2000年5月30日に高松市内のとある研究会でしゃべった内容です。スライド原稿にちょっと手を加えたものです。腎臓専門医の立場からは「ここはちょっとどうか・・・」という箇所があるでしょうが、あくまでもプライマリケア医として必要最小限の検査で的確に専門医に紹介することを想定して書いたものですのであしからずご了承ください。なお、御意見がありましたらぜひおよせいただければ幸いです。
目次
1:腎疾患診療の特徴について
2:病歴聴取のポイント
3:身体所見で気をつけること
4:診療検査の手順および検尿異常の意味と病態との関連づけ
5:腎臓の組織診断の意味について
6:腎疾患治療におけるACEIの位置づけ
7: プライマリケアにおける腎不全診療
訂正履歴
2000/6/27:4.の「以上をまとめてみると・・・」の下、●蛋白尿単独の場合、の項目に持続性であっても立位臥位で蛋白排泄量が大幅に異なる場合、腎実質性疾患以外に、遊走腎、先天性腎奇形等が考えられるので、追加しました。
1.腎疾患診療の特徴について
(はじめに)
腎臓は「難しい、よくわからない」?、なぜ難しいと感じるのか?
↓
腎疾患はその診断過程において病歴と検査所見が最重要項目であり、身体所見は早期には出現しにくく特異的なものもないためあまり重要視されないという特徴がある。
↓
一般的な内科的診察「技術」とはスタイルがやや異なり、したがって「とっつきにくい」と感じるだけではないか?。しかも、病理組織分類がややこしくて分かりにくい(専門医に話を聞いても組織所見がどうのこうの、と言われてチンプンカンプンになってしまう)ことも「とっつきにくさ」を助長しているように思われる。
↓
診断の絞り込みに身体診察がそれほど寄与しないということは特別な「こつ」のいる診療技術を修得しなくてもよいということでもある。病歴聴取のポイントと検査の見方を理解するだけでよく、その検査も特に複雑なものはない。したがって腎疾患の病態を把握することは専門医でなくても十分可能である。
(専門医紹介時の問題点==後方病院の腎専門医からの観点==)
腎専門医が紹介医や院内の非腎専門医に対してよく思うことは以下の4点であろうか。
1)超音波、DIPで異常がない場合尿異常があっても「腎臓の病気はない」と説明し、以後検尿でのfollow upがないことがある
2)腎機能が低下するスピードに対する認識のずれ(急速進行性腎炎とは「数週間から数カ月で腎不全に至ると考えられる腎炎」をさす。腎疾患以外の分野で「数週間から数カ月の経過」と言われれば通常「急速進行性」とは認識しないことが多いであろう。)
3)「血清Crが基準値以内=腎機能正常」という錯覚がある
4)腎機能低下例に対する薬剤の常用量投与によって腎機能の急性増悪、思わぬ副作用がおこりやすい。
ここで発想の転換を・・・・・、1)2)については、正しい対応を知らないことからくる問題であるから、腎疾患の特徴、検尿の意味を理解すれば開業医でも正しく対応することは可能である。また3)4)についてもちゃんと知ってさえいればかかりつけ医である開業医の方が「日ごろの状態を正確に把握している」のでむしろ有利である。総合病院の腎専門医の外来はともすれば薬剤(ステロイドや免疫抑制剤)の副作用に注意しながら、「検尿所見とデータ、血圧と体重、浮腫の有無」を確認するのみの外来になりやすいのである。数をこなすだけになってしまっている腎専門外来の医師よりも、きちんと診るかかりつけ医の方が患者さんにとっては頼れる存在であるかもしれない(もちろん、腎専門医でもからだ全体をみながら的確に診療される先生方はたくさんいらっしゃいますので・・・。要は医師の個人的な資質にかかっているとも言えますね)。
後方病院の腎専門医の間では、上記に挙げた点で紹介医(もしくは院内の非腎専門医)に「不満」を感じることが結構ある。しかしその最大の原因は、後方病院の専門医が腎疾患の連係の取り方について地域の開業医に対して適切なアドバイス(フィードバック)をしてこなかったからとも考えられる。そういう見方をすれば、開業医を「一方的に」責めることには問題があろう。以下に述べる事柄がプライマリケア医と腎専門医との良い橋渡しになれば幸いである。
2.病歴聴取のポイント
以下の点に特に気をつけて病歴を聞き取ることが大切である。
[1]過去の腎疾患を疑わせる病歴
学校検尿、保険加入時、職場検診、妊娠・出産に伴う尿異常の有無については必ず聞いておく。
尿路感染・結石の既往も聞いておく。肉眼的血尿の有無も(ただし、本人の記憶に頼ると不正確な場合もある)。
→陰性所見、陽性所見とも明確に。検査記録が残っていればさらに確実な情報になる。
[2]持続的な尿異常の出現時期と高血圧・貧血の指摘時期の関係を把握する→まず尿異常が出現し後年高血圧が出現するなら慢性腎炎が原因となった腎性高血圧、高血圧が先行して蛋白尿が出るなら腎硬化症(高血圧による腎障害)を疑う。貧血は腎不全の合併症の一つである可能性。など・・。
[3]常用薬剤(市販の医薬、健康食品、民間療法含む)
→ex) NSAIDs(特に慢性頭痛の患者には必ず常用の有無を聞くこと)、抗生剤等。また最近漢方薬による慢性間質性腎炎が注目されている(かつては保険適応薬であったカーヤ社製の漢方薬が原因となったが発売中止になった。ので、現在日本で保険適応になっている漢方薬では生じない。外国ではベルギーでの漢方痩身薬によるものが有名である。)。
[4]「腎障害」指摘#の経験の有無、既往歴、家族歴とその内容
尿異常、腎不全、難聴の家族歴(遺伝性腎炎=アルポート症候群、基底膜ひ薄症候群)、扁桃炎の有無
