《ブエノス・アイレス 2005年》
(7/1〜8/10)

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Obelisco y Av.Nueve de Julio/オベリスコと5月9日通り


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Puente Avellaneda en la Boca/ボカのアベジャネーダ橋


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En la Esquina de Av.Corrientes y Esmeralda/コリエンテス通りとエスメラルダ通りの角




  5度目になる今回の訪亜は、5週間余りと限られたものではあったが、実り多いものであったと思う。

《レッスンに関して》

  多少期間に差はあったが、エスタモス・アキのメンバー4人との訪亜であった。その目的はタンゴの街、ブエノス・アイレスで各自レッスンを受けること。ブエノス・アイレスを肌身で感じ様々なライブに接すること。CD、楽譜、書籍などの資料収集などであった。
  各メンバーのレッスンには私もついて行ったので、それらを通して指導していただいた各演奏家個々のタンゴやアンサンブル、各パートに対する考え方、また個々の楽器の演奏法、表現法などを知ることができた。バンドネオンに関しては、40日くらいではたいしたことはできなかったが、アンブロスなど基本的な教本、その後のバッハなど古典から近代にいたる鍵盤作品による学習の必要性を再認識させられたし、意識の上で学んだことは多かった。


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El Cartel en la Calle/街路のポスター

《タンゴほか音楽事情》

 1.ビエホ・アルマセンなど高級店

  サン・テルモ地区の老舗ビエホ・アルマセンEl Viejo Almacen、ミケランヘロMichelangeloなどは夕食付きで$180〜150(約¥7000〜6000)もするので、私の寂しい懐具合ではそう毎日行けるものではない。 とは言えラ・ベンタナLa Ventanaでのカルロス・ラサリCarlos Lazzari率いるダリエンソ楽団の歯切れの良いリズムと迫力は相変わらず素晴らしいものであったし、その前にもう一つ五重奏団の演奏があり男女歌手や数組のダンス・ペア、さらにフォルクローレのショーと盛りだくさんなことを考えると、そんなに不当な料金とも言えないかもしれない。

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En "la Ventana"/ラ・ベンターナにて

  ケランディEl Querandiでのビクトル・ラバジェンVictor Lavallenらのオーソドックスながらも重厚な演奏も素晴らしかった。コントラバスのダニエル・ファラスカDaniel Falascaの多彩で安定した演奏は将来の大家を思わせるものだった。ピアノはファラスカの兄とのこと。

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En "El Querandi"/エル・ケランディにて

  マデーロ・タンゴMadero Tangoでのエステバン・リエラEsteban Rieraは、6月にベリンジェリと共に日本を訪れているが、24歳とは思えない堂々とした歌いっぷりが素晴らしい。バレタンゴVale Tangoという若々しいグループには、現代のブエノス・アイレスの若手の息吹を感じさせた。中でも25歳と言うバンドネオン、フェデリコ・ペレイロFederico Pereiroとマルコーニとの共演でも知られたコントラバス奏者アンヘル・リドルフィの息子のバイオリン、ウンベルト・リドルフィHumberto Ridolfiのテクニックには驚かされた。またピアノのアンドレス・リネツキーAndres Linetzkyによるというアレンジも、モダンな感覚と意外性が素晴らしかった。このマデーロ・タンゴには日替わりでエル・アランケEl Arranqueも出演しているとのこと。

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En "Madero Tango"/マデーロ・タンゴにて

 2.安価な一般庶民向けの店

  老舗のカフェ・トルトーニCafe Tortoniでは毎晩タンゴを中心としたショーが求めやすい入場価格で提供されている。以前訪れた時には地下の部屋でライブが行われていたが、今回は1階奥の部屋で。事前に予約が必要とのことで、しかもあき待ちが何組かあるとのことだったが、なんとか入場できた。ごくオーソドクスな演奏、歌、ダンスによるショーだったが、ブエノスで最初に訪れたライブだったのでそれなりに満足。

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En "Cafe Tortoni"/カフェ・トルトーニにて

