「時間」


 さて今回は始めてエッセイらしい話をしようじゃないか。
 テーマは「時間」だ。
 時間とは永遠の課題だ。つーか簡単な言葉で表せば訳のわからんものの一つだ。だってそうだろ?あんちゃん。
え?説明できっか?
 そもそも時間という言葉を作った時点でもう迷宮入りしてしまったもんだな。それも偉く複雑な。少なくとも俺にはま
だこの迷宮を抜け出せる術は知らない。
 まぁだがしかしその迷宮を少しは彷徨ってきたわけだから、その経緯くらいは書けるだろうということでの今回のエッ
セイなのだ。それが本質かどうかはもちろん問えない、ということは了承して頂きたい。
 (お、なんか作家みたいじゃねぇか(^^;))

 まずだ。時間を語る上で最初の関門としては「タイムマシン」だな。
 そう、有名な話、サンドラ・ブロック(あ、俺の一番好きな外国人女性)・・・でなく、タイム・パラドックスだ。(さぶー)
例えば過去に遡って自分の親を殺したという例を考える。すると親が死ぬのだから、自分は生まれてこないわけだな。
しかしそうなると、今度は親を殺す自分がいなくなるのだから、親が死なない。でも死なないと自分は生まれるのだから
親を殺しに行く・・・と堂々巡りになるというわけだ。
 まぁこのタイムパラドックスはもう過去の話。今はこれで悩んでいる人はあまりいないだろう。
 YU-NOというゲームをやればそのことについての打開策が簡単に説明されてある。因果律の学問だな。よくわからんが。
 つまりだ。この世界(今流れている時間)は数ある可能性のうちの一つを歩んでいるのだ。原因と結果の連続。その結果
はその次の原因となり、どんどん原因→結果という枝を紡いでいく。我々は今一つの枝を作っているというわけだ。
 んー意味わからんな、言っていて俺自体わかってないし。
 そうだ、例をあげよう、そうしよう。
 1/1。朝、目が覚める。ああ、寒い。学校行きたくないと考える。でも結局行くことになる。これが可能性1。
 1/1。朝、目が覚める。ああ、寒い。学校行きたくないと考える。よし、休んでしまえ。これが可能性2。
 どちらの可能性もあり、それはそれでそういう世界が形成される。けど、その枝を進んでいる自分たちにはその可能性
の分岐などわからない。しかし確実に分岐はあって、いわばこの世界とはその分岐の集合体なのだ、と考えるのだ。
 うん、我ながら結構わかりやすいぞ。え?分岐世界(並列世界)とタイムパラドックスとどんな関係があるかって?
 1/1。朝、目が覚める。ああ、寒い。学校行きたくないと考える。よし、休んでしまえ(ここまでは可能性2)。あ
しまった、今日は大事な試験があるんだった。タイムマシンをつかって過去へ遡るとする。朝、目が覚める。ああ寒い。
学校行きたくないと考える。よし休んでしまえ。あ、試験があったのだ、そのために過去へ遡ったのだ。と可能性3が
できたね。
 この可能性3は時間旅行をしたという差があるから、可能性1とは異なる。
 つまり時間旅行をした、という事実も枝の一つとして紡がれると言うわけだ。え?わからない?うん実は俺もわからない。
 えーい、簡単にさっぱりいくぞ。時間旅行をした時点ですでに今まで作ってきた過去とは違う過去へ飛んでいるのだ。
 だから、例え時間旅行をした過去で親を殺しても、その親は可能性3の親であって、可能性3の親を殺した自分は可能性
1の親の子だから、可能性3の親が死んでも自分は消えない。よって、パラドックスは起きない、ということだ。
 本当だろうな?合っているよな・・ちと自信ないよ・・・。
 つーわけで、こういう考え方はパラドックスの矛盾(という言葉は変だが)を解決した。

