子は、まだまだたくさんいるんです。そういう子に、物事をきちんと身につけさせていない、という事が、今後、問題になっていきます。

 「平均点の少し下あたりをターゲットにして授業をしています」
 これじゃダメなんですよ。「平均点の少し上をターゲット」にしないと。
(2017/07/27)

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格安スマホで、子供さんとの約束が反映


TUTAYAのTONEモバイル

 昨日、WBSでやっていましたが、格安スマホで、子供さんとの使い方の約束を所定の用紙に書き、お母さんのスマホでその用紙を写真に撮ると、子供さんのスマホにその約束が反映されるというスマホアプリが無料で使えるそうです。ネットを見たり、ラインをやったりする際の時間制限などが出来て、でも、お父さん・お母さんとの連絡は、24時間可。
 保護者には、非常に評判がいいそうです。

 気になる方はTUTAYAのTONEで検索してみてください。
(2017/07/26)

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「それなりの所」は「それ以下の所」


「克服」が出来ません

 よく聞く話。「うちの子、それなりに勉強して、それなりの所に行ってくれればいいんです」。

 そして、こういうケースの場合、釧路の場合は「明輝か北陽くらいは・・・」〜場合によっては商業くらい〜と考えているお父さん・お母さんが多いようで、東高とか地方の高校とかは考えていないようなんです。ところが、実際に蓋を開けてみると、意外ときつい状態で、結局、最終的に1つ、2つ、志望校を下げる事もありますね。

 それで、こういう考え方の中で、一番問題になるのは「それなり」というのが「大した努力もせずに、楽に行けるところ」という感覚になっている子が多い、ということなんです。別な言葉に置き換えると「自分の出来ない所を克服しようとしなくても行けるところ」ということなんですね。そして、当然、こういう感覚でいると、自分の出来ない所を克服しようとしない〜漢字や単語も、いつまで経っても覚えようとしないとか、数学で出来ない問題が出てきたらすぐに投げてしまうとか、そういう感覚になってしまい、最終的に学力がつかないまま、となってしまうんですね。

 ですから、お父さん・お母さんが子供さんの将来の事を考えるなら、「それなり」とは言わないで「最低でも○○高校には行ってもらいたい」という事をきちんと話し、それに見合わない状況になっているのであれば、出来ないところをきちんと克服させるように、話をしておかなければならない、と思ってください。
 そして、もっと大切なことは、高校の合格云々ではなく「自力で自分の出来ないところを克服していく力」だと思ってください。入試を経験している子とそうで無い子の一番の違いは「ここ」です。受験のときに、厳しい状況に置かれ、合格するために、一つでも二つでも自分で出来ないところを克服していった経験が、大人になってから生きるんですね。

 ということで、自分に合った高校というのは「楽をして過ごせる高校」ではなく「自分の力で出来ないところを克服してきちんとついていくことが出来る高校」というふうに考えていって欲しいと思います。
(2017/07/25)

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夏休み明け〜8月いっぱいまでの数学の進度


8月分も出しましょう

 時期的には少し早めですが、もうすぐ夏休みですし、前期・後期の中学校では前期期末テストの試験範囲も出ているはずですから、それと比較してみることが出来るように、数学の進度の話をしておきますね。

 まず中3から。
 中3は、二次方程式が終わっていればオーケー。ただ、頑張って早めに進めているところは、二次関数に入ってくると思います。実は、ゆとり以前では、中3の8月学力テストで「二次方程式全範囲」が試験範囲に入っていました。その後、ゆとりが始まって間もなくのときでも、8月学力テストで「二次方程式の計算」までが試験範囲に入っていたんです。そして、ゆとりにどっぷり浸かっていた頃は「平方根」までになっていったのですが、現時点では授業時間数が増えていますから、進度の取り方は「ゆとり以前」くらいの感覚で構わないと思います。
 ですから、8月に入って「二次方程式の計算」をもたもた進めている学校があったら、その学校の教師は「ゆとり感覚が抜けていない」と判断して構いません。当然、こういう状況になっているのであれば、一昨年、鳥取中学校の2年生が行ったような追加授業〜授業時間数を増やして対応〜くらいの事をやらなければならないでしょう。
 「ちょっと気になる情報」でも書きましたが、こちらに入っている情報だと景雲中が危ないようです。今後、追加授業など、何らかの連絡があるかと思いますので、心づもりをしておくといいと思います。ちなみに、何も無ければ、授業を端折っていたり、途中を飛ばしてしまったりしていないか、確認が必要です。教科書を読んでお終いにしたりしていないか、子供さんに確認してみてください。

 中2は夏休み明けから「一次関数」がスタートしていればオーケーです。7月中に「一次関数」に入っているところは途中からということになりますが、それまで勉強していた内容を忘れてしまっているかも知れないので、「一次関数」の途中からスタートという中学校に通っている生徒さんは、夏休み中に復習が必要になります。
 さて、この「一次関数」ですが、学校では、簡単なことだけやってお終い、にしてしまう学校が非常に多いんです。ところが、ここで手抜きをすると、中3の「二次関数」に入ってから、余計な時間がかかってしまい、中3になってから進度が急に遅くなったりします。「座標と面積の関係」や「文字の座標」などの内容まで触れていないと、中3の学力テストになった時点で、湖陵を狙っていても30点くらいしか取れない、という事になりかねません。ここでは、きちんと難易度の高めのものにまできちんと触れているか、今後、確認が必要になります。
 ちなみに、現時点で情報は入ってきていませんが、連立方程式の文章問題がまだ終わっていない、という所があったらアウトです。

 中1は「方程式」の単元からスタートしていればオーケーです。早めのところは「方程式の計算の復習」から「文章問題」に入っていくことになると思います。ここも、まだ「文字式」が終了していない所はアウト。
 ここでの注意は、進度が遅いため、教科書の例題をサッとやってお終いにしている中学校が無いかどうかの確認です。少し前の項目で「方程式の文章問題」についてお話していますが、バリエーションが非常に多いので、教科書に載っている問題を一通りこなしたくらいでは、方程式の文章問題は出きるようになりません。おそらく、プリントを用意して、教科書では足りないバージョンを練習していくことになりますから、そういうプリントをどれだけ用意しているか、というところをみて下さい。
 ちなみに、教科書と準拠問題集をザッとやってお終い、になっている学校は、手抜きだと思って構いません。
(2017/07/21)

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「学力」と「お子さま感覚」


精神の低さが学力に影響する

 以前から「精神年齢が低い子の割合が高い」という話は書いてきていますが、具体的にどういう状況なのか、という話を書いていこうと思います。

 例えばですね、自分の思い通りにならないと癇癪を起こしたり、ふてくされたりする子って、多いでしょ? でも、これをよくよく考えてみると、癇癪を起こすって、まだ、就学前の子どもが、おもちゃを買って欲しいと言って、おもちゃ売場で泣きわめくのと、たいして変わらないんですよ。ふてくされるのも、これよりは少し年齢があがりますが、せいぜい小学校低学年くらいの、いわゆる「泣きわめくのがカッコ悪い」ということに気づいた年齢の子がする行為です。
 ただ、「癇癪を起こす」のも「ふてくされる」のも、どちらも精神的に幼い〜「お子さま感覚」の行為なんです。

 それで、この「お子さま感覚」でいる子は、基本的に「物事に対する対応力」が薄いんです。当然、学力にも影響がありますし、もしも「ふてくされる」感覚の子で、学力が高めの子がいたとしたら、すべて「記憶力勝負」で、物事をその場で考えて適切に対応できるかどうか、と言うと、かなり厳しいものがあります。結局、自分の知識の枠の中でしか勝負出来ないわけで、理解が伴わないものが出てくると、とたんに「癇癪を起こした」りするようになるんです。

 それで、学校の勉強についてですが、実は、きちんと勉強を進める事によって、感覚が徐々に磨かれて「精神的に成長する」ようになっているんです。学習内容も「先生の話をきちんと聞かないと理解できない」内容になってきて、当然、授業を受ける姿勢など〜いわゆる「学校でのしつけ」についても、物事を少しずつ「上の感覚」からみるように設定されているんですね。ですから「学校の勉強」と「家庭での生活習慣」とが互いに「相乗効果」を生みながら、子供達が精神的に成長していけるようになっているんです。

 ところが、この「学習姿勢」に対し、きちんとした指導を行っていないと思われる学校があります。
 筆頭は、やはり「附属」ではないかと思います。釧路や旭川の塾講師と話すと「附属の子が集まったら、猿山だよね」という話がでてきます。少なくても、塾ではそのような評価にしかなっていません。
 そして、これと等しい感覚の学校が他にも存在するんだろう、と思っています。
 中学校の学力で見ると、大楽毛・鳥取西の学力が低めですし、桜ヶ丘・春採も低めなんです。そして、ここに共通項があって、例えば、大楽毛・鳥取西の両方に共通しているのは、鶴野小学校出身の生徒が通っているということ。今はどういうふうになっているか、ちょっと情報はありませんが、以前は、鶴野小の参観日に行った父兄が、あまりにも授業中うるさかったため、学校の先生に任せて置いたらダメだと、親が直接、騒いでいる生徒を怒鳴って怒った、ということがあったそうです。要するに「授業中の姿勢」に関する指導が出来ていなかった、ということなんです。そうなると、春採・桜ヶ丘の共通項は何? と考えていくといいんですよね。

 そうなると、物事をきちんと覚えるという「感覚」を身につけていない状況で「お子さま感覚」が抜けないままにしてしまうと、その地域やその学校の学力がドンと落ち込むんです。シリーズで書いている「生徒管理」の部分がここにそのまま当てはまります。本当は、学校毎に全国学力テストの結果を公表してくれればいいんですが、そういうデータは、全然出てきませんね。こういうデータを出してくれれば、状況がある程度見えて来るんですが。

 ということで、もしも、子供さんが小学校高学年や中学生になっても「癇癪を起こす」「ふてくされる」という事を行っている場合、社会や理科、漢字・英語の単語などの覚えることが出来ていないならば、「記憶する感覚」が鈍く「お子さま感覚」でいる、学力的に一番危ない状態にいる、と考えてください。そして、そういう子には「家庭での生活習慣」の改善で、精神的に大人にしていこうと考えてもらえるといいと思います。
(2017/07/14)

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東高の不思議


勉強に向けた意識の低さ、の象徴

 一般的に、高校が複数存在する都市部では、高校入試となると一番学力が低くなるのは職業科の商業高校や工業高校になり、それより学力が低いと郡部の普通科の高校に通うことになります。ところが、釧路の場合、市内の同一学区扱いで、職業科より低い普通科が存在しているんです。高校合併前は西高、そして、現在は東高ですね。