  何度か聴くチャンスはあったのだが1度だけ聴いたカルロス・ガルシアCarlos Garcia、ラウル・ガレーロRaul Garello指揮のブエノス・アイレス市立タンゴ・オーケストラOrquesta del Tango de la Ciudad de Buenos Aires。通常はアルベアール劇場で毎週木曜日に無料コンサートの形で行われているが、この時は金曜日に証券取引所のロビーでのコンサート。91歳と言うマエストロ、カルロス・ガルシアが出て来ただけで満場の拍手。タンゴだけでなくフォルクローレなど様々なスタイルを熟知したマエストロには、いつまでも健康でいてもらいたいと願わずにはいられない。この日はタンゴ以外にもジュパンキの「インディオの道」も演奏されたが、オーケストラは例によってドラムス、パーカッション、エレクトリック・ベースを加えた若干ポピュラー寄りのカラフルで芳醇なサウンド。驚いたのはバイオリン・セクションの若い女性が遅れて来たこと。何曲目の途中から席についたが周囲のバイオリン奏者もニヤニヤしていてブエノスらしい。

  第2部ではラウル・ガレーロ指揮によるピアソラ曲などモダンな選曲。ここでもエステバン・リエラが大きな拍手を受けていた。この市立タンゴ・オーケストラを眺めているとカルロス・ガルシアがロベルト・フィリポ楽団のピアニストを務めたり、ラウル・ガレーロもトロイロ晩年のオルケスタの中心メンバーだったわけで、こうした往年の大家を直接知る演奏家が減って来ているのは寂しい限り。往年を知るのはメンバーの中ではアニバル・アリアスAnibal Ariasやオスバルド・モンテスOsvaldo Montesなどごくわずかで、良き時代を知らない若い演奏家が過半数を占めているのは時代の流れを感じさせずにはいられない。これからはそうしたマエストロたちに教えを受けた若者たちがタンゴを受け継いで行くのであろうか。

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Esteban Riera y Orquesta del Tango de la Ciudad de Buenos Aires en Bolsa de Comercio/証券取引所でのエステバン・リエラとブエノス・アイレス市立タンゴ・オーケストラ(指揮はラウル・ガレーロ)

  ラバジェLavalle通りのラ・エスタンシアLa Estanciaでは女性歌手サンドラ・ルナSandra Lunaが出演。バンドネオン奏者ポチョ・パルメルPocho Palmerやプグリエーセ楽団にも在籍したセロのダニエル・プッチDaniel Pucciに、ギター、ピアノという室内楽的なクアルテート。この店は1階がパリージャParrillaのレストランになっていて料理も美味しい。

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Sandra Luna en "La Estancia"/ラ・エスタンシアでのサンドラ・ルナ

  タッソTorquato Tassoで聴いたロドルフォ・メデーロスRodolfo Mederosのトリオ(バンドネオン、ギター、コントラバス)は意外にもグアルディア・ビエハの曲を中心としたしみじみとした味わいが良かった。

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Trio de Rodolfo Mederos en "Torquato Tasso"/トルクアト・タッソでのロドルフォ・メデーロス・トリオ

  また帰国直前には同じタッソでかねてより念願のディノ・サルーシDino Saluzziの演奏が聴けた。$40+ドリンク、食事代。フォルクローレの複雑なリズムを基調とするモダンな演奏は、CDで聴くよりも遥かに面白いものだった。編成は彼のファミリーを中心としたバンドネオン、ギター(アコースティックとエレキの持ち替え)、エレクトリック6弦ベース、ドラムス(ボンボを加えたセット)、テナー・サキソフォン(ソプラノ・サキソフォン、クラリネットの持ち替え)。ECMのCDで聴くようなサルーシのソロからテーマを奏したあとは、アドリブを回すジャズ的なアプローチだが、そこにフォルクローレの持つポリリズムや独特なシンコペーションを伴った演奏は非常にカラフルで魅了された。

