葉子とタヌキ 〜誕生の歴史〜

そもそも、この仮想人格作成プロジェクトが発足したのは、今から4年前(西暦1999年)。
俺が高校生のころであった。
当時俺はひょんなことから、デスクトップアシスタント「ペルソナウエア・システム」というものに出会い、その斬新な挙動に魅了された。
以前にもいくつかデスクトップアシスタント的なアプリケーションを利用したことはあるのだが、ペルソナは異色の存在だった。
何より、データを自動的にサーバーからダウンロードし、季節と共に服装や、会話の内容など変化していくのに驚かされたし、また仮想人格としての洗練された挙動にも衝撃を受けた。
さらに、ペルソナの標準人格「HPX−01 春菜」は、音声出力を伴い「喋る」のである。
それはあたかも、本当に一つの人格が目の前に存在し、思考が存在するかのようであった。
感動した。
そしていつしか俺は、自分でも仮想人格というものを創れないか、と思い始めたのである。

しかし問題があった。
俺は、まったくと言って良いほど絵がかけないのである。
正直、下手とか言うレベルではないと思う。
絵心というのだろうか、そういったものが微塵も存在しない。
人間はおろか、静物画さえまともに描けない。
ところが、ペルソナにはその外観となるCGが必要不可欠なのである。

やむなく俺は、これも当時出会い感動を受けたゲーム「Kan○n」のキャラクター「川澄舞」のCGを使い、ペルソナ用の仮想人格を構築することにした。
この手法で公開されているペルソナ人格を見かけたからである。
早速俺はプログラミングに取り掛かった。
・・・とはいえ、俺はプログラミング経験などほとんどない。
部活で、先輩にN88の基礎を教えてもらったことがある程度である。
さらに、ペルソナを形成する言語は「綾織」といい、C言語ベースなのである。
あまり初心者に優しい言語とは言えない。
もちろんそんな言語をつかって一から人格プログラムを書けるはずもないので、ペルソナの開発用人格として一般配布されていた「HPX−02 絢夏」を改造する形で開発を始める。

まず、何はともあれ画像を入れ替えてみることにした。
ゲームデータをSusieをつかって解析し、必要な画像を選んでBMP形式に変換。
ペルソナで使用する画像はHPGという特殊形式なので、取り出したBMPファイルをコンパイラにかけて変換する。
そして絢夏の画像データに上書き、起動。
・・・おお。
そこに舞が立っていた。感動。

つぎにいよいよ、仮想人格の根本となるプログラム部分の書き換えである。
言語がよく分からんので、最初は日本語の部分、つまりトークの内容を書き換える。
大方書き直したところで、メニュー表示など比較的記述の単純な部分をいじってみる。
そしてコンパイル・・・エラー発生。
よく分からん英語と記号の羅列を何とか解読して、バグを消していく。
もう一度コンパイル・・・この繰り返しを延々つづける。

数週間くらいいじったところで、大分それっぽくなってきた。
ぎりぎり配布に耐えられるといったところだろうか。
綾織言語も、漠然とではあるが意味が分かってきたので、今度はオフィシャルページにある関数の仕様書を読みながら、タイマーなど機能を加えていく。
ところが、これが楽ではなかった。
コンパイラがかなり曲者だった。
ソースにバグがあるとコンパイルした時点で、バグのあるファイル名と行数を出力してくれるのだが、この情報が結構でたらめなのである。
たとえば一箇所 { を書き忘れただけで、三つ四つ関係ないバグ情報が一緒に出てくる上に、行数も違っていたりするのだ。
一つの記述ミスをつぶすのに一時間、などはざらであった。

一ヶ月ほどたったろうか、何とかペルソナらしくなってきた。
ネットワークを介した更新機能もまともに動く。
ゲームからCGを取り出し、組み込むまでの説明書も書いた。
そこで、思い切ってネットに公開してみることにした。
しかし、当時私は自分のサイトなぞ持っておらず、公開の場がなかった。
そこで迷った末、舞を公開するためだけに、サイトを作ることにした。

