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2005年 観劇感想 上半期


2005.06.25

歌舞伎座『六月大歌舞伎 昼の部』 1等1階真ん中花道寄り

『信州川中島合戦』(『輝虎配膳』)
4回目にしてようやく輝虎が1枚づつ脱いでいく白い胴着の模様の違いを拝見。微妙に白の色合いも違っていた。やっぱり梅玉@輝虎は私的ツボのようだ。出てきた途端、ニマニマしてしまう。おひげを生やした武将が正装してまじめくさった顔して配膳する図なんてヘタすりゃ滑稽なだけになりそうなのにきちんと貫禄もあるし出の緊張感の保ちようが素晴らしいなあ。この方の声の涼やかさが輝虎が部下の忠告をまじめに受け入れようと努力しているという部分がちゃんと芯の通ったものになるだろう。でもやっぱり怒りだしちゃう短気ぷりが可愛い。あやうく輝虎のブロマイド写真を買ってしまうとこだった。もう一回観てたら買ったかも(笑)

越路@秀太郎さんが豪胆なクセのある老母ぷりに磨きがかかっていた。佇まいに存在感が増していたように思う。花道での引っ込みでのすべてを飲み込み覚悟を決めたような表情には圧倒させられました。反対に嫁のお勝@時蔵さんのホッとした爽やかな笑顔を見せ、いそいそと姑の後を追う。女二人の対照的な引っ込みが印象的でした。

それにしても時代物として本当に端正で良い舞台でした。

『素襖落』
吉右衛門@太郎冠者さんがノリまくっていた。いつもの愛嬌が自然と体からこぼれ落ちとても楽しそうに演じてらした。酔いっぷりも見事。やはりこの方は素晴らしいなあ。ニンに合いそうにないものでもしっかりモノにしてくる。

富十郎さん@大名某の声のハリがやはり戻ってきている。爽やかでスコーンと耳に入ってくる歯切れのいい台詞廻し。この方の歯切れのよさは誰にもマネできないだろう。これからもまだまだ活躍していただきたい。

『恋飛脚大和往来』「封印切」「新口村」
今月、4回ほどこの演目を観てやっぱり上方和事って難しいんだなあとつくづく思いました。上方の雰囲気を出すことの難しさ、はんなりな風情を出す難しさ、じゃらじゃらした軽みを出す難しさ、突っ込み芸の難しさ。そしてネイティブではない大阪弁をこなすことの難しさ。そして今回、江戸生まれ江戸育ちの染五郎がどこまで出せるか、その挑戦を観てきました。正直、残念だけど上方の雰囲気は最後まであまり出せてなかったように思う。まるで無いわけじゃなく、どことなく漂わせるとこまではいったかなあとも思うのだけどやはり上方ならではのねっとりした桃色オーラは薄味だったかな。こういうのって一朝一夕に出てくるものではないんだよね。でもね、それでも仁左衛門さん、秀太郎さんの強力バックアップの元で、とても良いものを観せてくれたなあと個人的には思います。きっと染ちゃんにとってこの経験はかなり大きなものとなるでしょう。そして孝太郎さんにとっても。この二人の頑張りに拍手。

今回はかなりのめり込んで観てしまったので染五郎@忠兵衛に贔屓目全開になりそうです。染ふぁん以外の方は割り引いて読んでください(笑)

「封印切」
1階の真近かで観てみて、未熟な部分が改めて見えてしまった部分もありました。特に「封印切」の前半、上方の雰囲気がどうしても出てなくて薄いままであった。こればかりはもう仕方ないかと思ってはいたのだけど、やはりもう少しふわふわじゃらけた雰囲気が欲しかったなあと贅沢な要求をしてしまう。柔らかさはだいぶ出てきていて、軽くひょこひょこと出てくる花道の出はとっても可愛らしかった。この浮世離れした感じは上方さを演じて出してるわけではなく染本人の柄からきてるものなんだろうなあ。だからなんつーかふにょふにょじゃなくてひょこひょこっと出てくる感じ?江戸風味のぼんぼんなんだよね。

それと「会いに行こうか行くまいか」の部分もサラサラと流れてしまう。だって染忠兵衛はもう会いに行くつもりなんだもん。逡巡してないわけよ。ととっ、と井筒屋の前に来ちゃう。でもそれが近くで観ると川さんにどうしても会いたいのね、と思ってしまってとっても可愛いく思えてしまう。だから対面した時の喜びがまあなんつーか笑ってしまうほどアホなんだわさ。「川ぁぁぁ〜〜」の甘えた声はどうよ。でまたその時の孝太郎さん@梅川の「忠ぅぅぅさぁぁん」がいじらしくって会えてうれしいって気持ちが爆発しておりました。

孝太郎さん@梅川がほんと急激に柔らか味が出てきたなあ。遊女らしいはんなりとした色気も随分と出てきてて、なにより台詞回しがふんわりと優しげで甘える口調になっていた。あ、これぞ梅川だ、と思いました。体もかなり殺してきてて染五郎@忠兵衛の胸元にすっぽりと入り込んでいた。

裏口でのらぶらぶモードは前で観る方がよりわかる。小さい声でお互いちょこちょこ言い合ってるんだね、知らなかった。お互いじゃらじゃら拗ねあってて、でもここは梅川が一枚上手。やっぱり姉さん恋人だ。ただ甘えてるだけの声じゃない、ちゃんと忠兵衛が行かないようにうまくうまく誘導している。その極め付けが「あっ、イタタ」なんだね(笑)。忠兵衛はもうすっかり梅川と離れられない。自分の弱さを自覚しつつも優先順位が梅川になってしまっている、そんな感じだ。この二人を見守る秀太郎さん@おえんがとっても優しいまなざしだ。二人のことを守ってやらなくちゃ、って本気で思ってる。それが伝わってきた。おえんさん、好きだ〜。

そして、やっぱりこの後の後半の場がどんどん良くなっている。観るたびに緊張感が増すのはどういうことなんだろう。仁左衛門@八右衛門の悪態はもうほんと見事。とんとんと間がよくて、金持ちぼんぼんの嫌らしさ全開。それを2階で聞いている染忠兵衛の義太夫のノリのよさと心情の出し方も見事だった。あんなにきちんとノれる人だったんだー、と感激してしまった。あまりに自然に義太夫と合っていて染忠兵衛自身が声に出して語ってしまってるかのよう。どこかの今月の感想で、このシーンを染忠兵衛が語ってるかのように捉えている人がいた。違うよ、あれは体の動きだけで見せてるんだよ。

でね、ここって染忠さんばかり観ちゃうんだけど、ふと梅川のほうに視線を向けてみた。そしたら梅川が八右衛門の悪態に「違うもん、忠さん、そんな人じゃない、絶対違うもん」って表情をしているように見えた。ええっーー、忠兵衛と梅川の気持ちがシンクロしてるっ。そうか、そうなんかーーーと、ここでもう私は冷静に観られなくなってしまった。

染忠兵衛はほんとギリギリまで我慢してる。そして大好きな親父様のことも引き金になったと思うけど、でも最後は梅川の泣きが男の意地を奮い立たせるんだよ。梅川を泣かせてはおけない。その気持ちのように私には観えた。もう必死なんだよね。なんとかしなくちゃ、ただそれだけまるで余裕はなし。だってなんとかできる金は無いんだもの。あるのは御用金のみ。だから飛び出したものの恐いんだよね。「借りた50両は返した」とすでに半泣き。ごめん、ここやっぱ染ちゃん可愛い。それから八右衛門のネチネチとした挑発に対抗する時はもうほんとただただ必死の形相。この場って完全に染自身と忠兵衛が重なっていた。染なのか忠兵衛なのか、どちらが必死なのかもうわかんない。ここでの仁左衛門さん、ほんと恐くなってた。忠兵衛が持ってる金はどうやら彼自身の金じゃなさそうだと気が付いてる。それを冷静に追い詰めていく部分が垣間見えた。ここの八右衛門はちょっとリキが入っていた。染の必死の形相に触発されたのかな?と染に良いように考えてみた。

染忠兵衛は梅川のことをやっぱりすごく気にしてる。挑発に乗ったらおしまいだとわかってるんだけど、でもどうにしかしてやりたい。どうしよどうしよってパニくってる。梅川は期待してたのかな、忠兵衛のウソを信じたかったんだよね。冷静に考えたらお金は用意できてないってわかっただろうに。でもなんとかしてくれるって。だから八右衛門に追い込まれて焦って何もできない忠兵衛の姿につい泣いてしまう。梅川の泣きが忠兵衛の手に力を入れさせた。その一瞬の激情。最初は自分でもそんなことをしたのが信じられないかのような表情を見せて、そこから一気にいくんだね。覚悟とかそんなのはしてない、たぶんこの先の死が見えちゃったのかもしれない。まさしくここでの染は完全にどこかイっちゃってる空虚な目つきだった。そして梅川のほうをちょっと観て、そこで覚悟を決めたんだろうか、もう呆然としながらもそこからままよでどんどん封印切をしていっていた。この一瞬一瞬の心の動きが見事に表情に表れていた。もう痛々しくて泣けてきた。染は役に成りきっていたんじゃないかな。染ちゃんは時に染ちゃんじゃなくその役柄にしか見えない瞬間がある役者だ。染の色を色ととして強く出せないのは歌舞伎役者として損だろうか?でもそんな染ちゃんがやっぱり好きだ。

「あっ、やっちまったな」そんな表情を見せた仁左衛門さん@八右衛門の去り際の「この首が付いてはいない……」と言う時の凄みは恐かった。ああ、やっぱりわかっててやってたんだ。仁左さん、そんなに底意地の悪い八右衛門でいいんですか?と思った。最初の頃のちょっと可愛らしい八右衛門からプライドを傷つけられたら何しでかすかわからない金持ちぼんぼんになっていた。

八右衛門が去っていったあと、忠兵衛は逃げたくて逃げたくしょうがない。そんな様子に気が付かず身請けされたことにただただ喜ぶ梅川。ほんと無邪気に喜ぶんだよなー。うきうきしちゃって忠兵衛のことよくみてないのね。自分の嬉しさで手一杯。

はい、ここからきましたよ。ええ、キターーーーー!でした、二人とも。忠兵衛の「一緒に死んでくれ」の切羽詰った様子の切なさよ。これだーーー。正直、染はこの日ちょっとばかり声が出ていなかった。ああ、やっぱり嗄れちゃったかと。だからここの部分の悲痛さをどこまで出せるかなあと思っていたけど、嗄れた声が逆にプラスに出た部分があった。必死に搾り出すその声がすごく切なかった。Bestな声のときの切羽詰った台詞廻しを本当は聞きたかったけど、でも今回はこれで十分だ。弱くて自分だけでは自分を支えきれない、そんな弱さがあった。梅川も「どうしょう〜」って嘆くところが「私がさせたんだ、私だ…忠さんごめん、どうしょう」そんな気持ちが含まれていた。やっぱりすごく切ない嘆きだった。最初の頃は「忠さん、なんてことを」というニュアンスが強かったと思うのだけど先週から、二人のこととして嘆いていた。ここ、「忠さん、梅川はわかってくれてるよ」ってうれしかったなあ。染忠さんは孤独じゃないんだよね、ここで。しっかり二人の絆があって。だから孝太郎さん@梅川がここまでもってきてくれたのがうれしくて、心のなかでありがとうって思った。

取り繕って店に出た途端、恐怖に打ち震える二人。花道から去っていく二人の絶望感がひしひしと伝わってきた。先が無い、ただただ逃げるしかない二人に胸が締め付けられた。おえんさんは事情を知らないから笑顔なんだよね。そのコントラストになんともいえない気持ちになった。

もうここまで書く自分が恥ずかしい。アホなのは私だよ。なんでここまで入れ込んでるのよ…。と自己ツッコミをしないと書いてられません…。書いちゃったけどさ。

「新口村」
観るたびにどんどん梅川・忠兵衛が美しくなっている。贔屓目じゃないと思うのよ。何度も観てるからアラも見えてくると思ったんだけど、浅黄幕が落とされた時の出の二人がほんとに美しいの。若い役者がやるからこその透明感があるからだろうか。二人とも儚くてもろい人形のようだ。特に染ちゃんは一瞬本物の文楽人形のように見える。ほっかむりした姿に硬質な崩れそうな美しさがある。そしてふわっと動き出して、ちゃんと血が通った人間なんだってちょっとホッとする。ここの二人の仕草がなんともいえない。お互いのいたわりようが優しくて。帯を直したり、冷え切った手を温めあったり、さりげない仕草がとても印象的に映る。

最初のうちは忠兵衛が男として頑張ってるんだよね。自分が知ってる土地だからなるべく梅川を不安にさせないようにと。でも、父の姿を見た途端、ダメなんだよ。父恋しさの子供に帰っちゃう。やっぱ弱い人だよなあ。梅川はそんな忠さんを守ろうとする。だから姉さん女房になっちゃうんだよね。情味がますます出てきてより優しい梅川を出そうとしているのが見えた。そりゃあ、やっぱり雀右衛門さんの梅川と較べたら深みとかふわ〜と漂う色気とかちょとした可愛らしさとかはまだまだ足りないんだけど、これはやはり一朝一夕ではなかなか出ないものだものね。

この場は仁左衛門さん@孫右衛門の花道の出の細かい芸に感心した。雪道を歩いているのがよくわかる。父親としての切ない想いもやはり深くなっていた。ここでの仁左衛門さんはとても小さく見える。老人の身体をしっかり作ってくる。さきほどまで八右衛門だったとは信じられない。やっぱり上手いよなあ。

でも今回ばかりはどうしても梅川・忠兵衛に思い入れが深くなってて二人ばかり観ていた。一緒に死ぬことも出来ない二人の逃避行が切なくて切なくて。


2005.06.19

歌舞伎座『六月大歌舞伎 夜の部』 1等1階真ん中

『盟三五大切』
因果に因果が絡み、そしてすれ違いを生み縺れあう。因業因果の物語が核となりながらも活き活きと江戸庶民の姿が描かれているのも特徴で、ごく普通の生活のなかに潜む闇を際立たせる。

源五兵衛は初役の吉右衛門さん。吉右衛門さんの源五兵衛はあくまでも「人」として一貫性を持たせた役造り。芸者小万に入れあげ武士としての意地も面目も忘れた無骨な男。人のよさそうな雰囲気がその無骨さを際立たせ、人としての弱さをそこに見出す。だから騙され裏切られたと知った時の怒りは男の意地。武士としてのプライドが二人を許さない。どうにかしてやりたい、その思いつめた先が大量殺人である。あくまでも「人」が残っている源五兵衛であった。だから、小万の首を相手にするときは凄みより哀しさが漂う。ラスト、真相が明かされ三五郎に罪を引き受けてもらい義士へ加わるその時、その罪がそのまま三五郎へと移行し「鬼」がすっかり落とされる。吉右衛門さんらしいおおらかな雰囲気がそうさせるのだが、それってどうなんだろう。どこかイッちゃってる凄みというものが無いせいで、確かに人として一貫性はあるのだけど、得体のしれない恐さがほとんど伝わってこない。

三五郎の仁左衛門さんはすっきりと美しく、女が自分の言うことを聞くとわかっている、そんな小悪党。吉右衛門さん@源五兵衛と対照的な雰囲気ながら、実は目指すものは同じという役どころを憎めない愛嬌を持ち味にやはり「人」として一貫性がある三五郎を造詣する。自分の目的のためには手段を選ばないがそれが忠義のためと信じている、そんな雰囲気だ。だから真相を知ったときに、今までの自分の罪を自覚し忠義の道を選び取る。やはり哀れさが先にたつ。本来元々の性格が歪んでいるはずの三五郎だが、その部分があまり見えなかった。またこの方は美しいだけに悪役をするときにはそこに凄みが効いて女を惑わす色気となるのだが、今回相手が硬質さがある時蔵さんなだけに少々色気がすっきりとした方向に向いてしまったように思う。私としては三五郎にはもう少しいやらしい色気が欲しかったかも。

ただ吉右衛門さんと仁左衛門さんの両方が同じ方向を向いているので物語のバランスはとてもいいものではあったかな。また二人の存在感の素晴らしさというのも堪能できました。

そしてこの二人に絡む小万の時蔵さんは非常によかった。江戸の芸者のイキのよさがありつつ三五郎のためだけにその場その場で流されていく女。非常に美しく色気があり小万という役にすっぽり入り込んでいたように思う。身のこなしや情感などは前回、同じ小万を演じたときよりかなり良くなっていたように思う。この方の硬質な色気が華やぎを増してきた。

どこかしら曲がってしまっている登場人物のなかでつねに真っ直ぐな精神の持ち主が六七八右衛門。主人をつねに思いやる忠僕を染五郎が演じる。染五郎はこういう真っ直ぐな気持ちで誰かを慕うという役柄が似合う。八右衛門は主人を心配してお小言を言いまくっているわりに甲斐甲斐しく世話をやき、主人のために怒り泣く。そして処刑されるのがわかっていても身代わりに自分が捕まることすらする。もうほんと健気なんですわ。そんな健気な若侍を前半は深刻にならず生活に疲れた風情がありつつも軽やかに時にコミカルに演じる染。ぷうっとホッペを膨らませる姿がなんとも可愛らしくて、主人が大好きで大好きでたまらない子犬のようだ。今月の染はどうもにも可愛らしくて困る(笑)。そして後半はなんとも切ない。主人が人殺しの罪で捕まりそうになったとき、意を決して自分がやったと名乗り出る。ここで今までの雰囲気をガラリと変え、苦渋に満ちた表情を見せる。この一瞬だけ場の揺らぎが消える。真っ当な精神の八右衛門の人としての力。忠義の皮肉を超えた人としての情がある。こういう場を作るのが染ちゃんは上手いと思う。

さて、この南北作品を観るのは二度目である。今回の『盟三五大切』と前回の『盟三五大切』を較べてみると個人的に前回観た幸四郎さん@源五兵衛と菊五郎さん@三五郎の時のほうが舞台として濃密でグロテスクな奇怪さと美しさがあって好きです。幸四郎さんの裏切られたと知った後のスコンと狂気にハマりこんだ源五兵衛の凄みにはすごいものがありました。どこを何を見ているかわからない得体の知れないもの、まさしく鬼として存在していました。そしてそのまま殺人鬼として義士へ加わるその皮肉さを見事に体現されていたと思います。また菊五郎さんの三五郎はエロスを感じさせる色気があり、人を騙すことを楽しむかのような自信過剰さがあり、そんな小悪党が父への忠義のために罪を被る皮肉さがありました。この二人は南北の人物造詣の過剰さをそのまま舞台で体現していた。その過剰さゆえに絵画的な退廃美がそこにありました。

『桜姫』の感想でもちょっと書いたのですが私はやはりこういうナンセスぶりを全面に出した南北作品には整合性を求めないんです。忠義の代表としてある『忠臣蔵』の義士たちのなかに実は人として崩れた者もいたかもしれないという、この視点の意地悪さ。凄いよね。この作品での南北の人物造詣は「訳のわからなさ」「一貫性のなさ」だと思います。人としての多面性をよりグロテスクに造詣してると。その人としての乖離性が体現されたとき、より世界観の独自性を生み舞台空間にゆがんだ美しさを現していく、と思うのです。

個人的に吉右衛門さんと仁左衛門さんはとっても大好きな役者さんなので、この二人の競演はかなり楽しみにしていました。そして今回、ほとんどの場合いつもベタ褒めする二人に対して物足りないと書くのが非常に大変で、感想を書くのにかなり苦労しました。なぜ物足りないのか?それを探るのに時間がかかったと言うべきか。演目によって役者のハマり具合ってほんと変わるんだなあと感じた次第。

また、私個人的な部分でも自分がどういう「舞台」が好きなのかその方向もだいぶわかってもきたということでもあるのかもしれません。ちなみに今回は過剰さやズレを求めていますが、かといってすべての「歌舞伎」にそれを求めてはいません。端正で整合性が取れた舞台も大好きだし、大仰な時代物に整合性を求めるときもあります。演目次第ということですが、そこら辺の趣味が自分でも曖昧だったのですがなんとなくわかってきたような気がする。

『良寛と子守』
富十郎さんの1歳8ヶ月のお子さん、愛子ちゃんのお披露目を兼ねた演目。まだ2歳にもなっていない子を舞台に立たせるなんて人間国宝と言えどもたんなる親バカ。

でもね、この愛子ちゃんが可愛いわけよ。どうやったって目線は子供にいくわな。舞台にいるかと思えば下手に引っ込み、また出てきてと自由奔放。ヘタすりゃ、いやヘタしなくても一人舞台状態っすよ。富十郎さんの踊りが目に入ってこない…。でも、またこの愛子ちゃんが凄いのよ。30分もの間のほとんどの時間、愛子ちゃんを立たせてるのだけど、ポイントのとこはちゃんと押さえていて舞台の段取り通りこなしているのだ。それに、いちいち仕草が可愛くてねえ。花道まで良寛さんを迎えに行ったり、他の子役と一緒に手拍子したり、泣く演技をしたり。それと子守役の尾上右近くんの踊りをマネしようとして足を動かしたり。ここまで出るのは正直大したものだと思う。

