馬券売り場で絡まれる
私が20代、ビワハヤビデやオグリキャップなどという馬が栄華を極めていた頃のこと。水道橋の馬券売り場にあるゲームセンターで、ゲーム機に座る友人の後ろでリラックスしてプレイを眺めていたとき、突然右横から強い衝撃を感じた。右に振り向くと自分より10センチ以上はある(180センチ位)体格の良い男が絡んできたらしい。知り合いのおふざけかと思って顔を見ると、全く見知らぬ男である。おまえじゃまなんだそこをどけ!と言わんばかりだ。一瞬驚いて「なんだ、おい」と口ごもる私。見るとそりが入った頭、眉毛が細く、いかにも典型的なつっぱりアンちゃんタイプだった。だいたい今時そり入れるなんて時代錯誤もいいところだ。ともかく、何も悪いことをしていないし動く必要は全くないと思ったので、一時はねとばされたものの意地になって元いた定位置に戻ったのでした。
すると無言のままなおも突っかかってくる。手を掴まれたりするうち、私のことを貧弱な体つきのやさ男だと思ってなめているのだと確信した。
なんでこんな年下のガキからこんな扱いをうけなければならないのだ。
そう思うと激しい怒りがこみ上げてきた。警察沙汰になったら仕事は懲戒免職かなとも一瞬頭をよぎったのだがもう遅い。衝動は抑えられない。復直筋が充実し腰が回転した。腹から伝わった気が右掌に及び瞬時にやつの左頬をとらると「ボコッ」と異常に鈍い音がして男が左方へと吹っ飛んだ。太極拳サークルで練習してきた発頸(ハッケイ)という撃ち方で、復圧により至近距離から気を爆発させる攻撃が出てしまった。(K−1の角田氏が瓦に手のひらを乗せたまま瞬時に割るのをテレビで見たことがあるが、あれも復圧だろう)
早くこの場を去らなければ、と思ったが、走っては怪しまれるから人混みの中に歩いて混ざった。その後そいつがどうなったか興味ないが、握り拳で撃った訳じゃないし、マックスの復圧でもないから病院送りということはないだろう。説明が長くなったが、ここで問題にするのは、男は闘うべきだなどという陳腐なメッセージではなく、なぜ職をかけてまで暴力行為に及んでしまったのかという個人的な興味である。やはり根底にコンプレックスがあると思うのだ。
考察
1 やつは私ががっしりした体格だったらちょっかいを出さなかったはずだ。2 私は自分の華奢なルックスでなめられたと感じなければ手を出さなかっただろう。
3 私は自分では封建的じゃないつもりだったのに、年下のガキのくせにという封建的な意識が現れてしまった。これは、弱いやつは弱いままで居ろといったやつから発せられたメッセージと似たり寄ったりな気もするが、自分のコンプレックスを極端に刺激された結果、ガキのくせにという理不尽な感情が増幅され、弱くないぜというメッセージを相手に見せつけなければならなくなった。
殴ったときの音が、すごく鈍いことに新鮮な感動を覚えた。「バシッ」とか「パチン」でなく、「ボコッ」「スコン」なのだ。顔がムンクの叫びみたいにスローモーションで歪んでいくのも興味深い。
話がずれるが、ただ単に「暴力が悪い」などと言う考え方は安直ではないか。暴力行為が悪とのアイデアは、喧嘩両成敗と同様、社会の秩序安寧の観点から刷り込まれた保守の論理に過ぎない。そもそも、飛んでくる火の粉を振り払っただけだ。さらに、私が反撃することで味わった感想は、こんなに心爽快にして気分のいいものはないということだった。沈めた後で何の空しさも残らず、何の罪悪感も感じない。こんなみかけ上弱々しい男から受けた重いパンチにさぞや面食らったことだろう。彼はむしろ、人生何が起きるか判らないんだぞというエキサイティングな体験を味あわせてやったことに感謝すべきなのだ!