 普通「学校の勉強があまり好きではない」「高校を卒業したら、すぐに就職したい」という子供達が通うのが、いわゆる職業科で、就職に有利なように実務的な事を身につける学校なんです。
 となると、例えば「どこかの専門学校に行きたい」などの「進学希望」という事になれば、高校からさらに上の学校に進学するわけですから、当然、職業科よりも普通科の方が学力が高くなるのが当たり前で、もしも、仮に「普通科を卒業して就職したい」ということになったとしても、職業科を出て実務的な事を身につけている子よりも、様々な対応力が高くなければならない訳ですから、当然、学力的に見ても職業科より上でなければならないわけです。

 ですから、これも当然ですが、他地域は職業科より低い公立高校普通科というのは、市内学区の中には存在しないんです。あくまでも、職業科より低い普通科は郡部の学校になるんです。そこが釧路と他地域と大きく違うところなんです。ちなみに、他地域では、学力が足りず、それでもどうしても市内に通いたいとなったときには、私立高校の専願(高校によって呼び名が違うと思います)という「公立高校は受験せず私立高校一本で受験するから、合格させるときに優先的にみて欲しい」という約束で受験するんですが、これ、釧路ではあまり聞きません。

 要するに、他地域では私立専願のようになってしまう子が、釧路では高校の数が多く、定員も多いため、私立専願にしなくても間に合ってしまうという状況になっているんです。

 そして、もっと言うと「部活や少年団などが中心で、勉強は全くしない」というタイプの子がいて、そういう家庭では「高校は行けるところに行ければいいんです」という発想であることが多いんですね。そして、そういう「学力が極端に低い子」でもインフレ内申で通知表はオール3くらいありますから、親も「北陽だったら、これから頑張れば何とか行けるかな?」とか「明輝くらいなら行けるだろう」と高をくくっている場合が多いんです。でも、総合ABCが始まって、進路指導が行われて、蓋を開けてみたら商業や工業もギリギリとか、危ない、になってしまうんですね。そして、この段階で「職業科には行きたくない」が始まるんです。ここで、過去にちょっと問題(授業ボイコットなど)があったけど、しょうがないから、東高にしようか、となるんです。当然、商業や工業がギリギリとか危ないと言われている子が受験する訳ですから、職業科より学力が低い普通科ができあがる、という流れになります。
 そして、これも当然ですが、職業科よりも学力が低い状況で、専門学校に行きたいとか大学に行きたいは、普通、あり得ないんです。実際に、専門学校に入っても、授業に出てこなかったり、学力が低すぎて資格試験に全く合格できない、なんていう子がたくさんいる、という話を聞くことが多いんですね。

 ここでよく考えてみてください。こういう状況を避ける方法はいくらでもあるんです。その方法を羅列してみますね。

1 中学生の段階で「明輝以上の高校に行きたい」と考えているならば、中学生になったときから、きちんと勉強を進めて、見合うだけの学力をつけておけばいいんです。

2 中学校1年生の段階から、学校で学力テストや定期テストが行われたときや通知表を渡すときに、得点・内申によってどの高校に行けるか、ということをきちんと指導していけばいいんです。

3 学力が低いにも関わらず、親が「これだったら大丈夫」と思うようなインフレ内申をやめればいいんです。評価をきちんとすることなんです。

 まだまだ他にも方法はあります。親の方で漢字検定などの資格試験を基準にするとか、塾のテストを受けて合格判定を出してもらい、それを元に勉強を始めるとか。

 そして、これが究極の話なんですが、職業科より低い普通科が無くなった時点で、釧路の学力がまともになります。
 方法は2つ。
 東高を無くしてしまうか。
 東高の学力を上げて、職業科より上にするか。

 ちなみに、商業や工業の学力は、これ以上は下がらないと思った方がいいです。自分の将来をきちんと考えて、もしくは親の言うことをきちんと聞いて、職業科を選択する子ですから、話の聞き分けがある子なんです。ところが東高の学力を下げている原因となっている子は「勉強しない」「好きな事だけやりたい」「遊びたい」「職業科はイヤだ」、それでいて「専門学校に行きたい」「良いところに就職したい」と考えている「考えの甘い子」や「わがままな子」なんです。当然、こういう子がいなくなれば、東高の学力は回復してきますし、釧路全体の学力も回復してくる、という話なんです。そして、そうなると、当然、就職状況や進学状況も改善されてくるんです。

 もちろん、こういうタイプの子はどこの地域にもいますが、そういう子は、他地域の場合、郡部の高校に電車やバスで通うか、私立になるわけで、市内の公立高校には行けない、という状況なんです。
(2017/07/10)

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「テストの平均点」と「評価」2


釧路の場合、こんなふうに考えましょう

 学力が全体的に低くても、高くても、定期テストの平均として望ましいのは平均点が56〜58点程度になる、というのは、以前に書きましたが、そうすると、評価体制はどのようになるのか、という事もお話しておきたいと思います。

 釧路の場合、数学で見ると学力テストの平均点が総じて20点台。そして、この平均のあたりが「2」と「3」の境界くらいの点数です。となれば、定期テストのケースに当てはめると「学校平均以下が2」という評価が適切な数学の学力評価ですね。そこから、平均を基準に、70点の中あたりから80点くらいまでが「3」、そこから90点あたりまでが「4」、それ以上が「5」という評価で見ていけるようにするといいでしょう。下の方でみると、定期テストで20点以下が「1」、20〜平均点までが「2」と言うことになります。釧路の現状でみると、数学の評価としては、このくらいが適切でしょう。

 作問としては、きちんと勉強をして点数が取れる問題を半分以上、逆に「5」をつけるためには、10点分程度は難易度の高い問題にして、そのうち1つでもクリア出来ないと「5」はつかないよ、という事にする。そして、中程度の問題を残りの点数に当てていきます。現状でみると、本来は、こういう作りにしなければなりません。

 たぶん、釧路市内の中学校で実施されている定期テストを見てみると「知識・理解」とか「思考」とか、そういうタイトルが問題毎に書いてあると思いますが、そんな分類、全く意味がありません。実際には「思考」とあっても、学校で解き方を直接教えていて、それを単に覚えているとか、塾などで「過去問」などを行って「知識」として問題を解いている子が大半でしょう。ですから、そんな分類をみて「うちの子、思考力がある」などと思ってはいけません。「思考力」というのは、ある程度、難易度の高い問題をこなしていって、身につけるものですから、学力テストが20点の子でも70点・80点取れるようなテストで、思考力が身についているなんて言うことはあり得ないんですよ。ですから、こんな間抜けな分類を行っているうちは、子供達に学力はつきません。ですから、こんな分類、さっさとやめさせることです。

 さて、上記で述べたことは、あくまで現状として、ということです。こういうテストを行い、評価を適切に行っていくと、徐々に学力が向上してきます。そうなった段階で、徐々に「平均点より5点低いところから3にする」というように、評価の点数幅を調整していきながら、さらに学力を向上させていく、という流れを作っていくことです。

「努力は必ず報われる。もしも、結果が出ないなら、それは努力とは言えない」

 学校の勉強がその最たるものです。学校の評価項目に「意欲」なんていうところがありますが、本当に「意欲」があるならテストで点数を取って来るんです。そして、当然、そういう「意欲」のある子が点数を取れる、という部分をテストに盛り込んであるはずなんです。そして、そういうテストで結果が出てこないなら、それは「意欲がある」とは言えない、という判断でいいと思いますよ。
 漢字が読めないなら、漢字の練習をするでしょ。小数・分数の計算が出来ないなら、計算の練習をするでしょ。意欲のある子は、ちゃんとそういう事をするはずなんですよ。そういう「自分の出来ない所」を放ったままにして、調子よく出来るところだけをやってくる子というのは、本当に「意欲」のある子ではない、と判断すべきです。
(2017/07/07)

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「テストの平均点」と「評価」


前期中間・1学期期末のテストの各科目平均点の見方

 現在、前期中間テストや1学期期末テストの得点通知表などが返却されていて、子供さんの得点や順位などが分かってきていると思いますが、ここで、目線を一歩進めて、各科目の平均点はどうなっているのか、というところまで目を向けて行きましょう。

 さて、以前から学校平均の事は書いてきていますが、基本的に6割弱程度(100点満点で56〜58点程度)の平均がいろいろな点において、ちょうど良い感じのテストになっていると思ってください。ただ、学年や科目によっては、多少違いは出ます。

 例えば、中1だと、小学校感覚から徐々に中学校感覚に切り替える時期が、ちょうど今の時期ですし、数学であれば、それほど難易度の高い問題を作成出来る時期では無いので、平均は63〜67点くらいになると思いますし、英語であれば、まだアルファベットを習って、簡単な文章を習って、というくらいですから、平均は80点以上になると思います。

 ただし、中2・3では、ごく普通にテストが作られていると思いますから、標準の6割弱が望ましいと思ってもらえればいいでしょう。
 理由としては、やはり「評価が絡んでくるのですが、極端に難しかったり、極端に優しかったりするテストでは、通知表の5段階での評価で差がつかなくなるんです。例えば「平均点が80点」なんていうテストだと、学力の低い方がばらけるだけで、学力が高めの子供達は、みな似たり寄ったりの点数にしかならず、通知表で言う3〜5の評価の区別が出来ません。単に、テストのときに調子が悪くてボケまくった生徒が成績を落とすだけ。本当に地力を確認できるテストにはなっていない、ということなんです。もちろん、平均が低すぎた場合、今度は成績の低い子の方で、同様の現象が起きますね。そして、この状況になると「勉強は苦手だけど、一生懸命頑張った」と言う子が報われません。結果、やる気を無くしてしまうだけなんです。

 ということで、単にテストを易しくしたり、逆に単に難しくして、学力を上げようという感覚はナンセンス。定期テストは、学校の先生が直接作る訳ですから、その受け持っているクラスの状況を見て、実力が評価される形・学力が評価される形のテストを作らなければならないんですね。
 ただ、現在では、どこも易しめで、平均点が60〜65点に収まっているところが多いのではないかと思います。これ、原因がハッキリしていて、中学生でありながら、テスト感覚が小学生のまま。たいした努力もせずに「点数取れた、やったー」という感覚の子が多いため。本来であれば、もう少し平均点が低めになるくらいの難易度の高めの問題をいれ、それに触れさせて、上位層の学力を「テストで引き上げる」という感覚が必要ではないかと思います。こういうテストを繰り返していくことによって、徐々に、上の方に学力を引き上げる、という手段を取れるようになると、釧路全体の学力が向上していきます。

 ちなみに、中2・3で、平均が70点台とか、80点台なんていうテストを作っている先生がいたら、それは大問題。子供達の学力レベルを把握出来ていない、問題の作成能力が低い、という先生ですから、直ちに研修が必要、というレベルの先生だと思ってくれればいいでしょう。授業がきちんと出来る先生は、テストもきちんと作れなければならないんですね。
(2017/07/06)

