教育時事問題について考えよう。


教育時事問題を、独断と偏見で、考えてみてみるコーナーです。
いろいろ、反対意見もあると思いますが、
「子供さんのしつけや環境、教育について、
もう一度、真剣に考える機会」になってくれれば幸いです。
Netscapeを使用している方は、リンクの不具合があるかもしれません
その際は、申し訳ありませんが、スクロールしてご覧になって下さい。


Contents


 特別編

 算数・数学のセンス編

 生徒管理(1)〜(30)

 釧路の学力の現状って?(過去版)
 1〜16&平均点が赤点

 釧路の学力の現状って?(過去版)
 17〜

 学習内容・指導編

 扇形の授業と定期テスト(NEW)

 扇形の授業、2時間目(NEW)

 こんな授業じゃ学力上がらんぜい(NEW)

 12月〜1月の数学の進度(NEW)

 教科書の扱いについて

 中2の計算、大丈夫?

 「自学」と「宿題」と「指示」

 11月の数学の進度

 「学力把握」と「机間巡視」

 「めあて」と「まとめ」

 教育理論編

 ロジカルとラテラル(NEW)

 平均点の見方の大事なところ(NEW)

 アメリカ発祥、とんでもない!

 


 学校生活・しつけ編

 先生編

 アニメDVD教師、後を絶たず?(NEW)

 教材作成の盲点

 学校編

 総合C 試験範囲まで間に合わず?(NEW)

 家庭編

 オーラが輝きを失うとき(NEW)

 進路指導はオーラでします(NEW)

 「朗読」させましょう

 地域問題

 附属で盗難事件!?(NEW)

 真剣に取り組んだことの無い者ほど甘く考える(NEW)

 大楽毛中の総合C平均(NEW)

 総合ABCと学力意識

 言い訳・うそ・ごまかし、そして隠蔽

 進路指導での見極め

 「学習塾」と「不合格」

 先回りして言い訳をするお母さん

 

  
内容が増え、ページが重くなりつつあるので、掲載時期に合わせて分割しました。

時事問題過去ログに行く
 

トップページに戻る


附属で盗難事件!?


決着がついているのかな?

 こちらに入ってきた情報によると、教育大附属釧路校で、盗難事件が起きていたようなんです。
 話しによると、バインダーノートとか、ジャージとかが盗まれていたようで、「死ね」と書いた落書きがあったりしたようなんですね。

 それで、自分が気にしている事が2点あって、一つは「死ね」という落書きがあったと言うことは、いわゆる「いじめ」に関するような事が起きていたのではないかと思うのですが、この辺がハッキリしません。過去に、附属では「いじめ」による自殺未遂を起こした子がいるんですが、それ、隠蔽されてしまっているんですよ。
 ですから、附属で「いじめ」につながるような内容の話しが出てくると、自分、ちょっと敏感です。これ、大丈夫だったんでしょうか? それとも、陰に隠れて「いじめ」が続いているなんて言う状況にはなっていませんか? 

 それからもう一点は、盗まれたものが戻ってきているのかどうか、という点なんです。これ、生徒がいたずらしてやった、という程度なら、あまり大げさに扱うのは逆に生徒のために良くないのですが、そうじゃないケースもあるでしょ。
 例えば、ジャージに関して言うと、男子のものならまだ大丈夫ではないかと思うのですが、女子のものとなると、これはさすがにまずいでしょ。ネットで売って金儲けをしたり、最悪は、教師が自分の気に入った生徒のものを収集していたなんてことになると、一大事ですよね。

 ということで、以上の点に関して、何か情報のある方がいらっしゃいましたら、掲示板の方に書き込みをお願いします。ただ、あまりにも、まずい状況だと言うことが判明している場合は、一般の方に知られるわけには行きませんので、書き込みせずに、直接、道教委の方に連絡をしてください。

 ちなみに、これに関しては、附属の教師に相談しても、解決はしないのではないかと思います。というのは、上記のように「いじめ」は隠蔽されてしまいますし、他の記事でも書いていますが、学校の平均点を隠すとか、困ったことがあったら姿をくらますとか、こう言うことをやるのは、附属出身の教師なんです。そして、これも不確定情報ではありますが、「となりのトトロ」のDVDを見せていたのも、附属出身の教師らしいという話ですし、市内の中学校でも、何かおかしな事が起きた場合、その教師の経歴を追及すると、附属が絡んでいることが多いんです。また、学校ぐるみでのおかしな話〜例えば、武修館中学への妨害など〜が出てくることも多いんですよ。
 そのため、あくまで個人的にということですが、私は附属の教師を全く信用しておりません。
 ですから、何かあった場合は、学校に言うのではなく、直接、道教委に相談する、というのが、一番良い方法ではないかと思います。
(2017/12/16)

Contentsに戻る


扇形の授業と定期テスト


授業がきちんとすると、テストもきちんとするんです

 さて、前回、そして、3つ前の内容で、例として扇形の授業をあげてお話をしてみました。そして、こういう模範的な授業の内容を書くと、当然ながら「こんなの出来ない」と言い出す者も出てきます。でも、そういう人って、教科書をきちんと読んでいない教師なんです。その場の思いつきで「こういうふうにやったら生徒が出来るようになった」程度の感覚なんです。ですから「この単元でどういう内容を生徒に身につけさせなければならないか」という事も理解出来ていないと思いますよ。
 ですから、大事になるのは、身につけさせなければならない内容をきちんと授業で教える、ということなんです。

 そして、こういう事が理解出来るようになると、テストも変わってきます。
 テストの問題と言うのは「生徒がどのような内容を身につけているか」と視点で作られるものだからです。

 例えば、同じ扇形でも、中心角の数値の設定で、子供達の身につけている内容を把握することが出来るんです。
・中心角が60度・90度の設定だと、小学生感覚での解法が身についているかどうか。
・中心角が135度などの設定だと、割合を分数でかける事ができるかどうか。
・中心角が180度を超える設定だと、180度を超えた形を扇形と認識できるかどうか。

 最後の180度を超えるケースというのは、子供達は「扇形」という言葉で習っているので、扇子のような形であれば扇形と納得できるのですが、まれに、180度を超えてしまうと「扇形ではないんじゃないの?」」と考えてしまう子が出て来るんですね。たぶん、問題では180度を超えるような問題も扱って、説明はすると思いますが、それでも、きちんと身につけていない子がいるかも知れない、ということで、テストで出題するんです。

 ということで、上記の内容で分かると思いますが、テストで出題する場合、「なぜ、その問題を出したのか」という視点がハッキリしているものなんです。逆に言うと、この視点がぼやけているテストは「ダメなテスト」なんですよ。

 ですから、今後テストを見たときに、扇形の問題が、中心角60度と90度の問題が2問だけ出されていてお終い、なんていうことになっていた場合、小学生感覚を踏襲していればオーケーになってしまうわけで、当然、そのテストを受験している子の学力は上がっていかないだろう、という事が分かるんですね。

 また、2時間目でお話をした「扇形と三角形・四角形」などの図形を組み合わせた「斜線部分の面積」などの問題も、当然、図形の思考力を養う問題として授業で扱っていなければならないわけで、もちろん、テストにも出題されなければならない問題なんです。
 ですから、この問題をほとんど扱っていないとか、1問も出ていない、ということになれば、これは、テストと合わせて授業の根本から見直してもらわなければならない状況になっている、ということ。ましてや、そんなテストで平均点が70点とか、そんな高い平均点になっているなら、単に、平均点が上がりやすい問題をピックアップして「俺が教えていれば、みんな出来るようになる」という誤魔化しアピールのためのテストにしかなっていないんですね。

 ということで、実は、学習内容が決まっているのと同様に、テストで出題される問題というのも、視点が決まっていて、どの問題を出題するのか、ということも、ほとんど決まっているんです。当然、学習内容からまんべんなく出題されるものなんです。それをちゃんと教えていないから偏ったテストになるんです。

 もちろん、学力の低い子が多い学校というのもあると思いますから、そういうケースだと「最初に20点分、必ず、復習の計算や他の単元の基本内容を出題するから、最低でも、家でそこだけ勉強しておいで」という話を生徒にしておいて、テストを作成してもいいわけですし、そうやって「テストで勉強させる」というのも大事な指導の中の一つなんですよ。

 さらに言うと、まんべんなくテストで問題を出したときに、出来ない子が多いという場合「どこが分かっていないのか」「どういうふうに教えると分かるようになるのか」ということを追及する材料にもなるんです。そうやって、授業を改善していくのが当たり前なんですが、出来なかったら「どうせ、出来ない」と言って、問題を出さなくなってしまう、というのが、釧路の教師の姿勢なんですよ。これじゃあ、いつまで経っても、生徒は救われません。

 単純な易しいテストを作って、それで平均点がバカみたく高いなんていうのは、もっての他。だからといって、学習内容も知らず、ただ、難しいテストを作ればいい、と言う発想では、学力向上はありません。
 しっかりと学習内容を確認出来るテストを作りながら、通知表をつけるために、きちんと1から5までの子の点数がばらけるように、得点が、いわゆる正規分布に近い形になるテストをきちんと作って行くんです。そうすれば、平均点は自動的に50点後半から60点前半に落ち着くはずなんです。中1だと、この範囲に収まってくるでしょう。
(2017/12/14)

Contentsに戻る


扇形の授業、2時間目


こういう学習内容、ちゃんとやっているようですか?

 2つ前の「こんな授業じゃ学力上がらんぜい」で、中1数学の平面図形で扱われる「扇形」の内容について、実際の授業内容を確認してみました。実際に、子供さんに聞いてみて、どうでしょうか? 小学生の焼き回しのような授業になっていませんでしたか? もしくは、何だかモタモタした説明で、訳が分からない、というふうになっていませんか? 
 そこで、今回は、さらに、前回の続きの2時間目ではどのようになるか、というお話を書いておこうと思います。この辺になると、学校の授業が「さらに怪しい」ことになってくると思いますよ。
 それから、ここから後を読み進める前に、もう一度、前回の授業の内容を確認しておくと、書いている内容が分かりやすくなろうかと思います。忘れかけている人は、一旦、確認してから、読んでくださいね。

 2時間目のスタートは、前回の復習からです。
 前回やった内容は「扇形の面積・弧の長さ」「方程式を利用して、中心角・半径」を求める、という内容でしたから、その確認をします。ここでは、5分程度問題をやらせて、解説も5分程度。もしくは、解答無しの宿題を出していたなら、その解説ですね。したがって、せいぜい10分程度で終わります。

 次に、前回は「扇形というのは、円に対する割合で考える」という内容が中心でした。それに対して、今回は「扇形の面積を割合とは違う方法で考えてみよう」という話しになるんです。ここで出てくるのが、扇形を三角形と見立てて面積を求める「S=二分の一・エル(l)・アール(r)」というやつ。弧の長さと半径をかけて二分の一にすると面積が出てくるという内容なんですね。これも見た瞬間、三角形の面積と同じように計算できれば好いわけですから、実際の説明や円周の時間を含めても10分程度なんです。

 それで、ここは授業の段取りを中心に書いていますから、実際の学習内容については、ちょっと割愛させていただきますので、実際の内容を知りたい方は、参考書などで確認してもらいたいのですが、実は、この「二分の一・エル・アール」の内容を中2・3生に聞くと、ほとんどが「知らない」と言います。実際に子供さんのいらっしゃる方は聞いてみてください。
 要するに、こういう内容を「端折り・すっ飛ばし」で誤魔化すのが、未だに直っていないんですよ。「とりあえず、扇形の面積は、中心角で求めることを教えたから、それでいいしょ」で終わっているんです。

 そして、説明の内容も大事なのですが、ここで出てくる内容というのが「弧の部分を細かく分けていくと、直線に近くなる」という発想〜高校で習う微分のセンスの習得場所でもあるんです。ですから、ここを端折ると高校の微分の説明が「?」となる子が出て来やすくなってしまうんですね。
 そういう事が分かっていないんでしょうね・・・。

 そして、次に来るのが「前回は中心角を方程式で出したけど、他に方法は無いのか?」ということから「中心角の比=弧の長さの比」という内容に入っていきます。一見、面倒そうに見えますが、これ「弧の長さが円周の三分の一だったら、中心角だって360度の三分の一の120度になるよ」っていう話です。大して面倒なものでもないんです。そして、これが中3になると「円周角の比=弧の長さの比」というふうにつながっていくんです。
 そして、本来は、1時間目の最後に入れる内容なんですが、現在の釧路では、おそらく、1時間目に入れるのは無理だろう、ということでここに入れました。実際には、1時間目にやった内容と同様の「割合の内容」ですから、本来は、1時間目のうちにやっておくのが望ましいんです。これもせいぜい10分程度です。

