Black Tink
-クテ-

 「身長が高い」ということは、一流モデルの憧れである。しかし、一般庶民で身長が高い女子中学生にとっては、それは単なるコンブレックスにしかなり得ない。
 第一、体に合う服がなかなか見つからない。故に、街にあるおしゃれな店には自分に入る服がなく、地味な百貨店に服を探しに行かなければならない羽目になる。
またr背が高い=運動が出来る」と考えている人が多く、そうでない者にとっては、それもまたコンプレックスである。
柴堂芙美も、そんな女子中学生の一人一

 6月だというのに、雨も降らず暑い日々が続き、グラウンドは黄色い砂ぼこりをあげて空気を染めている。グラウンドの周りのアスファルトの道路や歩道は、卵を落としたら目玉焼きが焼けんばかりに熱くなっている。
 ここは、市立見城中学校のグラウンドだ。
 時限の始まるチャイムの鳴る直前、何人もの女子生徒が、Tシャツ・短パン姿でアスファルト道路に出て来た。どうやら、このクラスの体育の授業はロードレースらしい。
 その中に、一人背の高い生徒がいた。真っ白いTシャツからは長い腕が出ていて、青い短パンからは、長い脚が伸びている(太さは別にして)。髪形はくりっとかわいらしいショートで、色白の顔には、少々薄いが形の良い眉とクールな印象を受ける奥二重の目、決してすっと通ってはいない鼻、形は良いがいつもカサつき気味の口が整って付いている。決してアイドル然としたかわいらしさはないが、どこかクールそうで、だけど甘いイメージもありそうである。男の子より、女の子にモテそうな感じといったら分かるであろうか。
 前置きが長くなってしまったが、彼女が柴堂芙美(しばとうふみ)である。14歳、中2にして身長172B。一応バレーボール部に所属しているが、運動は得意ではないので、いつもレギュラーになれない。そんな彼女だから、ロードレースもいつも最下位だ。
 彼女の友人達は、背の高い彼女のことを羨ましがっているが、彼女にとって、172Bの身長は、最大のコンプレックスに他ならない。
(そんなに身長高くなりたいの…?)
 そんな芙美にも、理想がある。しかも、それは半端ではない。
(背は私よりも高くって、かっこよくって、ちょっとクールで、目は野獣のように鋭くって、スポーツが出来て、胸板が厚くって、あんまりしゃべんなくって、笑顔がすんごく良くって…)
 挙げるとキリがないので、このくらいにしておこう。そのくらい、彼女の理想は高いのだ。もっとも、こんな人間が普通の中学生な芙美の前に現れるわけもなく、芙美の考える「理想の人」像は、中高校生の女の子にありがちな、淡い乙女心がなせる妄想とも言えようが。
 …とか何とか考えているうちに、先生の声が聞こえてきた。
「柴堂一、そこじゃま!」
 振り向くと、同じクラスの男子達が、猛スピードで駆けて行く。男子も、今日の体育はロードレースらしい。
 猛スピードの集団の中に、背が低く(といっても、クラスの男子の4分の3は芙美より背が低いのだが)、華奢で、負けず嫌いそうな顔で駆け抜けて行く姿があった。
 まるで芙美の理想とは正反対な彼に、後の芙美は惚れてしまうのだ。
 もっとも、彼の方は、芙美に関心がなかった訳ではないのだが…

 放課後、芙美は部活にいそしんでいた。サーブ、レシーブ、スパイク、…しかし、芙美は他の部員よりも劣っていた。レシーブは変な方向へ飛ぶし、スパイクはタイミングが合わないし…
(何で私はダメなんだろう…)
 芙美は、体育館の外のベランダヘ出た。タ方の少し涼しい風が、汗を引っ込ませる。汗で濡れた髪の毛が、ところどころ立っていたり、逆に顔に貼り付いたりして、うっとうしい。
(あ一、洗いたいっ!)
 そのときだった。バレーのボールが、2階にあるベランダを越えて、裏庭へ出ていってしまった。
「芙美!ボーッとしてるなら、ボール取りに行って!!」
 芙美が裏庭へと続く階段を下り始めた時だった。
「うあああああ一っ!!」
 芙美は階段を踏み外し、まっさかさまに下に落ちてしまった。
 しかし、流石はバレー部応援要員、そのすさまじい大声は周りに響き渡り、真っ先に駆けつけた男子がいた。
 Tシャツに付いている名前を見て、彼は動揺した。
("芙美"…芙美って、あの芙美か!?)
 しかし、芙美は気を失っていたので、彼のことなど分かりもしなかった。
 もっとも、これは「再会」ではなく、ましてや「出会い」でもないのだが…