また、他の子役もお見事で愛子ちゃんに気を取られないでちゃんと演技してるのにも驚いた。それと富十郎さんも親バカだとは思ったけど、良寛という役としてブレないで舞台に立っていたのはさすがだなと。ちょろちょろする愛子ちゃんに目線を絶対向けないんだよね。

そうそうひさびさに尾上右近くんを拝見しましたがやはり踊りの素質があるなあ。手先足先の動きがとてもきれい。ちょうど声変わりの時期かな?女の子の声を出すのに苦労してました。

『教草吉原雀』
大人のしっかりとして華やかな踊りを見せていただき、夜の部最後の演目としてとても気持ちのいいものでした。この演目を観ないで帰ってしまう観客が多かったけど絶対に勿体無いよー。梅玉さんと魁春さん兄弟が鳥売り夫婦を演じ、鳥刺しに歌昇さん。

梅玉さんの踊りは本当に上手い。柔らか味とキレのよさのバランスが抜群なのだ。手先足先の美しさ、ほれぼれしちゃう。またこの演目では今まで踊りはさほど上手いと思ったことがなかった魁春さんが非常に良かった。特に吉原の客と遊女を見立てた部分にしっとり感があっていい感じ。それにしても魁春さんの女形としての体の殺し方ってほんと見事だよな〜。この兄弟の見ごたえのある踊りに歌昇さんのキレのよい踊りが加わり、さらに見ごたえが。最後の3人のぶっかえりも見事で華やでした。満足。


2005.06.17

歌舞伎座『六月大歌舞伎 昼の部』 3等A席真ん中上手側

3回目鑑賞です。「飽きない?」と何人かに言われましたがこれがなぜか飽きないんですよね。もちろん目当ては『恋飛脚大和往来』で、これは染ちゃんがどう変化していくのか観ているのでまーったく飽きない。で、ついでに観てる他の2演目ですが『輝虎配膳』が結構お気に入りで3回目でも十分楽しんでしまいました

『信州川中島合戦』(『輝虎配膳』)
一番、飽きがきそうな演目かもと思っていたのですが、これがなぜか飽きない。座組みが私の好みなのかもしれない。華はないけれどかっちりした芝居。それともしかして私、梅玉さん@輝虎が結構好きなのかも?しごく真面目にやっているのにどこか可笑し味があって、怒りに震えるとこがなんかだか可愛いし…(笑)。それと日を追うごとに各役者の役への入り込み方がきちんと見えるのも面白い。直江山城守の歌六さん、唐衣の東蔵さんがさりげなーく良い芝居してるんだ。

『素襖落』
吉右衛門さんがようやくノってきたかなー。ずいぶんと愛嬌が出てきてメリハリがついてきた。富十郎さんの声と足捌きがかなり復活。うわー、うれしい。今月はお子様たちと一緒に立っているし、気持ちにハリがあるのではないかしら。とても楽しげに演じてらしている。

『恋飛脚大和往来』「封印切」「新口村」

「封印切」
染五郎@忠兵衛の雰囲気が少しづつではあるけれどやはり柔らか味が増してきた。ぐっと肩を下げて歩き方も腰を落として軽く柔らかく歩き、丸みを出そうとしている。自分がまだ鷹揚なはんなりした雰囲気が身に付いてないことは自覚していると思うのだけど、そこをきちんとまずは技術的な面からアプローチしているのだろう。ただ、花道の出がやっぱりサラサラとあっさり気味にしている。川さんに会いたくて急いてる感じのほうを強く出したいのかもしれない。でも上方の雰囲気を出すにはたっぷりしたほうがいいような気がするなあ。うーん、どうなのかなあ。裏口の場ではずいぶんと佇まいがよくなってきた。ただやはり拗ねるときの台詞回しは硬い。ここの場が一番大阪弁に苦労してる感じがある。でも梅川が好きで好きでの、らぶらぶの雰囲気はますます出ていて染忠さんと孝太郎さん@梅川の息がぴったりしていて二人とも可愛らしい。そのせいか、おえんの思い出話の部分も可愛らしくなってきている。

後半、2階で八右衛門の悪態を聞いているところがほんとに良くなっている。義太夫にごく自然に乗っていてきちんと心情が出て見ごたえが出てきた。そして八右衛門に挑発されて階下を降りてからのやりとりの緊迫感はお見事。仁左衛門さんの愛嬌ある敵役にがっつり食らい付いて離さない。どうみても仁左衛門さんのほうが格上なんだけど、きちんと丁々発止になっていたよ。それにしても半べそ状態の染忠さんの可愛いこと可愛いこと(笑)全体的に染忠さんは可愛らしさが増していて母性本能くすぐられまくり…お姉さんどーしよーって感じです。今回の染忠が好きな人って絶対、姉属性の人だと思う。

激情から封印切に至る場の表情がどんどん変わっていく様はやはり染ちゃんうまいと思う。そしてそろそろキタかもキタかも。物足りなかった梅川に真相を打ち明けるときの女々しさと哀れさの部分のくどきに切なさが増した。でも個人的にはもっともっとと思う。かなり贅沢言ってる気がするけどそんな染忠さんが見たいんだもの。声がだいぶ戻っててきた感じが今月していたけれど、今日はところどころヒヤッとさせる部分があったのでこのまま潰さないでと祈るばかり。

孝太郎さん@梅川が今回かなり大進歩。台詞回しが優しげになり、かなり良くなっている。それに伴い柔らか味が出てきた。表情もふわっとした感じになり忠兵衛一途な恋する乙女な雰囲気が。そのため身請けしてくれたとうれしくてうれしくて忠兵衛のヘンな様子にも気が付かず単純に喜ぶ部分が「ああもうわかってないなあ」とこちらに思わせる梅川の単純な恋の盲目ぷりが際立った。そしてその後の真相を知った時の嘆きに悲痛さが加わった。キタかもキタかもーー。孝太郎さん、やっぱりここまで持ってきてくれた。やはりところどころ姉さん恋人なしっかりした雰囲気は残るがこれはこの人の持ち味でいいかもしれない。染忠さんが可愛げすぎるし…(^^;)。あとはもっと色気欲しいなあ。それと染ちゃんが忠兵衛の体を作るためにしっかりと体を殺してきているので良い方向に出ていた孝太郎さん持ち味の小ささが目立たなくなってる。大変かもしれないが、染ちゃんに合わせてもっと体を小さくしていかないと華奢な哀れな雰囲気が出なくなる危険が。

「新口村」
染五郎@忠兵衛がとっても美人さんになってます。仕草も非常に優しい雰囲気。梅川の肩を抱く部分や帯を直してあげるシーンなどもそっとそっと気遣う感じ。気弱になり巻き添えにした梅川にすまないと思いながらも離れられないといった風情。また父、孫右衛門を窓から伺うその視線が切ない目でしっかり父を追っている。短慮で弱くて、まだ子供な忠さん。孫右衛門が年をとってからの子供ですごーく可愛がられて育ったのかなーと思いながら見てました。

孝太郎さん@梅川の姉さん恋人の雰囲気がここでは非常にいい方向に出てきた。そして孫右衛門を助けてるシーンでは忠さんの代わりに私が親孝行してあげるんだという気持ちがあるように見えました。そして孫右衛門へは「私のために忠さんを罪人にしてしまった」申し訳なさが出てかなり情味が増してきた。仕草もとても優しくなっていた。どうして親子を対面させたいと思い、目隠しを取るその決断の意思の強さが孝太郎さんらしくて良い。対面させた後の遠慮がちに二人から離れているシーンは切なかった。


2005.06.17

渋谷コクーン『桜姫』 2等 中2階

TVで『三人吉三』『夏祭浪速鑑』は拝見していますが生で観る初コクーン歌舞伎です。コクーン歌舞伎には臨場感溢れた独自の演出といったイメージがあり『桜姫』にもそこを期待していきました。

『桜姫』感想を書く前にまず書いておかなくてはと思う。、私は桜姫にはかなりの思い入れがあます。私が「歌舞伎」ってなんだか凄いものと感じさせてくれたのが玉三郎・仁左衛門(当時・孝夫)の『桜姫東文章』なのです。あまりに思い入れがありすぎて昨年7月の玉三郎・澤瀉屋一門版は私のなかの超絶に美しかったあの玉三郎・仁左衛門(当時・孝夫)版舞台のイメージが崩れるのがイヤで観にいかなかったくらい。まあなんせ昔過ぎて場面場面はきっちり覚えてるもののちゃんと全場面を覚えてはいない状態です。しかも、ちゃんと調べたら私が観たのは仁左衛門さんが権助と清玄二役の時。でもなぜか清玄は団十郎さんで覚えています。清玄@団十郎さんのほうは実際の舞台はどう考えても観ているわけはなくTVで見たものと実際観たものとごっちゃにしているのか、仁左衛門さん@清玄を団十郎さんと勘違いして覚えているのか?記憶が定かではありません。そんな状態ではありますがやはり較べて観てしまったことは否めません。

さて、どう書いたらいいでしょう。まず第一印象として演出がそれほど歌舞伎から崩していないなと。勿論、歌舞伎ですし、確かに『三人吉三』『夏祭浪速鑑』も「歌舞伎」から逸脱したものを造っているわけではないのですが、いわゆる型からはかなり崩してきていて、それがうまく臨場感に繋げてきているという気がしていたのですよ。それが今回の『桜姫』では型から崩そうとした部分が成功しておらず、従来の型で見せた部分は成功していると、そう思いました。歌舞伎というものを型から崩して見せることがどれだけ難しいものか、と思い知らされました。反対に型さえきちんとできればある程度は見せられるものなのだとも。

まず第一幕、因果に至る発端の清玄と白菊丸の心中事件をきちんと場面として見せないのはどう考えても失敗ではなかろうか?このせいで清玄のキャラクターが曖昧になってしまったような気がする。このシーンは短くて済むし、『桜姫』の世界観を端的に現すシーンでもあると思うのだけど。語りと絵で見せるのはお家の重宝騒動のほうではないか?とか。私的には実のところ「絵」は必要なかった。むしろ邪魔。想像させる部分がエロチックだったりするのに全部見せてしまう。それってどうなのよ?見せすぎは興ざめにつながる。

第一幕は今までの『桜姫東文章』のイメージから離そうとして雛段や空間の上に造った欄干で芝居をさせていたのだが、確かにユニークとは思えど役者の動きが小さくなってしまいダイナミックさに欠け、臨場感もでない。そのためか役者たちがあまり美しく見えない。特に福助さんが女形のグロテスクさだけが強調されたような気がしなくもない。(ん?南北的にはこれは成功なのか?)小さい空間でしかも型から外そうとした前半は役者が活きないで終わってしまったような気がする。悪五郎と七郎の追いかけっこなどはしごくまじめにやることで面白さを見せていたなと感心はしたのだけど。そのくらいかなー。

第二幕は第一幕の小ささが無くなりかなり面白く見せていた。岩渕庵室の造りがいい。平面的な造りの歌舞伎座と違ってこれはコクーン歌舞伎ならではかも。ここでようやく役者たちが活きて来た。そして、小細工をしなくなって従来の型に近い部分での演じよう。このほうがより美しく見えるのが皮肉といえば皮肉。特に橋之助さんが活き活きとしててうまさを見せる。福助さんもようやく持ち味が出た。ただ残月と長浦の笑いの部分がちょっとしつこかったかなー。

次の権助宅はモノクロのセット。このセット以外でここの演出は人物像の描き方は違うもののいわゆる歌舞伎のセオリーから外してないように思う。そのほうが見せ場として成り立つ。『桜姫東文章』という話自体がこの場の組み立てを崩させないのかな?と思わせましたが、どうなんでしょう。ここでの桜姫の福助さん、玉三郎版桜姫の呪縛から逃れられてないように見受けられました。台詞回しが玉さまそっくり。福助さんらしい独特の可愛らしい台詞回しがほとんど出てなかった。権助を殺すシーンはリアル志向。ここはわりとインパクトがあってコクーン独自性があったと思う。ただこのリアルをラストに繋げなくても。ラストの桜姫狂乱はかえってつまらない…あまりにも普通すぎて。めでたしめでたしで終わったほうが南北らしくて良かったんじゃないかな〜。桜が舞うセットは美しくてよかったです。

全体的に話の筋や人物に一貫性を持たせたことで面白み、物語の濃厚さが薄れたような気がします。南北の人物の切り取り方ってかなり振幅が激しく、一貫性がなく、場面場面で肥大化させたり卑小化させたり。その一貫性のなさから「人」を映し出す作家では?と勝手に思っていて、またそこに面白さを見つけているので、そのナンセンスの面白みがなくなってしまうとなーとか。エログロナンセンスって南北作品のある一面だと思うのよねー。その最たるものがこの作品だと思っていたのになあ。そこが見せ場じゃないのかえ?今回の桜姫は最初から「女」でしかない。あまりにも一貫しすぎてて稚児〜姫〜女郎〜姫というころころと変化するキャラクターの振幅の激しさのなかに儚さを見るのがいいお話だと思っていたんだけど、その部分がまったくなくなってしまっていた。私的に『桜姫東文章』にはバランスの悪さに美を求めるってやつがありまして…私の勝手な要望かもしれないけど。むー、桜姫は硬質でちょっとバランスを欠いたタイプの女形のほうがしっくりくるのかもしれない。

#となると今現在の玉三郎さんも以前ほどの振幅の激しさは出せてないかも…。やはり美しい思い出はそのままにしておいて良かったのかも。まっ、玉・ニザコンビが再演だったら行っちゃうかもしれんが。

あさひ7オユキさん@口上はあまり評判がよろしくないようだけど、あれは「今」の見世物小屋的案内人としてちょうどいいかなと思う。語りを完全に「現在」にしたことでいったん観客を突き放して「物語」を見せるという感覚に陥らせる。そこからは観客が舞台に同調しようが、物語を観るだけなのはお任せ。時々素に戻らせて熱狂させない、これは確かに「今」だなーと。あさひ7オユキさんに関しては普通の語りではなく歌わせたほうが説得力がある人だと思うのでどうせなら歌で口上してほしかったな。歌う時、いいお声してるんですよ。

福助さん@桜姫は最初の姫の部分がトウがたちすぎていた。声が潰れていて高い声が出なかったのも一原因と思うが、みるからに成熟してて子供も産んでそうな雰囲気。これでは一見無垢で清楚そうな姫が実は…の面白さが出ない。後半は姫と成熟した女の部分がちょうど半々のいい位置にある場なので福助さんらしいよさも出てたけど、女郎に落ちた部分の衝撃的な落差が残念ながら無い。ゆえに女郎、風鈴お鈴と桜姫のちゃんぽん言葉に面白味を見つけられず。しかも可愛らしい声が出てないのでなおさら。なんというか、福助さんの「女」を出せる部分が今回ストレートに出すぎてしまった感じ。

橋之助さん@清玄&権助はどちらにも一定のうまさを見せたけど、清玄のほうがより魅力的でした。特に岩渕庵室の場での清玄は色気もあってなかなか。権助のほうは小悪党ぶりは非常にいいのだけど、ただの小悪党ではなくもっと凄みのある悪の美しさが必要ではないかなー。どうにも人のよさがそこかしこににじみ出てるんですが…。

他キャラ感想追加するかも。


2005.06.12

歌舞伎座『六月大歌舞伎 昼の部』 3等A席真ん中上手側

『信州川中島合戦』(『輝虎配膳』)
初日近くでもかなり完成度が高い舞台だったのですがもっと引き締まった舞台になっておりました。やはりなんといっても役者配置のバランスが良いということが面白いものにしているなと。

輝虎の梅玉さんがやはりいい。ニンに合っているのだろう。怒りの部分に大きさが出てきたように思う。越路の秀太郎さんに豪胆な品格が出てきたのが一番目を引いた。膳をひっくり返すシーンでの死を覚悟した決然たる態度が体全体に現れていた。引っ込みの花道での演技が見たい。時蔵さん、東蔵さん、歌六さんも心情がきちんと体に入った演技でますます良くなっていた。

『素襖落』
吉右衛門さんの踊りに大きさが出てきた分、見ごたえがでてきた。ただやはりメリハリがまだしっかり出てない。あともう一歩。愛嬌の部分はだいぶ自然な感じになってきたけどやはりまだ硬さが残る。富十郎さんの声にハリが戻りつつあるかな。タイミングもよくなってきた。フォローする立場になっている歌昇さんはさりげない部分で愛嬌のある面白みとキレを見せる。やはり歌昇さん、踊りが上手い。

『恋飛脚大和往来』「封印切」「新口村」
染五郎さんと孝太郎さんの若手コンビの成長が著しいと思う。この二人に足りない柔らか味が出てきた。それと忠兵衛と梅川のラブラブぷりに拍車がかかってる。これはかなりいい。この二人の密接度の高さが悲劇に至る道筋を際立たせている。

「封印切」
まず、染五郎の雰囲気が柔らかくなってきた。肩の線に丸みが出てきた感じがする。ただやはりはんなりな雰囲気までには至っていない。あと前半の場で軽さがまだまだ足りない。和事の軽さを出すのは難しいのだなとつくづく。「逢いに行こうか、戻ろうか」の花道での出が急いている感じがあるのだがここはもっとたっぷり、そしてもう少し軽い感じにしたほうが忠兵衛らしいと思う。ただ、その後の梅川とのじゃらじゃら感はかなり良くなってきた。おえんじゃなくてもツッコミを入れたくなるくらい。ここの部分でもう少し柔らかい色気があるといいんだけどなー。もっとぐっと肩のラインを落として胸のところで色気を、とか。かなり無理な注文?(^^;)

良くなってきたのは後半。2階で八右衛門の悪態を聞いている部分あたりからとにかく形がよくなっている。キメの形が非常にいいと存在感が出てくるのだな。むっとした様子、梅川のためと我慢している様子、それを上半身だけの動きでよく見せている。背中を向けてすらきっちり心情がのっているのがわかる。前回、この部分で存在感が無かったんだけどかなり出てきた。ここらあたりから時に良い意味で仁左衛門さんにドキッとするくらい似てる部分がありました。

そして怒りのあまり階下へ降りる部分。ここはもっと高ぶった感情を出してきてもいいかな。でもその後がすごい気迫でした。仁左衛門さんにがっちり食らい付いていた。テンポも良くなってきて、前回、仁左衛門さんに軽くいなされている、と思った部分がなくなってきた。だから封印切りに至る部分で相当な迫力が出てきた。激情の部分をしっかり出してきて、梅川の泣きで、感情が一気にグッときて「ままよ」と封印を切る、この激情の部分が前回はあっさりいかにも自然な流れでやっていたのをかなりたっぷりとしてきた。やはりたっぷりするほうが見応えがある。

またそこからの染ちゃんの表情がすごかった。激情、空虚、そこに梅川へ想いをふと見せてから我に返っての恐怖心とどんどん変化させている。それが3階からでもしっかりわかる。だいぶ忠兵衛の性根を自分のモノにしつつある。そして絶えず梅川のほうに気持ちがいっている部分が非常によくみえた。言い争いの部分では八右衛門のほうにしっかり向いてるし梅川を見ているわけじゃない。なのに梅川に気を配っているのがわかる。なんだかとても情の濃い忠兵衛だった。ここの部分は仁左衛門さん忠兵衛とは違う染忠兵衛が形つくられそうな予感。心配だった声もよく出していて、くどきに切なさも出てきた。でも個人的にはここはもっと切なさが欲しい。もっともっと出来るはずだ。出来ると思うからかなり高い要求だとは思うけど書いておく。

染忠兵衛が八右衛門に食らい付いて迫力が出てきたせいか、仁左衛門さんの八右衛門に愛嬌だけでなく金持ちぼんぼんの嫌らしさ、そして捨て台詞に凄みが出てた。うわあ、恐いよっ。やっぱり前回は手加減してたんじゃないのかしら…。

孝太郎さんの梅川にも柔らかさがでてきて、情味というものが台詞に出てきていた。この情味が色気につながりそうな雰囲気も。まだまだ足りないけどふんわりした台詞回しになってきたなと。これをもっともっと出してふわふわした色気を出していってほしい。忠さんしか見えてない可愛らしさは十分にあるんだけど、どことなく孝太郎さんの梅川にはわりと姉さん女房ちっくなしっかりさがある。でも歌舞伎の梅川はもっと頼りなげな憂いがある可愛さのほうが似合うんじゃないかなあ。ただ、小柄な部分をいかしてぐっと相手方の胸元に入り込み表情に一途さを見せるのは上手い。忠兵衛に真相を聞く前のうれしげな雰囲気も良かった。ただ真相を聞いてからの嘆きをもっともっと悲痛にしてほしい。自分のために封印を切らせてしまった、という慟哭にちかい嘆きがほしい。だってあれだけラブなんだよ。ただの泣きじゃダメなんだよー。難しい注文だろうけど、個人的に今回の「封印切」の梅川に一番物足りない部分だったりします。