[5]自覚症状としての浮腫、体重増加、肉眼的血尿(赤いというよりコーラ色。痛み・発熱・排尿障害を伴ったかどうかも同時に聞く)の有無と時期。さらに上気道、消化管感染症との関連の有無。腎不全の場合には倦怠感、食思不振、嘔気など(ANCA関連腎炎では軽度の腎障害の段階でも倦怠感が生じる)。
[6]発熱・皮疹(特に紫斑)・関節痛・腹痛など(稀であるがANCA関連腎炎、紫斑病性腎炎、コレステロール塞栓症の診断の確定に大きく寄与する情報で、時に重要(出現時期も重要))。
#:「腎障害」指摘についてちょっと補足。患者さんが「腎臓が悪いと言われたことがある」と述べる時に二つの意味があると考えておくことは重要であろう。一つは文字どおり「腎機能障害があると指摘された」という意味、もう一つは「腎機能は正常だが蛋白尿や血尿などの尿異常がある(もしくは慢性腎炎がある)と指摘された」という意味である。このどちらにあてはまるのかを聞き出し区別することが重要である(もっとも、患者さん本人にもわからない場合が多いが・・・・)。
3.身体所見で気をつけること
高血圧の有無
体重増加(不明ならその場で測定)、浮腫、溢水症状
皮疹(ANCA関連腎炎、血管炎、紫斑病性腎炎、コレステロール塞栓症)、紫斑(紫斑病性腎炎)
血管雑音(腎血管性高血圧)
扁桃炎の所見(IgA腎症、紫斑病性腎炎)、末梢神経炎、関節炎(PN)
腰背部叩打痛(急性腎盂腎炎など)
下腹部圧痛(下部尿路感染症)
排尿障害を伴う血尿では直腸診(前立腺肥大など。実際には困難)
→ 血圧体重増加より下の所見はそれぞれ( )内の疾患で比較的よくみられるものである。しかしIgA腎症、尿路感染、泌尿器科疾患を除いてかかりつけ医ではほとんど診ることのない稀な疾患である。したがって一般的な腎実質性疾患としては特異的な身体所見は乏しく、これだけでは早期に診断を絞ることは困難。進行しないと(腎不全にならないと)症状、所見がみられないことが多い。
早期発見早期治療の原則から言えば、IgA腎症を除けば腎疾患のなかでも上記のようなさらに稀な疾患以外、身体所見はあまり重要ではないともいえる。ただし、稀ながらこれらの所見があれば一気に診断確定にすすむことができる所見もあるので、「稀ではあるが、見のがさないように一通り確認しておくべき所見」ではある。
4.診療検査の手順および検尿異常の意味と病態との関連づけ
病歴、身体所見→尿検査#→ 血液検査(生化学、検血、電解質)、腎超音波検査 、血液ガス分析*、DIP*→専門医(内科又は泌尿器科)紹介
#:血尿and/or蛋白尿陽性の場合には沈渣まで必ずみておく。
*:PC医の装備にはない場合も多く、必ずしも必要ではない。画像検査ではひとまず腎の形態異常があるかどうかをスクリーニングする(ポイントは大きさ→腫大か萎縮か正常か、エコー輝度、左右差があるか(通常は右がやや小さい→左右で全く同じ大きさで左に凹凸、エコー輝度上昇があれば左腎の萎縮あり)、重複腎盂尿管、馬蹄腎(これはDIPでしかわからない)などである。)
血液検査では通常の検査のみでかまわない。補体価や血清学的パラメータ(血清IgA等)は腎生検を行う施設で検査すれば良いからである。プライマリケア医で検査してもどのみち紹介入院後再検されるので二度手間になる。
ここで大事なことは・・・・、
ひとまず紹介しない場合でも「問題ない」とは説明しないこと!。以後followできなくなる(患者さんにとっては全く無症状であることが多いので、「問題ない」とのみ説明すると以後受診してくれなくなります。何年かして蛋白尿が大量に出始めてようやく受診することになればせっかく初期に医師にかかったことが無駄になってしまいます)。「今のところ放置しても問題はないと思われるが、腎疾患は尿検査でしか捕らえられない場合もあるので年1回(または2〜4回)検診を受ける感じで受診するよう」丁寧に説明しておくことが望ましい。
プライマリケア医の役割
◎以上の検査手順を踏みながら、腎疾患を疑うべき尿異常を早期に発見し適切に紹介すること
実際には圧倒的に無症候性の尿異常(以下の5、または3のうち蛋白尿が少量)が多い。
(以下のような例外を除き早期とは、2年できれば6~12ヶ月以内。案外時間的余裕がある)もちろん、早すぎて腎専門医からクレームがつくことはない。むしろ「もう少し早く紹介してくれていれば・・・」という場合の方が多いのでどんなに遅くても6~12ヶ月、と考えておく。2年間までなら様子をみても可、という意味ではない。下を見ると「例外」の方が多いのでは?という感じがするかもしれないが、実際には無症候性蛋白尿血尿、蛋白尿がわずか〜軽度の慢性腎炎が圧倒的に頻度の上では多いのである。こういう例では多少確定診断及び治療開始まで時間がかかっても10〜数10年後の腎の予後には影響しないことも多い。したがって一度専門医にコンサルトして、そう問題ないケースと判明すれば以後安心して?フォローできる。
○「例外」症例は腎疾患(糸球体疾患では)の臨床病型を考えながら紹介のタイミングを考える
1ネフローゼ症候群→直ちに紹介(放置すれば急性腎不全に陥ることもあるし、低蛋白血症を放置することにはリスクが伴う)
2急性腎炎症候群 →直ちに紹介(入院安静要のため、また急性腎不全になることもあるため)
3慢性腎炎症候群*#→中等度蛋白尿and/or円柱尿あれば遅くとも数カ月以内には紹介
4急速進行性腎炎症候群→直ちに紹介
5無症候性血尿蛋白尿* →ここに含まれるものは「例外症例」ではないが、若年以外の血尿例はUroへも忘れずに
*:蛋白尿が軽度であれば、6ヶ月以上持続する場合紹介というふうに考えても遅くはない
#:尿所見の差で紹介のタイミングが異なる(後述)