 そして、最後に複雑な図形に入っていきます。扇形や正方形・三角形が組み合わされた内容で、いわゆる「斜線部分の面積を求めなさい」という内容ですよ。ここでやるのは、次の3パターン。
・分割
・全体−部分
・移動
 「分割」というのは、与えられた面積を分けて考える。「全体−部分」は、全体から要らないところを引くという考え方ですね。そして、円の単元に特徴的なのは、次の「移動」で、斜線部分の面積を移動して他の部分と組み合わせて「一つの円」にしたり、三角形一つ分にしたり、という問題です。そして、ここでは残り時間すべて使えます。ここで書いた段取りで行けば15分〜20分程度。もしも「中心角の比=弧の長さの比」を1時間目に持っていければ、さらに時間の余裕が出来る、という寸法です。

 そして、釧路の数学教師の場合、1時間目の内容をやるのにダラダラ時間をつかってしまい、2時間目の内容を端折ったり、教科書を読んで誤魔化したり、複雑な図形であれば「どうせ、おまえたち出来ないだろ」と、2、3問例題をやった程度に先に進んで行くんですね。
 こんな事をやっていて、学力など、上がりようがないんですよ。

 また、2時間目の内容を見てもらうと分かると思うのですが、単に1つだけの解法に留まらず、複眼的な内容を扱っていることに着目して欲しいんですね。よく「思考力」なんて言いますが、中1・2あたりだと、まだまだ、幼い状態ですから、ここで無理矢理考えろと言われたら、せいぜい「ピザの縁」のような事しか出来ないんです。そうでは無くて、まず、こういう考え方があるんだ、ということをきちんと見せていくことが大事。こういういろいろな考え方に触れていくうちに、自分なりの考え方が出来るようになって行くんですね。ですから、こういう複眼的な内容を端折られると、どんどん、思考力が落ちて行くんです。
 「ピザの縁を多く食べられるようにするには、どうしたらいいですか?」なんて考えさせるのと、上記のような、幅の広い考え方を見せてあげる授業と、どちらが、生徒が賢くなりますか? という話なんです。

 そして、こういう数学の問題が出来ないと、すぐ「国語力」のせいにするやつが多いんですが、実際にきちんとした授業をやった場合、国語は大した事が無くても数学だけ極端に出来るという男子生徒が出て来るんですよ。こういう子を、我々の間では、通称「数学ボンズ」と言うのですが、高校に行って「英語は赤点でも数学は満点近い」なんていう子、過去にいませんでしたか? そういう子が出て来るんですよ。
 ですから、学校の教師が得意になって「単元を貫く言語活動」なんていう事をやっていますが、こうやって、何でも国語力のせい、理解力のせいにする前に、まず、自分の授業を何とかしろ、という話なんです。
(2017/12/12)

Contentsに戻る


ロジカルとラテラル


「垂直思考」と「水平思考」

 「思考法」について、ちょっとかじったことのある人だったら分かると思いますが、思考法には大きく分けると2種類あって、一つは「垂直思考〜ロジカルシンキング」、もう一つは「水平思考〜ラテラルシンキング」と言うんですね。それで、こういう専門用語を使うと、ちょっと難しく感じてしまうと思うのですが、実は、それほど難しく考える必要はありません。前項で書いた「扇形のピザの話」を例にとってお話ししていこうと思います。

 さて、問題です。
 「中心角60度、半径12センチのピザ」と「中心角40度、半径16センチのピザ」の2つのピザがあります。「ピザの縁の部分」が好きで、その「ピザの縁の部分を多く食べたい」と思ったら、あなたはどうしますか?

 まあ、問題の設定としてはこんな感じでしょうか? 最近のピザは縁の部分にチーズとかソーセージが入ったりして、縁の部分が好きという人も多いかも知れませんね。そして、この問題を目にしたときに、扇形の弧の長さを計算して多い方を取ろうと思った場合、これは、計算によって答えを求める思考法ですから「ロジカルシンキング」の方に当たるんですね。

 ところがここで、こう考えた子がいたらどうでしょう? 「縁の部分だけ両方からちぎって食べればいいでしょ」。
 ある意味、正解じゃないでしょうか。これが、もしも、ピザを分ける相手が「縁より中の方が好き」というケースであれば、「おまえに中をやるから、俺に縁をくれ」と言って分けあう方が、お互いが満足できる、一番良い解決法ではないかと思いますね。
 ひょっとしたら「子供の頃、パンの耳が嫌いで、中の柔らかい所だけほじって食べた」なんていう経験のある方もいるのでは? と思いますが、このように、数学の公式などを無視して考えるという場合「ラテラルシンキング」の方に近い考え方になるんです。

 ただ、実際は、数学の授業ですから、後者の「ラテラルシンキング寄り」の解答は排除されてしまいますよね。それであれば、最初からピザなど出さずに「扇形の弧の長さを計算で求めなさい」と言う方が、ずっとまともなんです。そして、ロジカルシンキングしか認めないような立場をとっておきながら「問題解決学習」もへったくれも無いんですよ。本当に問題解決学習をやりたいなら、ラテラルシンキングも思考の中に入れておかなければならないんですね。
 当然、最初の問題の設定で考えた場合、ラテラルの解答もオーケーにしなければならないんですよ。

 ということで、ラテラルシンキングというと、よく言う「頭の体操」とか「固い頭を柔らかくする」と言った類の「クイズ・パズル」などでよく見られる方法なんです。ですから、こういう思考法を身につけるには、ある程度基礎知識があって、それを元に考える事が必要になってくるんです。

 それでは最後に、問題解決学習を皆さんでやってみましょう。
「お父さん・お母さんと3人の子供で、ホールのピザを5等分しようと思います。どうしますか?」
 4等分くらいなら、目見当でもできますが、5等分となるとちょっと難しいでしょ? ましてや、ピザの中心に分度器を当てるなんていうことも出来ません。さて、あなたなら、どうしますか?

 そして、本来は、扇形の面積の求め方などの知識を持った上で、こういう問題に取り組ませることで、考える力を養う、ということになるんです。ですから、今、学校で行っている問題解決学習って、実は、非常にトンチンカンなんですよ。
(2017/12/07)

Contentsに戻る


こんな授業じゃ学力上がらんぜい


附属で公開授業があったそうです

 ちょっと情報が入ってきたのですが、附属の中1数学で「扇形の単元」の公開授業があったそうです。ところが、話を聞いてみると45分使って「面積」と「弧の長さ」の出し方のみで終わったとか。おまけに公式も出てこなかったらしいんですよ。こんな授業で、どうやって学力を上げられるの? という話。こんな薄い内容でチンタラやっていたら、いくら時間があったって足りません。だから、授業進度が毎回遅れるんだっつうの。
 ということで、正しい「扇形」の授業を書いておきますね。

 まず、小学校で一度習っている内容であれば、これは、小学校の復習から入っていくのが筋なんですよ。
 そこで、まずは「円」の復習。
 「円の面積と円周の公式」を確認して、小学校では3.14だったけど、中学校ではπを使う、ということを練習しますね。これ、5分程度でお終いです。

 そして「扇形」に入りますが、ここで大事なのは「扇形は円に対する割合で考える」ということ。そして、その割合を「中心角」で考える、ということを生徒にきちんと伝えます。
 ただし、小学校では、中心角が90度とか60度という数値で、簡単に4分の1とか6分の1で計算できるものしか扱っていないケースが多いんです。だから、生徒も計算するときに、円に「分数をかける」と言う感覚ではなく「÷4」とか「÷6」で計算してしまっている子が多いんですよ。ところが、中学校になると、中心角が135度とか144度といった具合に、分数で表すと8分の3とか、5分の2という、いわゆる「整数で割り切れない数値」が出てきますし、360分の135なんていう、大きな数値の約分は、あまり経験が無いんです。だから、実際に計算させると不正確になる子が多いんです。
 そのため、直接「扇形」に入る前に、この約分の練習をさせます。こうやって、小学校と中学校の違い〜隙間をきちんと埋めておくんですね。ここでも、ゆっくり練習させたところで10分程度です。

 そして、ここまでの内容をきちんと埋めた上で、今度は、「円の面積×割合」「円周×割合」で「扇形の面積」「扇形の弧の長さ」の練習をします。そして、結論として「公式をきちんと見せる」ということをやります。割合の練習がきちんと出来ていれば、ここの計算にもほとんど時間がかからなくなりますから、だいたい10分程度で終わるんです。

 今度は、その公式を使って「方程式を作り、半径や中心角を求める」という練習をします。ここは、方程式の苦手な子もいると思いますから、少し練習を多めにさせると良いでしょう。残りの時間を使って、いっぱいいっぱい練習に当てても、15〜20分近く時間をとることが出来るんです。
 ですから、1時間でこれだけの内容が出来るんですよ。それをだらしない、おかしな授業をやっているから、いつまでも学力が上がらないんです。

 ちなみに、附属の公開授業では、例としてピザを使っていたそうなんですが、小学校の段階で出来ている子にとっては、今更ピザなんか出されたところでバカくさい話ですし、小学校の段階で出来ていない子に関しては、ピザのような余計な話が入ってしまう方が、かえって出来なくなってしまうんですよ。
 ですから、出来る子にとっても、出来ない子にとっても、自分の書いたように「出来ない子でもサッと出来るような小学校の内容の結論」から入って、出来ない子にも「出来る」と感覚を身につけさせた方が、全体の学力が上がって行くんですね。
 こういう授業の機微が分かっていないから、調子に乗って、小学校の焼き回しのような授業をやってしまうんですよ。

 こんなの「公開授業」ではなく、こんな授業を各先生方に見せてしまって後悔している「後悔授業」と言ったところでしょうか。
 今度、公開授業をする時があったら、自分のところにも連絡ちょうだい。見に行って「ダメ出し」してあげるから。
(2017/12/06)

Contentsに戻る


12月〜1月の数学の進度


中3はいよいよラスト

 今回は12月から冬休みを挟んで1月分です。中3は入試直前。ですから、ここで遅れていると言い訳では済みません。危ない学校は、12月中に冬休みの登校日などを決めて、補習対応ということになりますね。

 それでは、まず中3から。
 11月の進度予定のところで、12月中に「三平方の定理」を終わらせるという話をしていますが、その後の「統計」の単元は2週間程度で済みますから、最悪、年が明けての1週目くらいまでは「三平方の定理」をやっていても、私立入試にはギリギリ間に合います。ただ、それ以上の遅れが出るところは、心してかかってください。
 何度も書きますが、私立高校入試までに学習内容を終わらせておくことは「公式見解」です。そして、私立入試直前に終わるのではなく、その1週前くらいに学習内容を終わらせておいて、一度、全体的な復習をしてから、私立入試に臨ませるという予定で進めていくことになります。そして、私立入試が終わってから、公立高校入試までの期間で、さらに復習をしっかり進めることですね。

 中2は「三角形」〜「四角形」にかけてのところが中心です。
 そして、ここからが、学校によって変わってくるところなのですが、大抵の学校では、中3の公立高校入試に合わせて「学年末試験」を行います。ですから、そこまでに学習内容をすべて終わらせておく、ということであれば、1月末の段階で「四角形」まで終了させ、2月は「確率」に入らなければなりません。ただ、「学年末試験」が終了した後も、少し学習内容を進めよう、と考えているところは、それよりも少し遅めになると思います。
 ただし、本来であれば、学年末試験までに学習内容を終わらせておくのが筋ですから、もし、間に合わないのであれば、わざわざ、中3の入試の日程に学年末のテスト日程を合わせるのではなく、少し遅らせて、3月10日前後にするのが当然だと思います。
 そして、学年末から終了式までの間、2年の復習をやるのか、3年の先取りをやるのか、その点も含めて、しっかり予定を立てなければなりません。

 中1は「平面図形」が中心。
 12月に入っても、比例・反比例をやっているところがあったら、完全にアウト。そういう学校は、図形内容を端折ります。毎年、そういうことにしかなっていませんので、今段階で、子供さんの学校がどこを進めているか注意をしておいてください。
(2017/11/29)

Contentsに戻る


真剣に取り組んだことの無い者ほど甘く考える


「こんなの簡単〜」「何とでもなる」という人たち

 「こんなの簡単」と言っておきながら、実際にやると出来ない。簡単だったら出来るでしょ、ということですよ。
 こういうふうに、真剣にやったことの無い者が、何でも簡単に出来てしまうように思うこと、多くありませんか?