「新口村」
染忠兵衛と孝太郎さん梅川に存在感が出てきた。最初の出はムシロで顔と身体のほとんどを隠してるんだけど二人がお互いにしっかり寄り添っている形がよく、この出から拍手がきたよ。そのくらいいい形だった。そしてムシロを取ったその姿がなんとも美しい。ここでまた更に大きな拍手が。前回も勿論美しかったけど、ここまでの美しさがなかった。そうなのだ、この二人の姿の形が非常に良くなっているのだ。お互いがお互いを必要としている、そして気遣い合う、その姿がなんとも良くなっていた。

しかし、染ちゃん、こんなに義太夫のノリがよかったっけ?ほんとひとつひとつのポーズが絵になってきている。義太夫へのノリがしっかり身体に入ってさりげないのにきっちりしてて非常にいい。それに伴い台詞まわしがより情味、切なさが増してきた。梅川への気遣いもより鮮明。そしてやっぱりちょっと子供ぽくて愛らしい。うん、ここの染ちゃんはほんと良い。

孝太郎さんの梅川も忠兵衛への想いがしっかりと出て、私が支えてあげなくちゃな雰囲気がとてもよかった。また孫右衛門への気遣いの優しさがより優しい雰囲気になり、情味がでてきた。でももっとしっとりした色気が欲しいなあ。この場は梅川がキーとなるのでかなり神経細やかに演じなければいけないのだろう。ここで憂いと気遣いの両方を出すのはかなり難しそうだ。孝太郎さんの梅川は雀右衛門さんに教わっていて、今回もその形を丁寧に丁寧にやろうとしているのはよくわかる。台詞回しが時折、雀右衛門さんぽくなるのには驚いた。でも情味の部分がまだまだ足りない。なぞるという部分からもう一歩抜けて、より「想い」というものを身体から出してほしい。細々した仕草の形が前回よりほんとうに良いだけに、やっぱりもっと上を求めちゃう。

孫右衛門の仁左衛門さんも子供可愛さだけでなく父親としての苦しい複雑な想いをしっかり出してきた。よりしみじみと忠兵衛を想う気持ちが伝わってくる。表情を派手にしてくるかと思ったけど、ここはしっかり押さえぎみにしていた。そのあとで一気に感情を出す、その緩急が上手い。より情を出してきたため前回よりすすり泣きの声があちこちから。

そういえば「覚悟極めて名乗つて出い」で思わず忠兵衛が戸口から出てきてしまい、「今じゃない、今ではない」という孫右衛門の切ない台詞のシーンで客席から笑いがこぼれるのはどうなんだろう?みんな、台詞がわからないのか、染が出のタイミングを間違った?と思って笑うお客さんもいたような気が。ただ今回この部分、染がさっと引っ込むのではなく親の様子を伺いながら少しづつ戸を閉めるという演出したのはわかりやすくなっててよかったかも。


2005.06.09

サントリーホール『ミハイル・プレトニョフ ピアノ・リサイタル』 D席 RA真ん中

私にとってミハイル・プレトニョフは意識してCDを聴いたことがないピアニストでした。曲目が良かったのとロシアのピアニストということだけでチケットを取りました。調べたらかなり有名なピアニストで、最近では映画『戦場のピアニスト』の劇中のピアノの音色がこの方のものだったようです。私はチケットを取ってからあえて音を聞き込まないまま聴きに行きました。ここ最近、行く演奏会は当りばかりなのですが今回も「よくチケットを取る気になったよ、私」と自分を褒めたいくらい素晴らしい演奏を聴かせてもらい、ただただ圧倒されて帰宅しました。こういうピアニストもいるのか、と。

一流と言われている人の演奏会で毎回思うのですが、第一音からもう音がただの楽器の音じゃない、なにか違うんですよね。今回も第一音で「あっ、きたっ。今回も当りだ」と思いました。ロシアのピアニストというと華やかな音色でダイナミックというイメージがあったのですが、ミハイル・プレトニョフ氏の音はいわゆる華やかな音ではありませんでした。なんというか低音の作り方が独特で力強くとても重い音と言ったらいいのかな。重い音といっても音色は素晴らしく美しいのです。弱い音はあくまでも柔らかく透明感があり、強い音は冷たい海が荒れて岩に砕け散るそんなイメージを起こさせる激しくそれでいて硬くない呑みこまれそうな音。音が幾重にも重なりオーケストラを聴いていると思わせる瞬間も。

またプレトニョフ氏の48歳とは思えないほどの感性の深さに驚かされました、老成してると言ってもいいくらい。派手な演奏では決してないのだけど、圧倒的な力を持った音の持ち主ですね。そしてまた、聴く側の感性を求められる、そんな演奏でもありました。ただ愉しませる、そういうタイプの音楽家ではないように思いました。

ベートーヴェンでは非常に内省的な音とでもいうのでしょうか。圧倒的な音であるにもかかわらずどちらかというとドラマチック性を極力排した淡々とした演奏で、音が地の上で留まり、音を舞い上がらせない。心の澱の部分に直接訴えかけてくる。恐いとすら思いました。ベートンヴェンの「悲愴」はまさしく「悲愴」そのものでした。地の底から問いかけてくるようなそんな感がしました。なぜか7番と8番を続けて弾いてました。なんでだろう?拍手する暇を与えてもらえませんでした。7、8番を同じ種類の曲として解釈されているのでしょうか。

ショパンではその内省的な雰囲気はなくなり、非常に端正にひとつひとつの音を大事に丁寧に扱っている、そういう印象。短い曲を積み重ねていく演奏なので曲の解釈をするというより純粋に音と曲を聞かせようとしていた感じでした。非常に重い音なのにキラキラと音が光ってました。端正に弾いてるだけにテクニックの素晴らしさがよくわかりました。

この方のちょっと独特の音だしに完全に魅了されたところでアンコール曲。なんと4曲も弾いてくださったのですが、この4曲がこれまた素晴らしく、しかもアンコールを聴いたというよりもう一度演奏会を聴いた気分。だって3曲目がショパンのバラード1番ですよ。なんちゅう体力だ、さすが熊のようなロシア人(笑)。そしてそしてこのショパンが非常に素晴らしかった。胸にじーんと染み入る深い深い音色でした。

ベートーヴェン『ピアノ・ソナタ第7番ニ長調』
ベートーヴェン『ピアノ・ソナタ第8番ハ短調「悲愴」』
ショパン『24の前奏曲op.28』

アンコール曲:ショパン『乙女の祈り』、リスト『小人の踊り』、ショパン『バラード1番』、チャイコフスキー『夜想曲』


2005.06.05

歌舞伎座『六月大歌舞伎 昼の部』 3等A席真ん中花道上

『信州川中島合戦』(『輝虎配膳』)
長尾輝虎は、敵方の軍師である山本勘助を味方につけるべく勘助の母、越路と嫁、お勝を屋敷に招待し、自ら配膳し丁重にもてなすが、意図を察した越路は膳をひっくり返し断固拒否。怒りのあまり輝虎は越路を切り殺そうとするが…。

33年ぶりの上演ということだけど、なぜに長年途絶えていたんだろう?と不思議に思うほど面白い演目だった。時代物らしい絵巻物としての面白さもあるし登場人物もクセのある面々だし、見せ場たっぷりでした。配役がとてもバランスが良かったことも面白さに繋がったのかも。見ごたえありました。

輝虎の梅玉さんが役柄にぴったり。一見冷静なようで激情に走る役が似合います。また大将としての格がきちんとあるのが見事。大将がお膳を運ぶという趣向に真剣さがあるので話に説得力がでる。

越路の秀太郎さんの一筋縄ではいかない肝っ玉母さんぶりがなかなか。クセがある老母というのがよくわかる。また義太夫の糸ののりかたが大仰でなくさりげないのにかっちりしているのに感心。時代物も案外似合う。ただ声が細いのがちょっと残念。もう品格といった部分での重さがあってもいいかな。

お勝の時蔵さんが非常にいい。嫁の立場をわきまえた控えめな佇まいと義母を助けるために必死になるキッパリとした姿どちらにも美しさがある。お勝はどもりのため輝虎を制するのに琴を弾きながら歌うという手段で訴える。右手で琴を弾き、左手で輝虎を止める、こういう普通なら有り得ない姿を美しく見せる様式美が時代物にはあるんだよねー。このところ時蔵さんは充実している。役柄に知的な部分があると俄然輝く。役者として一皮向けてきた感がある。

直江山城守の歌六さん、唐衣の東蔵さんが控えめながらもきちんと脇をこなしバランスのいい存在感。この二人は脇役として非常にいい位置にいる役者だと思う。

『素襖落』
太郎冠者の吉右衛門さん。この演目は吉右衛門さんにとってちょっと冒険じゃないかなーと思った。 太郎冠者としての踊りのキレとかひょうきんさが足りない。芝居っ気が必要となる那須与市の踊りの部分にはうまさを見せたけど全体的にはメリハリが足りなかったと思う。もっと茶目っ気を出していってほしい。後半こなれてくることを期待。

大名の富十郎さん、プロンプなしでちゃんと台詞が言えていた。そんなで喜ぶなって感じですが…。大名としての格を出しながら可愛げもあって富十郎さんらしさがあって良かったと思う。でもやはり足捌きはちょっと衰えてるかも。踊りが上手な方だっただけに観ててちょっと切ない。これから盛り返していっていただきたいな。

姫御寮の魁春さん、踊りはさほど上手ではないんだけど、やっぱり赤姫姿が似合うわ〜。一時、容貌に急激な衰えを感じさせたけど最近戻してきた感じがする。うれしい。

『恋飛脚大和往来』「封印切」「新口村」
演目的には面白いものだとわかっているものの、何度か観ている演目だけに役者の力量もよくみえてしまうものでもある。しかもかなり演出や人物像の違いがあるとはいえ本筋が同じ人間国宝が操るかなりレベルの高い文楽『冥途の飛脚』を最近観ていることもあり、染五郎が忠兵衛をどこまでできるのか、ただただ心配で不安な気持ちでの鑑賞となった。その心配は杞憂だったと書きたいところだけど、やはりまだまだな部分が多かった。ただ未熟な二人の破滅の物語なので芸の未熟さや若さがうまくマッチしている部分もあり、またベテランの強力なサポートを得て思ったほど未熟さが悪い方向にはでておらず今後期待を持たせる出来だったと思う。

まずは仁左衛門が格の違いを見せ付ける。やっぱりすごいよ。上方和事つーのはな、と見せ付けてくれた。八右衛門の仁左衛門さんの存在感、気持ちのいい大阪弁、柔らかさ、滑稽味、そして軽さと色気。歌舞伎のなかの八右衛門は敵役なのだけど、仁左衛門さんの持ち味で愛嬌がある。もうー、なんだよー、すごいよ、と感嘆するしかない。手の内の入ったお役なので軽くとんとんと演じている。言い争いの場はうまい役者はアドリブでこなすんだそうだけど、お見事にアドリブもかましてました。そして未熟な染五郎を受け止める度量の深さが見える。良かったね、染ちゃん、こういう素晴らしい先輩に教わっていけるなんて、とつくづく思った。

「新口村」での父親、孫右衛門のほうは父親として息子愛しさのやるせない気持ち、切ない気持ちがストレートに伝わってくる。陰で聞いているであろう息子に、親としての心情を語りかける所などの台詞がとてもいい。非常に人間味溢れる造詣。ただ以前、雀右衛門さんとの競演でやった「新口村」の時のほうが孫右衛門の父親としての苦しい複雑な想いが出ていたように思う。前回と演出も多少違うのでその部分でまだ少し工夫している最中なのかも。それと雀右衛門さんの梅川の切々と訴えてくる情味が素晴らしかったのでそのコンビネーションの良さのなかでという部分もあったと思う。、ここはこれから孝太郎さんの梅川がその情味をどの程度出せるかにもあるかも。後半どうなっていくか楽しみ。ラストの泣きは上方特有の浪花節的な泣きで、おじさま連中を泣かせにくる(笑)そういや私の父も前に「新口村」を観劇した時、このシーンでだだ泣きしてたな。

さすがと思ったのが秀太郎さんのおえん。本領発揮といったところ。茶屋のおかみとしての崩れた色気。それでいて人のいいおせっかいな部分がしっかりと。若い二人にタイミングよく鋭い突っ込みをしたり、自分も若いときはと回想しつつ自分ツッコミをしたりする場面など、大阪の女だな〜としっかり身に付いたものが出ている。また、梅川への思いやりがきちんと情のある人として描いている。女を売り物にはしているけど、預かった女はきちんと世話をするといったおかみ像がほんと素敵だ。この方も未熟な染五郎と孝太郎をしっかりサポートしてくれているのがよくみえる。仁左衛門と秀太郎さん二人の強力なタッグが見事にきちんと歌舞伎座でみせる芝居を作り上げている。

また槌屋治右衛門の東蔵さんが旦那としての大きさと情をみせてやはりうまさを見せる。脇が揃っているとほんと芝居が締まる。

さて、若手二人。

まずは梅川の孝太郎さん。地味ではあるけどある程度手の内にいれている役なので丁寧にしっかりと演じている。恋する女としてのいじらしさ、遊女としての哀れさがきちんと出ている。梅川の性根をきちんとわきまえての控えめながら可愛気な雰囲気がとてもいいし、忠兵衛一筋の健気さが似合っている。ただ色気といったものがあまり無いのが残念だ。忠兵衛と八右衛門がハマるだけの色気が欲しい。また梅川には憂いといったものも必要な気がするけどその部分が出てない。なんというかふわ〜っとした柔らか味が少ないのだなあ。上方系の役者とはいえ東京育ちの孝太郎さんには難しい部分なのか。理のほうが先にたつ感じがどうしてもある。「新口村」でみせる孫右衛門への気遣いの優しさは持ち味が活かされてはいるものの、やはりもっともっと情味があっていいかな。ここは最近、雀右衛門さんの素晴らしいものを観てしまっているので、どうやっても較べてしまう。ただ習ったものをしっかりやっていこうとする姿勢は非常に良かったです。

そして染五郎の出来ですがまあ、正直なところ玉男さんの忠兵衛&仁左衛門さんの忠兵衛というかなりハイレベルなものと較べて観ることは出来ない。あそこにいつか追いついて欲しい、それだけだ。ただ思った以上に可能性を見つけられたのがうれしい。

昨年12月の国立でかけた上方和事『花雪恋手鑑』での出来から較べると段違いに進歩している。よく勉強してきたと感心した。柔らか味はやっぱり足りない。ふわーとした空気を醸し出すはんなりした色気のある風情も残念ながら無い。軽さも前半もう少し欲しい。でも品のいい浮世離れしたぼんぼんな雰囲気、そして忠兵衛という人間としての性根はきちんと捉えていたと思う。人としての弱さ、若い恋愛のうきうきした心持ち、男の意地、「ままよ」と開き直り破滅へ向かう時の空虚さ、やったことに愕然とし恐怖に震えながら取り繕う様、そして梅川へ真相を打ち明けての女々しさ哀れさ、逃避行での梅川への思いやり、父恋しさの子供っぽさ、そういう部分をまだまだ荒さばかりが目立つけど上滑りではなく、きちんと出していた。今後しっかり自分のなかで消化して物にしていけたら、良いものになっていくだろう。

八右衛門との意地の張り合いも、そりゃもう仁左衛門さんと全然対等になってないんだけど食らい付こうとする気迫が出ていたし、場面場面でのキメの形もかなり頑張っていた。また声も荒れたままではあるけど思った以上によく出していた。ただ「封印切」の段のラストの梅川に一緒に逃げてくれとかきくどく部分は声の調子が良ければ、もっと切ないくどきが出来たはずと思ってしまうのが本当に惜しい。

「新口村」では和事の雰囲気が足りなくても十分見せられる場なので忠兵衛としては、しどころがあまり無い場面のわりに染ちゃんならではの良さが見えた。梅川を気使うさりげない仕草が非常に良い。梅川と離れてまた手を繋ぎなおすシーンで自分の手に息を吹きかけて暖めてから手を取るという仕草があるのだけど、ここが梅川に冷たい思いをさせたくないといった気遣いに見えるのだ。ちょっとした場面なのだけど、これを印象的なシーンとして見せられるのは染ちゃんの雰囲気ならではのような気がする。この場面は染ちゃんのオリジナルの仕草ではないと思うのだけど、今までは印象に残っておらず見逃していた。また父に会いたくてたまらず梅川の配慮で対面するシーンなどは幼い子供のよう。忠兵衛の子供ぽさがよく表現されていた。


2003.05.22

国立小劇場『五月文楽公演 第一部』 1等席真ん中

『近江源氏先陣館』「和田兵衛上使の段」「盛綱陣屋の段」
三月の歌舞伎と較べながらの鑑賞となった。歌舞伎はどちらかというと、役の心理を大事に情を訴えるものとなっているが文楽は物語の全体の筋で見せていく。

文楽のほうは「和田兵衛上使の段」がついたので盛綱の家族の物語でもあることがよくわかる。母と妻がなぜ陣屋にいるのか…孫、息子のためにと、押しかけちゃう強い女たちであることが示される。かなり意外な展開であった。この段では微妙と早瀬は「武家の女」としての規範のなかで動く女たちである。歌舞伎と違って小四郎がかなり重要な役割を担っていることもわかる。小四郎と小三郎は表裏一体のような存在だ。どちらにも有り得た運命。

小四郎が小三郎を捉え陣屋に戻ってきたシーンでの早瀬はただただ息子の手柄うれしさに誇らしげでいる。かなり気の強そうな女性として描かれている。歌舞伎では魁春さんが優しげな雰囲気を作っていたので、だいぶ印象が違う。

ここの場で武家の女の顔から祖母の顔に変化していくのが祖母、微妙。非常に押さえた感情を見せる遣い手の文雀さん。とても表情が繊細でじんわりと想いが伝わってくる。「盛綱陣屋の段」で小三郎に切腹を迫るときの表情がいい。情に流されていない風情なのに心が揺れ動いてる様がよくわかる。小三郎はいかにも少年らしい風情、母会いたさに命乞いをするシーンが哀れで、後半父のため切腹するシーンの健気さが活きる。

小三郎の母篝火は子を案じ、ひたすら子供を案じる優しい母だった。福助さんの激しい母とは随分と違う。三月歌舞伎ではかなり「情」を見せた場だったんだなーと思った。文楽は首実検の部分があっさりしている。盛綱はかなり心情を押さえた表情。非常に複雑なものをすべてハラに飲み込んでいる感じに見えた。この部分があっさりしているだけに、家族の情の哀しさという部分より戦いという大きな流れに飲み込まれていく悲哀のほうが強くでていました。

太夫さんはお二人とも強い調子の方で迫力がありました。物語主体でおしていくというのはこの語りの調子から感じられたものもあったように思います。

『冥途の飛脚』「淡路町の段」「封印切の段」「道行相合かご」
歌舞伎では『恋飛脚大和往来』として演じられるのだが歌舞伎と文楽ではかなり人物像の組み立てが違う。「封印切の段」の前段があるので、筋の流れと登場人物の性格付けがよくわかる。文楽での忠兵衛は世間知らずの馬鹿ぼんぼんだった…。歌舞伎では多少男気があるんだけど、文楽では思考がかなり幼く性格的にも非常に弱く流されるまま身の破滅を招くタイプ。ありゃ〜こんなにダメ男なのか。でも、玉男さんが操る忠兵衛はそんな性格付けですら、非常に可愛げで色気がある。母性本能くすぐり系でしかも品があるのでいやらしくない。こら〜、そんなことしてる場合か、とツッコミ入れつつも憎めない。そして目が離せない。脇に控えて動かないときですらついつい目が忠兵衛にいく。人形であって人形じゃない。なんなんだろう、このオーラは。まさしく忠兵衛としてそこにいる。封印切りをしてしまうその瞬間の激情が全身から出て、心の葛藤がまさしく見えた。

このだめ忠兵衛に対し梅川は歌舞伎よりかなりしっかりして利口な女。どちらかというと姉さん恋人な雰囲気。底辺を生きて来たたくましさと知恵と分別がある。そんな女だから、きちんと忠兵衛に意見を言う。だけど忠兵衛の気持ちにほだされ、恋に生きるほうを選ぶ梅川はとても哀しい存在。でも自ら運命を決める強さがあるので、行く末が見えようとも後悔はしないようにも見えた、蓑助さんが操る梅川はやはりすごい存在感と色気。障子に身をもたれ遠くを見つめているかのような場は、半身しか見せず動きもない。それなのにそこから漂う物憂げな色気はなんなのーー!。

忠兵衛に封印切りをさせてしまう八右衛門は歌舞伎とまるで違う性格付けだった。歌舞伎ではライバルでちょっといやみなやつなんだけど文楽では友人想いの非常にいい男。友人の身を心から案じ、画策しようとしてそれが裏目に出てしまう。というか、八右衛門の気持ちがなぜわからーん<忠兵衛。そしてまた忠兵衛が大それたことをしでかしたとわかってて気持ちを受け取ってあげる八右衛門。なんていいやつなんだ。

最初は歌舞伎と較べようとしていたけど途中からそんなのは頭から抜けてしまい、筋が判っているのにはらはらどきどきしながら観てしまった。恐るべし人間国宝の芸。

「道行相合かご」では玉男さんから勘十郎さんへ変わった。同じ人形なのにどこか違う。どこが違うのかわからないけど、「あっ、芸が若いな」と素人の私でもわかる。

この道行きの段で終わらせるのは非常に寂しい気持ちになってしまう。「封印切り」で終わらせても良かったかな?とは思ったけど雪道を忠兵衛と梅川がお互いを思う合いながら歩く姿は美しく切なかった。


2005.05.21

歌舞伎座『五月大歌舞伎 中村勘三郎襲名披露 昼の部』 3等A席前方花道上

『菅原伝授手習鑑』「車引」
初日で観た時の異様な緊迫感はさすがに無くなってましたが非常にいい絵面での舞台を見せてもらいました。今回目に惹いたのは七之助くんが非常に良くなっていたという部分。元々台詞にきちんと心情はのっていたのですがよりきちんと届くものになっておりました。また小さくまとまりすぎていた見得もかなり大きさが出てきてました。それでいて柔らか味もきちんとありました。勘太郎くんの体の美しさには相変わらずほれぼれ。台詞にちょっと気負いがありすぎて時々不安定になる部分もありましたが、やはり素晴らしい気迫。それでも声自体はかなり安定してきたと思う。海老蔵もこなれたせいか、ますます大きさが出て格を見せました。力が入るときの形が良いですね。これでもう少し台詞が…略。声はあんな良いのにっ。

『芋掘長者』
相変わらずほのぼの楽しく拝見。皆さん、とっても楽しそうに演じてらしてその楽しさが伝わってきます。もう少し練っていけば再演ありでしょう。三津五郎さんと橋之助さんコンビが相変わらず息があっていて楽しいし、権十郎さんと高麗蔵さんのコンビが初日より芝居っ気が出ていて、万次郎さんはいつもよりとっても可愛い腰元さんだった。

『弥栄芝居賑』
これも賑やかで襲名披露にふさわしいお祭り的な演目。これだけは1階で観たかった。ただ雀右衛門さんの弱々しい姿には本気で心配になりました。気力がちょっと戻ってないみたいですね。体調がお悪いわけではないそうです。今回も染ちゃんと芝雀さんのみ集中拝見。舞台写真も買っちゃった。

『梅雨小袖昔八丈』(『髪結新三』)
前回、物足りなくて、これを再見するためだけにチケット入手に奔走したのですが、来られて良かった!