腎疾患の臨床病型としては上記5種類しかないわけであるから、それぞれの簡単な定義さえ頭に入れておけば分類は比較的簡単。念のため定義を書いておく。
ネフローゼ:一日尿蛋白排泄量が3.5g以上、低蛋白血症(TP6.0あるいはALB3.0g/dl以下)、高脂血症(T-chol 250以上)で浮腫を伴う疾患群。高脂血症、浮腫は診断のための必須条件ではない。(以上は成人での基準)
急性腎炎症候群:血尿、高血圧、浮腫を3主徴とし、急性の糸球体障害により蛋白尿、血尿、糸球体濾過量の減少そしてナトリウム排泄の低下に伴ういっ水、高血圧、浮腫が急激に出現する。特に乏尿となり急性腎不全にも陥ることがある。
慢性腎炎症候群:血尿蛋白尿が持続ししばしば高血圧浮腫とともに腎機能障害が緩慢に進行する症候群
急速進行性糸球体腎炎症候群:数週から数カ月の経過で「急速に」腎機能が低下、末期腎不全に陥る可能性がある疾患群
無症候性血尿蛋白尿:血尿を主体として蛋白尿はないかあっても軽微であり、尿異常以外に検査所見も臨床症状も異常を呈さない。慢性腎炎の初期と区別することは難しいので、特に蛋白尿が経過につれて増加してゆく場合には最初はこれと思われても慢性腎炎に「移行」した?と考え早めの紹介を考える。
蛋白尿の意味
蛋白はどこから出てくるか?
1)生理的:1/3は血漿由来(アルブミンも)、2/3は尿細管由来(Tamm-Horsfall蛋白、ヘンレ上行脚より)。40~80mg/日。「原尿(糸球体からろ過されボウマン腔に出たばかりの尿)」中にはアルブミンが約1~2g/日もろ過されており、そのほとんどが尿細管で再吸収されるわけである。
2)糸球体内の毛細血管の質的(透過性亢進。アルブミンがほとんど)、物理的(血漿の分画とよく似た割合で出てくる)異常。
3)尿細管での機能的(再吸収低下)、尿細管からの逸脱(グロブリン分画が主体)
4)特殊なものとしてはoverflow:血中の低分子蛋白の異常産生による(BJP、Mb尿、Hb尿など)
それぞれ尿蛋白分画のパターンに特徴があると同時に、疾患によって違いがある。「尿蛋白分画」で簡単なパターン認識で鑑別できるので蛋白分画をオーダーした場合には参考になるが、開業医レベルではなかなかオーダーしにくい。したがって蛋白尿の質的診断は紹介する後方病院に任せても全く問題ない。
蛋白尿評価の実際
(1)希釈尿(比重1.010以下)の場合、偽陰性となる可能性があるので評価には用いない。早朝第1尿がベストであるが来院までに時間がかかる場合には来院時の随時尿で評価する。
(2)本当に病的蛋白尿か?を判断する→起立性、熱性、精神的身体的ストレス、敗血症などによる腎循環の変化(機能性蛋白尿)。これらの影響を除外するには採尿時期を選ぶこと、早朝尿と来院時尿(もしくは立位or前わん負荷)で比較することが重要
(3)持続的か(一般的には6ヶ月以上続く場合をさす)一過性か?を判断する→後者の場合、糖尿病性腎症、アミロイドーシスの初期ということもあるが一般的にはあまり病的とは考えなくて良い。持続性の場合には病的蛋白尿である可能性が高い。
(4)定量する→プライマリケアの場では24時間蓄尿は困難かつ不正確になりやすい*ので、早朝尿又は随時尿をクレアチニン補正(1gクレアチニン当たりで)するとよい。濃度(g/dl)のみで判断することはあまり勧められない。通常の安定した状態での一日クレアチニン排泄量はだいたい1gである。したがって、採取した尿がその組成のまま24時間出続けた場合に種々の物質の尿中の一日排泄がどのくらいか、をだいたい推定することができるわけである。
*:ユリンメートPという外来蓄尿専用の器具があるが開業医では導入する必要はない。また外来で行ったとしても、24時間蓄尿=すべての排尿をもれなくためること、はずっと自宅にいる人でも実際には難しい。仕事をしている場合にはなおさら困難。さらにスタート(例えば朝10時)に尿意がなくても排尿しためずにすてた後の尿から蓄尿を開始し、翌日の朝10時には尿意がなくても排尿しこれを蓄尿瓶に入れて24時間蓄尿終了とする・・・ということを初めてで正確に実行できる人はなかなかいない(蓄尿の概念を正確に理解してもらう為にはかなりの時間が必要)。
→続いて糸球体障害が主体か、尿細管障害が主体かを判断するが、両者の合併が多い。高度の糸球体腎炎は間質尿細管病変を伴うし、逆もあり得るからである。また開業医レベルでは尿蛋白分画(アルブミン主体かグロブリン主体か判定)NAG、β2Mの測定等は現実的に困難なので、このへんの判断は専門医に任せるのがbetter。
(6)血尿(赤血球尿)も伴う場合には糸球体疾患が存在する可能性が極めて高くなる(ただ、もともと血尿がある場合には判断が難しい。したがって普段の尿所見を把握していることが望ましい。)
血尿の意味
(1)糸球体からでてくる血尿
変形赤血球、赤血球円柱
(2)糸球体以外からでてくる血尿
変形しない、または凝血塊が認められる
→尿細管領域(慢性腎盂腎炎、間質性腎炎)
尿路領域(結石、感染、腫瘍、腎奇形など)
(3)試験紙法+沈渣+:血尿あり
試験紙法+沈渣-:新鮮尿でない、低張尿、Hb、Mb尿、膿尿
試験紙法-沈渣+:試験紙の劣化、高張尿、高度蛋白尿、VitC
試験紙法-沈渣-:血尿はない
若年では0~1/数HPF、中年以降では0~5/HPF(男性<女性)を正常と考えるが、一応一視野あたり5個までは正常と判断して差し支えない。(1~3/HPFまでとする意見もある)
(4)尿潜血反応と沈渣赤血球の解離に注目する→溶血、ミオグロビン、採尿後時間がたった尿、ビタミンC、膿尿