 勉強もそうなんですよ。「今から頑張れば何とかなる」。その頑張りの度合いにもよるんですけれども、ギリギリになってからでも、高校入試くらい何とかなる、と思っているケースって、大抵、それまで真剣に勉強してきていない人に多いんです。

 学力向上のときにもありました。「全国学力テストなんか、過去問題や予想問題をやらせれば、簡単に点数を取らせられる」という教師。だったら、やってみなさい、という話です。

 それで、こういう人たちって、口では好きなことを言うんですが、実際に結果を出したことが無いんです。
 実際にテストをやらせたら「ボロボロ」でしょうね。

 余計な言い訳をするひまがあったら、その前に「真剣に取り組んで、結果を出せ」ということです。
(2017/11/24)

Contentsに戻る


教科書の扱いについて


あくまで基準です

 教科書の扱いについて、今までいろいろと書いてきましたが、ここで一旦整理をしておきますね。 阿寒中の英語の先生、頑張ってくれて、どうもありがとう。

 自分は、学習塾出身なので、学習塾の立場からスタートなのですが、基本的に、子供達って「学校の授業が分からない」と言って塾に来るんですよ。要するに「教科書を順にやった授業では分からないところが出てくる」というのがスタートで、そこで、教科書で分かりづらいところや、勉強内容が身につきづらいところを、子供達に分かるように説明する、というのが基本スタンスなんです。

 だから、教科書に書いてあることを子供達が分かりやすいようにアレンジして与える。または、教科書に書かれていないことでも、子供達が学習内容を身につけるために必要ならば、もしくは、より上のレベルを目指していくために必要ならば教えていく、ということになるんですね。
 結論として、教科書をそのままやっても身につかない子が多いから、教科書に書かれている内容や、それよりレベルの高い内容が身につきやすいように、塾用のテキストやプリントなどで授業を進めるんです。

 当然、教科書をきちんと進めている地域では、塾は、上記のスタンスなんです。

 ところが、釧路に来たときに驚いたのは、その教科書すら満足にやらないんです。単元は1つ2つ遅れるのが当たり前。社会で言うと、突然「今日は米についてやります」「今日は麦についてやります」と、教科書内容を無視して、教師の独善的な授業をやっても平気。こういう授業を受けた経験のある人、いるでしょう?
 数学に至っては、問題を解かせもせず、ただ、読んでお終い。中1の「空間図形」の単元は、たった2時間、教科書を読むだけで端折る、もしくは中2になってから中1の内容を進めるのが当たり前だったんですよ。でも、中2になってから中1の内容をやっているということは、結局、後々時間が足りなくなるわけで、結果、中3で端折る、ということが行われていたんです。

 ですから、学校の授業レベルを段階で追うとこんな感じになります。
1 教科書すらやらない
2 教科書をきちんとやる
3 教科書内容を身につけやすくするため、もしくはレベルの高いものに触れるために教科書以上のことをやる

 分かりますよね。他地域は最低でも2番なんですが、釧路は1番の状況だったんです。ただ、最近では、だんだん改善されつつありますが、平均を見ると、まだまだ悲惨ですよね。

 ということで、自分が教科書内容について話す場合、大抵は「教科書内容はきちんとやりなさい」という話しになります。ただ「教科書自体をきちんとやりなさい」とは言っていないんです。要するに「身につけなければならない内容はきちんと教えなければならない」が「教科書本体にこだわる必要はない」という話なんですね。

 最近、プリントを切り貼りのノートがあちこちで見られますが、釧路の場合に限っては、教科書内容すら満足に教えていない状況で、プリントを使っても成果は出ないと思いますよ。釧路は学力が低いですから、もしも、プリントを使うとしたら、学習内容を身につけやすくするために使う、という方法になるはずですが、全然、身についていないでしょ? これ、使い方がおかしいと思いますよ。
 どういう状況で、どういうタイミングでプリントを使うのか、そういうことが全く考えられていないんじゃないですか? ただ単に、楽をしたいからと、全部の単元をベロッとコピーして生徒に与えているだけではないんですか? 
 結果の出ない方法をいつまでもやっていても、効果はありません。結果が出ないなら、そんな方法、すぐにやめなさい。どうしてもプリントでやりたいなら、それで、結果を出しなさい。
(2017/11/20)

Contentsに戻る


平均点の見方の大事なところ


国語の平均が基準です

 さて、平均点を見るときに大事になるのは、単に「点数が高い・低い」という事では無いんです。子供達の基準になる学力があって、そこを基準として、この学校は生徒にしっかり勉強させられているか、そうでないかが分かるようにもなっているんですね。そこで、一つ前では大楽毛の平均を書きましたが、ここではもう一つ、阿寒中の平均点を出しておきます。

テスト 国語 数学 社会 理科 英語 合計
総合C 37.7 20.4 28.9 25.3 40.5 152.7

 ここで、注目してもらいたいのが、国語と英語の平均なんです。今回、国語より英語の方が平均点が高くなっていますよね。ここが大事なんです。「やっと、国語より平均が高くなる科目が出てきた〜!」という感じなんですよ。
 実は、学力低下を起こしていない地域などでは、国語の平均より高い平均になる科目が出て来るんです。

 これ、お父さん・お母さんの頃を思い出してください。例えば、社会や英語なんて言うと、勉強する内容が比較的分かりやすいですから、勉強を頑張ると点数が上がりやすい科目なんですね。それに対し、一般的に「国語って勉強の仕方が分からない」という人が多いんです。だから、特別に勉強をする事無しに受験する科目です。
 また、これは、男子生徒に多かったと思うのですが、国語より数学が得意で、100点満点で言うと、国語はいつも60〜70点くらいの子が数学になると90点以上とってくるケースも少なくありませんでした。こういう子にとっては、国語って点数を取りづらい科目なんですよ。ですから、国語って、勉強しなくてもそこそこ点数が取れるけど、しっかり得点しようと思うと難しい、という科目なんです。

 そして、また「国語は全ての基本」なんて言われますよね。過去の学力テストデータを数多く見てきましたが、やはり、国語の平均が低い中学校だと全体的に学力が低くなり、国語が高いと全体的な学力が高くなる傾向にあるんですね。だから、自分が学校平均を見るときには、まず、国語の平均を見ます。そして、それと比較して、他の科目がどうなのか、ということを見るんですね。だから、国語の平均が低い学校を見ると「この学校、先生方はかなり苦労して生徒に教えているんだろうな」とか「この国語の平均だったら、もっと他の科目の平均も高くないとダメだろ」とか。基本的に全体的な学力がしっかりしている地域や学校だと、そういう見方が出来るんです。

 ところが、釧路で驚くのは、どの中学校も国語だけ高くて、他がチョボチョボなんです。いわゆる「この国語の平均だったら、もっと他の科目の平均も高くないとダメだろ」という学校しか無いんですよ。要するに、勉強しなくても点数がそこそこ取れる科目が一番点数が高い〜勉強をきちんとすると点数が取れる科目が壊滅〜勉強をきちんとさせられない教師だらけ、ということですね。

 そして、きちんと勉強が出来ている地域や学校はどういうことになっているか、というと、国語の平均を基準にして、よほど難易度に違いがない限り、そこからプラス・マイナス3点程度の平均になるんです。それが望ましい点数なんです。だから、上記の阿寒中であれば、数学・社会・理科は、低くても34点くらいの平均に収まっていなければならないんです。そういう見方をすれば、この3科目は、まだまだ伸ばす余地が大量にある、ということですよ。
 もちろん、今回の総合Cでは、国語が易しかった部分もあるのですが、それでも、国語より10点以上平均が低くなっているなんていうことになったら「この教師、何を教えているの?」という感覚で考えておけばいいんです。
 さらに言うと、おそらく、今回の英語の難易度であれば、国語より高くなるのが当たり前だと思います。それでも、他校は、国語より英語の方が低く出ているんです。まだまだなんです。

 そして、こういう平均の見方については、学校も分かっていないでしょうし、釧路の学習塾なども、全く分かっていないんです。どうしてかというと、常に国語だけが平均が高い状況に慣れてしまっていて、点数が高い・低いだけに目が行ってしまっているから。

 ですから、この点数、単に「阿寒中の英語が高いね〜」という見方しか出来ないのでは困るんです。この「国語より高い平均の科目が出てきた」ということは、それ以上に大きな意味を持つんです。すなわち、
「学力のしっかりしている地域に近づいている、大きな1歩」
なんですよ。

 阿寒中の英語の先生、頑張ってくれて、どうもありがとう。
(2017/11/18)

Contentsに戻る


大楽毛中の総合C平均


総合Cも出しますね

 少し前に、大楽毛中の総合Aと総合Bの学校平均を出したので、今回はその続きです。前回同様、偏差値から算定ですから、多少、誤差はあると思いますが、参考にしてください。

テスト 国語 数学 社会 理科 英語 合計
総合C 33.2 15.9 19.3 14.6 30.4 113.4

 それで、今回は、数学・社会・理科にちょっと目をつぶり、英語の点数を見て欲しいのですが、実は、市内の他の中学校の英語の平均と比較すると、今回の総合Cの英語は、それほど低く無いんですよ。かなり、頑張っている方だと思います。
 そこで、分かって欲しいのですが、平均を出さないということは、単に「悪いところが伏せられてしまう」だけではなく「先生や子供達が頑張っているところ」も分からなくなってしまうんですね。そうすると、だらしない教師は「バレない」ということで、ドンドン悪くなっていきます。逆に頑張っている先生は「頑張っても評価されない」とモチベーションが落ちて行くんですよ。結果、隠蔽すると、悪いことしか起きなくなるんです。

 そして、こういう事を市全体としてやってきているから、釧路市全体の学力が一向に向上しないんですよ。ちなみに、まだ、隠蔽体質は変わりません。全国学力テストの結果も、平均点は整数値での公表で、まだ、数字を誤魔化そう、誤魔化そうとしているんです。だから、DVD教師や授業進度が間に合わない教師がボロボロ出てくるんですよ。

 おまけに、公表するときは、良さそうなところだけピックアップして述べているんです。
「朝ご飯を毎日食べている割合が高い」とか「家庭学習の時間が増えた」とか。

 それで、これ、保護者の皆さんもハッキリと認識してください。
 「生活習慣」が改善されているのに「学力」が上がらない、ということは、すなわち
「学校の授業が悪い」
という結論にしかならない、ということです。

 市教委や学校側では、一生懸命、あれが良くなった、これが良くなったと、学校の勉強以外の事を言い出しますから。でも、それは、市教委や学校が自分たちで
「授業が悪い」
と逆宣伝している、と考えてくれればいいんです。
(2017/11/16)

Contentsに戻る


総合C、試験範囲まで間に合わず?


景雲中 社会科で

 10月25日の「ちょっと気になる情報」でも書いたのですが、景雲中の社会の進度が遅いので、大丈夫か? と思っていたら、生徒からの情報で、どうやら「大丈夫では無かった」という話が。
 学力テストの範囲表を見てもらうと分かるのですが、今回の総合Cは公民の「地方公共団体」の内容まで試験範囲に入っているのですが、景雲中では、そこまでの内容を端折って終わらせようとしたようで、急に授業の進め方が早くなったんですね。しかし、それでも、最後まで行き着かなかったクラスがある、とのこと。
 生徒情報ですから、完全に鵜呑みにするわけにも行かないのですが、もし、本当なら、まずいですよね。

 過去には、授業進度が遅く生徒に迷惑をかけそうになった鳥取中では、一昨年に追加授業や補習を行いましたし、迷惑をかけてしまった事例では、富原中が私立高校の入試の際「ここは出ない」と飛ばしてしまった内容が入試に出題され、保護者説明会で謝罪したというケースもあるんです。
 それとは、逆で、結構、前の話になるのですが、勝手に授業内容を入れ替え、学力テストの際、まったく試験範囲をやっていなかったという例が美原中であり、保護者が追及したのですが、その後、3週間ほど学校の授業が休みになった〜トンズラして逃げた〜という教師もいます。
 ちなみに、このとんでもない教師、しばらく、釧路から離れていたのですが、数年前に戻ってきて、今では某学校の校長をやっています。

 それで、これは知っておいて欲しいのですが、総合ABCの学力テストって、全道で同じ試験範囲で行われるんですね。ですから、進度の遅い学校を考慮して、余裕がある形で試験範囲を設定しているんですよ。他の学校では、総合Cの前に、すでに次の「経済」の範囲に入っていると思いますよ。子供さんのノートを見てみると分かると思うのですが、ノートにはすでに「需要供給曲線」というのが書かれているはずです。そのくらい、余裕があるはずなんですね。
 ですから、それすら間に合わない、ということになると、かなり遅いんです。

 そして、もしも、この状況が続くようなら、冬休み中に登校日などを用意して、補習を行わなければ入試に間に合わない〜もし、間に合ったとしても、それは教師が端折って無理矢理終わらせただけで、子供達がきちんと内容を身につけていない〜という状況になると思います。今の時期の状況は、入試に直結するわけですから、保護者の方も、真剣に考えてください。まずは、子供さんのノートを見て、現在の授業がどうなっているのかを確認してほしいと思います。

 ただ、念を押しておきますが、まだ、生徒情報なので、一部のクラスだけが遅れているのか、それとも、全部のクラスで遅れているのか、その辺がハッキリとしていません。ノートを確認したところでは、総合Cが終わってからも、まだ、総合Cの範囲をやっていましたから、遅れているところがあることだけは、間違いありません。
(2017/11/14)

Contentsに戻る


アニメDVD教師、後を絶たず?


