『エロイーズとアベラール −三つの愛の物語−』 の感想



(以下はVOCES VOCALISに書いた感想です。)


エロイーズとアベラールについてのフィクション (02/21/2003)
角川文庫の編集部の方からいきなりメイルがきてビックリしたんだけど (^^; なにやら、アントワーヌ・オドゥアール『エロイーズとアベラール −三つの愛の物語−』という本を出したらしくて、それでこのサイトを見て連絡をくださったとのこと。ともかくもこういう本が出ていると知らなかったので、連絡をくれたことに感謝。そしてエロイーズとアベラールについてのフィクションなんて出版してくれたことに対して感謝。
 内容的には、エロイーズとアベラールのエピソードをモチーフとして現代フランス人作家が描きあげたラブ・ストーリーらしい。「エロイーズに恋し、叶わぬ愛の行く先をみつけるため、アベラールを助ける青年・ウィリアム」という架空の人物の視点から物語が語られるらしいけど、ウィリアムをフランス風に言えばギョーム、つまり宿敵シャンポーのギョームと同名というのが興味深いですなぁ。とりあえずAmazon.co.jpに注文した。どんな内容なのか、読むのが楽しみ。(^^)

ひとり言・・・ しかし、原作はフランス人で、舞台も中世のパリで(アベラールは一時期ブルターニュに行っちまうが)、「アベラール」も「エロイーズ」もフランス語読みなのに、なぜ英語風の「ウィリアム」なんだ?(--; いやいや、そういうお小言は読んでみてからね。(^^;


『エロイーズとアベラール −三つの愛の物語−』 訳者あとがき (02/24/2003)
Amazonに注文していたのが、今朝、きた。今、柳父章氏の本を読んでるので、読むのはそれが読み終わってからって思っていたけど、ちょっとブックカバーを外してみた。おお!おフランスのお本みたいでステキざぁ〜ます(おいおい)
 で、まあ、あとがきくらいならって思って訳者あとがきを読んでみた。パリのペール・ラ・シェーズ墓地に、サラ・ベルナールのお墓を訪ねたとき(ミュシャの絵で有名な女優ですな、この人の墓もペール・ラ・シェーズにあったとか知らなかった)、ペール・ラ・シェーズが広過ぎてまよっていたら突然の雨、そこで近くのお堂で雨宿りしたら、そこがアベラールとエロイーズの墓所だった、おお!何たる奇遇・・・って話が紹介してあった。(--;;
 おいおい、嘘だろ。サラ・ベルナールの墓は区画で言うと44番で、だだっぴろいペール・ラ・シェーズ墓地のちょうどまん中あたり。アベラールとエロイーズの墓があるのが7番で、墓地見取り図の右下の端っこ。どう考えても見取り図片手にサラ・ベルナールの墓を探してさ迷うようなところにはない。それに二人の墓所は、路地から奥まったところにあるから、突然の雨に打たれて飛び込むっていうロケーションではない。それに何より、二人の墓所には柵がしてあって、とうてい雨宿りなんかできやしない。(--;;
 豊かな想像力があるのは結構なんだけど、すぐにバレるような陳腐なフィクションをでっち上げるというのはいかがなもんかなぁ。


『エロイーズとアベラール −三つの愛の物語−』 装丁、タイトル、プロローグ (02/25/2003)
なんだか連載化してるなぁ。(^^; ともあれ、昨日の続き。訳者あとがきによれば、著者のアントワーヌ・オドゥアール氏は、ある日、パリのクリュニー美術館(私が行ったときはストで入場できなかった(--;の帰り、たまたまアベラールとエロイーズの往復書簡を手に入れ、その夜読みふけって「二人のラブ・ストーリーを書くためなら一生を捧げてもいい」と思ったそうな。彼は三作ほど小説を書いたキャリアがあったけど、そのときは出版社に勤めていて20年ほど著作活動からは遠ざかっていた。でも、昼は出版社で働き夜は著作をし、最後には出版社も辞めて書き上げたのが本書らしい。いいですねぇ〜、こういう惚れ込み。(^^)
 で、「おフランス」っぽい装丁だけど、うすいベージュの表紙に濃いエンジの文字で「Adieu, mon unique / Antoine Audouard」とある。つまり日本語タイトルは書かれてない。それっぽいデザインに、フランス語のタイトルのみで、カバー外して読んでたらマジで洋書読んでると勘違いされそうなデザイン。
 ところで原題の「Adieu, mon unique」だけど、訳したら「それでは、私にとって唯一の人」。これでピンと来る人がどれだけいるかわかんないけど、例の書簡集の第二書簡、つまりエロイーズの最初の書簡のしめの言葉ですな。ラテン語では「vale, unice」、畠中訳では「さらば、唯一の方よ」になってる。こういうところをタイトルにするなんていうのは、ニクイなぁ。
 で、我慢できずにプロローグだけ読んでみた。時は1164年、どうやら「私」の最期みたいで、おそらく物語の時間系列から言えば最後の最後になりそうだ。「寒い夜だった」とあるから季節は冬か?・・・エロイーズが亡くなったのは1164年5月16日。「私」はエロイーズと同じ年に亡くなるということなんだろう。