(5)血尿単独陽性の場合、若年であれば腎疾患の可能性が比較的高い(遺伝性腎疾患を含め)が、中年以降では7、8割方は泌尿器科疾患、婦人科疾患、時に悪性腫瘍であると考えておく。特に尿路結石や男性の前立腺疾患、女性の慢性膀胱炎などが多い。
(6)蛋白尿も認める場合には糸球体疾患である可能性が非常に高い
(7)肉眼的血尿の場合、Nutcracker現象、特発性腎出血、腎尿路の血管腫、稀に毛細血管内での物理的な赤血球破壊(剣道など)も頭におく
*肉眼的血尿の時に行う(と教科書に書いてある)Thompsonの二杯分尿法は専門医(泌尿器科医)に紹介することを考えると不要である(最近は選択的な尿管鏡、膀胱鏡等をすぐ施行することが多いためである)。
円柱尿、白血球尿、上皮細胞などの意味
(1)円柱尿
尿細管内において各種の物質が生理的蛋白であるTamm-Horsfall蛋白を基質として固まったもの。
硝子円柱:病的意義は乏しい。脱水、激しい運動後。
顆粒円柱:腎炎、ネフローゼ(上皮細胞の変性による)
赤血球円柱(重要):糸球体からの出血、すなわち活動性の激しい糸球体腎炎が存在する証拠である。
白血球円柱:化膿性、炎症性腎疾患(感染、間質性腎炎、血管炎)
上皮円柱:尿細管障害、ネフローゼ(尿細管上皮)
脂肪円柱:ネフローゼ
ろう様円柱:長時間の尿細管閉塞
個々の意義については特に覚える必要はない。硝子円柱を除いて何らかの活動性糸球体腎炎がある、特に赤血球円柱は「非常に激しい糸球体腎炎」の証拠と考える。経過中に1個でもみられれば異常であると考えておいてかまわない。
(2)白血球尿
感染性疾患
無菌性膿尿:結核や前立腺炎が有名だがその他の非細菌性感染でも陽
性(ウイルス)。血管炎、間質性腎炎(慢性腎盂腎炎含
む)、悪性腫瘍、細菌感染のない結石、化学物質による炎
症のほうが案外認められやすい。糸球体腎炎でも出るがそ
の場合他の円柱尿を伴っており、そちらで判断する。
→一度は尿培養、尿細胞診(Uro紹介を含め)を。
(3)上皮細胞
扁平上皮は病的意義なし。円柱上皮は尿路の炎症、尿細管上皮は尿細管障害、ネフローゼでみられる。異型上皮は悪性腫瘍やウイルス感染(核内封入体)でみられる。
→プライマリケアでは無視してよい(他の沈渣所見やその他の症状、所見で判断すればよいので)。また、「結晶」も無視してよい。例えば痛風での尿酸結晶や先天性シスチン尿症でのシスチン結晶であるが、いずれも他法でスクリーニングや診断が可能である。
以上をまとめてみると・・・・・
尿所見の判断法まとめ(順を追って考えよう)
●まず持続性蛋白尿かどうかの判断(早朝尿、来院時尿の比較、立位負荷)を行う。
一過性の場合、しばらくは定期的に再検。以後も引き続き年1回の検尿
を勧める。持続性なら基本的には専門医紹介(タイミングは以下に)。
*6ヶ月以上持続する場合に必ず紹介とし、「早めに」「直ちに」必要でなければ
1、2年以内に紹介(長期休暇毎に再検するなどしながら)。前に述べたが、タイムリミットが1、2年という意味であるので、紹介が早すぎて困ることはもちろんない。
また、一度は来院時尿で蛋白定量をしておくとbetter。
●蛋白尿単独の場合モ糸球体疾患、尿細管疾患とも可能性あり
ネフローゼ:MCNS、FSGS、アミロイドーシス、糖尿病性腎症、(浮腫を伴わない場
合は)膜性腎症など →直ちに紹介要(もっとも、膜性腎症は血尿を伴うことが多い)
非ネフローゼ:雑多であるため腎生検で組織診断を行うことが望ましい。ただし、
糖尿病で網膜症がある場合には糖尿病性糸球体硬化症であることはまず間違いないの
で腎生検は不要。
→急がなくてもいい場合が多いが1g/g.Cr*以上の中等度蛋白尿が続く
場合には早めに専門医紹介を
#偽陽性、熱性、起立性、高血圧に伴う蛋白尿を除外することが前提
*安静時尿で+-〜+程度(30mg/dl前後)の軽度陽性であるにも関わらず立位負荷(来院時尿)では相当多量に
出てくる(例えば1.5〜2g/g・Cr)場合、腎実質性の疾患以外に遊走腎または先天性腎奇形という場合がある。
したがって一度は腹部超音波検査、または臥位、立位で腹単を比較すること(腎の輪郭は単純撮影で十分確認
できる)が勧められる。しかし、「持続性蛋白尿」であることには違いないので次回の長期休暇時など、学校生活
仕事等に差し支えない形で内科腎専門医にコンサルトすれば完璧である。
*:0.5~1.0g/g・Crとする、という意見もある
●血尿+蛋白尿の場合モ糸球体疾患を強く疑うモ最終的には腎生検目的で紹介
円柱尿なし:非活動性糸球体腎炎→そうは急がないが蛋白尿が多い場合
には(1g/g.Cr)できるだけ早く紹介
円柱尿あり:活動性糸球体腎炎→できれるだけ早く紹介。
(ただし赤血球円柱+なら直ちに)
+白血球尿:尿路感染や結石の存在が否定できれば血管炎、間質性腎炎
が考えられる(直ちに紹介)
→途中で一応泌尿器科精査を考える。尿培養や細胞診など
特に感染を繰り返すか治癒しない場合必ず紹介
腎機能低下(以前の尿異常がない場合)を合併:急速進行性糸球体腎炎。できるだけ早く治療開始することが非常に大事。治療開始時s-Cr値が4〜5程度では腎機能は正常戻ることはないし、7を越えれば腎機能の回復は望めないことが多い。したがって直ちに紹介
#血尿を認めなくても(稀であるが)円柱尿、白血球尿があれば同様に考える。
●血尿単独の場合モ中年以降では7割方は非糸球体疾患
若年であれば、蛋白尿円柱尿等が合併するまで定期的な検尿で経
過観察でも良い(ただし糸球体腎炎の可能性大です)が、中年以降
であればまず泌尿器科疾患を否定しておく。泌尿器異常ない場
合では6ヶ月以上の持続あれば腎専門医紹介しても良いが通常