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7月〜夏休み前まで〜の数学の進度


7月分も出しますね

 まず中3から。
 中3は、二次方程式の計算が終わっていればオーケー。ただ、頑張って早めに進めているところは二次方程式が終了するくらいではないかと思います。基本的に二次方程式の文章問題は、中1の「方程式」や中2の「連立方程式」と比べ、バリエーションが少ないので、文章問題は8月に入ってからでも2週以内に終了させることが可能です。
 ここで気をつけたいこと。過去に進度が遅いため「二次方程式の計算は公式を覚えて、それに数字を当てはめれば出来るから」と公式だけ教えて1時間で終了させたバカ教師がいました。こんなことが無いように、子供さんのノートの確認をしてくださいね。特に、現時点で、まだ「平方根」が終わっていないというような中学校は危ない、と思っていてください。

 中2は「連立方程式」が終了していればオーケーです。ただ、大抵の中学校は7月中に「一次関数」に入っているところが多いのではないかと思います。
 ここで注意しておくことは「一次関数」の理解を進めるためには「連立方程式の計算」がスラスラできなければなりません。計算で、もたついてしまって、理解が進まない・進度が遅れる、ということは当たり前ですから、早めに一次関数に入っている中学校では、子供さんの「連立方程式の計算力」を確認しておいたほうがいいと思います。

 中1は「文字式」の単元が終了していればオーケーです。早めのところは「方程式」に入っているところがあるかも。
 ここでの注意は、もしも「文字式」が終わっていたとしても「文章からの立式」がきちんと出来ているかどうか。「%」や「速さ」を文字式で表せないということであれば、当然、方程式の文章問題の立式も出来ない、ということになります。誰でも出来る簡単なところだけに時間をかけて、肝心な「次の単元につながる内容」が薄い状況で終わっていると学力がついていきません。そして、ここは、今後の数学の学力を大きく左右するところですから、子供さんの勉強内容をきちんと確認してあげてください。

 それから、気になる話が一つ。実は、学校の先生の中には「今日は○ページ進んだ」などと、教科書のページを進める事に必死になっている教師がいるんだそうです。これ、単なる馬鹿者ですからね。大事なのは、学習内容を把握し、何にどのくらい時間をかけるのか、ということを認識しているかどうか。そして、もっと言うと、その学習内容をベースにして、教科書会社が策定している「標準進度」というのがあるんです。
 ですから、単に教科書のページを日数でわり算して進度を考えるなんていうのは論外。一つ一つの学習内容をどのように教えると効率がいいのか、子供達が理解しやすいのか。そういったところにきちんと目を向けること。情けないことはしないように。
(2017/06/30)

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「方程式〜移項」の途中式の書き方


やっと出てきました

 細かい内容の話になりますが、こういう「細かいところ」が雑だと、実は学力が伸びないというお話です。

 本来、方程式の移項を教える場合、大切な事は「移項するものとしないもの」の区別をハッキリさせることなんです。
 ですから、
 5x-4=3x+2
という計算が出てきた場合、まず、移項しない方を先に書き、移項した方を後に書くので、この次の式は、
 5x−3x=2+4
という書き方になります。

 ところが、釧路では、一般的な式の書き方は
 5x−3x=4+2
というもので、要するに「単に数字の出てきた順」に書いていたんです。これだと、移項するときの符号ミスが多く出てしまいますし、場合によっては、学力の低めの子は「移項が身につかずに終わってしまう」んです。ですから、基本的に、こういう途中式の書き方はしません。

 それで、今までは、計算の出来ていない子に対し、この手順を直すのに結構苦労していたのですが、最近、やっと「正しい途中式の書き方」で教える先生が出てきました。これ、嬉しいことですね。

 それで、ちょっと細かい内容で「こんなのどうでもいいっしょ」と思った人もいるかも知れませんが、そういう人は、残念ながら「きちんとした指導の出来ない人」なんです。細かいようですが、こういう所が「一事が万事」、何でも適当に扱ってしまう人とそうでない人の違いになります。そして、こういう所に気を使えないレベルで、自分はきちんと指導できていると思わないこと。まだまだ授業力が不足していると反省してください。

 ということで、お父さん・お母さんは、子供さんのノートをよく見てみてくださいね。数学の先生の質が分かります。
(2017/06/26)

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「知識」と「思考」の入れ替えセンス


数学を社会のように勉強していませんか?

 いわゆる「受験対策」である場合、時間の余裕が無いため「しょうがないから、解き方を覚えろ」という事をやるというのは、確かにあります。これは、否定しません。ただ、それが当たり前になって、普段の授業でも「理解を伴う知識」となるはずのものが、単にテスト対策のように、何でもかんでも「解き方を覚えよう」と教えるのは、さすがにダメです。
 ところが、実際には、学校でも塾でもテスト用に「覚えろ」と教えられているんでしょうね、すべてのパターンの解法を全部バラバラに「覚えよう」とする子が、最近、非常に多くなっています。これじゃあ、数学じゃ無くて「社会」の勉強法。こんなことをいつまでも続けていたら、数学は出来るようになりません。

 例えば、かけ算の九九などは、最初に「覚えなさい」と教えられますが、結局、そのあと、実際に計算の練習を続けていく中で、自然と定着しいくものなんです。これは、各公式などもその通りで、小学校の「三角形」「台形」「円」の公式なども、最初は「覚えなさい」と言われますが、最終的に「問題演習」で使っているうちに自然に身についていく〜というより、自然に身につくくらい練習をするというのが正確かも知れません〜というような勉強方法になっていくんですね。当然、中3になって出てくる「展開公式」なども同様、「公式」として覚えるというよりも、計算をやっているうちに「何となく普通に出来るようになった」となるのが、普通なんです。

 ですから、数学の「知識」となると、これは通常「単に覚える」ということではなく「馴染ませて、知識として定着させていくもの」です。社会のように「単語カード」のようなものを作って一つ一つ覚える、という勉強法とは一線を画すものなんですね。
 となると、当然「小学校の内容を忘れた」とか「公式を忘れた」というのは、これは、覚える力が無いのではなく、単に「演習不足」なんです。馴染むまで練習をしていない、ということなんです。

 最近の子供達に、ちょっと聞いてみると「台形の公式を忘れた」とか「%の計算の仕方を忘れた」などと平気で言うんですが、こういう状況になっていることを、自分たちは「演習不足」という表現でお話します。普通に考えたら分かると思いますが、大人になって「%の計算方法を忘れちゃった」と言う人、いますか? そういう話を聞いたら、大抵は「こいつ、忘れたんじゃなくて、最初から出来ないんじゃないの」と考えるはず。身について馴染んでいるものは、よほどの事がない限り、いつでも出来るんです。そして、小学校の算数レベルであれば、大人になっても「いつでも出来る」という状況になっていなければ、仕事に支障が出る場合が多いんです。

 今でも若干残っていますが、ゆとり時代の遺物で「解き方を考えてみよう」と考えさせることばかりで、実際の演習は2問・3問。当然、馴染むほどの練習は出来ていません。結果、無理矢理やり方を覚えて出来るようにしようとして、かえって、物事を考えられなくしている〜何でも覚えればいいという感覚にしてしまっている〜という状況を生んでいるのです。これでは思考力は育たないんですね。
(2017/06/25)

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DSで勉強ってどうなの?


学習ソフトの効果とは?

 子供達って、やはりゲーム感覚が好きなようです。物事を覚えたりするのも、余裕があれば「遊び感覚」で出来ると一番楽しいのではないでしょうか。ただ、それだけ「余裕を持って勉強を進められる子」が、周りにいないというのも実状。結果、ハッパをかけられる、という事になっていきますよね。
 さて、そうなると「遊び感覚」に近い「ゲームを使って勉強を進めよう」と思ったときに「どういうものがいいか」「どういう使い方が出来ればいいか」という話になります。そこで、ここでは、それについてのお話。

 実は、自分、いろいろな学習ソフトや能力開発系のソフトを試しているのですが、一番、効果がありそうなのは「答えがすぐ分かる」というもの。
 お父さん・お母さん方で、テスト直前に友達同士で問題を出し合って「あってる」とか「間違い」というような勉強をやった経験のある方、結構、多いのではないでしょうか。これ、直前の「知識の確認」としては、非常に有効な方法で、要するに「答えたときにすぐに正誤が分かる」というのが、一番、記憶確認にうってつけなんですね。そして、ゲーム機を使うと、この「友達同士」でやったことを「一人で出来る」という事になるんです。
 ですから、使い方としては、今のところ、あくまでも「知識の確認」。そして「難易度が同じようなもの」であれば「答えがすぐに分かるもの」の方がいい、ということになります。

 以前にも書きましたが「ゲームを使って物事を覚えよう」とは思わない方がいいでしょう。英単語のソフトなどもありますが、これもあくまで「自分が覚えた単語の確認」ということで捉えておいた方がいいと思います。もちろん、算数の計算なども、計算方法が分からないまま、ただゲーム機を使っても意味がない。ちゃんと計算方法を身につけた状況で、さらに速く・正確に計算できるように・暗算出来るように、くらいに考えておいた方が、今のところ無難だと思います。

 後々、新たなシステムが考案され、本格的に思考力を鍛える、なんていうものも出てくるかも知れませんが、今のところはそういうものは、自分が調べた限り、せいぜい「パズル」くらいです。
 ですから、あくまで「知識の確認」「作業の効率化」のためのもの、という認識で捉えていてくださいね。
(2017/06/24)

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基準と学力


基準も締め切りも無しだといったいどうなるか?

 「以前は、学校の授業進度が異常に遅かった」という話は、何度か書いています。実は、中3の学習内容を「私立高校入試前」に終わらせろ、というのは、最近になってようやく学校側に認識されたもの。以前は「進度が遅い」と言われても「遅くない」と意地を張っていたような状況で、その教師に「公立高校までに終わらせればいいと思ったら大間違い。私立入試前に終わらせるんだぞ」と言われて慌てていた、というのが実状です。

 それで、なぜ、こういう事が起きるかというと「基準が明確ではない」というのが、一つの原因。いつまでに終わらせなければならないか、どのような内容まで教えなければならないか、という点が不明瞭だからなんです。そこで、教師が自分で勝手な判断をして、都合の良いように話を進めてしまう、という現象が起きていたのではないか、ということですね。

 さて、こういう「基準」や、いつまでに終わらせなければならないか、という「締め切り」が無いとどうなるか、ということなんですが、それは当然、適当で、どんどんだらしなくなっていく、というのが当たり前の現象です。
 一般的に、好きなときに、好きなようにやりなさい、と言われて、きちんと出来るのはごく少数ですね。仕事でも「誰のチェックもない」では、適当なレベルになっていきますし「締め切りが無い」となれば、結局、いつまでもやりません。

 例えば「学校改善プラン」なんていうのが、各学校で出されていますが、基準も何もなく、各学校で自由にやっているだけですから、結局、B4用紙に毎年同じような事を書いてお終い。これが、指導参事や指導主事が「こんなプランで何が出来る!」と突っ返すような事が起きたら、内容も変わるでしょう。

