
-ブラックティンク-
衝撃の"保健室スリスリ事件(by顕)"から数日が過ぎ、芙美も顕も、いつもの平凡な目々に戻ったかのように見えた。
しかし、2人の問には確実に変化があった。今までろくにしやべったことのなかった芙美と顕が、どなリ合いではあるが、しゃべるようになって来たのだ。
例えば給食の時問、
「みそ汁もっときれいに入れろ!」
「悪かったわね、不器用で!!」
「しかも、汁ばっかり多くて…」
「すみませんでした!そんなに嫌なら、自分でやれば!?」
…こんな具合である。しかし、芙美の大声は、照れ隠しのようにも聞こえ、また、顕は、芙美をからかって楽しんでいるようにも見える。
(…ったく、あいつは…)
しかし、顕との言い合いを楽しんでいる自分がいることも知っているので、芙美は複雑な気持ちになるのだ。それは「恋」なのか、それとも一。
その気持ちにアクセルがかかったのは、体育の水泳の授業でだった。
たいてい、水泳の授業では、男女どちらかがプールを使うのだが、この日は、男女共プールでの授業だった。
ゆるゆると波立つプールに、太陽が照りつけ、乱反射している。
プールのゆるやかな波は、男子が次々とプールヘ飛び込んでいく音で、もろくも崩れ去った。
ものすごい音と共に、何人かは泳ぎ始め、何人かはふざけ合って、先生に怒鳴りつけられている。
やがて、芙美達女子もプールに入った。水泳シーズンが始まったばかりとはいえ、塩素の匂いはきつい。
ふと、男子の方を見ると、プールサイドで、顕がふざけていた。
(うっわ一…華奢だわ)
顕は、芙美や他の女子が、rうらやましい」と思う程華著なのだ。ウエストなんか、そんじょそこらの女の子より、よっぽど細い。
(私って…私って一体…)
水着なので、芙美はますます落ち込んだ。
(男よりもウエスト太いなんて…)
突然、芙美はがむしゃらに泳ぎ始めた。ものすごくくやしかったから。"猪突猛進"ならぬ"猪突猛泳"である。
「うわ!」
「芙美が切れたあ!!」
「でも、サマになってるよね一…芙美だから」
ターンをしても、まだ泳ぎ続けた。自分の至らなさを晴らすかのように。
ようやく落ち着いて、プールサイドに座っていると、向こうから、顕がにやにやしながら手を振ってきた。
(人の気も知らないで…)
すると、向こうのプールサイドから、芙美に負けずとも劣らない、体育のごっつい先生のすさまじい大声が響いた。
「顕一っ!何をやっとる!!」
かと思うと、顕は先生にひょいと抱えられ、
ざっぶ一一一んっ!!
見事にプールに放り投げられてしまった。
これには、女子も目が点だった。
「すごい…」
「先生も先生だけど、軽々と放り投げられるくらい、顕が軽いってのもすごいよね一…」
「うらやましい一」
芙美も、その様子は見ていた。
水中に放り投げられた顕は、やがて水から顔を出した。
その姿の、何と輝いていた(ように、芙美には見えた)こと!
芙美は、顕に見とれていた。
(……)
言葉では言い表せない、妙な母性本能のようなものが、芙美の中を突き抜けた。女性には、美少年に憧れるフェロモンを持っているかのごとく、少年の、まだ"男"が芽生えていない面に悩殺されてしまうもので、一番の典型がウィーン少年合唱団であろう(多分)。
芙美の思いは、それともまた違っていた。第一に、顕はちゃんとした男である。しかし、芙美が、自分にないものを顕の中に見ていたのは確かである。
「芙美、芙美一っ!?」
友人の声も、芙美にとっては最早夢の彼方の声のようにしか聞こえない。
その日、水泳ですっかり疲れ切った芙美は、顕のこともあって、一目中脳みそがトリツプした状態だった。
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