『ヴィヨン遺言詩集』(鈴木信太郎・訳)から「疇昔の美姫の賦」

 
 
 
332 
語れ いま何処(いづこ) いかなる国に在りや、
羅馬の遊女 美しきフロラ、
アルキピアダ、また タイス
同じ血の通ひたるその従姉妹(うから)、
 
 
 
336 
河の面(おも) 池の辺(ほとり)に
呼ばへば応(こた)ふる 木魂(こだま)エコオ、
その美(は)しさ 人の世の常にはあらず。
さはれさはれ 去年(こぞ)の雪 いまは何処(いづこ)。

 
 
 
340 
いま何処(いづこ)、才抜群(ざえばつくん)のエロイース、
この人ゆゑに宮(きゅう)せられて エバイヤアルは
聖(サン)ドニの僧房 深く籠(こも)りたり、
かかる苦悩も 維(これ) 恋愛の因果也。
 
 
 
344 
同じく、いま何処に在りや、ビュリダンを
嚢(ふくろ)に封じ セエヌ河に
投ぜよと 命じたまひし 女王。
さはれさはれ 去年(こぞ)の雪 いまは何処。

 
 
 
348 
人魚(シレエヌ)の声 玲瓏(れいろう)と歌ひたる
百合のごと㍗眞白き太后(たいこう)ブランシュ、
大いなる御足(みあし)のベルト姫、また ビエトリス、アリス、
メエヌの州を領(りやう)じたるアランビュルジス、
 
 
 
352 
ルウアンに英吉利人(イギリスびと)が火焙(ひあぶり)の刑に処したる
ロオレエヌの健(たけ)き乙女のジャンヌ。
この君たちは いま何処(いづこ)、聖母マリアよ。
さはれさはれ 去年(こぞ)の雪 いまは何処。

 
 
 
356 
わが君よ、この美しき姫たちの
いまは何処(いづこ)に在(いま)すやと 言問(ことと)ふなかれ、
曲なしや ただ徒(いたづ)らに畳句(ルフラン)を繰返すのみ、
さはれさはれ 去年(こぞ)の雪 いまは何処。