は腎生検等の精査は行わないことが多いので蛋白尿合併するまでプライマリケア医で経過観察可能。
●肉眼的血尿単独の場合モ年齢に関係なく直ちに泌尿器科精査。または腹部USで
明らかなNutcracker現象を認める場合は経過観察のみで可。
なお、肉眼的血尿自体は腎機能の低下とは無関係なので、患者本人には「慌てないよう」説明しておくとよい。←これは不安の除去のためにも重要です。
(肉眼的血尿があるうちに受診できれば尿管、膀胱鏡で診断が確定する場合もある)
単独出現はまずないが、IgA腎症や紫斑病性腎炎で感染後に肉眼的血尿を認めることがある。この場合でも肉眼的血尿自体に予後不良であるという性格はないので本人に「心配しなくてもいい」由説明しておくとよい。ただし、これをきっかけに蛋白尿増加、ネフローゼになることもあるので十分な経過観察は必要。
*上記のどの場合でも一度は画像診断(超音波検査)を施行。
尿所見の判断法----例外、追加----
1)急速進行性糸球体腎炎、ANCA関連腎疾患
検尿沈渣の所見が「華々しい」場合には判断しやすいが、軽度の血尿、白血球尿数個、という場合もある。頻度稀ではあるが発症後いかに早く治療を開始するかが予後を左右する、すなわち治療開始時点での腎機能によって腎の予後が決まってしまうので発症後1週~1ヶ月以内に紹介できるほうがよい。「日」の単位で急がないといけないわけではないのでとにかくfollow
up(数日後遅くとも1週間後に必ず再検することができればベスト)。ポイントは以下の3つの病態である。
●高齢者(50~60歳が多い)。
●上気道感染後に尿異常が持続しCRPが不適当に高い。
●腎外症状(関節炎、FUO、末梢神経炎)あり and/or 倦怠感が強い。
最終的には腎機能の進行性低下を認めるので、高齢者の「風邪」の治療にあたっては「すっきりしない場合には必ず受診するよう」説明した上で再来時には検尿再検とともにs-Cr、CRPのチェックを必ず行う。少しでもs-Cr値が上昇傾向にある場合にはただちに紹介。
2)急性腎炎(感染後の浮腫、高血圧、血尿)
小児に多いが 最近では頻度は著しく低下している。若年成人にも時々みられる。尿所見はそれほど多彩ではないが、急性期の安静が重要であるので直ちに紹介する。
3)間質性腎炎
腎機能に比べ血清K値が高すぎる、またCl高値で気づくことも多い(4型の尿細管性アシドーシス)。
血液検査について
検血一般、通常の血液生化学(Cr、BUN、T.chol、TP、ALB、電解質は必ず入れる)で十分。補体やIg分画等の検査は不要。紹介先で十分検査すればいいことである。ただし、明らかに膠原病を疑う所見等あれば抗核抗体等血清学的検査をする意味はあるかもしれない。またANCAについても自院内でやらない限り結果判明までには数日以上かかってしまうのでPC医がオーダーするのは全く無意味(後方病院で検査部門が積極的なところは検査当日にANCAパターン結果を主治医に返すことができる)。それより一日も早く専門医を受診させステロイド治療に入ることが大事である。
5.腎生検の意味・重要性・限界
腎生検の目的は「診断名」を確定することだけではない
メリット
[1]生検以外の検査では推測できない組織変化を具体的に把握できる。
[2]具体的な治療法は「診断名」によってではなく、組織上の特徴(炎症?硬化?変性?)によって決まることが多いため組織を詳しく検討することによって適切な治療を最初から開始できる。
[3]数年後または10数年後の腎の予後を推定できる。
限界
[1]両側腎で200万個のうちたかだか10数個の糸球体で診断しなくてはならず、したがって組織所見がすべてではない→sampling
errorの可能性
[2]内科の他の検査に比べ、術後の安静等で相当の苦痛を強いられる。再生検がやりにくい。
尿所見、経過等を丹念にみることで腎生検なしでもある程度は組織変化の予測が立てられる。しかし、組織所見が加わることでより正確な病態の把握につながり、適切な治療方針の決定が可能になる。ただし、腎生検には限界もあり、臨床経過と組織所見が解離する場合には前者を重視して治療計画を立てることも多い。
腎生検所見と治療薬剤の選択との関係
簡単に説明すると
炎症細胞(好中球、単球、リンパ球等)の浸潤が目立つ場合には「抗炎症」治療すなわちステロイドを
硬化(膠原繊維、基質の増加)が目立つ場合には「抗凝固」療法(ステロイドはかえって硬化を進行させる)を選択する。もちろん両者の特徴を合わせ持つ場合もあり併用することも多い。
従って同じIgA腎症という診断でも、その「病期」によってステロイドを使用したり(しかも少量でゆくか大量療法で行くかも組織で決定できる)ヘパリン、ワーファリンを使用したりするわけである。なお、抗血小板剤とACE阻害剤は禁忌でなければどの時期でも使用されることが多い。
6.腎疾患治療の考え方(特にACEI)
#:ACEIの期待される作用点(#をブロックすることが期待される。糸球体自体への保護作用については今のところ実験腎炎等では証明されている)
糸球体疾患
↓#
糸球体障害 → 蛋白尿
BP上昇#→ 間質障害 ←
↑ → 微小循環障害 ↑
腎虚血 ↑ ↑
有効Nephron 糸球体内
減少 → 高血圧#
↑ ↑
BP上昇#←←← 腎機能↓ → CRF BP上昇#
DM、腎疾患のACEI治療に関するEvidence集
●type2-DMとACEIについてのEvidence(type1-DMについては日本において開業医レベルではほとんど診ないので省略するが、ほぼ同様な結果が出ている)
なお、太字は最初からDM患者を対象としたstudyであることを示す。