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Quinteto de Dino Saluzzi en "Torquato Tasso"/トルクアト・タッソでのディノ・サルーシ五重奏団

    圧巻だったのは帰国直前に聴いた、ピグマリオンPigmalionでの新生ネストル・マルコーニNestor Marconiキンテートの演奏。バンドネオン、バイオリン、エレクトリック・ギター、コントラバス、ピアノに歌が入る。店名でもあるピアソラの「ピグマリオン」や「アディオス・ノニーノ」、サルガンの「フエゴ・レント」や自作の「Tiempo Cumplido」など時に即興を交えたマルコーニの演奏は、片手でも難しいフレーズを両手で、右手の重音やコードに左手を重ねたり、さらに左右で異なるフレーズを対位的に、ある時には左手に様々な形態の和声を伴い、しかもそれらを開閉を自在に扱った上、かなり速いテンポで弾ききってしまう。1人で2〜3人分の仕事量をこなしてしまうのだからこれには脱帽。バイオリンはパブロ・アグリがレギュラーのようだが、この日はウンベルト・リドルフィが務めていた。

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Quinteto de Nestor Marconi en "Pigmalion"/ピグマリオンでのネストル・マルコーニ五重奏団

  それ以外にもボカのカミニート周辺に点在するカフェでは客に歌わせる形式でただ単に楽しいばかり。こういった店や庶民のダンスの場ミロンガでピアソラを聴くことはめったになかった。カミニートは以前訪れた時には人気もまばらだったが、今回は観光地化してアベジャネーダ橋までの河畔が整備されていたり、出店が多かったり変貌に驚いた。

  グアジャーナGuayanaいうペーニャ、エスキーナ・デ・オスバルド・プグリエーセLa Esquina de Osvaldo Puglieseでも、訪れた日は客に歌わせる形式で営業されていた。内容、レベルは様々だが一般庶民のある部分に確実にタンゴが根付いていることを示すものと感じられた。

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Las Pinturas/絵画

  今年はプグリエーセ生誕100年、7月25日は没後10年の命日とあって、彼の胸像の置かれたAv.Scalabrini OrtizとL.M.Doragoの角で行われた野外コンサートで聴いたロベルト・アルバレスRoberto Alvarez率いるコロール・タンゴ抜粋メンバーによる演奏は、プグリエーセ直系の力強い鋭さを示していた。女性ピアニストもプグリエーセの音楽の持つ独特な乗りを表現しようとしていた。

  カジャオCallao通りの書籍店も兼ねたクラシカ・イ・モデルナClasica y Modernaでは、毎週金曜日の夜、ピアノ演奏を伴ったオラシオ・フェレールHoracio Ferrerの朗読が行われていた。フェレールは1960年代からピアソラやガレーロと、朗読と音楽という形式は行っているので、かなりの経験、技術がある訳だが、それにしても身振り、手振り、表情、声の抑揚と非常に多彩で、語りというより歌に近い。なにか詩を語っているうちにメロディーが形作られ歌となる瞬間を垣間みたようなスリルがあった。

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Horacio Ferrer y Juan Trepiana en "Clasica y Moderna"/クラシカ・イ・モデルナでのオラシオ・フェレールとファン・テレピアナ

  ピアソラとの共演が長いエレクトリック・ギターのオスカル・ロペス・ルイスOscar Lopez Ruizは、妻であるジャズ・ボーカリスト、ドンナ・キャロルDonna Carollとのデュオ。ロペス・ルイスのエレクトリック・ギター、キイボード、CD伴奏によるライブはピアソラが数曲歌われたものの、ほとんどは彼女の歴史を追ったジャズ〜ポピュラー歌曲のコンサートだった。英語も非常に堪能でブエノスにいることを忘れさせる瞬間もあった。

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Donna Caroll y Oscar Lopez Ruiz/ドナ・キャロルとオスカル・ロペス・ルイス

