Black Tink
-クテ-

 明けて欲しくないつらい夜にも、必ず夜明けは来てしまう。
 芙美は、顕に会うのが怖かった。からかわれるのが怖かったから。
 こういうとき、同じクラスというのは実に嫌なもので、嫌でも顔を合わせなければならないのだ。そういう時に限って、会いたくない人に会ってしまうもので、芙美もその例外ではなかった。
rおはよ一、芙美ちゃん!今日もいい天気だね一」
(顕!!)
 芙美は逃げ出そうとした。しかし、顕はどんどん芙美に近づいて来る。しかも、やたらうれしそうに。
(何よ、朝っばらからヘラヘラしちゃってさ)
「どうしてずっとついてくるのよ、三保関顕!」
「だって、行く方向同じなんだもん」
「そりゃそうだけど…」
 教室の前まできて、顕は芙美の前に出た。
「じゃまだよ、顕!あんた一体どうしたのよ!?あたしにまとわりついて」
 すると顕は、例の"芙美がメロメロになった笑顔"で、紺色のスカーフを差し出した。制服のセーラー服のスカーフだ。
「…落とし物」
(顕はこれを渡すために…)
 スカーフには、きちんとアイロンがかけられている。
 実は、芙美は前の日に、制服のスカーフを学校に忘れていったのだ。それに気づいたのが朝で、芙美はそのまま家を出て来たのだ。
「…ありがと」
 芙美は、ぎこちなくスカーフを受け取った。昨日までの2人であったなら、これしきのことで不自然な態度を取ることは無かったであろう。
 教室に入ると、廊下での芙美と顕とのやりとりを聞いていたのか、芙美の友人達がにやにやしていた。
「昨日何があったのかな一…芙美」
「何もない!…ったく敦子は一…」
 "敦子"とは、自称"芙美の恋人V"の三好敦子のことである。だが、芙美には全くその気はなく、2人は良い友達として付き合っているのだ。
 敦子は、いかにも女の子といったかわいらしさと甘さを兼ね備えた美しさを持っていて、特に下まぶたのきゅっと上がった「癒し系」な瞳は、誰をも虜にしてしまうように見える。
「…あっ、いつものやつやるの忘れてた」
 そう言って、敦子は芙美をベランダヘ連れ出す。芙美の方がずっと背が高く、力もあるはずなのに、敦子にはどこまでも弱い。まるで力カア天下の家の夫のような芙美である。
「…いつもの?」
(何だっけ…あっそうだ!!)
 …と芙美が思うより早く、敦子は思いっきり芙美に抱きついた。
「おはよ一芙美一一VV愛してるわ一一VVV」
 敦子の甘ったるい声は、教室中に響いた。
(いつものことながら、暑苦しいよ…こんな日にまで)
 しかも、そんな時に、芙美は顕と目が合ってしまったのだ。
(どうしよう…からかわれたら)
 顕は笑っていた。
 しかし、芙美は見てしまったのだ。顕の目が、怒りとくやしさで、鋭く光っていたのを…
(その気はないんだよ、信じて一…)
 しかし、芙美は、その感情の裏に、もう一つの感情が目を覚ましたのにも気付いた。
(…もしかして、これって恋!?私って…マジで惚れちゃったのかい!!?)
 ある人の一面だけが好き、というのならば、まだそれは、アイドルや俳優にキャーキャー言っているような、恋ともつかない、「憧れ」ともつかない、もろい感情でしかない。しかし、その面とは反対の面を見せられて、それにも魅せられていった、ということになると、「惚れた」というジャッジを下ろさざるを得ない。
「いやああああああ一一…」
 芙美は、敦子の腕をふりほどくと、真っ赤になって、そのままベランダに座り込んでしまった。
(うそよ…うそって言ってよ…よりにもよって、あんなチビの優男なんて嫌よ!でも何であんな男に…)
 しかし、そんな考えとは裏腹に、心のドキドキはどんどん高まっていく。次々と想像したくない想像が湧いては消える。めくるめく芙美の脳みそは、もはや敦子の言葉さえも受けつけなくなっていた。
 ベランダから見下ろせる中庭には、育ち盛りのひまわりが並んでいた。

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