 気が付くと、何かが頬に触れている感じがした。それはすべすべで温かく、とっても気持ち良かった。
(まさか…)
 芙美が目を開けると、そこには、同じ中2らしき少年の顔があった。大きくて意志の強そうな瞳が彼女を見つめ、何もかも吸い込んでしまいそうな大きな口の両端がキュッとあがる。なにより、肌の色は芙美顔負けな程に白く、しかも柔らかく心地よい温かさを持っていた。
 「すべすべで温かい」感触は、彼の頬だったのだ!
「うああああああああ一つ!!」
 芙美が後ずさりすると、
  ご一一一一一一一一一一一一一一一一一んっ!
 保健室のベッドの上だということが分からなかった芙美は、壁に思いっきり頭をぶつけてしまった。
(ちくしょう…だから身長高いのは嫌なんだよな)
「だ…大丈夫か?」
「あんた一体何者よ!?人にキスまがいのことして」
 芙美は、彼の顔をじっと眺めてみた。どこかで見覚えのある顔だ。
(誰だっけ…こいつ)
「何?芙美って俺に惚れてんの?」
("芙美"!?何で私の名前なんか)
「冗談じゃないわよ!!」
「冷たいな一…同じクラスなのに」
(あ一一一一一一一一一一一一っ!!)
 芙美は一気に思い出した。
(こいつ、顕だ!!)
 彼の名は、三保関顕(みほぜきあき)。芙美と同じ2年6組で、身長は158B。ということは、芙美との身長差は14B、しかも、当然のことながら、芙美の方が高いのだ。
 14cmの身長差は、男の方が高いのならともかく、女の方が高いのは、たいへんアンバランスだ。しかも、顕は女の子も顔負けなほど華奢でかわいいもんだから、これはもうどうしようもない。
(どうせ、身長172cmですよ…ふんだ、どうせかわいくないわよ、大きい女は)
 クリーム色の力一テンで囲まれた殺風景なベッドの上で芙美がいじけていると、顕は力一テンを開けた。淡桃色に蜂蜜色を溶かしたような色の夕陽が差し込んで来る。
「いいよな…身長高いのは」
 やわらかな夕陽に照らされた顕の姿は、男なのに、妙にはかなげできれいに見える。それくらい、切実な言葉に聞こえたのだ。
 顕は、唖然としている芙美の顔を見て、にっこり笑った。
「も1回ほっぺ触らせて…御利益にあずかりたい」
 その笑顔に、芙美の心臓はフル稼働した。
(こっ…こんなにかわいくてかっこよかったっけ…?)
 あっという間に、鼓動は急上昇、顔は真っ赤になり、まるで脳みそをK.0.されたようになってしまった。
 顕の頬が、芙美の真っ赤になった頬に近づく。すべすべで温かい感触が伝わるにつれて、芙美は、思考回路がストップしていくような、心地よいめまいを感じた。…何だか妙になまめかしい表現になってしまった。本人達の名誉のため断っておくが、本人達にそういう意識はまるっきりない(いや、ある方が怖い)。
 顕の顔が離れても、芙美の脳みそは、顕の笑顔にK.O.された状態だった。
(あきれたやつ…あんなのにドキドキしちゃってさ、私ってば)
 14歳の女子のことだ、いきなり男の顔が近づいて来れば、ドキドキするに決まっている。しかし、芙美のドキドキは、一般的なそれとはまた違ったものだった。
(もしかして…一目惚れ(!?)かい、これは)
 途端に、芙美は真っ青になった。実にカラフルな芙美である。
(あ…あんな男に惚れるなんて…私とあろう者が)
 しかし、芙美が顕に惚れてしまった、というのは事実だ。
芙美は、顔を手で押さえたまま、ベッドの上で呆然としていた。

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