勘三郎さん、非常に良くなっていて、悪の色気もたっぷり、愛嬌もたっぷり、江戸弁もたっぷり。今回は悪さを前面に出してきてました。とはいっても所詮、小悪党なんですが、その落差も魅力。立ち姿の良さとともに、今回は目の使い方が非常に良かったです。目線ひとつで悪党のいやーな色気が出てました。でもって粋でカッコイイんだからねえ、女心がくすぐられます(笑)

染五郎の勝奴もかなり良くなっていました。きっちり性根をわきまえた演技で細かい仕事がきちんと意味を持っておりました。ちゃっかりしつつも新三の弟分として新三を慕いお互い気心がしれてる部分がきちんと出てました。二人の掛け合いのテンポが合い新三と勝奴の関係性が高くなってました。初日観た時は、ちょっと手順に追われてる部分と、新三と張り合いすぎている部分があり『髪結新三』のなかの勝奴から少しベクトルが外れそうになっていたので、ちょっと不安視してたのですがきちん修正してきました。それでいて、染ちゃんならではの個性であるすっきりさは失ってませんでした。また、台詞廻しも初日ちょっとあっさりぎみで江戸弁のちゃきちゃきさが少し足りなかった部分も非常に良くなっていました。これは勘三郎さんも初日あたり薄かった部分をきちんとたっぷりやってくれるようになったのでお互いの相乗効果で、だったのでしょう。これは贔屓だからという部分で書きますが染ちゃんで新三が観たいです。ちょっと面白い新三になりそうな気がします。

三津五郎さんは忠七、大家とも安定したものを見せてくれていました。今回、大家のほうがかなり活き活きしていました。勘三郎さんとは気心しれているせいでしょう、アドリブまで飛び出しておりました。かなり楽しそう。これでもう少し狡猾さがあるとなお良いですね<贅沢な要求。

お熊の菊之助は前回より可愛げな部分が出てて、後半押入れから出された時のしどけなさに色気がでてよかったです。

富十郎さんは後半になっても台詞の間が悪い…非常に残念です。声にいつもの張りもなかったですねえ。うーん、源七親分はもっと決まってないと締まらないだけどなあ…。親分としての貫禄や意地はきちんとあるんだけど、むむっ…。


2005.05.17

サントリーホール『ヨーヨー・マ 無伴奏チェロ リサイタル Bプログラム』 C席 2F P席真ん中前方

生で聴かなくては本当の音はわからない。アルゲリッチのピアノを聴いた時に痛感したけれど、今回もつくづくと感じた。ヨーヨー・マはアルゲリッチの時以上に音がCDの音とまるで違っていた。私はヨーヨー・マは明るく軽やかで端正な音を出す人という認識だった。彼のJ.S.バッハ『無伴奏チェロ組曲』のCDは何度も聴いている。そこから思い浮かべる生の音を精一杯想像していったのだけど、想像以上、いや想像の範囲外の音だった。

あんなに音を響かせるとは…第一音を響かせた途端ホール内が音に包まれた。うそお、なにこれ?えっ?だってこれたった1本のチェロの音なんだよね?どうして、こんなに音が響いてるの?とただただ驚き、そして力強く情熱的な演奏に圧倒されました。低音はお腹にずーんと響いてくるし、中音から高音にかけては音が舞い上がりそして降り注いでくる。空気が音と混ざり合ってる、そんな気がしたくらい。そしてなんて色彩豊かなんだろう。何重にも音が混ざり合うその深い音色は人を包み込むようなそんな暖かさもありました。ああ、ほんとなんて素敵な音なんだろう。音に包み込まれ引き込まれ、とても心豊かな気分になれました。今日聞いたなかでは3曲目の『無伴奏チェロ組曲第6番ニ長調』が、凄かったです。この曲ではどこか違う世界へ連れて行ってもらった感じ。音を映像を見てるような気がしてしまいました。

アンコールは3曲。NHK『シルクロード』からの曲だと思うのだけど中国大陸の情景が浮かんでくる独特の音色。複数の楽器で奏でられたかと思うばかりの素晴らしい音色でした。2曲目はとても複雑な旋律で激しい曲調のものでした。テクニックの素晴らしさを堪能。それでいて音をかなり端正に出してました。本当にいろんな音色を出せる人なんだなーと感じ入りました。拍手が鳴り止まず3曲目はほんとうに「これが最後だよ、短いやつをね」といった手振りをして弾いてくれた。

そうそう、バッハを弾いているときにごくたまに高音の不思議な音が混じることがありました。激しい音出しの時にどこからか非常に高いキュンとした音色が鳴るのです。これって勢いあまって他の弦を叩いてしまった音なのでしょうか?どう考えても曲本来の音ではありえないと思うのですが、非常に不思議な音で気になりました。なんだかヨーヨー・マが弾いてる側で見えない誰さんが楽器にちょっといたずらしてる、みたいな…。音を外したとか?とかそういう感じじゃないんですよ。きちんと音が出ている合間に聴こえるのです。あれほんとなんだったんだろう?

ヨーヨー・マの姿勢の美しさも目に惹きました。背中を本当にまっすぐさせて、真摯に弾いている、そんな雰囲気でした。真後ろだったので顔の表情が見れなかったのがしごく残念。時々ふっと宙を見上げるそのときのお顔が見たかった。チェロを弾いている時以外はドキュメンタリー番組などで見る時と同じ顔。とてもにこやかでちょっとおちゃめな雰囲気。可愛いといってもいいくらいでカリスマ的な雰囲気はない。だからこそ、今回の演奏には本気で驚いた。前以上にとっても好きな演奏家になりました。Aプロのほうも聞きたかった〜。また来日したら絶対聞こう。

J.S.バッハ『無伴奏チェロ組曲第4番変ホ長調』
J.S.バッハ『無伴奏チェロ組曲第2番二短調』
J.S.バッハ『無伴奏チェロ組曲第6番ニ長調』

アンコール曲:
チャオ・チービン『草原の夏』
ジョージ・クラム『無伴奏チェロ・ソナタより 第3楽章 トッカータ』
モリコーネ『海の上のピアニストより 夢を奏でて』


2005.05.15

歌舞伎座『五月大歌舞伎 中村勘三郎襲名披露 夜の部』 1等1階席3列目仮花道寄り

『義経千本桜』「川連法眼館の場」
6日に観たときは菊五郎さん、そろそろ「四の切」はきついかな?と思ったのですが、とんでもございません前言撤回させていただきます。前回はまだまだエンジンがかかっていなかったというところでしょうか。今回の気合の入り方は尋常じゃありませんでした。本物のほうはもちろん狐のほうも素晴らしい忠信でした。なんというか格の違いを若手に見せ付けた感があります。形といい動きといい美しく決まって、また人外の雰囲気もきっちり出てました。台詞のノリもよく、観ていてわくわくさせられました。菊五郎さんがご自分の十八番のお役をパーフェクトに近い形で演じられたように思います。若いものにお手本をみせたるという気概が感じられました。素敵だわ。

また、団蔵さんもベテランの風格を見せてくださいました。ほんとうに素晴らしい形の良さ、そして堂々たる台詞回し。

その反面、若手への物足りなさがよく見えてしまった場でもありました。菊之助さん、脇に控えているときに形が崩れてしまい、素に戻っている部分度々。海老蔵さん、前半、台詞が少し良くなっていたかなーと思ったら後半糸から完全外れてた(涙)。あのヘンなクセのある独特の声の出し方はだいぶ慣れてきて、これも個性と受け入れようかと思い始めましたよ…私的に笑える域に達してきた。松緑さん、どうした、形悪いぞおお。でも台詞回しはかなり良くなってきてるなあとも思いました。若手の皆さん、まだまだこれから頑張れというところでしょうか。

『鷺娘』
今月の私の『鷺娘』鑑賞は祟られているのか…。今回はビニール袋を思いっきりガサガサさせているお客が近くにいました(涙)。踊っている玉さまの目の前でよくそんなことできるよなっ(怒)。

それと席が前方なので足捌きがきちんと見えないのがちょっと悲しかった。『鷺娘』は少し後ろの席での鑑賞のほうが良いですね。でも表情がよく拝見できて、切ないお顔の時がなんとも美しかったのが印象的でした。それにしてもやはり玉三郎さんの入り込み方が凄い。今回も異空間を見事に作り上げていました。そして今回確信しました。玉三郎さんはあえて険しい道を選ぼうとしていることを。ケレン味を捨てにかかってます。ごくシンプルにできる限り最小限の動きで表現をしようとされている。能の舞をかなり意識されていると私は感じました。どう歌舞伎と融合させていくのか、楽しみになってまいりました。

長唄連中の演奏が見事でした。ここまで揃ってると良いオーケストラを聴いている時と同じくらい音に気持ちが引き寄せられる。

『研辰の討たれ』
前回以上にまとまりがあってエネルギーが渦巻いてました。役者たちの「やってやるんだ」といった必死さと一体感が伝わってくる。それでいて楽しんでいるのもわかる。みんなが全力疾走している姿を観るだけでこちらもエネルギー充填。ただ笑うだけじゃなく、ポンと最後突き放されたことで、何かを考える。考えなくてもいいし、でも考えてもいいじゃん、そんな感じ。

勘三郎さんがやっぱり凄いなと。それと福助さんの「あっぱれじゃ!」には邪気を祓う力があるような気がしちゃったよ。さすがに今回はきっちり脇の人たちの表情を観る事ができました。七之助は細いのにやはり華があって目立つ。獅堂さんは芝居どころを心得ていて前へ出ることができるのがやはりダテに人気もんじゃないことを見せた。弥十郎さんのステップ練習がとってもキュートで、芝のぶさんは女にしか見えないあだっぽさ。橋之助さんの僧がとっても良い味をだしていてさりげなく場の空気を変える。この橋之助さんの僧の言葉も結構大事なポイントなんだなーというのが今回ハッキリしました。

平井兄弟の打ち合いの迫力は近くで見るとすごいものがあった。染ちゃんと勘太郎くんの丁々発止。演技の質、動きの質がほんとに違うんだなーというのもよく見えた。染ちゃんはやはり高麗屋&播磨屋だなーと思うし、勘太郎くんは見事に中村屋だ。踊りの部分で染ちゃんが勘太郎くんがうらやましいというのもよくわかる。体の柔らかさキレは天性のもんだ。でも存在感、情感はやっぱ染ちゃんが断然抜きん出てる。それぞれの家の芸って、やはりあるのかなーと。

そういえば、今回、勘三郎さんの笑わせに落ちたのはなんと珍しく勘太郎くんでした。あんな勘太郎くん初めて見たよ(笑)。染ちゃんは役に成り切っていたみたいで終始生真面目な雰囲気だった。その真面目な顔でネタをしているから可笑しい。しかし染ちゃんてば、ああいう若侍の格好がなんであんなに似合うだろう?少年ぽさがあるんだよなー。本日、染ちゃんはちょっとお疲れだったか、京劇もどきの回転のとこでタイミングをちょっとだけ外してた。これもまた珍しいかも。


2005.05.10

東京オペラシティ『ヒラリー・ハーン ヴァイオリン・リサイタル』 1等1階後ろ

ヒラリー・ハーンは私はCDも聴いたことがなく、かなり若いということしか知識がなかったのですが、ヴァイオリンのリサイタルはとてもひさびさで楽しみにしていました。そして期待以上のかなり素敵な演奏を聴かせてもらいました。背筋をピンと張り、無駄の無い美しい演奏スタイルで奏でられるヴァイオリンの音色は非常に真っ直ぐで透明感のある音色。それとテクニックがすごいですね。音がまったくといっていいほどブレないし、どんな音でも美しい。それと繊細な音出しにも関わらず音量もしっかりしてました。特にバッハの演奏が素晴らしいものでした。ドラマチックな曲想をそのままシンプルかつ豊かにとても伸びやかに演奏しており、音が空へ舞い上るような感じでハーンの若々しいまっすぐな魂を感じました。ソロはバッハ『無伴奏ソナタ第3番』1曲のみだったのですがもっとソロで色々聞かせて欲しかった。

ピアノ伴奏者はナタリー・シュウ。正直なことを書けば、この人の激しく鋭角的な強い音色は透明感のある繊細な音色のヒラリー・ハーンの伴奏には合っていないような気がしました。ピアノ単体で聴けばパワフルで聞き応えのある演奏家だとは思うのですが、とにかく今回聴いた限り、ハーンの音と喧嘩してしまいソナタとしてはいま一歩。音色が合っていればピアノが強くても丁々発止の面白さが出ると思うのですが、今回はどうも噛み合っているようには思えませんでした。ハーンには柔らかいタッチのピアニストのほうが合いそうな気がします。まあ、私個人の好みだとも思うのですが、ピアノの関してはどちらかというと柔らかいタッチの音色が好きなので。ヴァイオリンとピアノの音色が寄り添い踊っているような絶妙なソナタが私の理想です。

モーツァルト『ソナタ第32番 ヘ長調K.376』
バッハ『無伴奏ソナタ第3番 ハ長調 BWV1005』
モーツァルト『ソナタ第28番 ホ短調K.304』
フォーレ『ソナタ第1番 イ長調 op.13』

アンコール曲:バッハ『シシリエンヌ』、ストラビンスキー『ロシアの歌』


2005.05.06

歌舞伎座『五月大歌舞伎 中村勘三郎襲名披露 夜の部』 3等A席真ん中上手側

『義経千本桜』「川連法眼館の場」
全体的にまったりでちょっと薄味の場でした。なんとなくピリッしてなくて途中だれた部分も…なんだろうノリが悪いというか…。いつもまとまりの良い菊五郎劇団にしては珍しい。

私は菊五郎さんの狐、忠信は柔らか味があって大好きなんですが、今回「四の切」をするにはそろそろお年かなあという部分がありました。元々ケレン味が少ないだけにかえって肩で息をしているのがかなり辛そうに見えてしまう。それとあまり人外な雰囲気が今回無かったですねえ。親子の情愛のほうを大切にしたせいでしょうか。それでも十八番だけあって全体的には華やかで柔らか味のあるものは見せていただきました。本物の忠信のほうがさすがというべきかな。義経の家来としての立場が明快に見え、情味もしっかりありつつ、きりっとした端正な武将でした。

静御前の菊之助が非常に美しく、きちんと義経への愛情がみえる台詞廻しがとてもいい。義太夫をよく勉強してきているなという感じです。動きも台詞もうまくノっていて良い出来でした。

駿河、亀井の家来二人の姿も良かったです。団蔵さん、松緑さんともに形が非常にきれいでした。松緑さん、だいぶ存在感が出てきてるような感じがしました。個人的に「四の切」は松緑さんで観たいなとちょっと思いました。

義経の海老蔵は義経ぽくないけど大層美しかったです。台詞廻しは相変わらず…以下略。

『鷺娘』
玉三郎さんの鷺娘は機会があるたびに観て、いつも感動させられているのですが、今回かなり気合が入ってらっしゃるな〜と。指先、足先ひとつ、すべてに神経が行き届いたなんともいえない美しい姿。また恋情が以前に増して体全体から立ち昇ってくるようでした。また瀕死の白鳥をイメージした玉三郎さんならではの絶命の踊りはいつ観ても涙が出そうになる。激しくも切ない恋情が鷺の形をとって狂い踊っているような気すらします。この演出は日本舞踏らしからぬ雰囲気を醸し出し、異世界へいざなわれそうな不思議な感覚を覚えます。また、長唄連中の演奏も素晴らしく、深々と降る雪の冷たい風が通り抜けたような気がいたしました。

ただ、この日は携帯電話を長時間鳴らしたバカがいて、静かな美しい場を壊しました。この時、一瞬玉三郎さんの集中力が切れたかと思われます。あまりに繊細な舞台なので、ふっと空気が変わるのがわかるんですよね。途中から一気にボルテージをあげていってましたし、観客もすぐさま舞台へ引き戻されていましたが。ああ、ほんとに残念だ〜。

『研辰の討たれ』
役者たちの心意気に打たれました。なんていうの、役者全員からパワーが伝わってくるんですよ。そしてどんどん観客を飲み込んでいく。舞台と観客との一体感をストレートに感じさせる舞台でした。

初演は見ていなくて、DVDで観ました。そのときは「面白いけど歌舞伎では無いかな?」なんて感想を書いたのです。この舞台は「今の歌舞伎」の方法論からするとこれは外れていると思うから。だって、どんな場面でも脇の脇までしっかり動いて表情つくって演じているのだもの。(これに較べたら劇団☆新感線の「いのうえ歌舞伎」のほうがよほど「歌舞伎」だ。まったくベクトルが違う演劇を較べても?いえいえ、でもね、このふたつに共通点は笑いとパワーだ。そんなこともチラっと掠めました。ああそれにしても、いのうえひでのりさん、歌舞伎座で演出しませんか?本気でいけると思うよ。)

でも実際に観せられると、歌舞伎か歌舞伎じゃないか、なんてどうでもよくなりますね。いいじゃん、こういうのがあっても。面白いと思ったものをなんでも吸収してきた演劇が歌舞伎だったのだもの。今ある面白いものを見せないでどうする?そんな想いで勘三郎さんはこれを舞台にかけたのでしょうね。歌舞伎は古典じゃなくて現在の演劇でもあるんだと、戦っている役者たちへの勘三郎さんからのエールにすら感じてしまった。これを襲名披露にかけた勘三郎さん、すごいよ。ああ、そうだよ、私はそういった人たちが好きなのだ。

とにかく勘三郎さんの吸引力がすさまじい。機関銃のようにしゃべりまくり動き回って、一時もじっとしてないない。表情もくるくる変化して、様々な顔を見せる。愛嬌のある顔、ずるがしこい顔、切ない顔、知らず知らず勘三郎さんのほうに目が惹きつけられる。かなりこれに命かけてる?な迫力が。必死ってこういうことなんだよな、と。

家老の三津五郎さんの飄々とした動きも素晴らしい。三津五郎さんがスキップしているってだけで笑えます。とにかくこの方のキレのある動きは並の人じゃできません。こういうものを見せられると、歌舞伎でこの演目を見せてもらえるうれしさを覚えます。

平井兄弟の兄、九市郎は染五郎、弟、才次郎は勘太郎。この踊りが得意な二人の早い打ち合いや、動きは観てて素直にうわーカッコイイと思いますね。この二人だからこその動きがたっぷり。そしてそれだけではなくしっかり物語りのキーとして存在できるものを持っている。九市郎はラスト、がらりと空気を変えなくてはいけない役目を背負っているのだけど、それを見事にたった一言で変えてみせた。「ようやく仇討ちができた」ではなく「ようやく殺せた」と言ってしまうこの一言に様々な想いを込め、場の空気を変えさせる、改めてこういう時の染五郎のうまさを感じた。勘三郎襲名披露だし兄弟役は勘太郎&七之助になってもおかしくなかった。でもなぜ染五郎か?ああこれだ、と思いましたね。そしてそれを受ける勘太郎が兄、九市郎の想いを飲み込んだ台詞を聞かせる。こういう台詞を聞かせられるようになった勘太郎の成長も素晴らしい。そんな最後の場はしっかり「歌舞伎」になっていたと思います。