1)降圧療法の心血管イベントに関するStudy
◎UKPDS(The UK Prospective Diabetes Study) 1998 (8.4
years follow up)
十分な降圧療法(<150/85)が不十分な降圧療法(<180/105)に比し脳卒中、心不全、細小血管合併症、心筋梗塞、四肢切断のリスクを減少。十分な降圧療法中ではACEI(Captopril)とβblocker(Atenolol)との差はないがACEI群で副作用が少なく、血糖コントロールにも悪影響なし。
=ACEIかβblockerかではなく、とにかく十分な降圧をすれば効果がある
◎HOT(Hypertension Optimal Treatment randomized trial) 1998
felodipine+ACEI or βblocker+diureticの治療。もともとDMのみを対象としたstudyでないがDMのsubgroup解析でもtargetBPを下げるほど心血管イベントが減少(DBP80未満で90より50%)。
=血圧を下げること自体が有効(治療薬剤の内容の検討なし)
◎Syst-Eur(Systolic Hypertension in Europe trial) 1999
(2 years follow up)
60歳以上のSBP160~219での検討。nitrendipine群placebo群ともにSBP150以下にするためにenalapril
、サイアザイドを併用する試験。nitlendipine群のみtargetBPに達し、心イベントによる死亡率、全心イベント、脳卒中が有意に減少。
=血圧を下げること自体が有効(使用薬剤の差は不明)
◎ABCD(Appropriate Blood Pressure Control in Diabetes)trial
1998(5 years follow up)
十分な降圧療法(target DBP 75)群と中等度な降圧療法(80~89)群ともにACEI(enalapril)がCa-blocker(nisoldipine)に比し致死的なMIの頻度を減少
=ACEI>Ca-blocker
◎FACET(The Fosinopril versus Amlodipine Cardiovascular Events
Randomized Trial) 1998 (3.5 years follow up)
両群ともにtarget BP(140/90)に達しなかった。Am群の方が血圧コントロールがbetterだったにも関わらずACEI群の方がmajor
cardiovascular eventを50%減少。ただし両群ともに両者併用症例が含まれてしまったため解釈が難しい。
=ACEI>Ca-blocker?????(study解析内容に疑問)
◎CAPPP(The Captopril Prevention Project)randomized trial 1999
DMのsubgroup解析で、captopril群がconventional(βblocker+thiazide)群に比しMI、脳卒中、心血管疾患による死亡率を減少。かつcap群でnon-DMがDMに移行する率も低い。
=ACEI>βblocker+diuretic
◎HOPE(Heart Outcome Prevention Evaluation Study) 2000 (5 years
follow up)
55歳以上、CHDや末梢血管疾患またはDMの既往ありかつ少なくとも1つ以上の他のCHDのリスクファクターを有する患者を対象。大規模9541例のdouble-blind
randomized trial。DMsubgoupの解析でramipril群がplacebo群(両者ともβ、Ca-blocker、利尿剤、脂質低下剤、アスピリンを同じ割合で使用。降圧も同程度)に比しMI、脳卒中、心由来の死亡率を減少。
=十分降圧した状態でもACEIが脳心保護に作用する
2)ACEIの腎に与える影響に関するStudy
◎Ravidら Arch.Intern.Med 1996(7 years follow up)
正常血圧微量アルブミン尿例。enalapril群でアルブミン排泄は不変、placebo群では増加。さらに2年間で顕性蛋白尿期への移行率は18%
vs 60%。
その他6 study では、高血圧合併例でACEIが多剤に比べ有効であるというもの、
4 studyではACEIとCa-blockerでの差は認めないとするものあり。
◎Ravidら Ann. Int.Med1998(6 years follow up)
正常血圧、正常アルブミン排泄例でenalapril群の微量アルブミン尿出現率は6.5%、placebo群では19%。Ccrの低下スピードも遅延し網膜症の合併率も低下。
=ACEIに腎保護作用あり
◎Bakris ら Kidney International 1998 (1 year follow up)
顕性蛋白尿期の症例。trandrapril群とverapamil群で抗蛋白尿作用に差はないが両者併用群では有意に認める。
=ACEIとCa-blockerの併用が良いとする1st evidence。
◎Fogariら J Hum Hypertens 1999 (2 years follow up)
顕性蛋白尿、高血圧、軽度腎障害例。ramipril群とnitrendipne群で差なし。
=ACEI=Ca-blocker