 3.ミロンガ

  入場料$3〜5($1US=$2.85)という庶民のミロンガ(ダンスホール)も、タンゴが本当に庶民の生活にとけ込んでいることを感じさせた。とは言えやはり年配のカップルが中心。一般の若者は日本同様若者向けのディスコへ行くのだろう。訪れたのはグリセールClub GricelとカンニングSalon Canningの2カ所だったが、時折ワルツやミロンガをはさむが中心は勿論タンゴ。息抜きに挿入されるポップスやラテンがかかると多くのカップルは席に戻る。グリセールで隣のテーブルにいた年配の女性は面白いことを言っていた。私個人は自分が演奏家だから生演奏のミロンガの方に興味があったのだが、彼女曰く、「往年の名演奏家の演奏が好きだから、生演奏の店には行かない」とのこと。

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En "Club Gricel"/クルブ・グリセールにて

 4.テレビその他

  テレビは地上波以外に約80チャンネルほどのケーブルテレビがあり、ソロ・タンゴSolo Tangoも放送されていた。ただ終日ではなく、半分は一般の番組であった。映画のワンシーンのトロイロ楽団、ダリエンソ楽団、ホセ・コランジェロ、オスバルド・モンテスとカルロス・ガルシアのデュオ、コルドバで行われたタンゴ・フェスティバルからルベン・ファレスのバンドネオン弾き語り等々。
  「タンゴの親分Los Capos del Tango」という番組では、ピアソラやカディカモなどが特集されていた。ピアソラ特集では未知の会場での「デカリシモ」や「AA印の悲しみ」、コロン劇場に出演したときの映像などのライブが興味深かったが、ラウラ夫人と共に出演したテレビのインタビュー番組ではバンドネオン・ソロで「アディオス・ノニーノ」を弾いている姿も見られた。ダリエンソのものは市内でDVD化されたものが市販されていたので、やがてこれらもDVD化され市販されるものと思われる。他局ではアドリアナ・バレーラの政府庁舎からのライブやタコネアンドでの録画も放送されていた。

  タンゴ以外ではリマ・キンターナLima Quintanaの語りとオスカル・アレムOscal Alemのキイボード。メルセデス・ソーサMercedes Sosaの誕生日を祝う様子も見られた。ベジャールの振り付けでボレロを踊ったホルヘ・ドンJorge Donがラウル・ガレーロのバンドネオン・ソロをバックに踊る姿には、こんな共演もあったのかとびっくり。

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El Cartel en la Calle/街路のポスター

  $10(アルゼンチン人はさらに安い)でコロン劇場Teatro Colonの内部を1時間見学するツアーに参加した。100年ほど前に建設されたとのことだが、経済的に好調だったアルゼンチンが贅を尽くして当時の最高の建材、美術品をヨーロッパなどから集め建設されたとのこと。日本にはない優雅で歴史を感じさせる独特な雰囲気だった。惜しまれるのはたまたま訪亜していたズービン・メータ指揮イスラエル・フィルの演奏会に行けなかったこと。予約の電話を入れたが完売とのことだった。

  ストリートでは相変わらずバンドネオンのソロやフォルクローレのミュージシャンが演奏していた。中には路上にアップライトピアノを持ち出して演奏している若者のタンゴ・バンドもあったとのこと。フロリダ通りやドレーゴ広場、カミニートなどの観光スポットにはダンスのペアもよく見かけた。

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En Calle Florida/フロリダ通りにて

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Pareja de Baile en Calle Florida/フロリダ通りのダンス・カップル


《資料収集》

  CD、楽譜、書籍など見れる限りあちこちの店舗を回り購入した。過去の経験からCDに関しては日本で手に入るものとそれほど違いはないので、特に関心を惹いたものにとどめた。楽譜、書籍に関してはリコルディ、一般書店、古書店を中心に探し求めた。

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CDs de Tango/タンゴのCD

《バンドネオン調整》

  約40日間と比較的余裕のある滞在期間だったので、バンドネオンを調整にだすことが出来た。若干ピッチのずれがある箇所と、リード穴をふさぐ皮の古いものの交換、調整などを依頼した。実は1ヶ月では難しいとのことだったがなんとかお願いし滞在期間中に完成させてもらうことができた。