奥方とおよしの福助さんはかなりはじけてます。このはじけっぷり、見事です。福助さんじゃなきゃこの役無理なんじゃなかしら。念願の「あっぱれじゃ」が聞けてうれしいい。それとおみねの扇雀の小技きかせての表情もすんごいです。およし&おみね姉妹はかなり強烈。

しかし、なんといっても脇役たちがかなり活き活きしているのが非常に印象的かも。普段はじっと動かないで控えている脇の人々が目をきらきらさせて動き回っている。この姿を見られただけでも観たかいがあったというものかも。

カーテンコールがありました。一人一人の顔が笑顔ではなく、とても真剣な顔をされてました。どれほどの想いでやっているのか、と。その覚悟が見えたように感じました。そしてほんの少し、猿之助さんの姿を思い浮かべている私がいました。ファンというわけではないのですが、彼の十八番でもある『義経千本桜』を観て猿之助さんの忠信を思い出したせいかな。今のところ私の狐忠信マイベストは猿之助さんなのです。彼の生き様に想いを馳せてしまいました。猿之助さんにも歌舞伎座で新作をやらせてあげたいな。


2005.05.03

歌舞伎座『五月大歌舞伎 中村勘三郎襲名披露 昼の部』 3等A席真ん中下手寄り

『菅原伝授手習鑑』「車引」
様式美としての絵面が美しい場ひとつ。その代わり役者の大きさが問われる場でもあるが、若手の勢いが良い場にしていました。

とにかく目を見張ったのは梅王丸の勘太郎。彼はこのところ成長著しいと思う。荒事は中村屋ではそれほど得意としていないはずだが、勘太郎にはこちらの素質も十分にある。とにかく、ポーズひとつひとつが非常に美しいし、低く張る声もきちんと出ている。これは見事だ。また隈取した顔の古風さになんともいい味がある。また絵面のよさだけでなく場面場面でしっかり心情が表れているのが、いわゆるうまさがある勘太郎らしい味わい。気迫が素晴らしく、あの存在感たっぷりの海老蔵を押していたところも。いまのところいわゆる華はあまりないタイプの役者ではあるが少しづつではあるが役者ぶりの大きさが出てきた。父親にはない古怪さを出せる役者になるやもしれない。

ようやく兄弟並んでのきちんとした舞台出演の七之助の桜丸。兄弟揃っての最初の出がよかった。編み笠を被って顔を見せないのにしみじみと兄弟の絆が見える。顔を見せてからは桜丸としての美しさも十分。だがもう少し柔らかさが欲しいところ。声がちょっと高いかなと思ったけどよく通る。初日でしかもきちんとした役は2ケ月ぶりの七之助はかなり緊張しているように思えた。丁寧にやろうとして小さくなってしまっていたのが残念。見得も少し流れ気味。桜丸は雰囲気を出さないといけない役なので難しいとは思うが頑張れ。

松王丸の海老蔵はさすがに荒事では大きさが出る。芯がきちんとして存在感があった。また形もほんとうに良い。初日のせいかちょっともたもたした部分があり、黒子さんとの息があわない部分があったのが残念だった。それにしてもやっぱり海老蔵の稚気溢れる大きな華と荒事にピッタリの低音で響く声は素晴らしい。ただやはり台詞回しが…。どうしてこうなるのか?。うーん、うーん、どないして?「よっしゃ、それだ!」と思わせるものを聞かせてよ〜。正直、お父さんより相当な資質を持っているんだから、期待しないほうがおかしいよね。私が彼に期待しすぎてるのかなあ。

杉王丸を子役が演じ、声もしっかり、見得もしっかりで非常に良い出来。あれ?誰だろう?と思うものの筋書きを買っておらず分からない。「中村屋!」と大向こうがかかり、成駒屋のおちびちゃんの誰かかな?と思っていた私は???状態。あとで清水大希くんだとわかり納得。この子のセンスよさは荒事にも出ていた。今月より、中村屋の部屋子になったとのこと。いまどき珍しい。ぜひ頑張っていい役者になって欲しい。

時平の左團次さんは今回はちょっと敵役として成り立ってませんでした。奇怪さが全然無いし、皆を圧倒させるだけの押し出しもない。気持ちが乗っていなかったのだろうか?非常に残念でした。

『芋掘長者』
三津五郎さんが45年ぶりに復活させた舞踏劇。芋ほり百姓が恋こがれるお姫様の婿選びでの舞い比べの座に友人と赴き、舞比べするうちにやけくそに踊った芋ほり踊りがお姫様のお気に召し。といった3月の『鰯売り』と似た雰囲気の楽しい狂言。岡村柿紅作だけあって滑稽のなかにきちんと羽目物の上品さがある。思った以上に楽しい舞踏劇でした。新作に近いものだけあって、まだ全体のまとまりはなかったけど、役者それぞれの持ち味は十分出てました。これはもっと練っていけたら、今後もかかる演目になるでしょう。

なんといっても芋ほり藤五郎の三津五郎さんの踊りが見所。だって踊りの名手の三津五郎さんがヘタくそに踊る姿などめったに見られるものじゃない。ヘタな踊りも可愛らしい。やけくそに踊る芋ほり踊りではキレの良いいつものうまさを見せる。

緑御前の亀治郎さんがおっとり上品なお姫様なっていました。ほよ〜、これは意外や意外。あまりおっとりさを見せたことのない亀治郎さんだったけど赤姫もいいいねえ。腰ふり踊りでも品が崩れてなかったよ。

藤五郎の友達の治五郎に橋之助さん。ひさびさに拝見しましたが、こういう友人を応援して頑張っちゃう役に非常にいいものを出す。ちょっと押しだしが強いけど人が良いという雰囲気をきちんと出せる。踊りも丁寧でよかった。

『弥栄芝居賑』 
猿若座に集まった男伊達、女伊達が新、勘三郎を祝うという芝居仕立てにした口上の一種。本舞台に中村屋一門が勢ぞろいし、両花道に役者が揃う、という贅沢な一幕。これは1階席でみないと華やかさは味わえない。3階席で見た私は花道は前二人しか見えず、声だけで何人役者を当てられるか自分でゲームをしてました。声だけで当られずとも名乗る前のつらねの内容でほとんどわかったかも。ちょっとうれしい(笑)。

男伊達、女伊達が本舞台に揃うのはほんとちょっと。幹部連中はさすがの貫禄。若手は華やか。でもほとんど贔屓の役者しか観てなかったかも。染ちゃんは男伊達の格好がやたらと似合ってました。松緑さんに貫禄でてきたのも印象的。女伊達は…すいません、芝雀さんばっかり追いかけてました。若手に負けないくらい可愛らしく、それでいて上品な色気がありましたわ。ええ、小柄で地味ですけどね、美しかったです。やっぱり私この方のお顔大好きかも。金丸座で拝見した時より少しほっそりされてました。芝雀さんのお富が見たいと痛切に思いました。ああ、でも近場の巡業の日程が合わない…どうしよう。

それにしても今月はこれだけにしか出ない役者さんも何人かいる。ちょっともったいないんじゃないの?今月の配役バランスをもう少し考えても…と思ってしまうのは何人かの贔屓役者がこれだけの出演だからか…。

『梅雨小袖昔八丈』 (「髪結新三」)
世話物のなかでも江戸情緒や季節感がたっぷり盛り込んであり、江戸にタイムスリップさせてくれるようなお芝居。特に永代橋での絵面といったら、ほんとうに素晴らしい。小悪党が主人公でちょっとひどいお話ではあるんだけど私この芝居、大好きです。

髪結新三は勿論、勘三郎さん。この芝居は勘三郎さんの十八番で、私が勘三郎さんが演じたお役のなかで一番良いと思った役。だからもう今回も絶対見逃せないぞと。勘三郎さんの江戸弁の粋のよさに惚れ惚れ。この粋のよさは江戸弁が体に沁み込んでいないと出てこないだろう。愛嬌のよさと小悪党ぶりが同居した立ち振る舞いに色気がある。なんか立ち姿とかが妙にかっこいいんですよねえ。ただまだエンジン全開とはいっていないようで髪結いの場でのちゃきちゃきとした手際とか、凄みをきかせる部分がちょっと物足りない。台詞のキレもまだまだ。前回拝見した勘三郎さん新三はこんなもんじゃなかった。うわー、困った、もっとBestなものが見たいよっ。たぶんこなれていくうちに良くなっていくと思うので後半を見ないといけないかもと思ってしまった。昼の部をこの1回しかチケットを取らなかったのを大後悔。戻りかヤフオクを狙うしか…。

忠七と長兵衛二役に三津五郎さん。三津五郎さんの忠七は柔らかい感じとちょっと弱そうなところがお見事。新三に弄ばれてしまい、悔しい表情を出しながら耐えるしかない風情がいい。この正反対の役、家主長兵衛ではがらりと変わる。はんなり風情からきっちりイヤな爺になっている。三津五郎さん、やっぱりうまいよなあ。三津五郎さんの家主は業欲爺ではなく計算高い家主。非常い理知的な部分があり、新三からお金を巻き上がるやりとりがやたらとわかりやすかった。鰹半身の意味がよくわかったよ。今までピンと来なかった私は新三なみの抜け作かも(笑)初日ならでは?だったのが三津五郎さんが珍しく台詞を言い間違えていた。「顔を水で」を「水を顔で」と言っていた。勘三郎さんと三津五郎さん、そこはイキのあったところをみせ、アドリブでうまく誤魔化していました。

弥太五郎源七の富十郎さんは見事なもの。台詞はまだ入ってなくてプロンプ付きでしたが、とにかく貫禄で押していく。この役は格がないと情けないだけの役になってしまうのだけど、格上な人物としてきちんと存在していました。

勝奴の染五郎は前回の勘九郎時代の『髪結新三』でも同じ役。あの時は新三にちょろちょろくっつき回る子犬風情がありましたが今回はすっかり成犬な勝奴。相変わらず細々した家事の部分が丁寧な仕事ぶり。前回と違ったのが、すっきりイキな部分とちゃっかりした愛嬌のある部分を見せつつも、前回あまり見えなかった悪党風情が出ていました。以前は新三に言われたことしかやらないで、側に控えていたという感じだったけど、今回は新三が留守の時にもお熊に手を出してただろうという部分がみえました。源七と新三のやりとりではスキあらばな殺気もみえた。勝奴は新三よりかなり小物でちょっと抜け作でちゃっかりしてるというのがイメージだったけど、今回の染五郎はちょっと違う部分もみせ少々意外な勝奴だったかも。それにしても以前の勝奴の時より顔を眉を下げた形で描いて情けない顔を作っていたのだけど、そのわりにかっこよく見えすぎるような気が…かっこよくて悪いわけじゃないんだけどね…。うーん、以前はそう思ったことないのになあ。そういう意味では以前より存在感が増したということなのかもしれない。後半こなれたときの勝奴が見たい。

お熊の菊之助はお嬢様風情がぴったり。ちょっとした色気を出して、男を惑わしそうな部分もあり、手篭めにされちゃうお熊像がしっかりとみえ、もしや『髪結新三』ってとってもひどい話だったのね、な説得力がありました。しかし、菊之助さんの女形はこういうお嬢様風情の時が今のところ一番よさが出てると思う。ここ最近、以前あった妙な色気といったものが少し消えてたような気がしてたけど今回復活。これだよ、これ〜、この菊ちゃんが好きなのよ〜。


2005.04.16

金丸座『こんぴら大歌舞伎 第二部』 上場席 真ん中上手寄り

『彦山権現誓助剱』「杉坂墓所」「毛谷村」
「毛谷村」だけの上演が多い演目ですが「杉坂墓所」がつくとかなり話がわかりやすくなります。剣術の名手六助は母を亡くしたばかり。そこに微塵弾正から病気の母のために御前試合に負けて自分に仕官の道を開かせてくれと頼まれ了承。また多勢に襲われ死にかけていた男から頼まれ幼子の弥三松を引き取ることとなる、そこまでが「杉坂墓所」のお話。そして「毛谷村」では弾正にわざと試合に負けてやったり、子供をあやして遊んだり、一夜の宿を老女に貸してあげたり。そんな一日の終わりかけに、虚無僧の格好をした女性が敵だと六助に切りかかってくる。その女性をみた弥三松は「おばさまか?」と縋る。女性は六助から子供を預かった仔細や六助の名を聞くと、いきなり「わしゃ、お前の女房」としおしお。その女性は六助の師、一味斎の姉娘で許婚のお園であった。そして恩師、一味斎の仇が微塵弾正と知れ、六助はお園ともども仇を討つ決心をするのであった。

いわゆる仇討ちものだが、六助の鷹揚とした人の良さや、男勝りながら六助が許婚と知った途端に急に女らしくなったりするお園の姿が描かれ、ほのぼのするシーンも多い。そのようなほのぼのシーンから弾正が敵討ちの相手と知り、仇討ちを決意するるシーンの怒りの迫力の落差も見もの。

六助役の染五郎が予想以上の出来でうれしい驚き。上手になった、と本当に思う。存在感と大きさがあれほどきちんと出るとは。それと台詞の調子もいい。きちんと義太夫にのって、心地良い台詞も聞かせる。また軽く言う部分と張る部分のメリハリも効いてるし、主役としての存在感がしっかりと出てました。姿はやはり二枚目で、朴訥とした雰囲気がうまく出るかなあ?と思ったのだけど、六助の人のよさがうまく出てました。特に子供をあやすシーンでのやりとりでのほのぼの感がかなり良い。それにカッコイイ部分があるほうが、お園が相手が六助と知れた途端に女らしく恥ずかしそうにする気持ちがよくわかるし(笑)お園じゃなくても、染ちゃん六助みたいな許婚だったら皆、ああなるわ(笑)。

またわざと負ける場面でも実は相手より上手なんだよ、と剣術の達人としての腰の座り方はさすがに堂に入っているので、仇を討つ決心をする部分で「まずは御前試合で意趣返し」をしてから仇討ちをと言う部分の説得力にも繋がる。それにしても微塵弾正に騙されたと知り怒る部分での迫力が素晴らしかった。一段と体が大きく見え、台詞に怒りの激しさがきちんとのっていました。こういう感情の出し方に上手さをみせる。それと見得を切るシーンの決まりがピタッと決まっていた。最後、弥三松と一緒に見得を切るシーンでは子役の子に「はい、右」「はい、こんどは左」と小さい声で教えてあげていた。このシーンは演出かもしれないけど、六助の優しさと染ちゃんの優しさが重なって素敵な場になってました。ところどころ台詞や型に気を取られ雑になってる部分や、声がかすれてしまう悪い部分もありましたが初役でこの難役をこれだけこなせれば大したものです。

線の細さを感じさせない六助の姿を見て、私は感動してしまいました。染ちゃん、ようやく自分のところの芸をみせるだけの大きさを身につけてきたんだなあと。年齢的にちょうど合うようになってきたのかもしれない。20代までの線が細すぎて、また押し出しがあまりない繊細な雰囲気が、自分でも周囲でも「染五郎」にどんな役が似合うのかよくわからないでいたかのように色々な役に挑戦してきた染ちゃん。でもやっぱりあなたには高麗屋と播磨屋の芸を受け継ぐだけの資質がちゃんとあるんだよ。勿論、今まで高麗屋の家の芸になかった上方の役も、これからどんどん挑戦してもらいたい。でもやはり高麗屋と播磨屋の芸が一番のニンになるよう頑張ってね。

叔父様に習った通り丁寧に演じているのだと思うけど、やはりきちんとやる、ということがどれだけ大切かというのがよく見えた演目だった。見てて気持ちいいんだよねー。ファンになる前から観てきた人間なので贔屓目だけで書いてるわけではありませんよ、と書いておこう。今回ばかりは贔屓目通さない部分でも褒めたい気分です。

お園役は芝雀さん。お父様の当り役というだけあってかなり気合の入った演技。いつも以上に所作ひとつひとつ丁寧に演じていらっしゃいました。虚無僧姿ではやはり小柄で、すぐに女と知れる後ろ姿。というかなぜにあの格好でも女に見えるのだ?(笑)。六助に「女」と見破られる部分の驚きが残念ながら無いのだけど、いつもと違うキリッとした表情で、男勝りの女剣士として立ち回る姿に凛としたものがあって魅力的。でもやっぱり、六助を許婚と知り、いきなり女ぽく、なよなよしちゃう姿のほうが可愛らしくって似合う。

ひょいと臼を持ち上がる力持ちな部分をこそっと隠してみたり、舞い上がって夕餉の仕度をしはじめる姿がかなりキュート。でも空焚きしちゃうし(笑)。こういう時の仕草の可愛らしさで観客を引き込みます。また父、一味斎を殺されてからのことを六助に訴える部分がきれいに糸にのったクドキでとても良かった。芝雀さんの高い声での嘆きは悲しさと悔しさが入り混じった表情をもっておりました。この方も心情の出し方がとても上手いと思う。

敵役、弾正は信二郎さん。おおっ、悪役がこんなに似合うとは。信二郎さんは優男のイメージが強いのですが、こういう憎々しげな役も似合いますねえ。体の動きがとてもきちっとした、楷書の演技が際立ちます。信二郎さんの良さを再確認させていただきました。特に今回、様々な役をこなしていらっしゃいますがどんな役でも隙なくこなす。ここまでメリハリのあるものを見せてもらえるとは思っていませんでした。

一味斎後室お幸には吉之丞さん。この方の武家の女の姿は本当に上品です。最初のちょっとあやしげな老女といった場でも雰囲気が柔らかで、決して悪役ではないだろうと最初からわかる。六助との会話のシーンがだからなんとなくユーモラスでもあったりして、ほんとは何者なんだろう?と気になる存在になっているのがいい。

脇では源八役の染二郎さんがかなり頑張っていた。きちっと体を動かしトンボもきれいに決め、拍手をもらっておりました。こういう目立つ役を貰っていけるとどんどん良くなっていくんですよねー。三階さんの活躍もうれしい限り。

『身替座禅』
狂言を元にしたユーモラスな恐妻家と嫉妬深い妻の夫婦間の物語。恐妻家、右京は座禅をすると偽り、愛人花子の元へ太郎冠者を身代わりに置いいくものの、奥方の玉の井に見つかってしまう。嘘をつかれた玉の井は太郎冠者に成りすまし右京を待ち受ける。そんなこととは露知らず朝帰りの右京。

右京役に吉右衛門さん。白塗りお殿様の吉右衛門さんも珍しい。こういう役、似合うのかな?と思っていたのですが、やっぱり上手い。なんつーの、ちょっと情けない浮かれ殿様をかなりキュートに演じておりました。個人的に、こんな表情もできるのかとかなりの驚き。右京で一番難しいと言われる、花子宅よりほろ酔い気分で帰ってくる花道での場の吉右衛門さんのほけーっ、にま〜っとした表情がなんともいえない。この表情で観客の拍手をかっさらっていくんだからほんと凄いよ。この役、猿之助さんと菊五郎さんのを観ているはずだが、これほど印象に残る出だったかな??『身替座禅』はどちらかというと、立役がやる玉の井のほうが強烈で右京の印象がそれほど強く感じたことはないのだけど、今回はかなり右京の存在も全面に出てました。さすがだ。この表情を見て、吉右衛門さんの『一條大蔵譚』を観たくなりました。相当な迫力がありそうだ。今度やるときは絶対見逃せない。

玉の井は歌昇さん。これまたすごーくキュートな玉の井なんですよ。鬼瓦と言われてしまうごつい顔で目を剥いた顔は迫力満点。なんだけど、なんだか心根は優しい、旦那一途な女心が見えるのです。ジタバタ足を鳴らすとこなんて、いじらしくってほんとうに可愛い。右京に心情を重ねるであろう男の人でもこの玉の井も可愛いと思うんじゃないかなーと思いました。

太郎冠者に信二郎さん。きびきびとした動きで演じる。ひょうきんな顔を作り、なかなかにユーモラス。信二郎さんの意外な一面をまた見せてもらえた。ちょっと気弱な感じは信二郎さんだからか(笑)。この方の丁寧な動きもみていて気持ちのいいものだった。日々鍛錬さえているのだろうなあ。


2005.04.15

金丸座『こんぴら大歌舞伎 第二部』 上場西孫桟敷席

『金毘羅のだんまり』
だんまりというのはいわゆる無言劇。無言のままお話が進み、ある時は暗闇のなかで探りあい、スローモーションで立ち回りし、ところどころで見得を切る。いわゆる動く錦絵見せるといったもの。これは好きな役者がいないとわりと退屈しがちなものと今まで思っていたのですが、金丸座という尺のなかで観るとこれが面白い。役者が密に舞台にいるので絵が決まるのだ。華やかさが引き立ち、いかにも歌舞伎役者を観た〜という気分になる。また金毘羅にまつわるお話なので、ご当地ものとしてこの演目を金毘羅で観ているのだという楽しさ気分倍増。