◎その他、UKPDS、FACET、HOPE等の大規模試験のsubgroup解析ではいずれもACEIがβblockerやCa-blockerよりも有効だという結果は出なかった。ただしHOPEでは網膜症の合併率がACEI使用群で低いという結果。
●非糖尿病性腎疾患におけるACEIのstudy
◎Hannedoucheら BMJ 1994
慢性腎機能障害を有する高血圧患者100例でenalapril群がβblocker群よりもESRD移行率を50%低下させる。
◎IhreらAm J Kidney Dis 1996
慢性腎機能障害患者70例でplaceboに比してbenazeprilでGFR低下スピードを遅延させる。
◎AIPRI trial NEJM 1996
benazepril群でplacebo群よりCrのdoubling timeが遅延。
◎The GISEN group 1997
蛋白尿を有する腎疾患での検討。conventional Tx+ramipril群においてconventional Tx+placebo群よりGFR低下スピードが遅延し蛋白尿1g/日以上の場合でCrのdoubling
timeが有意に延長し、ESRDになる率が有意に低くなる。
●ACEIに関するまとめ
DM患者において、ACEIがmicro、macroangiopathyの合併頻度を抑制する薬剤である、という証拠は大規模study等で固まりつつあるものの、心保護に比べ腎保護の観点からはまだ評価が一定していない。さらに正常血圧患者でも腎保護に働くという仮説も魅力的だが大規模試験での確実な証明はなされていない。ただし、他剤に比べ劣るという結果も出ていない。従ってDM腎症にACEIを他剤と同等または他剤より有効と考えて治療薬剤に加えることは今のところreasonableと考える。
ただし、現状では「どの薬剤がベストか」を探すよりもmultifactorial interventionの方向で考える方がbetterであろう。血糖コントロール、合併症によっては脂質低下療法、抗血小板療法(アスピリン?)等はもちろんのこと、血圧についてもtarget
BPをDM全体としては130/85、中でも蛋白尿1g/日以上であれば125/75(JNCガイドライン)とし、降圧剤の併用を考える。monotherapyでうまくいっている場合でも少量づつの併用にもってゆく方がいいかもしれない。
過去のevidenceも合わせて考えると、今のところACEIを加えたlow dose βblocker(cardio-selective)、場合により+low
dose diureticを基本とし、降圧不十分ならCa拮抗剤を加えることが良いかもしれない(ただし現実的にはACEI+Ca拮抗剤の処方例が多い)。
non-DM腎疾患については、ACEIが有効である証拠が挙がりつつあるが、大規模試験が少なく、まだ批評に耐える結果には乏しい。現実的には上記通りの治療計画になるか?
追加事項
糖尿病において腎保護の観点から降圧療法以外も含めた基本的な治療方針は以下のとおり。
正常アルブミン排泄期→十分な血糖管理+降圧ではなく腎保護作用を期待してACEI?
微量アルブミン期→厳重な血糖管理+十分な降圧
顕性蛋白尿期→十分な降圧(血糖管理の関与する割合は少なくなる)
腎機能障害期→十分な降圧(もはや血糖を厳重に管理しても遅い)
+脱水、水分過剰状態の是正
高脂血症、抗血小板療法は他の合併症やそのリスクを考えて検討。
ACEIを使用する時に注意すべき点について
ACEIは糸球体の輸出細動脈をより拡張する性質を持っており、これ自体は上昇した糸球体内圧を下げる点で腎保護の1因子として働く。しかし、糸球体内圧があまり上昇していない例で常用量をしかも腎機能をモニターせずに漫然と投与すると急激な腎機能低下を招く恐れがある。糸球体内圧を直接測る方法はないため、可能性がある病態においてはその予測をつけ、慎重に投与開始する習慣をつけておくべきである。一番多く遭遇するのは腎循環低下例である。高齢者(動脈硬化の進行した例)、脱水症例、利尿剤併用例(特に糖尿病で利尿剤+ACEI併用している場合)、腎動脈狭窄例、では糸球体での老廃物のろ過を確保するために輸入細動脈を拡張し輸出細動脈を収縮させて糸球体内圧を維持しろ過を図っている。このような場合にACEIを投与すると糸球体内圧が一気に低下しろ過量の著明な低下(GFRの低下)をきたし、早期発見を怠ると急性腎不全に陥る。上記のようなリスクが考えられる症例にACEIを投与する場合、少量(常用量の1/2〜1/4)から開始し最初の数ヶ月間は血清Cr値の測定を定期的に行うとよい。3、4ヶ月を過ぎるとほぼ大丈夫である。もっとも長期投与例でも急性に脱水になるような病態が合併した場合には要注意である。
慢性に腎機能低下を認めている場合に使用する時にも投与後の腎機能の推移を慎重にfollowすることは重要であるが、ACEIの腎血行動態への薬理作用から考えれば腎機能(GFR)が低下することは当たり前とも言えるので投与初期には必ず血清Cr値が少し上昇する。しかし少量から開始し、急激な腎機能低下がないことを確認しながら経過観察して行けば、最初に多少腎機能が低下しても数カ月後には安定するはずである。それ以後は腎機能をむしろ一定に保つことができるようになる。さらに副作用の一つである高カリウム血症には十分注意すべきである。特に血清Cr値が4、5程度になると高K血症はほぼ必発と考えておく。
とにかく最初は慎重に、徐々に腎機能が低下してきても我慢して?続けることがコツである。この辺の「さじ加減」は慣れるまでは案外難しいので慎重にお願いしたい。可能なら入院で行うことを勧めるが外来で治療する場合頻回に腎機能のチェックを行うこと。なおACEIが蓄積した場合には4型RTA(高K血症性尿細管性アシドーシス)様の病態となり高K血症のために緊急透析が必要になることもあるので注意。
