《エスタモス・アキ/ ESTAMOS AQUI》

 エスタモス・アキとは、スペイン語で“我々はここに居る”という意味。
 わたくし田辺義博を中心としてタンゴに関わる集合体をこう名付ける。
主旨は様々な世代の、異なる音楽経歴、環境、意識を持つ自立した音楽家たちが、
21世紀初頭の東京で、タンゴの名のもとに集い、演奏活動を共にする。

 タンゴ生誕の地、ブエノス・アイレスから遠く離れた東京でも、タンゴを愛し演奏する人間がいること。
そしてその人間の持つ誇りや気概のようなものを表したくて命名した。

 グループ名としてはコンフント・デ・タンゴ(タンゴ小編成楽団)/ 
Conjunto de Tango《エスタモス・アキ ESTAMOS AQUI》とする。
 基本編成はバンドネオン、バイオリン、ピアノ、コントラバス、歌とし、
条件によって編成は任意に変更する。
 2003年6月より正式に活動開始。

 歌をレギュラーメンバーとして加えたのは以下の理由による。

 ブエノスアイレス留学当初は正直に言ってタンゴの歌にはそれほど知識も興味もなかった。
自分がバンドネオンという楽器を演奏する立場にいたので、どうしても歌より演奏に意識は向いていたのである。
 滞在したブエノスアイレスで、タンゴ週間という催し物の最中、カルロス・ガルデル主演の映画を見る機会を得た。
聴衆は今そこでガルデルが歌っているかのように、1曲歌い終わるごとにスクリーンのガルデルに拍手と喝采を送るのだった。
アルベアール劇場で行われたプグリエーセ楽団のコンサートの時、プグリエーセ楽団ゆかりのセステート・タンゴや
ダニエル・ビネリなどの共演者の中でもっとも支持を受けていたのは歌手のアルベルト・モランだった。
彼がステージに登場してから起こった拍手はしばらく鳴り止まなかった。

 語りの文化。知人と入ったブエノス郊外のカフェ。ボソボソと即興の詩を語る中年男性がいた。
周囲の客もいつしか彼の声に耳を傾け、ブエノスの街やそこに住む人間の心を詠うその語りが終わると暖かい拍手が起こった。
セステート・マジョールのコンサートではゲストで登場したオラシオ・フェレールが自作の詩を朗読した。
 そのような場に接して、一般の市民が強く共感するのはタンゴの歌ではないか、そんな気持ちが芽生えた。
そして日本に帰ってから自然とタンゴの歌が好きになっていることに気付いた。
 今日、タンゴとして演奏される曲はデ・カロやプグリエーセ、サルガン、ピアソラなどが純粋器楽として、
演奏することを目的に作曲された曲を除くと、そのほとんどが詩のついた歌である。
人間の声をバイオリンやバンドネオンと同じようにアンサンブルの1パートとして扱う。演奏でも良いが、
歌を加えて表現したい曲もある。そのような想いで歌をレギュラーに加えグループを組織した。
  



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