華やかに決めた後、信二郎さんと芝雀さんはお遍路姿に早変わり。そこからは「あれ?どこかで見た顔を思えば、京屋のにいさん」と「そういうお前は萬屋の〜」と楽しい会話が始まり、お客さんに受けまくり。この演目で一気に私も江戸の町娘気分ですわ。芝雀さんファンのくせして華がそれほどない役者が揃った舞台とか最初思っていたのですが、とんでもございませんでした。いやあ、華やかだったよー。

『日向嶋景清』
吉右衛門さんが松貫四という名で実父八世幸四郎(白鸚)さんがそれまで共演を禁じられていた文楽の太夫と組んで演じた『嬢景清八嶋日記』を歌舞伎に書き下ろした新作。文楽を元にしたものということもあるのだろう少数人数でのシンプルな舞台。

平家の侍大将だった悪七兵衛景清が源氏に下るのを拒み盲目となって島に流されている。そこに娘が父会いたさに、そして父の生活のためにと遊女屋に身を売りお金を作り尋ねてくるという筋立て。父と娘の愛情劇を中心にした物語。最初、筋立てや背景、景清の姿含め俊寛にちょっと似ているなあと思いました。先月、幸四郎さんの俊寛を観ているせいもあり、似た拵えだと吉右衛門と幸四郎さんてほんと似ているなあ、兄弟だなーと思いました。でも演技の質はやはり違うなあとも。

このお話はなんといっても吉右衛門さんの気合の入った演技が素晴らしかった。最初のかたくなまでに自分の内の怒りだけに身を焦がしている様、そして娘の情に触れ一気に娘への思いが溢れ出る様に迫力がありました。娘が身を売り自分のためにお金を用意したと知り、去っていった船に向かい「娘を売るな〜」と悲痛な叫びを出すシーンでは胸が締め付けられました。

また、娘、糸滝を演じる隼人くんの一生懸命な姿にも胸打たれました。娘役は初めて、また多分こんな大役を任されるのも初めてだったと思うのですが、必死に勤めている姿が糸滝の心情とうまく重なり健気さ、哀れさがストレートにこちらに伝わってきました。決して芝居上手ではないし、声も不安定なのですが、今回の役にはピッタリ合っていたと思います。お父さん譲りのきれいなお顔での娘姿が愛らしい。

人買いの佐治太夫役の歌昇さんはそれほど悪さを出さず、職業として割り切ってやっている感じを出して糸滝の付き添いとしてちょっと人のいい部分も見せる。悲劇を際立たせるためには最初からもうちょっと悪そうでもいいと最初は思ったけど、景清を騙す部分での信用されやすそうな口調など、あらすじを知らなければ、そのまま観客も騙され、実は娘が身を売っていたと判明する時に驚きがあったかもとも思った。あらすじ調べていかなきゃよかったかも。

天野四郎の信二郎さん、槌屋郡内の染五郎さん、この二人は最初、景清を世話している島人として登場。二人ともすっきりな二枚目で島人にはちょっと見えません(笑)。二人とも絶対怪しいって、きれいすぎて目立ちすぎだよ(笑)。しかし、この美しい顔立ちの二人が並ぶとなかなか見ごたえが。信二郎さんはちょっと古風な、染ちゃんは今どきなと同じ二枚目でも雰囲気が違う。この二人がちょっと地味な演目に華を添えた感じでした。ここでは、信二郎さんが染ちゃんより年上の貫禄を見せましたね。脇に控えている立ち姿にちゃんと心情が見えてのきっちりした姿。隼人くんが出ているだけに、脇役としてしっかり役を捉えていたように見受けられました。染ちゃんは、叔父様を観るのに必死という感じで好感は持てましたが、こういう脇の時もきっちり役になりきって立ちましょうね。

『釣女』
この演目はとにかく楽しいです。独身の大名がそろそろ妻を娶りたいと太郎冠者を連れ、恵比寿様へ詣出にいく。そこで夢のおつげを聞いた大名は釣り竿で美女を釣り娶る。うらやましがる太郎冠者も同じように釣り竿を投げて女を釣り、添いましょうとねと誓ってから被り物を取ったらなんと醜女だったという、いかにも狂言仕立の演目です。「あはは」とお腹から笑って楽しく過ごしました。

大名は染五郎さん。うわー、こういう拵えがほんとに似合うんだわ。出た瞬間ぱあっと明るくなる華がやはりあるんだよねえ(惚)。そんな染五郎さん扮する大名が「この年まで定まる妻がない」とか言うものだから、そこでもう笑えます。「妻も子もあるだろうがっ」と。この台詞、普段結婚している役者がやっても笑いは起きないんだけど、新婚さんな染ちゃんだからなおのこと暖かい笑いが起きたような感じでした。染ちゃんは楽しそうにちょっとわがまま大名を可愛らしく品よく演じていました。そして叔父様から「染ちゃん、おめでとう」と言われて拍手が起きたときには思わず笑ってしまってましたね。でもそれがまたキュートで、絶対ファンを増やしたと思う。

太郎冠者が歌昇さん。やっぱりこの方、うまいなー。それに体のキレが本当にいい。歌舞伎座では赤っ面を拝見することが多いのだけど、ひょうきんな太郎冠者もぴったり。体型もちょっとふっくらしているのでおおらかさが出て、わがままな大名を懲らしめようとする場面も本当にユーモラスになる。体ひとつひとつの動きが見てて気持ちのいい役者さんです。

上臈は芝雀さん。か、可愛い〜。なんでこんなに可愛いの〜。上品で可愛らしくって、釣った大名がうらやましくなる、そんな女性を可憐に演じておりました。芝雀さんは小柄で顔がふっくらされているので美女というよりは別嬪さんって感じなのです。この方の品のいい優しげな雰囲気が、そして桜の蕾のようなちょっと硬い色気といった持ち味が大好きなのです。この方は一途に思う気持ちを本当にまっすぐに出すことのできる役者さんだと思うのです。今のところ、だから健気な娘とか、おっとりしたお姫様、そして旦那を一途に思う女房といったような役が一番似合う。でもいつかお父様のような満開の桜色のオーラが出るような役者さんになっていただきたいとも思います。

そして、醜女がなんと吉右衛門さん。まじですかー?(笑)。見事なおかめ顔のでかい醜女で盛大に笑いをかっさらって行きました。こりゃ、反則技だよ。めったに見られない吉右衛門さんの女形はなんとも凄かったけど何気に可愛げでした。ちゃんと女形の声も作っているんですよね。すごーい、やっぱ役者のプロ根性ってすごすぎるというか…もしや吉さまったら遊んでたかも?。しかし、このおかめ顔で「染ちゃん(ほんとに染ちゃんって言うんですよ)、おめでとう」だもん。そりゃ、染ちゃんも噴出すわな(笑)。


2005.04.09

歌舞伎座『四月大歌舞伎 中村勘三郎襲名披露 夜の部』 3等A席後方下手寄り

四月歌舞伎座は演目がほぼ同じ面子で演じられているのをわりと最近(と言っても5、6年経っているのもありますが)観ていた為、わざわざ高い襲名披露価格の時に観なくてもと思っていたのですが、やはり観に行ってよかったと思いました。まずは一年ぶりの歌舞伎座復帰の団十郎さんが勢いを取り戻されているのが拝見できたのがうれしかったですね。あと、5年前、同じ新・勘三郎&玉三郎コンビで観た『籠釣瓶花街酔醒』が5年前と思った以上に印象が違っていたのが面白かったです。

『毛抜』
なんといっても団十郎さんの完全復活を印象づけた場ではなかっただろうか。活舌の悪さもなんのその、朗々と声が響き、また役柄にぴったりの稚気溢れる表情のおおらかさがなんとも言えない。お話自体はいかにも荒事の荒唐無稽なナンセンスぶりを楽しみ、一場、一場の見せ所の積み重ねで見せる演目なのでそれほど面白みのあるストーリーではない。だからこそ役者の魅力で見せていく。のんびりとした運びなので弾正に魅力がなければ退屈してしまうかもしれない。そんなお話を退屈させずに魅せた団十郎さん。よくぞここまで回復してくれました。

『毛抜』は他の役者では段四郎さんで観ている。ケレン味という部分でさすが澤瀉屋といった感じで派手さでは段四郎さんのほうが面白かったが、団十郎さんの独特のおおらかさも良いねえ。それと「真っ平ごめんくだせい」と客席に頭を下げる時の客席からの「歌舞伎座へおかえりなさい」といった観客からの暖かい拍手もありその一体感で非常に気持ちのいい空気が流れておりました。

勘太郎くんのお小姓姿もなかなかでした。弾正に言い寄られ、困った風情がなかなか色ぽかったかも。また同じく弾正に言い寄られる腰元役の時蔵さんの「困ったお人」と軽くあしらう風情も素敵。時蔵さんの「びびびびー」は品が良い。

『口上』
三月に較べると人数が減っているので、一瞬少し寂しい感じがしましたが先月がちょっと特別にすごかっただけで、やはり豪華な面子での口上でした。今回は勘三郎さんのお母様の命日ということを芝翫さんがお話されその頃の思い出話から始められ、胸にジーンときました。あと団十郎さんが1年ぶりに歌舞伎座のこの席に居られることの感謝を述べられ、一際拍手が湧いてました。海老蔵さんも自分の襲名披露で慣れているのか、早口だけどきちんとした挨拶でなかなか好感。やっぱり彼は声がいいねえ。姿は私にはやっぱお父さんに似てると思うんだけどな。七之助が今月の『口上』で復帰でした。これから、がんばれ。それと…ええっと実は口上で一瞬、仁左衛門が我童さんに見えたのは内緒だ…声も似てるしやっぱ兄弟。

『籠釣瓶花街酔醒』
この演目は5年前に観た時に玉三郎さんの強烈なオーラをあらためて思い知った&勘三郎さんのくどきのうまさを知った演目だったのだけど、全体的に観たときには物語としてはいまいち説得力がなかった。特に勘三郎さんが人の良い次郎左衛門を造詣していたのだが、前半はそれが役柄合っていてとても良かったのだが、後半もそのまま単に人の良いままで、必要な狂気が全然見えてこず、縁切りの場から最後の殺戮の場までにいまひとつ説得力がなかったのだ。それで、今回もう一度このコンビで観てもなあ、どうなんだろう?と思っていたのだ。でも今回観て良かった。この5年の間に勘三郎さんが演技の幅を広げ、狂気に説得力を持たせたことでかなり良いものになっていた。この5年でますます演技の幅を広げてきた勘三郎さんはすごいね。

勘三郎さんの次郎左衛門はいかにも田舎の朴訥した人柄を見せる。傾城八橋を見染めるシーンは、実は前回のほうがいかにも惚けた感じが可愛げで純朴な人という感じで、私はこちらのほうが好みで好きだったのだが、今回は惚け方に愛嬌をあえてあまりのせてこなかったように思う。すでに最後を暗示するように、全身で魂抜き取られたといった風情を出していた。ここはいかにも田舎ものの世間知らずな愛嬌を出していたほうがラスト活きる気もするのだが…どうなんだろう?

ただ、その後の次郎左衛門は、5年前とは比べ物にならないほど、役にハマっていてよかった。八橋に惚れに惚れこみ、自慢したくてたまらない、そんな朴訥さが表現されたあとでの人前で縁切りの場は素晴らしかった。人前で恥をかかされ、何より信じてきた八橋に裏切られた、そんな絶望感での必死のかきくどき。このシーンでは息を詰めて見るしかなかった。そしてそこですこんと狂気陥ってしまったのかもと思わせる表情を出してきて、ラストの場で完全に狂気に陥った様を見せつけ、八橋を殺す場に説得力がでた。以前は朴訥さのほうが全面にでて狂気が見えず、なぜ殺すのか?に説得力がなかったのだ。狂気をきちんと表現できるようになったのだなあと感心した。

さて、もう一人の主役、八橋の玉三郎さん、相変わらずの美しさと存在感はダントツ。ただ三月にもちらっと思ったのだが会場全体を完全に支配するほどの強烈なオーラがこのところ半減しているような気がしてならない。なぜなのだろう。演技の質を少し変えてきてる部分で、華だけで見せようとしていないのかもしれないとも思うのが、私にはまだ判断つきかねる。ただ、今までたっぷりとみせていた部分をかなり押さえているのには間違いない。見染めの場での八橋の歩みは以前よりあっさりめの足運び(海老蔵襲名の『助六』の揚巻のときもそうだったなあ)。また笑みも、「傾城八橋とは私のことよ」と自信たっぷりに婉然と微笑むというより、もう少し抑えた「あら、田舎から出てきた人がうろちょろしてるわ」と思わずにっこり、という風情のような。うーん、あの強烈な笑みを期待していたのでちょっと物足りない…。

ただ、縁切りのシーンで間夫のために、どうにもならなくて縁切りするという部分は見事だった。ほとんど表情を変えないのだが、それがかえって心が引き裂かれ後先考えず口から言葉だけが発せられてるといった風で哀れさがでた。そこがラストのシーンでの次郎左衛門にすまなさそうにしている姿に説得が出て、殺された八橋への哀れを感じることができたのだと思う。

八橋の間夫、栄之丞は仁左衛門さん。すっきりとした色男ぶりと、女を食い物にする悪さを感じさせない可愛げのある栄之丞でした。それにしても着物を着替えているシーンの手つきのかっこいいこと、惚れ惚れする。また、八橋と会う場での色気のある立ち姿…ああ、八橋が惚れこみのもしょうがないと思わせる。

脇では先月に続き、治六役の段四郎さんと九重役の魁春さんが素晴らしい出来。なんというか役柄と風情を一致させ、きちんとした心根を見せる。この二人の存在が物語の幅を広げている。佐野での次郎左衛門と治六との主従の生活、廓での八橋と九重の生活が垣間見えるのだ。特に魁春さんは以前の松江時代の楚々とした美しい容貌が衰えてしまい、ちょっと悲しい思いをしていたのだけど、役者は容貌だけじゃないぞ、と思わせる演技をきちんと身につけていらしたのだなあと先月に続き非常にうれしく思った。

また七之助の初菊もなかなか良かった。七之助だからということだけではなく、華のある姿で3階までジワがきました。初々しさがあり必死さもきちんと出た。それと女形の声がとてもきれいでしたね。


2005.04.06

サントリーホール『国立パリ管弦楽団 Bプログラム』 C席 2F P席左手前方

指揮/ミシェル・プラッソン

軽やかな音色と管楽器の美しい音色が印象的。聴きなれた楽曲が並んでいたなかで初めて聞いたショーソンの曲もかなり印象に残りました。とにかく非常に楽しい音楽会で特にラストの曲『ボレロ』からアンコール曲までは私、ノリノリ状態でした(笑)。指揮者のプラッソン氏がサービス精神旺盛な方でアンコールは4曲。会場が明るくなっても結構な人が残り拍手が鳴り止まず、プラッソン氏と楽団員の方々がうれしそうに応えてくれていました。

ドビュッシー『牧神の午後への前奏曲』

ショーソン『交響曲変ロ長調』

ドビュッシー『海』

ラヴェル『ボレロ』

アンコール曲:ビゼー『「アルルの女」よりアダージェット』、ビゼー『「カルメン」より間奏曲アラゴネーズ』、ビゼー『「カルメン」より前奏曲』、サティー『ピカデリ』


2005.03.25

歌舞伎座『三月大歌舞伎 中村勘三郎襲名披露 昼の部』 1等2階真ん中

『猿若江戸の初櫓』
勘太郎くんが楽しそうに活き活きと踊っていて見ていて気持ちいい。彼の踊りは形が本当にきれいだ。柔らかさとも持ち合わせているし、いずれ勘三郎さんの当り役をきちんと受け継いでいくだろうなあと思わせました。しかしこの年齢でこの技量は大したものだ。天性の素質を持ち合わせているうえに相当な努力をしているのだろう。愛嬌もだいぶ出てきた感じですね。

七之助の代わりにでた福助さんは終始ニコニコと勘太郎くんを見守っている感じ。引き立て役にまわったか、踊りのほうが珍しく印象に残らない出来。あれれ?福助さんの踊りっていつもはとても華やかで絶対印象に残るのだけど。

『平家女護島』
役者が揃った舞台でした。非常にバランスがよく、それぞれの役者たちが役の性根をわきまえつつ持ち味を発揮し、かなり見ごたえのあるものになっておりました。『俊寛』は今までも色んな役者で何度も見ているのだけど、今回ほど「物語」がくっきり浮かんできたのは初めて。

今回の幸四郎さんの俊寛は珍しく感情が内に入るキャラクターではなく、周囲に向いている俊寛であった。以前拝見した時は心の内に篭っていた風情があって、島に残るのも自らのため、船が行ってしまってからは完全に虚無感に陥り、「おーい」の呼びかけも自分に向いていた感じでした。ラストは崖の上で冥界への入り口に立ったかのような、目線の先に何も見えてない恐いまでの無表情で、ああ、たぶんこの人はこのまま死ぬんだろうなという救いようのない暗さがあったように思います。

ところが今回、成経・千鳥夫婦を見つめるまなざしに優しさがあり、妻、東屋への思慕をより明確に表現していたため、後半の俊寛の行動が情に突き動かされたものになっていました。そして一人残され、「おーい」と叫ぶその表情は様々に揺れ動いていた。皆を送り出すための、どこまで行ってしまったのを確かめるための、行ってしまうんだなという寂しさを、そして孤独に耐えかねての未練の、そして孤独感に打ちひしがれ寂寥感漂わせて。たった二文字の「おーい」の呼びかけにこれほどまでに色んな想いをのせて聞かせられるのは幸四郎さんぐらいなものだ。寂しさに押しつぶされそうな「おーい」と聞いた時、知らず知らず涙がこぼれてきてしまいました。自ら選んだものの達観できずに船を追いかけ、最後、脱力感でぼんやり遠くを見つめる俊寛。救いはないのだけど、情味があってきっとこのまま諦め切れないで生きていくんだろうなあと、そんな人間らしい「凡人」の俊寛を幸四郎さんで見ようとは。この解釈は、たぶん幸四郎さんが先代勘三郎さんに教えを請うた時のものなんじゃないのかな?と思いました。今回、勘三郎襲名ということであえてこの俊寛を持ってきたのだと思う。

もう一人の主役の千鳥の魁春さんが目を見張るほど良かった。一途で可愛らしいだけでなく、海女としての強さがきちんと出ていて一人残されたときのくどきに説得力がありました。とても自分の立場をわきまえている千鳥なので俊寛が船の乗せようとする場面の戸惑いにとても心根が優しい女性なんだなあという部分も見えました。その千鳥と夫婦になる成経の秀太郎さんがとても可愛げな品があり、恋する二人のほのぼの感じが出て良かった。そのおかげで後半の引き離されそうになる部分の悲劇が活きて、俊寛が妻が殺されたと知った時の悲しみが引き離されようとする成経・千鳥夫婦に重ねあわされ、この二人のためにも、といった心情がきれいに見えてきて、この物語が夫婦の愛情の物語でもあるといったものがクローズアップされたように思います。

また、段四郎さんの瀬尾の憎々しげな大きさも見事で、幸四郎さんの俊寛がなおのこと活きてきた感じ。東蔵さんの康頼もみんなの世話係的な存在感があり、丹左衛門の梅玉さんは爽やかで情を見せつつも理が勝つキャラクターがピッタリ。

『口上』
口上ってやはり、大事だなあと。周囲からの祝辞を受け、その言葉を真摯に受け止めることで、新たな「勘三郎」という役者に変化していくんだろうなあと思った。19人もずらりと並ぶ舞台は圧巻でした。口上を述べる役者個々の個性も見ていて楽しい。ただ雀右衛門さんがかなりお疲れのようなな雰囲気でちょっと心配。つっかえつっかえで声も小さい。でも、きちんと話そうと頑張るお姿に拍手。

『一條大蔵譚』
初めて観る演目で昼の部では一番楽しみにしていたのだけど出演者が濃かったわりになんとなく物語としてのまとまりが薄かったように思う。脇がちょっと精彩を欠いていたためと思う…残念だったなあ。

勘三郎さんの作り阿呆は可愛らしくて前半は本当に阿呆に見える…。可愛げなので楽しく観れるのだけどあんなに阿呆面でいいのかしら?と思う部分も。だが後半の正気の姿と落差が出るので視覚的にわかりやすい。正気を見せる部分はもう少し大きさがあってもいいかなあとも思ったけど、阿呆と正気の切り替えはお見事で義太夫の糸にのるといった部分で確実に表情豊かにのせてきて素晴らしかった。ここまでひとつひとつきれいに動いてくれると観てて本当に気持ちいい。

常盤御前の雀右衛門さんが座ってるだけで美しさと品格を出していたのはさすがと思わせたのだけど、そこまで。かなり体調が悪そうでほとんど義太夫に乗り切れていない…。声も弱々しく、いつものオーラが発揮しきれていなくて、ちょっと動くたびにこちらがハラハラドキドキ(涙)。だ、大丈夫なんでしょうか?