7.腎不全患者の診方のポイント(特に専門医への紹介までに考えること)
1)血清Cr値が基準値以内であっても腎機能低下がある(クレアチニンクリアランスが40〜50を切らないと血清Cr値は異常値を示さない)。
2)末期腎不全にならない限り自覚症状に乏しいので積極的に疑う(特に腎機能低下のriskが高い*場合)。
3)数週間から数ヶ月でCr値が上昇する場合でも「急速進行性」の腎疾患があると判断する。
4)慢性腎不全か急性腎不全かを鑑別する。
5)原疾患によって腎不全の進行スピードが異なり、また腎不全増悪時に溢水になるのか脱水になるのかも異なる。
6)腎不全患者の処方時には注意すべきポイントがある。
7)1/血清Cr値を計算しX軸を時間軸、Y軸に1/Crをプロットする習慣をつけておくとよい。1/Crの直線の傾きがある時点から急になった場合、その時点付近で腎になんらかの負荷がかかったと考えることができる。もし、そのあたりで投薬内容を変更したとしたらそれが腎機能低下を促進させた原因であると考えることができる。すなわち1/CrはCcrを近似する数値であるわけである。クレアチニンクリアランスは一日尿中クレアチニン排泄量を血清クレアチニン濃度で割ったものであるから、定常状態では尿中クレアチニン排泄はほぼ一定であることを考慮すればクレアチニンクリアランスは1/Crにで代用することができる。
*:高齢者、動脈硬化の可能性がある(脳硬塞、ASOや糖尿病患者でのMacro and micro angiopathy)、NSAID内服患者、脱水心不全等腎循環低下の可能性がある、長期にわたる腎疾患や高血圧の既往、最近処方される薬剤がかなり変更された、等
慢性腎不全、急性腎不全の鑑別
急性 慢性
自覚症状 強い データの割に軽い
腎形態 腫大 萎縮or輝度上昇
貧血 なし 正球性正色素性貧血
Crの上昇率 0.5~1/d 緩徐
過去の検査異常 なし あり
例外:膠原病、血管炎(ANCA関連)では急性でも貧血があり、アミロイドーシス、骨髄腫等異常蛋白蓄積症では慢性でも腎萎縮なし(むしろ腫大)
慢性、急性のいずれにせよ専門医紹介要であるが、急性の場合にはただちに(1秒でも早く)紹介を原則とする(直ちに透析が必要である場合があるから)。慢性の場合には、高カリウム血症、著明なアシドーシス、尿毒症症状(特に嘔気嘔吐、著明な食思不振。意識障害までくるような例はほとんどみない)、肺水腫がある場合には緊急透析を要すため至急(1秒でも早く)紹介する。この4症状が軽度であっても存在する場合にはできればその日のうちに紹介入院が望ましい。自覚症状もデータ異常もあまりない場合には数日くらいは待てるがいずれにせよ早めに紹介要。
腎不全時の薬剤投与について
●腎代謝性の薬剤の投与量を減量したり投与間隔をあけることは当然のこと、肝代謝性の薬剤でも副作用を慎重にモニターする(代謝産物による腎障害があり得る。最終的に尿から排泄されるものが多いため)。代謝産物も含めほぼ100%が胆汁中に排泄される薬剤ではない限り、「腎排泄」性あるいは「腎代謝」性ではないから大丈夫と説明されても安心してはいけない。「薬効」を主体に考えてはいけない。本来の薬効が生じない状態でもその薬剤の代謝産物の蓄積による(思いがけない)副作用が生じないことが保証されたわけではないのである。胆汁中に排泄されない薬剤(代謝産物も含め)は「皮膚から蒸発?」するか「呼気中に出てゆく?」か「容易にN、C、O、等の化合物に分解される?」場合を除いてすべて尿中に(腎臓から)排泄されると考えておく(「 ?」は冗談です(^
^)。こういう薬は聞いたことがありません)。ただし代謝産物まで含めて排泄経路が全て分っている薬剤は少ないと考えるので、なんらかの薬を処方したあとはすべて慎重にフォローすべきである。また、不要な(積極的な意義のない)薬剤は処方しない、腎不全を診た場合には「薬を減らす」方向で考える習慣をつけることも重要である。
●高齢者では腎機能低下例でも(筋肉量が少ないために)血清Cr値が異常値をとりにくいので、Cr正常ゆえ腎機能問題なし、と判断しない。例えば血清Cr値が1.3ですでにCcrが20ml/minを切っている、ということは頻繁に経験する。
●高齢者に限らず、若年者であっても脱水症例にはNSAIDは処方しない。やむを得ない場合でも十分水分摂取してからまたは点滴してから使用するように。
現代は潜在的な腎疾患の時代
日本では心・脳血管疾患、悪性腫瘍が罹患率や死亡原因統計で常に上位を占めています。それに対して腎疾患それ自体では死亡することがほとんどなく、さらに腎疾患診療に対する人気?のなさか日常臨床で比較的軽視されている分野でもあると思われます。しかし、腎臓は血管の固まりでできたような臓器ですから心・脳血管等の血管の疾患をもっている人は必ずと言っていいほど潜在的に腎機能障害をもつと考えておかなくてはなりません。現代のような長寿社会であればなおさらです。原発性腎疾患の頻度はたしかに少ないですが二次性、加齢に伴う広義の腎疾患は比較的多いのです。こういった人に何らかの急性疾患、原病の増悪といったことが生じますと腎機能障害が前面に出てきて、時には生命予後を左右する重大な合併症に発展することも考えられます。
通常なかなか見えてこない腎臓内部での変化を常日頃から把握しておき、いざというときに腎へのダメージを最小限にすることが、内科に限らず一般臨床特にプライマリケア領域で必要な技術ではないか、と考えます。