『エロイーズとアベラール −三つの愛の物語−』 第一部 (02/27/2003)
連載、第4段(笑)・・・本書は、本論が4部構成、プラスのプロローグ、エピローグになっている。そして第一部はさらに11の節に別れている。
 というわけで、第一部の5節まで読んでみた。── まず「私」の生い立ち。なんとなく「災厄の記」を思い起こさせる。で、「私」というのはイギリス生まれなのね、というわけで「ウィリアム」って英語名なんだろう。── そしてアベラールとの出会い。アベラールは長身と描かれているが、実際はかなり背が低かった\(^o^)/(おいおい、なんで喜ぶ?)のではないかというのが定説(彼の著書の中に自分の背の低さを冗談に使った記述が残されているから)。そのときにアベラールと一緒にベルナールが出てきて、将来の二人の対立を予感させるような鞘当ての場面が描かれるんだけど、アベラールがベルナールに1140年以前に出会ったという記録はサン・ジルダの修道院長をしていたときの一回だけだから、てっきり最初の舞台は1127-1132年ころだと思っていた。── 読み進むとアベラールはまだパリで教師をしてた。つまり去勢事件前だし、サン・ドニ修道院にも入る前。でも、ウィリアムが知り合うアルノルド(こいつはイタリア人だ)のセリフによれば、シャンポーのギョームやランのアンセルムスとやりあった後らしい。このあたりの時代設定は1114-1116年というところだろうか。1114年とすればアベラールは35歳、私と同い年だぁ\(^o^)/(おいおい、なんで喜ぶ?)。かたやエロイーズは弱冠13歳(^^;いや、当時はそんなもんだったんだってば。── オドゥアール氏の描くアベラールは非常に魅力的で、さまざまな若者たちを不思議な魅力でとりこにしてしまう。アベラールを取り巻く学生たちは、アベラールをアリストテレスとプラトンが一人になったような哲学者で、イエスのごとき救世主(イエスと違うのは病人を直したりする奇跡を起せないだけ、と)だと思っていると描かれている。きっとこんな感じだったんだろうなぁ。うんうん。本の中でアベラールが、ヒエロニムスのような師を探し求めたがそんな人には一人も巡り合えなかったって言う。うんうん、アベラールならきっとそう言っただろうって私も思う。
 物語が始まるのはアベラールの名声の絶頂期で、彼の鼻っ柱が一番強い頃(学問的にはもっと後の時期、挫折を知ってからの方が重要な書物を残しているんだけど)。パリの雑踏を彼が学生たちを引き連れてあるくと「動物たちでさえ、彼に道をあける」なんて崇拝する学生に言わせたりして、それをうまく表現している。作家の腕前としてもなかなかではないか思う。訳者についても、あとがきについてはケチをつけたけど、さすが著名なプロ翻訳家の訳文はさすが読みやすく違和感もない、見事だと思っている。


『エロイーズとアベラール −三つの愛の物語−』 第一部(続) (02/28/2003)
連載、第5段(笑)・・・第一部の6〜11節を読んだ。── アベラールがエロイーズと男女の関係になるあたりの話。パトロンとしてアベラールにエチレンヌ・ガルランドの名前を口にさせたりして、ちょっとニクイ。ボーチエ以降のアベラール研究がどういう動向になっているかちゃんと押さえている証拠。(^^) ──アベラールはフュルベールのうちに下宿できるよう交渉するのに「友人を介して」と述べているが、この物語ではもちろんウィリアムがその役をになう。そしてアベラールはエロイーズにうつつを抜かして講義が疎かになる。二人の間の「愛のムチ」についてもしれっと語らせる。作者は今のところ、『災厄の記』と20世紀後半のアベラール研究に沿って、フィクションの世界を構成している。作家の中には、史実とか記録とかそんなの無視して自分のイマジネーション(妄想?)だけを膨らませて、フィクションの世界を作ろうとするのがいるけど、オドゥアール氏はそういうタイプではないみたいだから、とてもうれしい。(^^)
 ところで、エロイーズの将来についてアベラールが(それほど熱を上げてしまってないときに)修道院に戻るしかないんじゃないかというようなことを言う。どうやらその後のエロイーズの言動を見る限り、エロイーズにはその気はなかったようだけど、実際問題として、彼女にはそれ以外の選択肢はなかったのではないだろうか。つまり特別身分の高い(というか、大きな領土を持った)領主が相手ということでもない限り、彼女の学識は結婚の無駄、あるいは邪魔になる。もちろんそれなりに育ちのいいエロイーズだけど、王家の政略結婚の対象になるほどではない。それほどでもないところの妻となれば、いわゆる家事・育児 women's buisinessで忙殺されて古典文学の素養などまったくの無駄になる、いやむしろ当時の人々は聖職者以外はほとんど読み書きできない野蛮人だったんだからラテン語だけでなくギリシャ語までできる女性を妻にしたがる男がどれくらいいただろうか。── アベラールの恋人になる前から、エロイーズは12世紀という時代の中にあっても特異な存在だったといえる。で、中世末期から近代へと時代が下るにつれてますますエロイーズのような女性は登場しづらい社会へとヨーロッパは硬直していってしまう。