授業中にアニメのDVDを見せる教師がいる?

 数年前に、大楽毛中で、入試直前にアニメのDVDを見せていた教師がいる、という話を書きました。入試が終わってからならまだしも、入試前にこういう事をやる教師って、何を考えているんだ、という話を当時書いたんです。

 それで、まだ、確定情報では無いのですが、そういう事をやっている教師が他にもいるらしい、という情報が入ってきました。学校は北中です。ちょっと状況がまだハッキリしないのですが、見たDVDは「となりのトトロ」だったらしいです。
 また、国語の教師が、授業の内容の一環として見せた、というならまだしも、こちらに入ってきている情報では、社会科の教師だった、という話なんです。「となりのトトロ」を社会の教材として使うことって、ちょっと考えられないですよね。

 そこで、これ、おかしな状況で見せていたと言うことであれば、市教委や道教委に話を持って行かなければならないレベルのものですから、詳しい状況を知りたいと思っています。また、釧路には「基礎学力保障条例」がありますから、まだ、基礎学力が不備な状況で、テスト後の息抜きのような感覚で見せていたとしたら、それもまた問題です。初の条例適用例になるかも知れませんね。

 ということで、何か、ご存じの方がいらっしゃいましたら、掲示板などに書き込みをお願いします。
(2017/11/06)

Contentsに戻る


総合ABCと学力意識


事情が違う、釧路と北見・帯広

 総合ABCもいよいよ最後の総合Cを残すだけとなりましたが、この辺で、この学力テストに向かう意識が地域によって違うというお話をしておきますね。そして、違いを話すのに、一番いいのは、お隣の市町村ということで、北見・帯広あたりと釧路の感覚の違いを書いておこうと思います。

 北見・帯広というのは、基本的に市内普通科3校に商業・工業のパターンなんです。それに対し、釧路の場合、旧釧路第一学区として扱われていた範囲では、市内普通科4校(湖陵・江南・北陽・東)・総合1校・商業・工業、そして高専と、これだけあるわけですね。
 そして、これも受験生の保護者の方はご存じだと思いますが、志願変更というのがあって、願書を出した後、倍率などを見て、1度だけ願書提出校を変えることができるんですが、その際の条件で、普通科は普通科と総合科・理数科、商業は商業科・総合科、工業は工業科・総合科、総合科はすべての学科、と変更できるところが決まっているんですね。
 そして、この条件で見ると、北見・帯広は、一回普通科に願書を出したら、商業科には出し直しができません。その逆の商業科に願書を出したら、普通科には変更できません。工業科も同様です。と言うことは、三者面談の際に、願書を提出する高校を決めたら、ほとんど変更できずに、12月の段階で決めた高校を受験することになるんです。
 一方、釧路の場合、普通科に願書を出そうが商業や工業に願書を出そうが、明輝に変更することは可能ですし、明輝に願書を出してしまえば、どこの高校に変更してもオーケーなんですね。要するに、三者面談が終わった後でも、受験する高校を変えることが容易に出来るんです。

 この違いによって、どういう事が起きるかというと、北見・帯広は、三者面談の際に参考にする総合ABCできちんと得点して、この高校を受験して大丈夫、というところまで行っていないと、自分の行きたい高校に行けなくなるんです。ところが、釧路の場合、総合ABCが終わった後でも「これから頑張れば何とかなりますよね」なんです。そして、とりあえず、後で志願変更が可能な高校に願書を出しておいて、それから、実際に勉強を進めてみて、ダメだったら後で下げればいい、という感覚でいるんですね。 ですから、一方では「総合ABCに勝負をかけてくる」のに対し、もう一方では「総合ABCが始まってもホケ〜っとしている状況」になります。

 もちろん、総合ABCについての情報の出し方についても、差が出ます。総合ABCに勝負をかけてくるところは、当然、自分の点数で、どこを受験できるかが非常に気になるわけですから「今回のテストでは、○○点が○○高校のボーダーと先生方は考えているよ」という話をちゃんとしてくるんですね。釧路で、こんな話、聞いたことが無いですよね。中には、このテストを進路指導に使う、ということすら話していない学校があったりして。子供達の中でも、中1・2のときに受けていた学力テストのような感覚でボヤッと受験しているような雰囲気の子、結構、多いんですね。

 よく学習塾などで「夏休みからが勝負」なんていう宣伝文句がチラシに載っていたりしますが、これ、総合ABCで勝負をかけてくる地域にとっては、本当に切実な話なんです。でも、釧路では、2学期が終わって、冬休みから少し頑張りだした、という子が圧倒的に多いんじゃないですか? 

 全国学力テストで、釧路は低いと言われていますが、このテスト、実は、中3になったばかりの時期に受験しています。でも、おそらく、受験近くなってから、この学力テストを受けていたらどうなるか、というと、たぶん、今、現在出ているデータよりも、さらに差が開いた状況になっていると思います。そして、この差が、後々、就職だったり、生活保護だったり、地域の経済状況だったり、そういうところに反映してくるんですよ。

 ですから、せめて、学校側でも、総合ABCに向けての意識付けや、テストの点数に関する情報であったり、そういうものをきちんと提示して、高校受験システムのマイナスを補うくらいで取り組んでもらわないと、結局、子供達のため、釧路全体のためにならないんです。

 何か目標があったら、それに対し、早めに取り組む。自分の実力を客観的に見る。そういう機会を増やして、それを学力向上だけでなく、就職状況の改善などにもつなげていけるように指導できるといいですよね。
(2017/11/03)

Contentsに戻る


「オーラ」が輝きを失うとき


環境・習慣の悪影響

 前項で「オーラが輝く変化」について書きましたが、今回は逆のパターンです。いわゆる輝きを失ってしまうケースです。

 それで、これは、自分が以前、塾にいたときのケースなのですが、自分が受け持っているクラスは、結構、しつけが厳しめで、だらしない遅刻だとか、宿題忘れなどは、特に、厳しく対応していたんです。当然、そういうことをきちんとやっていると、子供達の中に「けじめ」がしっかり出来て、勉強に向かう姿勢も良くなって行くんですね。
 そこで、あるとき、学校の部活などの関係で、自分の担当クラスから別のクラスに、通うクラスを変更した子がいたんです。それで、実は、その子が移っていったクラスの担当者って、だらしないと言うか、生徒に嫌われたくなくて、生徒の前に出ているとヘラヘラしているような講師だったんです。そういうクラスに行ったので、気になって、その生徒が移動してしばらく経った後、そのクラスの授業を見に行ったんです。
 そうしたら、案の定、今まで真剣に黒板を見ていたその子が、授業中、終始体を捻って後ろを見たり、黒板を見ているときの顔つきも何となくポケーッとした感じになっていたし。結果、その子が最初に目標にしていた高校には届かず、志望校を下げてしまったんですよ。

 要するに、その子が置かれている環境がだらしないと、その子の輝きがドンドン失われて行くんです。

 その他にも「ウソやごまかし」が平気になっていく〜物事に正面から取り組めない〜となっていっても、輝きはドンドン失われていきます。ウソやごまかしを知らない、小さな子って、何か夢中になっているとき、目が輝いているなんて、よく言いますよね。でも、ウソやごまかしを覚えていくにつれて、だんだん、輝きを失っていく。そういうものだと思ってください。

 そして、おそらくは、釧路の学校って、この「輝きを失っていくような環境になっているところ」が非常に多いんだと思うんです。だから、学力が上がらないんですよ。
 自分、別な項目で「生徒管理」という「しつけ」に関する部分について書いているんですが、その「生徒管理力」が無いんだ、ということなんですよ。

 ということで、子供さんが置かれている環境というのが、実は、その子を輝かせることに大きな影響を与えています。家庭もそうですが、学校も、その環境がどのようになっているのか、もう一度、見直してみてはどうでしょうか?
(2017/11/01)

Contentsに戻る


進路指導は「オーラ」でします


その子の持っている雰囲気が大事

 こんな事を書くと「この人、変なんじゃない?」と思われるかも知れませんが、自分は、進路指導をするとき、もちろんデータなども見ますが、最終決断は、その子供さんの持っている雰囲気〜体から出てくる「オーラ」をみます。

 それで、よく「その人の精神や性格は人相に出る」なんていう話を聞いたことはありませんか? また、ちょろちょろして落ち着かない感じの小学生くらいの男の子を見て「この子は、ちょろちょろしているけど勉強は出来る」と感じるときと、「この子は、ちょろちょろしていて勉強も出来ないんだろうな」と感じるときとの違いを感じたことはありませんか? 実は、自分が見ていると「この子、頭がきちんと働いていて落ち着かない」という子と「この子、頭が働かず、ただ、ちょろちょろしているだけ」という違いを何となく、感じ取るんですよ。

 さて、これが具体的になると、例えば「ある程度、基本的な事であれば、言われたことをきちんと覚えることが可能」という子は北陽に受かります。これが「少し込み入った事まで覚えることが出来る」か、もしくは「頭が働いて、基本的な事なら考えて答える事が出来る」は江南に受かります。そして、この両方を持っていると湖陵に受かります。そして、その違いが、その子の「行動」であったり「言葉遣い・話している内容」であったり、または「問題を解いているときの顔つき」であったり、そういう何気ないところに出て来るんです。それを見逃さないことなんです。

 そして、自分ももう、ベテランの領域に入っていますが、ここまで来ると、思った以上に、これがピッタリはまります。「上げておいて良かった〜」「下げておいて良かった〜」となるんですよ。要するに、受験した高校が、きちんと上限でピタッとくるんです。もちろん、自分が「この高校でも大丈夫だよ」と言っても下の高校を受験することもあるんですが、蓋を開けてみると、自分が大丈夫と言った高校に受かっているだけの点数は取れています。そういうものなんです。

 さて、実はここからが大事なんですが、この「オーラ」が変化することがあるんです。今まで「あまりパッとしないな〜」と思っていた子の「オーラ」が、急に輝き始めるんです。そして、この輝きが増すのには、いくつかのパターンがあります。
 1つめは「言われたことを、きちんと最後までやりきること」と「それを継続すること」なんです。そして、それが抵抗感無く、サッとこなせるようになってきた辺りから「オーラが輝き始める」んです。
 2つめは「小学校の算数をきちんとこなせるようになってきたとき」なんです。第一段階は「小学校4年生内容がきちんと出来るようになったとき」。第二段階は「小学校5・6年生の内容がよどみなく出来るようになったとき」なんです。このときに「オーラに変化が出る」んです。要するに「頭の働きが変わる」んですよ。

 まだ、いくつかパターンがあるのですが、おそらく、上記の2つが、お父さん・お母さんが見ていて、比較的、分かりやすいのではないか、と思います。そして、この「オーラ」が変わらないうちは、テストの点数も伸びないのですが、変わったとたんにググッと点数が伸びて来るんです。
 逆に言うと、旧態依然で同じ事しかやっていないとか、いくら言われても直らないとか、そんなふうになってしまうと「オーラ」は変わりません。当然、点数も伸びないし、目標の高校にも点数が届きません。

 日頃、一緒に暮らしていると、なかなか気づかないことも多いのですが、それでも「少し言葉遣いが変わった」とか「何となくダラダラした感じが減った」とか、そういう些細な事でも、気をつけて見て上げてください。大事なのは、そういう「子供さんの気持ちの変化」なんです。
(2017/10/31)

Contentsに戻る


大楽毛中の科目平均


偏差値では、良くわからないという声が出ているようです

 少し前に、大楽毛中の学校平均が、偏差値で表示されている、という話を書きましたが、保護者の方から「偏差値では分かりずらい」というような話もあったようなので、偏差値から算定した平均点を書いておきます。若干誤差などはありますが、参考にしてください。

テスト 国語 数学 社会 理科 英語 合計
総合A 31.9 17.2 21.5 14.7 23.0 110.1
総合B 35.2 22.3 22.2 16.6 25.9 122.3

 さて、点数で気になるところを書いておきます。と言っても、皆さんもこれを見て、すぐに気づいたと思いますが、理科が極端に低いんですよ。こちらに入っている情報では、他校の平均だと、数学より上か、もしくは、数学と同じくらい、数学より平均が低くなったとしても、僅かの差にしかなっていません。そして、30点前後の点数で、偏差値が64とか、65になっているんですね。それで、北海道学力コンクールを受験している人なら良くわかるとおもうのですが、普通、64〜65の偏差値というと、満点に近いくらいで、学力テストで言うと、普通は50点以上とらないとつかないような偏差値なんです。
 そして、平均点も、相当低いですから、ひょっとすると、授業中、非常に騒がしく崩壊状態になっているとか、もしくは、全然勉強の話が進まず、先生の雑談でお終いになっているとか、そういう状況になっている可能性があります。
 ちょっと子供さんに確認してみてください。

 そして、実際に、こうやって平均点にしてみないと分からないことって、結構、あるんです。また「ゲスの勘ぐり」のような話ではありますが、ひょっとしたら、学校で学級崩壊状態が起きているのを保護者に気づかれないようにするために、平均を出さないようにした、などということも考えられます。
 なんだかんだ言っても、やはり平均点で見ていかないと、子供さんの学力状況も、学校の授業の状態も、分からないままになってしまう、ということなんですね。
(2017/10/29)

Contentsに戻る


「中2の計算」大丈夫?