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Unos Bandoneones para Vender/売りに出されているバンドネオン

《市内の様子》

  観光旅行的ではあるが、タンゴに関する市内の名所、コリエンテス348、ボカ〜カミニート、チャカリータ墓地、サン・テルモ地区、ドレーゴ広場、サン・ファンとボエド、バラカス・アル・ノルテなどを訪れた。タンゴ以外でも原宿のような若者向けの店舗、出店が多いパレルモ・ソーホーやレストラン、チョリ・パンの出店が並ぶラ・プラタ川河畔を訪れた。
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La Noche en San Telmo/サン・テルモの夜


  変貌に驚いたのはコリエンテス通りの下、Av.Alicia Moreau de Justoの先のドックが並ぶラ・プラタ川河畔。かつては古い倉庫が並んでいたのだが、その倉庫を改装したおしゃれなレストランやカフェが続く。横浜の赤レンガ倉庫あたりを大規模にした感じ。マデーロ・タンゴもこの付近にあるので、港の雰囲気たっぷりのロケーションは素晴らしい。ドックの先に眼をやるとホテルなのか高層ビルがいくつも建っていた。ニッケイ共済会の皆さんにごちそうになったラ・シガ・エル・バカLa Siga el Vacaというレストランもこのあたり。またカフェではかつてはブエノスにはなかったが、初めてアイス・コーヒーに近い飲み物を飲んだ。

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Puerto Madero/マデーロ港

  それ以外に以前と比較して気づいた変化として、フロリダ通り〜ラバジェ通りなどセントロを中心にゴミ箱が置かれていた。インターネット店、ハンバーガー店マクドナルドが増えていた。アジア系の経営者によるキオスコ、小スーパー、バイキング形式の料理店が増えた。

  コレクティーボ、スブテ、タクシーの乗り方が変わった。コレクティーボ(路線バス)はかつては運転手に行き先を告げ料金を払うかたちだったが、今回は行き先までの料金分の硬貨を機械に投入しチケットを受け取る形に変わっていた。スブテ(地下鉄)は専用のコインで構内に入るものが、カードに変わっていた。カードは複数回分を購入すると割引がありかなり得。タクシーは以前はメーターに表示された数字を換算表に照らし合わせて料金を払っていたのが、今回は実際の料金がペソで表示されるので間違いがなく安心して乗れた。

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La Calle/カジェ(街路)

  銀行、両替店、高級店舗の前など街のあちこちに警察官がいて、以前より安心感がある。物価に関しては一般的な料金は、以前に比べてかなり安いと言う感じはなく、食費などは倍くらいになっているのではないだろうか。また現地で必要があったため携帯電話を借りたがこれも決して安いものではなかった。以上様々な変化を感じたが基本的には良い方へシフトしているように感じられた。

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En el Museo/博物館にて

《唯一の演奏会》

  今回の訪亜は学習を主な目的としていたので、演奏する予定はなかったが、現地の日系の共済会の依頼で急遽演奏することが決まった。場所は長年プグリエーセが拠点としていたラ・カサ・デル・タンゴ(タンゴの家)La Casa del Tango。かつて9ヶ月に渡ってプグリエーセ楽団の練習に参加した懐かしい場所でもある。とは言っても現在は当時の面影はなく、入り口や内部は近代的に改装されている。

  リハはこれもかつてプグリエーセ楽団がよく使用していたアポAPOで数回行った。当日の演奏は最初に私たちのトリオ(バンドネオン、コントラバス、ピアノ)+歌。長浜が数曲歌った。その後ホルヘ・ドラゴーネJorge Dragone率いる変則的な五重奏団(バンドネオンx2、バイオリン、コントラバス、ピアノ)。こちらは男女歌手にダンス・カップルが2組付く豪華な編成。2名のバンドネオン奏者のうち若い演奏家はあのオスバルド・ルジェーロの息子さんとのこと。バイオリンのパブロ・アグリやピアノのレオナルド・マルコーニのように2世の演奏家が多いようだ。現地の日系紙では辛口の批評もあったが、日系のお客様を中心に喜ばれたようだった。