『エロイーズとアベラール −三つの愛の物語−』 第二部 (03/05/2003)
 連載、第6段(笑)・・・第二部は12〜16節の五節からなる。第一部は「旅をするときはなにも持っていくな」という見出しと、その表現を含むルカ福音書からの引用(9:3)で始まったのだが、第二部は「主の会衆」という見出しで「睾丸がつぶれていたり切り取られていたりしている者は、主の会衆に加わってはならぬ」という申命記からの引用(22:2)で始まる。今にして思えば第一部はウィリアムの旅立ちで始まり、そしてアベラールとエロイーズとウィリアムの逃避行で終わることを意味していたとわかる。そして第二部の見出しと引用が意味していることは、明らかですな。── 筆者はアベラールをブルターニュ出身と記述している。当時からそのような誤解はあったんだけど、領土的に民族的にアベラールはブルターニュ人ではないとクランチーは言っている。確かに『災厄の記』の中でアベラールはブルターニュにあるサン・ジルダ修道院の連中とは言葉が通じないと言っている。── 妹がアベラールを「でぶのピエール兄さん」と呼んでいる。前にアベラールはチビだったと書いたけど、大柄で太っていたという伝承もあるだよね。だから筆者はそっちの方に基づいているんじゃないだろうか。── 『災厄の記』の中では、アベラールはパリに残ってエロイーズだけアベラールの故郷に向かい、フュルベールと結婚の取り決めをしたのはアベラール自身となっているが、この本ではウィリアムを含めた三人で故郷に向かい、ウィリアムがフュルベールと交渉したということになっている。まあ、たいした逸脱ではないが。── で、二人のひみつの結婚生活。いやはやって感じだがまあそれいいとして、例の「事件」。ここで物語の様子が一変する。悲劇が恋愛を純化するのか、急にエロイーズがエロイーズらしくなる。つまり打ちのめされても神々しく、美しい。ここまで読んできてふと思ったのだが、ウィリアムって著者のことではないか?つまりアベラールの才能を高く評価しているけれども、エロイーズを愛してしまった。エロイーズはでも自分のことは愛してなくて、アベラールを深く深く愛している。その二人の愛のいきさつを身もだえしながらじっと見守っている。── 220頁に「一般概念」という訳語が出てくる。おそらくuniversalia(いやフランス語だからuniversauxか?)の訳なんだろうけど、素人さんにこういうことを言うのは酷だけど私の専門だからどうしても書かずにはいられないんだけど、明らかに誤訳。確かに辞書にはそうのってるだろうけど、普遍(universale)が単なる概念に堕するのは近代以降だ。特にアベラールにおいては決して概念なんかじゃない。う〜ん、せめて予め哲学関係の訳語だけでも問合せてくれればよかったのに。こういう本の手伝いだったら喜んでしたのにさ。── 第二部は、二人の修道院入りで終わる。推定によれば1118年頃。そのときアベラールは39歳、エロイーズはやっと17歳。