 学習塾も同じで、基準も何も無しで「どんな成績でもいいよ」「いつ来てもいいよ」では、地域の生徒・保護者がドンドンだらしなくなっていくだけ。おまけに、塾に入ってイヤな思いをしなくていいように「宿題もやらなくていいよ」なんていう事になったら、下降に歯止めがかかりません。
 逆に「この塾に行くためには、最低、この成績はキープしておかないと」「入試前ギリギリだったら、もう、入塾は締め切られているから、少し、早いうちに塾の事を考えておこう」と思わせて、ここで、地域の勉強に対する考え方が変わって行くんです。
 要するに、放っておいたら、どこの地域でもだらしなくなって行くだけ。それに歯止めをかけたかどうかが、帯広・北見と釧路の学力差になった、と思ってもいいでしょう。

 高校入試でもそうです。「何も勉強しなくたって、全員合格じゃん」という事になったら、放っておくと、ドンドン勉強に対する意識が薄れて、何もしなくなっていきます。結果、その地域の経済が疲弊する。人口が減って、それに拍車がかかる。教育に関しては、そういう事にならないように、先を見て手を打つ、ということが大事になるんです。
(2017/06/22)

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塾について


部活終了で、いよいよ塾で勉強、と思っている人へ

 6月で中体連が終わり、いよいよ本格的に受験勉強をしよう、と思っている人いませんか? そして、どこかの塾に入って勉強しようと思っている人も少なくないと思います。そういう人のために、塾について、簡単にお話しておこうと思います。

 まず、以前もお話しましたが、塾には「集団で一斉の授業をする集団指導塾」と「一人一人個別に見る個人指導塾」の2種類があります。そして、釧路の場合、集団指導でついて行ける子が圧倒的に少ないだろう、ということです。ですから、次に挙げる集団指導塾についての内容で、当てはまると思われる人は、個別指導塾にした方がいいだろう、と考えてください。

 まず、集団指導塾の場合、皆、同じ授業を聞いて勉強するわけですから、その話のレベルについて行けるかどうかが問題になります。それで、集団指導の塾の場合、基本的に「入塾基準」というのがあります。北海道では一般的に通知表を基準にするところが多いのですが、一部では「入塾テスト」を行うところもあります。もちろん、集団指導塾で上位のクラスに入るのにも基準があります。

 実は、この基準、集団指導塾の「良心」なんです。というのは、集団指導のレベルについて来ることができない子に対しては「同じお金をかけるのであれば、もっと効果のある個別指導の所に行きなさい」という意味なんです。
 それで、実例でお話しますが、集団指導で成績不問の学習塾がありました。「分かるまで、出来るまで」というのが謳い文句で、とにかく「分かるまで、出来るまで」2時間でも3時間でも補習を行い一生懸命教えてくれる塾だったんです。ところが、実際は、その補習がきつくて結局生徒がギブアップ。辞めていってしまうんです。最終的に集団指導にきちんとついていける子しか残らなくなってしまうんですね。
 こうやって、入塾するのに、高額なテキスト代や入会金などを払っても、2、3ヶ月でギブアップしてしまったら、全く無駄なお金なんですよ。

 それから、たぶん、こちらの方がよく聞く話だと思いますが、集団指導で成績不問だからと1年くらい通っても、全く成績が上がらず、実際に蓋を開けてみたら、小数・分数の計算も依然できないまま、英語の単語一つ満足に覚えていない、なんていう状況だった。これ、正直、塾の金稼ぎに引っかかっただけです。1年間費やした「時間もお金も無駄」だったんです。
 ですから、基準も何も無く、それほど補習も一生懸命やっている訳でもなく、そういう塾は、実はあまり良い塾ではありません。ましてや、対策授業毎に費用がかかるなんていうと、とんでも無い話。
 ですから、本当にきちんとついて行ける子でなければ、個別指導の塾にした方がいいんです。

 また、実際に道内の主要都市で考えた場合にも、通常、集団指導の塾の場合基準があって、それに満たない子は個別指導に通う、というケースのところが一般的で、そういう地域の方が学力が高くなっているんです。

 それで、実際の「集団指導について行けるレベル」というのは、基本的に「学力テストで5割以上」です。

 自分は数学が中心なので、数学の60点満点の学力テストで見ていきますが、これ、本来、学校の平均点が35〜40点の間になります。35点を下回る学校は「レベルが低いね」と言われるんです。そして、通常、塾では学力の高めの子が集まりますから、塾の平均は42〜46点あたりになります。これがまともなところなんです。
 ところが、釧路では、学校の平均が20点台ですね。おまけに塾でも30超えないかも、なんていう話になると、これは「計算すら満足に出来ない子供達の集団」ということで、当然、集団で授業をおこなったところで、満足についていけない子だらけになっている、としか考えられない状況なんですね。
 ちょっと古い話ですが、自分が北見にいた頃は、学校の平均が30点台中くらいですから、20点台の点数を取ってきた子は、通知表でいうと「2」のレベルか「3」でも「いつ、2になってもおかしくない」くらいのレベルなんです。集団指導の中では、毎回、補習に残されるレベルなんです。そういうふうに考えてください。

 また、最近は「逆転」が好きなようですから、過去に「2」から「4」や「5」になった子の状況も書いておきます。こういう子には特徴があります。
・集中力が3時間以上もつ。
・覚えたことは、きちんと頭に残る

 2番目の「きちんと覚えられる」という点については、国語力や理解力の問題になってきますが、ここがダメで、いつも「私、すぐに忘れちゃう」と言っているような子は、逆転は無理、と思っていた方がいいと思います。
 ビリギャルの映画あたりを見た人は分かると思いますが、周りがうるさくても集中できたり、一人で夜中、ずっと勉強を続ける事が出来たり。そして、大学受験用の英単語などをきちんと覚えられる子なんです。そういう素養が欠けていたら「逆転は無理」だと思ってください。
 前にも書きましたが、釧路は全体のレベルが低いので高校受験では逆転しやすい状況になっていますが、それが「大学受験や就職でも出来る」と思わないことです。

 ということで、学校でも、集団について行けないと思われる子は、通級と言って、集団から離れて個別に指導してもらっているんです。ですから、塾の場合、以上の点をクリア出来ていない、と思う人は、個別指導を選んだ方がいいと思いますよ。
(2017/06/20)

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不合格者数


釧路旧第一学区はこんな感じ

 あくまで単純計算なので、そのつもりで読んで欲しいのですが、今年度の公立高校入試で、湖陵・江南・北陽・明輝・商業・工業・東の旧第一学区の定員オーバーは、合計で236名です。実際は、ここから高専との併願が抜けたり、定員より少し多めに合格者が出るので、これよりも少ない人数にはなりますが、それでも、それなりの不合格者が出ているということですね。

 そして、今年の中3が受験のときには、卒業予定者数が70名ほど減り、江南が1クラス減で、差し引き30名ほど定員オーバーが少なくなる予定になります。
 ですから、単純に今年度の入試と同様の志願状況であれば、200名ほど定員オーバーになる、ということですね。

 そして、商業・工業・東の志願者は、学力の低めのところで、ドングリの背比べ的な様相を示していますから、少し早めに勉強を始めて、頭一つ抜け出した子が有利です。そして、もう一つは小学校内容をきちんと身につけている子が有利です。東高あたりで言うと、例えば、数学の入試については、小学校内容も出題されるので、中学校の学力テストでいまいちの子でも、その小学校内容にきちんと対応出来ている子は、合格しています。

 ですから、学力に不安のある子ほど、早めに勉強に手を着けておくこと。それも目先の中学校内容だけにとらわれず、小学校の内容で出来ていないところも、きちんと勉強しておく、ということが大事になると思っていてください。
(2017/06/18)

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方程式の文章問題


文章問題の方がバリエーションが豊富

 前項で「文章問題の方が時間がかかる」というお話をしましたが、じゃあ、どういう問題があるのか、という事をここで話しておこうと思います。まず、大きく分類すると、主なものは次の通り。

・整数関係
・代金関係
・過不足
・分配
・年齢
・平均
・速さ
・%
・利益
・図形
・点の移動
・数列・規則

 ということで、ざっくり分けても計算よりバリエーションが豊富ですね。ですから、これだけのものを扱うためには、当然、計算よりも余計に時間がかかる事は分かると思います。さらに細かく分類することも出来るのですが、全部やっているとキリが無いので、ここでは代金関係だけ例示しておきます。
 代金の内容で出てくるのは
・1種類の個数・代金を求める
・おつりが関係する
・「合わせて○個」と2種類のものを扱う

 という感じで、1つの項目の中に最低3つ。多いものになると、1項目の中をさらに7〜8パターンに分類していかなければならないんです。もちろん、それぞれに難易度があって、これがきちんと設定されていないと「予想平均点」を出すことが出来ません。

 当然、学校の教科書では、この内容をすべて扱っている訳ではないので、先生が独自のプリントなどを用意して、徹底的に練習させることになります。そこで、自分が見たことのあるプリントでお話しすると、何となく「このくらいかな」という感覚で用意されたようなプリントであったり、酷いものになると難易度は全く無視で、単にあちこちから問題を寄せ集めて羅列したもの。これじゃあ、学力つきませんわ。

 ということで、見る人が見れば、何がどうなっているのかは、一目瞭然なんです。適当な事をやっているのは、すぐにバレるんです。

 学力をつけている先生は、ほぼ一律に、計算内容を教えているときに、宿題で家庭でも計算練習させながら、先に進めていく。そして、文章問題に入ってからは、取り組みやすいものから、徐々に難易度を上げて、そのあたりから、宿題で「計算練習にプラス文章問題」というふうに、授業と家庭学習の連動を考え、少しずつ難易度の引き上げを図っていくような授業の進め方になるはずなんです。
 こういう視点で見る限り、今の数学の授業は、全体的に適当に、ただ教科書を進めているだけ、にしかなっていないのではないか、と思いますね。
(2017/06/14)

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6月終了時点の数学の進度


2章が終わりかかっているか、終わっているかくらいです

 5月終了時点のお話をしましたから、その続きで6月終了時点のお話もしておきますね。

 中3は6月中に「平方根」の単元が終了しているのが望ましいですね。若干遅れているところは、少し7月に入りかかって終了くらいでしょう。ただし、1学期中には、次の「二次方程式」に入っていて欲しいですね。
 ちなみに、現時点でまだ1章の「式の計算」をやっているところはアウト。これ、学校長に相談して、それでも埒があかなかったら道教委に即連絡してください。補習や追加授業などで対応してもらわないと、後の単元で端折られたり、適当にやり過ごしてお終いにされますよ。

 中2は「連立方程式」が終わりかかっているくらい。もう少し細かく言うと「計算」が終了して「文章問題」の練習が、それなりに進んでいるという感じです。そして、1学期終了時点で連立方程式が終わっていると大丈夫です。ただ、7月上旬に定期テストがあるところは、それまでに連立方程式を終わらせるように進めると思いますから、その心づもりで勉強を進めるといいでしょう。
 それから、文章問題にどれだけ時間をかけているか、というところも見ておきましょう。ほとんど計算練習でお終いで、文章問題は教科書の例題だけやってお終い、というところは「端折って帳尻合わせをしているだけ」と思ってください。総時間数での割合は「計算:文章問題」が5:5か、4:6くらいで、実際は文章問題の練習の方が多くなります。

 中1も「文字式」が終わりかかっているくらいで大丈夫でしょう。こちらも、1学期中に「文字式」の単元が終了していてくれれば大丈夫です。ただ、中2と同様、この後の単元が「方程式」になり、文章問題がたくさん出てきますから、文章を文字式に直す練習にどれだけ時間をかけているかが大事になります。こちらも「計算ばかりで、文章をほとんどやっていない」という事になると、次の方程式の単元でつまずきが生じ、学力がグダグダになってしまいます。
 また、代入の内容をしっかり身につけているかどうかもチェックが必要で、ここが出来ないと、方程式の次に出てくる「関数」の単元でグダグダになってしまいます。
 ですから、次の単元で大事になってくる内容を適当に扱っているところは要注意。中3で学力が伸びず、学力テストで「平均点が赤点」レベルになってしまっているのは、大事なところで手抜きが行われているからだと思っていてください。
(2017/06/12)

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算数・数学のテストの作り方


分類ができてますか?