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En la Vidriera/ショー・ウィンドウ

  とは言えブエノスという街を知れば知るほど、ここで演奏するなどということがおこがましいことに思えてくる。一般の聴衆はとりあえずは日本人がタンゴを演奏するということで喜んではくれるが、タンゴに関する限り我々の学ぶべきことはまだまだ多いし、この国の演奏家の層の広さ、内容の深さを考えると安易に演奏などしている場合ではなく、さらに学ばなければならないことが数多くあることを痛感させられる。
  このコンサートで裏方を仕切っていた年配の女性が、著名なタンゴ評論家でタンゴ番組の企画・構成もしていたネリダ・ローチェットNelida Rouchetto女史だと知ってびっくり。「あなたの番組はテープに録音して持っていますよ。」と言うと「わたしは持っていないわ。」と苦笑いしていた。

《生活》

  滞在はアパート・ホテルというキッチン付きの比較的低料金のホテルを利用した。キッチン、冷蔵庫付きなので経費節約の意味もあって、基本的には自炊で過ごした。必要な食材は近くのスーパーなどで購入したので、ブエノスの市民の日常生活をかいま見ることができたかと思う。肉を買って焼く。サラダを作り、ポテトを揚げる。そして赤ワイン。久しぶりにブエノスのステーキを堪能できたが、驚いたことに焼いてみるとほとんど油が出ない。日本の牛肉と肉質が全く違う。基本的には赤身だが味が良い。それ以外ではミラネーサやパスタ、煮物をよく作った。朝はマテとビスケット。あるいはカフェ・コン・レーチェとクロワッサンにオレンジ・ジュース。そんな毎日が続いたが、ここで感じたのは料理、食事というのはその土地に根ざした歴史や文化、環境の中で成立しているのではないかということ。つまりブエノスにいるからステーキが美味しい訳で、特に日本食がなければ困ると言うことはなかった。生活という意味では短い期間だったからかもしれないが、逆に日本にいれば日本の空気の中で食べるカレーやラーメン、寿司などが旨いのだ。さらに突き詰めると音楽にも言えることなのかもしれない・・・。

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Almuerzo en la Habitacion de Hotel/ホテルの部屋での昼食

《その他》

  帰国前日、1989年初めてアルゼンチンを訪れた際にホームステイしたフロレンシオ・バレーラの知人宅を訪問した。家族が集まりアサードでもてなしてくれた。

  前回の訪問時に比べ、デジタル機器の進歩や一般への普及によって、高品質な記録が容易にできるようになったのは喜ばしい。惜しむらくはタンゴの歴史を知るマエストロたちが少しずつ減って来ていること。過去にプグリエーセ楽団やピアソラ、サルガンなどの生演奏に接することが出来たのはある意味では運が良かったのかもしれない。あの頃にデジタル・カメラやデジタル録音機器があればと思った。

  最後に、今回の訪亜を実り多いものにできたのは鍛冶敬三さんの助けによるところが多い。先生の紹介や様々な情報の提供、アドバイス、またライヴへ招待していただいたり、何度も食事をごちそうになったりと、レッスン、生活全般にお世話になった。またレッスンを受けさせていただいた音楽家の方々、現地の日本人会の皆様や旧友、知人のみなさんにも本当に親身に世話していただいた。あらためて心から感謝したい。できれば近いうちにブエノス・アイレスを訪れ、再会を果たしたいものである。

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Obelisco en la Noche/夜のオベリスコ


   *掲載した全ての写真撮影は長浜奈津子によるものです。
    長浜奈津子のHPにも詳しい記録があります。
    ご興味のある方はそちらも御覧ください。
 
      長浜奈津子のHP〜Buenos Aires 写真日記 ←クリック
 
   *画像が多いため重いかもしれませんが、御容赦ください。   



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