『エロイーズとアベラール −三つの愛の物語−』 第三部、四部、エピローグ (03/09/2003)
 連載第7回目にしてついに最終回(^^; ・・・第三部は「主の家の美しさ」と題されている。ウィリアムが絵師のクレティアン、石工のジズルベールとともに教会を建てるのを請け負うことからはじまる。数年間かかったこの仕事を終えたウィリアムがパリに戻ると、サン・ドニの修道院に入ったアベラールのその後の消息を聞く。もうソワソンの教会会議も終わっていて、ウィリアムの予想通りアベラールはサン・ドニの修道士たちとうまくやっていけてない。そこでウィリアムはサン・ドニの修道院長シュジェと交渉して、トロアの荒野に救い出すことに成功する(でも、シュジェが修道院長になったのってアベラールがサン・ドニを出た後じゃなかったっけなぁ?手元に資料がないから確かめられないけど)。これが1122年のこと。そしてそこに立てた礼拝堂をパラクレと名づけ、彼のもとにまた学生たちが集まってくるが、その後アベラールはサン・ジルダの修道院長となってパラクレを去る。これが1127年のこと。そのパラクレに、アンジャントゥーユをシュジェから奪われたエロイーズたちが移ってくる。これが1129年のこと。ゴシック建築の立役者として建築史の分野では超有名人であるシュジェも権謀術作を弄する点ではベルナール(こちらも12世紀を代表する聖人だが)とならぶほどの悪人として記述されている。いくら「政治家」ベルナールでも、シュジェと同列に置かれたらかわいそう?って気もするが、アベラールに与えた損害という点ではベルナールの方が大きいんだよね。ともかくそれは第四部でのお話しで、第三部はパラクレで再会したアベラールとエロイーズだが良からぬ風評に抗しきれずアベラールはパラクレを去るところで終わる。つまりパラクレという主の家でのドラマが第三部での物語だったわけだ。
 第四部は「たとえ嵐が来ようと」と題されている。冒頭の引用で気づいたのだが、これはアベラールによるエロイーズへの信仰告白の最後の部分。つまり確固たる信仰を持っていますと誓う文言。だからここで語られるのは、アベラール晩年の大嵐であるサンスの教会会議。ついにベルナールがアベラールに牙をむくわけですな。これが1140年で、アベラール没年の二年前。で、エピローグは歴史的事実じゃなくて、物語のオチだから、ネタバレを避けて黙っておくのがよいでしょう。
 最後に全体としての感想は「素晴らしい!」の一言。歴史的な考証はかなり頑張っているし、物語としても面白いし、ラブストーリーとしても美しい。普通に生きることのできない天才アベラール、その天才をかすませてしまうほどの人間的魅力を持ったエロイーズ、この二人のエピソードを凡人ではないけど天才でもない(しかもそのことを自覚できるだけのさめた知性も持ち合わせてる)ウィリアムに語らせているところがミソなんではないだろうか。




しばらく経って気づいたこと、思いついたこと、知ったことなど・・・

アベラールとエロイーズのアブノーマル・プレイ(6/10/2003)
例によって某翻訳を遅々として進まないけれどもがんばっているのだが、ちょっとそのときに気づいたことがある。
 アントワーヌ・オドゥアールの『エロイーズとアベラール ── 三つの愛の物語』のなかで、アベラールがエロイーズを娼館につれていって、娼婦とするところをエロイーズに見せるっていうアブノーマルな性戯が出てくるんだけど、わたしはそこを読んだときなぜそういう記述があるのか不思議に思っていた。でも、もしかしたら次の記述をオドゥアールは踏まえているんじゃないだろうかとふと思った。

Nullus a cupidis intermissus est gradus amoris, et si quid insolitum amor excogitare potuit, est additum (Histroria Calamitatum lines 342-4)

実は、これをClanchyさんがこう訳している。

No step in love-making was omitted, and if love could think up anything out of the ordinary, it got added in as well (Clanchy, Abelard p.59)

で、この英文が訳せなかったから原文のラテン語を参照したんだけど、そしたらClanchyさんが正確に英訳していることはわかった。でもだからといって、どういう風に日本語にすべきか、どちらを見てもわかんないままだ。しょうがないから他の英訳を参照してみた。

In short, our desires left no stage of love-making untried, and if love could devise something new, we welcomed it (tr. Betty Radice The Letters of Abelard and Heloise pp.67-8)
No sign of love was omitted by us in our ardor and whatever unusual love could devise, that was added too (tr. J. T. Muckle, The Story of Abelard's Adversities p.28)

三つの英訳とラテン語原文を見比べてやっと意味が分かった。つまり、二人は愛のあらゆるステップ(gradus/step,stage,sign)を余すことなく経験して、で、さらにアブノーマルなこと(quid insolitum/anything out of the ordinary,something new,whatever unusual)を思い付いたら実行して愛の経験リストに付け加えたって言っているわけだ。
 ところで、なんでわたしがこういう記述があると気付かずにいたかというと畠中せんせはこの箇所を次のように訳していたからだ。

結局我々は、愛のすべての相を貪りつくした。愛の思い付き得るすべての数寄を味い取った。(畠中訳、24頁)

ここまでやっちゃうと厳密な訳とは言えなくなっちゃうかもしれないんだけど、でもわたしは感心してしまった。下品になりかねない記述を決して下品にせずに正確に訳してあって見事じゃないですか。わたしは畠中せんせの訳を参照するたびに自分に翻訳のセンスがないことを思い知らされて意気消沈してしまう。




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