まだ未確定情報なのですが、危ないので、早めにお知らせします

 まだ、完全にハッキリはしていないのですが、中2の最初に習う「式の計算」の単元で、変な計算方法を教えている教師がいるらしいという情報が入ってきました。それで、これ、子供さんに確認して、もしも、おかしな方法で計算しているようなら、早急に直してください。

 内容は、この「式の計算」の中の「乗除混合計算」です。いわゆる「数字どうし・文字どうし」をかけたり・割ったりする計算です。そして、ここで大切になるのは「文字の約分」なんですよ。すでに計算を習っている人は、普通に計算できるのですが、ここでは「文字の約分」を最初に習うところですから、導入では1つ1つ丁寧に約分をしていってから、少しずつ練習を増やし、習熟度を高めていって、最終的には、暗算出来るところは暗算で済ます、という流れで教えなければならないんですね。

 ところが、この最初の「丁寧にきちんと計算する」部分を、まだ習熟度が上がっていない状態でも早めに端折って、雑に計算させるようにしている節があるんです。具体的に言うと「かけ算だったら文字の数を増やし、わり算だったら文字を数を減らせ」というような教え方をしているところがあるらしい、という話なんです。

 それで、もしも、これをやってしまうと、まず「分母に文字が来るはずの計算が、適当に分数の後ろにまとめて文字をくっつけてしまうようになってしまう」ということ。実は、釧路でこういう計算をする子って、すごく多いんです。要するに、わり算を分数に直す、という事をやらないため、きちんと分数にして計算する習慣がつかず、分母・分子の区別の無い計算をやってしまうんですね。
 さらに、この計算がきちんと出来ないと、次の「等式の変形」が出来なくなります。これ、中学校もそうなんですが、それより影響の大きいのは高校でしょう。高校に行ったら、計算が壊滅状態になってしまいますね。

 それで、実際に子供さんに、中2の最初の文字の計算をやらせて、かけ算・わり算の混じった計算が出てきたとき、「答えを見たら分母に文字が入っているのに、うちの子、文字を全部まとめて、分数の後ろにくっつけて答えを書いているわ〜」となっていたら要注意。学校の先生がどういうふうに教えているか、チェックを入れてみてください。
 ちなみに、数学の事をあまり知らない先生が教えているところだと、塾も危ないかも知れません。
(2017/10/28)

Contentsに戻る


「自学」と「宿題」と「指示」


教科書をきちんと読んでみよう

 勉強が出来るようになるためには、練習が必要ですね。漢字を書いたり、計算を練習したり、そういう事って、必ず、ついて回ります。そうなると、どこで練習するんですか? という話になります。さてさて、これ、学校で全部できますか? 
 また、学校で習ったことをすべてその場で覚えられる子って、どのくらいいるんですか? 覚えきれなかった事ってどうするんですか? 学校で覚えられなかった事は、放ったままでいいんですか? 
 結局、家でも練習したり、覚え直したりしなければならないんですよ。だから、家で勉強するように「指示」を出したり、勉強するものを与えるため、「宿題」は必ずついて回るんです。

 だから「練習や覚え直しは必要です」と言いながら「宿題は必要ない」と言っているのは、全く筋が通らないんです。たまにそういうことを言う保護者の方もいるんですが、そういう人は「俺は練習なんか必要ない」くらいに思っている人なんですよ。でも、そういう人って、ちょっと突っ込むと、すぐにボロが出ます。単に「親の見栄」だったり、誰でも知っているような事を知らなかったりするんですよね。

 それで、朗読のところでも書いたので、ここでは「教科書の読み」を例にとってお話ししますね。
 小学校の1年生や2年生では、家で調べることが出来ません。まあ、中には、その段階で辞書の引き方を知っている子もいるとは思いますが、基本的に、辞書に関しては小学校3年生で習うことになっていますから、ここでは、無理強いはしませんね。
 となると、この段階では、先生が読めない字が無いかどうか、きちんと確認して、みんなが声を出して読めるように、漢字にふりがなを振らせたり、言葉の意味を1つ1つ教えてあげたりしますね。この段階では、家に帰ってから練習するのは、きちんと最後まで声に出して読むことです。「家で読む練習をしてくる」という「指示」を出し「声に出して最後まで3回読む」なんていうのが宿題になるわけです。

 これが小学校3年生になって辞書の引き方を習うと、最初のうちは、教科書に出てくる言葉は、ある程度先生が説明して、聞き慣れない単語の2つ、ないしは3つくらいを調べてくるように「指示」を出します。これが「宿題」ですね。そして、その「調べる単語の量」を少しずつ増やしていきます。そうやって、小学校3年・4年の2年間くらいかけて、教科書の漢字や意味の分からない単語をすべて自力で調べられるようにする、なんていうのが目標になっていきますね。

 さて、ここでどうでしょう? 子供さんの辞書の様子は? 結構、使い込んでいるようですか? それとも、完全に机の飾りになってしまっていますか? 

 それで、もしも、きちんと調べているようならいいんですが、机の飾りになってしまっている場合、保護者の責任というよりも、むしろ、学校側できちんと宿題を出さず、子供達に「自力で克服する力」をつけさせていないことになります。これが、後々、大きく響いてきます。
 もちろん、例として、国語の教科書の読みについて書きましたが、一事が万事、すべての教科で「自分で克服することが出来ない」という状況になっていきます。

 実は、学校の先生の書いた本を読むと、こういう「言葉の知識」のようなものでも「みんなで話し合って解決させる」という事をやっているようなところがあるようなんです。こんなことをやらせたら、調べもせず、自分たちの未熟な知識を寄せ集めて、思いつきで想像し、勝手な解釈をしてお終いにならないか、という不安だけが残りますね。

 それはさておき、よくお母さん方から聞く話で「うちの子、何を勉強して良いか分からないんです」「勉強の方法が分からないんです」というのがありますが、全部、この「自学」が問題になっているんです。要するに「家で何をしなければならないか」という練習や経験が全く出来ていないので、いざとなったときに、何をしていいか分からない、となっているんですね。
 そして、こういう話を聞く度に「自分で克服する練習が足りていないんだな〜」と毎回思うんです。

 もしも、こういうふうに「自分で克服する力」がついていないようなら、いざ「中学校に入ってからしっかり勉強すれば大丈夫」とか「入試が近くなってから勉強すれば何とかなる」と思っていても、実は、どうにもなりません。
 ですから、本当は小学生のうちから、全然勉強せずに過ごしてきたのであれば、せめて、受験生となった中3の最初から「自力で克服する練習」を積み重ねて置かなければなりません。それもせずに、入試を迎えてしまったら、本来は「完全にアウト」なんですよ。
(2017/10/27)

Contentsに戻る


11月の数学の進度


引き続き、11月分もいきまっせ

 今回は11月分です。いよいよ年末。ですから、ここで大幅に遅れていると、私立入試までに授業内容が終了しない、という事になります。この「私立高校入試までに授業内容を終える」というのは、教育委員会などの公式見解ですから、もしも確認してみて、まずい状況になっているなら、学校や市教委に、直接、相談してみてください。

 まず中3から。
 中3は、「円」が中心になります。早めのところは10月後半から、遅くても11月の頭からは「円」に入っていると大丈夫です。そして、早めのところは中旬くらいから「三平方の定理」の単元へ。遅くても下旬には「三平方の定理」に入っていて冬休み前までの1ヶ月間を「三平方の定理」に使えるようにしておかなければなりません。
 さて、この「円」の単元で習うのは「接線」関係と「円周角」関係の2つ。ですから、前にも書きましたが、この時期の中3の授業は、新たに習うことを覚える事よりも、それをどのように使って問題を解くか、という内容が中心になります。特に、重要になるのは「相似との融合問題」です。「証明」「図形の計量」を円の内容と絡めてくるのは、入試の常道ですから、ここを外して、基本内容ばかりやっていても、入試に対応できるようになりません。

 中2は「平行線と角」〜「合同な図形(いわゆる証明)」にかけてのところが中心。特に「証明の基本内容をしっかり練習して身につけさせる」という所になります。

 中1は「比例・反比例」が中心。ただ、後半になると「平面図形」に入ってくるところもあると思います。実は、次の「平面図形」に関しては、小学校の勉強内容がしっかり身についていない子が多いため、ここで「面積」関係の問題を手厚く扱いたい、と思っている先生も多いのではないでしょうか。ですから、そういう先生であれば、比較的、早くに「平面図形」に入ってくると思います。
(2017/10/26)

Contentsに戻る


言い訳・うそ・ごまかし・そして「隠蔽」


正面で捉えられないんです

 これは、すごく簡単な話なんですが、「言い訳」したり「ウソ」をついたり、コソコソ「誤魔化し」をやっている子って、基本的に学力が伸びません。当たり前ですよね。前に書きましたが「間違えたところを直して○」にしたところで、出来るようにはなりません。間違えたところは、全部赤ペンを使って直す。当たり前です。

 じゃあ、なんで子供達がそんな事をするか、というと、学力だけで言えば、学校の教師が「自分が教えたところは出来るようになりました」という「誤魔化し」をしているからなんです。それが、子供達の中で常態化してしまっているんです。そして「私は、きちんと授業をやっています」という「言い訳」を作っているんですよ。こんなの「ウソ」ですから。

 そして、この度合いが進むと、積極的に「隠蔽」をするようになるんです。例えば「平均点の公表」をしないなんていうのは、とんでもない「隠蔽」な訳ですよ。

 例えば、市教委。なんで全国学力テストの結果をきちんと公表しないわけ? それでいて「先生方はみんな頑張ってます」なんて言われたところで、信用できますか? 蓋を開けたら、こういう「誤魔化し」や「ウソ」の授業が蔓延しているでしょうに。とんでもない授業をしていたり、授業進度が滅茶苦茶だったり。こんなの「ウソ」をついて「隠蔽」しているだけでしょ? 「いや、それは違います」というんだったら、公表しなさいという話ですよね。

 さらに、今回、とんでもない話が入ってきました。大楽毛中って、学力テストの各科目の平均点を公表していますか? 合計の平均だけになっていませんか? 各科目については、偏差値だけを得点通知表に書いて、それで平均をきちんと出さずに誤魔化そうとしているらしいのですが。
 これ、考えてみてください。過去に、学力テストの平均点をきちんと公表しなかった学校ってありますか? これ、本当なら、保護者が怒鳴り込まなければならないレベルですよ。偏差値だけで子供さんの学力を把握できる保護者の方って、どのくらいいます? やっぱり、平均点をきちんと出してもらって、その上で、平均点と比較してみないと分からない、という方が大半だと思いますよ。
 おそらく、これ、教頭の方針だと思いますから、教頭をつるしあげてください。

 それで、これもこちらに話が入ってきているのですが、今年になって、大楽毛中に新任の教頭が行っていませんか? そして、どうやら、この教頭、去年、附属で社会科を教えていた教師なんだそうです。
 去年の附属の社会と言えば、これ、ご存じの方もいると思いますが、前代未聞の珍事がおきました。中3の総合学力テストの社会の平均点が、市内の普通の中学校に抜かれたんです。附属ですよ。入試を科して、学力の高めの子を集めている学校ですよ。それにも関わらず、その子達の点数をボロボロにした教師なんですよ。そんなやつが、もしも、各科目の平均点を出さないなんていうことをしているんだったら、とんでもない話でしょ。違いますか? こんなの、自分で恥をかきたくないだけの話でしょうに。