 もうそろそろ、中学校でも定期テストが行われると思いますので、ここでは算数・数学の「テストの作り方」についてお話ししておきます。それで、参考として、ちょっとネタバレのようになりますが「くしろ子ども未来塾」の算数検定の問題作成はどのようになっているか、ということをお話しておきますね。
 次の表は、小学校1年生の一番最初のテストの内容です。

大問番号 小問番号 内容
5以下の数の表記
  6以上の数の表記
一桁の数の足し算(5以下の数のみ)
  一桁の数の引き算(5以下の数のみ)
  一桁の数の足し算(答えが6以上の数を含む)
  一桁の数の引き算(6以上の数を含む)
  一桁の数の足し算(0を含む)
  一桁の数の引き算(0を含む)
  一桁の数の足し算(答えが10)
  10−(1桁)
基数と序数の区別(基数)
  基数と序数のく別(序数)
合わせていくつ(5以下)
  合わせていくつ(6以上)
  3-1 数の大小(5以下)
  3-2 数の大小(6以上)
  4-1 数列(5以下)
  4-2 数列(6以上)
  文章題〜加法(全部でいくつ)
  文章題〜加法(あわせていくつ)
  文章題〜減法(のこりはいくつ)
  文章題〜減法(ちがいはいくつ)

 簡単に内容を説明すると、基本的には「学習内容が身についているかどうか」を確認するのがテストですから、まず、学習内容を分類することからスタートします。そして、その内容で「なるべく漏れが少ないように設定」します。ですから、テストを作る際には、上記の表のように、分類表を作るところからスタートします。
 各種検定試験も、上記のように「分類表」があって、それに準じた問題を配置する、という形式で作られています。

 このテストでは、小学校1年生ですから、計算で使う数字は「1〜5」と「6〜9」にう分け、さらに「10」の入るものや「0のセンス」のところでお話したように「0の扱い」が出来ているかどうか、を確認出来るように分類してあります。また、大問4の5〜8は「文章問題」で、小学校の最初の段階では「全部でいくつでしょう」と言われて「足し算」という事に気づくかどうか、というように、問題の「用語」に対応できるかどうか、を見る出題となっています。

 さて、ここからが、大事な所なのですが、このように「学習内容を分類」していないと、どの内容が身についているのかどうかが分かりません。本当は授業の中で、それぞれの内容をきちんと扱っていなければならないのですが、どうやら、この「分類」がきちんと出来ていないため、学習内容に「漏れ」が多く存在するのが「釧路の学校の学習指導」になっているようです。要するに「単に教科書を消化すれば良い」という発想ですね。
 それでは、算数・数学が出来るようにはなっていかないんです。

 そして、それが出来ているかどうか、を確認するのに一番良いのは「テストの問題」を見ることなんです。
 上記のような分類がきちんと出来ている先生だと、テストの問題を見たときに「あの内容が出ていない」とか「この内容は複数でていて無駄なテストになっている」ということがすぐに分かります。
 となると、生徒の力量をきちんとはかる事が出来るか出来ないか、ということも分かりますし、もちろん、適当に問題集から問題を当てはめているだけ、過去の問題を焼き回ししているだけ、なんていう先生は、その段階で「指導力不足」というのが、すぐにばれます。

 ということで、もう間もなくテストですから、当然、問題用紙を見ることが出来ますね。そのときに、きちんとしたテストを作っている先生、変なテストを作っている先生、というのがすぐに分かります。そして、そのテストを見れば「分類」がきちんと出来る先生か、出来ない先生か、ということも分かります。さらに、テストで分類が出来ていなければ、学習内容指導でも、分類出来ず、ただ漫然と授業を行っている先生、ということなんですね。
(2017/06/05)

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ギリギリなのは直っていません


ギリギリに塾に駆け込む人は、後を絶ちません

 前回・前々回は、良くなってきている部分について書きましたが、今回は未だに直っていない部分についてです。その筆頭が「高校入試前ギリギリになってから、塾に駆け込む人」。ですから、他地域に比較して、中1から塾に通う子というのが少ないのが釧路。中3のそれも遅い時期になってから急に塾に通う子が増える、というのが、北海道学力コンクールの受験者数でも確認できます。それで、なぜ、こういう現象が直らないのか、という事について、考えていきましょう。

 まず、一つ目は「簡単に逆転出来る状況になっている」ということ。前の「逆転現象」のところで書きましたが、全体的なレベルが低いと「ちょっとの努力でボーダーを超えやすい」んですね。ですから、学力の低い地域で逆転現象が起きるのは当たり前と思っていてくれればいいです。また、上位校に至っては倍率が異常に低いんです。場合によっては定員割れを起こして全員合格ということもあり得る状況ですから、実力が無くても合格できているケースも少なくないんですね。
 逆に、全体的に学力が高く、ボーダーが高くなっていればいるほど、逆転は難しい。それが分かっているから、学力の高い地域は「早めに勉強を始めておかなければ間に合わない」という感覚が強いんです。首都圏などで私立中学入試が盛んなのも、実はこの考え方に基づいていると思ってくれていいでしょう。

 もう一つは「受け入れてくれる全体指導の塾がある」という事なんです。
 ちょっと頑張れば逆転できる環境ですから、それが実績につながるということなんですね。そんな2・3ヶ月勉強した程度で簡単に逆転現象が起きない地域では、不合格者の実績だけが増えてしまうので、そう簡単に受け入れてくれません。常識的に考えても分かると思いますが、中学1年からきちんと勉強してきた子と入試前の2・3ヶ月程度勉強した子では、その実力差はそう簡単に縮まらないんです。ただ、釧路の場合、塾の指導レベルも低く、きちんとした考え方とか知識をきちんと定着させるなどの、そういう指導レベルがぬるいですから、後から入ってきた子にも簡単に抜かれるような状況になっていると考えておいてください。
 ですから、塾を選ぶなら、きちんと使っているテキストの内容やその消化状況、宿題がどういう感覚で出ているのか、そのあたりをきちんと確認しておいてください。中には「生徒に嫌われたくない」という理由で宿題を出さない講師がいる塾もありますから。家庭でしっかり勉強できるようにしていない塾には通わせても意味は無い、くらいに考えておいてください。

 本来は、全体指導の塾の「受け入れ」というのは、吹奏楽部が活動を終了する10月あたりが限界で、それ以降は「入試対策ゼミ」のような講習会のようなところに誘導します。塾の良心としても、わずか2・3ヶ月しか通わないのに、高額なテキスト類を一式揃えるというのは、単に家庭の負担をむやみに増やすだけでしかないので、断るのが普通なんです。
 ですから、入試直前で入塾を認めるのは、一部、科目を絞った勉強が出来る個別指導の塾など、個人的に見ていけるところのみではないでしょうか。少なくても全体指導を行っている塾では無理なこと、と考えておいた方がいいでしょう。

 そして、これからは、そんなギリギリになってから何とかしようとは思わないことです。というのは、釧路も少しずつ学力が上がってきていますから、このまま行けば、ギリギリでは間に合わない、ということが多くなってきます。現実問題として、商業・工業が、昨年くらいの倍率になると、ギリギリでは間に合わなかったという人が出てきているはずです。
 ですから、現在、このまま行ったら、明輝・商業・工業くらいだな、と思うような人は、早めに勉強を始めていくようにしていってください。
(2017/06/03)

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「時間」もまともになってきています


塾の授業スタートが20分遅れだったことも!?

 前項で「大学進学」の感覚がまともになってきた、というのと同様に、もう一つ、以前から比べるとだいぶまともになってきたところがあります。それが「時間感覚」。
 それで、まず、以前はどうだったか、というお話をしておきましょう。

 以前は、遅刻が当たり前でした。自分、北見から釧路に転勤してきて驚いたのが、塾のスタート時点できちんと教室に来ている子が圧倒的に少なかった。5分くらい遅れるのが当たり前。酷いところになると、15分過ぎたあたりからパラパラと生徒が集まりだして、最終的に20分遅れで授業がスタート、なんていう教室もあったんです。自分が聞いた話では、某個人塾では、始業時間と同時に教室にカギをかけ、遅刻者には授業を受けさせないという対応をしているところもあった、ということです。

 親の対応も変で、遅れている場合「急ぎなさい」というのが普通のはずなんですが、遅れて車で子供を送ってきて、平気で子供に手を振ってバイバイとかやってるの。「早く行きなさい」というふうにはならなかったんですね。

 じゃあ、学校はどうだったかというと、これ、附属が悲惨だったんです。例えば、将棋などをやって遊んでいて授業時間になった場合、普通は、途中でやめて授業の準備をしますよね。ところが、附属では「決着が付くまで続けて、終わってから席について良い」ということだったそうです。結果、時間通りにきちんと席に着かない子が出て来るんです。「時間だから座りなさい」と言うと不満な顔をするんですね。それで、理由を聞いたら「他の人を待たせても構わないから、一段落つけなさい」ということだったんです。ハッキリ言って「おバカ」でしょ。こんなバカげた事が平気でまかり通っていたんです。

 今どき、上記のようなバカげた事をやっている人、ほとんどいませんよね。「時間感覚」については、上記のような事をやってはいけません、という事がかなり理解されてきているんだろう、と思っているんです。

 そして、もう一つは「行事などにかける時間」。遅刻が平気だった頃は、時間感覚がとにかくルーズですから、ダラダラとやたら時間をかけて平気だったんですね。運動会の練習しかり、部活しかり。それと合わせて学校の授業進度も、ダラダラ時間をかけて、最終的に結局終わらない。端折って、すっ飛ばしておしまい。