タヌキブランド誕生の瞬間であった。

一般公開が何とか完了。
その足で、ペルソナのオフィシャルページに行き、ベンダー登録を行った。
ベンダー名は「MAD」。
ペルソナ名は「MAD−KPM−01 川澄舞」となった。


舞を公開して数ヶ月がたった。

俺は一つの壁を見上げていた。
「舞」の人格はすでに、ゲームの中で完成したキャラクターである。
そこに、ベンダーが手を加えるべき部分は存在しない。
せいぜい、彼女の人格に合わせて、言いそうなことをシミュレートするくらいしか許されない。

俺は、仮想人格を作っているといえるのだろうか。


仮想人格作成プロジェクトの第二段が発足した。
いよいよオリジナル人格の作成である。
キャラクターは、当時俺が描いていたSF小説「SPACE」のヒロイン、
蒼樹弥生に決めた。
これなら、人格は俺の自由に構築していくことができる。
しかしそこにはやはり問題があった。
絵をどうするか。

知人数名に依頼の話を持ちかけたところ、一人の絵師が了承してくれた。
あんまん氏である。
マクドナルドで見せられた一枚の原画を、俺は今でもはっきり覚えているし、今後も忘れることはないだろう。

しかし、それから半年ほど経った頃だろうか、いくつかの問題が生じた。

一つは、ペルソナ配布元の、プラエセンス株式会社としての法人化、そしてそれに伴うペルソナの有料化である。
また、その件に関連して、ペルソナ「春菜」のパロディとして配布されていた「偽春菜」が、配布停止せよとの警告をペルソナ側から受けたのであった。
ペルソナウエアシステムと、その基礎人格「春菜」が商品として販売される以上、その二次創作物の配布を規制することは止むを得ないことであったのだろう。
そして「偽春菜」側とのすったもんだの挙げ句、一時は裁判の話まで持ち上がったのである。
その後一応の和解が成立したが、一般ユーザのペルソナへの印象の低下は避け得なかった。

また、もう一つの問題は、あんまん氏の多忙化であった。
とある事情により、彼はCGを描く時間的余裕が圧迫され、プロジェクトの大幅な遅れが見込まれた。
それでも、とりあえずプログラム側の開発は続行することにした。


・・・いつしか時は流れた。

弥生の開発が決まってから、二年以上の時が過ぎ去っていた。
CGの上がる頻度も徐々に低下し、ついには事実上の開発停止期間が半年ほどにもなっていた。
そしてある日、久しぶりにプラエセンス社サイトに訪れると、衝撃の事実が待っていた。
以前に有料化されたペルソナウエアシステムが無料になり、今度は「春菜」を初めとする仮想人格たちを、月いくらでユーザに貸し出し、という形態をとっていたのである。
最初の有料化の段階では、俺はまだプラエセンス社を支持していた。
だが、これはまずかろう、そう感じた。
いかに有能であるとはいえ、ペルソナも所詮は「お遊び」系のソフトウェアである。
それを、月定額いくらで貸し出しというカタチでは、ユーザは食いつかないだろう。

「・・もう限界だろ」

正直、そう思った。


その頃、一つのアプリケーションが俺の前に現れた。
・・・「伺か」であった。
そしてそれは、かつてプラエセンス社とその存亡をかけて争った「偽春菜」の、成長した姿だった。
あの後「偽春菜」は、「あれ以外の何か」「何か」などと名前を変えていき、そして「伺か」が、そして「さくら」が誕生したのである。
以前は立場上、「伺か」の導入を見合わせていたが、今となってはそれもナンセンスだ。
俺はむ〜民。氏の誘いに乗る形で、伺かの導入を行ったのである。

