好事家の物置
||表紙|| ||写本関係|| ||アベラールとエロイーズ関係||
|史跡| |音楽・絵画| |ノンフィクション| |フィクション|


アベラールとエロイーズ関係の... ノンフィクション

アベラールとエロイーズの書簡集
『アベラールとエロイーズ 愛と修道の手紙』畠中尚志・訳、岩波書店(岩波文庫 赤119-1)、1939年10月、1964年8月 改訳(ISBN:978-4-00-321191-X)。
表紙  説明する必要はないだろう、現在、日本語で読める唯一の翻訳。踏まえている情報も訳文自体も古いし、不正確な訳となっている箇所もないわけではないが、それでも非常に優れた翻訳だと思う(もしわたしが「新しい研究を踏まえて分かりやすい言葉づかいで訳し直せ」と言われても、畠中訳と比べられるのはヤダなぁって思う)。
 ところで、現在、入手できる版のカバーと表紙を右に載せておいた(画像をクリックすれば拡大版が表示される Jpeg 848×579pixel, 98KB)が、改訂前の版の表紙がコレ。「昭和十四年十月二十五日 發行」でなんと「定價 八十銭」。当然、タイトルは右から左へと書かれている。

 ちなみに今では入手が難しいが、佐藤輝夫訳の書簡集も存在した。
『愛より祈りへ アベラールとエロイーズ』佐藤輝夫・訳、青磁社、1949年6月
表紙  中身は、「不幸の身上噺」と続く4書簡からのいわゆる「愛の書簡」を訳出したもので、「昭和二十四年六月二十日 發行」の「定價 百六十圓」。(画像をクリックすれば拡大版が表示される Jpeg 401×579pixel 49KByte)。
 なお、佐藤氏の解説によれば、渡邊正知・訳『アベラールとエロイーズの愛の手紙』という訳文が存在したようだが、詳細不明で、入手できていない。(と、書いたが、後に書誌情報はわかった --- 『アベラールとエロイーズの愛の手紙』渡辺正知・訳、木星社書院、1930年)。
表紙
 さて、待望の新訳が登場した。
『アベラールとエロイーズ愛の往復書簡』沓掛良彦・横山安由美・訳、岩波書店(岩波文庫 赤 119-2)、2009年9月16日(ISBN:978-4003211922)。
 収められているのは第5書簡までと尊者ペトルスのエロイーズ宛書簡。男性のアベラールと尊者ペトルスの文書を沓掛氏が、エロイーズの文書を横山氏が訳している。畠中訳に比べだんぜん言葉遣いは平易になり、また行間も広がって読みやすくなっている。また詳しい訳注が載せられているのも魅力的。もちろん細かく見れば残念な点もないことはない。それにこの新訳が出たことで既に入手が難しい畠中訳がさらに入手が難しくなるであろうことがとても残念。
(ちなみにVOCES VOCALISに書いたこの本の感想はコチラ
英語訳
Peter Abelard, The Story of My Misfortunes, Dover Pubns, ISBN:978-0486444015 ; 2005/08/22.
Peter Abelard, Historia Calamitatum, Kessinger Pub Co, ISBN:978-1419123831.
表紙  英訳だが、わたしが確認しているだけで5種類ある。まずもっとも古いのが上記の二点で、出版元も書籍名も異なるが、いずれも中身はHenry Adams Bellowsによる1922年の翻訳。タイトルからして言うまでもなく「災厄の記」のみ。すでに著作権が切れて、public domain and copy-permitted texts としてインターネット上のInternet Medieval Source Bookにおいて公開されている>The Story of My Misfortunes
THE LETTERS OF ABELARD AND HELOISE, tr. C. K. Scott Moncrieff, Guy Chapman, 1925.
 次に古いのがScott Moncrieff 訳。1925年が初版で、その後、1926年1933年1974年に再版されている。下記ペンギン版の訳者であるRadiceが「idiosyncratic」と評している。
 