 こういう点が最近になってかなり改善されて来ています。

 ですから、今では逆に「以前と同じ感覚」でいると、白い目で見られる、くらいに思っていた方がいいです。ひょっとすると、今では、少し年輩の人の方がルーズかも知れません。でも、おじいさん・おばあさんがやっているから、私もやって大丈夫とは思わないで欲しいと思います。
(2017/06/01)

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大学進学を目指すなら


道新受験情報をゲットしておこう

 将来的に大学進学を目指そうと思っている人は、釧路市内の高校だけで考えるのではなく、道内の他の高校がどうなっているのかということも頭に入れて、そういう高校の子と受験を争うんだ、という気持ちでいて欲しいと思います。その情報が書かれているのが「道新受験情報」の「大学・短大特集」の冊子。

 そして、こういう冊子をみて、大学進学を考えるなら、まず、どこの高校に行くか、ということなんです。それで、今までは
「江南でも大学に行ける」
くらいの感覚の人が多かったんですが、最近、この傾向が少し変わってきたようで「やはり、大学進学を考えるなら湖陵に行かないと」と考える人が多くなってきているように思います。まあ、当たり前と言えば当たり前なんですが、以前は、それが当たり前じゃなくて「高校で楽をして、大学だって国立くらいは行けるだろう」という人が圧倒的に多かった。そんな訳は無いんです。要するに、こういう情報を手に入れずに、何となく自分勝手な感覚で「思いこんでしまっている」という人が多かったんです。

 また、それとは逆の「まともな大学に行くなら、湖陵理数科じゃなければダメ」という極端な人も少なくなったような気がします。数学が不得意なのに無理矢理理数科を受験し、最終的に、文系に変えてゴタゴタしてしまう、という人も少なくなってきているのではないでしょうか。

 ですから、大学受験に関しては、だんだん感覚がまともになってきているような気がします。

 ということで、だいたいの目安を考えてみますが、冊子を見る限りでは、国公立の大学であれば釧路公立大とか、専門学校であれば看護学校あたりを受験しよう、と思っている人は、江南でもオーケー。ただ、それより上のレベルの国立大を目指そうというのなら、中学校時代に、きちんと勉強を頑張って湖陵に受かるようにしよう、と思っていればいいのではないでしょうか。
 また、将来的にお医者さんとか歯医者さんとか、東大・北大などの理類や東工大あたりを視野に入れている人は、理数科という感覚で考えて行ければいいのではないかと思います。

 先に書きましたが「江南でも行ける」という「○○でも行ける」というのは、基本的に「よほど頑張らないと行けない」ということです。ましてや、江南・北陽あたりだと「○○部に入りたいから」という理由が、以前は大勢を占めていました。でも、高校って将来に直結するんです。その将来の事を考えたとき「部活」のみを理由にして高校を選んで大丈夫ですか? ということなんですね。
 子供さんに、志望校を聞いたときに、何が理由になっているか、というところをしっかりさせましょう。そして、そういうところから逆算して、今、何をしておかなければならないか、という事を考えていけるといいと思います。
(2017/05/31)

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数学の学校進度 中2も要注意


中1の「つけ」が回ってきた!?

 中2の第1章「式の計算」の単元ですが、ここの進度が遅めの中学校がある、という情報が入ってきました。
 基本的に、中2の最初の計算は、中1の文字式の計算の復習内容に、文字の乗除が入るといった具合で、計算自体は、実は、それほど手間のかからないところなんです。ですから、この計算で余計な時間を使っているところは、おそらく、中1の文字式の計算のときにきちんと練習させていなかったため、中2に入ってきちんと出来ない子が多い、という状況になっているのではないでしょうか。
 そして、おそらく全体的にそうなのではないかと思いますが、該当学年できちんと履修内容を身につけていない子が多いにも関わらず、どうせ、後で似たような単元が出てくるから、と後送りにしてしまい、結果、学力がドンドン下がってきてしまう、という現象が起きているのではないか、と思っています。

 実は、中2で大事になってくるのは、このあと出てくる「等式の変形」と「式の証明」。計算内容が楽な分、利用(お父さん・お母さんの感覚では応用問題というイメージに近いかも)の単元の内容が重要になってくるんですね。特に「等式の変形」と「代入」が出来なければ、基本的に、あとで出てくる「関数」は壊滅状態になります。
 ですから、この部分で「端折り」「すっ飛ばし」がないかどうかを、きちんと見ていかなければなりません。

 そして、今後は、中1・2の段階で、その学年で身につけていなければならないことをきちんと身につけているかどうかの確認も合わせて行っていきましょう。その時点で「出来なくてもいいや」と、なんでもかんでも後送りにしてしまう感覚が、結果的に、小学校の基本内容すら身につけず高校入試を迎える、というバカげた現象を起こしている原因の一つだろうと思います。
(2017/05/27)

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中3 6月学力テストの見方


学年順位や学校平均ではなく、点数で直接判断すること

 「ゆとり教育」が始まって、お母さん方の中で、こういう話がよく出ていたのですが、ひょっとして、覚えている方もいらっしゃるのではないかと思います。その話とは
「学力テストの点数を見て、異常に低くてビックリした」
「でも、子供に聞いてみると、周りもみんなこんな点数だと言っていた」
「そして、得点通知表を見ると、本当に子供の言うとおりなので、さらにビックリした」
「学校の先生も、テストが難しめ、と言っていた」
「うちの子の通知表を見てもそんなに悪くはないので、今の子供達ってこんな感じなんだろうな、と思った」

 ざっと、話の流れというのは、以上の通りです。
 でも、正直なところ、一番最初の「点数が異常に低くてビックリした」というのが、これが「正しい感覚」なんです。そんな「子供達みんなが点数の取れないようなテストを作る」わけがないんです。本来、出来ていなければならないものが、全然、出来ていなかった、というのが正しい認識なんです。実際には、小学校2年生で、かけ算の九九をきちんと覚えていないような子がいたわけですし、まして、学校で「かけ算の九九」が全部終わりきらなかったなんていう、とんでもない学級まであったわけですから。

 さて、ここでお母さん方の感覚が、正しい感覚で無くなった、一番の理由をちょっと考えてみましょう。
 もちろん、色々な理由は考えられますが、一番の視点は「もしも、現状に歯止めをかけようと思った場合どこが大切か」ということ。そこを考えるべきですね。そうなると、実際に、点数の低い子がたくさんいた、というのは、実際に起こっていることですから、ここは、結果が出てしまった以上、どうしようもないんです。ですから、一番の原因は、本当は「こういう結果を打破しなければならないのに、それを受け入れてしまうような環境を作ってしまった」という部分にあるんです。

 となると、一番の原因は、学校の先生の中に「テストは難しい」とか「学力テストは成績に関係ない」とか、いわゆる「結果の悪いところから目を逸らさせよう」としたやつがいる、ということ。そして、点数が取れなくても、それが普通だ、と言わんばかりに、通知表結果を「3」「4」とつけてしまったことにあるんです。

 要するに「評価が不適切」だったところが、一番の原因なんです。

 ですから、この状況で、単にテストの難易度を上げてみても「点数が取れなくても通知表は3とか4とかだから、これでいいや」にしかならないんです。学力テストで点数が取れなかったときと同じ状況が起きるだけで、これでは何の解決にもなりません。大事なのは「評価を適切にすること」なんです。

 となると、中3では6月に学力テストを実施する学校がありますね。ここで、お母さん方が、子供さんの学力を適切に判断していくことが大切になります。例えば、子供さんが、数学のテストで10点台をとってきた場合、
「あんた、学校の勉強をきちんとやってるのかい?」
という話です。
「あんた、小数・分数の計算、ちゃんと出来るのかい?」
という話です。
 数学の点数が1桁だった場合
「あんた、かけ算の九九、きちんと全部言ってごらん」
という話です。
 数学の点数が30点未満だった場合
「あんた、この点数で、高校の勉強について行けるのかい?」
という話なんです。
 数学の点数が50点未満だった場合、
「あんた、この点数で、まじめに大学に行きたいと思ってるのかい?」
という話なんですよ。

 要するに、学校の通知表や学年順位は「無視」です。点数で判断してください。それで、まずい、ということになったら、子供さんにきちんと勉強させることです。
 「勉強だけが人生じゃない」という人もいますが、だからといって、数学のテストで1桁で、かけ算の九九も満足に出来なかったら、就職しても「君、明日から来なくていいよ」と言われるだけ、と思っておいた方がいいんです。それで、何度かこのコーナーで書いていますが、そんな思いをするくらいだったら、思い切って「通級」「特別支援」の方に通って、かけ算の九九など、最低限、出来ることを出来るようにしてあげて、卒業させる方が、子供さんにとっては幸せだと思いますよ。
(2017/05/23)

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「集団指導」と「個別指導」


指導の仕方の違いだけではありません

 最近の学習塾事情で言うと、個別指導が一般的になってきているようですが、これ、個人的な見解で言うと、全体の学力が下がってきているからだと思うんですね。そして、ラジオでもお話ししましたが、もう少し詳しくここで書いておこうと思います。

 まず、集団指導というのは、先生がみんなの前に出て、一斉に授業を進める形ですね。それに対し、個別指導というのは、生徒一人一人について、勉強を教える方法。
 それで、どちらの指導がいいか、という話ですが、ある程度の基礎学力があり、先生の話を聞いてきちんと理解出来るレベルであれば、周りの生徒からの刺激がある「集団指導」の方が学力が伸びます。それに対し、きちんと先生の話を聞けず理解できないとか、基礎学力が足りず学習内容が理解不能になってしまうレベルの子、もしくは、集団で勉強する内容から大きく上にはみ出て、一斉に勉強している内容が簡単すぎるという子は、個別指導の方がいい、という見解なんです。

 それで、その基準になるところなんですが、釧路の実状から言うと、数学の場合、だいたい、学力テストで4割強以上の子が集団指導で行けるレベル。それに満たない子は、理解できないところが小学校の2・3年生くらいから。そのあたりからすでにつまずいているケースが多く、中学校の学習内容を普通に理解出来るレベルではない、と思います。
 特に、中3の学力テストで1桁の点数しか取れない子は、特別支援レベルと考えていて構いません。自分の受け持ったケースで言うと、こういう子は100%、小数・分数が何なのかが分かっていないレベルなんです。もちろん、小数の足し算・引き算が満足に出来ません。そして、もっと言うと、こういう子が高校に行って、小学校の、それこそ、小数・分数の復習をやっているんですから、それだったら、中学校の段階で、きちんと保護者とお話しして、中学校の段階から特別支援のクラスにいれて「小学校の復習」をやっておいた方が、最終的に子供達のためだと思いますよ。さらに言うと、こういう子って、大抵は、小学校の低学年の漢字が書けなかったり、小学校低学年向けの文章を読ませても意味が分からなかったりしているんです。