仁左衛門さんの鬼次郎、玉三郎さんのお京はいわゆる御馳走の配役。二人が並ぶと本当に美しいし華やか。勘三郎さんの引き立て役にまわり、丁寧に控えめに演じてはいるもののやはり役不足でかえって物足りない。所作の美しさなどみるべきところは確かにあった。だが役柄的に役者が必死さを出すべき役回りだと思うのだけど、その部分があまり伝わってこなかったんだよなー。

その反面、鳴瀬の小山三さんと勘解由の源左衛門さんは頑張っていた。大役を任されちょっと気負った感じはあったけど、きちんと演じていて印象に残しました。


2005.03.20

歌舞伎座『三月大歌舞伎 中村勘三郎襲名披露 夜の部』 3等A席後ろ花道上

『近江源氏先陣館』
物語としてかなり濃いものになっておりました。成駒屋独特の濃い演技が全体のトーンを決めていたような感じ。

盛綱の勘三郎さんが丁寧に丁寧に演じていたのが印象的。らしいなと思ったのが首実検の時の表情の動き。情をほとばしらせる一歩手前で押さえ、でもしっかり観客に伝わる。武将としての大きさがうまく出てました。そして小四郎に「おじさま」と哀願されるシーンなどでは情たっぷりで泣かせてくれます。

またなんといっても微妙、篝火、小四郎が本当の家族で演じられたという部分で家族の絆が場面にうまく結びついたのが良かったです。孫を切腹を迫らなければならない祖母としての悲しみや辛さを内包しつつも武家の女としての格を見せる、そんな難しい微妙という役柄を芝翫さんがうまく表現されていました。こういう厳しさのある品格はなかなか出るものではないでしょうねえ。そして篝火の福助さんがまさに子を心配する母の形相を見せて激しい篝火を造詣してました。こういう表情は福助さん、本当に上手い。小四郎役の児太郎はこの二人に盛り立てられ頑張ってました。残念ながら芸達者ではなく「泣かせる」までには到ってないのですが健気さは十分に出ていたと思います。

何気に存在感があったのが早瀬の魁春さん。この方の透明な品のあるたたずまいが盛綱側の武将としての格を支えているようでもありました。魁春さん、こういう品格をいつのまにかきちんと獲得してきたんですねえ。

他に和田兵衛の富十郎さんの爽やかな朗々とした台詞回しがさすがに気持ちよく、信楽太郎の幸四郎さんと伊吹藤太の段四郎さんの御馳走はさすがの存在感ながらきちんとご注進役になっているし、時政の我當さんのいかにも悪役然とした風情が場を引き締めてました。それと小三郎の宗生くんが可愛いだけじゃなくきちんと見得を切っていてなかなかのものを見せてくれました。

『保名』
『保名』はそれほど面白みのある踊りではないような気もしますが濃密な『近江源氏先陣館』を観た後ではちょっとした息抜きにちょうどいい踊りでした。単に仁左衛門さんの美しい恋狂いの踊りを楽しむだけでいいかなと。この踊り、前も仁左衛門さんで観ていると思うのですが、前はもっと物憂げな感じだったような?今回はあまり心情を全面に出さないでさらりと踊られているような感じでした。「お花畑きれい」「あっ、蝶々」といった印象です(笑)

『鰯売恋曳網』
三島由紀夫が書いた脚本とは思えない後味ほのぼのファンタジィ。「鰯かうえ〜」のなんとも脱力ぎみの売り声が耳に残ります。

勘三郎さんが盛綱のときとはがらりと雰囲気をかえて愛嬌のあるぽわんとした猿源氏を演じます。非常に楽しそうに演じていて観ているこちらもとても楽しい。魚づくしの戦物語の部分で義太夫の竹本清太夫さんとのコンビが絶妙。おかしみのなかにもうまさを見せる。

相手役の蛍火の玉三郎さんはどこか品がいい世間知らずな傾城をこれまた楽しそうに演じている。美しさもさることながら、やはり存在感が抜群。鰯売りの声に恋して城を抜け出し、迷子になったあげく騙されて遊女として売り飛ばされたお姫様というとんでもない設定になぜかすこんとハマる。あの浮世離れした独特の雰囲気をいかんなく発揮。お姫様と知れた後の家来に対する我侭ぷりがこれまたいい味出してる。

猿源氏の父、なみあみだぶつの左団次さんと六郎左衛門の弥十郎さんの二人の軽妙さもよかった。あと個人的に玉三郎さんに負けないわっとばかりに自己主張を前に出す傾城役の扇雀さんの個性が好き。


2005.02.27

国立小劇場『二月文楽公演 第三部』 1等席真ん中前方

初文楽鑑賞だったのでどきどきわくわくでした。舞台が思った以上に大きかったのと義太夫の方々が全面に出て座るのに驚きました。歌舞伎と似た部分と違う部分、色々較べて観られたのも楽しかった。語りが非常に重要な役回りであること、また語りと人形が一体になってこそ、お互いの芸が活きてくることがよくわかりました。やはり総合芸術なんだなあと。

『壇浦兜軍記』
舞台の拵えが歌舞伎そのままだったので、較べながら観ました。歌舞伎が文楽のほうに近づけた演出をしているのだなあという感じを受けました。それにしても、人形1体を3人で操っているのにも関わらず、人間が邪魔に見えないのにかなり驚きました。そしてちょっとした仕草がきちんと意味を持ってまるで生きているかのようなたたずまいを見せるんです。そして、義太夫の語りがまたなんというか訴えかけてくるんですよ。言葉は難しいので何を言っているのか全部把握できないんですが、声に様々な心情がのっている。そしてそこにその心情を体現する人形がいて、どういう場か、登場人物がどういう想いをしているかが伝わってくる。

特に阿古屋の出には、本気で呆然としました。だって人形なのに、オーラがあるんですよ、でもって色気が漂ってるんですよ。どういうことですか?お人形の頭の顔自体はふっくらした感じでそれほど美女なお顔ではないんです。人形の美しさとか衣装の美しさとか、そういう部分でのものじゃないんですよ。操られてる感じに見えなくて実際に「阿古屋」が全身で動いて心情を見せるんです。ああ、もう本当に凄かったとしかいいようがない。

くどきのシーンもさることながら琴、三味線、胡弓を弾くシーンでの細かい動きに目を奪われました。指遣いまできちんと弾きこなしてる。それだけにここは動きが大きいわけじゃないんです。でもね、体すべてを使って必死に弾いてるんですよ。それがわかるんです。ええ、人形とは思えません。歌舞伎で同じ演目を見ているだけに、あの人形から発せられる色気はいったいどこから出てくるの?あの必死な心情はいったいどうして伝わってくるの?と。ただただ衝撃を受けたとしかいいようない感覚に襲われました。

そして歌舞伎役者の雀右衛門さんが「色気は女形としての芸のテクニックで出すもので役者自身が持つもので出すものではない」とおっしゃった、その芸の突き詰め方に通じるものを感じました。雀右衛門さんの一途でしっとりした色気の持ち味が吉田簑助さんが操る阿古屋の色気と通じるものがあっただけになおのこと、芸の厳しさ凄さがダイレクトに私の心に伝わってきてしまったような気がします。芝居の内容に感動したのか、「人形」に魂が込められるその芸に対して感動したのか自分でもよくわからないまま感動のあまり涙が出てきてしまいました。

断トツに吉田簑助さんが操る阿古屋が素晴らしかったのですが他の登場人物のなかでは重忠の静かな強さや人情、岩永の押し出しは強いけどちょっと人のよいコミカルさがうまく表現されていたと思います。

語りに関しては私、人形を見るだけで必死で、義太夫がどうの、とかそこまできちんと聞けなかったように思います。でも阿古屋の人、うまいなあと思いながらは聞いていたなあ。それと胡弓の音色が素晴らしかった。胸にこんなに響いてくる音とは思いませんでした。

『卅三間堂棟由来』
『壇浦兜軍記』
は阿古屋ばかりに目を奪われすっかり興奮してしまったのですが、『卅三間堂棟由来』は阿古屋のような見取り(有名な場だけの上演)ではなく通しでひとつの物語として演じられたので、物語自体を楽しむことが出来ました。

こちらの演目は「歌舞伎」に近しい演出のように感じました。見得があったり、衣装替えのケレンがあったり、大掛かりな舞台転換があったり、はらはらと雪や柳の葉が美しく舞い落ちてきたり。それだけに登場人物の誰かを注目して観るというよりは、彼らはどうなるだろうと話を追って観ていました。登場人物個々に感想を書きたいんですが、どう書いたらいいかわかりませんね。どこが良かったとかそこまで細かく見る余裕がない。見るのに聞くのに必死で(笑)。ただこの演目に関しては全体のバランスがとてもいい舞台だったと思います。老母、旦那、子供、そして敵役それぞれの役者が揃っていたという感じがいたしました。

しかし遣い手によって人形の持ち味が随分と違っていたことには驚きました。吉田文雀さん操る、今回の主役の「お柳(おりゅう)」は柳の精で、切り倒される所を助けてくれた男と結婚している女房という「阿古屋」とはタイプが違う役柄ではあります。それでも遣い手の持ち味がかなり違うことはわかりました。楚々としているなかにとても品のある色気がある女性像を描き、心情をぎりぎりまで抑えた端正な動きをしておりました。それだけにその押さえた心根に哀れを感じさせていたように思います。かなりケレンのあるキャラクターなんですがとても透明感があり人でない役どころ草木の精霊そのものようでした。

それにしても見てるうちに人形の遣い手がいることを時に忘れてしまいます。あたかも人形自身が動いてるような錯覚を覚えます。そして、時々ふと美しい女房の頭の横におじさんの顔をあることに驚いたり(笑)。でもそのおじさんたちがいなければ彼ら人形は動いてないわけで、とても不思議な感覚です。

それと『卅三間堂棟由来』では一人の語り手がすべての役柄を演じるのですが、その使い分けに感心してしまいました。特に声色を変えてるという感じではなく、女性の声も子供の声もそれほど作りこむ感じではなくおじさんの声なんですが、でもちゃんと女性や子供の語りになってるんですよ。いやあ、ほんとすごいです。


2005.02.13

NHKホール『NHK交響楽団 第1535回定期演奏会 プログラムA』 B席2F左後ろ

指揮/ジェームズ・ジャッド

モーツァルト『交響曲 第25番 ト短調 K.183』
第一楽章が映画『アマデウス』のテーマ曲となって有名になった楽曲。全楽章聞くのは初めてだ。有名なの第一楽章ですが第二楽章〜第四楽章もとても美しい曲で聴いていてとても心地よかった。モーツァルトの楽曲って、ほんとどこかしら心の琴線に触れる音があると思う。N響の弦のきれいな響きが印象に残りました。でも木管のほうがところどころ「ん?」というような部分が。もっとノッた感じだったらなあ。もったいなかったです。

それにしても第一楽章ではどうしても映画のシーンが頭を掠めます。ドラマチックな構成をうまく映画に使ったのねと映画『アマデウス』での音楽の使い方、本当にうまいなと改めて思ったり。

ハイドン『トランペット協奏曲 変ホ長調 Hob.VIIe-1』関山幸弘(Trp)
N響の主席トランペット奏者の関山氏がソリスト。うわ〜、トランペットってこんなにきれいな音が出せるんだ〜とちょっと感動。とても軽やかで澄んだ柔らかな音にはビックリ。聴いた瞬間、一瞬、空が見えたような気がしたよ。今まで日本人の管楽器の音色って物足りないことが多かったので期待してなかったんだけど、とても素敵でした。もっと聴いてみたかったけど、残念ながらアンコールは無しでした。団員さんだからかな。

ホルスト『組曲「惑星」作品32 』
中学時代に大好きで何度もリピートしてた曲だけどあんなに編成が大きいとは。どうりで迫力がある楽曲なわけだと納得。出だしから弦のまとまりと力強さで一気に持っていった感じです。それとハープの美しい音色とパーカッションのキレのある迫力がとても良かった。楽曲のイメージのふくらみが様々な音の面白さと重なり、聴き応えがある。やっぱりこの楽曲好きだなあ。「木星」のメロディは平原綾香がポップスとして流行らせましたね。今回、聴いていてあまりそれにひきずられなかったのはあのメロディ部分をドラマチックに歌いあげる感じにしなかった指揮者のおかげかも。ラスト「海王星」の女性コーラスは裏からだったのでどうしても篭って聞こえる。直接の歌声で聞きたかったなあ。舞台にスペースが無いのでしょうがないのですが…。一人突出してきれいなソプラノを出していた方がおりました。


2005.02.10

世田谷パプリック・シアター『コーカサスの白墨の輪』 S席真ん中右寄り

串田和美演出、松たか子主演『セツアンの善人』がとても評判だった記憶があり、このコンビならばとチケットを取った。

劇場は円形舞台に仕立ててありました。本来舞台になるはずのスペースに客席を作り、その真ん中に役者たちが棒で円形を作り、そのなかで芝居をするという趣向。役者たちは芝居が始まる前からステージにおり、パンフを売っていたり雑談をしていたり。そしていつの間にか芝居が始まっていくという感じでした。また役者たちは出番の無いときは効果音を出したりする裏方としてそのまま円の周りに座っている。観客と円の外にいる役者たちとは境界線がありません。

物語は「芝居をしよう、どんな話がいいかな?」との掛け合いから始まり、即興劇のように始まります。グルシャという娘の話と飲んだくれ裁判官アスダックの二つの話が平行して語られ、ラストその二つの物語が交差します。わりと単純な話と言えば単純で、「捨てられた子供を拾い苦労しながら育てたグルシャと財産目当てで舞い戻ってきた奥方が子供の親権を巡り争い、裁判官はその判決を行なうため母二人に子供の手を両脇から引かせる。その結果の大岡裁き」っていう有名なお話。時代劇でよくやってますよね。あれの元の物語なのです。この芝居のキーとなる台詞があります「恐ろしいのは善の誘惑」。この言葉色々考えさせられます。原作読もうかな。

串田氏が北海道で始めたワークショップの流れから作られていったというだけあってその手作り感や観客と役者の境目のない演劇の作り方は「人が集まる空の元で始まった芝居」というものの原点に戻ろうという試みであったかもしれません。観客を休憩後に青空裁判に参加させたり、ラストの踊りに参加させたりという試みもそのひとつでしょう。これは参加したもの勝ちかもしれません。ただ、やはりそこに参加できない、乗っていけない観客にとっては「芝居で高揚した気分」を醒めさせられることにもなりかねない。これは好みの問題かもしれませんがどうせならもっと何か観客全員を半強制的に参加してる気分を味あわせる何かがあれば良かったのに、と思いました。

またワークショップの流れからなのか役者個々のレベルがかなりバラついているようにも見えました。外国人の役者を使ったことで日本語の台詞がほとんど聞き取れないことがかなり度々。また台詞にほとんど感情が全然のってなかったりもしました。いわゆる棒読み状態。これは演出なのか?ただの実力なのか?ただ、そういう彼らも歌となると俄然台詞がハッキリしてくる。いっそのこともっと歌を主体にしても良かったのではないかと思う。そうすると音楽劇ではなくミュージカルになってしまうのかな?3時間以上の芝居、思ったほどは長さは感じないで済んだものの、ところどころかなりダレました。

捨てられた子供を見捨てられずに拾ってしまう娘グルシャに松たか子。この主役を荷い、物語をまさしく引っ張っていきました。彼女がいるだけで芝居に集中できるんです。一人だけオーラが違う、存在感が違う。これはいったいなんなんだ?と思いましたね。台詞、歌、体全体の動き、顔の表情、そして瞳、すべてがキラキラ光ってるんです。とても思い切りのいい演技と歌声の美しさ、感情の乗せかたのうまさに、「ああ、いい女優さんだなあ」とちょっと惚れ惚れしちゃいました。体の動き方の端々に幸四郎パパにそっくりな部分があるのに驚き。身体コントロールのよさは父譲りなのだろうな。それにしてもよく走ること走ること、訓練されたきれいな体の動きでした。体全身で演じている姿にとっても好感を持ったのでした。

あと、印象深かったのが毬谷友子さん。この方は何役もこなしていたのですが何をやらせても上手い。とにかく半端じゃなく上手い。オーラで目を惹かせるタイプではないように思うのだが、どんな役にもとても印象を残せるタイプの役者さんなのではないだろうか。今回はやはりなんといっても自分勝手な奥方の役が一番強烈でした。一つの役を掘り下げるタイプのキャラをやらせたらどうなんだろう?と思いながら見てました。

もうひとりの主役飲んだくれ裁判官アスダックは演出家でもある串田和美さん。声を潰されていて、かなり美味しい役だと思うのに、いまひとつインパクトに欠けました。味のある雰囲気は良かったのですが、せっかくのいい台詞が伝わってこないのです。なんとなく体調がよくなかったような雰囲気もあったので風邪でもひかれていたのかもしれません。アスダックの出来が良かったらたぶん芝居全体があまりダレることはなかったと思うのです。残念でした。

グルシャの婚約者シモンの谷原章介さんはTV『新選組!』『華岡青洲の妻』でなかなかいい演技をされているのでちょっと期待してたのですが、スタイルも顔もいいのにあまり存在感が無かったかも。、キャラクターとしてはとても合っていたように思うのですが出番が少ないせいもあるけど「おっ」と思わせるものがあまりなかったなあ。ただ、声はやはり舞台でもとても良い声でした。ハリもあるし甘さもあるし、よく通る。もう少し舞台での演技に慣れてくればもっと存在感が出てくるかもしれません。

音楽劇としては生演奏のライブ感と民族楽器を多様したフレーズが印象的でした。歌はもっと多くて良かったなあ。わりと歌の部分が短いんですよねえ。もっと聞かせてくれても良かったんじゃないかしらん。


2005.02.06

すみだトリフォニーホール『グローバル・フィル第34回定期演奏会』 2F真ん中前方

指揮者/黒岩英臣

全体的な印象としてグローバル・フィルとしては随分と冒険的な音の出し方をしていたんじゃないかしらと思いました。今まで何度か聴かせていただいた限り、ここのオケのイメージは「明るく軽やかに広がる音を出す端正でまとまりのあるオーケストラ」でした。ところが今回、指揮者に黒岩英臣氏を迎え、だいぶいつもとは違うものを要求されたようです。いつもチケットを購入させていただく知り合いの団員の方に「今回かなり激しい音を求められてるんだよ。こんなに体が疲れる練習は学生の時以来かも。いつもと全然違う演奏だから笑っちゃうかもよ」と事前に情報をいただいてたにも関わらず、想像以上にほんとに音色が違うので驚きました(笑)

C.M.v. ウェーバー 「歌劇「オベロン」序曲」
歌劇らしいドラマ性のある曲で弦楽器と管楽器の掛け合いなど面白く、また後半にいくにつれテンポも勢いを増し聞き応えのある曲。この楽曲のせいもあると思うが弦の鳴らし方がいつもの広がりのあるものと違い、うねるように激しく鳴らしていた。音としてはとても面白かったのだけど、グローバル・フィルの「まとまりのある音」という部分がうまく出てきてなかったように思う。大抵、オーケストラの第一曲目というのはなかなか音が乗ってことないことが多いので、そういう面もあっただろうけど、全体のバランスがちょっと悪かったように思う。音の面白さがあっただけにちょっと残念。

J. ハイドン 「交響曲第99番」
はじめて聴く楽曲でしたがとてもきれいで叙情的な曲でした。一曲目より全体的な音のまとまりが出ていてなかなか気持ちのいい演奏だったと思います。やはりここでも音の強弱をしっかり聴かせるような音の作り方でしたね。しかし、その分ちょっと個々の音のバラツキが少し気になりました。特に管楽器の音のまとまり具合がもうひとつ。欲を言わせていただければ、この曲はいつものもう少し軽やかな感じの端正な演奏で聴きたかったかなと。

P.I. チャイコフスキー 「交響曲第5番」
チャイコフスキーの楽曲は旋律がとてもきれいでかつドラマチック。ストーリー性があり、これぞオーケストラ楽曲といった盛り上がりのある曲で聞きやすい。にしても、いやはや、黒岩氏&グローバル・フィルは大熱演でした。まさしく体全体を使って、時には叩きつけるように、時に跳ね上がるように音を鳴らし音がホール全体に響いていた感じでした。情熱的な演奏とはこういうことを言うのでしょう。細かい部分でいえば管の音がたまに割れてたり、全体的に勢いがよすぎる?と思う部分もなくはなかったのですが、そんなことより演奏している皆さんの熱意がこちらに伝わってきて、聞いてとても楽しく満足いたしました。この曲に関してはうまく指揮者とオーケストラがかみ合っていたなあと思います。

アンコール曲:グリーグ「2つの悲しき旋律」より「過ぎし春」
チャイコフスキーでの激しい熱さを和らげるために選んだのかもしれないですね。とても静かできれいな音での演奏で余韻があってよかったです。