 要するに、教えている教師が、自分の仕事にきちんと向き合わないんですよ。それだもん、子供達だって、勉強にきちんと向き合おうとしなくなりますわ。

 そして、こういう事を市教委の指導参事が把握しているかどうか、という話にもなるんですよ。どうなの、これ。
 こんなことを平気でやらせているから、釧路の学力が上がらないの。もう少し、何とかならんのか・・・・。
(2017/10/22)

Contentsに戻る


進路指導での見極め


前項の続きです

 前項では、釧路の学習塾の不合格に対する鈍感さについて話をしました。この「合格・不合格」に対して鈍感〜落ちようと落ちまいと、生徒がやってくるという環境は、学校と同じなんですよ。学校って、進路指導が雑だろうがなんだろうが、生徒は必ず来ますからね。

 ここで学校と学習塾の進路指導の違いを書いておきますね。いろいろこちらに入ってくる情報を整理すると、学校のダメ指導と考えられるのは2パターンです。
「とにかく落としたくない」と考えて志望校を下げさせようとするパターン。
「落ちるのは家庭の責任」と考えて、家庭に丸投げするパターン。
 すでに、卒業してしまった生徒さんがいる家庭で、このような進路指導を受けた方、いませんか? 最近では、2つ目の「家庭に丸投げ」のパターンが比較的多いと思いますよ。酷い教師になると、進路についても「指導じゃなく支援だ」とか。何が「支援」だ。子供の学力について、一番、しっかりとした見解を持たなきゃならないのは学校の教師だろうさ。こういう教師に当たったら、本当にどうにもならないですよね〜。

 これが学習塾だとどうなるかというと、やはり実績が関係しますから、落としたら困るということで志望校をやたらと下げてしまうと実績が稼げないわけです。結果、その子が受験できる一番上位校を見極める事になります。そこを提示して、それから先は「本人や家庭の希望」という事になるんですよ。ですから「湖陵にいけるよ」という提示をしても、本人や家庭が「江南を希望」ということであれば、江南を受験することになる、というパターンです。

 ところが、ダメ塾になると、この「受験可能な一番の上位校」をきちんと提示出来ないんです。要するに「見極めが出来ない」。だから、何でもかんでも「頑張れば、まだ、何とかなる」と思っているんですね。それで、もし不合格になったとしても、感覚としては「落ちたらしょうがない」ですから「やっぱり間に合わなかったね〜」と言われてお終い。
 だけど、その子の今の学力と、その子の勉強に向かう姿勢などを加味して考えたら、どこに受かるかくらいは分かるんですよ。例えば、宿題も満足にやらず、学力も足りない。それでいて「この高校に行きたい・あの高校に行きたい」と言い出しているんだったら「それはダメ」とハッキリ言ってあげなかったら。ところが、親にも子供にも厳しいことが言えないんです。それで、ダラダラと過ごして「落ちる」と。
 まあ、正直に言うと、親の方も、「ダメ」とハッキリ言う先生より、とりあえず「頑張りましょう」と言ってくれる甘い先生の方が好きなのかも知れませんね。

 それで、結局は、きちんとした指導を行っていくと、ほとんど落ちないんですよ。
 これ、自分の事を書いておきますけれども、自分が学習塾にいて教室担当になっていたときには、だいたい、学校の1クラス程度の受験生を受け持つわけです。そのくらいの人数であれば、不合格者が出るのは、数年に1人。自分も100%では無いですから、レアなケースになると失敗はあります。
 例えば、それまでは模試などでもきちんと得点できていて「合格間違いない」と思われていた子が、入試の会場に入った途端、極端に緊張して頭が真っ白になり、テストがほとんど白紙に近い状態になってしまった、というケースがありました。その経験があって、自分も極端な「あがり症」だったりする子は注意をしているんですが、そこまでに極端な子は、前にも後にも、その子以外に見たことがありません。
 ですから、普通に受験してくる子は、普通に受かります。

 たぶん、子供さんが、大手の学習塾でも、本部教室では無く、自宅近くの教室に通っているという方も結構いらっしゃるのではないかと思います。また、中堅規模や小規模の学習塾に通っている方もいらっしゃるのではないかと思います。
 そういう塾であれば、不合格者を出すのは、あっても「数年に1人」くらい。それが当たり前なんです。でも、釧路の場合、現状は逆で、全員合格するのが数年に1回くらいじゃないでしょうか。
 もちろん、自分が以前いた他地域の学習塾でも、合格発表の後の報告で確認すると、ほとんどの教室責任者が「全員合格です」と言うんですよ。でも、釧路だと、ほとんどの教室で誰かが落ちているんです。あり得ないくらい「ぬるい」んです。

 ですから、塾を選ぶ1つの基準として「去年、不合格者はいましたか?」と聞いてみるといいと思いますよ。出来れば人数とか、全体に対する割合とか。そして、そうやって、保護者の皆さん自身も、塾を見る目を鍛えてください。
 例えば、40人以下の塾だと、2年に1人くらいならオーケーだと思いますし、それより生徒数が多いところであれば、全体の割合で3%未満で推移していれば、とりあえず、釧路の中ではいい方でしょう。
 この辺を基準に塾を選んでもいいと思いますよ。
(2017/10/21)

Contentsに戻る


「学習塾」と「不合格」


そんなに落ちてて大丈夫?

 釧路管内の中学卒業者数というと、だいたいざっくり2000名。昨年の不合格者数も、ざっくり言うと200名。ということは、釧路全体で、不合格者はだいたい1割くらいになります。そして、普通は、塾に通っている子は勉強が出来るようになるし進路指導も充実しているから無事に受かって、塾に通っていない子が落ちてしまう、という構図になるはずなんですよね。
 ところが、実際は、塾に通っている子って、意外と不合格になっているんですよ。
 例えば、1教室で40人くらい通っていたとすると、4人落ちたら1割なんですよ。少し規模の大きい塾で、全体で200名通っていたとしたら20名落ちると1割なんですよ。という視点で見ると、今まで子供さんの通っていた塾は、どうですか? 一緒に通っていた子で落ちた子が何人いたか、ちょっと数えてみてください。全員がきちんと合格しました、と言っている教室って、意外と少ないんじゃないですか? 
 ましてや、20人くらいしか通っていない教室で4人も5人も落ちたら、普通に考えて「とんでもない」ことなんですよね。

 それで、実は、地域柄というのもあって、学力が高めの地域というのは、塾に対する目線もシビアなんです。それとは反対に、学力が低めの地域というのは塾に対する目線が、かなり甘い。釧路は、後者の方で、塾に対する目線が甘いため、それに乗っかってしまって、不合格者が出た、ということに対して、鈍感になっている塾が結構多いんですよ。
 これ、不合格者が出たところで、保護者の目線が甘いから、次の年の生徒募集にそれほど影響が出ないのが原因なんです。

 これが、一旦釧路を離れるとどういう事になるかというと、保護者の目線が厳しくて、もしも不合格者を出してしまったら「あそこの塾に通うと落ちる」とか「指導の仕方が良くないんじゃないか」という評判を立てられたり、もしくは、ちょっとした「縁起担ぎ」みたいなものもあって、次の年には生徒が来なくなってしまうんです。自分が元いた学習塾なども「本部拠点」があって、その他に、それぞれの学校の近くに「分校」が置かれていたんですが、その分校で不合格者が出た場合「やっぱり本部教室の良い先生が集まっているから、本部の方に通います」という生徒が大量に出て、結局、その分校に通う子が極端に少なくなってしまうんですね。もちろん、そんな教室運営をした教室責任者は、即、交替。ですから、講師の方も、合格・不合格については、非常にシビアなんです。

 ところが、自分、釧路の転勤してきてみると、そこは別世界です。「まあ、しょうがないよな」ですよ。塾なりの理由が成り立てば、あとは「しょうがない」にされてしまうんです。これが「塾の釧路感覚」なんです。「ギリギリで塾に入ってきて、とりあえず頑張ってみたけど、結局、間に合わなかったよな〜」。ギリギリであろうとなんであろうと、受け入れた以上は責任が発生するでしょうに。

 ついでに、自分の事も書いておきますが、自分、家庭教師を始めてから不合格者は1人だけです。それも、ちょっと変な不合格なんです。というのは、間違いなく定員割れするだろう、ということで、受験させて、結果、補欠になったんですが、合格の通知が来ないまま、二次募集の締め切りになってしまったんです。それで、しょうがなく二次募集に行ったんですが、あとでみてみると、やっぱり定員割れしているんですよ。なんじゃこりゃ? ということで1人です。ただ、こういうことを書いたところで、結局、落としたのは自分の責任です。安全策で、1つ下に下げておけば良かったわけですし。その子の性格の見極めが失敗の原因ですね。

 ということで、釧路の塾と他地域の塾では、全く、感覚が違うということ。同じ全道展開している塾でも、釧路だけは異空間くらいの感覚なんです。そして、塾に通わせようと思っている保護者は、比較的勉強に対してしっかり考えている人が多いと思いますが、そういう人でも、まだ、塾に対する目線が甘いんですね。結局、ここが変わらないと、塾も変わらない。当然、学校も変わらないし、地域の学力も上がらない、ということなんでしょうね。
(2017/10/20)

Contentsに戻る


教材作成の盲点


大事なのは「それ以外の所」

 学校の先生方の「忙しい」の大きな原因の一つとして、特に、小学生の場合「教材作成」というのがあるんだそうです。黒板に貼るものを作って、授業を分かりやすくしようとしたり。中学生あたりだとプリント作成などもあるんでしょうね。
 ところが、この教材作成が学力向上の大きな妨げになっているケースがあるので、今回は、そのお話です。

 というのは、特に授業の展開を考えずに「教材作成」ばかりに目が行ってしまっている先生に多いと思うのですが、自分で作った教材を使うときには、使い方などを工夫したりしてスムーズに授業が進むのですが、そういう教材を用意していない部分がガタガタ。
 例えば、以前、学校の先生の授業を見学したときの事なんですが、黒板にいろいろな図形を貼り付けて、ああだ、こうだ、とやっているうちは調子がいいんです。ところが、問題演習に入って、みんなが教科書の問題を解いたあとの解説がグダグダ。そこから、一気にペースダウンして、授業の最後は、結局、何だか訳がわからん、ということになってしまっているんですね。

 要するに、その日の授業で何を身につけさせなければならないのか、どこに重点が置かれるべきなのかを考えずに、教材を使って説明しやすいところばかりに目が行ってしまっていて、肝心のところの準備がしっかり出来ていないんですね。

 まあ、正直に言うと、自分で一生懸命作ったものですから、それを目一杯使って授業をしたい、という気持ちは分からなくも無いのですが、でもね「そこじゃないでしょ」という感じなんですよ。

 それで、授業の組立の仕方を簡単に書いておきますが、
1 その日の授業で身につけさせるものは何か、をしっかりさせる。
2 そのメインの内容に向かって、どのような手順で授業を進めるか、段取りをしっかりする。
3 その段取りの中で必要な教材を考える。

 ということで、教材を考えるのは、最後の最後なんです。それを「まず、教材ありき」からスタートするから、授業内容が本末転倒してしまうんです。同じように「まず、教科書を消化させる」もアウト。「とにかく、教科書の隅から隅まで全部きちんとやろう」というのも、どこがメインで、どのように子供達に与えるか、ということを考えていない点では全く同じなんです。こういう授業をやっていては、学力はついていかないんです。

 ですから、教材作成は「付加」。メインの内容をどのようにして身につけさせるか、からスタートして、授業を構築するのが大事なんですね。
(2017/10/18)

Contentsに戻る


「学力把握」と「机間巡視」


「テスト」と「机間巡視」

 子供達がどれだけ学力をつけているかを確認する方法というのも、様々ありますが、一番分かりやすいのは「テストの点数」ですよね。ところが、その点数だけを追いかけても、なかなかハッキリしないことってありますね。例えば、子供さんのテストの点数を見ると「上がったり、下がったり、上下の動きが激しい」とか、「質問して聞いてみると、分かっているようなんだけど、テストになると点数が取れない」。またはその逆で「聞いてみると、何も分かっていないようなんだけど、点数はそれなりに取ってくる」なんていうケースもあるのではないかと思います。
 そこで、学校では、生徒がテストの最中、問題を解いているところを見回りながら見て歩く「机間巡視」というのを行うんですね。
 そうすると、子供さんの学力面がいろいろと見えてきます。