 それに付け加えると、中3の数学の学力テストで10点台の子も上記と同様。ただ、この点数になると、他の科目は出来るけど数学だけダメ、という子も混じってきます。ですから、そういう子は、数学の授業だけ通級扱い、のようになろうか、と思います。要するに、ここまでのレベルの子であれば、普通にみんなと一緒に授業を受けさせて置くこと自体、本人にとっても、周りの子にとっても、先生にとっても「苦痛」になると思いますよ。

 だから、中学校入学時点で、その子の学力レベルはある程度判断がつくと思いますから、保護者とお話しして「きちんとついて行けるようになるまでは、全体と離れたところで勉強するようにします」という事にした方がいいでしょう。
 そして、こういう子を普通のクラスにいれておくと、結局、足を引っ張られて、だんだん授業のレベルが下がっていったり、進度が遅れていったり、そういう事が起きるでしょ。要するに、本人も学校も無理をして、そういう子を普通のクラスで一緒に勉強させよう、と思っているから、失敗するんです。進度をとるために、プリントを配ってお終いにしよう、とか、そういうおかしな事が蔓延するんですよ。

 さらに、釧路の場合、数学の学校平均が20点台だったりします。これ、3割未満が通知表「1」のレベルとした場合、通知表平均は「1.2」とか「1.3」にしかならないですよ。中学校だから、もう少し、基準を緩めたとしても、通知表平均は「2」くらいにしかならないはずなんです。それが、通知表平均で普通に「3」を超えているなら、これは評価としてまずいでしょ。実状にあっていないということです。

 というふうに考えた場合、釧路で、数学の「集団指導について行けないレベル」となると、半分以上。学校の平均点に満たないという子は、集団指導の塾に通えるレベルではない、ということなんです。そして、釧路の場合、半分以上の子が、小学校の学習内容に何らかの不備があり、その段階から復習をしなければダメ、というレベルになっている、ということなんですよ。

 ということで、釧路では、数学で見ると、半分以上の子が「個別でなければ無理」というレベル。もちろん、集団指導で授業を受けて差し支えないレベルの子でも、個人的に教えてもらった方がいい、と考えている子は、個別指導の塾で構わないでしょう。

 ただ、大切なのは、個別指導に頼るのではなく、集団指導でもきちんとついていける子を育てる事なんです。きちんと先生の話を聞いて、やるべき事をきちんとやる子を育てる。そういう環境作りや授業の研鑽を進めていくことなんです。
(2017/05/18)

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5月終了時点の数学の進度


だいたい1章が終わっているくらいです

 いつも「中学校の数学の進度が遅い」と言っていますが、中3で「やっと因数分解に入った」なんていう、旧態依然の中学校もあるという情報が入ってきていますので、そのとき、そのときに合わせて、細かく確認していくことが必要ですね。

 それで、各学校毎に行事などがあったりして、進捗状況が若干ずれることはありますが、おおまかに捉えていくと、どの学年も、5月末時点で1章が終了しているくらいが標準だと思ってください。ですから、すでに1ヶ月半が経過しているのに、まだ、教科書の1章の真ん中あたりとか、半分まで行っていないというところがあれば、これは大問題です。もう、2、3ヶ月もすると、道教委の指導が入るような学校の授業の進め方になっていると思ってください。

 そして、学校の生徒の様子などを聞いてみると、例えば、中3で「展開の公式」が満足に覚えられなくて、全然、計算が進まない、という状況になっている中学校もあるようです。それで時間がかかっているなんていう学校もあるようなんですね。

 でもね、展開の公式って、単に「足して・かけて」お終い。それが、もしも「本気で覚えられない」なら、通常の授業をみんなと一緒に受けていることが困難な子なんです。少し前に書きましたが、特別支援とか通級で勉強しなければならないレベルなんです。

 また、単に「勉強せず、強烈にサボっている」という子だったら、そのまま「置いていけば」いいんです。部活にかまけていたりして、きちんとやらない子は、小学生じゃないんですから、もう中3の受験生なんですから、ハッキリ言って「本人の責任」なんです。こういう子は、通知表には「部活を一生懸命頑張っています」と書いて上げて、でも「数学は、全然、出来るようになっていません」ということで、数学の学力の評価として「1」とか「2」とかつけておけばいいんでしょ。それが「当たり前」なんです。

 そして、正直に言えば、ほとんどの子が「強烈にサボっている子」なんでしょ。そういう子に「3」とか「4」とかつけているから「強烈にサボることが普通」になってしまうんです。そんな評価だから「小数・分数の計算が出来ないこと」も普通になっているんでしょ。これだって、中1の「正負の数」の計算をやらせたら、小数・分数の計算が出来ているか、出来ていないかが分かるはず。そして、出来ていない子には、きちんと通知表に「小学校の基本計算が出来ていません」という風に書いて「1」とか「2」とか、普通につけていれば、問題ないんです。でも、そういう子に平気で「3」とか「4」とかつけているでしょ。結果、子供達は「出来なくてもこのままで大丈夫」と思ってしまうから、中学校に入ってから、学力が全然伸びない。中学入学時点でそれなりの学力があった子供達が、中学校卒業時点で、札幌や帯広に大差をつけられて負けるんです。

 子供達に「自信をつけさせる」というのは「出来ない事を克服させて、自信をつけさせる」というのが本筋。「出来ないまま自信を持ってもしょうがない」んだよ。分かりますか? だから、出来ないうちは、きちんと通知表に「1」とか「2」をつけておいて、それを自力で克服したときに、きちんと「3」とか「4」に上げてあげるのさ。それが「自信をつけさせること」なんです。
 もう少し、評価の仕方を考え直しなさい。
(2017/05/16)

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「逆転現象」と「相対学力」


逆転しやすい=相対学力のレベルが低い

 「絶対学力」と「相対学力」という言葉が出てくるので、まずは、ここから確認しますが、「絶対学力」というと、分かりやすく10段階に分けて、10の学力がある場合は、これだけのものが身についているという絶対的なもの。それに対し「相対学力」というのは、学力が「5」の人と「3」の人を比べると「5」の方が上、という、そこにいる子どうしの比較で見る学力と思ってください。

 さて、最近の傾向として、ビリギャルなどもそうですが、学力の高い学校を、ものの1年くらいで一生懸命勉強して、逆転して合格する、というものが多く出回っています。塾の宣伝などでも「驚異的に学力を伸ばした」なんていう話が出てきます。でも、これ、本当は、おかしな話なんです。というのは、例えば、自分たちの大学受験のときであれば、慶応、というと、散々遊び回っていた子が、ものの1年勉強したくらいで合格できるような大学では無かったはずなんです。
 じゃあ、これはどういうことなのか、というと、要するに「大学のレベルが低くなってしまっていて、ちょっとの努力で簡単に受かるレベルまで下がってきている」と見ておくのが「正しい見方」。

 例えば、自分たちの受験の頃は、絶対学力として「10」まで必要だった大学が「5」とか「6」くらいまで、レベルが下がってきている。そして、過去には「8」とか「9」の学力があった子が、努力して「10」のレベルの大学に合格していく、というのが、本来の「逆転現象」なんです。
 それが、現在は、大学のレベルが「6」くらいまでに下がってきていて、「2」とか「3」くらいの子が逆転現象を起こしている、と考えた方がいいんですね。そして、もっと言うと、「8」とか「9」の学力の子が「10」に上がるためには、それこそ、血のにじむような努力をしなければならないのですが、これがレベルが下がって「5」とか「6」となると、比較的、楽に超えることが出来る。要するに、上のレベルであればあるほど、1段階のハードルが高くなるんです。
 この上のレベルになればなるほど、ハードルが高くなる、というケースは、漢字検定あたりを参考にしてもらっても、分かると思いますが、現在5級の子が4級や3級に受かろうと思って勉強するレベルと、現在2級の子が準1級や1級を勉強するのとは、明らかにレベルが違いますよね。1級に受かろうと思うと、4級や3級の勉強などとは比べものにならないくらいハードで、相当な能力が必要になるんです。ですから、同じ1級分と言っても、そのハードルの差は歴然としている訳ですよ。

 となると、簡単に逆転現象が起きている場合、それは、目標となっている大学や、中学校で言うと学年順位など、その絶対的な学力レベルが低くなっている、と捉えておいた方がいいんです。

 そうすると、学力が全体的に低いところであれば、学習環境がちょっと変わった程度でも、簡単に逆転現象が起こる。もう少し具体的に言うと、学級崩壊を起こしている所に通っていた生徒が、きちんと勉強できる環境になっただけでも、学力が非常に伸びたような感じになってしまう、ということなんです。

 これが、実際に起こっているのが釧路なんです。全体のレベルが低いんですよ。だから、入試ギリギリでも、数学の計算が満足に出来なくても、社会や理科で、人よりちょっとだけ多めに勉強すると受かってしまう。それくらい、高校のハードルが低いんです。
 先日の中3の4月実施の北海道学力コンクールのデータで見ると、釧路で2番手の公立である江南高校と帯広で市内公立普通科の一番下の緑陽高校では、江南の方が合格判定が高くでます。要するに江南の方がレベルが低くて入りやすい、ということなんです。

 ですから、簡単に逆転を起こせるような状況になっているということは、相対学力を絶対学力に換算してみると、圧倒的に低い状態である、ということなんですね。そして、それで合格しているのは、塾のおかげ、なんていうものではありません。基本的に、生徒の意識と生徒を取り巻く学習環境の差、という具合に見ておけばいいんです。
 すなわち、学校がきちんとした学習環境を整える、家庭での勉強の取り組みを保護者がしっかり考える、という2本柱がしっかりしていかなければならないんです。学校の授業進度が遅いとか、校長会の会長が「裁量問題は難しいからやめてほしい」などと道教委に訴えているような状況では、まだまだ、全体のレベルアップはほど遠い、ということですね。
(2017/05/11)

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「特別支援」とフィンランドの教育


学校が2種類ある

 前項の続きですが、フィンランドの教育というのが一時話題になりましたね。そして、フィンランドでは、通常、日本で考えられている学校の他に、日本で言う「特別支援」に該当するような子供達が中心になって通う学校やクラスがあるんです。
 たぶん、黒柳徹子さんの「窓際のトットちゃん」を読んだことがある人は分かると思うのですが、やはり、集団指導に馴染めない子というのは、それなりにいるわけで、「窓際のトットちゃん」に出てくる先生も、当時としては珍しい、今で言う「特別支援」用の生徒対応を身につけていた人なんですね。そして、そこに通って、のびのび過ごしているわけです。

 ただ、そういう特別な環境が用意されているから、のびのびと幸せに過ごせるのであって、普通の学校にそれを求めるのは、本質的に間違いなんです。フィンランドの教育方針は「良き納税者を育てる」というものですね。当然、集団での指導でしっかりついて来ることができる子は、きちんとした勉強をして、学校を卒業していくという過程をたどるわけで、そこに馴染めない子用に、特別な環境が用意されていると思ってもらえればいいと思います。