 パラドックスの話はもういい。訳わからんから。
 さて時間に関することをもう少し述べていこうか。
 疑問1、時間とは永遠不変のもので、その早さは一定なのか。
 アインシュタイン曰く、重力の強いところでは相対的に時間の流れは遅くなると言う。つまりブラックホールに落ちて
いくA君がいるとする。A君は偉く長い時間を(時の流れが遅いため)かけてブラックホールに落ちているが、それを外
から観測すると、普通に落ちて行っているわけだ。つまりは遅くならずに通常空間と同じ時間で。
 だからどうした。ってことになるわな。疑問1の答えになってないし。
 つーか時間というものに、「時間」という言葉を作って、さらには「時の流れ」という比喩まであること自体間違いな
のではないか?と思うのが俺の結論だ。上手く説明することは出来ないが。大体言っていることはわかると思う(?)
 まーでも作っちまったもんはしょーがねーや、と諦めて、考えようではないか。
 ま、つまりは一定なのだ。そう、この世という世界を過ぎていく時の流れは一定だ。
 だがしかし個人が感じる時の流れはその中ではない、ということでどうだ。
 つまりでっかい一定の早さで流れる川を考える。これが時間としよう。
 我々は一人一人いかだにのっている。これが個人の時間。通常は川の流れと同じ速度だ。しかしブラックホール(渦)
とかに入るとその個人の時間は遅くなる。しかし他の渦にはまっていない他人から見れば・・・あれ?遅いじゃん。
 あ、だめだ、だめだ。この考え方は。はいボツー。

 でも時を川の流れに例えたのは少し面白いかもしれないな。
 さっきの並列の世界では複雑に分岐する木があった。
 今回は1本の川に例えてみようか。そのある2点を結ぶ機械がタイムマシンだ。
 木の場合は時間旅行とは枝を遡ることではなく、枝を形成する要素の一つ、つまり特に特別なことではない。
 川では時間旅行とは川の2地点を瞬間移動すること。決して流れに遡って戻るでもなく、進むでもない。これがミソ。
 過去(上流)へ戻ったとしよう。確かに同じ時間へ戻ることは出来た。しかしそこに前あった水はもう下へ流れてしまった。
つまりはもうここの水は新しい水なのである。新しい水と言ってもその場所を流れる条件は同じだから、前あった過去と
同じ現在である。だから過去へ戻って修正することは可能だ。しかし、タイムマシンを使ってもとの時間へ戻ったとして
も、その水は修正が加わっていない水だ。修正の加わった水は遙か上流を流れてくる。ということは、修正してもその水
と一緒に現在まで流れてこないことには修正は意味ないのだ。
 例を使おうか。
 2/1。タイムマシンで1/1に戻り親を殺す。新しい修正の加わった水では親は死に、自分も生まれては来ない。
でもその新しい水においては自分はいる。そう過去へ来た自分が。さて、帰るべと2/1(過去へ戻った時間+殺しに
かかった時間)にタイムマシンでもどる。
 でもそこの水は修正が加わった水でないから、きっちり親も生きている。なーんてこと。


 さて、まだいろいろあるがこれ以上続けると精神異常になりかねないので、ここでやめとく。
 つーか、一番俺が危ない(w
 ここまでで「うんうんなるほど」と思った人。あんた、全然深く読んでいないだろ。はっきり言ってここまで語った
ものにはすべて矛盾というか不明瞭な点がある。つまり無責任な単なる空想を述べたに過ぎない。どれ一つ納得のいく
ものはない。だから、面白いんだな。時間とは。
 あなたもこれを機会に少し考えてみると面白いかもしれないですよ。

)今回のエッセイに関して、ここがおかしいよ、などという類の指摘は結構です。俺もわかっています(w
  ま、でもやっぱ反応あると面白いというか次への原動力になるんで、指摘して下さい。ただそのことで
  今回のエッセイ内容を変えることはないと思います。(誤字脱字は直しますが(笑))
 



BACK HOME