Story of Abelard's Adversities (Pontifical Inst of Medieval), tr. J. T. Muckle, ISBN:978-088844253X ; 1954, Revised 1964/06.
The Letters of Abelard and Heloise (Penguin Classics), tr. Betty Radice, Viking Pr, ISBN:978-0140442979 ; 1974, Reprint 1998/09/03.
表紙  そしてやはり「災厄の記」のみ収録されているMuckle訳と、畠中邦訳に収められている諸書簡とペトルス・ベネラビリスの書簡、アベラールの詩なども訳されいるPenguin ClassicsのBetty Radice訳がある。
Abelard and Heloise, The Letters and Other Writings, tr. William Levitan, Hackett Pub Co Inc, ISBN: 978-0872208766 ; 2007/03.
表紙  もっとも新しい英訳はLevitanによるもの。非常に充実した脚注が、最近の約30年間に大きく進展したアベラール研究を反映しており非常に便利である。またエロイーズ書簡は韻文として書かれたというP. Dronkeの指摘を受け、エロイーズ書簡(の全体もしくは一部)を韻文として英訳するなどの工夫を凝らしている。
フランス語訳
Héloïse - Abélard, Correspondance : Lettres I-VI, édition bilingue français-latin, tr. Roland Oberson, Hermann Littérature, ISBN:978-2705667061 ; 2008/03/05.
表紙  フランス語訳は複数存在するはずだけど、あまりちゃんと把握していない。わたしが持っているのはAmboise版ラテンテキストと対訳になっている上記Oberson訳のみ。対訳というのはやはり便利。それよりも重要なのは、ラテン語テキストを韻文調で表記し、フランス語訳を韻文として作成していること。MigneやCousinのテキストでは韻文調になってないので、同じAmboise版と言ってもかなり印象が異なっている。

(なお、邦訳や英訳などに関しては、tomoki y.氏による「tomokilog - うただひかるまだがすかる」の2007.3.10付け記事「A letter from Heloise to Abelard エロイーズからアベラ−ルへの手紙」において、エロイーズ第1書簡の最も有名な箇所についての各訳文の比較が行なわれており興味深い。)

エチレンヌ・ジルソン「アベラールとエロイーズ」
エチレンヌ・ジルソン『アベラールとエロイーズ』中村弓子・訳、みすず書房、1987年3月(ISBN:978-4-62-200226-4)。
 碩学ジルソンによるアベラールとエロイーズについての解説書。ジルソンはそもそもアベラールに対しては否定的な評価を持っていると思うのだが、この本では(エロイーズに気を使ってだろうか)ひどい扱いは避けている。とはいえ、この本はエロイーズについてが中心なのだと言っていいだろう。実際、見事なまでにエロイーズの偉大さを描きあげるのに成功していると思う。
 原著は1938年なので情報の古さは否定できないけれども、だからといって内容的に陳腐化しているかというとそんなことはぜんぜんなくて、今も必読の書。

ベニオ=ブロッキエーリ・フマガリ「エロイーズとアベラール」
マリアテレーザ・フマガッリ=ベニオ=ブロッキエーリ『エロイーズとアベラール ものではなく言葉を』白崎容子・石岡ひろみ・伊藤博明・訳、法政大学出版局(叢書・ウニベルシタス 630)、2004年6月(ISBN:978-4588006304)。
 巻頭のカラー画像がたくさんあって、キレイで見ていて楽しい。また、巻末の「文献解題」が網羅的にたくさんの研究文献を取り上げてあって便利である・・・などの長所もある。しかし短所の方が目立ってしまう。
 著者は、ジンテーゼ・ライブラリー(Synthese Historical Library)に入っている The Logic of Abelard の原著者である(ライブラリーに収められているのは英訳)。だから、わたしの期待が大き過ぎたのかもしれないんだけど、正直言って期待はずれで、歴史的な話ではとくに目新しいことも書いてないし、哲学史上の話では今となっては古くなった情報に基づいているし(原著が1984年だからしょうがないのだろうか?)、それから驚いたことに哲学的な説明がかなりあやしい。
 例えば、この本の中ではアベラールが最晩年書いた『論理学』なる著作がなんと言っても代表的な主著だとなっているのだが、これってどの著作のことを言っているのだろう?Logica "Ingredientibus..."のことだろうか、校訂者のGeyerはこの著作郡を校訂した時点で、Dialecticaみたいに一塊の論理学書を構成するのだと考えていたので、それを踏まえて、イサゴーゲー註解、カテゴリー論註解、命題論注解などをまとめて『論理学 Logica』と呼んでいるのか?それともかつてDialecticaが最晩年の著作だと考えられていたころがあり、アベラールの語法では“dialectica = logica”なので、Dialecticaをそう呼んでいるのか?おそらく「最晩年」と言っているからには後者なんだろうけど、それってずいぶん古い「常識」だったりするので、この手の記述が散見されるのはとても残念だ。