2005.01.25

サントリーホール『マルタ・アルゲリッチの協奏曲 〜グルダを楽しく想い出す会〜』 RAブロック前方ステージ寄り

指揮/クリスティアン・アルミンク
演奏/新日本フィルハーモニー交響楽団

モーツァルト『2台のピアノのための協奏曲 変ホ長調』パウル・グルダ/リコ・グルダ(Pf)
うーん、出だしの曲ということもあるんだろうけど音があまり響いてこない。パウルの音色は透明感があってきれいだったけど、リコのほうは音がぜんぜん良くない。せっかくのピアノ2台での演奏なのに掛け合いの面白さもあまりないし、それより音がとても淡白。オーケストラのほうもいまひとつで全体のバランスが…。

モーツァルト『アダージョとロンド』ルノー・カプソン(Vn)
ルノー・カプソンのヴァイオリンの音色がよかったなあ。力強くて、情感がある。あらためて弦の音っていいなあと思った。非常に情熱的な演奏でちょっと注目株かも。

グルダ『チェロ協奏曲』ゴーティエ・カプソン(Vc)
うわー、なにこの曲?オケの編成にギターとドラムが入ったので、なんだろうと思っていたらいきなりジャズですよ。ジャズのフレーズとクラシックのフレーズが交互に演奏されのですが、そのなかでソロ演奏のチェロが核となり纏め上げていく不思議ででもとても楽しい曲でした。ゴーティエ・カプソンのチェロの音色は低音が非常に厚みがあって良かったです。しかし、まさかここでジャズを聞こうとは(笑)。

モーツァルト『交響曲第32番 ト長調』
とても短い交響曲でした。きれいな曲だとは思ったんですが、オケの音がどうも物足りないなあ。いかにも次アルゲリッチさんだからの前座的演奏でした…。

モーツァルト『ピアノ協奏曲第20番 ニ短調 K466』マルタ・アルゲリッチ(Pf)
なんとなんと、オケにルノー・カプソン&ゴーティエ・カプソンが加わったんです。えーー?!ソロ演奏家がオケの第二奏者として加わるってどういうこと?!と驚きました。で、音がまるで違うんですよ。たった二人が加わっただけでオケの音に深みが出て非常に聞き応えある演奏になってました。もうレベルが全然違うんだと。もちろんオケの響きに合わせた演奏しているんだけどダントツにこの二人の音色の美しい響きが真っ先に耳に入ってくる。オケのレベルって個々の演奏家のレベルがどこにあるかでかなり変わってくるんだよなあと。一流のオケの違いはここなんだよなあとつくづく。

そして、なんといっても格の違いを見せ付けてくれたのが今回の演奏会の主役、アルゲリッチ。もうね、ほんと違うんですよ。ダン、と鳴らした第一音からして、「きたーーーー」ですよ。なんなんですかね、あの音の響き、深み、多彩な音色、そして曲への支配力。正直、この曲を支配していたのは指揮者ではなくアルゲリッチでした。それにしても本当に素晴らしかった。ピアノの音色がずどんと胸に迫ってくるんです。ぐぐっーと音が胸に沁みてきて涙が出そうになりました。

アンコール曲:
ベートーヴェン『ピアノ、ヴァイオリンとチェロのための三重協奏曲 第三楽章』マルタ・アルゲリッチ(Pf)/ルノー・カプソン(Vn)/ゴーティエ・カプソン(Vc)
アルゲリッチさんのモーツァルト『ピアノ協奏曲第20番 ニ短調 K466』の演奏が素晴らしかったので会場全体で拍手拍手です。でもたぶん気まぐれ女王様のアルゲリッチさんのことだしアンコール曲はみなあまり期待してなかったと思うんですよ。でも、やってくれたんですー。しかもベートーヴェン 『ピアノ、ヴァイオリンとチェロのための三重協奏曲』の第三楽章を全部。ええ、長いアンコール曲でした。うれしすぎます。アルゲリッチとルノー・カプソン、ゴーティエ・カプソンの息も合い、とても聴き応えがありました。ああ、でもやっぱり、なんといってもアルゲリッチさんのピアノの音色が絶品。


2005.01.22

歌舞伎座『寿初春大歌舞伎 昼の部』 1等1階花道寄り後ろ

初春らしい華やかな演目が並びウキウキと気分が浮き立つとても楽しい観劇となりました。『操三番叟』の染五郎の軽妙で切れ味のいい踊りはとっても楽しくて何度も観たいと思い、『梶原平三誉石切』の吉右衛門さんのこれぞ歌舞伎といった台詞回しに酔い、『加賀鳶』では幸四郎さんの滑稽味溢れる悪党ぶりと毒気のある色っぽい福助さんと颯爽とした三津五郎さんの演技を楽しみ、『女伊達』では芝翫さんの愛らしい色気に感心した一日でした。ああ、至福のひととき。

『松廼寿操三番叟』
まずは翁と千歳が粛々と踊り奉納舞としてのおめでたい雰囲気に一気に持っていって後半のコミカルで躍動感溢れる操り人形の三番叟へと繋げて行く。前半の静と後半の動の対比がいい。

前半は翁の歌六さんの重々しさと千歳の高麗蔵の爽やかさの対が良かったです。特に歌六さんの丁寧な踊りが目に惹きました。

しかしやはりなんといっても後半の染五郎の操り人形の三番叟の踊りが素晴らしかった。いかにも操り人形のように足が地に完全に着かず絶えずふわ〜っと揺れている様や、まさしく糸に操られながら舞っているかのような動きに惹き込まれました。優雅に舞ったかと思えば、糸が縺れてくるくる回ってしまったり、糸が切れてカクンとなってみたり、そしてラストの鈴を鳴らしながらの激しい豊饒の舞へとどんどん変化していく踊りは見ごたえたっぷり。染五郎はとてもコミカルでありながらも奉納舞としての品を失わない美しい形を作っていく。軽妙で躍動感溢れながら切れ味もある。人形役なので無表情で踊っているのだけど、体全体から楽しく踊っているのがわかり、それがまた観ている側に伝わり本当に楽しく、気持ちがわくわくしてきます。それにしても飛び上がる部分のあまりの跳躍力の凄さに「うわ〜、すごいっ」と母と一緒に思わず大声を出してしまいました…(恥)。周りにもいたから目立たなかったとは思うけど…。

後見の猿弥さんとの息もピッタリで、猿弥さんのおおらかさが糸を直す場面ではユーモラスに出て、とてもバランスのいいコンビだったと思います。

『梶原平三誉石』「鶴ヶ岡八幡社頭の場」
吉右衛門さんのうまさを堪能した舞台でした。仁左衛門さんので観ているのだけど、演じ方が全然違うんですね。表情を細かく作り芝居を魅せるという部分で吉右衛門さんのほうがより人間味溢れ、また芝居の流れもよりはっきり見せてくれる梶原平三でした。台詞回しは普段の台詞をハッキリ聞かせるものではなく、口のなかで台詞を転がし唄うような発声方法でした。とっても心地よいリズムでの発声でカッコイイ。ただし、台詞そのものは聞き取りづらい。表情だけで物語れる吉右衛門さんだからこその台詞回しかもしれない。見る側にとってはちょっとこれは上級者向けかな。母いわく、この台詞回しはお父さんの白鸚さん世代ではわりと普通だったらしい。

話を知っていたということもあり独特の台詞回しの心地よさと吉右衛門さんの骨太で情味ある演技にほれぼれと見惚れてました。石切での決めの場で大向こうさんが「役者も役者」ととってもタイミングよく掛けておられ、まさにそうよと思ったたので拍手拍手。この掛け声は好まない役者さんが多いらしいんだけど、私はちょっと感動してしまったのでした。でも、引っ込みのところで素人掛け声で「鬼平!」とやられた日にゃ、大激怒でしたけど。「播磨屋」という屋号を知らないんだったら掛けるなっ、あまりにもひどすぎ(涙)。

大庭三郎の左團次さんは手馴れた演技で安定感あり。

俣野五郎の歌昇さんがまさしく義太夫狂言のなかの人という感じで赤っ面としての落し出しの強さと明快な台詞回しで存在感アピール。歌昇さんもほんとうまい役者さんだよなあ。

六郎太夫の段四郎さんが明快に元武士としての気概ある六郎太夫というキャラクター出して今月は本当にいい出来。

梢の福助さんはちょっとあだぽすぎてニンじゃないなあという部分もありましたが親子の情の部分をうまく出して、ラストのほのぼの感を醸し出してくれたので良し。

菊奴の染五郎は風のように登場し、風のように花道を去っていきました。ほんの一瞬の出でしたが華のある姿で印象に残しました。「今の誰?」のひそひそ声に、「染五郎さんですよ」と教えたくなりました(^^)

『盲長屋梅加賀鳶』「本郷木戸前勢揃いより赤門捕物まで」
花道での勢揃いでの鳶連中が華やかでいいですな。それと渡り台詞がカッコよかった。でも最後の鳶の芦燕さんが台詞を忘れてた…誰かが必死に教えてたよ(笑)。まあお年だからね…。

松蔵の三津五郎さんが鳶らしいイキの良さがありかっこよかった。三津五郎さんは貫禄が出てきて役者ぶりがどんどん良くなってきている。

幸四郎さんの梅吉はそれほどイキな感じが出てなかったかなあ。幸四郎さんは二役のうちの道玄のほうが似合ってた。小悪党なセコさはあんまり感じなかったけど滑稽味のある悪党が案外ハマっていた。特にお兼役の福助さんとのやりとりやゆすりのシーンでの間がなんともおかしくて、ついつい笑ってしまう。また、暗闇のなかでの赤門捕物での動きがとてもコミカルで楽しい。今回、だんまりぽいシーンがあったため幸四郎さんの身体コントロールがすごいことがよく分った。というか今回、道玄の時はなぜか指先から足の先までの形がすごくきれい…悪党なのに(笑)。それにしても幸四郎さんは義太夫狂言のときなどはビックリするほどきれいな体の形を作るのだけど、こういう世話ものでも実は非常に緻密な体の動き方をしているのかもしれないなあと思った。いつもは、つい顔の表情に目がいきがちなんだよな。ただ今回残念ながら台詞がちょっと弱かった。宗五郎の時には感じなかったんだけどなあ。調子が悪かったのだろうか?

お兼役の福助さんは毒気のある色気があって『梶原平三誉石』の梢役と同一人物とは思えない。こちらのほうが似合ってるような気がする…。福助さんて昔は可愛らしい女形って感じだったのに、最近はちょっと崩れた色気があるものが似合う。どこら辺で変わったんだろうなあ。

『女伊達』
芝翫さんの踊りはそれほど好きではないのですが『女伊達』は芝翫さんの愛らしい色気が引き立つ踊りでとても良かった。脇を固める侠客二人には歌昇さんと高麗蔵さん。歌昇さん、踊りも案外上手なのね。なんだかおめでたい気分で帰れるという意味で昼の部最後の演目としても良かったな。


2005.01.15

浅草公会堂『新春浅草歌舞伎 第二部』 2等2階後方真ん中

第一部と第二部、どちらを観ようか悩んだのだけど、第二部の配役のほうが役者それぞれニンに合ってそうと思い第二部にしてみた。若さゆえの一生懸命さと未熟さの両方を楽しんでまいりました。若手中心のものを観ると芝居としては未熟でも勢いがあるので楽しい。本日のお年玉(冒頭ご挨拶)は七之助くんでした。また、演奏がかなり充実していたのが予想外の拾い物。

『御所五郎蔵』「仲之町出逢いの場」
出逢いの場だけだとこの演目を知らない人にとっては何がなにやら分からないんじゃないかなあ。錦絵として楽しむってところでしょうか。

五郎蔵の獅堂さん、舞台でまともな役をやっているのを初めて見ましたが今勢いのある役者としての華がありました。上背もあり、立ち姿がきれい。化粧栄えもしますね。一生懸命勤めてるというのもわかりました。でも残念ながら他の若手役者に較べると歌舞伎役者としてはちょっと差があるかなあ。丁寧に演じているのには好感もつけど、歩き格好、座った時のポーズがきれいに決まらない。また台詞が言うだけでいっぱいいっぱいなところが…声は通るので、もう少し調子というものを勉強してほしい。立ち姿のきれいさは武器になるので、ぜひぜひ歌舞伎のほうも頑張ってくださいまし。

土右衛門の愛之助さんがビックリのうまさ。憎々しげな風貌を作り、形がとてもきれいだ。華やかな五郎蔵より、つい土右衛門のほうに目がいくのは、ひとつひとつのポーズが美しいから。また憎まれ口をたたく台詞回しもメリハリがありうまさを見せる。いつの間にこんなにいい役者になったんですかっ。

留女の亀治郎さんはこの役にはまだ若すぎる。この役は年増女の貫禄と艶を見せなければいけないので、さすがにちょっと無理があったかな。うまさだけでは出せない風情ってあるのよね。

『春鑑鏡獅子』
七之助が頑張ってました。前半の弥生は姿が可憐。ただやはり女舞は難しいのだろうなあ。まだまだ一生懸命に形を作ろうとしている段階という感じ。扇子の捌きなどもぎこちないし、「弥生」を踊るまでには至っていない。でもしっかり腰元風情は出せているので今後期待。後半の獅子は力強く、若獅子といった勢いがあっていい。以前拝見した連獅子の時に比べ、格段の上達。きちんと腰を使って髪洗いをしているので毛先の放物線がとてもきれいに出ていた。

胡蝶役の国生ちゃん、宗生ちゃんは…頑張ってるんだけどねえ。踊りの素質はそれほど無さげ?宗生ちゃんは音感は良いと思うんだけど形が。国生ちゃんは太りすぎで足元のバランスが取れてません…蝶というよりミニモスラ?まあ、天才子役とか言われた子の胡蝶を観ちゃってるので、較べたら可哀想すぎなんだけど。うむむ、この子を相手に踊る七之助がちと可哀想だったり(苦笑)

長唄囃子連中がとても揃ってたなあ。唄の声もよかったし三味線での独特の音色にも惹かれた。

『恋飛脚大和往来』「封印切」
第二部の一番の見ものでした。上方歌舞伎ってストレートに人の情を伝えてくるので面白い。通しで観たくなりました。第二部の「封印切」は松嶋屋の型。

なんといっても忠兵衛の愛之助がうまさを見せた。上方和事特有の柔らかい愛嬌や色気というものがしっかり出てました。さすがというかやはり身に付いたものが違うなあ。拵えは仁左衛門さんそっくりなのだが持ち味は違いますね。愛之助には独特の明るい軽みがある。ものによっては軽さが気になる場合もあるけど今回の忠兵衛にはピッタリで、前半のじゃらじゃらした部分と後半の悲劇に至る部分での落差が際立った。八右衛門との言い合いの部分の台詞が聞き取り辛かったのがちょっと残念だった。早台詞になるところでの緩急がまだこれからってところかな。でも実力が着実についてきているのがよくわかりました。

梅川の亀治郎さんは梅川らしい風情があって姿はいい。でも前半は忠兵衛ラブな可愛気がもっと欲しかったな。でも台詞はよく勉強しているなあと。そういう部分で後半にうまさがでた。後半の哀れさがよく出ていて、忠兵衛とのくどきの場面は見事でした。

八右衛門の男女蔵さんが意外や意外、大健闘。上方らしさという部分では足りない部分が多かったけど芝居上手だと思った。敵役のいやらしさを十分出していて非常にいい出来だと思う。男女蔵さん初めて良いって思ったかも。

おえんの門ノ助さんが廓の女将さんにしてはちょっと硬いかなとは思うけど芝居ポイントを締める役としてはとても丁寧に演じて年長の貫禄を見せてくれました。

治右衛門の亀鶴もかなりいい出来でした。きちっと貫禄があり、情も出た。それと声がいいね。

あと竹本綾太夫さんと鶴澤宏太郎さんの義太夫が非常に良かったよ。ファンになってしまった。


2005.01.09

歌舞伎座『寿初春大歌舞伎 夜の部』 3等A席後下手寄り

三津五郎さん(『鳴神』)、吉右衛門さん(『土蜘蛛』)、幸四郎さん(『魚屋宗五郎』)の芸達者な方々の座組み。ただ、演目的にお正月らしくないかなあとちょっと不安視していたのだけど、いやはや、とんでもございません。ひさびさに全演目が充実のかなりレベルの高い歌舞伎を観たという感じ。さすがというしかない。荒事、羽目物、世話物とバランスもいい演目並びでいかにも「歌舞伎」らしい。

『鳴神』
三津五郎さんとまじめで硬くしかも荒々しい鳴神上人とがどうしても繋がらず、どういう風に演じるのだろうと思っていたのだが、2004年5月の弁慶に続き、見事に荒事の大きな人物像を描いて見せた。太い声ときれいにきまる見得、背の小ささを感じさせない。また絶間姫に色香で迷わされるシーンでどんどん崩れていく様などに男の色気を出しうまさを見せる。やはり芝居どころでの三津五郎さんはうまい。騙されたと知って怒りを見せるシーンはもう少し大きいと見栄えするんだけどなあとは思うけど、迫力は十分。周囲との息もあって立ち回りは見ごたえありました。

絶間姫の時蔵さんが品のある健康的な色気や硬い美しさがとてもいい具合に出て絶間姫としての使命に説得力あり。ひさびさに時蔵さんらしい持ち味の美しさで魅せてくれました。時蔵さんは時に控えめすぎる演技をしてしまう事もあるのだけど、今回のように前に出る演技をするほうが良いと思う。当り役といっていいですね。

『土蜘蛛』
出演したそれぞれの役者ぶりが堪能できた見ごたえのある羽目物狂言でした。なんといっても吉右衛門さんの大きさが見事。不敵な笑みをうかべた僧侶のなんともいえない不気味な色香。踊りのほうは僧侶の時はもう少し情感があってもいいかなあと思ったものの、土蜘蛛の正体を現した時の凄みと迫力が素晴らしい。糸を繰り出しながらの立ち回りにはただ見惚れるばかり。かっこいい。

また源頼光役の芝翫さんの役者ぶりも見事。武将としての品格とオーラが素晴らしい。ただ座っているだけの役なのにどういう人物かが伝わってくる。

胡蝶役の福助さんもたおやかな踊りを見せてお見事。柔らかさがあり、少ない振りで情景をきっちり見せる。しかも能面のつくりの化粧がなんとも美しい。

太刀持ちの児太郎くんが可愛らしく頑張ってました。子役が出るとほのぼのするね。保昌役の段四郎さんと四天王も揃って良かった。段四郎さん、ハリのある声で若々しい。

『魚屋宗五郎』
今月の夜の部で一番の心配だったのがこの演目。世話物でしかも日ごろの酒乱のせいで禁酒しているものの妹を濡れ衣でお手うちにされた悔しさから禁酒を破ってお屋敷に乗り込むという、いかにも庶民なお役の宗五郎を初役で演じるのが幸四郎さん。三津五郎さんの鳴神もイメージじゃないと思ったけど、それ以上に幸四郎さんがこういう役が出来るとは全然思っていなかった。ところが、ところがなんとも良い味わいの宗五郎じゃありませんか!これには本気でビックリ。また芝居としてのまとまりがよく、かなり面白いものになってました。

そして幸四郎さんの役者としての底力を見た思いでした。確かに柄的に見た目は魚屋風情には見えなくて魚屋を取り仕切る大旦那風ではありましたが、江戸の下町で生きる女房に少しばかり頭があがらない感じのがらっぱちで愛嬌のある宗五郎になっておりました。一介の魚屋として妹、お蔦を殺された理不尽に怒り泣き、またそのなかに庶民の強さ弱さを見せる。なんというか、台詞のちょっとした間がうまいんですよね。笑わせる部分と泣かせる部分のメリハリがあって、お話的には悲しい物語ながらそこを泣かせるだけではなくいやみにならない部分で笑わせる。幸四郎さんならではと思ったのは玄関先での笑い泣きでしょう。あれはほんとお見事。

女房おはまの時蔵さんもよかった。時蔵さんも世話物をやるには堅いかな?と思ったのだけど、きっぱりした口調が姉さん女房的で、ちょっと可愛げな雰囲気を作った幸四郎さんとの釣り合いもよく、夫婦としてのやりとりのほのぼの加減がとても素敵だった。時蔵さん、今月大当たりじゃないかなあ。見直した。

三吉役の染五郎はこういうちょっとすっとぼけた役がうまい。細々と家のなかの仕事をする時の手つきは見ものです。また宗五郎夫婦の間にたっておろおろする風情や、血気に逸り、親方に「すっこんでろい」と言われすごすごする姿など可愛らしい。ここら辺はお父さんとの息がぴったり(笑)。また亡くなったお蔦さんの無念を思う台詞などの泣き台詞は染ちゃんならでは。

おなぎ役の高麗蔵さんが楚々したお女中さんになっててうまさを見せる。『土蜘蛛』での立ち役ですっきりとした姿を見せてるだけにその変身ぶりに驚く。

またご家老様役の段四郎さんが味わい深くていい。道理がわかる人情味があるご家老様で、宗五郎へ諭す台詞に情感がある。今月の段四郎さんは脇としてとてもしっかりした出来。今月の功労賞かも。


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