 例えば、習ってすぐのときには、同じパターンで問題を解けば良いので、すぐに出来ます。ところが、単元のまとめのテストとなると、違うパターンが混じってくるため、その区別がつかず、結局、グチャグチャな解き方をしてしまう子が出てきます。
 お父さん・お母さんで記憶があるのは、中3で習う展開公式とか。最初に習ったときには、同じパターンで問題を解けば良いので、簡単なんですが、単元がまとまると、似たような公式が出てきて、つい、書かなければならないものを抜いてしまって「失敗した〜」という経験のある方もいるのではないでしょうか。
 これ、ケアレスミスではなくて、公式の区別がしっかりついていないために起きる現象。すなわち、学力がきちんと追いついていない状況なんです。当然、新しいものを習うと、以前習ったものが頭の中から完全に抜け落ちてしまう子、というのも少なくありません。例えば、正負の数で、かけ算の符号の決め方を習うと、足し算・引き算まで、かけ算と同じ符号の決め方してしまい、
(-2)+(+7)を(-5)
と答えたりする子が出て来るんですね。

 それから、一番まずいのがカンニングに類するもの。
 実際に、いろいろな事を聞いてみると、全然出来ないのに、テストでは、それなりの点数を取ってくる子。こういう場合、その子をよくよく見ていると、隣の子の答案を盗み見るようにするんです。そして、こそこそっと写して、その答案を提出。意外に小学生に多いんですよ。

 それで、なぜ、このような現象が起きるかというと、答えは簡単。小学校の先生が「出来た順に持ってきなさい」という指導をしているから。
 こういう「練習用のテスト」をやらせているときには、きちんと机間巡視をして、どこがどのように出来ていないかを把握して回らなければならないんですが、それをしないで、教卓のところにドンと座って、プリントを持ってきた子にかかりっきりになるんです。

 本来であれば、机間巡視をしたあと、子供達の間違えているところを、黒板で解説しながらみんなで確認し合ったり、ちょろちょろカンニングしそうな子がいたら、机間巡視しながら「きちんと自分の力で解きましょう。隣の人のを見るのは反則ですよ」と言って回ったり、もちろん、問題パターンの区別がつかず、間違えた計算をしている子がいたら、区別の付け方をみんなで確認したり、そういう指導をしていく中で、学力が向上して行くんですね。

 ところが、ドンと座り込んだら、どうなるか、というと、持ってきた子の間違えた問題だけを解説してお終い。これだと、問題パターンの区別の付け方がわからないまま。次に同じようなプリントをやらせると、今度は、今まで出来ていた問題が出来なくなっていたりするんです。
 また、当然、プリントを持ってきた子にかかりっきりになりますから、他の子はカンニングし放題です。間違えた問題を「もう一度、自分の力で解いてみよう」と席にかえしたところで、結局、他の子の解いた答えを写してお終い。要するに、カンニングです。
 おまけに、最後まで出来ずに持っていかなかった生徒にどのような対応をしているのか? 面倒だったら、そういう子を放ったままお終いにしているんじゃないのか? という状況なんです。
 ですから、こんな状況で学力がつくわけが無いんです。

 おそらく、小学校の先生に多いのではないかと思いますが、教えた直後に、みんな出来ていればそれで「出来た」という判断。でもね、聞いた直後は誰でも出来るんです。大事なのはその後。そして、いろいろなパターンが混じったテストをやって、出来ていなかったら、その問題だけが出来ないんだ、という判断。どのパターンが出来ないのか、どのパターンとどのパターンを混同しているのか、そういう認識が出来ないんです。もちろん、解き方の手順の誤りなども指摘は出来ません。
 だから、算数・数学の学力が低いままなんです。

 以前にも書きましたが、このように「授業中に出来た順に持ってこい」をやっている教師は「学力を上げられない教師」なんです。「出来た順に持ってこい」をやるのは、授業終了後。帰りの会が終わった後で、自分の力だけできちんと解く環境を作り、最終的に出来なかった子を補習で残す、という状況でやる方法なんです。

 ですから、子供さんに、授業の状況を聞いてみてください。写し書きしようが、何をしようが、答えが合っていたら○をつける教師だったら、それは最悪、と思っていていいでしょう。
 きちんと「机間巡視」をして、子供達の「学力を把握」し、それを「子供達みんなに還元させる」ような授業を行っている先生でなければ、学力は上げられないんです。
(2017/10/10)

Contentsに戻る


先回りをして言い訳をするお母さん


これ、一生後悔すると思いますよ

 他地域と釧路で「部活や少年団」をやっているお母さんの感覚で、一番違うのは、ここだと思います。
「子供が勉強をサボったときの言い訳を、子供より先にしてくるお母さんがいる」ということ。ここが異常なんです。

 何度か書いていますが、自分は部活や少年団を否定している訳ではないんです。むしろ「ドンドンやりなさい」という方向なんです。いわゆる「文武両道」派なんです。勉強よりも運動の方が得意だったら、運動の方にウエイトを置いてもいいんですよ、というスタイルなんです。ただ、釧路の場合「運動をやっていれば、勉強できなくてもしょうがない」感覚の保護者が非常に多いんです。いくら何でも「それはダメだ」と言っているんです。

 例えば、スケートの選手だったり、卓球の選手だったり、まだ、中学生くらいの年齢で脚光を浴びたりしている子供達は、学校の宿題を練習の合間にきちんとやっていたりしますよね。そういう子供達というのは「運動を勉強できない理由にしたくない」と考えているんです。やらなければならないことは、きちんとやる、という考え方。テレビで取り上げられるような一流の選手とまでは行かなくても、普通は、そういう発想で物事を考えているんです。
 前にも書きましたが、他地域では、勉強をサボってやらないんだったら、部活や少年団を辞めさせるからね、なんです。

 ところが、釧路では、この感覚が通用しないんです。「今日は○○に遠征に行ってきて、時間がないから宿題に全く手を着けていないんです」「練習で疲れて帰ってきて、全然、勉強できていません」ということを、本人が言う前に、お母さんが率先して言い出すんです。だから、本人は「運動をやっていれば、勉強なんかしていなくても大丈夫」という感覚で育って行くんですね。そして、それが慢性化していって、いざ「勉強をしっかりやらなければならない」という時になっても、勉強に全く手を着けない子になっていくんです。

 それで、ここからが大事なんですが、こうやって「勉強をしない習慣がついてしまった子」は、自分の見ている限り100%ですが「勉強しなければならなくなったときにも、勉強にまともに取り組めない子」になってしまっているんです。それまで、さんざん「部活だ、少年団だ」と言って、勉強をサボってきた訳ですから、その遅れを取り返すには、相当、必死になって取り組まなければならないのですが、宿題でも、ほんの少しやってあれば、それでお終い。特に悲惨なのは、小学校2年生、3年生の漢字すら満足に読み書きできない、小数になったら計算が分からない、となっているにも関わらず、練習をきちんとしなさい、と言っても、全然、やらない。こういうふうになったら、高校入試どころか、まともな生活ができないと思いますよ。

 そして、おそらくは、ホッケーとかサッカーとか、そういう事をやってきている家庭のうち、親が一生懸命言い訳を言ってきたところは、ほぼ、100%近く、こういう状況になっているのではないかと推測しています。さらに言うと、そういう事をやってきていても、受かる高校がある、ということが、この悪環境に拍車をかけているんだと思います。北見・帯広だと、そういうことをやってきた子供さんは、電車に乗って、地方の高校に通わなければならなくなるわけですから。

 実際には、ホッケーやサッカーをやっていても、塾に通っていて、宿題などをまじめにきちんとやってきている子は、入試近くなってからも、しっかり勉強に取り組めるようになっています。そして、そういう子に聞いてみると、やはり、親が「勉強もきちんとやらなきゃダメだ」という事を本人に言い聞かせているんですね。中には、目標にしている高校に受かるだけの学力がキープできないなら、少年団はやめるよ、と言っている家庭もあるんです。ただ、他地域から比べると、そういう家庭は、まだまだ少数派だと思います。

 ですから、少なくても「いざ、蓋を開けてみたら、小学校の基本すら満足に身についていないような、将来、生活に困るような状況になっている」という事態を避けるためにも、文武両道をしっかり考えていって欲しいと思います。
 さらに付け加えると、ある程度の学力があって、そこそこの高校に行けるようになっていたとしても「いざ、やらなければならないときに、それが出来ない」という状況になっていたら、それは、将来に大きな障壁になってくるだろう、ということです。資格試験を受けようと思っても、自分で物事をきちんと出来るようになっていなかったりするわけですから「勉強しない言い訳を親の方から積極的にする」ようになっていると「最後に困るのは、子供さん」の方だと思って、そういう事を言うのは御法度にしてください。
(2017/10/09)

Contentsに戻る


「めあて」と「まとめ」


授業の最初と最後にきちんと話すことになっているようなんですが・・・

 全国学力テストの授業アンケートの中に「毎回の授業で、その日に学習する内容を話している」〜いわゆる「今日のめあて」を話している、というのと「授業の最後に、その時間で学んだ内容を確認する」〜いわゆる「今日のまとめ」を話している、という項目があるんですが、ご存じでしたか? 

 アンケートの結果だけを見ると、各先生方、きちんとやっているという事になっているようなんですが、ただ、学力的にどうなのか、というと、いまいち、効果が上がっていないようなんですね。結局、どのタイミングで、どのような事を話すか、という「話す内容」がしっかりしていないため、ただ単に「今日はこう言うことを勉強しま〜す」や「今日はこういうことを勉強しました〜」と言っているだけだと思うんですね。これだと、ハッキリ言って、効果はあんまり無いんですよ。

 そこで、どのような言い方が望ましいか、というと、まず、その授業の目標になる「めあて」については、前の授業の最後に話をするんです。「次は、こういう勉強をしますから、こういう準備をしてきてくださいね」とか。1つ前の「朗読」の項目でも書きましたが、あらかじめ、次に何をするか、と言うことを話しておけば、予習する子も出てきますし、うまく行けば休み時間中に「そう言えば、今日、この勉強するんだって先生が言ってたよね〜」と生徒が話すようになったりしますから、授業前の段階で、しっかり「心づもりが出来ている」状態になっていたりします。けれども、その時間になって、いきなり「今日はこれをします」と言われたところで、生徒の方は心づもりも何も出来ていないでしょう? そんな状況で勉強を始めても効果は薄いですよね。

 それでは、もう一つの「まとめ」についてはどうかというと、もちろん、授業でやった内容の事はお話ししますが、当然、それだけではありません。今日勉強した内容が、次の授業にどのようにつながるのか、特に「算数・数学」などの積み重ね科目では、その積み重なり方が分からないと、その日にやった内容がどのくらい大切なのかが分からなかったりするので、きちんと、その流れをお話することになりますね。
 そうなると、当然、今日やった内容と合わせて、次に勉強する内容も話すことになります。そこで、次の勉強の「めあて」と言うことになってくるんです。
 もちろん、そのときに、家での勉強をどのようにしたらいいのか、という事も合わせてお話しすると、いいですよね。そうすると、次の授業も分かりやすくなってきます。

 もちろん、サボり癖のある子は、何を言われてもきちんとやって来ない、なんていうこともあるでしょう。でも、そうやってお話をしていく中で、きちんとやっている子がいるわけですから、そういう子を取りこぼさないことなんです。

 2つ前の項目の「○つけ」の話でも書きましたが、サボり癖のある子でも「何となく出来るような気にさせる」ことは必要ありません。逆に「サボった分だけ出来なくなる」という感覚が、中学・高校と先に進学していく際、非常に大事な感覚になるんです。ですから、小学校の低学年・中学年のうちに、勉強にむけてしっかりした感覚を持たせるようにしていってください。
(2017/10/08)

Contentsに戻る


「朗読」させましょう


本を読めるようになるため、まず、最初にやること

 「立て板に水」のように、棒読みでもスラスラ読める子と、ゆっくりでもいいから、きちんと状況を考えて、感情を込めて読む子と、どちらが、国語が出来るようになるでしょう? 
 これ、正解は、後者の「状況を考えて、感情を込められる子」なんです。

 英語で考えても同じです。「教科書を読みなさい」と言われて読むだけなら出来ても、訳しなさいと言われると訳が出来ない子って多いですよね。結局、いくら読めたって、言葉の意味が分からなければ、文章の意味が分からないんですよ。

 それで、これはかなり昔の話なんですが、戦前の学校の授業と言うと、小学校では、国語は「読み・書き」が中心だったようなんですね。そして、直接「国語の時間」というふうにまとめた言い方よりも、「書き方の時間」とか「朗読の時間」と、学習内容を分けて言っていたようなんです。当時の子供向けの小説でも「書き方の時間で先生に誉められた」とか「明日の朗読の時間でうまく読めるように教科書を読んでみた」なんていう表現が結構出て来るんですね。
 そして、終戦当時、GHQが日本人の識字能力を検査してみて、その高さに驚いた、という話もあります。

 さて、その当時の「読み方」についてなんですが、つっかからずに早口で「スラスラ読める」というのは、決して「いい読み方」として扱っていないんです。今、お母さん方が「絵本の読み聞かせ」などをやっていると思いますが、そのように「聞いている他の人がそのお話の内容を把握できるように、情景を想像できるような、感情を想像できるような、それが相手に伝わるような読み方」が「いい読み方」とされているんですね。
 すなわち、読んでいる人が「その文章の内容を理解して読む」という事が大切だ、という話なんですよ。そういう読み方がいわゆる「朗読」なんです。

 そういう視点で見たときに、今、学校の授業ってどうなんだろう? ということなんですね。たぶん、とりあえず読めたら「はい、良く読めました〜」と誉められてお終いなんじゃないかな、という気がするんですが、どうでしょう? 「ここは、こういう場面だから、こういう気持ちでよみましょう」みたいな話って、出てきているんでしょうか? 
 そして、「次回の授業では、教科書をみんなで声を出して朗読をしますから、本を読む練習をしてきてください」という指示を出している先生って、どのくらいいるんでしょうね? 