ジョルジュ・デュビー「エロイーズ」
ジョルジュ・デュビー『十二世紀の女性たち』新倉俊一・村松剛・訳、白水社、2003年3月(ISBN:978-4-560-02845-1)。
 邦訳では一冊にまとめられているが、原著では三巻本だったようだ。それが「I」「II」「III」で呼ばれていて、Iはアリエノール、マリ=マドレーヌ、イズーなどの有名な女性についての各論、IIが家系伝に出てくるそれほど有名でない女性たちについて、IIIが聖職者による女性観について。そのI部の第三章(57-83頁)がエロイーズにあてられている。
 そこでこの本でのエロイーズ論だけれども・・・著者のデュビーは件の書簡集が偽作だとは断言してはいないものの、強くその真作性に不信感を持っている。つまり、あまりに「全体の整合性」(70頁)がありすぎる、と。ある明確な編集方針のもとに、アベラールとエロイーズの書簡を取捨選択し、あるいは部分的に削除・改訂して、構成されたものが現在残っている二人の書簡集ではないかとデュビーは言いたいのだろう。「この書簡集は記念文集として」「パラクレの二人の創設者を偲んで建立された記念碑として構想された」(72頁)と。── 確かにこの基本的な主張には(その「編集」をどの程度強く主張するかにもよるけれども)ある程度同意できる。確かにそういう側面はあったでしょう、と。しかし、いつの間にかデュビーの主張は「記念文集として」ではなく、論争的で教化的な編集方針だったのだと変わって行く。つまり、当時のグレゴリウス改革が浸透して行く中で起っていた結婚制度についての論争に対して、結婚制度の擁護という立場から、恋愛がとても危険であって(つまりエロイーズほどの修道女さえトチ狂わせる)、そしてその危険性を避けさせることができるのが結婚制度なのだ、と。夫は妻を教え導かなくてはいけなくて、女は本性的に弱いけれども夫に導かれることで魂の救済をなしとげることができる。また、修道生活においても、同様に修道女は修道士によって魂を救済へと導かれるべきなのだ、と実例でもって示そうとしているのだと。
 一つの解釈の方向性の極端な立場として興味深くはあるが、決して面白くも美しくもない。エロイーズは抹香臭い単なる大根役者、あるいは男性の修道士が捏造したゴーストということになる。つまり、ペトルス・ベネラビーリスがアベラールの死を報告する手紙をエロイーズに書いたのが残っているけれども、そこで宛て先になっている人物とわれわれが書簡集で知っている人物とは別人格ということになる。そもそもデュビーの議論は、ペトルスの描く敬虔な修道院長としてのエロイーズと、第二・四書簡の中での偽悪的なエロイーズとが食い違っているのはなぜかという点から出発するんだけど、そんなことなぜ疑問に思うんだろうか?『教養の源泉をたずねてで論じたことだけれども、それはむしろエロイーズがアベラールの弟子であれば当り前のことだと私には思える。

アントナン・アルトー「芸術と死」
アントナン・アルトー『ヴァン・ゴッホ』粟津則雄・訳、ちくま学芸文庫、1997年8月(ISBN:978-4-480-08358-8)。
 文庫『ヴァン・ゴッホ』に収録されている第三部「芸術と死」(pp.123-182)のうち「エロイーズとアベラール」(pp.143-149)と「明るいアベラール」(pp.150-155)という章がアベラールとエロイーズについての文章で、「愛のガラス」(pp.174-182)という章でも(どうやらアルトー自身についての文章らしいのですけど)アベラールとエロイーズに言及があります。
 訳者による「あとがき」「文庫版あとがき」どちらにおいてもいっさい「芸術と死」についての説明はなく、第二部の「神経の秤」(pp.81-122)と同様(こっちは『芸術新潮』の連載した「ヴァン・ゴッホ」を単行本化にするにあたって訳し加えたとだけ言及がある)、第一部の「ヴァン・ゴッホ」(pp.9-80)の単なる付録ていどの扱いです。
 訳注から判断するに、アベラールとエロイーズに言及している文章はいずれもアルトーがシュルレアリスムのサークルと関係を持っていた頃のものようで、アルトーのキャリアとしては初期のものに属します。アルトーの文章を読んでも彼が何を言いたいのか私にはチンプンカンプンなのですけど、どうやら彼は禁断の性のシンボリックな存在としてアベラールを捉えているようで、同時に男性器の喪失が崩壊の始まりで、その喪失から災厄の記を産み出したアベラールに崩壊と創造を一致させるシュルレアリスムのモチーフを読み込んでいるようです。



go home  トップページへ戻る