 ですから、集団指導に馴染めない子は、やはり、特別な環境で勉強を進めていくのが幸せで、日本では「特別支援」と言うと、普通のクラスからはじかれた子というような、どことなく悪いイメージがついて回るような気がしますが、本来は、そうではないんです。フィンランドの例で行くと、こういう特別支援向けの学校を卒業したとしても、実力が伴えば、普通の学校に通った子と一緒の高校や大学に進むことも出来ますし、もちろん、ある程度年齢が行けば、周りの人の話もきちんと聞けるような習慣がついて来るわけですし。黒柳徹子さんも、他の人よりは、ずっと優秀だと思いますよ。そういうふうになっていく子も当然、出てくるわけです。もちろん、全員がそうなる、という訳ではありませんが・・・。

 それで、大事な事は何かというと、そういうところに通わせる事になったときに、親がおかしな偏見を持たない、ということではないかと思うんですね。子供さんの前で「おまえは特別支援だからね〜」みたいな事を言ってしまうと、子供さん本人は非常に幸せに通っていたとしても、そこに水を差してしまうわけです。
 人よりも遅れた勉強をしていたとしても、周りもみんなそういう状況であれば、子供さんの抵抗感も薄れると思います。むしろ、身につける物事をきちんと身につけていけるようになるのではないでしょうか。少なくても、訳の分からない話をお客さんになって、ずっと聞いている、なんていう状況になるよりも、遙かに子供さんのためになると思いますよ。

 ちなみに、フィンランドの教育というと「のびのび遊んで学力が高い」というようなイメージを持っている人もいるのではないかと思うのですが、おそらく、この辺が、日本の教育制度と混同されて、良いように解釈されてしまっているような気がします。学力の高い子の中には、小学校の段階から、家に帰ってから親が付きっきりで夜の9時過ぎまで勉強を教えているような家庭もあるんだそうですよ。

 それから、もう一つ。例えば「窓際のトットちゃん」を読んで「素晴らしい」とか言っておきながら、特別支援に通わせることは「反対」とか。そのとき、そのときで、主張がコロコロ変わるのは、筋が通っていないでしょ。ですから、親は、自分自身がしっかりとした信念を持つ、ということなんです。基盤がしっかりしていないと、結局、子供さんも中途半端なまま、学校を卒業していくことになる、と思ってください。
(2017/05/10)

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「低学力」と「通級・特別支援」


お客さんでいるよりは、特別支援の方が子供も学校も幸せ

 これは、ハッキリさせておいた方がいいでしょう。中学校に入って、小学校2・3年の漢字が書けないとか、小数・分数の計算で何をやっていいか分からない、という状況になっている子は、チームティーチングや学力別クラスにしたところで、正直、救えないんですよ。完全に「個別」で教えてあげなかったら、どうしようも無いんです。授業中に付け焼き刃の説明を受けたところで、結局、そのときに習っている中学校の学習内容をきちんと出来るようにはならない、と思っていた方がいいんです。
 ましてや、そういう子の場合、先生が常に側にいて面倒を見てくれないと何もできないような状況になっている〜きちんとやっているように見えて、実は、とんちんかん事をやっていたり、ただ、ノートを写しているだけで、後は時間が過ぎるのをただ待っている状態だったりしているんです。

 要するに、昔よく言われていた「お客さん」状態なんですよ。そして、その状況に置かれたときに、それじゃつまらない、ということで、騒ぎ出したりするんです。そうなると、周りの子供達がみんな迷惑なんです。この状況の一歩手前が、何を説明されても「分からない」「訳分からない」を連発する子。とにかく「誰かに来て欲しい」「誰か、個別に教えてくれ」。こうなったら、特別支援予備軍です。正直、学習障害の可能性あり、と思っておけばいいんです。
 実際、「分からない」と言い出す子の大半は、漢字の意味や言葉の意味が分からなかったり、誰でも知っているような基本事項が身についていなかったりするんです。そして、その都度、付け焼き刃で教えてもらって、何となく出来るようになっているような気になっているだけ。ですから、入試などで不合格になるのは、実は、こういうタイプの子が多いんです。要するに、その場で、入試の問題に対応できない〜誰かに、自分の分かる言葉で説明してもらわないと分からない〜という、隠れ「低学力」だと思ってくれればいいんです。

 そして、実際に、全然分からなくてお客さんになってしまっている子、誰かについていてもらわないと出来ない子も含め、通級、もしくは特別支援の方に参加するようにした方が、落ち着いてきちんと自分のペースで勉強出来ますから、その方が「本人にとってはずっと良い状態」なんです。
 学校でも「分からない」を言い出す子がいたら、その子のペースになってしまって、授業は進まない、だからといって、相手をしてあげないとちょろちょろしたり、騒ぎ出したりする、ということで、ハッキリ言って「迷惑」なんですよ。
 釧路の場合、こういう子の相手をしてしまって、そこから学級崩壊になったり、勉強が進まず、低学力が進行していったりしているところが多いのではないかと思います。

 そして、こういった子は、特別支援の方に通った方が、絶対、本人にとっては幸せなんです。釧路の場合、下手をしたら、上記のレベルに当てはまる子が学校の3分の1とか4分の1とか、特別支援いう状況になってしまうところもあるかとは思いますが、それでも、いつまでもお客さんのまま、もしくは、周りに迷惑をかける状態を放ったままにするよりは、圧倒的にいいんです。

 ハッキリ言って、そういう子は、現在の学校で行われている「集団指導」では救えない、と思っていた方がいいです。学校の教師の余計な負担が増えるだけです。「お宅のお子さんは、話を聞いていても、全然、理解出来ない状態です」と言うことを、きちんと保護者に話して、中学校だと「小学校の低学年の復習が必要です」という話もきちんと行って、ドンドン特別支援の方に回してあげればいいんです。
 そうやって、保護者や子供本人の意識を変えないと、現状のまま、変わらない状況が、これから何年も続くのではないかと思います。
(2017/05/08)

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「宿題」と「学力・しつけ」


以前はボロボロ!?

 これは、たぶん、学校の先生が実感しているのではないかと思うのですが、以前は「学級だより」とか「学年だより」に「返却物の提出状況が非常に悪い」というようなことがしょっちゅう書かれていました。中3の学力テストの結果など「得点通知表を提出しない子が多いため、得点通知表を渡すことが出来ません」ということで、結果が分かるのが非常に遅くなる中学校って、結構、あったと記憶しています。
 ただ、最近、そういう話は、以前ほど出てきていないように思います。要するに「子供達の提出状況が良くなってきているのではないか」と思うのですが、どうでしょうか?

 実は、こういう「提出物に対するしつけ」と「宿題」というのが、密接な関係にあります。
 どういう事かというと「出さなければならないものを、きちんと提出する」という感覚を身につけるのに、毎日の宿題というのが、非常に有効なんですね。小学校のうちに「毎日、提出しなければならないものがある」という感覚で物事を捉えておけると、得点通知表のような提出物も比較的スムーズに回収できるようになっていくのです。

 そして、現在、釧路では、小学校の段階で、宿題・家庭学習などの「毎日の提出物」を子供達に提出させるようにしている所が多いようですから、その分、いつまでも提出しないでいるだらしない子は、かなり減ってきているだろう、と思われます。自分が教えていても、宿題をやらずに溜めてしまう子は、かなり減ってきていると思います。

 そして、こういう提出物がしっかりするようになると、学力も高くなっていきます。もちろん、宿題などで、実際に勉強内容に必ず触れるという習慣もつきますし、もう一つは「忘れないように、きちんと覚えておこう」という意識も働くようになるんですね。当然「学習内容もきちんと覚えておこう」という気持ちで接していけるようになるんです。

 それで、ここからが問題点なんですが、小学校は、割ときちんとやっているようなんですが、中学校はどうなんでしょう? テスト前に「ノート提出」などを義務づけている学校はあるようなんですが、毎日の習慣づけということになると、かなり無頓着のような気がします。家庭学習も「やってきた人は出しなさい」くらいのものにしかなっていないのではないでしょうか。
 こういう「しつけ」の部分が、おそらく学力にも反映しているのではないか。小学校は、比較的学力が高めなってきているのに、中学校になると、極端に学力が落ちて行くんです。

 こういう「子供達のしつけ」に関わる部分が、いわゆる「生徒管理」という部分なんです。そして、これも以前から書いていますが、釧路はこの「生徒管理」が非常に弱い。要するに「だらしないのを黙認〜放ったまま」にしてしまうんです。それが、学力に大きく影響している、ということなんですね。

 さて、少し前に書いた「塾の功罪と地域の意識」で書いた塾の基準の中で、塾側として、決められているものの一つに「宿題をやって来ないものは退塾してもらう」というのがあります。要するに、塾に入る段階できちんと約束するんですね。もちろん、人間ですから、たまに忘れることもあるでしょうし、何かの理由で出来ないこともあるでしょう。もちろん、そういうものについては大目に見ますが「面倒くさいからやらない」とか「だらしなく、しょっちゅう忘れてくる」という子は辞めさせられるというのが、条件について来るんです。すなわち、こういうところで「きちんと、しつけを行う」という事なんですね。合わせて「勉強について、きちんと取り組むという意識を持ってもらう」ということなんです。ここがルーズになってしまうと、個人の学力〜地域全体の学力が上がってこないんです。

 基本的に、きちんとした私立中学や塾となると、こうやって「子供にきちんと勉強してもらう」と言うことが大前提なんです。特に私立中学となると、全国レベルでみたときに、多くの学校では、宿題の量がかなり多いですよね。それだけ、学力について担保しているということなんです。
 それを「宿題を出さずに、子供を通いやすくしてお金を取ろう」と思っている塾があったとしたならば、それは、とにかく生徒を集めて月謝を稼ごう、という感覚に近い。そして、他地域は基本的に前者なのに対し、釧路では後者の感覚に近いでしょう。宿題をきつくすると生徒が集まらないと思っているんですよ。ところが、実際は、きちんと勉強して結果がついてくれば、それだけ信用があがるんです。そうしない〜そうできないのは、授業力が低く、家で勉強しても、結果がついて来ないレベルの授業をしているから、もしくは、授業で扱っている学習内容のレベルが低く、問題集などから宿題を出そうと思っても、そのレベルに到達していないので宿題に出来ない、というのが本音ではないでしょうか。
 ですから、本来であれば、宿題についての基準を設定し、保護者の意識を変えることで、地域全体の勉強に向かう姿勢が変わってくる、ということなんです。

 よく「宿題では学力は上がらない」と言う人がいますが、これは、単に「学習内容だけ」を見て言っているだけで、ちょっと目線が狭くて浅いんです。宿題の効能とはどういうものか、ということを、少し幅を広く持って考えていかなければならないんですね。
 宿題を「やる・やらない」「出来る・出来ない」という学習内容オンリーで見るのではなく「出す・出さない」という「しつけ」という点に視点を向けることも非常に大切なことなんです。
(2017/05/01)

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更新2017年 10月 18日 (水)

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