 小学校低学年であれば、こうやって「本を読む練習」が、そのまま「予習の習慣づけ」になって来るわけですし、内容が把握出来ていれば、助詞の「て・に・を・は」の読み間違いなども減りますし、ましてや「漢字の読めない子」というのも減ってきます。それでも、読めない子が出てきたら、帰りにちょっと残して「読む練習」をさせてもいいじゃないですか。
 こうやって、小学校の時にしっかり「朗読」として、国語の読み方を練習していれば、中学校になっても、小学校レベルの漢字が読めない、という子は相当数減ってくるはずです。

 また、辞書の引き方を習った後であれば「どういう気持ちで読めばいいか」と言うことを考えるようになったときに、きちんと辞書で言葉を調べる習慣もつけられるでしょう。この辺は「学校の先生の指示1つ」でいくらでも変わるところです。
 そして、内容を把握しながら読むようになると、当然、本の面白さが分かってきますから、読書に積極的な子供も増えるはずですし、算数の文章問題を読んでも、きちんと「意味を把握しながら考える事が出来る」ようになってきますね。

 最近「速読」なんていう話がありますが、いたずらにスピードを上げる必要などありません。本を読むスピードは「個人差」程度に考えておけばいいんです。大事なのは「内容を把握してきちんと読む」ということ。「私、読むの遅いんだよね〜」と言う人もいますが、それでも「内容を上っ面でしか把握せず、ただ、早いだけ」という読み方よりはずっとましです。
 ですから、機会があったら、子供さんに「朗読」させてみてください。お母さんが本を見なくても内容が把握できるような読み方をしていてくれればオーケーです。逆に、子供さんが早口でスラスラ読んだところで、お母さんが内容を把握できないようだったら、それはダメ。そこを基準にするといいでしょう。
(2017/10/03)

Contentsに戻る


「○つけ」と「学力」


直して○は変

 勉強しているときに、問題を解いて自分で「○つけ」をすることがあると思います。それで、以前も何度か書きましたが、ここでハッキリ言います。「勉強が出来ない子に限って、変な○つけをしています」。その中でも最悪なのが「鉛筆で直して赤ペンで○」「鉛筆で答えを写し書きして赤ペンで○」。こんなおかしな事をやっているのは、おそらく釧路だけではないかと思います。

 たぶん、お父さん・お母さんは、自分の力で出来ていたところだけが○ですよね。間違えたところや分からなかったところは、ちゃんと赤ペンで直したり、赤ペンで写し書きしたりしていたと思います。そして、そうやって、赤ペンで書いた所〜自分の力で出来なかったところ〜を復習して、自分の力だけで出来るところを増やしていこうとするのが、勉強じゃないですか。それを「○つけ一つ」で、すべて台無しにしているんです。

 それで、これも以前書いたのですが、小学校のテストの採点で、驚くような事をやっている小学校があるんです。
 どうなっているかと言うと、小学校で単元のまとめのテストなどをやりますね。すると、例えば、それで50点しか取れなかった子がいたとしたら、その子のテストの合っている所には○をつけますが、間違っている所には×を書かずに返却し、その場で直させるんです。そして、直して持ってきたら、そこで○をつけて、点数を上げるんです。もちろん、直すと言っても、自分の力で直す訳ではなく、合っている子の答えを写し書きしたりしてお終い。それで
「みんな100点でした〜」
って、バカじゃないの? おまえ、何やってんだ! っていう話じゃないですか。おまけに、それで、全員が出来ました、ということにされた日には、中学校に行って、勉強についていけないのは、当たり前でしょ。

 中学校も、本来は、小学校でそういう事をやってきたとしても「中学校では、自分の力だけで出来たものは○。それ以外は全部×ですよ」という話ぐらいしておけばいいでしょ。それが中学校になってもそのままなんですよ。
 だから、まじめに勉強しようとしないんです。分からなくても写して○にすりゃいいじゃん、っていう感覚なんですよ。そんな状態で学力がつく分けないんです。

 そして、これ、実は、教育大が悪いんです。ただ、これに関しては、釧路教育大だけかも知れません。なにせ「詰め込みは悪」「覚えるのは悪」という感覚でいるんです。だから、英単語にしても「毎回テストをやって、きちんと覚えさせよう」とやっている教師って、ほとんどいないと思います。少しまともになってきたのは漢字だけです。「考える力が大事」というのは、それだけを聞けば良さそうに思うかも知れませんが、裏を返して「物事を覚えさせないようにしよう」とやっていると考えた方がいいんです。だから、釧路はいつまでも学力が上がりません。

 でも、最終的に、高校入試・大学入試などでは「覚えなくてもいい」は一切通用しない訳ですから、もしも、今、子供さんがおかしな○つけをしているようなら、早急に直してください。
 ○つけについても、いろんな事を書いている人がいますが、余計な色なんか使わなくても構いません。出来るところと出来ないところの区別を付けることが最優先ですから、赤ペンだけでいいです。そして、「これは、次は出来るようにしよう」とか「考え方は合っていたけど計算が違った」なんていうところは、問題番号に○とか△とかをつけておけばいいんです。そして、後で見直したときに、△が多かったら「計算をきちんと出来るようにしよう」と考えて、計算練習をすればいいんです。

 それで、もしも、小学生の子供さんが満点を取ってきたとしても、どういう状況で満点だったか、を確認してみてください。また、ノートの○つけも「本当に自分の力だけで出来たのか」を確認してみてください。
 今の子供達は、元々学力が低いわけですから、もしも、きちんとやったとしたら、問題集などは、ほとんど「真っ赤っか」になると思います。でも、それは、今時点での本来の状況ですから、一旦、それは容認してください。そして「少しずつでもいいから、自分の力だけで出来るところを増やしていこう」というお話を子供さんとしていければいいと思います。
(2017/09/29)

Contentsに戻る


10月の数学の進度


引き続き、10月分です

 今回は10月分です。本来は「遅い学校を確認するため」と思って書いていますが「早すぎて、逆に学習内容を身につけていない」なんていう事になっても、それは問題ですから、その辺も注意してみて下さい。

 まず中3から。
 中3は、相似が中心になります。早めのところは9月後半から、遅くても10月の頭からは相似に入っていると大丈夫です。
 それで、9月のところにも書きましたが、中3で新たに習う内容というのは、それほど多くありません。相似で言えば「相似の基本概念」「相似条件による証明」「平行線と線分の比」「中点連結定理」だけ。ですから、新たに何を習ったか、ではなく「その習った内容をどのように使っていくか」という「問題演習」が中心になる単元です。そして、まだ、今の段階では、三平方の定理などは習っていないので、どちらかというと「基本的な使い方を身につける」という感覚で捉えておけばいいでしょう。
 ただ、新たに習う内容が少ないため、基本内容を教えられただけで、問題演習がほとんど無い状態でお終い、と端折られていたのが、従来の釧路の数学でした。ですから、お父さん・お母さんにみて欲しいのは「ノートにどのようにまとめられているか」ではなく、量や難易度がどの程度まで「問題演習で扱われているか」という所に視点を置いてみてください。
 ハッキリ書いておきますが、教科書内容だけでは、明らかに問題演習量は足りません。

 中2は10月の前半くらいまで「一次関数」にかけてくるところがあるのではないかと思います。基本的には「平行線と角」〜「合同な図形(いわゆる証明)」にかけてのところが中心。それで、実は、他の地域の子供達は、この「角度」の単元が大好きで、ここから図形が得意になるという子も多いのですが、釧路だけは、この角度関係が苦手な子が非常に多いんです。ですから、ここから学力を一気に伸ばす子が出てくるはずが、釧路の場合、ここで足踏みになってしまうんですね。
 それで、おそらく原因は小学校の授業にあるのではないかと思っています。小学校のときに「図形を逆さまにして見てみたり、線をなぞってみたり」といろいろなことをして、図形の問題に取り組むはずなのですが、どうも、小学校の段階では「考えてみよう」と子供達に丸投げしてお終いしてしまって、先生がきちんとしたことを教えていないのではないか、と思われまず。ですから、ここが不得意という子は、中学校で出てくる勉強内容と同じような問題を小学校4年生や5年生で扱っていますから、そこまで戻って、基本的な練習をこなすようにしてください。

 中1も「方程式」が少し入り込んでくる学校もあると思いますが、最低でも10月の半ばあたりからは「比例・反比例」に入ってきます。そして、ここで大事なのは「代入」と「方程式の計算」。これがしっかりしていないと、関数全般が分からなくなってしまいます。ですから、この単元について言えば、小学校内容よりも、中学校に入ってから習った「文字式」「方程式」内容がしっかりしているかどうかの方が大事になります。
 復習できるのは今のうちですから、関数の単元に入って「全然わかんない」と子供さんが言い出すようであれば、もう一度、「文字式」「方程式」に戻って、少なくても基本的な計算がしっかり出来るように勉強を進めてください。
(2017/09/27)

Contentsに戻る


「国語」が二極化傾向!?


総合Aの平均から

 総合Aのテスト結果が出始めて、各科目の平均などが情報として入ってきていますが、どうやら、国語がだんだん二極化しているようです。というのは、ここに来て、国語でちゃんと点数を取れる子とそうでない子の差がハッキリしてきているようなんですね。
 各中学校の平均も、かなりばらつきが出てきているようで、40点を超える平均のところもあれば、30点前半の平均のところもあり、以前は、それこそ「ドングリの背比べ」に近かったのが、ここに来て、点差が開いてきているように感じます。そして、生徒と話をしていても、普通に話の通じる子の得点は比較的高めで、50点台も結構いるように感じます。
 ですから、中学校の国語の平均点で考えると、上位集団が多いと平均が高め、下位集団が多いところが平均が低めとなって、中間層は以前より減っているのではないかと思います。いわゆる二極化ですね。
 そして、こういうふうに、きちんと国語の理解力が上がっている子が増えているのは、良い傾向だと思うんですね。

 それで、その原因を考えているんですが、全国学力テストの結果を見る限りでは、おそらく「小学校時点の取り組みがしっかりしているところ」の中学校の国語の得点が上がってきているのではないでしょうか。漢字はもちろん、文章を読ませたり、書かせたり、読書のレベルを少しずつ上げていったり。そして、さらには、女性教師が「おまえらな〜」というような汚い言葉づかいをせず、細かく丁寧に子供達を見て上げているところが好いのではないかと思っています。

 逆に、数学の平均が低く、ドングリの背比べが未だに変わらないのは、これは、その責任の割合を見ると、どう贔屓目に見ても、小学校対中学校で2:1くらい。未だに小数・分数の計算が出来ないままだったり、小学校低学年の文章問題すら満足に出来ないような状況で中学校に送りだしているようでは、中学校に行ってから、数学ができるようには、絶対になりません。

 ですから、小学校の勉強くらいとバカにしてはいけません。ここがしっかりしないと、どうにもならなくなるんです。学校の平均が低い中学校に進学する子供さんがいる場合、中学校がいいとか悪いとかよりも、まず「うちの子、小学校の内容がきちんと出来ているかな」と思って、勉強内容を確認してみてください。市販のドリルくらいであたふたしているようだと「中学校に行ってから、学力は伸びない」くらいに考えておくといいと思います。
(2017/09/26)

Contentsに戻る


更新2017年 12月 16日 (土)

トップページに戻る