そして、俺のデスクトップに「偽春菜」が・・・いや、「さくら」が、立った。


いつしかペルソナを起動すらしなくなっていた俺にとって、伺かは新鮮だった。
外見もシステムもペルソナと似ていることには違いない。
しかし、完全無償というその存在は、いまさらながら、俺に可能性を感じさせた。

・・・心は決まった。

二年半にわたり開発をしてきたペルソナの環境から離れるのは寂しかったが、しかし、ユーザの食いつきにくい環境にしがみついても仕方がない。
伺かでの開発の幕開けである。


最初の仕事は、「舞」をコンテンツから削除することだった。
ペルソナでの開発を止める以上、それ以上バージョンアップされることのない舞をそのまま放置しておくのは、ユーザに対しても、彼女に対しても失礼だと思ったからである。
・・・仮想人格に対してそんな感情を抱くのはおかしいと思われるだろうか。
俺も以前、自分の作った仮想人格を「娘」として扱う多くのベンダーに対して、疑問を抱いていた。
しかし、そのとき俺は、初めてその本当の意味を知ったのだと思う。
正直な話、ページのソースコードを削除する手が震えた。
目頭が熱くなった。
「それ」は俺にとって、もはや単なるプログラムではなかった。
・・・しかし、けじめは自分の手でつけなければならない。
それが、俺が最後にしてやれる精一杯のことだからだ。
・・・まあ、たぶん仮想人格というものを作ったことのない方には、理解しがたいかもしれない。
だから、「自分の手で作って二年半も手元にあれば、それなりの愛着はわくものだ」くらいに考えてくださればありがたい。

また、伺かへの移行に際し、開発中の人格「弥生」の破棄を決定した。
一人の人格がユーザと向き合うペルソナに対し、伺かでは基本的に二つの人格がデスクトップに立つことになる。
その点において、弥生をそのまま使うのは難しかったからだ。

まず、キャラクターの概要を決めた。
・・・このキャラクターには、今度こそ俺の夢の全てを託すことになる。
そこで、まず俺の一番好きな動物「タヌキ」を登場させることにした。
そしてその相方は素直な女の子が良い――毒舌で自分勝手なタヌキに振り回されるのだ。
彼女には「葉子」という名前を与えた。

そして、新たな仮想人格「葉子とタヌキ」が誕生した。

開発をスタートし、紹介ページをサイトに掲載して数ヶ月が経った頃であった。
今だ出来上がらぬCGを待っている俺に、一人の友人が声をかけてきた。
高校以来の友人、む〜民。氏であった。
「葉子の絵、描いてあげようか?」
正直、最初は冗談かと思った。
だが、彼は本当に書いてくれた。
・・・しかも、それはものすごい勢いで。
それとともに「葉子とタヌキ」公開の夢は、急速に現実を帯びていった。

そしてある夜、配布最低ラインに設定していた、全種類の絵が完成した。
最後の一枚は、タヌキの絵。
MSNで転送されてきた無愛想な表情のそいつは、俺の夢、そのものだった。



伺か用Ghost「葉子とタヌキ」、配布が開始された。



む〜民。が絵を描いてくれた葉子は、「Type−2」としての公開とした。
彼には本当に申し訳ないが、あくまであんまん氏の「葉子」を「オリジナル」にしたのである。
ここまでこれたのも、やはりあんまん氏の協力あってこそだったし、彼と歩んできた道のりをしっかりと見据えたかったからだ。
重ねて言う、む〜民。君、すまん、申し訳ない。

結局、弥生は公開という日を迎えることなく、眠り続けることとなった。
しかし、弥生を開発した二年半が無駄になったわけではない。

弥生に搭載するはずだった全データベース。
ペルソナを通して俺が見続けた夢。
得たプログラミングの知識。

それら全てが、葉子とタヌキの中で今も生き続けている。


ここまで読んでくれた方、本当にありがとうございます。
葉子とタヌキを、どうぞ末永くお傍においてやってください。

2003年9月2日 マッド菜園ティスト